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■オープニング本文 ● 小さな依頼を終え、仕事先の村から開拓者ギルド派出所のある町へ向かう山道での事。 藤娘は依頼を無事完了させたことを依頼主に早く伝えようと道を急いでいた。尤も急いでいるのにはもう一つ理由がある。最近この山に出るという野盗。村人曰く、ギルドに連絡を依頼を出したので間もなく解決するだろうとのことであったがそれを待っているわけにもいかない。なので明るいうちに山を抜けてしまおうと早朝に出発し、急いで山を抜けようとしているところであった。 不意に藤娘が足を止める。 何者かの声が聞こえた気がした。刀の柄に手をやり周囲の気配を探る。 すると今度こそか細くはあるがはっきりと「もし…そこの方……」と声が聞こえた。 女の声だ。しかも弱っている。道脇、崖側の藪から聞こえる。 藪を掻き分ければ、崖縁に立った木の根元に夕日のような赤い髪をした一人の女…いいやからくりが体を木に預けるように座り込んでいた。着物は汚れ、あちこち破れており、身体も破損している。よくよく見れば両足は膝から下が無くなっていた。腕も一本足りず、胴も罅が入っている。酷い壊れ方であった。 「大丈夫ですか?」 駆け寄る藤娘にからくりは心底ほっとしたような表情をみせた。 昴林と名乗ったからくりは野盗に襲われ崖下に転落してしまった主を助けてくれと頼んでくる。 上から覗きこむ。大きな岩と岩の間に人の手らしきものを確認する事ができた。 「京悟さま!」 教えてもらった名を呼んでも反応は無い。気を失っているのだろうか。 藤娘は腰に縄を巻きつけ命綱とすると崖下へと下りていく。そして倒れている京悟の下へと向かう途中で止まった。 「……っ!」 着物は剥ぎ取られており、血は茶色に変色し皮膚にこびりついている。傷口には蛆が沸き、そして土気色の顔に開いたままの目…京悟は既に死んでいた。 野賊に襲われたというのは何時の事だろう。少なくとも昨日、今日のことではなさそうだ。藤娘は京悟の遺体を布に包むと背負い慎重に崖を登る。 「主様……」 昴林はそっと京悟の頬を撫でた。乾いた血の跡を擦る。 「昴林さん…京悟様は私が責任を持って町に送り届けます。ですからまずは昴林さん、町までご一緒に行きましょう」 昴林はその申し出を断った。自分よりもまず主を町に連れて帰り弔ってやって欲しいというのだ。 「私達 から くり は核さえ 無事なら…ば」 問題はありません、と答える様はとても核が無事な様子には見えなかったが、主を優先して欲しいという気持ちはよく解る。多分自分でも同じ事を言うだろう。 「わかりました。京悟様をギルドに託したら此処に戻って参ります。なので今しばらくお待ちくださいませ」 藤娘は京悟を背負いなおす。山道に戻ろうとした彼女を昴林は呼び止めた。 「もし…もしも…私が 止まっていたら……主様と 一緒に 眠らせて、下さぃ」 「すぐに戻って参りますから」 不吉な言葉にぞくりと背筋が震えた。心に浮かんだ不安を打ち消すによう藤娘はきっぱりと宣言する。 遠ざかっていく足音を聞きながら昴林は目を閉じた。 (「良かった、主様をあそこで一人にさせたままではなくって…」) 数日前、この道を通った時に野盗に襲われた。数は全部で十人ほど。開拓者であった京悟も善戦したが多勢に無勢次第に追い込まれてしまう。そして終には傷付き倒れた。そして野盗は京悟から金や装備などを奪い去るとそのまま崖下に捨てたのだ。 ひょっとしたら昴林が動ける状態であれば戦利品として野盗達に連れ去られたかもしれないが大破し動けないからくりに彼らは興味ないらしくそのまま捨て置かれた。 どうして自分も一緒に崖下に捨ててくれなかったのだろう、と思う。 そうしたら主に寂しい思いをさせずに済んだのに。一緒に朽ちて行くことができたのに…。 (「でも…もう大丈夫」) 先程自分と同じからくりの娘が主を連れて戻ってくれた。主の遺体は多分家族の元へ届くだろう。 (「私の役目は…もう終わった……」) 闇が近づいてくるのがわかる。これが人間の言う死というものであろうか……。もう瞼を開く事すら億劫であった。 (「あぁ…でも…」) 主と常に共にあった刀を思い出した。銘は昴林、自分と同じ名だ。いや主が自分にその刀の名を付けてくれたのだ。 朱鞘の立派な太刀で父の形見だと言っていた。主の大切な刀…それを取り返すことができなかったのが残念だ。 せめて……刀を…その腕に……… 昴林は最後の力を指先に込める。 『刀を』 そこで意識は完全に闇に飲まれた。 正午過ぎ藤娘が戻ってきた時には既に昴林の姿はなかく代わりに『刀を』という文字が残っていた。 「昴林さん…どこに?!」 あの身体では動く事はできない。連れ去られてしまったのかと周囲を見ても自分以外の足跡も見つからない。 ひょっとして崖下に落ちてしまったのであろうか、と一度降りてみたが昂林の姿はやはりない。 周辺を探したが気配すら感じる事もできなかった。。 藤娘は一度山道に戻ると昂林の名を呼びながら捜し歩く。 結局、日が落ちるまで探したが昂林を見つけることはできなかった。 一旦町まで戻り宿に泊まると翌日また山道を往復して探す。野盗のことは頭から抜けていた。 それでもやはり収穫は無く町に戻る事になる。 その夜、一人の男がふらふらになりながら町へ駆け込んできた。急ぎの仕事で山道を通ってきたところ、途中野盗に襲われたというのだ。 そしてもう駄目だと思ったとき、血のように真っ赤な髪をした女のアヤカシが現れて次々と野盗を倒していったらしい。男はアヤカシが野盗を襲っている間、懸命に逃げてきたと話す。 (「赤い髪の女…」) 藤娘は再び嫌な予感に襲われた。 「それは…足の壊れたからくりではありませんでしたか?」 「さあ…。腕が四本あって、それぞれに刀を持っていて…あっという間に野盗二人を切り倒していた。…それと黒い霧に覆われてふわふわと浮いている感じだったよ。」 男は藤娘の剣幕に驚きつつも思い出そうとしてくれる。 時として人の執念は瘴気を呼び寄せ、死後アヤカシ化してしまうこともあるらしい。 『刀を』の言葉を思い出す。 刀…自分が背負う太刀に目をやる。彼女が譲り受けた主の形見だ。 もしも、と思う。もしも自分が主の刀を奪われたら…きっと奪い返したいと思うだろう。主の刀が野盗たちの手にあると思うとぞっとする。 その刀に対する想い、主を殺された無念がが瘴気を呼んで……。 ● 翌日野盗退治を依頼された開拓者達が町にやってきた。藤娘は彼らに接触する。 「ギルドから派遣された開拓者の方でしょうか?」 開拓者達が頷けば藤娘は必死の形相で詰め寄ってきた。 「お願いです、野盗退治、私も連れて行ってもらえないでしょうか?」 |
■参加者一覧
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
明王院 浄炎(ib0347)
45歳・男・泰
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
ジェラルド・李(ic0119)
20歳・男・サ
姫勿(ic0940)
20歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ● 道脇の藪がざわめいた。 野盗を誘い出すため踊り子と笛の奏者という旅芸人を装ったサフィリーン(ib6756)と劫光(ia9510)は互いに視線を交わした。 劫光は笛を服の裾で拭く真似をし剣の柄へと手を伸ばす。周囲に隠れる仲間も既に気付いてることだろう。 「ギルドから派遣された開拓者の方でしょうか?」 しかし切羽詰った声と共に藪から飛び出してきたのは藤色の髪のからくりであった。 「藤娘さん…!?」 何者か、問い掛ける前にサフィリーンが駆け寄り、そして藤娘と呼ばれたからくりは彼女へと縋りつく。 「私を野盗退治に連れて行ってください」 ただならぬ様子の藤娘をサフィリーンが支えた。色々と尋ねたい事があったが劫光はまず二人を連れ道を外れる。この様子を野盗に見られたら囮の意味がなくなってしまう。 ジェラルド・李(ic0119)が藪に入った三人を物見櫓の死角に手招く。予めこの山に出入りしている猟師達からから物見櫓から視認できる範囲を確認しておいたのだ。不機嫌そうな表情は生来のものかそれとも不測の事態に遭遇したためか。 他の仲間も集まってくる。 「また会えて嬉しいよ」 再会を喜ぶサフィリーンと藤娘の二人にジェラルドが咳払いをし、無言で説明を促した。 「実は……」 藤娘はこの山道で遭遇した出来事を語る。 「…さて、これで遠慮なく叩きのめす理由が出来たってもんだ」 話を聞いた亘 夕凪(ia8154)が腰に佩いた刀をちゃりと鳴らす。 「ご主人様と悲しいお別れをしたのに…」 サフィリーンが胸元をきゅっと握り締めた。藤娘の言葉に偽りはないだろう、しかし感情がその昴林というからくりがアヤカシ化してしまったことを信じたくないと訴える。 「藤娘さんは呼ばれたのかもしれないね…」 「ふむ…ただの悪辣な盗賊退治のつもりでおったが、そう言う事ならば致し方あるまい」 明王院 浄炎(ib0347)が眉間に皺を刻み頷く。彼とサフィリーンは藤娘にとっての恩人であった。 「…もし昂林が主への思いが故に、アヤカシに憑かれてしまったと言うのであれば、主が身元に送ってやる為にも止めてやらねばなるまいよ」 明王院はかつて藤娘に志半ばで自分が死んだとしても妻子がそれを継いでくれる、だから心安らかに眠れることができると語った。逆もまた然りだ。もしも亡くなった妻子がこの世に未練を残し彷徨っているのであれば志を継ぎ、そして眠らせてやりたいと思う。 「…俺達の仕事はあくまで盗賊退治だ」 藤娘、ひいては昴林に同情的な空気を引き締めるように劫光が依頼の目的を口にした。しかしサフィリーンと藤娘の視線に「尤も」と追加する。 「…ま、アヤカシを見過ごす事はできんし、退治ついでに奪われた物の回収くらいつきあってやっても構わんがな?」 「アヤカシがからくりの無念から生まれたのならば、私達と獲物は同じだ。野盗を追えば彼女に会えるだろうさ」 勿体つけた言い方をするな、と亘が劫光を肘で軽く突いた。 皆の会話をよそにジェラルドは周囲の様子に気を配る。 (「調子に乗ったバカ共の退治だけかと思えば、アヤカシまで居るとは…な」) 枝の折れる音を耳が拾う。軽い音、どうやら人ではない。情報通り町に近い場所では野盗は現れないのかもしれない。 まぁ、いい…唇がかすかに言葉を紡ぐ。 (「…余計な被害が出る前にさっさと倒すだけだ」) ジェラルドは心の中で決意した。彼の視線の先で姫勿(ic0940)が藤娘に対し確認をしている。 「作戦中は此方の指示に従うこと。勝手な行動をとって怪我でもされたら…」 姫勿が藤娘に視線を流す。 「俺が黙っちゃいないから覚悟しておきなねぇ…?」 恋慈手でしたい放題してあげよう、と妖しい笑みを浮かべ手を蠢かした。 「人への危害もだが…何より、早いとこ主と添わせてあげたいじゃあないか、ねえ?」 亘の言葉を合図に一行は再び動き出す。 ● 山道を行く囮役のサフィリーンと劫光、山中を先行するジェラルド、後方を確認する亘、そして崖側の藪に明王院。姫勿と藤娘は最後尾にいた。 (「藤娘チャンが問題のアヤカシを見たら一人で突っ走っちゃうかもしれないねぇ」) 張り詰めた横顔は突けば破裂しそうな危うさを孕んでいる。出発前に確認はしたが、姫勿から見て藤娘は周囲が見えていないように思えた。 自分達は皆の後方支援だと説明し後ろに下がらせたが、それでも彼女が暴走しそうになったら自分が引き止めようと決めていた。 町と村の中間地点を越えた辺り。 亘は足を止め、周囲を伺う。 斜面を降りる複数の足音と、息遣い。木々の合間、斜面を下りていく男達。 (「どうやらお出でなさったようじゃあないか」) 静かに刀を鞘から抜く。前方ではジェラルドが既にいつでも飛び出せるよう構えているのが見えた。 野盗が山道に姿を現したら一気に攻める。ぐっと地を踏みしめた。 「次の町もお金持ちさんや優しい人が多いといいね」 サフィリーンが跳ねるように歩くたびに常より多めに身につけたアクセサリーが音をたて、背負った皮袋から覗く銀色のトロフィーが揺れる。わざとらしさを覆い隠すほどに暢気で危機感のない少女を演じる。 「ねぇ、劫光さん一曲吹いて…」 振り返ったサフィリーンの足に蔦が絡みついた。 「きゃぁあ…!」 大袈裟な悲鳴を上げたサフィリーンが尻餅をつくと同時に藪から野盗が五人姿を現す。魔法の蔦が絡め取る事ができるのは一度に一人、自分が捕えられたなら…振り仰ぐ劫光は既に剣を抜いている。心配するまでもなかった。 「男からバラせ」 劫光目掛け三人が斜面を駆け下りてくる。 劫光が手にする漆黒の刀身に浮かぶ黄金の波が揺らめくや否や野盗の刀が跳ね上がった。 「悪いな、あんまり手加減はしてやれんぞ」 更に一撃を交わし様、足を引っ掛ける。 武器を取り落とした男の背後から飛び出し身体ごと劫光にぶつかろうとした野盗はいきなり腕から血飛沫を上げ地面に転がった。 「ちょいとばかり痛いだけ、さ」 死にはしない、と駆けつけた亘は紫の燐光を放つ刃を軽く一振りし、男の血を払い落とす。 魔導士と思わしき男へ向けジェラルドが斜面を駆け上がっていく。 ジェラルドは己に向かって放たれる火球にも怯まず刀を正眼に構えそのまま突っ込んだ。ちりと髪の焼ける臭いが鼻をつくが気にせず一気に距離を詰める。そして狙い済ました一撃は…頭と思しき男に阻まれた。 (「あれは…」) サフィリーンがその男が手にしてる刀に目をつける。腰の朱鞘、陽光を受け輝く刃に浮かぶ波紋、他のものとは明らかに違う美しい一振りだ。立ち上がると一度だけ爪先で跳ね、皆に合図を送る。 そしてふわりと舞うように野盗の一撃を避けそのまますっと姿を消した…少なくとも野盗にはそう見えた。 頭以外たいした腕ではなく、野盗は追い詰められていく。 ざわり…空気が震えた。地中から響いてくるような怨嗟の声。 割れた胴の虚から溢れる瘴気、振り乱した茜色の髪、鬼の形相をしたアヤカシが二対の腕に刀を構え現れた。 「昂林さん…」 藤娘の声が響く。 駆け寄ろうとする藤娘の前に姫勿が咄嗟に体を割り込ます。 「あれが昂林チャンだとしても…行かせるわけにはいかないんだよねぇ」 姫勿を押し退けようとする藤娘の手を取った。木製の右手、それはかつて藤娘を救った想いの証だと道中に聞いた。 だが昂林を鬼へと駆り立てたものも想いである。想いとは時として儚く残酷なものなのだ。 (「信頼とか想い、そんなのが何になる?」) 脳裏を過ぎる過去、それを一度頭を振り頭の片隅に追いやると藤娘の手を握りなおす。 「落ち着きな。どうしても行くって言うなら、俺も一緒に行く」 昂林は野盗の頭へと迫る。 悲鳴を上げ逃げようとする野盗の退路を唐突に白い壁が塞いだ。劫光が召喚したものである。 退路を塞がれ混乱する魔導士をジェラルドは峰で打ち気絶させ、背後から襲ってきた男の腹に柄をめり込ませ崩れたところに一撃を加えた。急所は全て外してる。 アヤカシの進行方向にいた亘は道の脇に退き、昂林を止める事をしない。 「…仇討ちを止める程野暮じゃない」 殺しは好みではないが、昂林の嘆きを止める理由を亘は持たなかった。逆にジェラルドはアヤカシから人を守るために動く。 二刀同時の打ち込みを野盗が受ける。交差した刀が押し合う。ジェラルドは割って入り、昂林の刀を弾き飛ばす。大きく仰け反った昂林に野盗は太刀を振りかぶる。 「だめっ!」 不意に現れたサフィリーンの鞭が太刀に絡みついた。 「その刀で、昴林さんをっ…傷つけ ないでっ」 それは彼女の主、京梧の刀。それで彼女を傷つけたらきっと京梧も悲しむ。頭の力は強く、踏ん張った足ごと引き摺られる。 最後のお願い、叶えてあげようね…藤娘と交わした約束。掴んだ鞭が皮膚と擦れ手の皮が剥けるのも構わず力を込める。 明王院がジェラルドと入れ替わるように昂林の前に出る。一人切り伏せた亘が野盗頭に向かう。 昂林の一撃を明王院は棍で受け止め、劫光が剣で流す。 昴林の力はとても華奢なからくりの身体から発せられているものとは思えなかった。受け止めた明王院の腕が震える。重みに耐え切れず弾き返そうとしたところ、劫光を切りつけた刀がそのまま明王院の肩を撫で切った。 「…っ。止めてやらねば始まらぬか…」 四本の腕は自在に伸びるのかと疑いたくなるほどに死角から襲ってくる。それを棍で捌きつつ反撃の機会を窺った。とは言え、できる限り綺麗な身体で主の元へと送ってやりたい、と思えば攻撃に転じる折を判断するのが難しい。 「剣が戻るまで…な。無理はするなよ」 劫光も足止めに徹しており、細かい傷をいくつも負っていた。 藤娘を連れた姫勿が二人の回復へ入る。 亘の切っ先が野盗頭の手首を捉えた。そしてジェラルドが足を切りつけ膝をつかせる。 「刀を返してっ」 サフィリーンが渾身の力を込めて鞭を引き太刀を奪う。そして昂林へと駆け寄った。 「探しもの、これじゃない? 昴林さん返事、して…っ」 太刀を昂林にむけ差し出す。感情を失った瞳がそれを捉えた。動きが一瞬止まる。 「見ての通りだ」 劫光の手には何時の間にか符が握られている 「お前の執念が取り戻したんだ。役目の終わりを納得し…もう眠れ!」 明王院の棍が昂林の刀を弾いた。がら空きになった胴、瘴気を噴出す虚に符を握った拳を叩き込む。 「ウン・バク・タラク・キリク・アク」 劫光の言葉を鍵に符から放たれる力の奔流が不可視の竜を形作る。 昂林を包む瘴気が見えない竜に食われ追われ四散していく。 サフィリーンが明王院が劫光が見守る中、瘴気の支えを失い、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる昂林…。しかし昂林は刀を支えに再度立ち上がろうと試みる。 昂林はすでにからくりであった彼女ではない。人を喰らうアヤカシだ。 野盗を無力化したジェラルドが無言で昂林に迫る。それを亘が止めた。 昂林の唇から漏れるのは呻くような嘆きの声。 「奇跡なんて…」 起きない事を姫勿は嫌というほど知っていた。 それでも奇跡が起きれば…と願ってしまうのは感傷であろうか。伏せた顔、髪の隙間から覗く唇を自嘲気味に歪ませる。 姫勿は倒れた男から鞘を奪う。そしてサフィリーンから太刀を受け取り鞘に納めた。 「ねぇ…刀も戻ってきたんだし早く戻りな…?」 昂林の正面に立つと頬に手を伸ばす。 「主と一緒に眠るんなら出会った時と同じからくりの姿がいいでしょ…?」 想いが昂林に歪な力を与えたように、また想いが彼女を…。せめても…彼女の姿を…。血と埃と泥で汚れた彼女の頬をそっと撫で、刀を触れさせてやる。 「ァ アぁ…ァ…ぁ…る、 じ、さ ……」 唇を戦慄かせ昂林は地に倒れた。汚れ壊れたからくりの姿で。 「主の所で眠らせてやろう」 劫光が昂林を抱き上げた。 ● ジェラルドは抵抗する力を失った野盗を縛り、怪我人に応急処置を施してやる。昂林に関しては仲間達が上手いこと取り計らってくれるだろう。だから自分は生きている人間を優先する。姫勿に重症を負っている野盗の治療を頼むと、仲間達にことわり一人野盗達の塒を目指した。 (「現れた野盗は五人…」) 話に聞いていた人数の半分だ。残り半分は京悟、もしくはアヤカシに倒されたのかもしれない。しかしまだ山中で活動している可能性もある。憂いを断つためには彼らの行方を捜す必要があった。それに強奪された金品にアヤカシの犠牲となった野盗の遺体も回収しなくてはならない。 塒には二人いた。生憎一人は既に事切れていたが、もう一人はまだ息がある。その一人の話では残りの三人は京悟とアヤカシにやられ既に死んでいるらしい。 傷口を消毒し簡単な治療を施した後に背負い、盗品もまとめる。遺体は後ほど回収にくることにした。 外の物見櫓からは山道が見渡せる。遠く昂林と野盗を連れた仲間達の姿が見えた。 昂林は主と共に眠りたいと願ったらしい。死してなお、共にと願うその心……。 不意に心に一人の少女が浮かんだ。共に浮かんだ感情の名は知らない。 「………」 ふんと鼻を鳴らす。 (「死した先まで共に居たいとは思わないな」) ● 「野盗は捕縛した、残りも仲間が間もなく連れてくるから安心して欲しい」 亘が人々を前に宣言する。 「商の男が遭遇したというアヤカシも倒した。生憎アヤカシは瘴気とともに消えちまったけどね」 何か言いたげな野盗達に睨みを利かし、京梧と昂林は野盗の犠牲者だと押し切る。偽りは言っていない。そもそも実績のある開拓者達の言葉を疑う者も居ないだろう。 「依頼は果たした、後は何をするも自由さね」 と京梧と昂林の亡骸を神楽の都へ連れて戻るから急ぎだと町を後にする。 神楽の都にある開拓者が多く眠る墓地に埋葬するのだ。京梧の故郷には彼の遺髪と遺品を藤娘が届けに行く。 明王院はかつて藤娘にしてやったように昂林の失った部位を木から削り出す。美しい姿で主の元へ行きたいだろう、と。 亘やサフィリーンは汚れた体を拭い髪を整えてやった。 棺中、寄り添い眠る二人。京梧の傍らに昂林がアヤカシとなってまで取り返したいと望んだ刀を添える。 「向こうの世界でははぐれない様に二人仲良く手でも繋いでな」 二人の手を取った姫勿はそれを重ね合わせた。 「もう離れないね…」 サフィリーンと藤娘が棺に花を入れ別れを告げる。 祈りの代わりに劫光が笛を奏でる。優しい音色が風に乗って空へと昇って行く。せめてあの世では共にあれるように。 棺が次第に土に隠れ、そして見えなくなった。 「…―それじゃおやすみ」 姫勿は最後の土を盛った。 果たしてアヤカシ化した昂林が一瞬でも心を戻したように見えたのは奇跡か…。 それとも……途中まで考え頭を振る。 (「…二人一緒なら、しあわせな夢が見られるね」) まだしっとりと柔らかい土、姫勿はそれをゆるりと撫でた。 |