【VD】乙女のナイショ話
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/07 19:00



■オープニング本文


 からくり人形の漣は悩んでいた。自分は壊れてしまったのではないか……と。

 漣の主は宍戸藍弥という志士である。宍戸は体が大きく愛想がないために一見すると恐ろしい。開拓者として仕事に行った先で子供に泣かれるなんてことも日常茶飯事である。
 しかし実際の宍戸はとても優しい。世界の事を知りたいという漣に毎夜、様々な物語を語ってくれ、色々な場所に連れて行ってくれた。そして人混みでは逸れないように手を繋いでくれる。漣が頑張ると、「よくやった」とその大きな手で頭を撫でて笑ってくれる。仕事以外のときも大抵二人は一緒に過ごした。
 漣は時折見せる主の笑顔が好きであった。ほんの少し目を細めて口元を和らげるだけだが、常日頃強い意志を湛えてる双眸が一時だけ柔らかくなるのをみると自分も嬉しくなる。
 主が喜んでくれるのが嬉しい、賢い人ならば「忠誠と献身を尽くす」ように作られているのだから当たり前だ、と笑うかもしれない。しかしその笑顔が自分に向けられる事がとても幸せだったのだ。

 ある日のこと、漣と宍戸が夕餉の支度をしてる時のことであった。
 隣で魚を卸していた宍戸が何か言いかけては止めるということを繰り返す。宍戸は決して言葉数が多いほうではなったが、言いたいことははっきりと言う質なので、このようなことは珍しい。
 何事かと手を止めて、振り仰いだ漣に宍戸はこう告げた。
「本気で惚れた女ができた」
「それは素晴らしいことにございます」
 漣は「惚れる」というのがどういうことがわかっていなかったが、そう言った時の宍戸の笑顔がとても嬉しそうだったので、それはとても良い事のように思えたのだ。
 その日から漣は一人、家に残される事が多くなった。
 宍戸がいない家はとても広く見える。書物を読んだり、家事をしたり色々と時間を潰してるつもりなのに、全然時が経っていない事も多々あった。
 この気持ちを何と言うのか漣は言葉を持っていなかったが、体の中にぽかりと穴が空いたみたいだな、と思った。
 それから半月ほど経ったある日、宍戸が一人の女を漣に紹介した。名を紺という、黒目がちでたっぷりとした睫、少し厚めの赤い唇、まっすぐな黒髪を肩の辺りで一つにまとめた取り立てて美人というわけではないが色香の漂う女である。
 宍戸が本気で惚れた女というのが紺であった。
 体に空いた穴はそのままであったが久しぶりに宍戸がとても嬉しそうに笑うものだから、漣も一緒になって笑う。

 その日から、宍戸が夜帰ってこない日が出てくる。
 冷め切った夕餉を前に漣は胸を押さえる。何かとても苦しい。
 本当に体に穴が開いてしまったのかと着物を脱いで確かめもしたが、穴はどこにも開いていなかった。

 たまに出掛けようと宍戸が声をかけてくれるときも、宍戸の隣には必ず紺がいた。漣は少し後ろから二人に着いていく。
 紺が何事か囁く、それに答えて宍戸が微笑んだ。
 胸の辺りが苦しくなり座り込みそうになる。

 近所に人気の芝居小屋が立った。漣が以前から観たいと言っていた物語である。宍戸はそれを覚えていてくれ、一緒に見に行こうと誘ってくれた。

 久々に二人で出掛けられると思っていたというのに……。

 やはり宍戸の隣には紺がいた。
 小屋の周辺は酷く混雑をしている。役者の錦絵を売っている店の前には娘達が群がり、弁当や菓子を売る店も並びちょっとした祭のようだ。
 以前ならこのような時、宍戸は必ず手を繋いでくれたのだが、今宍戸の手が取っているのは紺の手だ。小柄な漣はともすれば人混みに流され二人から逸れてしまいそうになる。

(「いっそのこと逸れたら、藍弥様は私を探しに来て下さるでしょうか」)

 不意に浮かんだ考え。頭を左右に振ってそれを追い出し、二人を追いかける。
 芝居を観終え後、宍戸は漣に「先に帰っているように」と告げると紺と二人でどこかに出かけた。
 先に帰れと言われたが、一人だけの家に帰る気も起きず街を一人、あてもなく歩く。

 苦しい、立ってられないほどに。

 苦しい、体が震えるほどに。

 未だ嘗てこんな不調経験したことがなかった。アヤカシとの戦いで片腕を吹き飛ばされた時だってこんな風になった覚えは無い。

 苦しいだけではない。忠誠と献身を尽くすのがからくり人形だというのに、自分はとても恐ろしいことを考えてしまうのだ。

 紺がいなければ……。

 おかしい、宍戸は紺のことを語るときとても嬉しそうに笑う。漣の好きなあの笑みである。宍戸の喜びは漣にとっても喜びのはずなのに……。
 紺がいなければ、と主の喜びの源である彼女の存在を否定してしまいそうになる。

(「私は壊れてしまったのでしょうか?」)

 主の幸せを喜べなくなるなんて……。
 しかしそれならば、このずっと続く苦しさも納得がいく。


 開拓者ギルドに寄った藤娘は職員に呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「ちょっと相談に乗って欲しい子がいるんだ」
 ギルド職員が、椅子に座っているからくりの娘に視線を向けた。からくりの名前は漣と言い、とある志士の相棒らしい。主との関係でなにやら悩み事があるそうなので聞いてあげてほしい、と頼まれた。
「私で良ければ…。でもそれは主様に直接お話したほうがよろしいのではないでしょうか?」
 藤娘がそう言えば「いいから、いいから。こういうのは女の子同士のほうが、ね」と藤娘の背をぐいぐい押して漣の元へと連れて行く。
「あの、漣さん、私でよければお話をお伺いいたしますが…」

 十分後、ギルドの片隅で椅子に座ったからくり娘二人が「それはとても不思議なことです」と首をかしげている姿があった。
 それを見たギルド職員は額を押さえる。どうやら藤娘にも恋の話は早かったらしい。


■参加者一覧
汐見橋千里(ia9650
26歳・男・陰
ラヴィ・ダリエ(ia9738
15歳・女・巫
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
明王院 未楡(ib0349
34歳・女・サ
レジーナ・シュタイネル(ib3707
19歳・女・泰
セリ(ic0844
21歳・女・ジ
リト・フェイユ(ic1121
17歳・女・魔


■リプレイ本文


「ヴァレンタインはどうしようか? 私は手作りでいこうと思うんだけど…どうしたの?」
 開拓者ギルドを訪れたイリス(ib0247)が親友のレジーナ・シュタイネル(ib3707)を振り返る。
 レジーナが見つめている方向、深刻そうなからくり二人。どうやら話題は恋の悩み。
「レジーナ…?」
 二人に気を取られているレジーナをイリスは軽く突いた。

 明王院 未楡(ib0349)は藤色の髪のからくりの右腕に気付き立ち止まる。
「藤娘さん?」
 木製の右腕、いつぞや夫が話してくれたからくりに違いない。
「彼女をご存知ですか?」
 顔見知りのギルド職員に尋ねられた。
 頷けば職員がからくり漣の不調と、藤娘に相談役を頼んだ事を教えてくれる。
「女の子会ですわね」
 横からラヴィ(ia9738)の弾んだ声。
 漣の相談に乗って欲しい、と頼む職員にラヴィ達は頷く。
「お茶と甘ーいお菓子とクッションは必須ですわね」
 更にレジーナとイリスが加わったところに声が掛かった。
「人妖の和登に請われたのだが…」
 汐見橋千里(ia9650)が隣の蜂蜜色の髪を持つ少女、和登に視線を向ける。和登もその『女の子会』に加わりたい、と。
「やあ、和登、元気そうだね。フェンが言った通りだ。すごく見違えたよ」
 飛んできた羽根妖精ラズワルドに和登が嬉しそうに駆け寄った。
「ラズワルド、フェンリエッタの王子様みたいなの!」
 後ろからフェンリエッタ(ib0018)も現れる。
「また迎えに来る。皆さん和登をよろしく」
 フェンリエッタと一言二言言葉を交わした後、千里は軽く頭を下げ立ち去った。

 リト・フェイユ(ic1121)がローレルの袖を引けば「いっておいで」と微笑まれる。リトが漣達を気にしている事を判っていたらしい。
「じゃぁローレル行ってくるわね」
 ラヴィ達の下へと向かう。
「あの…恋の悩みをお持ちのからくりさんがいると聞いて」
 お話を聞きたくて…そう言うリトの肩に手が乗せられた。
「私には体験談はないんだけどね。なんかほっとけなくてね」
 リトの背後に立つセリ(ic0844)が頬を掻く。
「それぞれの立場で、お話したり、聞いて考えたりっていうことがきっと大切なのかなって」
「えぇ、人とからくり…。生い立ちの違いこそありますが…。皆さんのお話を聞く事は、きっとお二人にとっても有意義な事になると思いますわ」
 レジーナに未楡が微笑んでみせた。
「ね、もうすぐばれんたいんだから、皆でお菓子交換しよ」
 美味しいもの食べたら元気になるの、と和登。
「まあ、お菓子の交換ですか? 素敵ですね」
 イリスが手を鳴らす。
 そうと決まれば準備開始だ。


「藤娘さんも漣さんの不調の原因…判りませんか?」
 藤娘に未楡が「夫から話を伺っております」と自己紹介。
 首を傾げる藤娘は本当にわかっていないようである。
(「だとすると…今はまだ…。辛い思い出に繋がってしまうから…思い至らないのかもしれませんね…」)
 藤娘もまだ最愛の主の死と向き合えていないのかもしれない。
 そんな二人を未楡はお茶に誘う。
「折角、腕を振るった菓子もある事ですし、ゆるりとして皆さんのお話を伺いながら整理してみませんか?」
 皆でお菓子の交換でもしましょうと、と未楡は予め用意していた菓子を二人に渡す。藤娘には砂糖菓子の藤の花をあしらったチョコ掛けのウェハース、漣には雪ウサギのホワイトチョコのケーキだ。

「ではでは、おっかしの交換会!」
 和登が和紙の包みをテーブルの上に。中はチョコ掛けの苺。巻かれたリボンの蝶々が縦になっているのはご愛嬌。
「一曲お願いできますか?」
「はい私で良ければ喜んで…ラヴィさん」
 イリスが竪琴で爪弾くのは蕾綻ぶ春の曲。
「曲に合わせて回すのね。はい、どーぞ」
 このような事の経験がないセリは見よう見真似で菓子を隣に渡す。灰色の髪が楽しそうにふわふわ揺れた。

「美味しそうです。これはナッツでしょうか?」
 イリスに回ってきたのは未楡のトリュフ。
「はい、ナッツを砕いて混ぜました」
 未楡の元には艶やかな林檎のタルト。
 結局交換した菓子もテーブルの上に。美味しいお菓子、皆で食べたらもっと美味しい、というわけだ。
「開けるのが勿体無いです…」
 藤娘の掌の上には翠のオーガンジーに造花か飾られた包み。
「干し果物がたっぷり入ったチョコマフィン、ぜひ食べて」
 この可愛いハートは手作りなのかしら?とハートのショコラをフェンリエッタは皆に見せた。
「お守りとお花だー」
 ラヴィが用意した恋愛成就のお守りを和登が握り締める。
「まあ、とっても可愛いですわ」
 ラヴィの手には淡いピンクのカップ。中にはたっぷりのアマンド・ショコラ。一口齧るとナッツの香ばしさに纏った飴の甘さ、それらを包むチョコレートのほろ苦さが広がる。
「それはジルベリアのお菓子と雑貨を扱うお店で」
 茶をリトは皆に配る。そして「失礼ですが」と前置きをしてから。
「覚醒されていないんですよね?」
 と漣に尋ねる。漣は頷き、話を始めた。

「ぅっ…」
 話を聞き涙ぐむ和登。
「好きな人に、目の前で他の女の人と仲良くされるなんてかなしすぎるよ…」
 溜まらず泣き始めた。和登の頭を撫でるフェンリエッタも頬に一筋涙が伝う。
「…苦しいよね」
 心の内が滲んだ言葉は震えている。わかる、気がするわ…と漣に向けた微笑は今にも崩れてしまいそうだ。
「千里にこいびとができたらどうしよう…」
 和登の目は真っ赤に潤んでいる。
「和登も千里が好きなの」
 ぐいっと涙を拭った。
「でも、ぜんぜん本気にしてくれないんだ」
 膨らむ頬。
「な、んで…」
 不意に真剣な表情に。
「和登、大人で人間じゃないのかな」
 呟いた言葉はリトの心にさくりと刺さる。
「私は、漣さんと反対で…」
 リトはテーブルの下でスカートを握る。人混みで手を繋いでくれる、風邪を引かないようにと羽織りものを掛けてくれる、そんなローレルの姿が浮かぶ。
「彼は私を守ってくれる…。それは安心するのと、心臓が飛び跳ねる位嬉しいけど」
 寄せられる眉。
「彼がそうするのは私が主だからで…きっと……」
 側にいてくれて嬉しいって言葉の意味を……本当に…声は次第に小さくなっていく。
「それは…違います」
 立ち上がる漣。その手をリトが握る。
「ありがとう。私はあなたの様なからくりが居てくれて嬉しい…」
 一途に主を思う気持ち、そこから一歩踏み込もうとするからくりの少女。だから逆に、私みたいなのもいるんです、と伝えた。
「その人を思うと、ほろ苦くて、でも甘いような…理由がわからない気持ち、知っています」
 レジーナの視線は思いを馳せるように遠くへ。
「その時は私、おかしいって…思いました」
 でも、少しずつわかったんです、と続ける。
「私、彼の事が好きなんだって、だから誰より近くに居たいんだって」
「好きなのに、苦しいのですか?」
 問う漣に頷く。
「…彼が私と同じ気持ちではない事が寂しくて、もっと私を見て欲しくて…苦しかった…」
 レジーナがそっと目を伏せるとイリスが手を握った。
「彼が一緒にいたい人は、他の人なんだって気が付きました」
 一度言葉を切る。
「気づいたから…終わらせました」
 沈む声。
「勿論、簡単じゃなかったけど…時間を掛けて…」
 重なる手が温かい。
 未楡はそっとお茶を淹れ直した。フェンリエッタが用意した「キレイの為」のハーブティーだ。

「ラヴィも初めて恋人さまに出会った時、『壊れた』と思いました」
 思い出すようにラヴィが語り出す。
「んと…ラヴィ、恋人さまと駆け落ち、なのですけれど…」
 彼女は川の精霊に捧げられるために育てられた。領民のために死ぬ事が生まれてきた意味だと自身にも言い聞かせ、それでいいと思っていた、彼に会うまでは。
「恋人さまはラヴィの嵐でした」
 瞳を閉じて当時を思い出す。
「突然現れて一瞬のうちに全てを奪ってしまったのですもの」
 役割もなにもかも投げ出し彼と共にいたい…そう願う自分がおかしくなってしまったのか、と思った。

「漣は変じゃないよ」
 和登がとん、とテーブルを叩く。
「和登も千里がだいすきって思うとき、胸がぎゅうーってなるの」
 左胸のあたりを両手を重ねて押さえた。
「そして……ワガママになっちゃうの」
 他の女の人見ないで、和登のことだけ考えてって…そう訴える表情は必死だ。しかしすぐに肩を落とした。
「好きになってほしいから、いい子でいたいのに…」
 漣がぎゅっと眉を寄せる。
「人に、似ていても、人じゃないって頭では解っていても」
 抱きしめたクッションに顔を埋めるリト。
「…欲張りになってしまって…」
 でも、顔を上げた。
「気持ちはずっと伝えるつもりです」
 そして恥ずかしそうに再びクッションに顔を押し付ける。
「私、人にこんなお話したの初めて」

「それは…」
 セリの声。集る視線に驚きつつもふわりと笑む。
「素敵なことだと、おもうから」
 長い間奴隷同然の扱いを受けた彼女にとってはそういう感情を抱けること自体、眩しく素敵なことに思えた。
「自分を責めてばかりいては駄目よ?」
 セリが漣の頭に手を置く。
「特別な想いを感じるってことは。相手がそれだけ素敵な人だって貴方の心が言ってるの」
「想う人の特別な何かになりたいから…。時に、苦しくも切なくなるのですよ 」
 皆が抱く気持ちです、おかしくありませんよと未楡が優しく諭す。
「嬉しい事も、悲しい事にもとにかく心が揺れるんです」
 イリスがその揺れる心を捕まえるように両手を胸の前で組んだ。
「私は今、付き合っている殿方がおります」
 俯き加減で髪がかかる頬は桜色だ。クリスマスに指輪も頂きまして…話しているうちにみるみる広がる桜色。
「…私の場合は何か特別に変わったという事は…多分無くて」
 何時の間にか好きになっていた、目を瞑ればその人の顔がすぐに思い浮かぶ。
「小さな事を覚えていてくれたとか何でもない事に浮かれたり、知らない女性と話してるのみて考えすぎて泣き出したり…」
 指折り例を挙げて。
「ちょっと恥かしいですね」
 桜色の頬のままはにかんだ笑みを浮かべる。

 フェンリエッタは皆の言葉を静かに聞いていた。
(「私の愛は自分が幸せなだけで、家族や友達を苦しめてきた。この想いと己の生き方を諦められないせい」)
 心に積もるのは罪悪感ばかり。
「私が人を愛するのは、いつもきっかけを与えてくれる『彼』やこれまで私を生かしていくれた人達への恩返し…だと気付いたの」
 与えられたものを家族や友や『彼』、依頼で出会う人々へ返すだけ。それは無償の愛に似ている。漣は彼女の言葉や微笑みに何故か胸が痛んだ。
「勿論傍にいたい、愛して欲しい…思わない訳じゃない」
 だって好きなんだもの、と肩を竦めるおどけた仕草は漣を安心させるためのものだろうか。
「でもね、求めたらキリがない。それで窮屈な思いをさせるのもいや。勝手に期待してがっかりした分、私は自分が嫌いになる…」
 壊れそうになるくらい…、声が震え掠れる。
「だから返すの。感謝してるから」
 危うさを感じるほどの静けさを湛えていた。
『気持ちや関係に名前をつけたりするのは興味ないや。僕はフェンが望むまま生きてくれるなら幸せだよ』
 ずっと彼女を傍で守る、それは亡父との約束だけではなく自身の願いだ、と言ってくれた『彼』。彼がきかっけをくれたから自分は変わろうと思えた、強くなりたい、と。もう誰も、何も失わずに済むように。

「ラヴィも毎日不安です。こんな小さなラヴィで…いいのかなって」
 恋人となった後も、不安は消えないと言う。
「恋人さまはずっとずっと大人で素敵で」
 手が胸元へ。
「こう…むちむちぷりん、みたいな…綺麗な大人の女性の方がお似合いなのにって」
 微妙に胸を模る手。
「でも…ラヴィは嫌だったのです。恋人さまが別の方と幸せに笑ってるなんて許せなかった」
 暫しの間。
「だから捕まえてしまいました。 余所見、させないように」
 言ってから赤らめた頬を手で押さえた。

「あの頃の甘さも苦さも…大切な『思い出』として、ここの奥に仕舞ってあって今の私を、少し強くしてくれてるように、思うんです」
 レジーナが大切なものに触れるようにそっと胸を押さえる。
「和登も考えたの。好きな人に会えてよかったなって」
 和登にとって千里との出会いは大切なもの。
「漣も宍戸さんに会わなきゃよかったなんておもわないよね」
 頷く漣にそれに、と身を乗り出した。
「千里だって宍戸さんだって、いつか和登や漣をあいしてるー! ってなるかもしれないの!」
 だって和登達人間より長生きなんだもの、という言葉に笑いが起きる。
「そう、私にもちょっと良い事があったんですよ」
 レジーナが少し得意気な笑顔を浮かべた。
「その人のために、一生懸命お菓子作り練習したんです。美味しいって思って欲しくて」
 クリームとオレンジジャムのシュークリームを一つ手に取り、漣に渡す。
「このシュークリーム…丁度三年前でした」
 一口食べた漣が「美味しい」と口にする。
「ね、ちょっぴり自信があるんです」

「敬愛、愛着、親愛…愛情。少しずつ形が違えど、そこにある想いは『愛』に由来するもの」
 漣の手に未楡が御守りとハート型のチョコレートを乗せた。その想いを大事にして欲しい、と。
「そして藤娘さんが主人を想うが余りの行動も…」
 その後出逢ったからくりも…そこにある想いは同じなのですよ、と藤娘に。

「…でも寂しいよ、ね」
 セリが言う。一緒に居たい人と過ごせる時間が減るのは。
「旅好きの恋人さまだけど…」
 ラヴィも同意する。
「もう旅なんか出来なくなってしまえばいいのにって…」
 我侭になってしまいますね、と零す苦笑。


 そしてお茶会はお開き。
「どうか皆、後悔のない生き方を、ね」
 誰かを想う気持ちが明日の糧になればいい…、と立ち上がるフェンリエッタの笑顔を、漣はやはり綺麗だけど今にも壊れそうだと思った。
「その気持ちは藍弥さんとだから生まれたもの。藍弥さんの守り手である事と同じ様に誇って欲しいな」
 胸の痛みを楽に出来なくてごめんなさい、と謝るリトに漣が首を振る。
 和登が迎えに来た千里と共に帰っていく。

 最後残ったセリが賽を投げた。出目は2。それが何を意味するのか漣にはわからない。
「世界はもっと広いから。漣の世界が広がればいいと思うよ」
 体を屈めて漣の目を覗きこむ。
「好きな事は悪いことじゃない。でも世界が広がれば見えなかったことも見えてくる。灰色だった私の世界が広がったように」
 漣の手を取るとプレゼントに掛かっていたリボンを小指に巻きつけた。
「また会いに来るね。一人じゃないから。忘れないで?」
 不思議そうに首を傾げる漣に笑いかける。
「淋しくないように…。何より…」
 漣の手を包む。
「漣が好きになったから」
 また話そう、そう言ってセリは去っていく。

「苦しいのは、あの人を好きだから…」
 漣は主の名をそっと呼んだ。