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■オープニング本文 ● 朱藩に伊勢原という街がある。 「お願いです、息子のために力を貸してください」 伊勢原に店を構える空木屋主人穂積は開拓者に頭を下げた。 穂積の一人息子稔が誘拐され犯人から、明日夜五ツに身代金を用意し店主穂積か代理が一人で更紗川の道祖神まで来いといった書状が届いたということだ。 更紗川は街の東を流れる川で街道に出るための橋の袂に道祖神が祀られている。昼間は子供達が遊んだりしているが、夜は人通りが少なく、大きな建物や木などもないので身を隠すにも向いていない場所であった。 「稔は亡き妻の忘れ形見なのです…」 穂積は自分が身代金を届けにいくと言う。 開拓者には犯人に気付かれないよう着いて来てもらいたい、と。ただ目的は保身のためでも犯人逮捕のためでもない。犯人が稔に危害を加えようとした場合のみ、稔を守って欲しいというものであった。 「開拓者様を前に失礼なお話かと思いますが、私にとって犯人よりも息子の方が大切なのです」 お願いします、もう一度穂積は頭を下げる。 「お話中申し訳ございません」 襖の向こうから声が掛かる。 「初かい、どうしたんだい?」 穂積が声をかけると襖が開き、一人の婀娜っぽい女が姿を見せた。後妻の初だと穂積は紹介する。 「身体は大丈夫なのかい?」 初は身重らしい。彼女は「大丈夫です」と答えると「角野様」と誰かを呼ぶ。すると目つきの鋭い男が現れた。 「此方は角野様と仰います。かつて私が狼藉者に襲われそうになった時に助けてくださった方です」 ずいっと初は穂積に近づく。 「貴方が稔さんを心配するのと同じように私は貴方が心配です、せめて角野様も一緒に連れて行っていただけないでしょうか?」 初は穂積の手を握り潤んだ瞳で見つめる。躊躇う穂積に「開拓者様と同じように貴方の命の危険が無い限り隠れていてもらいますので」と詰め寄った。 最終的に穂積が折れる。 「申し訳ございません、角野さんもご一緒にお願いします」 ● 遡ること半年前、伊勢原周辺の小さな村で病が流行した。一番最初に発病したのは旅人を泊めた家の者である。症状は酷い嘔吐や下痢。病は瞬く間に広まった。近隣から医者を招いても一向に治る様子はなく、その医者までも病にかかってしまうという始末。 症状は重いものから軽い者様々であったが、体力の無い子供や老人が亡くなる事態が起きた。 ある日寝込んでいた旅人が、ひょっとしたらと村長の下にとある薬を持って来る。かつて別の村で似たような病が流行した時に使用した薬だというのだ。 物は試し、と持ち主である旅人が服用する。 すると旅人の嘔吐と吐き気が治まったではないか。元々症状が軽かったせいもあるかもしれないが薬が効いたのだ。村長はぜひともその薬を譲ってくれないか、と旅人に頼んだが、旅人が持っていたのはその一服だけ。そしてその薬はとても高価なものらしい。価格を聞けば村人の有り金全部集めても足りるものではなかった。 「…扱っている商人を知っているから、紹介だけなら」 項垂れる村人の様子を見かねた旅人が申し出る。 数日後旅人は田所という空木屋の奉公人を連れて来た。 「お困りということは分かりますが…」 田所はやはり商売人であった。先立つものが無ければ売れないというのだ。何年かかってもでも返すと食い下がっても、この村の状況ではどうなることか…と首を振る。 村を覆う絶望感。その時、旅人が「そこを何とか」と田所に頼み込む。 「……では」 暫く考えた田所は、望月家に住み込みの女中見習いとして娘達を奉公に出さないかと提案する。望月家といえば伊勢原屈指の名家である。その家が女中見習を探しているらしい。 厳格な家ではあるが、作法も一通り教えられるし、見習いのうちから給金が出る、悪い話ではないと田所は言う。空木屋としても給金から毎月薬代を差し引けば取り逸れがないので安心できるということである。 そして十になる前の見目の良い娘が五人ほど選ばれた。 村も落ち着いた頃、奉公に出た娘の親達が村長に便りを出しても返事も何も無い、と村長に訴えがあった。仕事が大変なのだろう…とその時はそれで話を終わったのだが、二ヶ月、三ヶ月と経ってもなんの連絡も無い。 そこで娘の父や兄から康介、清太、佐吉の三人が選ばれ様子を見に行く事となった。 ● 三人はまず望月家を訪ねる。しかし「そんな話は聞いていない」と取り合ってもらえない。食い下がると役人を呼ばれ追い払われてしまう。 必死な様子の康介たちを哀れに思ったのか、使用人が一人追いかけてきて本当に娘達はいないと教えてくれた。 空木屋でも同じような結果であった。田所という奉公人はいないらしい。 途方にくれた康介たちは、手掛りを探そうと街中を宛ても無く歩き回る。そして花街のとある妓楼で娘達を見つけた。 そこで娘達は下働きをさせられていた。驚き駆け寄る康介たちを店の用心棒達が阻む。ただの人である康介たちは、志体持ちの用心棒達に敵うはずも無くぼろぼろにされ「返して欲しければ身請け金を払え」と捨て台詞と共に花街の外に追い出される。 娘達はいずれ店に上がるのだろう。その前になんとしても助けたい。しかし自分達にそれだけの力も、資金もない。そんな時田所と思わしき男が空木屋へ入っていくのが見えた。 やはり空木屋は一枚噛んでいたのか、とボロボロの身体で行こうとする康介を清太が止めた。 「…一つ思いついた」 空木屋の息子を攫い、その身代金で娘達を買い戻したらどうか、と。驚く二人に清太が続ける。 「空木屋が一枚噛んでいるならば、遠慮は…」 幼い子の誘拐など、気乗りはしないが最終的に他に良い方法が見つからず、三人は誘拐を決意した。 ● 「稔坊ちゃん、こんにちは。そちらは新しい使用人さん?」 稔が三人の男を連れてとある甘味処にやって来た。 「こんにちは。はい、皆が忙しいので僕が街を案内しているところです」 主人の息子が使用人を案内するなんておかしなこともあるものだ、と給仕の娘は思ったが主人の穂積も気さくな人柄である。だからそんなこともあるのだろうと納得した。 「あ…でも家の者には内緒にして下さいね。夕食前におやつを食べると怒られちゃいますから」 稔は声を潜めるとニコリと笑顔を浮かべる。まだ十ほどだというのに如才ない。周囲には将来が楽しみだと言われている子だ。 「では…今後のことについて話しましょう。父は話を聞いてくれるでしょうが、義母を疑いもしないので役には立たないと思います」 奥の席に着くと稔は三人の男、康介、清太、佐吉に顔を向ける。 「最終的に父を説得するにしてもまずは義母から逃げないことには始まりません」 大人の三人が稔の子分に見える、そんな雰囲気だ。 ● 角野と初が何かを話している。 「仲間と一緒に犯人の行動に見せかけて稔を殺して」 そんな初の囁きが聞こえた。 |
■参加者一覧
佐上 久野都(ia0826)
24歳・男・陰
朱華(ib1944)
19歳・男・志
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
カメリア(ib5405)
31歳・女・砲
佐長 火弦(ib9439)
17歳・女・サ
トリシア・ベルクフント(ic0445)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 念のためということで空木屋内を調査していた時の事である。カメリア(ib5405)と佐上 久野都(ia0826)は初と角野の会話を耳にした。 「あらら、大変なお話を聞いちゃったですよねぇ」 口元を押さえるカメリア。 (「何やら複雑な思惑と事情があるようで…」) 佐上が眼鏡を指でクイっと持ち上げる。 その話を聞いた佐長 火弦(ib9439)が人差し指を唇に当て、「此処からは筆談で」と手帳とペンを差し出した。此方の話も誰が聞いているのかわからない。 「道祖神周辺の確認をしておきましょう」 「身を隠す場所は確保しないと…ですね」 表向きは明日の打ち合わせ、筆談でこれからの方針について話を進めていく。まずは手分けをしての情報収集となった。 「外出ついでにさ、ギルドに経過報告してくるよ」 情報交換はギルドで、と羽喰 琥珀(ib3263)がペンを走らせる。 「さて、この一件、どう転がるのかな…?」 トリシア・ベルクフント(ic0445)が口の中で呟き、奉公人から話を聞くために立ち上がった。 ● 街から更紗川までの道の左右に今は枯れ草の野原が広がる。 そこを抜けると川に沿って走る道に出る。正面の橋を渡れば街道だ。眺めはよく遠くまで見渡せる。 「隠れる事が可能そうな場所といえば…限られてしまいますね」 野原の枯れ草の間、土手下、橋の影。佐上の手から飛び立つ菊戴。その眼を通し、野原で遊ぶ子供達、釣り糸を垂れる男の姿、のどかな光景が送られてくる。今のところ尾行など怪しい人影はない。 「成果はいかがですか?」 釣り人に声をかけた。「ぼちぼちかな」と返事。いくつか会話を交わした後にこの辺りで船を借りれないかと聞く。 「飯屋の親爺が釣り好きで小船を持っていたな」 「飯屋の…。ありがとうございます、そうだ申し訳ございませんがこの事は他言無用に願います」 釣り人に幾許か握らせ「さる方の逢引の手伝いを、ね」と片目を瞑る。 「橋の上流側に道祖神…」 周辺の様子を事細かくカメリアは図に書き記していく。例えば道の幅や向こう岸に渡るまでの歩数など。 「カメリアさん、申し訳ございません」 橋上のカメリアを佐上が呼ぶ。佐上に請われ小船が接岸可能と思われる箇所も記入した。 「川下りでも流行っているのかい?」 尋ねた飯屋の主は船は他に貸す約束をしてしまっていると佐上とカメリアに告げた。どこぞの下男が主に頼まれてと、船を借りていったというのだ。 「百姓風のちょっと頼りない下男でなぁ」 「あの、他に船の心当りはありませんか」 カメリアが主を潤んだ目で見つめる。美人さんに頼まれちゃ仕方ない、と主人の紹介で釣り仲間から船を借りることができた。当然主人にも船の持ち主にもそれとなく口止めはしておく。 空木屋に残ったのは朱華(ib1944)とトリシア。 社交的で華やか…初の評判は悪くない。 トリシアは裏庭で洗濯物干しの手伝い中。 「稔少年はどのような子だったのでしょう?」 他愛のない会話のついでに女中に尋ねる。女中はいとと言い、家で一番の古株だ。 「とても利発な坊ちゃまですよ。ただ年の割には非常に気を使われる子で…」 いとは顔を曇らせる。継母である初とぎこちない、と言葉を濁らせた。 「初さんもお優しそうですが?」 「えぇ、坊ちゃまが外出なさると『何処に行ったのか』『何時帰ってくるのか』と心配されてますし…」 穂積は初を古くから付き合いがある商家の主が開いた花見が縁で出会い、一年程前に結婚したとのことだ。 「芸子あがりということもあって…最初は反対したのですが旦那様が女一人、気丈に暮らしている奥様を支えたいと仰って…」 少々金遣いが荒いなどと、家の者に言えない事も溜まっていたのだろう、いとも次第に饒舌になっていた。 「恨みねぇ…」 番頭の幸三は朱華の問い掛けに首を傾げた。 「先日三人の男が『娘を返せ』と怒鳴り込んできたと聞いたが」 「娘を売り飛ばした、なんだというあれですか」 人買いでもあるまいし、と憤慨する。 「あぁ、でも…」 言いかけて番頭は言葉を飲んだ。 「噂でも、ただ気になっただけでも良い」 どの情報が重要か分からないからこそ教えてくれと、真剣な眼差しに番頭は声を潜めた。 「奥様には花街の質の悪い連中と付き合いがあるんじゃないかって噂があったんですよ」 ヤクザ者といえば、角野も素人には見えない。その角野に関しては時折、探りを入れているのだが今のところ大人しい。 だが角野が居るはずの部屋に人の気配が増えている。気配は三つ、角野と初ともう一人。 部屋から出てくるのに合わせ偶然そこを通りかかった風を装い、その人物を観察する。初と一緒に出てきたのは右目の下に泣き黒子がある行商人風の柔らかい雰囲気の男。 「今の方は?」 男を見送り戻ってきた初を呼び止めると、昔から世話になっている戸坂という小間物屋だという。角野とも顔見知りだとも。 「白粉や紅はあの店でないと…というのでね。大体一月に一、二回来ますよ。そういえば…怒鳴り込みがあった日にも来ましたねぇ」 いとがそう教えてくれた。 ギルドに立ち寄った帰り、羽喰は稔の足取りを追うために彼がよく行くという甘味処に顔を出した。 「なー、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 客がいないのを確認し給仕の娘に声を掛ける。 「昨日空木屋の稔が来たかな?」 「え…来て、ませんよ」 視線が泳ぐ娘に、羽喰は他言無用、と事情を説明した。 「昨日は三人の新しい奉公人さんと一緒だったのでそんな危ない事は…」 「その時の様子、覚えてるだけ教えてくれないか?」 「大人しそうな方々で、稔坊ちゃんのお話を熱心に聞いておいででしたよ」 また三人は空木屋のお仕着姿ではなくいかにも農村から出てきたという薄汚れた格好をしていたので街に来たばかりかもしれない、とも。 「他にもなんかない?」 「そういえば小間物屋さんの話が出てきたかしら? 田所さんだっけ…戸坂さんだっけ?」 終わりに三人の特徴を聞いたがどこにでもいる風貌過ぎて似顔絵を作る事はできなかった。 稔が通っていた算塾というのは隠居の老人がやっている小さな塾であった。 「おねーさんも習いに来たの?」 子供達が佐長の周りに集る。騒ぐ子供達が落ち着くのを待ってから佐長は「皆さんに教えていただきたいことがあるのです」と切り出した。 「稔?」 「昨日帰る時、一緒だった方はいらっしゃいますか?」 子供達は首を横に振るう。 「最近は忙しいからって一人でさっさと帰っちゃうよ」 誰かが「わかだんなだから」というと「そうそう」なんて頷きあう。 「帰りはどこを通るのでしょう」 「探検とか言って毎日違う道で帰ってるよ」 「……。探検はずっとしているのでしょうか?」 「…夏くらいから?。怪我したのがそれくらいだから…」 探検失敗したんだ、と子供達が騒ぐ。 「そういえば今日休んだのは、わかだんなだから忙しいのかな?」 病ではなく用事を先に思いついたのが不思議で尋ねてみれば、川のほうへ行くのを見た、と。 「それは朝ですか?」 「うん、大人三人と一緒だった」 大人三人引き連れているといった様子だったから「わかだんな」の仕事なのかと思ったとのことだ。 夕方、一度ギルドに集合し情報を交換しあう。 気になることがいくつがあるが…と前置きしてから朱華は髪をくしゃりと掻きまわした。 「まずは、稔さんの安全の確保…だ」 「今のままではお家に帰せません。ギルドに保護をお願いしてみましょう」 カメリアの意見に反対はない。 「稔さんは初さんの思惑に気付いるようですね。後犯人ですが…」 「娘を返せーって怒鳴り込んできた三人が有力だなー」 佐上の言葉を受けて羽喰が続ける。 「なんかさ、話を聞く限り根っからの悪人に見えないんだよな」 「ひとまず、捕縛して…その後は、お話を聞きたいですねぇ」 奉行所に届け出てないなら此方の裁量次第ですよね、とおっとりと微笑むカメリア。 「芸子からの小唄の師匠、花街のヤクザ者との繋がりですか…」 佐長が明日調べてまいりましょうと請け負った。 「何やら不穏な空気も見え隠れするが…」 トリシアは顎に手を当てる。稔だけではなく誘拐犯に関してもだ。 「何より、誰も不幸にならない様にしたいね」 その言葉に佐長が瞼を伏せる。 (「きっと穂積さん、初さんも自分同様稔さんを心配してるって思ってるんですよね」) 全てが明るみになった後、事実を伝えるのはつらいと眉をきゅっと寄せた。 翌日、佐長は花街界隈に向かう。羽喰から昨夜花街で誘拐犯と角野について聞き込みをしたがたいして成果がなかったと聞いている。 まず初が教室を開いていた近辺で噂を聞いて回った。 空木屋でも聞いた通り「華やかで社交的」な人物らしい。ただ弟子だった芸子が言うには、お金にうるさく玉の輿を狙っていたとのことだ。 「大店に嫁にいったから芸子だなんて言ってるけど、遊女だったのよ」 かつて初に弟子を取られたという女が言う。元々初は金に困った両親に売られた子で、年季明け後小唄の師匠となったらしい。 それから見番を尋ねた。芸者の取次ぎなどをしている見番なら何か情報はないかと踏んだのだ。 「生き別れの妹が此方にいると…聞きまして」 カソックで包んだ刀を抱きしめ佐長が項垂れる。 「ん〜登録されている中には居ないようだがねぇ」 窓口の男が困ったように頭を掻いた。 「では…よく新しい娘が来るような羽振りの良い妓楼はご存知ないでしょうか?」 男はひょっとして、と一つの店を教えてくれた。ヤクザ者の店で評判が悪く、組合に入っていないからどんな娘がいるか分からないが、と。 去り際、男はその店は危ないからくれぐれも変な気を起すんじゃないよ、と念を押した。 その妓楼は花街の片隅にある目立たぬ店であった。そこに一人の男が入って行く。右目の下に黒子…。 夕刻近く佐上が角野を訪ねた。 「今日の夜の事をお伝えしておこうと思いまして」 取引場所周辺の図を広げ、対岸の橋の袂を指差した。 「仲間の一部は此方に私の術で壁を立て、待機する予定です。角野さんはどちらにお隠れになる予定でしょうか?」 門野は道祖神のより少し上流寄りの土手を指差した。勿論その言葉を全て信じるわけではないが、佐上は頷いてみせる。 「そうそう。偵察に行った仲間の話ではどうやら犯人は見張りを含め六人ほど既に準備に入っていたようですよ」 我々も気をつけないといけませんね、そう穏やかな笑みを浮かべた。 「それでお話とは何でしょうか?」 いとに頼み人払いをした、奥の部屋に穂積がやって来る。 「お呼び立てして申し訳ございません」 トリシアは一度言葉を切り、少し間を置く。 「実は二つほどお願いしたいことがございます」 トリシアは務めて落ち着いた声音で、事が済んだら事情を聞くために稔をギルドで保護をしたい旨、そしてその際に穂積にも一緒に来て欲しいという事を伝えた。 裏の事情は伏せる。当初穂積は、稔が疲れているだろうからという理由で承諾を躊躇った。 (「優しい父親だ……。少々羨ましくもある…な」) 自分と父の関係を思い、苦笑が零れる。だが今は感傷に浸っている場合ではない、稔の安全を確保するためにも納得してもらわなくてはならない。 同じような事件を繰り返さないためにも協力して欲しいと頭も下げた。 最終的に稔に無理強いをさせないのであれば、と穂積は了承する。 その頃、小間物屋が初を尋ねて来た。やはり佐長が妓楼で見かけた男だ。 ● 取引時間の少し前、佐上は小船を道祖神寄りの橋の下に止めた。船底には闇色のカソックを被った佐長が潜んでいる。 角野に予め伝えたように対岸に壁を立て、自身は橋脚へと身を寄せる。同じく橋の下には黒い布を被った羽喰。角野が隠れるといった道祖神側には連絡係と偽り朱華が位置し、そこから橋を挟んで下流側にトリシアが身を潜めた。カメリアは遠距離からの襲撃に備え、対岸の土手に伏せ銃を構える。 朱華と羽喰が周囲の気配を探る。把握している人数以外に街側の野原に二人、ないし三人確認できた。 まもなく角野が現れ隠れた後に、穂積が姿を見せた。金の袋が重たそうだ。佐上は様子を伺うために菊戴を飛ばす。橋より少し離れた下流、船頭一人を乗せた船が泊まっている。 指定時刻を少し過ぎた頃、男二人と子供が下流側から現れた。拘束されている子供より、大人二人の方が落ち着きがない。 「稔!」 「お父さ…っ」 駆け出そうとする稔の縄を男が引っ張る。 「まずは金を此方に向かって投げろ」 男の声が震えている。穂積が言葉に従って袋を男へ向かって投げた。 一人の男が稔と一緒に袋へと近づく。男が袋を取るために屈む。男の視線が稔から離れた瞬間を狙い、土手からトリシアと朱華が飛び出した。 「そこまでだ。どんな理由があろうとも、これは褒められた方法じゃないな」 男の腕を朱華が取る。 突然響く銃声。 咄嗟にトリシアが稔を抱き寄せ腕の中に庇う。弾丸に肩を抉られつつも、稔に覆いかぶさり地に伏せた。 情けない声をあげた男を朱華が脇に退ける。 二発目の銃声。今度は対岸のカメリアだ。 「外れましたかっ…」 暗闇に目を凝らす。方向は間違っていないはずだ。 二人の覆面男たちが稔とトリシアに向け野原から飛び出した。 「事情はある程度知ってるから、今は大人しくしてろって」 躍り出た羽喰が稔にそう伝えると柄に手を掛ける。 そして迫り来る男の胸元目掛け一気に刀を鞘から抜き放つ。だが浅い。もう一人は突きを紙一重で避けた朱華に一太刀喰らい動きを止める。 角野が動く……より速く佐上の合図を得た佐長が立ち上がり吼えた。 「稔さんを守るのは私達の役目です。お任せ下さい」 足を止めた角野の隙を突き土手を駆け登り、角野と稔の間に立ち塞がる。佐長の視線は油断無く角野の動きを追う。 男達は襲撃に失敗したことを悟ったのだろう、さっさと踵を返し逃げていく。 「追いかけましょうか?」 下流に泊まっていた小船にいた男を連れた佐上が穂積へと尋ねる。 「いいえ、犯人よりも稔を…。それに怪我をされた方の治療も…」 穂積の言葉に角野が安堵したのを佐上は見逃さなかった。 一行はギルドへと向かう。角野は初に皆の無事を伝えに行くという理由で空木屋に戻っていった。 ● 部屋には稔と開拓者のみだ。事情を聞くということで穂積には席を外してもらい、話の整合性を取るために誘拐犯三人は別室にいる。彼らは突然始まった戦闘に肝を潰されたらしく、抵抗する様子もなかった。 「浚われたとの事だが…それにしては落ち着いているような?」 「この度はご迷惑をおかけしました」 朱華の言葉に稔が謝罪する。誘拐事件はやはり偽装だ。 「理由を話して頂けますか?」 佐上の問い掛けに稔が頷き、自分の身の上に起きたこと、三人から聞いた話、そして今回の誘拐事件について語り出した。 |