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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ※このシナリオは、シナリオリクエストにより承っております。 ● 12月も終わろうかという頃、六郎に客があった。同郷の五節という男である。しかも五節に呼ばれたと、幼馴染の四辻までがやって来た。 六郎たちは陰穀の小さな里のシノビであり、組頭と呼ばれる幹部だ。組頭は全部で八名、うち三名が此処に揃ったことになる。これは何事だと首を傾げる六郎に四辻に対し五節は何やら上機嫌だ。 「やあ、やあ、やあ、二人とも久しぶりだねえ。元気そうで何よりだ。僕? 僕は勿論元気だよ」 五節は二人より少しばかり年上だがまるで少年のように屈託無く笑う。 「そういえば以前三人で顔を合わせたのはいつくらいだろうか? 六道はなかなか里に顔を出してくれないから会う機会もなくて寂しいよ。あれ、六道、ひょっとして太ったかな? お腹周りが僕の記憶よりも幾分大きくなったように思えるんだけど。そうそう、先日ね里長が飼っている猫に子供が生まれたのだけど、それが見事な毛玉達で……」 六道とは里での六郎の名だ。それはおいといて話が横道に逸れる上、無駄に長いのは五節の癖である。二人がいい加減うんざりしてきた頃、五節の脇に控える腹心の水穂が五節の名を呼んだ。水穂は公私共に五節を支える優秀な女性だ。 五節がはっと我に返って「そうだった」と頭を掻いた。 「実は今日、二人に来てもらったのは大切なお願いがあってだね。そのお願いというのが……」 さあ、本題に入るぞというところで「きゃあああ」と響き渡る悲鳴。厨房からだ。 厨房では四辻の部下である佐保と小さな女の子がいた。 「……四辻」 ぽん、と六郎が幼馴染の肩に手を置く。 「佐保との間に子供ができたなら言えよ、みずくさ……ぐっ!」 六郎の鳩尾を抉る四辻の拳。 「ちょ……おま……」 腹を抱えて蹲る六郎を無視して四辻が女の子に声をかけた。 「小鞠か?」 言われてみれば六郎の部下である小鞠の幼い頃にそっくりだ。しかもぶかぶかの着物は先程まで小鞠が着ていたもの。 「これは一体どういう……」 「舐めたね!! 小鞠ちゃん、僕がお土産に持ってきた飴を舐めたね!!」 興奮した様子の五節が両手を広げて嬉しそうに笑い出した。 「で、これはその飴が原因でいいの?」 佐保の隣にちょんと座る幼い小鞠を六郎が見やる。 「そう、これは僕が作った薬でね、姿を変えることができるんだ!」 五節が得意とする分野は薬品の調合である。寧ろそれしかできないと言っても過言ではない。ともかく薬の調合中に偶々発見したらしい。人の姿を変える薬を。最初は変身も運任せだったが、改良を重ねてある程度調整ができるようになった。その結果が、五節が得意そうに手にする白い大きな飴玉である。 五節は飴玉をガリっと噛み砕き二つに割った。白い飴の下に菫色、その下に紅色、飴は何層にもなっている変わり玉になっている。 「この飴のどこで反応するかによって何に変身するか違うのだよ」 「……ちょっと待った。折角調整できるようになったのにそんな博打要素を取り入れたのはなんでだ?」 米神を揉み解しつつ四辻が尋ねる。 「それは決まっているじゃないか、面白いからだよ……ってところで佐保ちゃんは舐めなかったの?」 五節とはそういう男なのだ。だいたい面白いほうを優先させる。 「舐めました」 「でも変わった様子はないよねえ。あれぇ……薬の効かない体質とかあるのかなあ」 「佐保は男の子になったんです」と小さく付け加える小鞠。 「ええ、ごめん、普段と変わってないから気付かなか……」 酷いです、佐保が叫んで走り去っていく。声はちょっといつもより低かったかもしれない。 「……と、まあこんな感じで変身できるわけだけど」 「解毒剤は?」 六郎の問いに待ってましたとばかりに五節が親指をぐっと上げる。 「解毒剤が欲しかったら君たちも飴を舐めてみてくれたまえ。薬に対して耐性がある君たちにも利くか試したいんだ。尤も僕は既に体験済みで、可愛い女の子と猫になったよ」 揉めたが結局二人は部下のために飴を舐めることとなった。 「……おお」 感嘆の声を上げる六郎。彼は自分好みの胸の大きい女性になっていた。ためしに胸を触ってみる。 「あれ……ちっとも嬉しくない」 そして四辻はといえば、頭に生える三角耳。どうやら中途半端に猫の特徴が出てしまったらしい。 「じゃあ解毒剤を出してもらおうか」 「ないよ、そんなの」 あっさりと言う五節に四辻が詰め寄ろうとした。その時、水穂が丸めた手拭を投げる。 「にゃっ!!」 ぱっと手拭に飛び掛る四辻。手拭を手で叩き落すところころと遊び始める。 「これは……一体 どういう、こと、だ?」 四辻が声を震わせた。 「あー、そうそう。人によって度合いが違うんだけど外見に言動が影響されることもあるんだよ。四辻は今猫の習性が強く出ているようだね」 珍しく四辻が頭を抱え込んだ。 「まあ、そう気に病むことは無いよ。僕が猫になったときは完全に猫でね、水穂の膝の上で昼寝をしていたものさ。中々に良い体験だったよ。それに薬の影響は半日から長くても二日ほどで消えるから、楽しむといい」 五節は朗らかな笑顔でそう言い放った。 ● 年明けて正月。神社へ初詣に訪れた六郎と小鞠。参拝を終え、屋台が並ぶ参道をぶらぶらと歩く。 「六郎様……」 小鞠が六郎の袖を引いた。 「なに、なに、どうしたの?」 あれ、と指差す先、飴を売る屋台にどこかでみかけた変わり玉が売られているのを二人は発見した。 同じような飴が各地の初詣で売られていたのを二人は知らない……。 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 相川・勝一(ia0675) / 瀬崎 静乃(ia4468) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リエット・ネーヴ(ia8814) / ニノン(ia9578) / ユリア・ソル(ia9996) / ヘスティア・V・D(ib0161) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ウルシュテッド(ib5445) / サフィリーン(ib6756) / 雁久良 霧依(ib9706) |
■リプレイ本文 ● お正月、三が日も過ぎたが神楽の都の神社は、いまだ参道に屋台が並びそれなりの賑わいをみせていた。 威勢の良い呼び込みにリエット・ネーヴ(ia8814)は足を止める。台に並ぶのは様々な飴。 そのうちの一つ、なんの変哲も無い白い飴を指差し店主が言う。色々な果物の味がするよ、と。一体どんな味がするのだろう、興味を惹かれたリエットは白い飴を一つ購入した。 「最初は何味かなー」 橙だ、苺だ、葡萄だ……なんて一つ一つの味を楽しんでいると、何やらいきなり視界が高くなる。 「あれれ? あれ?」 近くにあった池を覗き込んだ。すらりと伸びた足、高い頭身、滑らかな曲線を描く身体。……大人になったリエットがいた。 「何、これ。おもしろいじぇー!」 ぴょんとぴょん飛び跳ね喜ぶリエット。いつもよりちょっとだけ体が重かった。 リエットの変身を見ていた者達がいる。 「へぇ……」 にやりと唇を歪めて笑うヘスティア・V・D(ib0161)と 「買わぬ手はないのじゃ」 相川・勝一(ia0675)の相棒、人妖の桔梗だ。 「りゅーにぃにどうやって食わせようかな〜」 飴を片手に上機嫌でヘスティアは帰路を急ぐ。 神社の途中橋の袂、柳の下に立つウルシュテッド(ib5445)。妻とのデートの待ち合わせ中だ。 「お面が欲しいの」「お参りの後でね」、はしゃぐ子供を嗜める親、仲の良さそうな家族にウルシュテッドは小さく笑みを零した。 (うちは息子が三人だし……もう一人娘が欲しいな) 自分と妻と子供達とそして妻の腕に抱かれた赤ん坊。 「ふ、ふふ……っと」 思い描く未来図に思わず緩む顔を誤魔化すために屋台で買った飴を舐める。 突然ガクンと下がる視界、倒れる、と咄嗟に何かを掴もうと伸ばした手にウルシュテッドは愕然とした。 紅葉のような小さな赤ん坊の手……。周囲に散乱する自分の服や靴。 (ど……どいうこと、だ?) 話しているつもりでも、口からでるのは「おぶおぶ」など可愛らしい声ばかり。 ウルシュテッドは赤子と化していた。 ニノン(ia9578)はバッグから飴を一つ取り出して口に入れる。 「うむ、悪くはないのう」 夫ウルシュテッドとのデートに向かう途中だ。 「……っ!」 いきなり痛み出す足。指先が靴につかえてズキズキと痛む。しかも先程まで見上げていたはずの庭木がちょうど視界の高さにあった。 手鏡を覗き込む。 「少々老けた気が……」 一般的な三十前後程といえばいいだろうか。鏡の中の自分は、本来の年齢を言っても驚かれないほどの見目になっていた。 「まあ……」 足が痛い以外は実害は無い、まずは夫と合流しよう、と靴を脱ぎ歩き出す。 待ち合わせの橋の袂、脱ぎ捨てられた夫の服、その真ん中にふわふわの茶色の髪にぱっちりとした緑の瞳、桜の頬も可愛い女の赤子がいた。 「よし、よし、どうした」 呆然としていたウルシュテッドを抱き上げる温かな腕。柔らかい金色の髪がウルシュテッドの頬を撫でる。ウルシュテッドは顔を上げ、目を丸くした。 (ニノ、ン?) 自分を抱いたのは妻のニノンだ。だがこれはどういうことか。 いきなり大人になっているではないか。いや彼女は元々大人だ。落ち着け、自分。ともかく十代半ばにしか見えない彼女が成長していたのだ。 熟れた果実のような甘い香り、常とは違う大人の色香を纏う妻にウルシュテッドは見惚れる。しかも布地を横に引っ張り自己主張をしている胸元……と違う、俺は何を言っているのだ、とウルシュテッドは頭を振った……つもりだった本人は。だがニノンからはみればむずかる赤子だ。 「怖がるでない」 と背中を摩られる。ウルシュテッドをあやすニノンの足元は裸足であった。 (足、怪我をしないだろうか……) 成長し靴が合わなくなったのだろう。髪を軽くひっぱり「心配だ」と視線を向ける。 「心配するでない。母上がみつかるまでわしが面倒を見てやろう」 だが意図は通じない。それどころか背中を摩る手の心地よさにウルシュテッドはうつらうつらし始めた。 「寝る子は育つというしのう」 赤子は寝るのが仕事である。 全く、旦那様ときたら……。何度言っても、何度見せても自分のスタイルの自信点を解ってくれない夫に拗ねたユリア・ソル(ia9996)はプチ家出の敢行中だ。 そんな中、立ち寄った馴染みの万屋で不思議な飴を見つけた。なんでも「変身できる飴」らしい。 「あら、面白そう。そういうのは試してみなくちゃね」 気分転換にもよさそうだ、と目を閉じて早速飴を一つ舐めてみる。何が起きたかとわくわくしながら目を開けば、世界がとても大きくなっていた。水溜りに映るのは青銀の毛を持つ優美な猫。ふっさりとした尻尾をぱたん、ぱたんと二度三度揺らしてみせる。 (あら、可愛い) 言葉の代わりに「にゃあ」と高めの可愛い鳴き声。 飴の効果は長くて二日と聞いた。どうせなら猫生活を満喫しないとね、と尻尾を立て前足を投げ出し伸びてからユリアは歩き出した。 その万屋で飴を買った人物は他にもいた。リィムナ・ピサレット(ib5201)である。現在温泉に向かう道中だ。効用は知らず、旅行のおやつとして買った。 「霧依さん、飴舐めない?」 ころん、と口の中で飴を転がし、同行者の雁久良 霧依(ib9706)に飴を勧める。 突然横を歩いていたはずの霧依の姿が消える。慌てて横を向けば、黒髪を靡かせた幼い少女が白い羽織に埋もれていた。 「え? ぇ? って、あたしも……?」 驚くリィムナを襲う違和感。外見上はなんら変化は無い。だがこう股間辺りが……。 がばっと下を覗き込む。 「……何これ?!」 ぱおーん、小さな象さんとご対面。 (ああん、幼女になれた…) つるぺたな胸を探り、霧依は身を捩る。 (こんなに嬉しい事はないっ!) 身悶える霧依を心配そうに覗き込むリィムナ。大丈夫よ、と答えようとした霧依の中で「ちょっと待った」と計算高い理性が囁きかける。 これは幼女の振りしてリィムナにあれこれ悪戯する良い機会ではないの、と。 「……お兄ちゃん、誰?」 霧依は記憶を失ったふりをした。 「あたしはリィムナ。霧依ちゃんのお兄ちゃんだよ」 そんな事を知らずにリィムナは笑顔で答える。此方は此方で飴の袋に効果は二日とあった、ならばその間、普段は色々と面倒をみてくれる霧依との逆転生活を楽しんでしまおうと思ったのだ。 「お兄ちゃんと一緒に温泉に行こうねー」 リィムナはここぞとばかりに張り切って手を繋ぎ歩き出した。 桔梗は相川の元に戻ると早速飴を渡す。 「桔梗が物をくれるなんて珍しい事もありますねー」 にこにこ笑顔の相川は疑う素振りもなく飴を口に入れる。 「ん、美味しいです。本当だ、味が変わっていきます。なんでしょうこの甘い香りは……」 頬を桜色の紅潮させる相川。頭には三角耳、お尻の辺りには滑らかな毛並みの長い尻尾がピコピコと動いている。まだ本人は気付いていない。 サフィリーン(ib6756)は下宿先の部屋に戻って初詣で買ってきた飴の包みを広げた。白、赤、緑に黄色……色とりどりの飴。 どーれーにしよーうかーな、と歌いながら選んだのは大きな白い飴。ぽいっと口に放り込む。柑橘の甘酸っぱい香りが口の中に広がる。 「ん、おいし!」 と、部屋の隅に見つけた人影に首を傾げた。 「あれ……兄様?」 そう故郷にいるはずの兄が、同じように首を傾げてサフィリーンをみていたのだ。 「いつ神楽に来たの?」 立ち上がれば兄も立ち上がる。 「?」 サフィリーンが頭を触れば兄も触った。 「違う。私?!」 試しにぺたぺたと顔に触れば兄も。兄ではない。姿身に映ったサフィリーン本人だ。 「えっと……また不思議な夢を見てるのかな?」 以前見た大きなお兄さんと体が入れ替わる夢のように。 「でも……」 鏡に向かって斜めに立ち腕を組んでみる。 「兄様より私の方が格好良いな」 サフィリーンは満足そうに頷く。 「よーし、まずはお洋服を探さないと」 夢ならば醒めるはず。だったらその前に楽しんじゃおう、とサフィリーンは一番大きなマントを羽織り部屋を出た。 ヘスティアは家に帰ると土産だと飴玉をリューリャ・ドラッケン(ia8037)と北條 黯羽(ia0072)に差し出す。案の定リューリャが疑わしそうに飴を見てる。 「じゃあ遠慮なく一ついただくとしようかねぇ」 それとは対照的に躊躇いもなく飴を口にする北條。何が起きるか観察しようとしたリューリャの腕をヘスティアが引き寄せた。 「っと……な、に……を」 リューリャの言葉を遮り塞ぐ唇。互いの歯が噛み合うほどに深く。そして飴をリューリャの舌の上に転がした。 観念したリューリャが右に左に頬を膨らませながら飴を舐めるのを見てヘスティアも一つ飴を口に放り込む。 (何が出るかなぁ〜) 「……こんっ!」 突然響く可愛らしい声。艶やかな長い黒髪から覗く狐の耳、憂いを帯びた赤い瞳、縁取る長い睫、揺れる立派な尻尾、十代前半の深窓の令嬢風の獣耳少女がリューリャとヘスティアの前に立つ。 「まァ……」 ふっくらとした尻尾を一度揺らしてから、北條は額に手を当てた。 「仕方ねェか……て、ヘス……可愛いじゃねぇか」 ぎゅむっとヘスティアは北條に突然頭を抱きかかえられる。 暫く北條に耳を嵌れたり髪を撫でられた後、ヘスティアは鏡を覗き込んだ。先端の曲がった鍵尻尾、ぴるると震える三角耳。 「こうきたのにゃ……」 止めに「にゃ」の語尾。小柄な猫耳少女になっていた。しかも小柄で華奢な少女の体形だというのに胸はそのままに。動くたびにたゆんと揺れる。 「ところでりゅーにぃはどこにゃ?」 二人は姿の見えないリューリャを探す。 「踏むな!」 下から聞こえてくる声、二人の足元に真っ白いフェレットがいた。頭にリューリャが被っていた白い鍔付の帽子。 「いや、だから俺が聞きたいよ」 二人の視線にフェレットが短い前足で額を押さえようとした。たどたどしい動きが可愛い。 「外に出て状況確認をしたい…が……」 いかんせん今のリューリャは無力。二人を見上げるとヘスティアがひょいと頭の上に乗せてくれる。 「それとも俺の胸にくるかい?」 北條が自分の胸元を指差す。こちらもその年齢の少女にしては発達した胸だ。 「いや、耳の間は安定してるし、こっちの方が良く見えるからね」 遠慮させてもらうよ、とリューリャは耳の間に陣取った。 「よし、外行くにゃ!」 北條と手を繋ぎ頭にリューリャを乗せ、ヘスティアは外へと飛び出した。 参道を行く相川と桔梗、突如上がる悲鳴。 参道から逸れた脇道で一人の娘が、数人の男に囲まれている。男の一人が娘の腕を強引に掴んだ。 「このめでたい日に悪事を働くなんて……」 考えるよりも先に走り出す相川。 「この僕がお仕置きにゃ」 娘と男達の間に割って入って、片足を上げて赤とピンクの可愛らしい杖をびしっと突きつける。 「え?」 瞬きを繰り返し相川は娘と男と杖を見た。一体何が起きたのかわからない。気付いたら勝手に体が動いていた。そもそもこの杖は何か……って杖だけじゃない。 格好もおかしい。白い狩衣に膝上の赤い袴、膝上靴下にぽっくり下駄、頭に揺れるのは鈴付巨大リボン。巫女服を改造した可愛らしくも露出の高い格好になっている。 「あのぅ……これは一体……わっ、何をするにゃ! 不意打ちとは卑怯にゃ!」 いきなり襲ってくる男達をひらりとかわして杖を振るう。キラキラと輝く虹が男を薙倒した。 「と、ともかくまずは退治にゃ!」 次から次へと襲ってくる男達を右に左に避けては杖をくるりくるりと振り回す。 相川に叶わないと見た男が取り出した刃物。振るった刃が相川の胸元を掠る。 「く、意外とやる……って」 胸元に触れた手に伝わるふにゃりと柔らかい感触。引き裂かれた胸元から覗く控えめに膨らんだ胸。 「これは何にゃー!?」 相川は可憐な猫耳変身魔法少女……そう少女になっていたのだ。気付けば周囲も人だかり。「ネコミミコちゃん、頑張れー」なんて声援まで飛び出す始末。 主人の危機に相棒は見物客の輪から少し離れたところから見守っていた。笑いをこらえて震える肩、何やら楽しそうだ。 「この変化……桔梗のせいにゃね!?」 ぶぅんと唸りをあげて杖が男の横っ面を引っ叩く。 「あれか、あの飴にゃねー!」 やはり何の思惑もなく桔梗が物をくれるはずなかったにゃーと半泣きで杖を振るう猫耳魔法変身少女であった。 ふわりと漂う甘い香り。リエットは背伸びして周囲を探る。背が高いとこういう時便利だ。 「もふら飴、一つ!」 それにこういうところも、と一際大きく作ってもらえたもふら飴に齧りつく。屋台であれこれおまけしてもらえて綺麗なお姉さんというのはお得だな、と思う。 もふら飴を楽しんでいると、とん、とリエットの頭の上に何かが落ちてきた。もう一度トンと頭に軽い衝撃、青銀の猫が目の前に降り立つ。 「ぉお……ってなんだ、可愛い猫さんかー。こんにちは。今日は動物さんが沢山だねぃ」 抱き上げ鼻と鼻をくっつけての挨拶。落ちていた枝をひらひら動かすと猫がじゃれつく。人懐こい綺麗な猫であった。 猫と別れた後も動物を多く出会った。時折、知り合いに似た雰囲気の動物まで。 「私にもそっくりなお友達がいるんだよー」 などと話しかけると愛想よく尻尾をふってくれたりもした。 歓声が聞こえてくる。少し行った先に人だかり。 「なにかなー?」 背伸びするリエット。しかし大きくなったリエットをもってしても輪の中心で何が起きてるかわからない。「猫耳ちゃーん、可愛い」とても盛り上がっていることだけはわかる。 よし、とリエットはいつもの調子でひょいっと物置小屋の上に飛び乗ろうとした。だが……。 「あれー??」 乗っかったのは上半身だけ。懸命によじ登ろうとするがずりずりっと尻から砂利の上に落ちた。 「この身体じゃ、いつものようにできない」 困ったなー、とどちらかというと嬉しそうに言いながら砂利の上に大の字に寝転がっていると、「なにしてんだ」とどこかで見た顔が覗き込んだ。 猫耳と狐耳、それに帽子フェレット。ヘスティアと北條だ。 「二人とも、小っちゃくなってどうしたの?」 飛び起きる。いつも見上げている二人が可愛らしい女の子になっていた。 「そっちは別嬪さんになったじゃねぇか」 北條がリエットの横っ腹を突く。 「くすぐったいよー」 身を捩るリエット。 「見上げるのは新鮮だにゃ〜」 「こんなことだってできちゃうんだじぇー」 じっと見上げるヘスティアをひょいと抱き上げてやる。 「お、美人猫発見にゃ!!」 ヘスティアが指差す。先程の青銀の猫がとことこと寄ってきた。 「いい毛並みだコンっ!」 興奮した様子で猫を抱き上げる北條。「コン」に本人は気付いていないようだ。 「この猫……」 リューリャは猫の優美な姿に鮮やかな青銀の髪を持つ妹分の姿を連想した。ヘスティアも「似てるな」と頷く。 「皆で屋台めぐりしようよー」 「にゃあ」 ヘスティアの尻尾で遊んでいた猫も同意した。 「おいなりさん、どこかにねぇかな」 何時の間にやら北條は味覚も狐寄りだ。 異国の服も扱う洋品店にて、物色中のサフィリーン。 普段見ることのない男物の服を選ぶのも中々に楽しい。そのうち「何かお探しですか?」と売り子の娘に声を掛けられた。 「あ、おね……お嬢さん」 咄嗟に出るのはいつもの自分。一呼吸して気持ちを落ち着かせ、知り合いの格好良いお兄さん達を思い浮かべる。 「お勧めの服を見繕って…もらえない、かな」 あのお兄さんはいつもふわって微笑むよね、とサフィリーンも口元を綻ばせる。みるみる顔を赤くする娘。 (あ、お姉さん顔赤くなって可愛いな……) 「これなんてどうですか? こっちは?」と一生懸命に服を選んでくれる様子は胸がきゅんとするほどに可愛らしい。 (もっと反応を見てみたい……) ついじっと見つめてしまう。顔を上げた娘と視線が重なった。 「あっ……あの」 耳まで真っ赤にして俯く娘。その時サフィリーンは知り合いのお兄さん達が女の子にあれこれちょっかいをかける意味をなんとなしに理解した。 (駄目……これ以上) 色々駄目だ。開けてはいけない扉が開いてしまう、それにお姉さんにも悪い。 「今日はありがとう。また何処かで会おうね?」 にっこりと笑顔で手を振って退散した。 ヘスティア達と屋台グルメを堪能した後、また一人、いや一匹で散歩を始めるユリア。途中とても気持ち良さそうな日向を見つけた。落ち葉のクッション付だ。 欠伸を一つ、落ち葉の上に丸まって昼寝を始める。 人の気配と香ばしい焼けた肉の匂いにユリアは顔を起こす。男の着物の飾り紐についた丸い玉にユリアは反射的に飛びついた。 ころころ、ころころ片手で転がして遊んでいると。 「食べる?」 と男が鳥の串焼きを差し出す。一口パクリ、と香辛料の利いたタレがとても美味しい。 鶏肉のお礼と手に頭を擦りつけようとしてユリアは男の髪を見た。黒髪、重なるのは旦那様。旦那様はまっすぐでこちらは癖毛という差はあるけど。 「あだっ…だっ……」 旦那様のニブチン、とかぷっと男の指を噛んでじわじわと歯を立てる。傷にならない程度にでも歯型がつく程度に。 その頃、ニノンは昼寝から目覚めて泣く赤子をあやしていた。 「すまぬが乳は出ぬ」 抱いて揺らす。でも子供は泣き止まない。ウルシュテッドは緊急事態を迎えていた。 (厠に……行きたい) それを伝えようと泣いているのだ。 「おお、そうか」 その必死の想いが通じたのかニノンがウルシュテッドをベッドにおろす。そしておくるみを脱がせにかかった。 (ニノン、まさか……) だが安心したのも束の間、嫌な予感にじたばたと暴れるウルシュテッド。 「おむつを替えるだけじゃ。大人しゅうせい」 予感的中。ウルシュテッドは顔面蒼白になる。 (待ってくれ、確かに姿は赤子だが俺にも一応プライドってものが……!) 抵抗するウルシュテッド。だが力は圧倒的にニノンのほうが上だった。おむつに掛かる手。 よもや三十路を越えて妻におむつを替えてもらうことになろうとは……。何かが折れた音が聞こえた。 結局サフィリーンが服を買えたのは数件巡って青年の真似も慣れてきた頃。アル=カマル風も良かったのだが、新年という時期も考え天儀風を選んだ。落ち着いた色合いの着流しに派手な柄の羽織、髪は前髪もあげて、ゆるく後ろにまとめてみた。自分で言うのもなんだが中々の男っぷりである。 「これ一つ貰えるかな?」 にこりと笑えば、たい焼きは二匹、三匹に。美青年の笑顔の威力は凄まじい。 袋に入った熱々のたい焼きを抱え歩いていると猫の鳴き声。陽だまりにアル=カマルの童話にでてくる姫君のような美しい青銀の毛に新緑の瞳を持った猫が座っている。 「わぁあ! 綺麗な猫さん……っと、可愛いお嬢さん、ご一緒していいかな?」 手を伸ばすと猫はすりっと額をおしつけ、足の周りをくるんと回った。そしてたい焼きの袋を見上げ鼻をひくりと動かす。 「食べるかい?」 熱いからね気をつけて、とたい焼きを猫に二つに割ってあげる。日向に仲良く並んで座って一人と一匹のおやつタイムだ。 リエットは大人の姿を満喫した後、従伯母宅へと顔を出した。当然、リエットの姿が変わっていることは知らないのだからそこで一騒動あったのだが……それはまた別の話。 温泉宿に到着したリィムナと霧依。リィムナはまず厠に向かった。 勿論男性用の厠で仁王立ちでの用足しである。他に人がいないのを良いことにこうやってするんだ、なんてじっくり観察した。 「お兄ちゃんとお風呂だ〜」 「霧依ちゃん、走ったら危ないよ」 いつもは霧依に言われている事を言うリィムナ。 浴場で鏡に腰に手を当て全身を映す。並んで真似する霧依がなんとも可愛らしい。 水着の日焼け跡が短パンになっているのを発見した。 「芸が細かい」 と一周回って跡を確認する。そして再び正面に向き直り 「象さんだぜっ!」 腰を降る。 (な……なんて可愛いの私……!) はぁはぁと危ない息遣いの霧依。リィムナの真似をしているとみせかけて全身くまなく鏡で映して堪能する。ああん、と身悶える様は不審者に他ならない。開拓者さん、此方です! 更に霧依jはリィムナの荒ぶる小さな象さんに目を光らせた。 「象さん見っけ」 無邪気に喜び狙いすまして……。 「捕まえたぁ!」 可愛らしい少女の声に「…あぎゃあ!」と悲鳴が重なった。 「ごめんね、お兄ちゃん」 「うん、だ……大丈夫。でも握っちゃ駄目っ!」 本当に痛いからと涙目のリィムナ……ショタリィムナきゅんも最高、と霧依は内心拳を握る。 「お兄ちゃん、洗いっこしよ?」 まずはあたしからーと霧依が手拭片手に迫る。狙うはリィムナの象さん。 「ひゃうっ…!!」 リィムナが飛び跳ねた。 お風呂で散々遊んだ二人は布団に倒れこむ。 「霧依ちゃん、あったかい……」 霧依を抱き寄せるリィムナ。 「くすぐったいっ……」 寝ぼけているのか霧依がリィムナの胸を吸い始めた。 「……でも、うん……」 こういうのもなんかいいかも……とリィムナは眠りに落ちた。 リィムナの寝顔を見つめる霧依。 (大好きよ、リィムお兄ちゃん) ちゅっと頬にキスを一つ。 知り合いの家を巡ったりして、家に戻ってきたのはもういい時間であった。 「さぁて一っ風呂浴びるとするかね。行こうぜ、ヘス」 ひょいとリューリャを掴むと北條は胸の谷間に入れてぎゅっと挟んだ。リューリャは弾みでずれた帽子を直して「やれやれ」と息を吐く。 二人の少女の間に挟まれリューリャはおとなしく湯船に浸かる。洗われるときもおとなしくしていた。辺り一面凶器だらけなのだ。これは無抵抗でいるしかない。 二つの布団をくっつけて三人で眠る。 「おやすみ」 リューリャから二人にキス……鼻で突いたという感じでもあるが。北條からもリューリャの頬にキスが返される。 深夜……。 「んぐ……」 北條の尻尾を抱き締め気持ち良さそうに眠るヘスティアの胸の谷間から這い出してくるフェレットの姿があった。 「……本当に凶器だよ」 翌日一足先に元に戻ったリューリャは両手に獣耳少女というある種うらやましがられそうな状態で色々連れまわされるのであった。 赤子になってどれくらいか……。 (二日か……) ウルシュテッドは溜息を吐いた。とても長い二日だ。泣くのにも存外体力がいる、と心身ともに疲労が深い。 (俺はずっとこのままなのか?) 背筋を伝う冷たいなにかに、赤子の身体が反応して「ひっく」としゃくりあげた。 「どうした?」 ニノンがやって来てウルシュテッドを抱き上げる。 「わしは此処におる。だから心配するでない」 柔らかな光を湛えた視線に子守唄のように優しい声。彼女の中に見た「母」……。 「わしとテッドの子もそなたのようじゃと嬉しいが……」 漏らされた独り言にウルシュテッドが目を瞠った。 「名前があった方が呼びやすいのう。よし、そなたの名は…」 ニノンの視界がいきなり低くなった。 「おや……」 手を見れば見慣れた大きさに。どうやら元に戻ったようだ。それよりも抱いていた赤子はどうした、と周囲を見れば目の前に夫が。しかも正真正銘、葉っぱ一枚すら身につけていない全裸の。 「ニノン!」 目が合った瞬間、ウルシュテッドが全裸のまま抱きついてきた。 「もう……戻れないかと……」 涙目でぐすっと鼻を鳴らす。久々に腕に感じる妻の温もりと彼女から自分達の子供について聞けたという喜びに、ウルシュテッドは勢い余ってそのまま押し倒そうとした。 「……!! 昼間から何を考えておるのじゃー!」 腕の中じたばた、ニノンが暴れる。 「二人の愛を語らうに昼も夜もないさ。俺も君との子供が欲しい……」 何か問題でも?とウルシュテッドは真顔だ。 「ニノン、一体どんな名前をつけようとしていたんだい?」 抱き締めたまま額を合わせ、瞳を覗き込んだ。 「……授かってからのお楽しみじゃ 」 今は内緒じゃ、とニノンが悪戯を思いついた子のように目を細める。大人の彼女も素敵だったがやはりいつもの彼女の方が魅力的だ。 猫になって間もなく二日が終わろうとしている。猫生活は中々楽しかったが、でもやっぱり……。 少し寂しいな、とユリアは空を見上げた。こう心の真ん中に穴が開いたような気持ちになるのだ。 空に向かって伸ばした手は猫のではなく人の手。自分を見下ろせば元に戻っていた。 箱から飛び降りる。 「妻の外見がちょっと変わったくらいで見つけられないなんて、お仕置きよね」 あの時すれ違ったのに、と自分を探していた夫を思い出す。言葉は怒っているが顔は笑顔だ。 ユリアは弾んだ足取りで夫の待つ家へと急ぐ。 |