|
■オープニング本文 ● 朱藩の綿花の栽培が盛んなとある村でのことだ。 収穫された綿花を買い付けにきた九十九屋店主、六郎はおかしなものに遭遇した。 「……なに、あれ。巨大な綿花を天日干し中?」 村の中央付近にある広場にちょっとした小屋ほどの大きさのふわふわした白い塊が鎮座しているのである。 「さあ? それにしても……」 隣にいる奉公人の小鞠は首を傾げた。 「気持ち良さそうですねぇ」 小鞠は目を細める。 よくよくみればその白い塊、巨大なもふら様にもみえなくないとてもさわり心地が良さそう白いふっわふわの毛玉なのだ。しかもそれが陽だまりにまあるくなっている。それはあたかも日向で丸まってお昼寝中の毛の長い猫のように魅力的な姿だった。 そう思ったのは何も六郎たちだけではないらしい。村人が食後の昼寝といわんばかりに白い毛に埋もれて寝ている姿が見えた。きっといい夢をみれているのだろう皆幸せそうな顔だ。 「前来た時はあんなものなかったよなぁ……」 六郎と小鞠の脇を村人がふらふらと抜け、ぼふっと白い毛に飛び込む。「あぁ……」と恍惚とした声が響いた。昼食も食べてお腹一杯、うとうと眠くなる頃合にこんなもふもふっとしたものがあれば仕方ないことかもしれない。 などと思っていると、またも村人がやってきてふわふわの毛に沈んでいく。そして次も。まるでその毛玉に引き寄せられるかのようにふらふらっと村人がやってきては沈んでいくのだ。 「ちょっとまった。なんかあれおかしいぞ」 いくら魅力的な毛玉とはいえ、流石にこれは尋常ではないと六郎が違和感に気付く。 そもそもあれはなんだ。綿花の塊ではない。もふらでもない。見た目にはとても牧歌的でかわいらしいものだが、正体不明の怪しいものじゃないか。 「様子見てくるわ」 毛玉に向かう六郎。 「ふぁ〜……すばらしい……」 ミイラ取りがミイラになった。 様子を見に行った六郎の手に触れる毛。柔らかく決めの細かいふっわふわな毛。お日様を浴びてちょうどいい感じに温かい。これはもう顔を埋めるしかない、いや是が非でも埋めたい。そんな誘惑に駆られた。 そして気付けば六郎も村人と同じように毛の海へ。 自分を囲むお日様の匂い、柔らかい毛が頬を撫でる。毛玉の正体なんてどうでもよくなる気持ちよさだ。 その上、六郎の目の前に伸ばされる白いたおやかな手。顔を上げれば胸元を露わにした美女達が微笑んでいるではないか。 「ここは極楽なのか〜……」 目の前の美女に飛びつこうとした瞬間……。 「六郎様っ!」 小鞠が投げた鉤縄が六郎の襟首に引っ掛かり、そのまま一本釣られた。 「……で、いかがでしたか?」 「あれ、マズイやつだわ」 あれは危険、ふわふわダメゼッタイ、と六郎は汗を拭う。小鞠に釣られなかったらあのまま夢から醒めなかったであろう。 「しかしちょっと惜しかったかも……」 あれほどの美女に誘惑されるなんて現実では起きないことなのだから。せめてあのたわわな胸を……手をわきっと動かす。その時、 「見てくださいっ!」 小鞠に袖を引っ張られた。 「うぁ、ごめんって、今のはちょっとした出来心で……」 「何を言ってるんですか! 大きくなってます! あの毛玉、さっきより大きくなってます」 小鞠が指差す先、毛玉がむくむくっと大きくなっていた。そして毛に埋もれた村人が先程より心なしか元気がないようにも見える。 どうやら毛玉は村人の生気を吸い取って成長しているらしい。 「アヤカシか?! とりあえず村人を助けないと」 小鞠は先ほどの鉤縄で、六郎は近くにあった棒で村人の襟首を引っ掛け引っ張り出そうとする。だが陽だまりのもふもふの吸引力はすごい。 新しくやって来た村人がふらふらと引き寄せられていくではないか。 「そいつはアヤカシなの、近づくなって!」 「危険です!! 離れてください」 二人の静止も聞かず毛玉に飛び込む村人。 「ああ、もう。手が足りないっ!」 「六郎様、一か八か毛玉本体を先に……」 「いや戦闘に巻き込まれて村人が怪我をしたら大変だから。小鞠、とりあえずこれ以上村人を来させないために、広場にアヤカシが出たと村中に言いまわって家の中に隠れてもらえ」 新たにやってきた村人の首根っこを引っ掴みつつ六郎は小鞠に指示を飛ばした。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
イーラ(ib7620)
28歳・男・砂
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
ジョハル(ib9784)
25歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 角を曲がるとそこはもふもふだった。 刃兼(ib7876)は広場中央の毛玉をしばし見つめる。ふわふわの毛はとても触り心地のよさそうだ。 (寒い日にこの上で思いっきり昼寝ができたらこの上なく幸せだよな……) だがアヤカシに近づくな、とかそんな声に現実へ引き戻される。 「……って違うそうじゃない」 むくりむくりと成長する毛玉は捕らえた人の生気を吸うらしい。 「これ以上膨れる前にどうにかしないと、だな……」 まずは近づく人を引き剥がそうと、毛玉の前に立ち塞がる。 「コイツはアヤカシだ。近付くんじゃないぞ!」 周囲を威圧する気配を纏い刃兼は腹の底から声を上げた。 麗らかな陽気にふぁあ、と欠伸を零すイーラ(ib7620)。 「大口開けると顎が外れるよ」 同行のジョハル(ib9784)が笑んだ。見えてないのにどうしてわかるんだ、と問えば「長い付き合いだからね」と戻ってくる。 「どっかで昼寝でもといきたいとこだけど……騒がしいな」 イーラが周囲を見渡す。ざわめく空気。 「こっちだ」 ジョハルの腕を引っ張りイーラは走り出した。 依頼の帰りに立ち寄った村でお茶屋を探している途中、耳に届く聞き覚えのある声。その慌てた様子にサフィリーン(ib6756)は声の主を探す。 「やっぱり六郎さんだ。何か……うわぁ」 村人を両手に抱え「手を貸して」と泣きつく六郎。その背後にもふっと鎮座する白い毛玉にサフィリーンは目を奪われた。 「なに、この見ただけでもわかるふわふわ、もこもこ、もふもふな物体は……!」 サフィリーンの背後で上がる驚きの声。手をわきわきさせ毛玉に見入るのは見事な曲線美の御陰 桜(ib0271)だ。 「……あの毛並みを触りたくなるのも分からなくはない、が姿形はどうあれ、あれはアヤカシだ」 「「アヤカシ?」」 刃兼の警告に驚く二人に見せ付けるようにふわさぁと揺れる白い毛。 「こ、これは……」 アヤカシと知ってもなお魅力的な毛玉。 「負けちゃ駄目っ」 ぶんぶんと振るサフィリーンの頭に大きな掌が乗せられた。 「嬢ちゃん、奇遇だな。こんなとこで会うなんて」 「イーラお兄さんに、ジョハルお兄さん」 「まずは捕らわれている村人を助けないとか」 六郎からの説明で状況を把握したイーラは取り出した荒縄を配り始める。腰に巻いていざという時に引っ張るためだ。 「もふってみたいけどアヤカシなら我慢シなきゃダメよねぇ……」 渡された荒縄を手に苦悩する御陰の言葉に「魅惑のもふもふ?!」と反応するジョハル。 もふもふした生き物の好きのジョハルが興奮した様子でイーラを振り返る。 「ここから少し離れたところに物置小屋二つ分くらいの毛玉がいるな」 「そっ…そんな大きなもふもふが……」 ごくり、とジョハル。 「いや分かってるよ、イーラ」 だが何か言いたげなイーラにみなまで言うなと片手を上げた。 「アヤカシはアヤカシだ」 分別ある大人として振舞ったかと思えば、いざいかん村人を救出にと踏み出すジョハルの腰の縄をイーラが引き戻す。 「お前は前衛禁止だ」 わかったな、と念を押してからイーラは六郎に村人を此処に近づけさせないよう呼びかけをしてほしいと指示を飛ばす。 「反対側からも村人が!」 刃兼の声に御陰が反応するが間に合わない。後一歩でアヤカシに……と言うところで突然村人が崩れ落ちた。 「なんて素晴らしいもふ……いえ、それどころではないですね」 寝落ちた村人を抱き起こし首をふるふる振る柚乃(ia0638)。その手を相棒のものすごいもふらの八曜丸が鼻でつついた。 「えぇ、柚乃は自分にできることをするのです」 合流したイーラ達に付与するのは『天使の影絵踏み』。それは状態異常に対抗するための……。 「もふ好きは異常じゃないっ!」 突然、空に向かって主張する柚乃。ジョハルと御陰が頷く。 「あれはアヤカシ…、あれはアヤカシ…」 深呼吸を繰り返し御陰は自分に言い聞かせた。 全員の腰に巻いた縄、触れただけで心を捉えるアヤカシに対しこれは文字通り命綱となるだろう。 「全員ミイラになったらお終いだ。一斉に近づくなよ」 イーラの号令で、前衛後衛に別れ村人救出を開始した。 長いふわふわの毛から見える腕や、足。御陰と刃兼が投げ縄の要領で縄をそこに引っ掛け村人を引っ張り出していく。 「待って、そっちは危険なの!」 サフィリーンの静止も届かず老人はひたすらアヤカシを目指す。 「これなら……」 上げた両手を鳴らしサフィリーンが踊り始めた。その身を包む淡い光はもふもふの誘惑に自身の心が負けないようにするための呪い。 軽やかなステップで老人の前に出ると、大輪の花のような笑みを向ける。本来ならば精霊の加護を受けたサフィリーンに老人も魅入った事だろう。だが老人は止まらない。 「おじいちゃん、私の笑顔と踊りよりそっちのもふもふを選ぶの?」 うー……と小さく唸る。確かにあのもふもふは魅力的だ。でも……。 「悔しいなぁ、もうっ!」 振るった鞭が老人の身体に巻きついた。 捕縛した村人がふたたびアヤカシに引き寄せられるのを防ぐたイーラは少し離れた物置に連れて行き閉じ込める。 「悪ぃ、窮屈だけどちと我慢しててくれ」 アヤカシに魅入られた村人は夢見心地で現状を理解していないだろう。 「まるで、大もふ様みたい……。あれがアヤカシなんて……!」 柚乃が胸元をぎゅっと掴む。ホーリーアローでアヤカシだけを攻撃することもできる。だが下手に傷つけ一気に村人の生気が吸われてしまっては一大事だ。 「しかも近付くな危険と……。辛い、苦しいこれは試練なの!?」 もふもふを触ることもできずにみてるだけなんて、と柚乃は八曜丸と前衛の命綱を抱き締めた。 アヤカシの毛からちょこんと覗く頭。 「頭に縄をかけるのはヤバそうよね?」 「鉤で襟をひっかけるのも危険だな」 首を傾げる御陰に刃兼も眉を寄せる。できるなら村人は傷つけたくはない。 「俺が行こう。村人を一気に引っ張り上げるから受け止めてくれ」 「えぇ、わかったわ」 一気に距離を詰める刃兼。 「あとは頼む!」 村人の襟首を掴み、勢いそのまま背後に投げる。御陰が村人を受け止めたのを確認し刃兼はそのままもふもふへ……。 イーラは物置、刃兼が沈んだ今、誰か前衛に行く必要がある。前に出るなと念を押されたが臨機応変に動けてこその開拓者だ。そう決してもふもふに興味を惹かれたからではない。 心の中で理論武装という名の言い訳をしたジョハルは柚乃に縄を預けアヤカシへと向かう。 「もーう、お兄さん駄目だったら!」 気付いたサフィリーンが放つ鞭。だが空気を裂く音を頼りにジョハルは見事鞭を避けた。 「お兄さん、足元! 石!」 「えぇっ?!」 爪先が石に引っ掛かりぐらりと揺れる体。手を伸ばすサフィリーン。 「おわっ」 「きゃぁ!」 もふもふに飛び込む二人。 そこはとても温かかく懐かしい香りがした。 背を叩く優しい手、耳に心地よい子守唄。 (あぁ……これは母様がよく歌ってくれた……) 母の膝で昼寝中の幼いサフィリーン。彼女に寄り添うふわふわのもふら様。腕に抱いた小さな仔猫が欠伸をし、子犬がペロッと頬を舐めた。 「ん……母さま……」 サフィリーンが身じろぎすると「もう少し寝ていなさい」と母。起きるのが勿体無くてサフィリーンはもう一度目を閉じた。 優しく身体を包むもふもふ、それは人を駄目にするソファだ。 「あ〜…もうだめだ〜……。動きたくない〜」 ジョハルに効果覿面。 頬に触れる優しい手、一人、二人……沢山の身体も露わな美女がジョハルを覗き込んでいた。そのうち一人がジョハルに顔を寄せる。 「いやいや、俺には可愛い奥さんが……」 赤い唇に添えられる人差し指。 「え? バレなきゃいいのよ? まぁ、そうだけど」 美女の肩から薄絹が落ちた。 「そんな昼間っからダメだよ……」 物置から戻ってきたイーラは柚乃から説明を受ける前に全てを理解する。 「あいつにもふ耐性なんてある訳がねぇ」 最初っから信じちゃいなかったさ、と柚乃から受け取った縄を手に巻く。 「そんなにたくさん相手に出来る程体力ないよ……」 どんな夢をみているのか一目瞭然。 「仕事増やすんじゃねぇ」 一気に縄を引っ張った。 「ちょ、どこ触って……ぁあっ!」 毛から飛び出すジョハル。 腰の辺りを強く引っ張る力、途端刃兼の身体は宙に浮く。もふもふを脱し覚醒した刃兼は身体を捻り地面に着地する。その頭上、放物線を描くジョハルとサフィリーン。半分の人員が捕らわれていたらしい。 「アヤカシも、色んな手段で攻めてくるもんだなァ……」 汗を手の甲で拭う。 「ごめんなさい」 凹むサフィリーンを「嬢ちゃんはジョハルを止めてくれようとしたんだろ」と慰めた後、イーラはジョハルの前に立つ。 こほん、ジョハルは咳払いを一つ。 「…けしからん生き物だな!」 無言のイーラにギギギと顔を逸らすジョハル。 「……まだ埋もれたいってなら…嫁に、さっきの寝言そのまま伝えてやるけど?」 カフィーヤを引っ張り、イーラは低い声でぼそっと告げる。 「村人は救出完了したか?」 慌てるジョハルを無視してイーラはアヤカシに向いた。 「一応中も確認シた方がイイわよね?」 御陰が手でひさしを作りアヤカシを覗き込む。長い毛足にまだ埋もれている人もいるかもしれない。 「上手くイクかわからないけど……」 そう前置きし、『夜』を使ってみるのはどうか、と御陰が提案した。『夜』は時を止めるシノビの高等技術だ。 「時間が止まっている間は毛ももふもふシないかもしれないわ」 腰の縄が結び直し、 「ダメそうな時はヨロシクね」 とウィンク。実のところダメでももふもふを味わえるなら役得だと思っていた。 「アナタはドコをもふられるのが好きなのかしらぁ?」 術の発動とともに御陰はもふもふに手を突っ込み……。 「そう、ココがいいのね」 盛大にもふり始めた。 御陰の周囲には相棒の桃や雪夜だけではなく、犬や猫、もふら様達。 お腹に顔を埋める。口に鼻に入りこみ窒息しそうな程の繊細な毛、なんたる幸福。 次から次へともふり三昧。 「ミイラになったなぁ……」 イーラの溜息。刃兼が思いっきり縄を引いた。 「はいはい、順番だからねぇ……」 夢覚めやらぬ御陰が刃兼の髪を掻き混ぜる。 「落ち着くんだ、俺は動物じゃないぞ」 引き剥がされ我に返る御陰。 「アレはヤバ過ぎるほどのもふもふ具合だわ……」 額から流れる汗一筋。ともかく村人がいないことを確認してきたのはさすがと言うべきだろう。 「一気に片をつける!」 刃兼の太刀から生まれた真空の刃がアヤカシの毛を散らしたのを合図に一斉に攻撃が始まった。 「前方二時の方向、距離は……」 イーラがジョハルの目となりアヤカシの場所を伝える。ジョハルが構えたシャムシールの刃が蒼い炎に包まれた。響く狼の唸り声、一刀はアヤカシを抉る。 「村人さんが来たら止めてねっ」 いつの間にか戻ってきた六郎にそう頼むとサフィリーンが鞭と橙色の宝石できた針を構える。 魅力的なふわふわ。むっと唇をヘの字に曲げていっと針を投げつけた。 「解っているもん」 ぺちっと鞭になぎ払われ飛び散る白い毛。そう解っている……でも先ほどのお爺さんが脳裏に浮かんだ。 「もっと頑張るんだから……っ」 ていっと針をもう一発。少し八つ当たり気味なのは百も承知だ。 「あたしもチクチクイこうかしらね」 御陰は桜の装飾を施した柄から抜いた無骨な山刀をアヤカシに向かって投げる。山刀はアヤカシを切り裂き再び御陰の手へ。御陰が自分専用に改造を施した魔刀だ。 ヒュンと山刀、チクっと針、ひゅんと山刀、ペチっと鞭、リズミカルに繰り返される攻撃がアヤカシを削る。 だが攻撃こそしてこないがアヤカシの体力は中々のものだった。 立て続けにホーリーアローを放った柚乃が袋から節分豆を取り出した。 「心を鬼にするよ! よ!」 柚乃にとって体力よりももふもふっぷりが敵だった。 「鬼は外、福は内」ならぬ「鬼は内、鬼は内」と節分豆を頬張る。それは自分の心を鬼にするための儀式。 イーラの構えた砂漠の砂色の魔槍砲の先端がアヤカシを捉えた。咆哮とともに魔槍砲から放たれた一撃がアヤカシの中央を穿つ。 ここぞとばかりに攻撃を集中させる開拓者達。 お手玉ほどになったアヤカシは刃兼に刀で二つに割られ塵と消えた。 「「ああ……勿体無い……」」 重なるジョハルと六郎の声。 「男のロマンは儚いものさ……」 項垂れた六郎に泣くな、とジョハル。 アヤカシが居た場所を見つめイーラは目を細めた。 (俺だったらどんな夢をみたんだろうなぁ……) 脳裏に浮かぶ流れる黒髪。寂しそうな儚い空気を纏ったあの人の後姿。 (そういや……ここんとこ顔見てねぇなぁ) 尤もその髪に触れ引き寄せようとした途端に……。 「目ぇ醒めるんだろどうせ」 苦笑を零した。 「イーラ」 真剣な面持ちでジョハルが顔を寄せる。 「お前、ほんとマジで余計な事言うなよ。人の家庭に波風立たせんなよ?」 何のことかと思えば先ほどの夢の話だ。 「早く帰って本物の寝床で休みてぇ」 敢えて答えず噛み殺す欠伸。 「だからあれは……」 「ジョハルお兄さん、イーラお兄さん」 「お疲れさん。飴ちゃんいるかい?」 「さっきはごめんね、妖精さん」 先ほどの乱暴な言葉遣いなどどこ吹く風、いつもの調子に戻るジョハルにイーラが笑えば、「なんだよ」と見えない目で睨まれる。 「お茶に行かない?」 「いいねぇ、ちょうど一服したいって思ってたとこだ」 イーラがサフィリーンの左に、 「ふわっふわのお菓子が食べたいなぁ……」 「さっきのアヤカシを思い出すね」 ジョハルが右に並んだ。 柚乃が護衛してきた商人はどうやらアヤカシ騒ぎを知らなかったらしい。買い付けが終わるのを日向で八曜丸と並んで待つ。ついさっき御陰が「うちの子達をもふらないと」とものすごい勢いで目の前を駆け抜けていった。 「ふぅ……」 息を吐く。 身体に傷はない。練力も一晩休めば問題ないだろう。だが……。 「手強い相手だったのです……っ」 八曜丸の首筋に顔を埋める。 真っ青な空を刃兼は見上げた。 アヤカシに捕らわれ見た夢を思い出す。故郷の家族で宴会をする夢だ。父も四人の兄たちを相変わらず冗談を言っては笑いとても賑やかだった。 上機嫌に酒を呷る父の隣に座る女性。騒ぐ皆を見つめる優しい視線。滅紫色の髪、左右色の異なる瞳、人伝えに聞いた、いや確かめるまでもなく刃兼は直感した。亡くなった母だと。 母は刃兼に気付くと「おかえり」と手招く。 「俺の娘だ」と手を引いた少女を紹介すれば、「私もおばあちゃんになったのね」と母が嬉しそうに笑う。 現実では決して叶うことのない夢……。 吹く風に靡く母と同じ色の髪。 「ただいま……」 夢の中で言えなかった言葉を小さく口に乗せた。 |