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■オープニング本文 長雨が続いた。 しとしとと降る雨の夜。傘も差さずに、一人の男が歩いていた。 ぶらり、ぶらりと歩く男の足には雪駄。 単衣は黒く、雨に濡れて、なお黒い。 緩く腰を留めるのは青年といって良い男なのに、濃紺の、総絞りの柔らかな帯を締めている。 「そろそろ、時期だな‥‥街の花とはしばらくお別れだ」 濡れた髪をかきあげると、男はくっと、口の端を上げて笑うと錆浅葱色した瞳を眇めた。 雨が降る前は、その湿気に息が詰まる。 風も止み、木々の香りがむせ返るかのようだ。 十六夜当主、十六夜光妃は、庭の一角にある凌霄花の花が絡まる東屋で、濃厚な発酵茶を口にしていた。苦味も渋みも、僅かにある甘さが纏め上げ、きりりとした飲み口となって、後口に、すがすがしさを残す。 「戻ったか」 「残念ながら」 「相変わらずだ」 「お妃(ひぃ)様も」 「‥‥まったく。止めよと何千回言っても止めぬな」 「お役目はきちんとしておりますから?」 「まあ良い。柳飛、花が咲く前に、山の館へ行こうと思う」 「! ですが、お妃様。山の館は‥‥」 「桜が倒れた」 「‥‥ですが‥‥」 「開拓者を護衛につける。ならば、さして心配は無かろう?」 咲き乱れ、天を突けとばかりに東屋の屋根を覆い、さらに伸びようとする朱赤の花陰で、花守柳飛は小さくため息を吐いた。 「同行せよと?」 「館には常陸が残る。私の共が居るだろう?」 「おおせのままに」 柳飛は、大仰に礼をすると、席を立つ光妃の後を深緑の袍を着込んだ巨躯、三笠常陸が音も無く付き従うのを見送った。 後に残された、白磁の小さな茶碗を手にして、残りの茶を、忌々しげに、あおる様に口にして、思わぬ味に手を止めた。 厳格な彼女であった。 だからこそ、知っていても知らないフリをした。 あの子供等を捜すのは難しくなかった。 けれども、怖がる子を無理に連れ戻す必要などは無い。命の危険もある。 だから、見つけたところから、痕跡を隠した。 それは良い事のはずだった。 しかし。 「甘くなった‥‥のか‥‥あのお妃様が」 嘲笑と揶揄を込めた呼び名。 それは、柳飛のささやかな反抗であったけれど。 柳飛はしばし、その場から動かなかった。 山の館。 天儀風の大きな平屋が、奥まった山の中に建っている。 そこは、飛龍が十頭ほどならば、簡単に離着陸出来るほどの庭を有する。 そこの桜の古木が春の嵐で傾ぎ、あわや屋敷を潰そうとする角度で倒れるのを、開拓者が阻止してくれた。 その桜へと、かつて陰陽師が呪をかけた。 アヤカシが生じ、そのアヤカシは十六夜の血を引く者達を根絶やしにしようとした。 しかし、そのアヤカシも行動に限界があったようで、山から脱出した十六夜には手出しする事は無かった。おかげで、辛くも逃げ延びた光妃は、こうして生きている。だが、代償に、息子や嫁、孫達を失った。 (「‥‥かくも、弱気な事よ‥‥」) 光妃は桜が倒れたと聞いても、今まで動けなかった己の弱さを自嘲した。 今度は好きな花を沢山植えよう。 何の効用も考えず。 ただ、あの花が可愛い、あの花が好きだと言って笑ったのは、果たして何時だったろうか。 あの子が生きていれば今度こそ、好きな花を植えてやれるものを。 今となっては、叶わぬ事だけれど。 光妃は、静かに目を伏せた。 「護衛依頼でーす」 ギルド職員佐々木 正美(iz0085)が、説明を始めた。 とある山の中のお屋敷へと向かう、商家の女主人を護衛してもらいたいのだという。 「ひょっとしたら、アヤカシが出るかもしれないらしいです」 もう、そのアヤカシは居ないはずなのだが、万が一という事のようだ。 「お屋敷を視察した後は、十六夜さんのお宅でお茶を頂けるそうですよーっ」 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
レートフェティ(ib0123)
19歳・女・吟
アリスト・ローディル(ib0918)
24歳・男・魔
蜜原 虎姫(ib2758)
17歳・女・騎
イリヤ・ヴィユノーク(ib3123)
20歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● その日は雨の合間の晴れ。湿った空気の中に、じき訪れる夏の暑さが、じわりと汗をかかせる。 「雨‥‥道中に響かないといいんですけど‥‥」 仲間達に挨拶をして回ると、佐伯 柚李葉(ia0859)は、その空模様を見上げた。晴れ間とはいえ、何時雨雲がやってくるかしれないほど、雨が多いから。 (「護衛‥‥護る‥‥夢で、虎姫のパートナーが、よく、口にしてた言葉。虎姫も‥‥誰かを、護れる、かな」) それはただの夢なのか、遠い記憶なのか。蜜原 虎姫(ib2758)は鮮やかに覚えているその夢を思い出し、小首を傾げた。この現が夢なのかもしれない。虎姫は首を僅かに横に振ると、仲間達の下へと向かう。 「やっぱり、この前の石楠花摘みの‥‥」 現れた依頼人を見て、煌夜(ia9065)は挨拶をする。含蓄深そうな女主人である、今度はいろいろ話を聞けたら良いと、笑みを浮かべると、レートフェティ(ib0123)も、先日はありがとうございますと、光妃に挨拶をすれば、楽しい時間だったと、笑みを返される。 「アリストと申します。我が脳漿を以ってお護り致しましょう」 ジルベリア式の礼をするアリスト・ローディル(ib0918)を、光妃は笑みを浮かべて受けた。その物慣れた風に、アリストは笑みを深くした。アヤカシは出るかもしれない、また、出ないかもしれない。護衛とは、そういう感じに雇われる事が多いものだ。ならば、出ると確定した上で臨まなくてはと、準備に余念が無い。 「‥‥花、見れるんだろ? 館までの地図、くれるかい?」 「山の館から戻った後、私の屋敷で季節の花が満開です。特に凌霄花が絡む東屋が美しいですよ」 それは良いと、ふくりと笑う、イリヤ・ヴィユノーク(ib3123)に、大雑把なものだけれどと、花守が地図を見せた。何しろ遠い。出来るだけ道を頭に叩き込むべく、イリヤは地図を凝視する。 「しっかし、わざわざこんな山の中‥‥良く館なんて作ったもんだな」 避暑に行くには、すぐに戻るというのだから、わからない。屋敷の様子ならば、隣の男一人やれば良いだけだ。劉 厳靖(ia2423)は、顎をさすりながら肩を竦める。 「んまあ、そんなぴりぴりする必要はねぇと思うけどなぁ」 「護衛は護衛。万全を尽くさなくてどうする」 「はっはっは! あれだ、若いうちからあんま小難しいこと考えてっと、禿げるぞ?」 「禿げ‥‥っ!? 失敬な!」 「はーい、はい。そこ、煩いわよ。んー。面子から言って、私と厳靖さんが、前護りましょう」 にこりと笑いながら、護衛の提案をする煌夜に、厳靖が僅かに唸る。 「ほんとは後ろからゆっくり行きてぇんだが‥‥」 「のんびりまったりはお屋敷についてからでも出来るでしょ? まさか女性だけに最前線を張らせたりはしないわよね?」 「わーった! 叶わねぇなあ煌夜には‥‥」 賑やかな仲間達を見て、虎姫は、何だか嬉しくなった。 (「同行する皆、気持ちの優しい人、ばかり」) ひとつ頷くと、微笑んだ。 (「やはり屋敷の主人か、それに月の紋に妃の名‥‥ねえ」) 冒険者ギルドには、星の数ほどの依頼が上がる。その中で、時折気にかかる依頼があった。それは、ひとつひとつは点にしか過ぎなかった。しかし、ここに至って繋がる事柄の多さに、崔(ia0015)は、軽く首を横に振りつつ、当面の疑問を口にする。 「あの館の話に顔が陰るのは、十六夜家の紋が彫られた桜が原因‥‥で正解か?」 十六夜光妃は、その言葉に一瞬、黙った。崔は無理に何を聞きたい訳では無く。ただ、彼女の憂いを取り除く事が出来るのならば。という思いからの問いである。踵を返そうとする崔に、光妃の声がかかった。 「正しく。正しくそれが正解ですよ。‥‥もう少し正確に言えば、その紋が彫られたが為に私、十六夜はアヤカシを警戒しなくてはいけないのです」 何か言いたげな花守を目で制すると、光妃は集まった開拓者に深々と頭を下げた。 「依頼するに正確を記さねばならない所、まだ私の中に迷いがあったようです」 アヤカシはかつて十六夜を狙うが為に陰陽師に呼び寄せられたモノであると。その陰陽師はすでに鬼籍に入り、すでに脅威は無いはずなのだと。しかし、万が一という事もあるから、開拓者に集まってもらったのだと。 「言い辛い事、話させてすまん。だがな、もしそれが開拓者の護衛が必要な理由なら‥‥今は桜があった時とは違う館がそこにあると思うぜ」 崔の言葉に、そうだと良いと、光妃が笑った。 ● 懸念する性悪なアヤカシが居ないとしても道中護衛は必要でもある。 高齢の光妃の体調を見ながら、ゆるゆると、一行は山の館へと向かって行く。 見通しの悪い場所へと差し掛かると、柚李葉の身体が僅かに光りを纏う。そっと探るのはアヤカシの気配。何処にも無い事にほっと一息。 「すぐそこで休憩に丁度良い場所がある。水も湧き出ている」 斥候を兼ねて先行していたイリヤが、戻ってくる。緑の息吹がむせ返るかのような山道。そこかしこにひっそりと咲く山の花に、イリヤは嬉しそうに目を細める。 「すまねぇな」 何度も行ったり来たりを繰り返すイリヤに、厳靖が声をかける。そして、休憩ともなれば、そっとその場で周囲を探る。ひっかかるのは、多くの小動物らしき気配。さりげなく道の後先に目を配る。その様を見て、アリストは、腰の酒に手が伸びそうになったのを堪えつつ、ひとつ頷き、散々だらりと、アリストからしてみれば不真面目だった厳靖の評価を上げる。 「コレが気になる?」 「‥‥はい‥‥ジルベリアのお話、聞かせてもらえたら‥‥嬉しい‥‥」 お酒とか。お酒とか。お酒。なんて雰囲気をかもし出す虎姫へと、アリストは、コレは依頼が終わったらと笑いながら、思いつくままの話をする。虎姫はこくこくと頷いて。 やはり、鳥だの何だの、小動物の気配を満載に感知して、煌夜は、ひとつ伸びをする。何しろ山の中である、心眼に、凄い勢いでひっかかるのは思った通りのモノで、つい笑みがこぼれる。 「ほーんと、自然豊かな場所よね」 お屋敷はどんなものだろうかと、楽しみに心が躍る。 レートフェティが、すわりの良いようにと場所を作る。 のんびりとした道行きに、崔は急がず無理せずに行けばいいだろうなと思いながら、何かあれば光妃の側へとすぐに回り込めるように休む。 休憩時間に、虎姫は咲いている花を見て、その花の名を知らない事が悲しくて、光妃へと向き直る。 「虎姫は、お花すきだけど、あまり詳しくない‥‥よかったら‥‥虎姫に、教えて下さい」 「これは二輪草。必ず根元から二つの花を咲かせる仲の良い花だ」 花の名を知らない事は悲しむべき事では無いと笑い、名も知らぬ花も、目に留めてもらえば、きっと嬉しいだろうと言われる。 「いきなり冷たいのも駄目ですけど 少しずつなら気持ち良いですよ?」 「これは助かる」 今の時期はどうしても少し蒸し暑い。冷たいお絞りと共に、自らの技で冷たく凍らせた水を、柚李葉が手渡す。嬉しそうな顔に、柚李葉も笑顔がこぼれる。 のんびりとした道行が続く。 ● 「あー、一応中見てくっから、待っててくれよな」 「これもお仕事のうちでしょ?」 厳靖と煌夜が先に進む。 「にしても、こいつぁ立派な屋敷だなぁ‥‥」 遠目にも大きな屋敷だった。どれだけ窓があるだろうかと、つい数えてみたくもなるほど。 怪しげな雰囲気は無い。人影が、緑なす若い桜の樹が一本立っているのみの、広大な庭の向こう、屋敷から、人がやって来るのが見えた。 「花菱の旦那」 崔が、見知った顔に手を振り、久し振りの挨拶と先の花見の礼を告げる。花菱が、それを受けてこちらこそと笑うと、光妃と花守に小さく会釈する。崔はそのまま、光妃の横へと移動し、周囲を警戒する。 「‥‥お庭‥‥広くて、気持ちよい場所‥‥ですね」 柚李葉は、何度目かの結界をかけると、庭を渡る風を深く吸い込んだ。ちらりと光妃を見る。この場所でアヤカシに襲われたというのならば、居ないとわかっていても、やっぱり警戒はしておきたくて。 倒れた桜の場所からは、新しい桜の木が育っているようだった。 それにしても、随分な樹齢だったはずの桜の木の残骸を見て、煌夜は知らず手を合わせた。 桜が散るようなかすかな音色。ある桜の木下で亡くなった女性の想いが込められているとの噂がある哀桜笛を柚李葉は、もうほとんど原型を留めていない古木へ向かい、空に届けとばかりに音を澄ませる。 「ほう‥‥ほう! これが天儀式の館というものか」 横長に大きく、鈍い鋼色した瓦の平屋建ての大きな屋敷。アリストは興味津々と言う姿で、そそくさと手帳を取り出して何やらこまごまと書き止めて行く。 「おばあちゃま‥‥このおうち、辛い、です‥‥? 虎姫に、出来る事‥‥何か、あるですか?」 どこか遠くを見ている、光妃へそっと近寄り、手を取れば苦笑と共に首を横に振られる。 そんな光妃に、お妃様と声をかけるのは、花守。 花守が告げるのは、ここから逃げた子等の行くえ。 その頃、街に良く出て遊んでいた少年の花守は、子供の逃走路をすぐに突き止めた。 けれども、光妃には話さなかった。逃げれるのならば、逃げれば良いと思ったからと。 今の居場所は、自分でもわからないが、足取りは掴めるだろうと。 そうか。 そう、光妃は声を落とした。 近くで聞いていた崔は、思案気に眉を寄せる。 倒れそうに思えて、レートフェティが、そっと光妃を支えた。 「なんだい? ばあさん、縁が繋がったのかい?」 イリヤは、一気に年老いたかのような光妃の雰囲気に目を細めて笑いかけた。 頷く光妃に、良かったなとまた、笑みを返した。 ● 朱藩と武天の境近くのとある山奥の、鋼色に焼き上げられた天儀風の瓦屋根に、焦げ茶の壁。大きな平屋の館小さな山と呼んでも良いような場所に、十六夜の屋敷はあった。 何本も、石畳の小道が伸び、複雑に絡み合う。 そんな花の迷路を抜ければ、朱赤の花が咲き誇る、東屋へと辿り着いた。 このような東屋は、他にも幾つもあるのだという。 雨の合間の晴れは終わり、しとしとと、霧雨が降っていた。 「天儀は雨の多い土地なのだな」 アリストは、降る雨を見て呟く。 ジルベリアの気候を思い出して、笑みを深くする。 土地によって、天候天気が変わるのはもとより、人すらも違う。それは何故かと考えると興味は尽きない。 卓を囲んで、振舞われるのは、冷たい茶菓子と、苦くて甘い発酵茶。 「柔らかな風味で、美味しいです」 「本当に」 お茶に良く合うお菓子に、柚李葉が嬉しそうに笑えば、ひとつ弾きましょうかと、お茶とお菓子を堪能したレートフェティが、お礼にとばかりに静かにリュートを爪弾き始めた。 涼しげな白、つややかな深い焦げ茶。杏仁の爽やかな味と、黒砂糖の滋味深い甘さが絶妙だ。 厳靖は、見事な屋敷に、お茶と茶菓子を頂いた後、捨てた筈の『家』を思い出し、自嘲がこみ上げた。当主という責務は知らぬ場所では無い。僅かに首を横に振ると、手酌で酒を注ぎはじめる。 しかし、その横で。 「変わった香りだ。成分は何が? 此方が黒砂糖‥‥此方が杏仁‥‥と。ああ、綴りを教えて下されまいか」 「ったく、少し落ち着け」 「気にならないかね?」 「美味けりゃいい」 「なんとな!」 やいのやいの盛り上がっているアリストと厳靖に、三笠が丁寧に黒砂糖と杏仁の漢字を書き、お茶は売り物なので配合は秘密だと告げられる。 虎姫が厳靖の手酌をじーっと見るので、杯を回せば、嬉しそうに受け取られる。それを見て、アリストがヴォドカを出す。依頼中に記憶を飛ばす訳にはいかないので、しまっていたものだ。だが、当然嫌いでは無い。道中の虎姫を思い出して、さあどうぞと差し出して。 賑やかに盛り上がる一角を見て、イリヤは、雨に濡れて色鮮やかに浮かび上がる朱赤の花を愛でて笑う。 「花言葉は『栄華』や『名声』‥‥『豊かな愛情』だっけか?」 「そう、大昔は、女性を意味した花ですね。誰かに、何かに縋らなくては、生きられない。宿主が強ければ、何処までも大きくなる、中々にしたたかで、けれども美しい花です」 「ばあさんも、花好きなのかい?」 「ええ」 「俺も花は好きだぜ。こいつらは縁や想いを繋ぐもんだ。まるで蔓でも伸ばすみたいにな」 だから、蔓花は嫌いじゃないとイリヤはまた笑う。 「それもまた、良いもんだよな。そうだ。そろそろ俺の育てた朝顔を売りに出す時期だ。よけりゃひとつどうだい?」 「良いのがあれば引き受けましょう。‥‥うちにも売るほどありますが」 笑う光妃に、イリヤは、あれ? と首を捻る。 「光妃さんは花商人さんだったりするわよ」 煌夜が、疑問符を飛ばすイリヤに笑いかける。 「あの場所、風の通り道になってたけど、また樹を植えるの? ちっちゃな芽はあったみたいだけど」 「そうですね、あの場所に限らず、あの館の庭を花や樹で埋めるのも良いかもしれないと思いますよ」 「そっか。まあ、木だと、植えても花が咲くのはなかなか見られないものね。でも、それだけに自分の生きていられるよりも先の未来を、新しく植えた木が見ていってくれると思うと楽しいわよね」 「そうですね、樹の寿命は人より長い。先を樹に託すのも悪くないでしょう」 不思議なものだと、煌夜は思う。 樹に思いを託す。それが、良いか悪いかはわからない。 けれども、そんな風に何かに思いを託して行けるのは、人だけの特権では無いかとも思うのだ。 「‥‥樹に託すのも良いが、自分の目で確かめてみるのも良いかもしれないぜ?」 話そうか話すまいか、ずっと考えていた。 「月妃と月輪って名に心当たりは無いか? 幼い頃アヤカシに追われて逃げ延びたという姉弟だ」 崔は、茶器を取り落とした光妃に、やっぱりかと小さく溜息を吐く。 「一致する事が多くてな。だからといって、確実にそうだと言えるほどの証拠も無い。ただ、まったくの無縁と考えるにゃ‥‥な」 「え、ちょっと待って。月輪と月妃って‥‥待って。石楠花の花摘みに来てたわよね?」 「ええ、可愛らしいお二人でした」 煌夜も、知らない名では無い。何度か依頼で会っている子等だ。レートフェティも、小さく頷く。足の悪い少女の為に、花を摘んだのはついこの間の事だから。 「ギルドの報告書を調べれば、居場所は知れるぜ?」 崔の言葉に、光妃は頷くと、その顔が再びきりりと締まって行くのが見て取れた。 季節は巡り、花は巡り、人もまた巡り会う。 時期が来たのだった。 |