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■オープニング本文 じわじわと、日差しの暑さがやってきていた。 とある天儀の町の井戸端会議。 奥様方は、毎日の献立に頭を悩ませていた。 「こう、ばーんと力のつく料理って何があるかしら」 「うーん。肉?」 「肉でも、焼くだけ、揚げるだけは、飽きてきたのよね」 「鰻なんかも良いわよ」 「鰻は、内で作るより、外に食べに行ったほうが美味しいもの」 「‥‥ねえ?」 「あら」 盛大な溜息を吐いた奥様方は、顔を見合わせて、三人が三人とも、とある事を思いついた。 「えー? 力のつく料理を考えて欲しい?」 ギルド職員佐々木 正美(iz0085)が、細身の奥様方三人に囲まれて、途方にくれていた。 何か、これはさっき通った道。 「ぜひ、作る種類を増やしたいのです」 「開拓者さんなら、沢山知っていると思って」 「年配の方に聞くのも手ですが、お説教や、ご自慢がついてくるんですもの。それはあんまり」 ねぇ? ねぇ? と、顔を見合わせてくすくすと笑う。 「報酬の代わりに、西瓜をご馳走致します」 「井戸でキンキンに冷やしたやつです」 「材料費は持ちますから」 良いでしょう? 良いわよね? とか。そんな、力強い奥様方の押しの強さに、正美は、つい頷いた。 「そういうわけで、無報酬なんですが、手の空いた方は、奥様方に御指南お願いしますー」 ぱたぱたと団扇で集まった冒険者達に風を送りながら、正美がぺこりとお辞儀する。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
桐(ia1102)
14歳・男・巫
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓
鷺那(ib3479)
28歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ● 「あまり無理をなさらずに‥‥はい、日焼けにどうぞ。玉の白い肌が日に焼けては大変ですからね」 依頼者は千差万別。押しに弱いと、大変なのかもしれないと、へばっている受付嬢を見て、鷺那(ib3479)は優雅に笑みを浮かべて、陣笠を差し出した。 「ありがとうございます」 「いえ、どういたしまして」 (「――って、男!?」) にっこりと返された笑みは、確かに少女っぽいが、その節の浮く手を見て、心中絶句する。元は役者。性別をどう偽ろうと、接近すれば、わかるものである。 「‥‥紛らわしい」 少々離れたところで、ポツリと呟く。場合によっては女形も楽にこなす自分の容姿はしっかり棚に上げつつ、依頼へと向かえば、大きな門の前で、奥様方が待っていた。 「綺麗なお嬢さん方の為ならば、喜んで手をお貸ししましょう。若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」 髪をきっちりと結い上げたキリリとした青年風に姿を整えてきた鷺那の挨拶に、当然のように、きゃーとか、歓声が上がったりする。 どうぞどうぞと、大きな門を抜けると、広大な芝生が目に入る。芝の奥には低い築山があり、四季おりおりの木々が絶妙の配置で植えられている。芝の合間を、置石代わりに、古びた木が、僅かな傾斜を階段のように玄関口まで敷き詰められて伸びている。 玄関をくぐれば、広い板間。板間に上がり、さらに右手奥へと通されると、長い廊下を通って、厨房へと迎えられた。厨房からは、すぐに裏手の芝の庭へと降りれるようで、人数分の青い染めの鼻緒の下駄が用意されていた。 裏庭といえども、表の庭と変わりないほど広い。何時もはこちらでくつろぐのだろう。石作りの円卓が置かれ、周囲にはやはり石造りの丸椅子が、囲むように置かれていた。日陰には夕顔が植えられており、食事を味見する頃には満開に咲くだろう。 「では取り掛からせていただこうか」 豊かな胸を突き出し、長身をかがめると、朱鳳院 龍影(ib3148)は食材を確かめる。豚丸々一頭が豪快で良いのだが、流石に高い。良く肥えた鶏でならば、同じ事が出来るだろうと、太った鶏を手にする。 「力のつく料理か。となれば、やはりアレだろうな」 浮かんだ料理に、ひとつ頷くと、瀧鷲 漸(ia8176)は豚肉の塊を手に取った。 龍影と漸の迫力な容姿に、感嘆の溜息がこっそりとこぼれる。 「やはり精がつく物がいいでしょうけど、何を使いましょうかね‥‥」 ここはやはり、泰国風の元気の出る料理が良いだろう。紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)は自前の包丁と鍋持参である。ふむふむと頷きながら、食材を手にして。その姿に、奥様方の尊敬の眼差しが行く。 「ちょっと考えてみるね」 料理は得意では無い。けれども、何か出来るかなと琉宇(ib1119)はしばし考える。 「私はあっさりめで行きますか。あと、あまり火を使わないようなのを」 何しろ夏は暑い。火の近くに居るだけで体力を使ってしまう。桐(ia1102)は、こくりと頷く。銀色の髪がさらりと揺れた。小さな琉宇と桐に、奥様方の、ほのぼのとした視線が向かう。 「夏は作るの面倒だから、手軽なのが良いね」 真剣な面持ちで、見ている奥様方を見て、葛切 カズラ(ia0725)は、くすりと笑う。どれほどの料理を作るのか、聞いていなかった。が、まあ兎に角作ってみようかと思う。何よりも、仲間達の作るモノを良く覚えて帰ろうと。 ● 竈には火が焚かれ、ご飯は先に、炊いたものがおひつに入って、風通りの良い場所に置いてあった。 龍影は、選んだ鶏の内側に様々な夏野菜を丁寧に敷き詰めると、さらに米をざらりと入れた。入れ口を、紐で括ると、太い棒を突き刺し、炭火の上に焼き台をしつらえ、回転させながら、丁寧に焼き始めた。 「岩塩はあるかな」 「はい、どうぞ」 「ありがとう。後で使うので、置いておいてくれ」 差し出した小路の奥様に、口の端を上げて笑みを作れば、はーいと、元気な声が返り、笑みが深くなる。さて、後はじっくりと焼き上げるだけかと、火の番に腰を据えた。 「肝は新鮮な物が一番です」 紗耶香は、つやつやした豚肝を一口大に切ると、丁寧に水洗いして、血抜きをする。その後に、お湯にくぐらせ、表面が白く色が変わったらざるにあけ、水気を消ると、器の中に酒、醤油を加えて、寝かせておいた。 大きな鍋に湯を沸かすと、桐は薄切りの豚肉をざっと入れる色の変わった豚肉をざるに上げて水を切る。それだけで、優しい美味しい肉の香りがふわんと香った。 韮と葉物野菜を適当な大きさにざく切りすると、しんなりするほんの僅かの間、茹でて、これもまた別のざるに。 夏大根を細かく千切りにすると、胡瓜を薄く切り、トマトも小さく切り、肉、茹で野菜、生野菜をさっくり混ぜ合わせて、酢醤油と、胡麻タレを一:一で合わせたタレをかけまわして、出来上がり。 「タレの比率は、お好みでいいかも」 「うちは断然胡麻!」 「うちは醤油派ですねっ」 「あ、ですからお好みで」 わー。譲らないーっ。と、奥様方を見て、桐はひっそりこっそり思ったりもした。 「やはり、鰻と肝料理がいいでしょうかね〜」 紗耶香は、手馴れた手つきで、鰻を捌く。びーっと、鰻の張った皮が綺麗に裂けて、北都の奥様が、その繊細で正確な包丁裁きに、目を丸くする。丁寧に串打ちをすると、熾した炭で、両面をかりっとするまで焼き上げる。もうもうと立ち上る煙。したたる油が、炭の上に落ちて、食欲をそそる音がする。 先に用意していた特製のタレは、醤油と味噌に砂糖などを合わせて作ったもの。何度もつけては、焼き直す。その度に、美味しい香りが当たり一面に漂う。 「夏だとご飯に汲み立ての冷水かけたので済ましたりしたくない?」 「私はそれでいいんだけど、他のがそうはいかなくて〜っ」 「そういう事よね〜」 カズラが、笑うと、榊原の奥様が、思い切り頷き、つい顔を見合わせて再び笑い出す。 「そこで、とろろよ。とろろは良いわよ〜〜。昨夜に根こそぎ搾り取っても、とろろ食べさせとくと、今夜は復活してるし」 「本当ですかっ?!」 小路の奥様が、カズラの言葉にくるりと向き直る。 「バーンと力が付く感じじゃないけど、ジワジワ耐え凌げる力が付く感じね」 「べ、勉強になりますっ!」 「じゃ、作りましょう」 思いっきり頷く奥様方に、余裕の笑みを返すと、カズラは、まずは出汁を作ると、山芋を摩り下ろし、刻み葱を入れた。それに、醤油と出汁を合わせて、よく混ぜると、熱した鉄板に、ざっと流した。 「はい、その合間に、お汁を作るわ。野菜は好きに変えてね」 胡瓜と茄子を手に取ると、薄く切り、塩揉みをして水気を良く切る。出汁と味噌を好みで加えて、冷えた汁を作るとそこに、先ほどの野菜をのせた。冷たくとろっとした咽越しと、夏野菜の風味が口に広がり、とても食べ易い。精のつく料理ではあるが、夏バテている時にも良いだろう。 「素麺やうどんのつけ汁代わりにしても美味しいわよ」 「ああ、これは美味しいかも!」 北都の奥様が思いっきりうなずいた。 そんなこんなのうちに、粘り気のあるそれが、ゆるく丸く広がる。ぷつぷつと泡の立ってきた状態で、くるりとひっくり返して、両面を良く焼けば、ふんわりとした焼き物が出来上がる。 「食べやすい大きさに切って、辛味のある薬味と、ポン酢系をかけあわせたので食べると美味しいわ」 包丁を入れると、ふわさくりといった具合に切れる。焼きたて熱々が美味しいのだろう。 漸は、米が炊けているのを確認すると、漸は大きく肉を切る。豚、牛の良い部分を、沢山切ると、葱を切り、青唐辛子を薬味として細かく切った。網焼きにして、網目の焦げを綺麗につけると、大きな丼にご飯をもって、その上にどーんと肉を乗せた。 「食が太ければ、やはりこれが一番だろう?」 「家も好きですよー」 「あ、うちも。この辛いのは初めてかも」 「ホント。あんまり手に取らないものねーっ」 奥様方が、定番の丼が出来上がるのを、わくわくして眺めている。 その様を見て、漸は、子供のようだなと思い、笑みを浮かべた。 「辣油という調味料があるんだ。これ自体は食用油に香辛料を煮つめて溶かし込んだもの。後ね、香辛料のひとつに花椒。手に入れにくかったかな。花椒は山椒の仲間で、ツンとした風味が特徴のものなんだ。夏向きの独特な風味が加わって、絶対良いよ」 ひとつひとつ、琉宇は、材料を並べながら、説明を始める。 「次にお肉。豚でも鶏でも魚でも、好みのもので。‥‥と今回は 豚? これを適当な大きさに切って炒めるんだ。バター、ちょっと高いけどね。こくが出るんだ。ほんの軽く塩と胡椒を掛けるけれど、ほんとに軽くだよ」 手際よく一口大に切り分けると、バターで炒めて、丼にご飯をもり、炒めた豚肉を乗せて、花椒入りの辣油を全体的に井の字になるように掛けた。 「はい、出来上がり。名づけて、『真夏御用達の肉丼』花椒辣油が夏バテ予防もしてくれるし、この風味は鰻重に似ているんだ。つまり、鰻に飽いた人にお薦め、ということ。試してみてね。」 奥様方は、小さな琉宇がてきぱきと料理を進める様を見て、ただこくこくと頷いていた。 「力をつける料理は千差万別、何をするか困ってしまいますね。豚肉や大蒜が疲労回復には良いと聞きますが‥‥ハテサテ? 大蒜少々控え、豚肉で行きましょうか? 梅肉の味噌炒めなど如何でしょう?」 鷺那は、優雅な手つきで、包丁を握る。まな板の上で、梅を種からころりと外す。葱を一口大に切ると、豚肉を食べ易い大きさに切り、熱した鍋へとざっと入れる。肉の色が変わったら、葱と梅を入れて、塩胡椒で味を付け、味噌を適量落とせば、なんともいえない焦げた香りが立ち上る。 「試した事はありませんが、きっと美味しいですよ?」 にこやかに鮮やかに動いているさまに、ほんのちょっと突っ込みどころの言葉があったが、奥様方は耳に入っていないようだ。大皿に、ざっとあけられた味噌豚は、お腹の音をつれてきそうだ。 「後はこれです‥‥――梅酒。お嬢様方なら問題なく飲めるでしょう。一杯、如何ですか?」 冷えた井戸水で割った梅酒を、鷺那が、まるで一連の演目の締めのように差し出せば、きゃーという歓声が何度目か上がった。 他の人の料理も楽しみで。鷺那は、くるりと視線を巡らせつつ、再び奥様方に笑顔を向ける。 「私への報酬は、お嬢様方の笑顔‥‥――これに尽きます」 きゃー。とか。ひたすら喝采を浴びる鷺那であった。 焼きあがった鰻を細かく刻むと、紗耶香は小さめのお櫃にご飯をつめた。その上に、鰻をたっぷりと乗せて完成。 薬味は、葱・海苔・山葵。かつお出汁を急須に入れて横に置く。 「一杯目はそのまま、二杯目は薬味を掛けて食べ、三杯目はその薬味と出汁を掛けて食べて下さいませ☆」 細かく刻んだ鰻が、ご飯とまったりと混ぜ合い、いい香りだった。 そして、先ほどつけておいた豚肝を取り出す。 韮を食べやすい大きさに切り、大蒜と生姜を切る。大蒜の中の芽は抜いておくのを忘れずに。大蒜と生姜をごま油で炒めて、その合間に片栗粉を肝にまぶして、炒め合わせる。火が通ってきたら、韮を入れて、韮がしんなりしてきたら、塩胡椒を入れて出来上がり。 「夏にはぴったりのお味だと思います☆」 「いい香りですねーっとてもお上手」 榊原の奥様が、にこりと笑うので、紗耶香もにこりと笑顔を返した。 桐野菜、茸、鶏肉をそれぞれ別に切って炒め、ざるにあげて粗熱をとる。その合間に、ぱかん。ぱかんと、卵を割ると、先に作っておいた出汁と合わせる。山芋を適量すりおろし、それを入れ、良くかき混ぜた後、粗熱をとった炒め物を混ぜ合わせ、塩胡椒で味を調え、油を引いた鉄鍋へと、ざっと材料を入れる。 これは分厚い玉子焼きであるが、くるくると巻かない玉子焼きである。火加減に注意して、じっくりと火を通す。ぷつぷつと泡が立ち、周囲が焼けてきたら、返し頃。ぽんと鍋を返して、玉子焼きのもう片面を焼く。 「上手く出来ないときは、ひっくり返す前に、こうして、卵をずらして、鍋のふちへと寄せて、まず、お皿に乗せてしまうんです。半分ぐらい乗せたら、それを鍋に戻すように、こう、くるっとまわすと、両面、綺麗に焼けます」 「すごい、すごい!」 小路の奥様が、お皿技に釘付けだっ! 「つけダレは、お好みで。醤油や、ちょっと高いけどマヨネーズとか、あ、マヨネーズは自分で作るなら、それでも良いかも? でも、味がついているので、このままでも十分美味しいです」 ほっくりふっくらと焼きあがった、沢山の具入り玉子焼きが、かなりな重量で、お皿に乗っかった。 たっぷりのお湯を沸かすのは琉宇。 「お蕎麦やうどんを冷たいつゆの中に泳がせたものだけど、この中にお餅を入れるんだ。のんびり食べていると、お餅がかたくなっちゃうのが難点だけど、結構美味しいよ。力をつけるなら、うどんがお薦めだよ」 太目のうどんをざっと茹でて、水でよく冷やし、冷えた出しの中につるりと入れる。その中に、炭火で焼いた熱々のお餅をぽちゃんと入れれば、何とも香ばしい香りが立ち上る。 さあ、皆で試食のお時間だった。 楽しく仲良く食事が済んで。 美味しい西瓜が配られて。 奥様方は大満足された模様であった。 夕方の風に揺られて、夕顔がふわりと花を揺らした。 |