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■オープニング本文 理穴のとある山。山奥の炭焼き小屋に、様子を見に来た男は、そこに真っ白な鬼を見つけた。氷鬼だ。 氷鬼は、炭焼き小屋を吐き出す息で凍てつかせると、不満そうに周囲を見回す。そして、とある方向を向くと、笑ったような顔をして、歩き始めた。炭焼き小屋の男は、その方角が、自分達の住む村だとすぐに分かった。息を切らして、転がり落ちるように山から下りると、十ほどの家のある、小さな村は凍りついていた。 泣きながら、村の敵を打って欲しいと、ギルドへとやってきていた。 月輪は、雪兎を追って、山をいくつか越えた所へ分け入ってしまった事に気がついていた。今年の冬は、獲物がさらに少ない。手にする弓を確認すると、家で待つ姉の月妃を思い、ぐっと拳を握り締める。 「もう少し太っても良いと思うんだ」 月輪が狩りをするようになってから、月妃の心配性は増したが、食べるに困らなくなった。月輪は小さいながらも、良い狩人だったから。本当は、開拓者になりたかった。けれども、月妃がきっと心配しすぎて倒れてしまう。それは、月輪が望む事では無くて。 不穏な声に、月輪は身を屈めた。 アヤカシやケモノに会う事も多い山の中だ。出来るだけ、静かに退散しなくてはならない。 月輪は、そろりそろりと、声のする方角から後退していく。 その時。 (「しまった‥‥!」) この山は、あまり来た事の無い山だった。 だれかが仕掛けた鉄輪が、がっちりと足を挟んでいた。声を上げる事は、かろうじて避けられたが、しょっとやそっとでは外れない、猟師の作ったにしては不出来な鉄輪に、渋面を作った。 ふと見れば、少し離れた場所にある、氷塊と思っていた塊は、炭焼き小屋だ。小屋の主が手慰みで作ったものかもしれない。さててどうするかと、月輪は難しい顔をした。 氷鬼は、小さな村落を氷付けにすると、その巨大な手で破壊して楽しんでいた。 全部破壊し尽くせば、次の村へと向かうのは、間違いが無さそうだった。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
空(ia1704)
33歳・男・砂
鬼限(ia3382)
70歳・男・泰
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰
火津(ia5327)
17歳・女・弓
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
リーナ・クライン(ia9109)
22歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ● 「村は壊滅的な打撃を被ってしまったようですね‥‥。ですが、まだ手遅れとは限りません。急ぎましょう」 ギルドでその依頼を見つけた露羽(ia5413)は、静かにひとつ頷いた。 全て凍りついてしまったと言う事だが、ひょっとすると、その中に、まだ生きている人が残っているかもしれない。もしも残っているのならば、早々に救出をしなくては。 その村に近付くにつれ、冷気が強まる。 冬であるのだから、寒いのは当たり前なのだが、この冷たさは。 アヤカシ、氷鬼の姿が、村が近付くにつれて、はっきりと見える。大人の倍もあるような背丈の鬼は、ただひたすらに、凍りついた家屋を滅多打ちにし、氷ごと、粉々の欠片にしてしまうかのような行動をとっていた。 近寄る開拓者の気配に、寸前まで気がつかなかったようだが、やって来るその姿を認めると、くしゃりと顔を歪ませた。笑っているのかもしれない。 「故無く村を滅ぼし、戯れに楽しむ。許せぬアヤカシじゃ。なんとしても仕留めねばのう‥‥じゃが、万が一を考えねばならぬか」 生存者が居るのならば、救助を。まだ、家屋の形が残っている民家は幾つもある。その中に、人が居るのならば。 皺深い顔をひとつ撫ぜると、鬼限(ia3382)は、仲間達と呼応し、民家の方へと走り出す。 「まろは逃げ遅れた村人の救助に向かうのじゃ〜。もし逃げ遅れた人がおるのならなの〜。早く助けてやらねば〜」 顔半分を隠す前髪が、ふわりと走り出す動きにつれて揺れる。火津(ia5327)は、長い髪を背になびかせて、仲間達の後にしっかりと続く。 「氷‥‥あァ、冷たイ。嫌なコトを思い出シそうダ。アヤカシを壊せバ収まルか、こノ凍える程ニ煮え滾ル血ヲ、罅割れタ薄氷の獣を、記憶ノ底ヨリ這出る鬼ヲ」 (「壊さなけれバ壊さナケれば‥‥ソノ為に」) くっと、口元に笑みを刻むと、独特の語り口で呟いた空(ia1704)は、その残った家屋の数を見ると、すっと目を細めた。家屋へと接近すると、すうっと意識を集中させる。 「‥‥家ノ数は十程、なレド既破壊済が‥‥故ニ‥‥」 口の中で呟くと、ちらりとひっかかるものがある。 「家、中、二、命」 にっと口元を吊り上げる。空は、一番手前の家の中に、生存者を二名確認した事を仲間達へと告げる。 氷柱と化したその家屋を見て、火津は、ううむと小首を傾げる。 「氷をとかさないと、いけないの〜」 「松明をつけようかの?」 「壊したらイイだろう」 火をつけてその熱で溶かすかと、鬼限が呟けば、いっそ武器で削れば良いと、目深く被ったフードの下で、空がくつくつと笑う。 「‥‥さがって下さい。火遁を使います」 露羽が、仲間達を制する。 まずはと、試みたのは、露羽の身体に真っ赤な焔が纏いつく。 火炎は露羽の周囲、手前の家の扉付近の氷が溶けた。 「良し、ドけ‥‥」 僅かに残った氷を、空が武器でこそげ落とせば戸が開く。 「助けに来ましたぞ」 なるべく氷鬼の注意をひかないようにと気を配りつつ、鬼限が声をかければ、かすかな声が答える。奥から転がるように出てきたのは、女と子供。唇は紫色し、その手は氷よりも冷たい。抱えるようにしていた子は十ほどの年か。 「よォ、鬼喰い鬼の登場だ。それ着てとっとと退避してろや」 空は、フードを上げると、救助者だと笑い、コートを投げかける。 外套を取り出す鬼限は、母子へくるりと巻きつける。 「やれ、冷え切っておるの」 「今は多いほど良いでしょう」 さらに手持ちの外套を差し出した露羽は、救出の際、氷鬼との戦いの行方をしっかりと確認していた。優勢ではあるけれど、参戦は早い方が良いだろうと。火津へとその場を任せると、三人は、戦う仲間の下へと走り出す。 「もう大丈夫じゃ〜」 二人に外套などをしっかりと着せ掛けると、火津は手にした薬草、干飯、甘酒などを手渡しながら、家屋の外へと誘導する。 仲間達が、氷鬼と戦う音が響く。 「あっちに逃げれば、大丈夫かの〜。すまないの〜仲間の手助けをしてくるからの〜」 戦いの余波を受けない方向へと、手を引いて行くと、もう大丈夫と、にこりと笑い、お気をつけてという言葉を背にし、手を振りながら、火津は仲間たちの下へと走り出す。 ● 氷鬼との戦闘は、民家の手前にある開けた一角で始まった。 「しかし冷えるな‥‥生存者が居ると良いが」 すらりと抜き放つのは、凄絶な切っ先に陽光を反射する、二刀。その刃は刀にしてはありえないほど薄い。北条氏祗(ia0573)は、目の前の氷鬼へと向かって走り出す。 「さても、面妖なアヤカシ‥‥」 氷の塊となった家屋を破壊している氷鬼を見て、氏祗は眉を顰める。 あきれた風に呟くのは、橘 楓子(ia4243)。 「このアヤカシ、単に氷漬けにして楽しんでるだけなのかい? はぁ‥‥やれやれ このクソ寒いのに余計冷えるじゃないのさ」 万が一、生き延びた村人が居るかもしれない。残った家屋を確認しに走る仲間達から引き離さなくてはならないと。楓子は、氷固まった足場の悪さに注意しつつ、艶然と笑い、氷鬼へと接近する。ふわりと広がる外套に、艶やかな黒髪が広がる。 「来たね。氷の息に注意して、こっちが氷漬けにならないようにしないとね」 「そのアヤカシ、見過ごすわけにはいかぬな」 鯉口を切って抜き放つのは、二刀。景倉 恭冶(ia6030) 「シルバースノーと氷鬼、なかなか面白い組み合わせだねー。‥‥なーんて、冗談言ってる場合じゃないかもね」 こちらを向いてやってくる氷鬼を見て、リーナ・クライン(ia9109)が軽く肩を竦める。目深に被ったフードから、妖しい嗤いが零れる。手にした杖を掲げて、氷鬼に向かう仲間に付与するのは、攻撃力を増すために舞う力。 「救助に行ったメンバーがこっちに合流するまでは頑張ってよ? キミ達が頼みの綱なんだからね」 肩をいからせた氷鬼が、迫る氏祗、恭冶へと、氷の息を吹きつける。 身体を捻り、かわすのは楓子。着物の裾がひらりと揺れるが、その裾先に氷が小さな重さを乗せて纏いつく。 びしびしと当たる氷の礫に、氏祗、恭冶はその動きを僅かに止める。 「この程度で倒れると思ってもらっては困る」 氷の礫がぱりぱりと冷たい膜を作るが、動くのに支障は無い事を確認すると、氏祗は、氷の欠片を撒き散らし、振り上げられた腕の合間をかいくぐると、その刃を次々に氷鬼へと叩き込む。二刀は、深くその刃を潜らせ。 「その動き、見切らせてもらおうか」 喚く氷鬼の振り上げた腕は、痛みを取り除くかのように下がる。もう、片手が接近する恭冶を払いのけるかのように動いてくる。その腕へと、恭冶の二撃が受け止めるように、切り伏せる。が、僅かに浅いか。 「姿の割りに、動くじゃないの」 その合間に接近していた楓子が、笑みを深くすると、炎の式を飛ばす。ぱちぱちと火花がはじけるかのように、それは氷鬼にまとわりつき、動きを阻害し、恭冶へ振り下ろされようとした腕の動きが僅かに止まる。その合間に、恭冶は体勢を整えるために飛び退る。 体をかわした氏祗が、その身をよじると、再び氷鬼へと向き直る。 その氏祗へと、氷鬼は吹雪を再び吹き付ける。 「くっ!」 再び正面の視界が真っ白にけぶり、一瞬攻撃へと向かう動きが止まる。 「参戦致す」 鬼限の声が響く。 何処からとも現われた木の葉が露羽に纏いつく。 深くフードを被りなおした空が肩で軽く風を切り、着物の裾を蹴立てて飛び込んだ。 「左手ヲ右足に光を闇ニ掻き混ゼろカキマゼロ!」 赤く光を放つ漆黒の柄の槍が、鈍い音を立てて、氷鬼に突き刺さる。 新手として加わった仲間達へと、リーナが、攻撃力を付与する為に杖を掲げていた。 「相性は悪そうですが‥‥」 気力を溜めた火遁を発動させる露羽の炎が氷鬼をじりじりと焼く。その足元に走り込もうとする鬼限へと、吹雪の礫が押し寄せる。場所を確保して近寄っていた楓子が、再び艶やかな笑みを浮かべる。 「火傷ってもんじゃ済まさないねぇ、溶けて消えちまいな」 するりと躍り出た狼。式だ。その口から吐き出されるのは火炎の攻撃。押し寄せる火に、氷鬼は呻く。足元から恭冶が切り込み、腕を払いのけて間合いを計っていた氏祗が、渾身の力を込めて、二刀を振り抜いた。 「鬼めが、我が二刀流の錆となるが良い!」 氷鬼の断末魔の叫びが響き渡った。 吹雪を吐き出す氷鬼は、その力維持出来ずに、霧散する。アヤカシ退治は無事に終了したのだった。 ● 手分けして氷の家を開拓者達は溶かしていた。春になれば溶けるとはいえ、まだ冬の最中少しでも負担が減るようにと、気を配る。氏祗が、氷を削り落として、ひとつ呟く。 「少し多めの薪があると良いか‥‥」 「どうせだったら、炭焼き小屋の氷も溶かしに行ってみない? そうしないと依頼者さんも困るかもしれないしね」 リーナが、こんこんと、氷を叩いて仲間に声をかければ、こくりと頷くのは火津。 「炭だけではなく、薪もあるだろうからの〜」 露羽の火遁であらかた溶けてはいたが、細かい場所を溶かしたり、これからの為にも、最初に依頼者が見たという、彼の炭焼き小屋を溶かし、そこから炭を少し運んでくると良いかもしれないと。 「場所を教えてくだされぬかのう?」 鬼限は、助けた親子に話を聞くと、炭焼き小屋の場所を割り出す。ここからそう遠くは無さそうだ。 「炭焼き小屋か‥‥イイな」 そこには火種が沢山ある。ここの薪などを使って暖をとるよりは、余分に蓄えてあるものなら、それでこの冷えた身体が温まれたら一石二鳥と、空はひとつ頷く。 「そうですね、見回りも兼ねれば、ご家族も安心でしょう」 頷いた露羽の、高く括った髪が揺れ。 開拓者達は、炭焼き小屋のある山へと分け入った。 降りてきたと見られる、氷鬼の足跡がくっきりと残っており、辿り着くのは容易であった。村と同じように氷に覆われた小さな小屋を見て、開拓者達は、氷を崩しにかかる。 「‥‥あ」 周囲の確認をしていた露羽が、小さくうずくまる様に身体を潜ませた少年を見つけた。その子の足には、がっちりと鉄の罠が食い込んでいる。怖がらせないようにとそっと近付き、罠に手をかける。 「大丈夫。私達は、開拓者です。氷鬼を退治する依頼で来たのです」 露羽の呼び声に、仲間達が顔を出す。 「‥‥む? 一体どうなさった‥‥!?」 鬼限が、慎重な様子でこちらを伺う子供の様を見て目を丸くする。 「‥‥何やってんだ、てめぇ‥‥」 罠にかかった兎ならぬ、少年の姿に、空は爆笑する。 「治療が先だろう。大丈夫か?」 ぐっと奥歯を噛み締めた少年へと、氏祗が手早く近寄り、罠を外す手助けをすれば、その罠は足から外れる。かなりの怪我だ。痛そうに顔を歪めた少年へと、リーナが爽やかな風を吹かせる。 「だいじょぶ? 今傷を癒してあげるからね」 その風は、少年の傷をみるみるうちに治して行く。 「何か食べるかの〜? すまんの〜。たいしたものは残っておらんのじゃが」 心配そうに覗き込む火津に大丈夫ですと、しっかりとした声が返る。 「ありがとうございました」 きちんとお礼を言う少年は、月輪と名乗る。 「きっとご家族も心配されてるでしょうね、帰りましょうか」 「俺、ここの村の者ではないから。山をいくつか越えた村なんです」 穏やかに笑む露羽に、手にした弓を小さく掲げて見せた。 「助けてくれて、ありがとうございました。俺、少し獲物を取ってから帰ります」 「一度村に下りたらどうじゃの〜?」 「怪我も治してもらったので」 ありがとうと、火津に大丈夫だからと頷く。 「少し休んでいかないと」 「アヤカシが消えたなら、動物が戻ってくるはずだから」 気遣うリーナに、あなたみたいになって欲しい姉が居るからと、照れくさそうに月輪は頷いた。 「あたしみたいにって言わないわけね?」 艶然と笑う楓子に、そういうわけじゃありませんと、顔を赤くして下を向き。 掲げられた弓は使い込まれている。 露羽は、体力を消耗しないよう小さくなっていた事を思い出し、いっぱしの猟師なのだろうと、ひとつ頷く。 「そうですか‥‥気をつけて」 「また、罠に嵌んじゃねーぞ」 くつくつと、笑いを引きずる空に、はいと良い返事が返り。 「獲物、取れると良いな」 氏祗は、タフな少年である事だと思い、手を振って去って行く月輪に、軽く手を振って見送った。 思いがけず、別の人助けもこなした開拓者達は、炭焼き小屋から当座の炭や薪を村へと運び、帰還する。 被害は最小限で留まった。 氷鬼退治は無事、終了する事となったのだった。 |