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■オープニング本文 その山には、連翹が、枝垂れ咲く場所がある。その連翹と、鴇色の小さな花を摘んで戻ろうと、月輪は山を歩いていた。足の不自由な姉に、花を摘んで戻るのは、何時もの事だ。 連翹は、随分と古木であった。 大きな木から、四方へと枝垂れる黄色の小さな花。それを絵に描き、一輪摘んで、月輪は戻ろうと思った。 「また、綺麗な刺繍になるんだろうなあ」 様々な刺繍する姉月妃は、村人の頼みに応じて、刺繍をする。それで、生計を立てていた。冬には小間物を沢山作り、春の市に出すのだけれど、今年はアヤカシが襲った為に、作ったもの全てがダメになってしまった。 「頑張らないとなあ」 だから、自分がよりがんばろうと月輪は思う。 何時も行く道を辿ると、人々が難しそうな顔をしていた。 「どうしたんですか?」 「いやね、先日、この山の上から落ちた土砂で道が埋まったんだ。もう落ちないようにと、柵を作りに来たんだが、どうやらアヤカシが居るみたいなんだ」 「え‥‥この先って‥‥」 「ギルドに使いをやったから、すぐに山には入れるよ、小さな猟師さん」 アヤカシは、動かないアヤカシだという。 落ちた土砂に群生していたのは、唇が花のようになった草のアヤカシだったが、それらは開拓者に退治をしてもらい、事無きを得たのだという。そして、開拓者の助言で山に分け入ろうとしたら、一人、重傷を負った。 重傷を負った者は、ギルドに向かう者と共に、先に山を下りたが、柵を作るのを依頼された男達は、アヤカシ退治を待っているのだそうだ。確かに、ここから街へと戻るのは時間がかかる。 月輪は、少し考えると、退治されるのならば、それを一緒に待っていても良いかと男達に聞くと、二つ返事で頷かれた。 「えーっと、前に報告してもらった場所で、やっぱりーって言うような依頼が来ました」 ギルド職員佐々木 正美(iz0085)が、依頼を説明し始める。 山の中に鎮座するのは、巨大な草アヤカシだった。大きな口が不気味に咲いている。 坂を上ると、その口がくるりとこちらを向く。 首を僅かに引くと、前に巨大な唇を突き出し、見えない刃を向けたようだ。 そのアヤカシの背後は、崩れ落ち、崖になっている。 ぽっかりと空いた空間に、空を背にし、そのアヤカシは風に揺られているのだという。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
朧楼月 天忌(ia0291)
23歳・男・サ
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
由他郎(ia5334)
21歳・男・弓
慧(ia6088)
20歳・男・シ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●「困っている人を助けるため、アヤカシに神の鉄槌を下す為にやってきました。神教会をよろしくねー」 にこにこと笑みを浮かべ、参加を表明したのはエルディン・バウアー(ib0066)鮮やかに爽やかな布教活動スマイルだ。かつてジルベリアで弾圧され、現在は再興されている宗教ではあるが、最近開拓者の間には耳慣れた言葉でもある。 「わりと険しい山みたいだな。雪もそう積もってないみたいなのが助かるか」 山の状況を詳しく聞いて来たのは慧(ia6088)。 「暖かくなってきたのが救いでしょうか?」 おっとりと、ジークリンデ(ib0258)が小首を傾げる。 「潅木が多いようですね‥‥木々は、あまり密集して生えているわけでは無いようです‥‥」 赤い縁の眼鏡をくっと上げて、水津(ia2177)が首を傾げる。可愛らしい巫女姿に男物の紋付羽織が妙に似合う。 「山の際に伸びている街道に落ちたアヤカシは、癖があったんだよな?」 「ん、ああ。一度首を後ろに下げてから攻撃してきたな。大きさは随分と小さかったが」 その依頼書を見て、心中で軽く渋面を作っていた崔(ia0015)は、慧の言葉に頷く。 (「‥‥つぅか、俺が要らん事云ったせいで怪我人出しちまったか」) 「危惧なされたように、やはり上にまだアヤカシが居たのですね‥‥」 僅かに困ったような顔をしている崔を見て、白野威 雪(ia0736)も、困ったように首を傾げる。 (「重傷を負ったという男性の方には、何だか申し訳なく思います‥‥」) 開拓者を雇うのも安くは無い。山の安全を確認してからと言う一文をつければ、少しは違った結果になっただろうかと崔は思う。土砂の中に発生したアヤカシは、今回の依頼で確認された大型のものと寸分違わないような小さな草アヤカシの集団だった。だが、柵を括りつけるという案は、諸手を上げて承諾されたのだ。険しい山となれば、アヤカシやケモノはつきものであるわけで、一人の怪我人で済んだのは、幸いと言って良いものだった。 (「この前の場所か‥‥やっぱりな‥‥同じ顔もいくつか見えるか」) 「宜しく頼む」 由他郎(ia5334)は、雪と崔に軽く会釈をすると、他の仲間達とも挨拶を交わす。 「アヤカシは子供生まねぇんだよな‥‥?」 遠距離攻撃をする人数は揃っている。アヤカシの特徴を聞いて、盾になるつもりでいた朧楼月 天忌(ia0291)は、アヤカシの類似点に首を傾げる。原則としてアヤカシは子を成さない。それは、退治されればその姿を実体として留めおく事すらも出来ない瘴気の変化であるからだ。万が一と言う事も考えつつ、開拓者達は問題の山へと向かうのだった。 ● 木材が積み上げてある、山の中腹で、屈強な男達の合間に混ざり、弓矢を背にした少年の姿が目に入った。何を待っているのだろうか。登ってきた開拓者達を男達と共に見送るつもりのようだ。 何となく気になり、崔が声をかける。猟師の格好をした少年だ。開拓者の行方を見ているという事は、アヤカシ退治を待っているのだろう。急ぎか、大事な用があるのかもしれない。 「‥‥用があるんなら一緒にいくか?」 「俺が一緒だとアヤカシ退治に邪魔になります」 「ま、こっちも仕事だ。アヤカシは退治するが、今回は動かないアヤカシだからな」 分をわきまえているといった風情で、にこりと笑う少年に、天忌は、おやと心中で思う。少年は、動かないアヤカシという言葉に、少し考えると、開拓者達に一歩進み出る。 「同行、お願いします」 「足場には気をつけろ戦闘中は一番後ろだ。絶対にアヤカシに近寄らない、いいな?」 山に暮らす者かと、由他郎(ia5334)は少年の姿に目をとめる。山に現れるアヤカシの数は少なくない。僅かに過去が過ぎり、注意を促せば、心得ているとばかりに、少年はしっかりと頷き、柵を作る為に待っている男達へと礼をすると、開拓者達の後を着いて来る事になった。少年は、名を月輪と言い、猟師をしているのだという。 そうかと、崔は笑い、問い返す。 「猟師か‥‥この山で狩りをするのか?」 「いえ、連翹の花を摘みに。大きな連翹があるんです」 「もう連翹の咲く季節なのですね。静かに近づく春の訪れを感じずにはいられません」 ジークリンデが、笑みを零す。 「細い枝に黄色の花がたくさん咲く姿は美しいのでしょうね」 「はい。沈んだ色の山の中が、そこだけお日様が降りてきたかのようです」 「まあ、素敵ですわね」 月輪から、連翹のある場所を、ジークリンデは細かく聞き取る。どうやら、この獣道を真っ直ぐに進み、問題の草アヤカシの前を通り抜けなければ辿り着かない場所にあるようだ。 ふむ。と、頷く崔が首を傾げる。 「それが急ぎで大事な用事なのか?」 「家で姉が帰りを待っているんです。姉は足が不自由で、出歩けません。花が好きで、それを刺繍するのが好きなので、いつも俺が花の絵を描いて、一輪摘んで帰るんです」 「姉貴の世話してんのか。若いのに苦労するねえ」 心中で、僅かに驚くが、飄々と天忌が呟く。 「連翹を取る相手が居る‥‥か。羨ましいことだ」 口の端に笑みを浮かべて呟くと、慧は、何処か遠くを見る。こうして開拓者となったのは良いが、生きるという為の目標が定まらない。シノビとして生まれ、育った環境がそうさせるのか、自身の中にある何かが求めるのか、誰かに仕えたいという気持ちが、常に心の隅に存在する。けれども、その相手は未だ見つけられないでいた。そんな思いに首を軽く横に振りつつ、慧は歩を進める。 「綺麗な‥‥山ですね」 アヤカシが固定されている場所は決まっているが、ひょっとしたら別の何かが出てくるかもしれない。不意に山で襲われるという事は多い。周囲をそれとなく警戒して歩くのは水津。まだ寒い。けれども、良く見れば、寒々とした枝のくぼみが膨らんでいる。木の芽か、花の蕾か。冬と言う沈んだ色合いを脱ぎ捨てて、春が一斉に山を塗り替えるのは、もうすぐなのだろう。 「これから咲く、花は美しいでしょうね。でも、あれは退治すべきものであると、神も思し召すと思いますよ」 胸の手前で十字を切るエルディンは、遠く、木々の合間からちらちらと見える赤いものに目をやって、渋面を作った。人の顔ほどのでっかい唇。ぷるんとしたその唇は、魅惑的と言えば、魅惑的かもしれないが、どんなに魅惑的な唇でも、あれにはキスは出来ないと、拳を軽く握り締める。 「‥‥人外は無理です」 いや、誰もキスしろとは言っていない。 だが、つい想像してしまったエルディンは、完膚なまでに退治する事を改めて神に誓った。 ● 風が木々の合間を抜けて行く。未だ冷たい風だが、その中に春の香が混じっている。そんな風に揺れる花は美しいものだが、やっぱりそのアヤカシは美しいというか、ちょっとばかり、アレな姿をしていた。 「見通しが良いですね。崖‥‥足元に注意して下さいね」 雪は、アヤカシの背後に、山が切り取られたかのような空間が出来ている事に目を見張る。舞を踊れば、ひょっとするとがけ崩れを誘うかもしれないと、少し考え、後方へと移動する。 「少し先行くゼ? 攻撃は任せた」 鮮やかな甲羅模様の盾を掲げて、天忌が遠距離攻撃の仲間達の盾となるべく前に出る。衝撃波により大地がめくれ上がる地断撃を打ち込むかとも考えたのだが、何しろ、アヤカシの向こうがすぐに崖となっている。共に戦う仲間もろとも崖下にというのはしゃれにならないと、慎重に歩を進める。 「私は、後衛ですね‥‥」 くくくと、笑む水津の眼鏡がキラリと光る。今までの可愛らしい雰囲気から、何処と無く怪しげな気配を纏いつかせて、再びくくくと笑う。 (「私は焔の魔女‥‥焔でよく燃えそうなアヤカシは私にとって的でしかありませんよ‥‥」) 「浄炎ならば、アヤカシと人にしか効きませんから‥‥ね」 怪しい人。いや、水津が何度目かの笑みを浮かべた。浄炎を撃つには、かなり距離を詰めなくてはならない。回復にもすぐ切り替えられるよう、何だったら手裏剣を打ち込もうと草アヤカシへと迫る。 「少し撃ってみるか」 きりきりと弓を引き絞ると、由他郎はアヤカシの射程を測ろうと、まずは一矢を放つ。空を裂く音と共に、手近な場所へとさくりとささる。矢が揺らす潅木は、未だ射程外のようだ。仲間達が少しずつ近寄っている。射線に気をつけなければと、射掛ける場所を移動する。確保出来なければ、枝振りの良い木に登って撃つのも考えようかと思うのだが、射線を探ってからとなると、時間がかかるだろうかと思いを巡らす。つ。と、空を見上げ、陽射しが邪魔にならないようにと鉢金を笠に替え、攻撃の負担を無くそうと準備を抜かりなく。 同じく、魔法の射線を確保しようと、仲間達の移動を良く見てジークリンデが移動する。月輪に縄を借り受け、接近する仲間に命綱を渡そうかと考える。 「例の草アヤカシと同質なら、攻撃と一定距離内で動くモノには反応するってトコだな」 崔は、仲間達が移動する合間に声をかけつつ、陽動をかけるエルディン、天忌と、攻撃を仕掛ける慧、水津、ジークリンデ、由他郎は別の方向へと回り込めるようにと気を配る。二手に分かれた緩やかな半円包囲が出来上がり、草アヤカシへの距離を少しずつ詰めて行く。 「アヤカシの攻撃が反射的というならば、きっとひっかかってくれますとも。神のご加護もありますし」 物見槍の先に、途中で摘んだ笹竹を括りつけると、エルディンはにっこりと素敵な笑顔を浮かべた。突入する仲間の動線から外れた場所から、草アヤカシに近寄って行く。 やっぱり許せない。あの見た目が。そうエルディンが思ったと同時ぐらいに、接近した笹の葉がアヤカシの射程範囲に入ったようだ。わさわさと揺れる笹の葉に、次から次へと襲い掛かる。笹の葉が、軽い音を立てて切り刻まれる。 「あの辺ですね」 エルディンは仲間達が迫るのを見て、すかさず手にした槍を引き寄せ、腰に溜め込んできた笹の葉を括りつける。 慧は火遁を使おうかとも考えていたが、周囲には潅木が多いし、雪は積もっていない。実際の炎が生み出されては、火事になってしまうかもしれない。強力な炎であれば、生木を焼くのも簡単な事だが、少しの炎ならば、よほど燃え上がるという事は無いはずだと考えたのだ。火遁を使うならば、かなり接近しなければならない。引っかかったのを確認した慧が、風魔手裏剣を投げ込み、その足を速めて、アヤカシの懐へと飛び込んだ。 「‥‥は、どうだ‥‥普段切られている者の痛み、少しは分かるか?」 天忌が、前に接近し過ぎている慧に攻撃が行かないようにと盾を構えてさらに前に出る。突き出した盾を弾くような音がする。反射的に真空の刃を放ったのだ。一撃はさして重くは無いが、それが十も重なると、かなりな衝撃となる。小刻みに盾が揺れるのを、ぐっと堪えて天忌は留まる。 「よし」 木々を利用して接近していた崔が躍り出る。風が高い音を立てるかのような響きが耳朶を打つ。円月輪が、崔の手から放たれ、アヤカシへと飛び込む。 「おう」 弓を放つのは由他郎。 まずは一撃、食らわせなければ。 錆びたような色合いの短刀・天邪鬼が、アヤカシの太い茎にざっくりと切り傷を入れる。 「この矢は、アヤカシのみを撃ちますわ」 ジークリンデの手から、神の祝福なる聖なる矢が連続で撃ち込まれると、草アヤカシはその唇から得体の知れない悲鳴を上げて、霧散していった。 「いいなあ。私も、たまには魔術師らしい事したかったんですが。こう、『くらうがいい、神の雷!』とか」 ぼろぼろになった笹の葉の付いた槍を持って、エルディンがにこやかに笑みを浮かべた。 「お怪我された方はいませんか?」 「無理はいけませんよ」 雪と水津が、それでもやっぱり細かな傷がついていた天忌へと向かう。 「場所が気になるが‥‥ここら一帯焼くワケにもいかねえし、とりあえずこいつだけで妥協しておこう」 アヤカシは還っていった。けれども、多くの小さなアヤカシを現し、大きなアヤカシを現した土地が気になる。天忌は、下山すると依頼者へと後で何かあれば知らせて欲しいとの言付けを残した。 ● 月輪が示した場所はとても険しい場所だった。案内を請わず辿り着くには、山の中をかなり探索しなければならなかったろう。 「あの黄色いのがそうか?」 慧が指差す方向に、陽光を浴びて、輝くかのような黄色い花が見えた。 連翹は、岩肌の合間を割るように、太い幹を生やしていた。空を向いて高く伸びた幹から、枝垂れる枝の長さは、伸びた幹と同じほど。大人の背丈を軽く越す。そして、そんな太い幹の連翹が、横並びに岩を割り砕き、五本、岩を半円に囲むように伸びていた。小さな連翹が、その合間に何本も生えた様は、絶景であった。 「‥‥成程、見事だ」 由他郎がその花の好ましさに目を細め、崔がぽんと月輪の肩を叩く。 「‥‥がんばって、姉さん喜ばせようぜ?」 「はい」 日が差し込み、一際大きな連翹の枝垂れる様が見える場所を選ぶと、月輪はなめした皮に手際良く写生して行く。 「‥‥お姉さま‥‥ひょっとすると、月妃様とおっしゃいますか?」 「姉の名を知っているという事は、お世話になった開拓者さんですね?」 丁寧に礼を言う月輪に、雪は首を横に振り、笑みを浮かべ、お元気ですかと聞けば、はいと大きく頷かれる。 「楽しむのは構わねえが、山ん中だし一応気をつけてな。万一アヤカシが出たら無茶すんなよ。終わるまで待ってるさ。生憎と絵に興味はねえんでな」 「はい」 心配しているのかそうでないのか、良くわからない言葉を残して、天忌は連翹の木から離れていった。月輪は猟師で、山はそれなりに熟知している。それでも、あんなアヤカシの出た後である。周囲の警戒は怠らないほうが良いだろうという天忌なりの配慮でもあった。 「何だか、のんびりしてしまいますね」 ぽかぽかとした陽射しに暖められた岩に座り、水津が微笑む。 「お花見気分ですね」 見事な群生だとエルディンは思い、ヴォトカを出して一口。ほんのりと温まったヴォトカは、胃を熱くする。 (「どちらにも争って欲しくは無いのですが‥‥」) 一息つくような溜息と共に零れ落ちるのは、近頃問題となっているジルベリアの戦い。零れて落ちた言葉は、春風が救い上げて、連翹の枝垂れた枝を揺らして抜けて行く。 確かに、絵にしたい程の花だと、頷くのは慧。蕾の未だ固い連翹を一枝手折る。明日にはきっと綺麗に咲く事だろう。やはり、どうしようかと考えているのは由他郎。この花を持って帰れば妹は喜ぶかどうかと。 「お茶が入りました。お握りもございますわ」 ジークリンデの呼びかけに、仲間達が顔を綻ばせる。思いもかけず、連翹の花見の時間は、穏やかで楽しいものとなっていった。 |