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■オープニング本文 とある施設がある。 人によってはそれなりに知っているし、似たような施設は大小や国を問わず存在する。 公の定義では、孤児院と呼ばれる施設。運営が公的に行われるか私的に行われているか、それはここでは関係無い。 昨今、人為的ではなくアヤカシによる各所の襲撃で人が亡くなる事が少なくない。これは亡くなった当人には不幸だろうが、極端な言い方をすれば『死ねばそこで終わり』でありどうしようもない事である。 問題は、運良く生き残った者――他人様からすれば『運良く』である。その者が既に自立している身であれば、今後の身の振り方は自力でどうにかできる事もあろう。だが、まだ庇護や教育を必要とする身である場合には、果たして『運良く』と言い切ってしまって良いものか? 誰とて口にはしたくなかろうが、『一緒に死んでしまった方がマシだった』という結論に達する事も少なくないだろう。 そして、そういった結論を出させない為、何より将来世界を支えていく人材を保護する為、慈善的打算的に運営される施設が孤児院である。 「――で、久しぶりに来れば相変わらず前置き長いですし、とっとと本題に入って下さい」 「おや、怪我をなさったとかで心配していたのですが‥‥その様子ですと大丈夫そうですね」 「怪我自体は大した事は無いですよ――開拓者の皆さんにもお医者様にもそう言われました」 「でも、頭ですからねえ‥‥大人しくしていれば良いものを」 開拓者ギルドの受付で、差し向かいで話す二名。蔓と標である。標の頭には、とある依頼で同行した際に負傷した為に、包帯が巻かれたままだ。 「それで、私の様子を見に来ただけではないでしょう? 依頼ですか」 「んー、一応。アヤカシらしいモノも出て来てましてね」 遭都に存在する、ある一軒の孤児院。名前は特に無い。 個人によって運営されている小さな施設で、育てられている子供の数は十三名。運営者当人と、もう一人中年の女性が養育に当たっている。 事の起こりは、二か月前。 深夜に尿意を訴えた最年少の子供が、中年女性に連れられ厠に行った。だが、一時間経っても戻ってこない。 流石に不審に思った年長の子供が運営者を起こし共に様子を見に行くと、厠の前で頭部から流血し倒れている中年女性と中で同じく頭部から血を流して息絶えている子供――厠の床に全力で叩き付けられた痕跡。厠の窓は大きく破壊されており、ここから何かが侵入したと調査に当たった役人は語る。何より、翌日に目を覚ました中年女性が 「中から悲鳴がして扉を開けたら、人の形で無い何かに体当たりされて気を失った」 と、泣きながら証言している。 一応、彼女にも疑いは掛ったのだが――そもそも理由が無い。運営者、子供達、近隣住民の評判も良く、何より彼女は数年前に遅く授かった子供を自己の不注意で亡くし、それで夫に捨てられながらも懸命に生きてきたのが知己にも評価されていて、その人物がこの事件を起こすとは考え難い、との結論だった。 その後一カ月は何も起きなかった。どうにか平穏を取り戻しかけた孤児院だったが――その矢先、今度は運営者が襲われるという事件が発生した。発見者は件の中年女性。ただ、今回は彼女が襲われる事は無かった。 夜、中年女性が子供達を寝かしつけ自らも休もうと挨拶に運営者の部屋を訪れた所、彼が倒れているのを発見したという事だ。 運営者の状態は、以前の子供とそう変わらない。部屋の壁に何度も頭を叩きつけられ、中年女性が助け起こした時には既に息は無かった。そして、部屋の窓が以前同様に大きく破壊されていた。 そして、現在。中年女性は一人で施設を回す事になり、周囲から同情や賞賛を浴びつつ黙々と子供達と日々を過ごしている。 「つまり、この『人型でない何か』がアヤカシと?」 「さあ? 何せ彼女しか見てないですし――そもそも、これ施設からの依頼じゃないですから」 「‥‥という事は貴方ですか? 慈善事業をする手合いには見えませんけど」 蔓という女性、悪人ではないだろうが善人では決してない。標の人物評に、蔓は苦笑い。 「失礼な――まあ、当たらずとも遠からず、ですけどねー。 亡くなった運営者、私の友人だったのですよ。お金を貸したりもしていましたから、商売的にも無関係ではないですし」 「はあ‥‥でも、その人も何故ギルドに依頼をしないのですか? アヤカシらしきモノも見ているというのに」 「別に変ではないでしょう。誰もが、ギルドに報酬を払うだけのお金を持っているとでも?」 「いや、それは分っています――ですが、子供一人と世話になった運営者の方まで亡くなっているのに――」 蔓は目を細める。別にそこを気にした所で構いはしないが―― 「変に拘りますね。何か、孤児院に思い入れでもお有りで?」 「‥‥私も孤児ですから」 そういう事らしい。まあ、他人の過去を無意味に抉る程、蔓も悪趣味ではない。 「成程、ね――まあ、とにかく。この事件への対処をお願いします、というのが依頼です」 「――その中年女性に連絡は?」 普通はするだろう。だが、蔓の返答は真逆に走っていった。 「してません。する気も無いです」 「ちょ――」 標、絶句。ただ連絡していない、なら分る。だが、する気も無いとはどういう事だ? 「施設内の立ち入りと関係者への接触は、実際に依頼に入る開拓者の方にお任せします。必要なら、私の名前を出して構いません。 ――ああ、最後に一つだけ」 標の様子を無視して立ち上がり、出口へと向かう蔓。標が呼び止めようとした瞬間、思い出したように振り返り一言付け加えてきた。 「無償の愛、献身――本当に存在すると思いますか?」 |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
織姫 謙吾(ia0629)
31歳・男・サ
久万 玄斎(ia0759)
70歳・男・泰
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
秋姫 神楽(ia0940)
15歳・女・泰
来宮 カムル(ia2783)
16歳・男・志
蒼零(ia3027)
18歳・男・志
碑 九郎(ia3287)
30歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●不自然さの積み重ね 「蔓さんから話は聴いてるよ。‥‥孤児院に悟られないようにってどういう意味だい?」 殺人の詳細を尋ねに行った織姫 謙吾(ia0629)に対し、役人はそう漏らす。 依頼が妙なのは、そこ。好意的に考えれば孤児院に対する配慮なのだが―― 「さあ、な」 短く返答。別に答えたくないとかいうわけではなく、これが謙吾にとっては普通の返答。 「で、君は何を聴きに?」 「‥‥孤児院での殺人――特に一件目を」 一件目の証言に不自然な点が幾つか見受けられる。彼は謙吾に捜査の全体図を整理して教えてくれた。結果―― 「‥‥何故、窓が壊された時ではなく子供の悲鳴を聴いた時に扉を開けた?」 「私達も妙だと思って確認した。女性は、その時は気が動転していて忘れていて、一番頭に残っていた悲鳴を証言してしまった、と」 「‥‥それだとその後の状況に無理が出ないか?」 「私達も疑った。だが、理由が無い。状況は彼女が犯人であるのが一番自然。だけど、アヤカシなら扉を開ける一瞬の間でも子供を殺して逃げ出すくらい出来るのでは?」 確かに不可能とは言い切れない。アヤカシは非常識であるのが常識だ。それでもまだ不自然――アヤカシらしくない。それだけの話だが、引っ掛かる。 「‥‥君らとしては、女性が犯人だと?」 「言い切る気は無い――後は二つの事件に別の犯人が居る可能性」 「‥‥どちらにせよ、孤児院が狙われる理由がね」 状況だけ見れば、発見者の女性が一番怪しい。だが、理由が出て来ない。 (そこを引っ張り出すのが俺達の役目‥‥か) 「これといったのは出て来ないわね。まあ、あれば役人さんが見付けてるんだろうし」 孤児院近隣での聴き込みに一段落付けて呟く。成果は無いと言わざるを得ないが、秋姫 神楽(ia0940)はそんな事ではめげない。そんなものは彼女の流儀ではない。 当初は役人から始めるつもりだったのだが、謙吾も役人への聞き取りをすると聴いた時点で二度手間をする事も無いと、聴きたい事を告げてから此方の調査に周ってきた。 「神楽ちゃん、何か分ったぁ?」 甘い響きの声。神楽の目に入ったのは、ジルベリア人形のような印象の少女。神楽よりも4歳年下らしいが、駆け寄る度に揺れる胸など年下どころか幾つ上なのよ、と言いたくなる。 念の為に言えば神楽は歳相応の肢体であって、駆け寄ってきた少女――シュラハトリア・M(ia0352)の発達が早すぎるだけの話である。 「軋轢無し、子供の教育も行き届いてる、愛想も良い――現状が拍車を掛けているのかもしれないけど、彼女の評価は完璧に近いわね。事件前後にもおかしい事は無い。。 旦那さんが居た当時は別に住んでたのが分ったくらいね」 「こっちは、最初の事件の後に運営してた人が悩んでたっぽいって聴いたぁ。それから、旦那様の家は分ったよぉ」 「悩んでた、ね‥‥詳細は中の人に任せるとして――家の場所分っちゃったんだ。役人さんに聴いてもらってたけど、二度手間になっちゃったわね」 分散調査で成果が被るのは仕方の無い事。確認になるだろうし悪い事ばかりではない。 「で、余所の街とか言わないわよね?」 「お昼には着くと思うよぉ」 「微妙な距離‥‥よしっ。ついでにおいしいもの食べに行くわよ!」 「おごり?」 「割り勘」 「えー」 悲惨な事件を調査しているからと言って、己まで引き摺られる必要は無い。それは神楽の強さ。その後ろで、シュラハトリアは首を傾げる。 (愛かぁ‥‥貪欲だよねぇ‥‥ん?) はて、と。 『無償の愛、献身――本当に存在すると思いますか?』 蔓の言葉。どういう意味? 普通に考えるなら、女性から子供達に向けてのものだろう。だが、それ以前の言動からして、これも何か含みのあるものだろう。 シュラハトリアは年齢に寄らず、性的なものを含めた様々な関係を体験している。そこが何か引っ掛かりを感じていた。 ●見出せない理由 人手が足りなくなった孤児院の手伝いとして訪れた開拓者達に、中年女性は歓迎の意を示した。小太りの無害そうな女性――忙しさから疲れは伺えるが、彼女に不自然な点は見受けられない。 子供達に集られつつ来宮 カムル(ia2783)は、女性が二人殺したとしてその動機は何か、という点を頭に巡らせていた。 (虐待‥‥だけど、子供達に何も影響が出ていないのも妙だな。後は‥‥孤児院で世話をして、老後の面倒を? 確実なものじゃないし、殺人を犯す必要性は‥‥解雇? いかにもアヤカシを調査してくれ、といった証言も気になる) 子供達は、女性に全幅の信頼を置いているように見える。虐待があれば、もう少し違和感を覚えてもいいようなものだ。どれも推測の域。役人が『理由が無い』と言ったのも頷ける。 「ちょ、髪を引っ張るのは止めてもらえないかなっ?!」 一番年少の少女が、カムルの髪を掴んでいる。金髪が珍しいのだろう。長く伸ばしているのも災いして、満面の笑顔で渾身の力を込めて引っ張られていた。 「あー、諦めな。加減知らねえから」 と、笑いながら現れたのは最年長の少年。カムルとは一歳しか違わないので、もはや世話をされる側ではなくする方になっている様子。 「ま、毎日こんな感じかい?」 「いや。親父も死んで、今はお袋だけ。餓鬼なりに大変だって分ってるから、我慢してる。今日は、あんたらが来たからな」 状況を憂慮してもらえる程の関係が出来上がっているらしい。そんな事を思っている間に、髪を引っ張る人数が5人にまで増えていた。 「髪抜けるから、多すぎだから!」 「お兄さんが困ってる。嫌がる事はしちゃ駄目よ」 カムルも引き離そうとしたのだが、その前に部屋に入ってきた女性が諭してきた。瞬間、一斉に返事をしつつ手を離す子供達。教育が行き届いているのは間違いない。 「すいませんね‥‥って、それ重くないんですか?」 「いえ、特には?」 女性が抱えていたのは、米俵丸々一俵。成人男性でも重いと感じるものであるが、彼女は平然とした顔で笑っていた。 「色々やってはみたが‥‥音は届くらしい」 「この時間でこうなら、夜はもっと届くな――ただ、寝ている状況だと微妙だが」 母屋から離れた厠の前に陣取って、二人の男性。順番待ちをしているわけではなく、カムルと共に調査に来た開拓者二人。 調べていたのは、孤児院内の音の届き具合。女性の音に対する証言に違和感を覚えた為の調査だったが―― 「役人も調べているだろうから、有力なネタかは分らんが‥‥」 顔と左腕を包帯で覆った男が呟く。子供が見たら真っ先に避けそうな姿であるが、ここの子供達はむしろ興味を持って彼に近付いて来ていた。その様子を思い出し、彼――蒼零(ia3027)は苦い声で続ける。 「‥‥女性が犯人だとして‥‥動機次第なら黙るか」 「何とも言えん――厠とか母屋の老朽具合も気に食わん」 返答したもう一人の男、碑 九郎(ia3287)は厠の扉を叩きつつ、母屋の方へと視線を投げた。 運営者が買い取ったらしいが、元が質の良い建物ではなく更にまともな手入れも出来なかったか、かなりガタがきている状態だった。 「窓も、普通の人間でも簡単に壊せる」 厠や運営者部屋の窓は周辺の壁や木枠から破壊されていたが、周辺もそんな状態。 「アヤカシの前提を捨てて順序を入れ替えれば――とは言え、動機か」 要するに、殺害後なるべく音を立てないよう窓を壊した。一件目は、自傷して気を失った振りをして誰かに発見されるのを待つ。一応成立する。ただ、何故そんな事をしたのか、と考えると合理的な理由が見出せないのだ。 「祀が運営者部屋を虱潰しにしている。そこで何かが出てくれば‥‥」 「そっちに期待か――来宮だけに餓鬼共の相手を任せるのもアレだし、ちっとは手伝うぞ」 「‥‥厠の修繕はどうする?」 「資材が足りないって事にしとけ。出入りするのに楽になる。 ‥‥ところでよ、お前子供に好かれる手合いか?」 「‥‥多分、あんたと大差無いと思うぞ‥‥」 嘆息。両者共に愛想が欠如――怖がられるならともかく、子供達の様子だとむしろ喜ばれるだろう。逆に痛い。 部屋はそのまま。窓だけは蒼零と九朗が塞いでいったが。悲惨な現場に不釣り合いな静謐さを持った少女。まだ幼さの残る顔立ちと真っ直ぐに伸ばされた黒髪――反して、大人びた雰囲気。女性としては長身なのもあるが、何より彼女――虚祁 祀(ia0870)が自身を律した故のカタチ。 「子供達の相手‥‥良いな」 微かに聴こえる男三人の声と子供達の歓声――浮かんだ残念そうな表情を改め、捜索に戻る。あらゆる箇所を当たる。だが、これといったものは見付からない。役人が見付けられなかった状況で、自分がそれを見付けられるか――否。 (それに、殺害直後に処分した可能性もあり――か) 「‥‥手伝いに来たわけじゃねえだろ?」 掛けられる声――人払いはした。祀の目に入ったのは、呆れた表情で立つ最年長の少年。 「何の事かな?」 「家探ししといてよく言うぜ――殺される少し前に親父が妙な事言ってた」 「‥‥役人達には?」 「あん時はアヤカシとか言ってたし、言葉の意味も分らなかったからな。だけどあんたらの様子を見て、お袋にも疑われるだけの理由があるのかな、って考えて言うだけはな」 言葉の端々に葛藤が見て取れる。祀は短い言葉に精一杯の礼を込め、先を促す。 「‥‥有難う。それで?」 「――彼女が愛しているのは誰なのか――だってさ」 ●根本的な反転 「――お客様ですか?」 「何故あの女性に含みを持たせる? あの言葉はどういう意味だい?」 「‥‥含みを持たせたのは、貴方方の感じた違和感と同じ。それからあの言葉――無償が無いと仮定して、ならば彼女は何を得た? 発想を変えてみて考えれば、私が何を予想したかは分るかと――理解出来ませんし、気分の良いものではないですけどね」 「彼女が得たもの‥‥?」 夜。各自の調査結果の照会の為に集まった。 神楽とシュラハトリアの調査は、女性の元夫から医者にまで及んだ。それよれば、実子の死因は間違いなく事故。女性が買い物に出掛けている間に路上で馬に轢かれたとの事。その後、周囲の同情を受けつつ一心不乱に働く妻に、元夫は恐れを感じ徐々に距離を置くようになったそうだ。何故恐れたか、という問いには『悲しんだのは最初だけ。直ぐに人一倍働き始める。気丈とかいう感じじゃない』との事。この様子は孤児院での殺人の時と共通している。 女性の音に対する証言は覆す事は出来そうだが、これは既に当人が訂正している。施設の窓や壁は容易に破壊出来、女性の腕力は成人男性に勝るとも劣らない。 アヤカシの存在は、結局女性の証言のみ。 子供達に対する調査は、祀が教えてもらった言葉以外にはこれといった成果は無い。 最後に蔓の言葉の意味。 「あの子が教えてくれた言葉通りとすれば、女性に運営者は疑問を持っていたと考えるのが正しい。愛しているのは誰、って――?」 「元旦那が怖がって距離を置いたってのも気になるよね」 祀と神楽は自身が得た情報を頭で巡らす。状況と証言から得られる答えは一つ。 「――問題は動機か。蔓も相変わらずわけ分らん」 結局、立ち帰るのはそこ。九朗は蔓の言葉を反芻するが、抽象的過ぎて意味不明。 「彼女の物言いからして根本的な部分を考え直す必要があるみたいだ。とは言え、根本ってどころからだ?」 「役人では出来ない方向性――か?」 カムル、謙吾も一から考え直してみるが、そう簡単な事ではない。蔓が期待したのは、飛躍した発想なのだろうが――多少、買い被り過ぎだろう。開拓者とて、発想の根源は常人と変わらないのだから。 「んー‥‥あのね、シュラハ思ったんだけどぉ」 それまで黙っていたシュラハトリアが挙手。どちらかと言えば饒舌な彼女は、集合してから今まで一度も口を開いていなかった。 「愛って、人に向けるモノだけじゃないよねぇ」 蔓の言葉、運営者の疑問、元夫の恐怖――加算されたシュラハトリアの経験。愛情は貪欲であり時に傷を齎す。 「ああ‥‥この人『同じ』‥‥いや、それ以上‥‥?」 濡れた視線を仲間に向けるシュラハトリア。彼女の中で出た結論が気になるものの、距離を感じて声が出ない。問いを口にしたのは九朗。 「――で、お前さんは何が分った?」 「確かに発想を変えなきゃ駄目だよねぇ‥‥あの人、愛してるのは自分だけだもの」 ●鏡を愛した末路 翌日、7人は孤児院を訪れていた。倍近くに膨れ上がった人数に女性は喜んでいたものの、開拓者達の目的は確認である。物証が一切無い以上、本人の口を割らせる以外に手段は無い。最悪の場合も考え、今日は各自装備品を揃えている。 ――今日までに得られた、様々な言葉。状況の不自然さ。到達した、考えたくもない結論。運営者部屋に一人呼び出された女性突き付けられたそれら。そして決定打となったのが、開拓者の口から出た『ここにアヤカシなど居ない』という言葉。 「ねぇ‥‥嬉しかった? 堪らなかった? 不幸に次々と見舞われても必死で生きている姿に向けられる、皆の同情や賞賛は? 自分の子供が死んだ時の周りの反応が良くて、でも足りなくなっちゃったのよねぇ」 シュラハトリアの言葉。模範的な女性――鏡に映った自分だけを愛し周囲からの評価を引き出す為に二人を殺した女。自己愛――それが逆境に耐えうる心の正体だった。 女性は不思議そうな表情――事実を認めた今も、出会った当初と印象は変わらない。 「子供達は‥‥引き立たせる為の道具か‥‥?」 酌量の余地があればと思っていた蒼零の声は、冷え切っている。この化物は何だ? 自分に呪いを刻んだアヤカシと大差無いではないか。 「最悪――何なのよ、あんたはっ?!」 神楽は激情を抑える気は無い。大人に振り回される子供――それだけでも不快極まりないが、事実は許容範囲を完全に振り切っていた。 「――役人に引き渡そう。コレは子供の傍に居てはいけないものだ」 押し殺した声でカムルが続ける。彼とて怒っているのだろうが、どうにか自制している。同じように自制しつつ、でも抑え切れていないのは祀。 「アヤカシが居た方がマシだった――檻の中で、一生自分だけを愛し続ければ良い」 「流れも気に食わなければ結末も――か」 謙吾が最後に呟いた言葉、それが事件の総括となった。 その後、九朗が手配した役人によって女性は連行されていった。連れて行かれる女性に罪の意識は見えず、見送る子供達は状況を理解出来ていないようだった。最年長の少年だけは事態を把握したようで、無言で開拓者達に頭を下げてきた――この施設、恐らく彼が切り盛りしていく事となるのだろう。 唯一の朗報は、蔓が無期限でお金を貸した上に代わりの人手を探すという事のみ――救いの無い結末だが、それも日々の中に埋もれていくのだろうか。 |