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■オープニング本文 北面、武家屋敷前。 ひと組の少女と老女が話している。 二人は少し前まで、とある村に滞在していた。目的はそこの村特産品である茸の料理。何ら問題の無い目的だったのだが、茸の取れる山でアヤカシが出た事で状況が変わってしまった。村にも茸は備蓄されていたのだが、取れたて茸を食べたかった少女は私費を投じてまで開拓者を雇用。アヤカシを討伐させ、念願の茸料理を食す事が出来、漸く帰宅したという次第である。 「予定よりも長い小旅行でしたね‥‥お父上とお義母上がお怒りでなければ宜しいのですが‥‥」 「怒られるのは私だから良いじゃないの。父上もあの人もあんたには何も言わないよ」 「そういう事ではなく‥‥」 老女はこの屋敷に三代に渡って仕えてきた人物である。腰は低いが、武芸はまだ達者であり立場的にもある意味屋敷で最高峰とも言える人物なのである。 老女が危惧しているのは、少女と義母との折り合い。彼女は、義母の事を『あの人』と態々呼んだ。その呼び名に全てが集約されているだろう。 少女の実母が早逝し、母代わりは老女であった。だが、数ヶ月前に新たな母親が出来た。武家出身、足を悪くしてはいるものの道場を開く程に剣技に優れた壮健な女性であり見目も良い。性格的には男っぽいが、湿っぽさの無い気持ちの良い人物であった。 問題は、娘となる少女が新たな母親を認めなかった件。 実母の事もあるのだろうが、少女が危惧しているのは母代わりである老女の立場が侵されないか、という事らしい。これは思い込みで、あの女性はそういう手合いではないだろうと老女は断言出来る。 まあ、時間が解決する問題なのかもしれないが――せめて、自分が死ぬまでに良好な関係を築いてほしいと思う老女であった。 ――帰宅した屋敷の中は、異様に静かだった。 首を傾げる二人を迎えたのは、先の話に出てきた義母。表情の消える少女。こうなると、老女が話を進めるしかない。 「何か御座いましたか?」 「いや‥‥何と言うか、妙なモノが出まして」 常ははっきりしている義母の口調に戸惑いがある。 「妙?」 「ええ。アヤカシ‥‥なのですかね、アレも」 「ちょ、また?!」 旅行先で出たかと思えば、帰宅した傍からこれだ。少女も流石に表情を崩した。 「開拓者ギルドに連絡は?」 「明日の朝一番にするよう、既に手配を済ませています。ところで、またとは?」 「旅行先でも出たの、どうでもいいでしょ。で、アヤカシってどんなの? 怪我人とかは居ないの?」 冷静に話を進める老女と義母に、焦れたのか少女が口を挟む。確かに其方の方が重要だろう。義母は表情を引き締め、返答。 「使用人が三名負傷。 他の使用人は全て避難済み。旦那様も危険なので、護衛を付けて外に泊まる事になった。場所を教えるから、二人も今すぐ其方へ向かうと良い」 「あの、奥様は如何なさるのです?」 ここに居たのは自分達を迎える為だろうが、一緒に避難しないのか。だが、彼女はきっぱりと首を振った。 「流石に武家の主が二人揃って居なくなっては周囲に示しも付きませんし。とは言え、旦那様に何かあってはもっと問題。ならば、私が残るのが最適でしょう」 「‥‥じゃ、私も残る」 「「え?」」 これには老女も義母も目を剥いた。恐らく対抗心なのだろう、少女の目は燃えていた。 「‥‥如何しましょうか」 「強要は出来ません‥‥差し当たり、貴方が護衛になりますが‥‥」 「私は大丈夫です――ところで、そのアヤカシというのは?」 そう老女が尋ねると、複雑な表情で義母は言い淀む。 「アレは何と言って良いものやら‥‥」 先に、義母はアヤカシと断定しきれないような言い方をした。という事は見た目では区別出来ない? 「厨房そのもの――とでも言えば良いのか」 「厨房がアヤカシ‥‥?」 少女と老女の主従、同時に頭の中で厨房が動き出す姿を想像し頭を抱えた。何だ、この頭の悪い絵面は。 この屋敷の厨房は離れになっている。食糧庫と直結させたのが原因なのだが、まさか建物毎動いたのか? そういう疑問を表情から読んだのか、更に複雑な表情の義母。 「流石に建物が動いたりはしていない。 その三人と私が朝食調理中、調理器具に襲われた上に戸が開かなくなっていた。仕方ないので、私が戸を破壊してどうにか逃げ出した。神棚がある厨房が憑かれるというのも、複雑なものだ」 鍋や包丁に襲われる姿――その場では危険なのだろうが、絵面がどうにも締まらない。旅行先で茸、帰宅したら厨房――アヤカシももう少しまともな姿を選べばいいものを。 勿論、人死が出ている以上は楽観視も出来ない。複雑な表情のまま、義母は話を進める。 「今夜は二人一緒に休むように。相手が動かない以上近付かなければ危険ではないと思いますが、眠っている間は私が見張りになりましょう。 ――ああ、それと」 踵を返した義母は、少女の方を振り返り。 「――茸料理は、美味かったか?」 その言葉だけを残していった。 |
■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
獅子王 燥牙(ia5574)
18歳・男・サ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●神棚の中 アヤカシの姿は千差万別。元は瘴気なので当たり前なのだが、それにしたところで今回の依頼におけるアヤカシは特異だろう。 厨房。 正確にはその中の何か。これは存在が露見した際に襲われた者達の証言からの推測。四人の人間を大した怪我も無く逃がしてしまった上に追う事もしなかった事から正しいだろう。只人に入口を簡単に破壊されている事からも、厨房そのものがアヤカシではない事を示している。 問題は何がアヤカシなのか、という事。 極端な話、厨房そのものがアヤカシであれば外部から破壊してしまえば良い。だが、今回の場合はまず特定が必要となる。 「こうなる前、厨房に何か特殊なものを入れた事はなかったか? いきなりアヤカシ化するとは思えんのだが」 アヤカシに遭遇した一人であり、依頼人でもある女性。屋敷の主の後妻である冴子。厨房にも良く入るとの事で、彼女に特定の材料を求めた紬 柳斎(ia1231)は正しいと言える。 「少なくとも食品関係以外の搬入は無かったと思いますが」 「‥‥見た感じは普通だな」 縁側で情報収集する一行。そんな中、ぽつりと呟く銀雨(ia2691)。アヤカシの特定にはあまり興味が無さそうな彼女だが、何故かその言葉には残念そうな響きがある。 「普通‥‥ああ、建物が歩き出す事を期待されましたか」 「期待したわけじゃないが、依頼書に目を通した時にそういう想像はした」 厨房が乗っ取られた割には余裕を伺わせる冴子。相手がある意味無害というのはあるのだろうが、それにしたところで妙に楽しそうな様子である。 「道場を開く程の腕前だそうで、ひょっとしてアヤカシとの交戦経験もおありで?」 「流石にそれは‥‥手に余るモノに手を出す程無謀ではないつもりですし」 橘 琉璃(ia0472)の疑問に答えつつ、冴子は首を捻った。彼女の来歴は依頼には無関係なので特別触れていなかった筈なのだが――尋ねた当人の名前からふと一人思い出した。 「もしかして、姉妹が?」 「察しが早い様で何より、妹がお世話になったようで。その様子ですと上手くいったようで何よりです。自分が言うのも妙ですが、おめでとう御座います」 琉璃の双子の妹が以前、自身が受けた依頼の顛末を話してくれた事があり、その話の中で出てきたのが冴子だった。 「その依頼の話、あたしも伺った事がありますねぇ。その件や今回の判断力、実に良い。人妻でなければ口説いたところなんですけどねぇ」 とは、真珠朗(ia3553)。本気ではないだろう彼の卑屈さが滲む物言いに対し、冴子もにやりと口の端を上げた。 「それは光栄。娘の居る前で仰った場合は、殴っていましたが」 冴子の義娘である美代はここには居ない。念の為、部屋から出ないよう命じたらしい。護衛にお付きの老女が居るが、その彼女らには御凪 祥(ia5285)が挨拶に行っている。どうも、其方も依頼で面識があったらしい。 「話戻すけど、妙な調理器具入れたとか神棚に何か入れたとか、本当になかったのか? 物に憑くアヤカシってのは、曰くあるもんに憑くんだが」 獅子王 燥牙(ia5574)が話を元に戻す。自己紹介時には依頼主相手という事で敬語を使っていた彼だが、冴子当人から普通で良いと言われ普段の口調に戻っている。 さて、燥牙の意見も正しい。物に憑くアヤカシは曰くのある物を好む。或いは、そうでなければ憑けないのかは謎だが。 燥牙の意見に冴子は考え込む。だが、彼女がこの家に嫁いできてまだ半年も経っていない。調理器具はともかく、神棚の中身は知らなかった。なら、知っている人間に聴くまで。 「神棚の中?」 「ええ。美代も知っていれば教えてほしい」 「神棚なんか普通開けない」 知っている人間――この家に三代仕えている老女、和。そしてこの家で生まれ育った美代。尤も、美代の返答からして彼女はあまり期待出来なそうであるが。 「参考になるかは分りませんが、厨房の神棚には先妻様の使われていたお箸が入っていたと思われます」 和が記憶から答えを引き出す。 「何でそんなの入れんのよ」 「あの方も料理がお好きでしたから、亡くなられた後に旦那様が」 曰くある物としては微妙だが、情報が何も無いよりはマシだ。礼を言って戻る冴子の背を、複雑な表情で見送る美代。 「――肝の据わった義母だな」 「それ、態度の悪い私に対する遠回しな嫌味?」 口を噤んでいた祥の正直な感想だが、美代はそう受け取らなかったらしい。歩く茸という妙な絵面の依頼で面識があった分、美代の物言いにも遠慮が無い。尤も、祥の記憶ではこの少女は端からこういう手合いだった気もするが。 「そう感じたのなら謝る。まあ、そう発想するという事は自覚があるのだろう――急いで改める必要も無い。あの様子だと、義母とて気にしていないだろう」 「私が悪いのは分ってるわよ――新しく出来た母親を問答無用で受け入れる子供なんて、気持ち悪い事いでしょ?」 「‥‥確かに」 成程、分っててやっているのかと祥。この様子なら気にする事もあるまい。会話を聴いている和ははらはらしているようだが、むしろ言うだけ言わせた方が美代には良いだろう。 「‥‥終わったら、またアヤカシの話でもしてやろう。その為にも早々に終わらせないとな」 情報と琉璃の結界による策敵は完全に一致した。確定と見て良いだろう。 「神棚の中に先妻の箸。料理好きだった妻の箸を神棚に入れるとは、旦那も中々味な真似を」 雲母(ia6295)は尊大な口調のままで妙に感心している。少なくとも表面上は他者を下に見る彼女であるが、自身が家事に精通しているという事もあり、旦那の遺品への処置が気に入った様子。 「建物を周ってきたが、何も起きん。中を覗いたが、特におかしいものも無い。問題は、立ち回るには場が少々狭いな」 「火は? 調理中に襲われたって話ですけど」 厨房周辺を下見した雲母の説明を受け、紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)が現実的な問題を口にする。答は、冴子の方からあっさりと。 「いや、逃げる際に消しました――と、忘れていたものが」 的確な状況判断力。その冴子が忘れたものとは―― 「あの日、生塵を処分しようと思っていたのですが――あのままなので、かなりの量が」 迫りくるものに生塵も加わるわけか。全員ふと願う。 ――生塵だけは襲って来ませんように。 ●群成す調理器具 願い叶わず。 戦場となる厨房の把握、アヤカシの特定、そして厨房突入の打ち合わせ。 本体は神棚の中にあるのだろうが、厨房が敵であるのと変わらない。厨房内に入るのは敵の体内に入るに等しいわけだが、これが問題。要するにあらゆる方向からの攻撃に晒される。入れば即座に牙を剥く厨房。それの第一手。 「よりにもよってこれかっ!!」 飛来する塵箱。中にあるのは破棄前であった生塵。開拓者の先鋒は柳斎。率先してその役目を引き受けた彼女であるが、破壊された入り口を潜った途端に飛来したアレなモノに対して吠えた。 柳斎の選択肢は三つ。回避、迎撃、防御。彼女が先鋒を引き受けたのは全体の盾になる、という気概からなのだが、応えたものがよりにもよって生塵。三択の内、回避は有り得ない。ならば残りの二つ。 「ええい、厨房を散らかすな馬鹿者がっ!」 「うわ、くっさ?! 魚の頭とか落ちてるし?!」 「刃物がお出迎えよりは遥かにマシだろ!」 「あたし手甲だし、触らなくて良かったあ」 「後片付けが大変そうだな‥‥」 「‥‥少しは生塵被る羽目になった拙者の身にもなれ!!」 迎撃しつつ踏み込んだ柳斎に続く、雲母、銀雨、燥牙、紗耶香、祥。箱そのものは迎撃したものの、中身までは避けきれない。派手に飛び散った生塵は柳斎に対し、ある意味致命的な打撃を与えていた。臭気は瞬く間に部屋中に。最悪である。 「生塵塗れ――それで、ここからが本番ってわけですか」 「成程ねえ‥‥こりゃまた包丁だけが宙に浮いてるってのも凄い光景だねぇ」 戸口で援護に周るのは琉璃と真珠朗。二人の目に映るのは、突入した六人に狙いを定めた多数の包丁。その数、各種合わせて二十。毎日三食使われているのだろう。どれも手入れが行き届いている。 そして一斉正射。閃く刃が落とせるものは落とし、落とせないものは身を捻って避ける。避けられた包丁は宙で動きを止め、再び狙いを定める。落としたものもすぐさま浮かび上がり戦列に戻った。 「むやみに破壊するのも拙いと思ってたが、こりゃちょっと‥‥」 銀雨は口を曲げる。死角を消せばどうにかなると思ったが、そう簡単でもないようだ。 「室内にある時点で全てが武器であり敵か――下手な個体よりも余程悪質だな」 銀雨と背中合わせの柳斎。四方八方から迫ってくる包丁を刀で落としているだけでは、埒が明かない。 無言で舌打ちする祥の得物は槍。室内の取り回しは厳しい。他の者も似たようなもの。更に、戸棚から鍋や食器などが手当たり次第。冗談のような光景だが、迎撃だの防御などと言っている場合ではない。 「あーあー‥‥机まで動き始めてますねぇ‥‥」 真珠朗の予感が現実に。厨房の中央、人一人が大の字になれる程の大きさを持つ机が不吉な音を立て動く。 「歪みで落とそうにも、流石にこの数では。参りましたね」 琉璃も苦笑い。個でありながら全である敵。小規模ながらもアヤカシの集団に襲われているようなものだ。 入口の二人に今の所牙は向けられていないが、踏み込めば中で立ち往生している六人と同じ目に合うだろう。下手に動けない。 「食器とか鍋とかはともかく、あの包丁がな。上手く折れれば良いかも知れねえけど、その後で動かれたら笑えねえしな」 此方を伺っている調理器具の群を目に捉え燥牙は唸る。下手に包丁を粉砕して、これ以上刃物の敵を増やすのも拙い。 「なら――こういうのはどうだっ!!」 雲母、群の隙間を縫って手裏剣を放つ。狙うは一点、神棚。本体があそこにある以上、それを潰さなければ意味が無い。だが、鍋の一つが吸い寄せられるように神棚に覆い被さり弾く。 「やっぱりアレが本体ですね。近付ければ一撃でしょうけど、障害物が多すぎです」 紗耶香も下手に動けない。数歩も走れば神棚には辿り着く。だが、その合間には調理器具の群―― 浮かび上がる大机。合わせるように狙いを定める調理器具達。そして、大机が先鋒を切る様に舞い上がった。 それより僅かに前。 「――失礼。肝心な事を言うのを忘れていたのですが」 戸口の二人組の後ろから凛とした声。冴子だろう。この状況で何を言いに来たのか。 「建物を破壊しなければ、後はどうでも良いですよ――好きに散らかしてくれ」 最後の言葉はこの家の後妻ではなく、武家の娘としての言葉だろう。 そして、大机が激突する轟音が響き渡った。 ●反撃・終劇 「は――聴こえたぞ許可の声ぇっ!!!」 柳斎、そして銀雨が大机を受け止めている。浮かべられる銀雨の獣笑。机を抱え上げた彼女、直前まで敵の武器であったそれを渾身でぶん回し始めた。 確かに相手は群。だが、その個々は極めて脆弱。密度を覆うだけの面があれば、反撃は可能。あるものは何でも使う――銀雨の信条。 厨房の中身は全て敵の武器――それは証明されている。だが、それならば開拓者達の武器も操られてもおかしくはない。それをしてないという事は出来ないという事。恐らく、人体に接触しているような物は操れないのだろう。 大机が群の一角を薙ぎ払う。豪快に吹き飛ぶ調理器具達。これで神棚までの通路は出来たが、まだまだ群は残っている。 「――っ!」 無音の気合と共に回転する祥の槍。やたら振り回すわけにはいかないが、正面になら充分防御に足りる。多少は喰らうだろうが、包丁以外は目にでも入らなければ頓着する必要は無い。そして、問題の包丁は他の者が的確に打ち落とす。すぐさま復帰するが、それでも間はある。 「ち――流石に良い鍋を使っているらしい!」 再度放たれた雲母の手裏剣だが、神棚を覆う鍋に全て防がれる。その間に一気に踏み込む柳斎。 「ならば、直接潰すまで!!」 両手で振るわれる刀に耐えられる程に鍋は頑丈でない。大上段からの一撃は見事に鍋と下の神棚を両断。しかし崩れ落ちる神棚から飛び出した箸は柳斎に衝撃波を放つ。大した威力ではないが、よろめかせる程度の効果はあった様子。 単体では大した力も無いのだろう。迷わず厨房の窓に向かう箸。だが、その彼の周囲がいきなり歪み、床へ落下していく。 「――ここまで来て逃げちゃいけませんよ」 「そういうわけで、これでも喰らっておきなさい!」 癒しの必要が無くここまで静観していた琉璃が、箸を見て笑う。同時に中の六人の死角を補助していた真珠朗が輪状手裏剣を放った。だが、狙う相手があまりに細く小さすぎる。床に落ちた箸の表面を覆う漆を削るだけに留まった。 「だったら――こいつでどうだっ!!」 未だ床にある箸に脇差を捨てつつ躍り掛かる燥牙。渾身の力を込めた刀は狙い違わず箸を両断した――が。 再び舞い上がる箸、但し片方。もう片方は確かに両断されていた。器用な事に、両断される直前に片方に見切りを付けたらしい。 「蜥蜴の尻尾切りみたい、だね!!」 追随して紗耶香が跳躍、神速で拳を打ち込む。確かに命中はしたものの、対象の小ささや空中という場が災いしてか衝撃が通らない。だが、更に逃げを打った箸が辿り着いた場所に銀雨が調理器具を薙ぎ払う大机が、運悪く迫ってきた。 急停止して大机をやり過ごす箸。これが致命傷。 「――一撃必殺、とはいかなかったがな。こいつで終いだ!!」 一気に接近した雲母の言葉と共に振るわれる蛇剣――波打った刀身は木製である箸には最悪の相性だった。がりがりと箸を削り、最終的に両断。 そして、同時に厨房中に浮いていた調理器具達が次々と床に落下し、乾いた音を響かせていった。 ●お片付け アヤカシ討伐後、ある意味で一番悲惨な被害を受けた柳斎は風呂を借りていた。 そして残った面子は厨房の片付け。但し、雲母は戦闘中も放さなかった煙管を加えつつ、颯爽と何処かに居なくなっていた。 訂正、祥のみ美代に対しアヤカシ講義。母屋の方から美代の手に汗握る咆哮が響いている。 「しっかし、厨房の戦いっての馬鹿に出来なかったな」 銀雨の正直な感想。因みに、彼女は振り回しまくった大机の補修中。 「折角美味しいもの作って上げようと思ってたのに」 残念そうな紗耶香。食器から調理器具に至るまでほぼ再起不能である。これでは暫くここでの料理は不可能だろう。それらは冴子が何処かに発注に出掛けて行った。 「まあ、残念ではありますけど‥‥あの親子で外食する事になったって事ですし、これはこれでありでは?」 琉璃は穏やかに笑う。微妙な距離の親子にとっては良い機会だろう。 ――結局、陽が暮れるまでに片付けは終わらず、その日は一泊する羽目になった。 |