恋は盲目
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/03 00:56



■オープニング本文

 とある村の近くに、かなり古い寺があった。
 村人すら存在を忘れているような場所で、要するに廃寺というやつである。
 実際、何を祭っていたのかとか誰が管理していたのかとか、そういった記録や記憶も全く無い。
 そして、その村に少々変わり者の青年が居た。屋外よりも屋内、運動よりも読書、多人数よりも独りという感じの内向き人物。この辺りは、彼個人の質なので気にする事ではない。実際、青年自身も苦手ではあっても人付き合い自体は行っていたし、農作業も普通にしていたのだから。
 が、とある日からこの青年、農作業に出て来なくなった。
 病気にでもなったかと心配した友人が、独り暮らしである彼の家に赴くと、確かに彼は眠っていた。だが、見る限り穏やかな眠りで病気をしているようにも見えない。ただの寝坊か、と友人は彼を叩き起こし、青年も謝罪しその日はそれで終わった。
 そしてまた数日後、青年が現れなかった。内向的であっても真面目であったし、頻繁に寝坊をするような手合いではない。流石に心配した同じ友人が、今度は叩き起こす為ではなく具合を確認する為に家に向かった。
 今回も寝ていた。特に具合の悪そうな様子は無い。

 ――お前、どっか具合悪いんじゃないのか?
 ――別にそういう事は無いよ。
 ――でもなあ、寝坊するなんて普段のお前じゃないだろ。夜きちんと寝てるか?
 ――いや、ちょっと色々あって。

 そんな会話が交わされた。その『色々』というのを、友人はどうにかして聴き出したのだが――
 青年は、村の近くに廃寺があると聴きそれに興味を持ったらしい。読書が好きな彼であれば、興味の対象としてはおかしくない。あの日の前夜、実際にその寺を見て来ようとしたらしい。それで寝不足になったのだが、普通その程度で寝不足にはならない。
 そこを突いてみると、美しい女性が住み着いており青年がそれに一目惚れしたというので、友人は二重に驚いた。
 青年には浮いた話一つ無い。対する友人は既婚。日頃から心配していたので、ある意味では喜ばしい。だが、廃寺に住み着くなどまともな相手ではあるまい。異性に興味を持つのは良いが、それも相手によりけりだ。今の所、寺の壊れた壁から女性の姿を見ているだけでまだ声は掛けていないらしい。なら、まだ間に合うか。
 ここで友人が誰かに相談していれば話は変わっていたのだが、変に騒いで青年を困らせるのも可哀そうだという気遣いをしてしまった。
 その日の夜、友人は件の廃寺へ赴いた。寺の戸を開けたそこに居たのは、確かにこの世のものとは思えない美しさの女性。その女性の目が友人を捉えゆっくりと立ち上がり――そこで、友人の意識は永遠に閉ざされた。

 ――夫が昨夜から戻っていないんです。
 友人の妻が夫の身を案じて声を上げ村が騒然とし始めた頃、青年は廃寺の前で食い散らかされた友人のなれの果てを見付けていた。肉片や血痕は点々と寺の戸から中に続いている。
 ――そうか、僕が好きになったのはアヤカシだったのか。
 普通、そこまで気付けば気が変わろうものなのだが、この青年、恋愛経験が皆無なせいなのか、友人が不敬を働いたせいで殺されたのだと解釈し始めたのだ。
 アヤカシである以上、人間は敵であり捕食対象でしかない。それは常識段階。だが、青年は逆に寺に潜む美しいアヤカシを自分が守るのだ、と盲目的かつ自分勝手な発想を開始し、友人の死を隠蔽する事に決めた。
 社の中に、彼の求めるモノは居なかった。今の内にと徹底的な清掃と肉片の回収。そして処分。
 だが同じ頃、山に捜索に入った村民の一団が既にアヤカシに襲われていた。二人の犠牲者を出しつつ、生き残った面子は村に帰還。直ぐに寄り合いが開かれ討伐依頼を出す事が決定された。
 そして、そこに話を聴き寄り合い所に乗り込んでュる青年。その場で自分の頭の中だけで作り上げた事実をばら撒いてしまう。
 勿論、その場で総非難。既に二人が犠牲になっている上、青年が自分の友人の死を隠蔽しようとした事が更に村人の怒りを呼んだ。だが、青年は狂った擁護を止めない。当然決裂したわけだが、これにより不明だったアヤカシの所在が何処にあるのかがはっきりした。
 一刻の猶予も無いと感じた青年。制止する村人を振り切り、家にあった鍬や鎌等の刃物で武装しありったけの食糧を持ち込んで、寺の前に陣取った。覗き込んだ寺の中には、彼女が戻っている。

 ――あの人は僕が守るんだ!

 その青年を、廃寺の中から美しいアヤカシが見詰める。実際の所、彼女は当初から青年に見られているのは気付いていた。
 ――己の容姿を餌に人を喰らってきた彼女であるが、青年が何をしているのか分らない。大概の人間は、馴れ馴れしく近付いて来る。若しくは無かった事にして逃げ出すかなのだが――彼はどちらにも当て嵌まらない。只見てるだけだった。そして、今は寺の前で血走った眼をして周囲を警戒している。
 少なくとも自分を狩りに来た様子ではないが――それにしては貧弱ながらも武装している。食べてしまおうかとも思ったが、思い留まる。ひょっとしたらもっと多くの得物を釣る餌になるかも知れない。
 それに、三人食べたから少しくらいは我慢するか、とソレはうっそりと笑みを浮かべた。


■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
朧月夜(ia5094
18歳・女・サ
箕祭 晄(ia5324
21歳・男・砲
鳥介(ia8084
22歳・男・シ
千王寺 心詩(ia8408
16歳・女・陰


■リプレイ本文

●美しきモノ
 美しいものに惹かれるのは、決して悪い事ではない。何を以って美しいとするかは人それぞれだが。
 だが、美しいと思ったものが実は根本的に相容れないモノであったら。
 それでも、ソレを護ろうと思う者が居た。
 成程、ありがちな物語のようだ。人間の敵対者とそれを護ろうとする青年。主観的に見れば美談或いは悲劇だが、客観的に見れば身勝手なだけ。まして、今回の場合それすら成立しない。
 護ろうとする青年と、護られる側のアヤカシとは交流がまるでない。青年の一方的な思い込み。そして、恐らくアヤカシの方は害が無いのなら放置しよう、程度の認識だろう。
「あらあら、こないな所で何を守っとるんどすえ?」
 その青年に掛けられるたおやかな声。碌に寝てもいないのだろう、血走った目と疲弊した表情を一度の寺の方向に向けてから声に向き直る。そこに居たのは、女性二人――
「‥‥誰だ」
 村人ではない。ならば尚警戒すべきだ。村では開拓者を雇う相談をしていた。見てくれに惑わされるな。
 ――もしも彼がその台詞を口にしようものなら、我が身を省みろと一斉に突っ込まれるだろう。だが、既にアヤカシに惑わされている彼に自身を省みる理由など無い。
 さて、声を掛けた二人組だが。
 華御院 鬨(ia0351)と葛切 カズラ(ia0725)。
 依頼を受けた開拓者である。
 仲間達との簡単な相談の結果、手荒な真似をせずに青年を排除出来るならそれに越した事は無い、という事でなるべく刺激しないよう少人数かつ人当たりの良い二人がまず接触となったのだが‥‥既に青年の方は警戒心全開。相手が女性――実際の所、ひと組の男女なのだが――であっても、既に鍬を両手で構え臨戦態勢。
「あの、随分切羽詰まっているみたいだけど‥‥」
 多少気弱な様子を滲ませ、カズラ。素の彼女からは真逆の言動だが、何時も通りの言動で青年にこれ以上警戒感を持たれても拙い。彼女、そして同行する鬨も自身の容貌には自信がある。カズラは性的、鬨は役者的という違いはあるが。
「直ぐに何処かへ行くんだ。そのまま留まるなら、死んでもらう」
 それでも尚、青年の様子は変わらない。殺気すら感じる始末。
 根本的な問題なのだが。
 青年は別にアヤカシの能力により魅了されているわけではない。自己中心的ではあるが、あくまでそれは彼自身の中から発生したもの。語弊はあるが、純粋な想いと言っても良い。だから幾ら魅力のある女性が目の前に現れようが、彼には排除すべき敵にしか見えないのだ。
「これ、完全に駄目みたいねぇ‥‥」
「そうどすねぇ‥‥」
 多少なりの隙があれば、二人とも懐柔する自信がある。だが、こういう相手では難しい。今にも襲いかかってきそうな様子であるし、懐柔出来てもその時間が無駄だ。そうなれば――
「?!」
 カズラが抜き出した符から、式が放たれる。瞬く間に青年を覆ったソレはその身を縛り付ける。痛みは無いが全く動けない。これが開拓者か、と青年が二人を睨み付けた時には既にそこには一人だけ――僅かな風を感じた直後、顎と後頭部に衝撃二つ。意識が一瞬で飛び、動かない身体が支えを失って倒れていく。最後に感じたのは、細いながらも力強い腕と独特の物言い。
「‥‥おしまいやす」

 確かに、これは美しい。
 それを見た全員の感想は一致した。但し、それは造形に対する感想であり好感を抱くかどうかはまた別の問題である。
 青年を抑えに行った二人以外の五人。
 抑えの結果で彼らの行動も変わってきたのだが、只の村人。志体持ちとまともに勝負になるわけがない。青年が地に伏したのを確認した五人は、即座に廃寺を包囲。
 同時、寺の入口が内側から破壊された。粉微塵になった入口の残骸を踏み付けながら進み出て来るすらりとした影。
 既に村人を三人喰らい、それ以前に他の土地でも喰らってきたであろうアヤカシ。
 地味な単衣、化粧っ気がまるで無い容貌は完璧と言って良いだろう。ただ、既にアヤカシと知っているせいなのか――人間味を感じない。妙な言い方だが『整い過ぎている』。右手には石棍棒――と言うか最早石柱に近い得物を下げている。
 その彼女、ここに至るまで寺の中から青年の様子を伺っていた。彼がどれくらいの餌を釣ってくれるか、という期待を込めて見詰めていたわけだが、期待は存分に叶えられたと言えよう。男女合わせて七人何れも若く志体持ち。これほどの餌、独り占め出来る事はそうあるまい。
「籠城するかと思ったが、自分から出て来るとはな。手間が省けて何よりだ」
 静かに刀を抜きながら、天目 飛鳥(ia1211)。狭い場所では多人数の利が減少する。勿論、広い場所にも問題が無いとは言えないが、人数を生かす点においてはアヤカシが自分から出て来てくれた事は有難い。
 飛鳥の鋭い眼差しは、何よりアヤカシの得物に注がれている。単純換算で彼の刀の二倍以上の長さ。勿論、その分取り回しは悪いのだろうが――まともに喰らえばただでは済むまい。
「逃げる気は無いのか‥‥にしてもその武器、厄介だな」
 同じくアヤカシの得物に、眉を顰める朧月夜(ia5094)。受けを主体に今回の戦略を組み立てた彼女だが、敵の持つ武器は出来る事なら受け手に周りたくない代物だ。
「確かにまあ、綺麗所ではあるなあ。あの兄ちゃんが惚れたのも分らなくは無いけど、俺は平気だ」
 ――誰も聴いてないのだが、後方で弓を携え胸を張る箕祭 晄(ia5324)。言葉だけを聴けば「自分は惑わされないぞ」と言っているように聞こえるが、実際の所は恋仲である朧月夜に対しての意思表示の様なものだったりする。示された形の朧月夜は、一度だけ晄に視線を投げすぐさま敵の注視に戻る。但し、その頬は僅かに朱。
「そういうのって、二人っきりの時に言った方が効果あるんじゃない?」
 とは、晄と並んで立つ千王寺 心詩(ia8408)の言。符を抜き出しながらアヤカシを伺っている彼女だが、その口調は相手が親しい事もあり軽い。傍目に面白い両人だからして、彼女がからかいを入れたくなるのも無理は無い。
「二人っきりも何も、常時全開で主張してますけどね――それはともかく、無造作に出てきたところを見ると余程自信があるのですかね」
 心詩に続いて、笑顔でちくりと斎 朧(ia3446)。彼女の視線は晄が常時掲げている旗に向けられていた。でかでかと恋仲の女性が出来た事を謳うその旗は、微笑ましいと見るか痛いと見るかは人それぞれ。当人は満足しているし、朧月夜もまんざらでもなさそうなのでこれでいいのだろう。
 そんな中、美しいアヤカシがいよいよ一歩踏み出してきた。

●一進一退
 こういう得物は初めてだ、とアヤカシは喜悦の笑みを見せる。
 勿論、喰らう事は喜びであるが、今までの得物は脆弱で詰まらなかった。飢えていたのだ、食欲とは別の次元で。苦労すればするほどに捕食の喜びは大きく、己の持つ力を存分に振るえる事も無上の喜びだ。
 ――人を容姿で惑わし喰らってきたアヤカシ。だが、その行動原理は見てくれに寄らず即物的なものだった。
 武器の長大さに寄らず、速い。晄の矢、心詩の式がほぼ同時に飛ぶが、前者は開いている手で捉え、後者は一瞬で振り払った。
 勢いを殺せず目前に迫ったアヤカシの面目掛け、飛鳥の刀が迫る。相手は直線的であり避ける事は無理だろう。そして、容姿で人を惑わす輩ならば顔への攻撃は数字以上の効果を見せる筈である。が――
「‥‥非常識にも程があるな」
 苦虫を噛み殺したような飛鳥の声に、アヤカシは更に深い笑みで応える。その笑みを放つ口元には、飛鳥の刀が咥え込まれていた。直撃ではない、ただ単に噛みついて止めてきたのだ。だが、これで突進は止まった。そこを狙い、朧月夜の一突きが迫る。
(――取った!)
 避けようがない。朧月夜がそう思ったのも無理はないが、アヤカシは頓着する様子も無く無造作に石柱を片手で振り抜く。朧月夜の槍と同等の長さ――但し、速度が違う。本来であれば点である槍の到達が早い筈だが、逆転されたのを悟った朧月夜は咄嗟に槍を捨て受けに回る。
「重く速い‥‥つぅ」
 咄嗟の受けだった故か、直撃と大差が無い。打撃の勢いを利用して大きく背後に跳んだお陰で被害はそれほどではないが、それでも腕が一瞬感覚を消失。小剣と盾を取り出し構えるものの、何度も受けていられないと悟った。
 直後、アヤカシの側部に突如炎が弾ける。未だ咥えたままだった刀身を放して離脱を試みるも、流石に遅い。直撃を受けたアヤカシは、全身に炎を纏い付かせながら大きく後退。
「中々に豪快な方ですけど‥‥此方はそれに付き合う義理はありませんよ」
 力を放ったままの姿勢で朧。炎は彼女が発生させたもの――人や化生のみを払う浄化の炎。だが、それを受けてもまだアヤカシは嗤う。楽しくて堪らないとでも言いたげに。
「――俺の彼女が喰らった分は返すぞ!!」
 朧月夜が攻撃に晒された事で、滅多に無い激昂。晄は矢を続けざま放つ。力で精度を上げている上、必中の気合も充分。狙い違わずそれはアヤカシの身体に吸い込まれていく。続けて跳び込んだ心詩の斬撃が肩口から腰元まで一筋に裂く。単衣が腰紐を断たれはだけるが、そんなものをアヤカシは気にしない。突き刺さった矢もそのままに、心詩を蹴り上げる。
「やらせるかっ!!」
 下手をすれば即死しかねない。割り込むように懐に踏み込んだ朧月夜が、盾毎蹴り足に体当たりをする。流石に片足のみでこれを支えられるわけもないが、その片足のみで離脱したのは驚異。
「纏え炎――好みの戦い、付き合ってやろう!」
 追随、飛鳥。刀に炎を這わせ立ち直り切っていないアヤカシに肉薄。両者の瞳が交差――瞬間、アヤカシがまた嗤う。その顔は、最初に見た作り物めいたそれよりも遥かに美しいと、飛鳥に思わせるものだった。
 刀と石柱が交錯、このままでは相討ち――が直後、アヤカシの背後に何かが喰らい付いた。

 ――式?!

 度し難い隙、そして好機。炎を纏った刀身が整い過ぎた面を裂く。更に、式を盾に肉薄した女形。
「綺麗な顔が台無しどすなぁ‥‥そもそも、うちにはいっこも及びまへんやけど」
 一閃。走り込んだ勢いを全て乗せ、アヤカシの背中を鬨が見事に抉っていった。

●渇望の終わり
「‥‥あのお邪魔な方は?」
 癒しを運びながら、朧が確認する。
 現れたのは、青年への対処をしていた二人。
「ふん縛って転がしといたわよ。まったく、綺麗所二人で相手しているのに、ちっとも反応しないってどうなの」
 カズラの返答がコレ。別に青年なぞどうでもいいのだが、誘惑出来なかった事は少々腹立たしい。
「あらまあ、本当に酷い顔どすなあ‥‥」
 油断無く刀を構えつつ、鬨は更にアヤカシを挑発する。だが、返答は焼け爛れた顔での壮絶な笑みだった。
「やめておけ‥‥そいつはどうも、自分の顔などどうでもいいらしい」
 アヤカシを鬨と挟む形で飛鳥が、アヤカシの様子からの予想を告げる。
 アヤカシが纏っていた単衣は既に無い。完璧な造形の肢体と焼け爛れた顔の対比が悲惨であるが、頓着しない。嬉しいのだ、骨のある獲物に己の力を振るう事が。これで彼らに勝ち、喰らう事が出来れば言う事は無い。
 ――この時点で、既にアヤカシの負けは見えていた。未だ健在である彼女だが、全身損傷。敵は強い。数の上で絶望的。だが、逃げるという選択肢は不思議と頭に浮かばない。彼女はこの瞬間最も満たされていた。
 片手で振るっていた石柱を両手で握り、力任せに旋回させる。挟まれているなら、全方位に攻撃を仕掛けるまで。速いし重い――それは最初に分っている。だが――
「――初動が大きすぎだっ!!」
 掻い潜った飛鳥の斬撃が、下段から腹部を裂く。舞うような華麗な動きでいなす鬨は、暴風の間を縫って、喉元に一突き。だが、まだ止まない。
 続き、朧月夜。石柱の暴風が小剣と楯を吹き飛ばす。更には、彼女の銀髪を覆うターバンも勢いに巻き込まれ飛ばされていく。長い髪が一気に広がり、口端を上げる彼女。
「――惜しいな。俺の本命はこいつだ!!」
 素早く足を閃かせる。絡むのは、最初に捨てた槍。跳ね上げたそれを宙で受け、暴風が戻らぬ内にその発生源を精緻に貫いき、石柱が勢いよく飛んでいく。
「朧月夜、頭下げろっ!!」
「受けた分、回収させてもらうよ!!」
 後方から、点。アヤカシの豊満な胸の中央部を貫通する矢。更に式がその身体から活力を奪い、放った主へと還元。晄、心詩の同時攻撃。だが、未だ健在。
「しぶといわねぇ‥‥こいつの味、教えて上げるわ」
 これ以上動かれても面倒。カズラが符を放つ。放たれた符は無数の細かい触手の様なものへと変わり、アヤカシの裸身を拘束する。尚も笑みは消えない。
「貴方‥‥もう、良いです。大人しく眠りなさい」
 アヤカシの笑みに、朧が呟いて敵を見据える。常に張り付いている朧の笑みとは違い、アヤカシの今の笑いは心の底からの素直なものだ。それに何かを感じたか、再度浄化の炎を呼び出し、アヤカシに叩きつける。
 炎上するアヤカシ。その身体が徐々に消えていく。倒れたわけではない。囲まれ、満身創痍ながらもまだ立っている。
 ――完全に消滅するまで、彼女は満足そうな笑みを浮かべていた。

●盲恋の末路
 アヤカシが完全に消滅し、全員脱力。強い相手ではあったが、これくらいならば幾らでも居るだろう。だが、その脱力は何か別のもののような気がした。
 残る問題は青年。
 拘束を解かれ意識を取り戻した青年は、顛末を聴いた瞬間に殴り掛かってきた。当然、一蹴。崩れ落ち、泣き出す青年――ある意味、純粋な恋ではあったのだろう。傍迷惑極まりなかったが。
 その彼をカズラが廃寺に連行。彼女の性格上、殺害は無いだろうが‥‥出てきたのは、半刻近くしてからだった。
 妙につやつやしているカズラに全員の視線が集中したが、当人は黙殺。
「ところで、一応言っておきますが。うち、おとこしどすよ? これくらい見切れへんで恋愛やらなんやらまやまや早おす」
 放心状態の青年に対し、一歩進み出た鬨が告げる。彼の姿を見て性別を一発で判別出来る人間はそう居ないだろうが、敢て告げられた事実は青年にゆっくりと染み込んでいった。
「んー、まあさ。こういう二人でも割に上手くいってるし、今度は間違えないようにしなよ」
 と、心詩が示すのは晄と朧月夜。当人達にもそれなりの悩みはあるかも知れないが、現状上手くいっているのなら模範の一つとして挙げても良いだろう。
「どちらにせよ、やった事は消えない。恐らくは村で暮らす事は無理だろう――償うか、或いは逃げ出すかは俺達の言うべき事ではない。だが、償った上で村を出、居場所を探すのも一つの道だな」
 飛鳥の忠告を最後に、開拓者達は去っていった。
 その後、青年がどういう顛末を辿ったかは、開拓者達の知るところではない。