【姉妹】師弟の交差
マスター名:小風
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/03 01:41



■オープニング本文

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●師からの手紙
「不穏な動きを見せた者共の処理、本日をもちまして全て完了致しました」
 人気の無い屋敷の一室、体格の良い黒尽くめの男の声が静かに響く。覆面に覆われた彼の視線は真正面に。そこには、小柄かつ細身の女性が一人。
 女性の名は雪乃。この屋敷の主であり、末席かつ成り上がりではあるが正式なシノビの家の当主。差し向かいの男は、この家に唯一残った志体持ちの僕。
 男の報告に、女性は答える様子は無い。
「それで、以後は如何致しましょう?」
「‥‥姉さんは?」
「‥‥動けるのがこの身一つ故、詳細は分りかねますが‥‥動く気は無いものと」
 そこで初めて雪乃の表情が動く。僅かな不満――その意味を男は分っているが、口にする事ではない。分っているのならば行動で示すまでだ。
「誘いを掛けてみましょうか?」
「下手に誘えば此方の意図に気付かれます。急く気持ちは分りますが、抑えて下さい」
 姉――遠く神楽の都に居を構える蔓と言う人物。雪乃と同じ血を分けながら、あらゆる点において真逆の在り方をしている女性。不干渉を言い含めたのは此方だが、正直に従うような手合いとも思えない――絶対に何か考えている筈だ。それとも、既に読まれているからこそ動かないのか。
「了解致しました。それから、このような文が来ていたのですが‥‥」
 男は話題を変えながら、折り畳まれた紙を一枚取り出す。文と言っているが、宛名も差出人も何も記されていない。そもそも封じられていない。誰かが直接屋敷に届けたのだろう。受け取った雪乃は紙を開き、眉を顰める。
「‥‥お師匠様?」
「失礼ながら中は改めましたが‥‥何故分るのです?」
「ええ‥‥私の呼び名が特徴的でして、それと書かれている呼び名が同じでしたから」
 雪乃、溜息一つ。彼女と姉が志体持ちと判明した後、預けられた一人のシノビ。今は隠居して世捨て人のような生活を送っているが、当時はまだ現役であり様々な事を教わった。姉は嫌っていたが、雪乃は実の親以上に慕っていた。向こうがどう思っているかは分らないが。
 因みに、手紙には一文のみ。

『雪、手伝ってやるから、暫くは大人しくしておき』

●師の来訪
 屋敷に戻ると、居間でくつろいでいる皺だらけの置物が居た。
「人の家で何をしていますか、貴方は」
 蔓は珍しく顔を顰める。その顔にはありありと忌避の感情が浮かんでいる――彼女にとっては珍しい事だ。
 蔓の屋敷に入り込んで勝手にお茶やお菓子を拝借している人物は、彼女にとって師に当たる。本来は敬うべき相手であるが、はっきり言って蔓はこの人物が大嫌いであった。
「童の頃より鍛えてやった相手に相変わらずだの、蔓や」
 一方で皺だらけの置物――小柄な老婆は平然と笑っている。その様は、どこかお互いに似ていた。
 卓を挟み、差し向かいになって座る。他人の事を言えた義理ではないが、この人は狐だ。油断は出来ない。
「それで、ご用件は?」
「いや何、私も老い先短い身での。死ぬ前に気楽な旅行の一つでもしたくなった。その中に、弟子の家があるのであれば訪れるのは当然であろ?」
 言っている事は至極普通である。にやにやと笑いながら言われたのでは、説得力も何も無いが。
「それで、ご用件は?」
 同じ問いを重ねる。無駄なやり取りをして余計な言葉まで引き出したくない。
「久しぶりの師との語らいを早々に打ち切りたがるとはの。まあ、それはそれで良い――後日、また来る。その際、私と勝負して負けたら、一つ言う事を聞いてもらうぞ。うっかり殺してしまったら勘弁だがの」
「‥‥お断りします、と言ったら?」
「私から逃げられるとでも?」
 無理だろう。今は隠居の身とは言え、相手は老いるまで生き延びたシノビだ。寝首を掛かれる事ほぼ確定な生活など論外だ。
「此方も今取っている弟子の中から活きの良いのを連れて来たでの。一対一では面白味に掛けるで、好きなだけ雇うと良いさ」
 そう告げた直後、既に師の姿は消えていた。
「‥‥結局、あの子に手を貸す事にしたわけですか」
 渋面。負けた際に何を言われるかなど分っている。雪乃が頼んだという事は無いだろうが、妹と師は良好な関係だった。自発的に師が動いたとしても不思議ではない。
「全く。疎んでいる癖に手だけは出してくる‥‥始末された親戚連中と変わらないですね」


■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078
20歳・女・巫
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
かえで(ia7493
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●互いの初手
 約束の日。厳密に言うならば一方的な約束――要するに脅迫に近い形で定められた、その日の夜。
 神楽の都でもかなり大きな部類に入る屋敷の前に、九人の人影。内八人は飾り気の無い忍装束で全身を包んでおり、体型から男性である事くらいしか分らない。残りの一人が老婆。周囲とは対照的に何処にでも居るような容姿と服装であるが、紛れも無く今日という日を設定した元凶である。
「さて、初手はどう来るかの」
 面白そうに笑う老婆。あちらは守り手、攻め手である此方に比べて豊富な選択肢がある。彼女を含めたシノビは、そういった状況を突破する事を強いられる状況も多い。一人前のお墨付きをやるにはまだ少々足りない弟子達を連れてきたが、果たしてどこまで役に立つものか。
 ――正確に言うならば、既に『初手』は打たれている。ここに至るまでの道中、警戒している様子の男達を発見した。老婆達は知る由も無いが、襲撃に対してある意味では最も有効な手段である『通報』を取られている。こうなると、広大な屋敷の中ならともかく外で大きく動くわけにもいかない。そして、ここで待っているのも論外だ。
「では、行くかね。修行中とは言えど、主らはシノビだ。格上相手とは言え、そう易々と潰される事は認めんぞ」
 弟子達に告げ、先陣を切って無造作に入り口を潜る老婆。この先は相手の陣地、何時何が起こっても不思議ではない。

「来た来た。堂々と正面から入ってきたかぁ‥‥」
 敷地内に入った一団を暗闇を見通す瞳で捉えたかえで(ia7493)は唸る。ああも堂々と入って来られると此方も手が出し辛い。敷地内には様々な仕掛けを施してあるが、決定打になるようなものではない。
「今仕掛けても、只の集団戦になるだけだし‥‥」
 互いが抱える王の性能比較は間違い無くあちらが上だろうが、それ以外の駒は此方の方が上だ。戦力比で勝っている以上、急く必要は無い。
 敷地内を見回していた老婆は何言か弟子達に指示を出す。それを受け、シノビ達は二組になって散って行った。老婆は明りの漏れる屋敷を目に収め、歩みを再開。
「依頼主の場所に当たりを付けて囲い込むつもり? それとも、王手狙いを誘ってる?」
 或いは、その両方か。事前に依頼主である蔓から教えられたあの老婆の実力は相当なもの。あちらに直衛が無くなったのは良いが、此方の戦力のあてがい方を測られている。
「‥‥減らすか」
 僅かに迷った後、かえではそう決めた。減らせるものは時間の許す限り減らす。
 かえでの姿が、闇の中に消えた。

 攻め手の侵入後、彼らの背後から静かに敷地内に入って来る者一人。
 鈴木 透子(ia5664)。
 別に遅れて来たわけではない。外で彼らが侵入するのを待っていただけだ。
(とは言え、これはどうしたものでしょうね‥‥)
 要は挟撃をする為なのだが、その間に敵は戦力を分割。ここまで透子の狙い通りであるが――
(直衛無しの王‥‥将棋ならほぼ詰みですけど)
 将棋に例えれば、相手の王は飛車と角行、桂馬を足した反則。他が成る事の無い歩だとしても、王手を狙う事で此方が一気に詰まされないとも限らない。
「此方に委ねられましたか‥‥年寄りとは駆け引きをするな、とはよく言ったものです」
 かつて師が漏らしていた言葉を思い出し、溜息一つ。

●挟撃、迎撃
 あからさまな動きを見せているのは老婆だが、その歩みは緩やか。対照的に、闇に紛れた二手の弟子達は迅速。各所に仕掛けられた罠を避け、引っ掛かりながらだが。
 その弟子達の一組。交戦開始は静かなもの。
 月明かりと敷地各所に置かれた明り、そして屋敷から漏れる明かりがあるとは言え、夜の視界の悪さは覆らない。弟子達にとって己の領域だが、相手にもそこを領域とする者が居る。
 一人が足に衝撃を受け倒れる。背中から地面に落ちた彼の鳩尾にもう一撃。意識を狩り取るまではいかなかったが、直ぐに立てるものでもない。
 認識が現状に追い付いた四人が見たのは、拳を収めた直後の青年。飛び抜けた印象の無いその容貌。彼は舌打ちをして、即座に闇の中に消える。
 まだ起き上がれない一人を囲み、三人は背中合わせで武器を構える。今のが何なのかは、師の教えによって理解した。彼らには遠い領域、己の姿を消す術。長続きするものではないが、夜闇がそれを補う。時折響く足音に過敏になる。
 今度は足払いなど無く、直接鳩尾を抜かれた。身を折った所で、首筋にもう一撃。
 二度目ともなれば流石に反応は出来る。無傷の二人は姿を現した青年に刃を向けるが、全く当たらない。怪訝な表情を浮かべ、再び消える彼。

(‥‥妙、ですね)
 闇に溶けながら、青年――菊池 志郎(ia5584)は首を傾げた。
 弱い。修行は充分にしているのだろうが、根本的に実戦経験が無い。
 必要以上の負傷をさせたくない志郎にとっては有難い事だが、開拓者相手を想定してこの程度の相手しか準備しないというのはどういうつもりか?
(単なる数合わせなら良いのですがね。しかし、意識を奪うのも楽じゃないですね)
 やろうと思えば刃物を使う事は出来た。だが、それでは下手をすれば殺してしまう――それを否として素手での無力化を狙ったが、創作物に見られる程簡単なものではない。まして、弱いとは言え相手も志体持ちだ。
 なら、もう一手増えるのを待つだけの話だ。

 手裏剣が飛ぶ。標的は一つだが、その標的は焦る様子も無く丁寧にかわしていく。
 志郎が仕掛けたのとは正反対の位置で、此方は屋敷の中から迎撃に入った。
 符を放ち一人の動きを制限した八嶋 双伍(ia2195)は、同じく相手の経験不足差に眉を顰めていた。
「何と言うか‥‥もう少し忍んだ方が宜しいのでは?」
 悪意は無いが善意も無い、正直な感想だ。そもそもシノビの利点である部分を捨て、正直に挑んでくる辺りそう言いたくなるのも無理は無い。
 その言葉をどう受け取ったのか分らないが、四人は刃物を抜き放ち一斉に双伍に向かって来ようとする。選択自体は間違いではないが――
「――少しは周りを見ようね」
 四人の後方から呆れた声。振り向いた視界に入ったのは光り輝く巨大な手裏剣。それが何かを彼らが認識する前に、手裏剣は輝きを炸裂させ、正面に居た一人の目を眩ませた。続けざまに放たれる球体、伸びる線からは火花。四人の目前に落とされたそれは直後に爆発音と共に炸裂した。
 焙烙玉という所謂爆弾の一種。爆発の威力も範囲もそれほどではないが、こういうものは爆発そのものよりも衝撃によって飛び散った鉄菱による裂傷の方が本命。実際、爆発そのものは咄嗟に身を翻して避けた四人だったが、鉄菱により全身に裂傷を負っていた。
「声一つ上げないか‥‥腕はともかく、心根はシノビだね」
 焙烙玉を投げた張本人、かえでは茂みから出てその様を見る。正直なところ、今ので折れてくれればという思いがある。
 今回の依頼、『勝負』の形態を取っている。もっと言えば盤遊戯。だが、場所と王手以外の制限が無い以上は殺し合いと何ら変わる事は無く、一人でも殺せば報復を警戒しなければならず、その芽は摘まなければいけない。かえでとしてはそんなものは御免なのだ。
「‥‥まあ、加減出来る相手だっただけ良しとしましょうか」
 再度放たれる双伍の符。かえでと爆弾に気を取られた相手に逃れる術は無く、また一人動きを制限されていた。

 此方も同じく符から式が飛ぶ。但し、かなり攻撃的なものだが。
 刃を持った式が一人の足を裂く。狙おうと思えば首から上も出来るが、そこまではしたくない。
「逃げ回る必要が無いのは良いですけど、これはこれで時間が掛るっ――」
 式を放った直後、的にならないよう身を翻しながら透子。
 志郎が繋ぎ止めた四人、その背後から奇襲したのが彼女。それ自体は予定通りとは言え、何となくあの老婆の手に乗ってやった気がするのが不安材料。駒が分断されているのは、此方も変わらないという事だ。
 姿を消しての一撃離脱でその場から動けなくなった四人に対し、更に背後からの奇襲。混乱してもおかしくない状況だが、シノビ達に動揺の色は無い。あくまでこの場での抗戦の構えだ。
「全く‥‥そこまでして蔓さんに何をさせたいのやら」
 幾度目かの奇襲。的確に相手を一人一人削りながら、志郎は呟く。蔓の師が何を要求するのかは知らないが、こういう手段を取った以上は真っ当な事ではあるまい。恐らくは件の妹が絡んでいるのだろうが、それを決めるのは蔓の意志であって強制されるべき事ではない。どういう背景があるにせよ、志郎はそこが一番気に喰わない。

 四対二が二箇所。それぞれの場所において、時間の問題と言える状況。
 尤も、その状況を招いた当人はその『時間』を何より欲していたのだが。

●老獪
 玄関から踏み込んだ老婆の足が止まる。直後、足元から式が跳び出しその身に絡みつく。
「形振り構わぬの――っと?」
 直後、立て続けに周囲に炎が巻き上がる――だが、床や壁を焼く様子は無い。
「浄炎か」
 袖に手を引っ込め、仕込まれた物を引く抜く。異様に速い挙動でそれは真正面に放られた。廊下の先には巫衣の女性。迫る何か。だが、障子を破って跳び出した女中の拳がそれを叩き落とす。
「‥‥縫い針?」
 女中――秋桜(ia2482)が投げられた物を見て呟く。元の仕事では毎日の様に使っていた針だが、まさか武器に使われるとは――
「咄嗟に良く反応したの」
 軽やかに歩を踏む老婆が笑う。飛距離も無く殺傷能力も無いに等しいが、点にしか見えずしかも小さい。ましてこの人物、正確に巫衣の女性――斎 朧(ia3446)の目を狙って投げていた。
「アレはどこかの?」
「履物を脱がずに上がられるような方に教えるとでも?」
 惚けた物言いで尋ねる老婆に、朧も似たような調子でやり返す。尤も、履物を脱いでいないのは彼女も秋桜も同じだが。
「悲しいの、弟子に嫌われるというのは」
 表情と剥離した物言いで老婆は跳躍――そのまま壁と壁を足場に跳びながら、一気に二人に肉薄してきた。接近直前、再び障子を破り少女が跳び出す。
「10NINJYAばーちゃん見っけ!!」
「何の単位ねソレは」
 交差する両者。響く金属音。弾かれたように離れ、少女は朧の前に。老婆は元の位置へ。休む間を与えず、少女――叢雲・暁(ia5363)が手裏剣を放つ。これを奇妙な動きで避ける老婆。その間に接近する秋桜。
 ふと、彼女の脳裏に蔓の話が過る。以前、蔓が使っていたシノビ。蔓達と弟弟子であった彼とその弟――そもそも名前が無かったらしい。蔓は付けると言ったのだが、不要と拒絶されたとか。本来、名前を付けてやるべきはこの師ではなかったのか、と――
 前進しながら数度の挙動を織り交ぜ、会心の間に割り込んだ拳。放った秋桜にして必中と感じさせたそれだが、背後に倒れ込むような勢いでの上体反らしにより外れた。
「どういう身体構造――?!」
「年取ると背骨が曲がっての」
 完全に反っていた身体が一瞬で元の位置に戻り、秋桜の目前に皺だらけの顔が突き出される。からかうように答えた老婆の口から、先程と同じく縫い針が吹き出された。
 含み針。嫌らしく目を狙ったそれを、老婆と同じようなやり方で間一髪避ける。尤も、後が続かない。朧の放った炎が割り込まなければ、やられていた可能性が高い。
 手を出しあぐねて妙な静寂が場に漂う。老婆の背には蔓関係者に共通する槍が背負われているが、それを手に取る様子は無い。要するにまだ本気ではないという事。
「今でなければもっと楽しみたいところなのだがの――と」
 残念そうに呟いた老婆、槍を取り見もせずに背後を払う。無音で背後から突き出された槍を弾いたのだ。
「‥‥師に対して容赦無いの」
「容赦の無い師よりはマシだと思いますけどね」
「で、出ちゃ駄目だって言いましたのに‥‥」
 蔓。その背後に諦め顔の女性、沢渡さやか(ia0078)。その三人以外、全員思った。
 やっぱり大人しくしていなかったか、と。

●詰み
 蔓か師、決着の条件。老婆が即座に反転し蔓に向かって跳んだのは当然だろう。だが、ここに至るまで終始不機嫌だった蔓も馬鹿ではない。まして、ここは彼女の屋敷。
 庇うように前に出ようとしたさやかを遮って共に外に出ると、蔓は玄関の床板に槍を突き立てる。そのまま床板を持ち上げた。そこにあったのは異様に深い穴。幅的には跳び越えられない程ではないが、着地点には蔓とさやかが居る。馬鹿正直に其方に跳ぶわけにはいかない老婆は、急停止して毒吐いた。
「玄関に罠仕掛けるかね普通‥‥」
「罠じゃなくて、緊急用の隠れ場所なのですけどね」
 どちらにせよ、玄関全体を使って穴を掘る人間など居ない。言い合う二人の間に、さやかの放った炎が噴き出す。跳び退いた老婆に向け、秋桜の流れるような打撃が見舞われる。
「愚直だの」
 これも避ける。広い屋敷とは言え廊下は長くはあっても広くはないが、その狭い空間を苦にしていない。直後、神速で肉薄した暁が懐に入り手裏剣を超至近距離で翻すが――
「――嘘ぉ?!」
 その神速すら上回る。懐に入られた瞬間、暁の肩を支点にして彼女の背後に跳んだのだ。
 飯綱落とし。一瞬で肩から腕まで極められる。拙いと感じた時には、既に脳天から床に叩き付けられていた。
「あまり派手にやるとお役人様が来てしまいますが?」
「妙にこの辺り見回りが多かったのは、主のせいか」
 朧の炎、言葉を流しつつ再び微妙な位置に陣取る老婆。完全に挟まれた状態でこの余裕。
「10NIJYAどころじゃない気がする‥‥」
「だから何ね、その怪しげな単位は」
 頭を振り立ち上がった暁の愚痴に、老婆は呆れた顔。その最中にも秋桜の拳が振るわれているのだが、先程の異様な動きで捌いている。
「な、何かもう‥‥妖怪?」
「猫みたいに、人間も無駄に生きるとああなるのかも知れません、ね!」
 老婆の異様な動きに思わず漏らしたさやかの感想、皮肉を込めてそれに答えた蔓の槍が迫るも全く当たらない。
 そして、ふと老婆の動きが止まる。
「ふむ、私の負けか――流石にこれ以上増えられるのはきついでの」
 その言葉と共に、玄関側と屋敷内に二組現れる。志郎と透子、かえでと双伍――外の決着はそういう形。
 尤も、老婆の言葉が何処まで本気なのかは誰にも分らなかったが。

●望み
「ほれ、そこ退きなね。帰るでの――弟子達はどうしてる?」
「多少怪我はしていますが、死んではいません。全員庭に転がしてありますが‥‥」
「そうかい。あやつらめ、まだ一人前には遠いの」
 蔓とさやかを押し退け、さっさと外に出る老婆。すれ違いざまに弟子達の状況を聴いて顔を顰めている。
「‥‥勝ったら私に何を命じる気だったのですか?」
「白々しい。雪乃の座を代わる事――それだけだ」
 背中での蔓の問いへの答え。それがどういう意味なのか――蔓以外には全く分らなかった。