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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「つまり、最初から全てずれていたという事です」 開拓者ギルドに蔓が顔を出した。 何時もの様に応対を任された標は思う。 言動行動共に捉え所の無い蔓だが、今にして思えばきちんとした用件がある時しか顔を合わせた覚えは無い。彼女から受けた依頼の結末を頭に浮かべ、実はこの人とことん融通の利かない人間ではないかと思った。 「少なくとも、私と雪乃のずれは物心ついた時からのようですし‥‥何でこうなったのやら、ね」 親類縁者の暴走から始まった、蔓の妹である雪乃の不可解な一連の行動。師までも乗闖oしてきたそれらに、漸く得心がいったと彼女は語る。 「最初は間違いなく親戚連中が暴走しただけ。その後に両親を殺し、行方をくらましつつその暴走原因を排除したのも見たままの行動でしょう」 「それですと、その後にお師匠さんが手を出してきた理由が分らないのですが。あの人も暴走したという事ですか?」 「いえ、直接頼まれたわけではないでしょうが、雪乃の意図を汲んで動いたのでしょうね。まあ、これは置いておくとして‥‥例の葬儀の時、最後に私が言われた言葉は報告を受けてますか?」 逆に問われ、標は首を捻る。報告書を見直さないと詳細は分らないが、確か「手出し無用」的な事だったような。 「ええ、それで大体合ってます。状況的には額面通りですが、本来の意味は逆。手を出させたかったのでしょう」 「‥‥何でまた? 手を出して欲しいなら余計な事を言わなければ良いでは?」 「普通の人相手ならね。 自分で言うのもなんですが、私天の邪鬼でして。駄目と言われる程に突っ込みたくなるのですよ」 だが、実際は蔓は手出しを止めてしまった。 「私としては雪乃がそこまで当主として覚悟が出来たのなら良いと放置したのですけど‥‥実際は真逆だったようです」 「逆‥‥?」 「あの子としてはね、私に当主を押し付けたいみたいです。私が親戚連中に手を出していれば、その理由付けも機会も幾らでも捻り出せるでしょう。だけど、私は手出しを止めてしまった――親戚連中を黙らせてしまった以上、雪乃にはそれ以上の策は無い。だから師が出てきた」 ――何と言うか、稚拙である。もう少しまともなやり方は無かったのか。 「でも、お師匠さん勝負に負けたんですからもう手詰まりでは?」 「アレは極端な話、何時までも無視していると暗殺するぞ、という警告ですから。結果はどうでも良かったのですよ、あの人にとっては」 「‥‥それで根本的な疑問なんですが‥‥妹さんは何故そこまでして?」 当主である事が嫌になった、というだけなら分る。だが、その為だけにこれだけ妙な行動を繰り返す意味が分らない。蔓の言動行動を見る限り、妹には相当甘い。きちんと相談すれば形振り構わず動きそうなものだが。 「簡単に言ってしまえば、嫌がらせ、ですかね」 「すいません、本気で意味が分りません‥‥」 「物心付いた時から、雪乃は常に私の後ろに居ました。人格を除いたあらゆる面でね。私もこういう人間ですから、あの子がそれをどう思っていたかを想像したのは国を出る直前‥‥遅すぎですね。 それでまあ‥‥家立ち上げと当主騒動の時に良い機会だと思ってあの子に全部譲ったのですよ」 「前に、面倒だから全部投げた的な事を言っていませんでしたか?」 「それもありましたよ、勿論。何にせよ、それで雪乃は最後に私に勝ったという形を与えたかと思ったのですが」 ――あちらはそう思わなかった。寧ろ、蔓の意図に気付いて劣等感が増しただけだった、と。 確かにこれは最初からずれている、と標は思う。 雪乃の劣等感はごくごく普通のもの。別に珍しくもなく、時間の経過と共に忘れていく類のものだ。 だが、それを良しとしなかった蔓は最悪の形で気使いを見せてしまった。 結果、雪乃の劣等感は払拭出来ないものになってしまった。 「つまり、嫌がらせと言うのは、貴方の忌避した当主の座に座らざるをえない状況を作り、なおかつ座らせる事?」 「ええ。あの子も最初はそんな気は無かったのでしょうけど‥‥あの時証拠隠滅したのも拙かったですね。これがどうも、決定的になったみたいです」 「でもそれ、隠滅すら隠蔽したのでは?」 「やり過ぎたんですよ。雪乃が後で自分で調べて気付いたのでしょう、そんな事をする奴は一人しかいないって」 苦笑する蔓。それを見て、標はこの人に会うのも最後かと直感―― 「それで、貴方はどうするのです?」 「――雪乃を潰します。望みを叶えてやろうかと」 同じ頃―― 「姉さんから手紙がきました」 陰殻にて、蔓と同じ血を分けた真逆の女性が、師と部下の二人を呼び寄せていた。 「あやつから手紙の。何と書かれていた?」 「これから行くから首洗って待ってろ――だそうです」 師の問いに雪乃は笑う。これで漸く終わる、と妙に晴れやかな表情だ。 「ふん――では、私は好き勝手にやらせてもらおうかの」 「? いえ、手出しはせずとも‥‥」 「好き勝手と言うたろう。蔓の連れて来る連中は手ごたえがありそうでの。この前のように、制限付きでない状況で戦ってみたい。安心せい、蔓には手を出さぬから」 何時の様に妖怪じみた笑みを見せ、そのまま師は何処かへ消えていった。 「貴方は? 先に釘を刺しておきますが‥‥邪魔をする気は無いですよね?」 今度は部下へ。この男は、姉から此方に移った人物だ。雪乃の企みを、理解しつつも快く思っていない可能性は高い。 「‥‥ここまできて邪魔をする気はありません。ただ、恐らくお師匠様だけでは開拓者を止めきれないでしょう。ならば、その残った者達は此方でお相手致します。ここに至るのは、蔓様一人」 ――未だに分らない。この男の弟が死んだのは、紛れも無く雪乃に責任の一端がある。それを知っても、与するようになったのは何故なのか? 勿論、尋ねたところで答えなど無いのは分り切っていたが。 |
■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078)
20歳・女・巫
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
雲母(ia6295)
20歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●発露 「四人か。少ないの」 開拓者を眺める老女。当事者姉妹の師。隙がまるで無い。蔓を始めとする五人を屋敷に入れる為の先制攻撃は、悉く空を切った。 「成程‥‥強いな。見えない程ではないが」 次の矢を番えながら、雲母(ia6295)の感想。事実、補足出来ない程ではない。ただ無駄が無い。全て最小限。身体能力で言えば雲母らの方が上だろうが、技量の桁が違う。 菊池 志郎(ia5584)の手裏剣が飛ぶ。加速した上、走りながらの投擲。補足し辛いそれを、老女は上半身を反らし避ける。その投擲の後を糾弾が追ってきた。 「仮にも貴方はあの二人の導き役でしょう。こうなる前に手を打てなかったのですか?!」 「手を打つ? 雪乃の感情は当然のものであろ?」 老女の表情が変わる。妖怪じみた笑顔から無表情へ。そして発露。緩慢とも言えた動きが一気に加速。槍を一閃。 「‥‥漸く本気になってくれたようだな。それでなくては依頼を受けた意味が無い」 槍を受け止め、柳生 右京(ia0970)が薄く笑う。受け止めた衝撃は本物。弾き、切り返す。弧を描く切っ先は老女の左手に硬い音を立てて弾かれた。袖に何かを仕込んでいるらしい。 糾弾を続けようとした志郎だが、老女の切り替わった表情を見て口を噤む。代わりに未だ衰えぬ加速を纏って跳び込んだ。 志郎の斬撃。先程まで躱していたが今度は踏み込んできた。刀を持つ腕にぬるりと老女の腕が絡みつく。蛇めいたそれに志郎が顔を顰めた時には、そこを支点にして老女の身体が宙に。直前、右京の刀がその場所を裂く。未だ反転する小さな身体に雲母の矢が一直線に迫る。 「主の台詞だの‥‥見えない程ではないな」 浮いた姿勢のまま蹴り。矢を撃墜した老女は、続き右京の肩口に槍の尻を叩き付け、その勢いで身を離しつつ着地。 「これはまた‥‥跳び回るのは変わらないのですね」 八嶋 双伍(ia2195)は唸る。前回双伍はその場に居たのだが、あの時の戦い方はあらゆる場所を地面にする異様なもの。この場所でも全く衰えない。 「そこの眼鏡。混ざれ。出し惜しみして勝てる程、私はぬるくないでの」 きっちり双伍の方まで把握していた様子。双伍は隙を伺っていただけだが、あの状況で補足されているなら分り易い隙など見せまい。 「‥‥では、僕も混ぜてもらうとしますか」 溜息一つ。鎌、符、それぞれ携える。 ――先の戦い、一つの攻撃も当たらなかった。そして今度は相手が本気。分が悪すぎる。だが、退くわけにはいかなかった。 ●真意 馬鹿正直な不意打ち。 いや、不意打ちの時点で正直ではないが、名無しのそれはあからさま過ぎた。 畳の下に潜み、通り過ぎた所に出て背後から急襲。捻りも何も無いそれは、最初から警戒していた叢雲・暁(ia5363)と鈴木 透子(ia5664)の二人によってあっさり遮られた。 「行かれよ、蔓様」 「‥‥保護者同伴は?」 「構わぬ。立場上、何人かは置いていってもらうが」 蔓の表情が動く。彼女はそこだけは止められると思っていたし、他の四人も一緒だ。 「袋叩きにするかもしれませんよ?」 「過程は問わぬ。貴方が勝てばそれで良し」 「殺すかも知れないのに?」 「貴方には出来ぬ」 嘗ての主従の妙な会話。蔓は肩を竦め沢渡さやか(ia0078)と秋桜(ia2482)を促し、暁と透子に名無しの相手を任せる。そこに、透子の問いが刺さった。 「妹さんが親戚の方に報復を受けそうだったら、どうします?」 親戚は沈黙したらしいが、蔓が雪乃を見逃したとして権力を失えば報復の可能性がある。ただ、透子の問いはその事そのものでなく、蔓の答に意味を求めたもの。 「『妹』は死にますよ」 常の調子がまるで無い様で蔓。言葉だけなら妹を殺すと言っているだけだが、これは違う。透子は蔓の瞳に己のそれを合わせ、先を促した。 「人間の死、種類。肉体、精神――共同体からの断絶。例えば、『何処の誰でも無くなった』とか、ね」 相も変らぬ捻くれた返答。だが、意味は読み取れた。 「それから、ソレも出来れば生かしておいて下さい。やってもらう事がありますし」 最後にそう付け加え、蔓はさやかと秋桜と共に奥に進んで行った。 「んー、何か僕と同じような事考えてる? あの人?」 暁が首を捻る。彼女の考えというのは『雪乃を開拓者として外貨獲得と国外情報収集報告の任に就ける』という、蔓との立場交換。当たらずとも遠からずだろう。 「これは貴方の狙い通り?」 透子は名無しに問いを投げた。この男の立ち位置、ここに至っても未だ理解出来ない。 「今はな。最初は弟の代わりで雪乃様に仕えたが、直に気付いた。あの人は、当主など似合わぬ方だ」 初めて、名無しの口調に苦笑らしきものが混じった。 「要するに、雪乃さんを家から解放したかっただけ?」 それだけの為? 最初から、蔓に相談すれば良いだけの話だろう。 「それでは雪乃様が満たされぬ。一矢報いさせてやらねば」 名無しの雪乃に対する感情が忠誠か思慕かはともかく、動機は分った。が―― 「シノビは付き合い難いと聴かされていましたが‥‥確かにその通りですね」 ――気に喰わない。誰が良いとか悪いとかではなく、状況そのものが気に喰わない。 符を抜き出した透子に合わせ、名無しも構える。一方で暁はまだ首を傾げていた。 「それって、僕も入ってる?」 「‥‥別に、全部とは言っていません」 「成程。僕もまだ訊きたい事あるけど、ま、いいや。それじゃ、いくよ」 明るく言い放った暁が名無しの懐に飛び込む。相手の武器が槍である以上、距離を取るのは上手くない。外の老女であればその常識も怪しいが、この男相手なら十分通用するだろう。 迫るNINJYAを、忍が迎え撃った。 腹が違うと思うほど似ていない。 待っていた雪乃と蔓を改めて見比べ、さやかと秋桜はそんな感想を抱いた。 「遺言、訊きますが?」 「‥‥姉さんは今後一生、大嫌いな政治権威に塗れてて」 会話終了。両者、槍を構える。同派の筈だがその構えは全く異なる。雪乃の構えは師と同様低い。対して蔓は直立。雪乃達の槍は五尺以上あるのに対し、蔓の槍は三尺もない。武器にまで蔓の異物ぶりが表れている。 秋桜とさやかは顔を見合わせる。これで良いのかと思うのだが、止めた所で解決にならない。透子に対しての蔓の答、恐らくは『叩きのめした後に社会的に殺して放逐』という意味だろう。それを考えれば最悪の状況にはならないだろうが。 畳の上を滑る様に雪乃が迫る。蔓の槍が迎撃に動くが、直線的なそれを蛇のように掻い潜り雪乃が槍から腕へと絡み付く。関節狙い――が、小柄な身体が浮く。 「進歩が見えない」 腕に絡み付いたままの妹を持ち上げた蔓は評し、力任せに投げ捨てた。 頭から障子に激突して派手な音と共に床に落ちる雪乃。ゆらりと立ち上がる。 「‥‥ずうっと前に居てくれると思ってた。何で退いたの。何で私を憐れんだの。そんなの要らない。周りなんか気にしなかった人が、半端にそんな事するなぁっ!!」 まるで置いて行かれた子供。 それが、雪乃の剥き出しになった姿だった。 ●蛇 見えてはいる。だが、当たらない避けられない。 この老女、身体構造を逸脱しかけている。音も無く地面を滑ったと思えば、あらゆる場所をから跳び掛り絡み付く。攻めれば異常な柔軟性で躱す。先に志郎が蛇を連想したのも比喩として正しい。 「化物が‥‥!!」 雲母は老女を評す。本気の証として煙管はその口元に無い。弓は収められ、代わりに騎兵槍。前衛が機能しない。平然と後衛の方に跳んでくる。これでは弓の意味を成さないと切り替えたが、そもそも騎兵槍は槍本来の良さを捨て突撃特化させたもの。老女の接近を防ぐ程度には使えるが、反撃など不可能。 志郎の手裏剣が至近距離で走る。老女を牽制する志郎の意図には叶っているが、決定打が無い。身体機能を向上させ加速しているにも関わらず、投擲間を縫われる事もあった。 「前回も命令ではなく、説明をして同意を求めるのが筋だったのでは!?」 珍しく志郎が激している。それは目の前の老女だけでなく、当事者全員に向けられたもの。全員、言葉が全く足りていない。 「文句は蔓に言え。私は雪乃が満足し、ついでに強い奴を食えればそれで良いのだよ」 返答と共に脇腹を裂かれた。聞かず話さず押し通す、それが問題だと言っているのが何故分らない? 「最後は良い――但し、他は価値無しだ!!」 踏み込み深く、右京。この相手、当てなければ話にならない。それを意識。通じているのだろう。老女が最も注視しているのは右京。その分反撃を貰う回数も最多。回避は諦め受けに集中するが、身体の各所、裂傷刺傷打撲多々。一度など、喉を貫通されかけた。 勿論防戦一方ではない。老女とて出血箇所は多数だが怯まない。 「流石に強い‥‥!!」 双伍の符術は常に無い数が放たれている。癒、縛、斬、用意した全て。膠着しているのも、それあってこそ。 戦いは大きく移動しながら。最初は玄関付近、既に庭を半周。相手が一人、そして殺傷力は高くないのが救い。だが、このままでは崩れるのも時間の問題。 「ならば――」 踏み込みを止め、刀を上段に据える右京。勿論、止まった相手を見逃す程老女は甘くなく迫る。それを見据え、集中。危険域にまで踏み込まれた瞬間、発露。 振り下ろされる切っ先。滑る老女。結果は今までと同じく――に見えた直後。 「何と?!!」 加速した。見ようによっては伸びたようにも。大太刀が老女の肩口を捉え、真下まで深く抉る。吹き上がる血。老女はそれを横目で笑いつつ、右京の腕を取って背に。 「出し惜しみはいかんの」 老女の倍近い右京の身体が浮き上がる。反転、激突――飯綱落とし。 外れたか折れたか、嫌な音。すぐさま跳び退いた老女に三種の攻撃が降り注ぐが、蛇は未だ健在だった。 ●決着 兜割と槍が激突。腕力で名無し技量で暁。滑らせ払いのけた暁は名無しの腹部を払う。 鮮血。だがまだ、そう主張する様に踏み込んで来る。それを阻むように、透子の放った影が彼を削った。 外の老女の様な名無しの闘法。だが、体格がそれを成すには全く向いていない。 「もう退きなさい! 貴方では勝てない!」 透子の降伏勧告。言われた名無しも分っているのだろう。呼気に苦笑が混じった。 「雪乃様が負けるまで止まらぬ。主より先に倒れるなど間抜けだ」 手裏剣を放つ。透子に投げられたものだが、それ以前に横入りした暁に弾かれる。 「今の時点でもう間抜けだよ!」 暁、虚動と共に兜割を振るう。凌ぐも槍に罅。そして息も荒い。 「‥‥暁さん。廊下」 「そうだねー。出来れば生かしといてって言われたし」 短く交わした会話。頷いた互い、障子を破り廊下に跳び出す。普段であれば名無しも乗らなかったのだろうが、今は正常な判断が出来る状態ではない。追って跳び出した彼の眼が透子を捉える。 (この娘を先に‥‥) それ自体は間違っていない。但し、彼女が何故前面に出たのかを考慮出来なかった時点で彼の負けは確定した。 「残念ですけど‥‥」 突如、名無しの前後に白い壁。透子の結界符――直後、消失。一気に晴れた視界には透子と入れ替り跳び出した暁の姿が大写し。 「もう寝てろ」 兜割一閃。槍の罅を正確に叩き、粉砕。切り返し腹、膝を柄で殴打。崩れた所に、首筋に渾身の打ち下ろし。 ――それで名無しは落ちた。 顔を避けたのは、蔓の妹への気遣いか。 最初はともかく、直ぐに戦いと呼べるものでなくなった。只管雪乃が挑み、蔓が潰す。体力が尽き雪乃が膝を着いて終わり。さやかと秋桜が口や手を挟む暇も無い。 「気は済みました?」 「このまま私を殺して‥‥姉さんが当主になれば、ね‥‥」 ――説明面倒だから気絶するまで殴ろうか。蔓の考えているの事が分ったのか、秋桜がその袖を掴んで止める。 「もう終わっています。これ以上は無しですわ」 「説明面倒なのです」 「そういう事を仰っているから、ここまでなるのでしょう」 止められて唇を尖らせた蔓に秋桜、嘆息。気を取り直し、呼吸を整えている雪乃に目を向けた。 「失礼ですが一つだけ。貴方方姉妹を争わせて得をする方は?」 「‥‥何言っているか分らないけど、そんなの居ないと思う」 秋桜の疑念、第三者の介入。末席とは言えシノビの家だ。そこの内紛を煽っている人間が居る可能性を考えたが‥‥ 「それは私が後で再調査します」 蔓は秋桜の疑念が通じようだ。彼女がそう言うのであれば、それ以上の危惧は自分の領域でないと引き下がった。 「さて‥‥『雪乃』は今をもって死にました。ここに居る貴方は、もう何処の誰でもない。勿論この家にも無関係。後は好きになさいな」 「ちょ‥‥何それ。また仕掛けられるとか思わないわけ?!」 「お好きにどうぞ。ついでにあの名無しもおまけします。それから、『雪乃』を名乗ったら場合には刺客を出しますから」 但し、一度国からは出てもらう。言いたい事だけ言うと、蔓は戦いを止める為に出て行ってしまった。 「鍛錬を欠かさず、蔓さんを超えたと思えるように‥‥そういう事では? 家を任せたのも、貴方が相応しいと無意識に悟った‥‥と、私は思いますが」 全部ではないだろうが、そういう面もあるだろう。さやかを見上げた雪乃、毒気を抜かれたような表情。 「あ、は――そうか。姉さん、私より馬鹿だったんだ」 ●名無しの二人 表の戦いの顛末は酷いものだった。老女の勝利で終わるかに見えたが、老体に限界が来たのか、いきなり彼女の精度が落ちた。受ける事に専念していた四人は満身創痍――結果、そこから先は只の潰し合い。 蔓と後を追ったさやかが外に出た頃には、玄関から庭まで壊滅状態。五人の身体は血袋状態。その場で直ぐにさやかが治癒術を展開。相当の消耗を強いたものの、どうにか死亡者無しで終わる事が出来た。 ただ、そんな状態で即日動けるわけも無く、数日屋敷に止める羽目に。ついでに、雪乃達の放逐も伸びてしまった。 後日、神楽の都。 開拓者達に連れられた名無しの二人は、とある屋敷の前に立っていた。 「どこかで聞いた住所と思ったら‥‥」 元蔓の屋敷。国を出る際、彼女から「落ち着くまでここに住みなさい」と渡された紙に書かれていた場所。それがそこだった。 「やっぱり付き合い難い‥‥」 とことん捻た蔓を思い出し、透子は苦笑い。 「誰も亡くならずに済んだのは宜しいのですが、お二人はこれから?」 秋桜が複雑な表情の二人組に尋ねる。両者、答えず屋敷を見上げるのみ。続けて、さやか尋ねる。 「まだ、蔓さんを?」 実は彼女、姉妹が本当に殺し合いを始めた時には、自分が死のうとも割って入るつもりだった。それを思うと、今後が不安でならない。 「とりあえず、私と彼の名前を考える所から始めます‥‥」 姉が二度と戻らない屋敷を見上げ、妹が出した答は微々たる一歩だった。 |