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■オープニング本文 『天からの使い』と言われ、連想するものは何だろう。 はっきり言えば人それぞれなのだろうが、大多数の者はそれなりに神聖なものを連想するだろう。 妙な噂が神楽の都に広がっていた。 曰く、『天からの使いが、争いの無い世界へ連れて行ってくれる』。 ――コレを聴いて、首を傾げるなり噴き出すなりした人は正常。問題は、これを真に受ける。或いは多少でも興味を引かれてしまう人である。 基本的には少数なのだが、徐々に大きくなっていくアヤカシの脅威という背景が、これにしがみ付く人間を増加させていた。そして、これが只の噂で終わっていれば問題無かったのだが、困った事に『行った人間が帰ってこない』という事実が、噂に信憑性を与えてしまっている。 更に、年末年始。神頼みの機会が多くなり、中途半端な信仰心が高まる時期である。 噂で語られているのはそれだけではなく、具体的に場所まで語られている。神楽の都から北、丁度、石鏡と武天の境目の辺りか。その辺りにある、小さな村に『使い』は訪れるらしい。 さて、先に二種類の人間が居るような事を述べたが、実際にはもっと違う反応をする者も居る。 本人達には失礼かもしれないが、『人間』と呼んでいいのか怪しい者。要するに開拓者。 その開拓者達を統括する開拓者ギルドに、そこへ行って戻ってこない者達の親類縁者達がお金を持ち寄り、一つの依頼をしてきた。 『行った人を連れ戻して欲しい。その使いというのが危険なモノであれば、倒して欲しい』 ギルドとしても噂は耳に入れていた。 情報が無さ過ぎては開拓者達が困るだけ、という事で調査を出したわけだが――現地に行った調査員二人が見たものは、山間の小さな村に溢れ返る人人ひと‥‥そして、夜になっても眠る気配の無い彼らの頭上に現れたのは、薄絹を纏い純白の翼を持った幼い少年の姿をしたモノが四人。全員、同じ顔をしている。 彼らは暫く眼下の人々を眺めた後、それぞれ一人づつ抱え上げ何処かへ飛び立っていった。 流石に山の中、空を自由に飛ぶものを追い掛けるわけにもいかない。 アレらが何であるかははっきりしないが、少なくとも真っ当な相手ではない事は確か。 翌日になり、二人の調査員は山中を捜索――だが、少年達も連れられた人々も見付からない。これ以上の調査は無理か、と諦めかけた時、二人の頭上に影が差した。 そこに居たのは、昨夜見た少年達の一人。次の瞬間、調査員の一人はソレに抱え上げられていた。 抵抗するが、その力は尋常ではない。徐々に見えなくなっていくその姿。 ――後日、開拓者ギルドに竜使用許可が付随された、空飛ぶ少年達への討伐依頼が張り出された。 |
■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078)
20歳・女・巫
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
シエラ・ダグラス(ia4429)
20歳・女・砂
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●破るべき初夢 逃避願望というのは、人間であれば誰でも持ち合わせるもの。 肉体の疲労ではなく、精神の疲弊により壊れない為の防衛本能とも呼べるものであり特別なものではない。 ただ、物には限度があるという言葉通り、これはあくまで願望である内は健全であるが実行に移してしまった時点で醜悪極まりないものに成り下がる。 そういった意味において、天に落とす使いとそれに縋る人々、どちらに責があるのかは分らない。とはいえ―― 「新年早々縁起が良いんだか悪いんだか知らねえが――」 「――初夢程度なら上等だが、延々見続けているとなれば覚ましてやるべきだな」 討伐を請われたならば、果たすまで。それが開拓者の義務。そもそも、相手は存在自体が人間の敵。善悪ではなく、最初からそういうもの。ならば、責をどちらに置くかという問題ではなく、純粋な生存競争として敵を排除する事に何の問題も無い。 酒々井 統真(ia0893)と鷲尾天斗(ia0371)の言葉は、そういうモノのカタチ。 「何かに縋りたい気持ちは分りますけど‥‥アレほど集まっているとは」 無論、共感が無いわけでもない。相川・勝一(ia0675)の言葉は当然であり、肉体的には逸脱しても彼らが人間である事の証明でもある。 そして、呆れるような同情するような微妙な表情を浮かべている者も。 「現れる時間を尋ねてみましたが、どうも一定しないみたいですね。だからこそ、あの人達は昼夜問わず屯しているのでしょうけど」 降りた村で『使い』が現れる時間帯を尋ねた鈴木 透子(ia5664)。結局地道あるのみという結論を得る共に、村長の奇妙な様子を思い出していた。別に邪険にされたわけではない。寧ろ、丁寧な対応だったのだが――強いて言うなら違和感。漠然としたものではあるのだが。 「ギルドの資料ですと、飛来する方向と帰る方向は常に一定みたいですね。これがアヤカシだと考えて、何処かに住処があるんですかね?」 ギルドから提供された資料を覗き込み、伊崎 紫音(ia1138)は首を傾げる。そういう仕草をすると、只でさえ少女然とした容姿が尚際立っているのだが、自覚があるかどうか。 「どうでしょう‥‥アヤカシが定住するかなど分りませんが――どちらにせよ、人の弱い心を利用するというのは、許せませんね」 紫音の言葉を受け、今回の依頼に対する切り札たる龍の首筋を撫でながら、佐久間 一(ia0503)は答える。 ――彼の言葉に一つの真理。『人の弱い心を利用』。アヤカシにもそういう行動を好むモノも居る。だが、そういったアヤカシは極力己の存在を匂わさない。対して、今回は相手の存在が丸見えどころか、広める真似すらしている。賢いとは言い難い。 果たして、使いは本当に『人の弱い心を利用』しているのだろうか? いや、結果だけを見れば利用しているのだろうが‥‥果たして、それは『誰』? ――突き詰めて言うなら、余りに具体的過ぎる噂を広めたのは『誰』? 「‥‥でも、あの方々‥‥本当に『使い』を信じているんですね」 これは、複雑そうな表情を浮かべた沢渡さやか(ia0078)の実感。アヤカシに魅了されているという事も考え人々を観察した彼女だが、結果は否。健全な精神において救いを求めている、という救いようの無い事実が認識出来ただけだった。 「どれほど辛くても、自分の足で歩いて行くしかないですのに‥‥」 『天からの使い』を恐らく最も正確に認識出来るのは彼女、シエラ・ダグラス(ia4429)。生まれ育ちがジルベリアである彼女は、そういった概念に比較的近い。尤も、認識出来るというだけでそれ以上にはなりはしないが。 別段、そういう概念に心を馳せる事自体は、シエラも否定しない。だが、非現実であるが故に心を馳せる意味があるのであって、現実になってしまえば害悪。彼女の言葉はそういう事――戦火の中を駆け、今の場所に逃げて来たという過去も影響しているかも知れない。 「ま、胡散臭えのは皆共通だろうけどよ。 どうする、流石にあの連中の真上で戦うわけにもいかねえだろ。調査員がやられた辺りを中心に探すか?」 新年早々辛気臭い空気は御免だ、とばかりに話を切り替える統真。 山一帯の空が全て捜索範囲、地道にとは言え限度がある。考えられた案は、四組に分けた上で更に高度の調整。相手が何処までの高さまで登れるか分らない以上、これが最善だ。そして、ひと組毎に餌と罠を分ける。 ――空は人の領域では非ず、ならば踏み込む事そのものが死地に向かうに等しい。これから、彼らが踏み込むのはそういう場所である。 ●策敵 当たり前の事だが、人は空を飛べない。その空まで開拓者を連れて行ってくれるもの、それが彼らが今跨る龍である。 語感の問題だが、『竜』と『龍』二つの同読みの言葉がある。当てられているのは後者だが、その容姿ははっきり言って前者の方が近い。要は、翼を持った蜥蜴。 ただ、どう見えようが開拓者達にとっては重要なモノ。考えようによっては友とも呼べるものだ。 それが今、新年の空に八つ舞っている。 晴天、視界良好、微風、眼下には自然あふれる山々――空を飛ぶのに憧れる者にとっては羨望の条件だが、実際に飛んでいる者からすると実は余り良いものではない。寒いのだ。幾ら晴れていようが真冬の高地上空、地上では微風に感じたものの上空に出てみれば充分に強風。晴天なのが救いだろう。 そして上空域。 「手綱の状態は問題無し‥‥落ちたら終わりですし。それにしても寒いですね」 自身の龍、茜姫の手綱の状態を確認しながら呟いた一は、やや先行しているシエラに目をやる。 「寒い、ですか? 私は余りそう思わないのですけど」 我慢しているわけではなく、シエラは素。彼女の生まれ育ったジルベリアは極寒の地、それに比べればこの程度。勿論、幾ら慣れていても体温を奪われていくのは変わりなく、シエラもそこは分っている。そして、龍の首筋を撫でる彼女。 「パティ、敵が来たらお願いね」 餅は餅屋と言うわけではないが、空中戦は相棒を信頼し任せる。言われたパティ――パトリシアは理解したのか、喉の奥で低い唸り声を上げると翼を一度大きくはためかせる。 「‥‥どちらにしても、長時間は無理ですね。あちらから接触して来てくれれば御の字なのですが」 このままでは龍はともかく、彼らの身がもたない。一の駆る茜色の龍は、頷いたのか或いは不満なのか高く啼いた。 その二騎からやや離れた位置。 「焦るなよ、火之迦具土‥‥人外野郎が来たら存分に暴れさせてやるから」 天斗の駆る龍――『燃えるモノの匂いを漂わす火の神』の名を冠したそれは、先走る傾向がある。既に戦闘状態に入りかねない勢いを感じて天斗も苦笑。彼自身とて抑えているので、ある意味では似た者同士と言ったところか。 「風の強さは悪くありませんが、加速した場合あたし達や縄が耐えられるかどうか分りませんね、これ」 一方で、透子の龍である蝉丸はどちらかと言えば平静――と言うより、気が抜けているように見える。但し、当人は気を張っている方であり、当人の気質によるものだろう。出会った当初からそうだが、基本的に絡め手を好む質であって、そういう意味でも火之迦具土とは対照的と言える。 多少の高度、寒さ、風――龍は頓着しなくとも騎乗者はそうもいかない。戦闘になれば条件は更に悪化する。落ちれば即死の状況で当然ながら命綱を繋いではいるが、どこまで綱がもつのか怪しい所である。 中空域。一行の中で、最も大人しい組み合わせ。 「や、やっぱり高いなあ‥‥落ちないように気を付けないと‥‥」 当人は怯えているつもりは無いのだろうが、口調がどうしてもそう感じさせる。そういう勝一からして不釣り合いとも思える騎龍の豪炎、今か今かと牙を剥いて唸っている。この辺り炎龍の獰猛性たる所以だが、実は乗っている当人も懐に仮面を忍ばせ待ち望んでいる節がある。 「村で伺った方角からしてこの方向で正しいとは思いますが‥‥迂回して現れているという事が無いように祈りたいですね」 やや先行、さやかは視界を注視しつつ悪い方向に転がらないよう願う。 穏やかな女性であるさやか。跨る龍が体躯に優れた甲龍という事もあり、妙な印象を受ける。尤も、他者の為に己の身を省みず怪我をする事も多い彼女。その面を考えるならば、騎龍であるカブトとは好相性とも言える。 「‥‥あれ?」 そして、さやかの目が何かを捉えた。流石に影のようにしか見えないが、二つの人型――そして翼の様なもの。近付くでも遠のくでもなく―― 「此方を確認している?」 勝一も気付く。視界は良好、その条件はあちらも同じ。そして、目立つという点では此方の方が遥かに上。勿論、見付けてもらった方が此方としては好都合なのだが、観察されているというのは好ましくない。 とは言え、怪しい姿を捉えた以上、彼らとしてもこのまま接触するしかないのだが。 同じく、中空域。 「さやかと勝一が加速したな――見付けたか?」 空域同じく、先行していたお陰で統真が其方の動きにいち早く気付いた。同時に、騎龍である鎗真が一声吠える。猛々しいものではなく寧ろ穏やか。手綱の動きから背中の統真の挙動を察知して、それを制したようだ。 「‥‥落ち着けって? 分ってるって」 統真、苦笑。龍に諌められる開拓者というのも珍しい。 これが地上であればともかく、場所が場所である。下手に範囲を狭めれば、その分敵に逃げる機会を与えかねない。 「統真さん、どうします? ボクらも合流しますか?」 後方から紫音の声。彼の乗る紫は炎龍であるが、仲間と合流した当初から挙動が怪しい。紫音曰く、どうも臆病らしいが――戦闘は平気なのか、皆に心配されたのは言うまでもない。 「最終的には合流だろうが、徐々に狭めてかねぇと相手の挙動によっちゃ嵌るからな。もう少し見ようぜ」 「そうですか‥‥紫、もう少ししたら敵と戦うかもしれない。その時は任せます」 ●天戦、二つ 天からの使い。 そう呼ばれているソレは、間近で見れば確かにそう呼ばれるに相応しい姿であった。 五歳前後の少年と言ったところ。二つ並んだ顔は整っているが、完全な一致を見せ、個体としての意味を成していない。何処から手に入れたのか、薄絹を纏い白鳥の様な翼を備えたその姿は美しい。 だが、醜い。 従来のアヤカシの様に敵意を剥き出しにするわけでもなく、無表情に視界に入った二騎を観察するような視線。それでもひしひしと感じる悪意――恐らく、無表情は『元々そういうカタチしか取れないもの』であり、そもそも顔としての機能があるかも怪しい。 さやかが身構えた瞬間、二つの天使が一直線に騎乗者に向かって直進してきた。 速い。目で追えない程ではないが、挙動無しの直進。手綱を引きカブトを旋回させ離脱――向き直った瞬間、既に相手は目前まで迫っていた。慌てて避けるが、僅かに遅い。頬に走る痛みと、宙に飛ぶ鮮血。 更にもう一人、追随。コレは避けれない――そうさやかが自覚した直後、猛烈な勢いと共に深紅の龍が突撃してきた。 「はハッ――見付けたぞ、紛い物が!!」 ソレ――豪炎を駆る勝一。目元を覆う怪しげな仮面を付け豹変した少年が、高笑いと共に突貫。振るわれた龍爪は白い翼を僅かに散らしたのみだが、それで充分。 「勝一さん、後ろ!!」 騎乗者によって制御される龍と、自身のみで飛ぶ天使――どちらが飛行能力に長けるかは、言うまでも無い。さやかの頬を裂いた天使は、そのまま大きく旋回して勝一の背後に回り込んでいた。 「生意気!!」 肩の辺りを抉られる。合わせて振るった刀は空しく外れ、勢い余って落ちそうになるのを何とか堪える。 「アヤカシかはともかく‥‥敵には違いないですよね、これ」 「見ての通りだろう――しかしこいつら‥‥」 さやかの確認に応えた勝一は唸る。機動性も厄介だが、徹底的に騎乗者を狙ってくる――彼らの知能から来ているのか、単に人を襲うアヤカシの本質から来ているのかは分らないが、始末に悪い事には変わりない。 そして、互いに口には出さないがもう一つ気になる点がある。報告されている天使の数は四、目の前には二。4−2=2。さあ、後二つは何処? 単純な話である。 「ハ――舐めた真似しやがって、人外が! とっとと俺の糧になりやがれ!!」 そこより上空。天斗と透子も同じく二つの天使と交戦を開始していたのだから。 初手は成功していたと言えるだろう。遭遇直後、餌となる透子が背後を取らせ、それに対して天斗が一気に仕掛ける。合理的ではある。だが、これに関しては問題がある。 どう足掻いても、一つしか狙えないのだ。 勿論、一つは火之迦具土の効果の勢いを込めた爪により深い傷を負った。ここまでは良い。だが、放置したもう一つが仲間を助けるわけでもなく天斗の脇腹の肉を持って行った。 天斗の咆哮は、それに対する怒り。 「予想以上に速い――!!」 符を携え、透子は唇を噛む。初手とて、背中は見せたが人魂により別の目を得ていた。だが、そこまでしておいても相手を捉えきれなかった。 この天使、恐らく頭は余り良くない。攻撃は突撃一辺倒であるし、特殊な力を使ってくる様子も無い。だが、とにかく速い。そして小回りも利く。旋回、急停止からの方向転換何でもござれ。始末の悪い事に、頭で考えてそういった行動をしているわけではなくその場その場の状況に合わせ、本能で動いているのだ。これでは予測のしようが無い。 火之迦具土が吠える。騎乗者同様、彼も高揚しているのだろう。だが、その顎は全く届かない。致命的な隙を晒す事も幾度かあったが。天使が騎乗者のみを徹底的に狙っている事で彼は救われていた。 「‥‥援護は期待出来て二人、ですか」 相手を誘い込むような蝉丸の動きに合わせつつ、透子は呟く。恐らく、他の空域でも残り二つによる戦闘が始まっているだろうから。 だが、と透子は思う。先程天使の頭は良くないと判断した。だが、二手に分かれるという手段を取られた――これはどういう事だろう? 天使側の事情をぶっちゃけてしまえば、何の事は無い。ただ単に視界に複数の餌が見えたから二手に分けれた――ただそれだけの事。 蝉丸の挙動に誘われたか、天使が一つ突撃してくる。迎撃に符を放とうとする透子だったが、いきなり敵が視界から消えた――直後、真上から首筋を裂かれる。 基本的に術の類は必中――だが、術者の視界に入っていなければその基本は意味を成さない。この場は全方位が戦闘域――正面しか捉えられない人の視界では限界がある。 「ちょろちょろするな、人外野郎!!」 天斗の苛立ちを含んだ叫びが耳に入る。言葉使いはともかく、透子も同じ事を言ってやりたかった。 ●地に還れ、天の者 茜色の龍が駆け、それを駆る一の炎を纏う槍が鋭く振り抜かれる。人中は逃したが、短い天使の足が一本落とされる。が、痛みを感じていないのか、全力で振り抜いて態勢の崩れた一に天使がそのまま躍り掛かってくる。 「パティ、そこっ!!」 但し、天使が甘くないように開拓者も決して甘くない。白銀の龍が一直線、刀を携えた騎乗者たるシエラは天使を真っ直ぐに見据え構える。 抜き打ちか――天使に多少の知恵があれば、ここは退いただろう。だが、あからさまとも言える挙動を頓着もせず、彼はその標的をシエラに切り替えた。直後、完全に注意が外れていたパトリシアが牙を剥き、天使の腕を持って行く。 「捕まえたぜ――調子乗って、色々やってくれたな!!」 一とシエラが漸く合流した、上空の戦闘域。一気に割り込んだ戦場は反転、機動性に長けていても数の差は如何ともしがたい。二騎の連携に手足を持って行かれた天使はそれでもまだ機動性を失っていなかったが、元々交戦していた相手から意識を逸らしたのが運の尽き――炎を纏った槍がその背から完全に貫通していた。 異常なまでの機動性持ったが故か、耐久性はあまりに低かったらしい。天斗が何か言おうと口を開いた時には、既に天使は消滅していた。 残り一つ。乱入で混乱していた彼は既に持ち直し、翼を緩くはためかせながら自身を囲む四騎を眺め――いや、その瞳は瞳で無いのだろう。そもそもが、今まで攻撃に使っていた牙は頭の頂点にある。当初に感じられた無表情――至って正しい感想だった。 「式――縛るもの!!」 今までまともに放たせてもらえなかった符を、漸く放つ透子。それを合図に、残り三騎と一つが跳ねた。 統真と一字違いの名を冠した龍が駆ける。一直線、天使の元へ。合わせるように天使も彼らに向かって加速する。ただ単に天使は頭が悪いだけだろうが、潔いとも言える動き。尤も、統真も鎗真もそんなものに付き合ってやる気は無いのだが。 「あばよ」 「?!」 激突直前、いきなり龍の巨躯が視界から消えた。回避の応用――避けた瞬間に思い切り加速したのだ。そして、いきなり視界に入る紫炎龍。 「これ以上‥‥被害は出させません!!」 可愛らしい声での叫びだが、気合は充分。紫もそれに応え咆哮。龍の牙、紫音の刀――二者択一である。迷う様子すら見せず、龍の牙を避け刀の直撃を貰う天使だが、そのまま持ち主の腕にしがみ付いてきた。 「しま――」 声が消える。腕を伝って登ってきた天使は、紫音の喉元に喰らい付いてきた。頭の上にある本当の口で。ただ、これで動きは止まった。 「離れろ、天使モドキが!!」 流石に龍や武器で攻撃は出来ない。接近した勝一が、天使の襟首を掴み無理矢理引き離し投げ捨てる。無茶だが、呼吸器を完全に潰されるよりはマシだ。投げ捨てられた天使は態勢を立て直そうとした瞬間、いきなり出現した浄化の炎に焼かれ、その炎が消える前に消滅していった。 「急いで癒しを!!」 「任せる――」 カブトを寄せて来るさやか。炎を放ったのは彼女だろう。意識はあるが、決して良い状態とは言えない。何より出血を止めなければ。 「野郎‥‥ちょろちょろと鬱陶しい!!」 一方、統真はもう一人の天使に絡まれていた。一対一では余りに分が悪い。そこに割り込んで来る仮面の騎兵。 「紫音は?」 「致命傷ではないが、傷を塞がんと拙い――故にここは俺とお前だけで対処するが構わんな?」 「上等だ――つか、てめえ変わり過ぎなんだよ!!」 ●醒める夢 戦いは、結局日が暮れる直前まで続いた。各所、一つづつ減らしたまでは良かったが、その後はまた機動性に翻弄される事になった。漸く敵を消滅させた頃には疲労困憊――龍も常に飛び続けていたせいで、かなり疲弊していた。 結局、一晩明かした後に山中を捜索。報告にある四体は倒したとは言え、他に居ないとは限らないからだ。居ないと確信出来たのは、丸一日捜索の後。攫われた者達の遺体は見付からなかった――ただ、山頂付近に服の切れ端や装飾品などが散乱しているのを発見。恐らく、ここであの天使達は連れ去った人々を食べていたのだろう。 そして、最後の一仕事。村への報告。 流石にアレだけの人数を前に直接告げるのは、開拓者と言えど危険だったが、告げぬ事には意味が無いと感じていた。 が、何故か先に報告した村長に止められた。曰く、自分達が説明する。ソレを殺した貴方方が言うのは危険だ、と。 言葉だけを追えば開拓者を心配しての台詞だが、全員何となく悟った。これだけの人間が村に集まっているなら、村にもそれなりに利益があったのだろう。それを直ぐに失いたくないのだろうが――八人、共通意見。そのまま無視し、天使が二度と来ない事を告げてしまった。 その後はまあ――喜劇? 泣く者、失神する者、罵る者――人間負の感情博覧会と言った風情だった。幸い、襲いかかって来る者は居なかった。 そして帰路。 置き去りの疑問が一つ。 誰が噂を広めたのだろうか? |