狂父愛
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/05 23:21



■オープニング本文

 食べている。
 齢五つ程度の少女が食べている
 真新しくもないだろう、誰だって食べる。
 ただ、その少女が薄暗い部屋の中で鎖に繋がれており、更に食べているものがそもそも一般的に『食べ物』ではないとなれば話は別だ。
 腕。肌の質感からすれば、赤子のもの。その持ち主は、少女の足元で物言わぬ姿で転がっている。見開かれた瞳は、自身の状況を把握出来なかった者のものだ。
 食べられているものが有り得なければ、食べているものもまた有り得ない。勿論、人を食べている時点でおかしいが――焦点の合っていない瞳、血色が悪いを通り越して黒ずんだ肌、身体の各所に欠損した部位が見られ虫が湧いている。部屋に漂う腐臭は転がっている赤子からではなく、この少女からのもの。
 はっきり言えば、生きている人間には到底見えない。
 部屋の中には、もう一人居た。巫女姿をした三十歳前後の男。彼は少女の手の届かぬ部屋の端で粗末な椅子に座り、死肉を喰らう姿を眺めている。その目は穏やか、場の異常性に全くそぐわない――いや、ある意味では沿っているのか。その様な場でそういう目をしている事自体、異常極まりない。
 そして何時の間にか、死体は少女の腹の中に完全に収まってしまった。名残は食べかすや血痕のみ。焦点の合わない目が男を捉え、暴れ出す。喰わせろ、と。
「そんなに食べると腹を壊すぞ。今日はもう寝るんだ」
 穏やかに男は諭す。無論、少女はそんな言葉を聴きもせず、繋がれた鎖で足が傷つくのも構わず暴れるのみ。
「‥‥」
 男は目の前の少女がどう呼ばれるべきか知っている。神主をやっている以上、そういった事にはそれなりに精通している。だが、そんな事はどうでもよく、少女は男の娘だった。
 三ヶ月前。朝の勤めや朝食を終えた後、少女と母親――男の妻――は、洗濯の為に連れ立って近くの川に出掛けて行った。それは日常であり、何時もの事だった。が、戻らない。日が暮れても妻子は戻らなかった。流石に何かあったのだと気付いた巫女は川まで向かうが、そこに残っていたのは手付かずの洗濯物。
 翌日、川の下流の村で溺れ死んだと見られる妻子の遺体が発見された。

 死んだ者は土の下に。そしてそこから戻って来るモノは、例外無く不浄のモノ。巫女である事を問わず、当たり前の発想だ。
 だがそんな常識は、先日墓から這い出て家の前に立っていた娘の姿を見て消し飛んだ。
 ――娘だけは帰って来てくれたのだ。
 恐らく、彼は妻子の死を聴いた時点で狂ったのだろう。
 その場で彼は娘の形をしたモノに襲われた。だが、彼にはそれが娘が泣き付いて来たという解釈しか出来なくなっていた。
 這い出てきたのが妻であったなら、恐らく彼はそこで喰われて終わりだったのだろう。どちらにせよ不幸には違いないが、その方が彼にとってはマシだったに違いない。だが、現実に這い出たのは脆弱な五歳の少女。
 ――余りに暴れるので、元々少女の部屋だった場所に繋ぎ止め色々な食べ物を与えた。当然最初は、普通に神主も口にするものばかり。だが、満足しない。当たり前だ。少女の姿をしているモノは、決して満足しないように出来ているのだから。
 男は考えた。食べた事のあるもので満足しなければ、食べた事の無いものを与えれば良いと。
 間違ってはいないが、間違っている。狂った人間に倫理も常識も道理も無い。彼は、当たり前のように下の村から赤子を攫い娘に与えていた。
「ふむ。次はもっと量を与えなければいけないのか」
 呟いた男の言葉は、もはや戻れない事を告げていた。

 狂った人間は計画などしない。
 巫女は白昼堂々、村の家に押し入り呆然とする村人を尻目に赤子を攫った。
 当然、我に返った村人は巫女から赤子を取り返そうと立ち向かったが、男は職務としての巫女ではなく存在そのものが巫女であった。つまりは志体持ち。多少の村人など物の数ではない。
 村人全員で掛ればどうにかなるのかもしれないが、死傷者を出す事は避けられないだろう。まして、噂程度ではあるがかなり優秀な巫女であったと聴いている。
 こうなると、同じ存在を当てるしかない。
 後日、開拓者ギルドに巫女及びその娘の形をしたモノへの討伐依頼が出された。


■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078
20歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
葛葉・アキラ(ia0255
18歳・女・陰
シュラハトリア・M(ia0352
10歳・女・陰
ラフィーク(ia0944
31歳・男・泰
周太郎(ia2935
23歳・男・陰
真朱 照矢(ia9274
22歳・男・陰


■リプレイ本文

●虚言と誘導
 今日の食事はどうしたものか――それが、男の頭を占める問題だった。
 勿論、己の食事の事ではない。娘の形をしたモノの事だ。
 下流の村から赤子を攫って以来、男衆総出で昼夜問わず警戒態勢になっている。あの中から食料を調達する事は不可能ではないにせよ、手間が掛る事は事実。何より、自分が長時間ここを離れている間に、娘に危害が加えられないとも限らない。
 ――客観的に見て、男の思考は完全に破綻している。
 娘の形をしたモノを護るものと認識しながら、一方で危害を加えられてもおかしくないモノとも認識している事。
 尤も、破綻を破綻として受け止められないのが狂っている所以なのだが。
 今日まで、娘の食事は男と同じもので済ませていた。だが、その備蓄も既に底を尽き、男自身もここ数日何も口にしていないのだが‥‥彼はそんな事を問題にはしない。あるのは娘の事のみ――日課である家屋周辺の清掃を行いつつ、食料調達だけを考えていた彼の視界に人影が入った。
 女性と少女の二人組。男からして格好の相手だったが――
(あれでは食べきれないのではないか? 無理に食べて腹を壊しかねないな)
 ――行動に規制が掛る。その理由が、ただ単に娘が食べきれるか否かという事。要するに二人の大きさを測っただけの話。
 言うまでもない事だが、娘の形をしたモノは量など気にしない。あるならあるだけ喰らうモノ。今日までの食事で、男もそれを理解するだけの光景を何度も目にしているが、そこに行き当たる理性があれば当の昔に自身の手で娘を葬っている筈だ。
 色々考えている間に、その棒立ちの男に二人組は気付いたのだろう。特に警戒する様子もなく歩み寄って来る。
「申し訳有りません、少々お尋ねしたいのですが」
 内、女性の方が口を開く。折り目正しい口調。一方、傍らの少女は家の周辺を物珍しそうに眺めている。
「三人姉妹でそこの村へ向かう途中だったのですが、末の妹と逸れてしまいまして。
 この辺りに居ると思うのですが、見掛けませんでしたか?」
 姉妹――どう見ても、二人は同じ腹から生まれてきたようには見えない。普通ならそこに疑問にまず当たる所だが、男には二人の容姿識別など出来ていない。先に考えたように、大きさが違う程度の認識だった。
 そして、当然ながら二人は姉妹ではない。そもそも口にしている事の全てが嘘だ。
 下流の村からの依頼を受けここまで来た開拓者の内の二人。女性の方が沢渡さやか(ia0078)、少女の方がシュラハトリア・M(ia0352)。
 さやかの嘘にはそれなりの意味がある。男が娘に喰わせる人間を求めるとして、やはり抵抗が少ないものを望む筈である。そこに無害に見える女性を放り込めばどうなるか。
「おねぇちゃんとはぐれちゃったの。この辺りは良く知らないから、一緒に探してくれると嬉しいなぁ‥‥」
 普段程ではないが、やはり甘い声のシュラハトリア――が、言ってから致命的な矛盾に気付いてしまった。さやかは『末の妹とはぐれた』と言い、シュラハトリアは『おねえちゃんとはぐれた』と言う。本来であれば直ぐに気付く矛盾――だが、男が狂っている事が幸いした。
「‥‥成程。私にも仕事がありますから長い時間は付き合えませんが、お付き合いしましょう」
 悪意の全く感じられない表情と物言い――正常だった頃は、下流の村人にも慕われていたのだろう。真意はともかくとして、今現在も悪意は無い。そこが彼の致命的に壊れてしまった点である。

 家を離れた三人は、居る筈の無い相手を探して歩き回る。
 男を連れ出したのは、此方の条件が良い場所に引き出す為だが――その為の虚言が『不慣れな場所で男に家族を探すのを協力してもらう』という形を取った以上、必然的に男が先導する形になる。そうなると、誘導が簡単にいくわけもない。二人が更に虚言を重ね、漸く辿り着いた場所は。
「‥‥よもや、川に落ちたという事はないでしょうね?」
 川。付近で都合の良い場所を探した所、その川原しかなかった。そしてそこは、男が妻娘を失った場所。彼の呟きは、彼が立ち会えなかったその状況を想像しての事か。
「流れは速いですけどそれほど深くはないですし‥‥幼い子供を抱えていたりしなければ、ですが‥‥」
 言って、さやかは眼を伏せる。彼女の言葉が示すのは、当然ながら居もしない妹の事ではない。男が不審に目を細めるのを余所に、シュラハトリアが続ける。
「そうだよねぇ‥‥運、悪かったのかなぁ‥‥。
 ――おねぇちゃ〜ん!」
 いきなりの呼び声。状況的には家族を探す為のものだが、ここに誘導出来た以上は演技はもう不要。なら、それは何の為か?
 答は、男を囲むように現れた六人の男女の姿だった。

●唯、娘の為に
「‥‥これは何事ですか?」
 驚く様子もなく、自身を囲んだ者達の姿を見て発した男の第一声がそれ。
「何事か‥‥こりゃ末期だな。同じ人間かとも思ったが、そもそも人間止めてたか」
 男に、自分の娘の為他者の子供を攫い喰わせた事に対する罪の意識など欠片も無い。何事と尋ねる姿はその象徴――それを見て、さやかとシュラハトリアを護る様に立つ風雅 哲心(ia0135)は、刀を抜き放ちつつ苦く呟いた。
「自らの子を奪われて、今までの行いを悔い改めた神も居ると聴きますが‥‥」
 同じく親子から子を奪った時点で手遅れなのは既に承知。中性的な容貌に何処か皮肉めいたものを浮かべながら、香椎 梓(ia0253)も刀を抜き放つ。
 二振りの輝きを見て、男も懐から小刀を取り出す。下流の村で聴いた彼の来歴を伺うに、貧弱に見えるそれも侮る事は出来ないだろう――誰とも組まず生き残り、アヤカシから助けた娘と結ばれ子を成し、そして全てを失った男の眼は既に戦意に満ちていた。
「どうやら私と娘に用がある方々の様で。何故、放っておいてくれないのですかね」
「言うだけ無駄なんだろうがな‥‥自分のやった事を思い出せ、莫迦が」
 吐き捨てるのは周太郎(ia2935)。符を広げ、莫迦と断じた相手を見据える。
「思い出すも何も‥‥娘の食べる物を調達して何の問題があると?」
「そこを問題に思わないってのが一番問題なんだよ。聴いた話じゃ現役の頃に相当名を上げたらしいけど、その末路がこれとはね」
 彼我の実力差を既に悟りつつ、あくまで尊大な態度を崩さない真朱 照矢(ia9274)。物言いは皮肉染みているが、どこか残念に思うような響きも感じる。
「人でなしってよく言うけど、ほんまに人で無しになってもうたんやな‥‥あんた。自分の子供がおらんくなってそれだけ悲しかったのなら、人の子供がおらんくなる痛みかて分かるに違いないのに…」
「? 何を言っているのか分りませんが‥‥私の娘は家に居ますよ。確かに前とは少々変わってしまいましたが」
 少々どころではないだろう。そもそも、ソレがどういうものかは男が現役だった頃に腐るほど見ている筈。だが、葛葉・アキラ(ia0255)に反論する彼の姿に、何の揺らぎも伺えない。
「これ以上噛み合わぬ話を続けても無駄だろう――狂した先には破滅のみ。ならばそれをくれてやる」
 重く静かに、すれ違いも甚だしい会話を打ち切るラフィーク(ia0944)。思ったよりも様子が大人しいので静観していたが、やはり無駄なのだろう。説得の為に口を開こうとしたさやかも、出掛けた言葉を引き戻す。この人は、もう駄目だ――
 ――直後、九人が同時に弾けた。

 ラフィークが踏み込む。一気に引き上げた身体機能全てを乗せ、崩しの一撃を放つ。相手は巫女であり、彼は泰拳士。直接的な接触となれば、多少経験が違えど利は揺るがない。男とてそこは理解しているだろう。そこで取る手段は通常であれば出来得る限り距離を取る事なのだが、状況はそれを許さない。
「む――?!」
 故に避けない、そのまま前進。僅かに体をずらし、肩口へのカス当たりに留める。ラフィークの間近で攻撃をやり過ごした男に哲心の刀が迫るが、これは明らかに精度が低い。本気で放てば味方を巻き込みかねない状況でこれは無理もない。今度は背後に大きく跳躍――だが、数の差は覆しようがない。その上囲まれている。
「志体持ちでなければまだ救いもあったでしょうに――」
 例え狂ったとしても、志体を持たなければここまでの状況は生まなかった。彼ら一人一人も抱える危険性、それを含めた苦い思いも込められた炎を纏う斬撃が梓から放たれる。跳躍から着地までの空白に割り込んだそれ。避けられるものではない。
「が、ああああああっ!!」
 避けられないなら止めるまで。だが、流石に小刀でこれを止める事は不可能。ならばどうするか――開いた手で、燃える刀身を受け払ったのだ。
 成程、確かに直撃は避けられるだろう。致命傷でもない。だが、無傷でもない。五本の指が赤い放物線を描きながら宙を舞った。
 志体持ちとて痛みは克服出来ない。狂気に至り人を踏み外した男とてそこは例外ではないだろう。だが、全く躊躇わずに己の手を捨てた。誰にも邪魔はさせない、何としてでも生き残って見せる――その気迫と狂気、そして歪でも大切に思う娘への愛。
 この上無く『痛い』敵。これならアヤカシ相手の方が遥かにマシである。
 痛ましげに表情を歪め、さやかは未だ逃亡の機会を伺う男に踏み込みざま鉄扇を彼の手元へ振り下ろす。狙いは精霊武器であろう、小刀。狙いは悪くない――が、それよりも早く男の足が跳ね上がった。
「か――――っ?!」
 腹部への前蹴り。大した威力ではないが、行動止めるには充分。腹の中の空気を全て持って行かれ、さやかが留まる間に蹴り足を支点に更に後方へ跳躍。
 そこに同時に振り向けられた、二枚の符。奇しくも両者とも同じく縛符――シュラハトリアと周太郎が放ったそれ。男は巫女ではあるが、ここまで見る限り体術に長けている。術の程度は分らなかったが、少なくともこの足を止めなければ時間が無為に過ぎるだけだ。
「おじちゃん‥‥すっごい、気合ねぇ‥‥」
「‥‥術系じゃ分が悪ぃか」
 だが、通じない。只でさえ経験を積んだ巫女である上、気迫に溢れている。咆哮一閃、男に絡み付きかけた式達は無残に消し飛ばされていく。
 直後、一瞬ではあるが男がよろめいた。踝の辺りにうっすらと紅い筋。
「ほら、こっちにもおるさかい。良ぅ見てみぃ!」
 アキラの放った鎌鼬――はっきり言って草で切った程度の傷ではあるが、完全に無効化される符よりは此方の方が牽制にはなる。僅かな痛みでも極度の緊張状態に置かれる殺し合いの中では致命傷に繋がりかねないし、挑発に乗るような手合いで無いのは分るが間接的に攻撃出来る相手が居る事を主張するのは、良い集中力乱しになる。
 次いで男の頬に、更に浅い傷。照矢が放った同じく鎌鼬。苛立たしげに舌打ちをする男に護りを抜き痛覚を的確に抜く拳が振り抜かれた。

 ――そもそもからして。
最初の時点で男の負けは確定していた。如何に経験を積もうが、限界を超える数の差はそう覆せない。人の器である以上、八倍の人数を打倒する事など困難であるし、また逃げ切る事も容易ではない。
 これが、男のみ生き残るだけであれば、まだ手段はあったかも知れない。だが、あくまで彼は娘を護る為にここに居る。前提からして詰んでいる以上、結果が変わる筈もないのだ。

●狂気の行き着いた場所
 だが。
「――家で娘が腹を空かせているのだ――邪魔をするなぁっ!!!!」
 そうであるからこそ、男は決して止まらない。拳を紙一重で避け、畳み掛けようと踏み込んだラフィークに対し小刀を振り向ける。
 遠すぎる、当たるわけもない。が、直後にラフィークの巨躯が揺らぎ、地面に叩き付けられる。
「――歪みでこれか‥‥!」
 初歩の術だが、恐ろしく練り上げられた力が籠っていた。地に伏した彼を庇うように哲心が割り込む。その勢いを殺さず、狙い澄ました斬撃一閃。
 肉と骨を断つ嫌な音――飛んだのは男の指を失った腕の肘から下。当たったのではない、当てられたのだ。
「どこまで人間止めりゃ気が済むんだこいつ――」
 哲心の苦虫を潰したような声を背景に、再び梓の炎を纏った刀が振るわれる。
 幾度目かの後方跳躍。だが、僅かに遅い。鎖骨を削る音と共に、鮮血が宙を舞う。それを全く頓着せず、男は囲みの薄い場所に目を向けた。
「もう諦めて下さいっ!!」
 悲痛な叫び。殺めたくはないが叶わない――さやかから放たれたそれと共に、男の背を浄炎が舐める。背中の熱に押されよろめくが、折れない。寧ろ押されるように歩を進める。
 そこに容赦無く降り注ぐ四連となる鎌鼬――無数の刃に全身を大小裂かれながら、男は未だ健在。だが、その目は既に開拓者達を見ていなかった。
 誰も気付かなかった。這ってきたソレ。率直に言って腐乱死体以外の何者でもないモノ。歩けないのは、片足が踝より下が千切れて無くなっていたから。
 常に空腹を訴え、暴れていた男の娘の形をしたモノ。赤子を喰らった時点で傷付いていた足が、その後も暴れていた事で限界を超えたのだろう。誘き出しと戦いに時間が掛り過ぎたのも、原因の一つではある。
 だが、そんな事情を知るのは当人と男のみ。
「何でこいつがここに?」
 娘をきっちり処分すると心に決めていた周太郎が、符を構える。屍人程度、一撃で死体に還してやれる。だが、符が放たれる直前、想定外の事態に気を奪われていた開拓者達の間を縫って男が娘に覆い被さる。
 当然、放たれた式は男の焼け爛れた背を抉った。
「お――――が――あ‥‥ご」
 ――男の喉を詰まらせたような声。ここまで耐え抜いた男だ。今更式の一撃で致命傷を与えたとは思えない。ゆっくりと仰向けになる男。
「あ〜あ‥‥やっちゃったぁ」
「最悪やね‥‥コレ」
 男の喉元に喰らい付いた娘の屍人――開拓者達に目もくれず、喉元を食い千切り咀嚼し更に喰らい付く。
 ――当然ではあるが、既に男は息絶えていた。
「結局こんなオチか――とっととその死体から出て行きやがれ、腐れアヤカシ」
 死体を動かしているモノに向け、周太郎の手から斬符が放たれ、黙祷する様にラフィークが目を閉じた。

●弔い
 真っ当な理由でこの世を去った女性の墓は、男の家のすぐ裏にあった。同じ場所に埋め、この場に居る者だけで弔う事に。
 下流の村人達は、彼らの弔いをする気にはなれないだろう。
 周太郎と、さやかが中心となっての簡素な弔い。
 一方で、赤子は骨どころか遺留品一つ見当たらなかった。処分した可能性もあるが、罪を自覚していない男にそれはないだろう。恐らくは、娘が一つ残らず喰らってしまったのだろう。
「殺し殺されってのは当たり前だけど――ああはなりたかないね」
「‥‥憐れを通り越して滑稽だ。あそこまでいけば」
「死んでも愛しい‥‥赦されないけど分るなぁ‥‥」
 何処か気の抜けた帰路、そんな呟きが流れていた。