昆虫採集日記
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/14 03:06



■オープニング本文

 虫。
 割と好き嫌いの別れる生き物であるが、人間社会との関わりは長く切り離せない存在の一つ。
 またこの季節、最も彼らが脚光を浴びる。単純に活動数が増える為に目立つだけとも言えるが、それだけに彼らの収集を目的とする者にとっては、逃せない時期となっている。
 因みに『収集を目的とする者』というのは大まかに二通りあり、一つは子供達。遊戯としての昆虫採集である。そしてもう一つが、生業や学業としての採集をする者――大人である。

「んーむ‥‥これは困ったぞ」
 とある森の外、貧相な掘っ立て小屋の中で一人の老人が敷いた布団に座り唸っていた。容姿を見る限り結構な年齢のようだが、その割に足腰はしっかりしているようだ。ただ、何故か全身各所に包帯などの治療の跡。
「折角のこの季節だというのに、こうなってしまっては収集が出来んではないか」
 老人は部屋を見回しつつ顔を顰める。狭い小屋の壁や床一面に、虫の標本やら本やら書類やらが山積みになっている。生活の痕跡が伺えるのは、老人が座る布団と台所回りくらいか。どうやって暮らしているのか疑問が持たれる光景である。
 尤もこの光景、老人が虫の研究をしている事を前提とするなら、ある程度は仕方ないのだが。
 さて、老人が何を悩んでいるのかと言えば。
 怪我が原因で出歩けなくなり、夏の虫が採取出来ない事である。布団に隠れているが、実は足の怪我が一番酷いのだ。
「どうしたものか‥‥やはり人を使うしかないのかのう」
 彼は研究者ではあるが、別に何処かから援助を受けているわけでも金持ちでも無い。典型的な個人研究者。理解の無い人間から見れば、『働かずに変な事にうつつを抜かしている』となる。実際には、老人自身の出身地である近辺の村で、その研究成果が役立てられている部分はあるので全くの無駄ではないのだが。
「ふむ。となれば、急がねばならんな。息子が来るのは‥‥明日か」
 週に一度、老人の息子が様子を見に村からやってくる。彼に人探しを頼むしかあるまい――と、老人は思っているが。実は、もっと大事な問題があったりする。
 老人の怪我の原因、蜂である。但し、人間の子供並の大きさを持ったモノだったが。
 恐らく、アヤカシの類なのだろうが、老人にとってはそんな事はどうでも良かった。寧ろ、アレすら捕まえて標本にしたいと思っている始末。

 翌日、怪我をした老人の治療した当人である息子が訪れ、既に依頼を出していた事を聴き老人は喜色満面となるが、直後にそれが『大蜂討伐依頼』だと知り激怒した挙句に息子と大人げ無い喧嘩を繰り広げたのだが――これこそ、まさにどうでも良い事である。


■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078
20歳・女・巫
桐(ia1102
14歳・男・巫
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ルーティア(ia8760
16歳・女・陰
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ


■リプレイ本文

●現実
「何だと?! では、あれは昆虫ではないというのか?!」
 貧相な掘っ立て小屋から、しわがれてはいるものの良く響く叫びが木霊する。
 昆虫型アヤカシ討伐依頼。それを受領し現地に向かった開拓者達を待っていたのは、依頼主の父親である老人からの捕獲要請だった。
 アヤカシ捕獲。希少ではあるが、前例が無いわけでもない。但しそれは『アヤカシと認識しての捕獲』である。話を聞く限り、この老人は自分を負傷させたのがアヤカシである、という認識を持っているとは思えない。何せ、そのアヤカシを標本にしたいと口走ったわけだから。
「そうです。お話では大きな蜂だったそうですが、それは蜂ではなくて蜂の形をしたアヤカシです」
 人畜無害そのものである菊池 志郎(ia5584)の説明に、叫んだ老人も口を紡ぐ。アヤカシがどういったものであるか、がどこまで一般に浸透しているかは判らないが、この老人に関して言えばアヤカシを名前程度しか知らないと見える。
「あれほどの大きさ‥‥新種かと思うたのにのう」
 先程の勢いは何処へやら、しゅんとしてしまった老人に更に追い討ち。
「自分もでっかい蜂には興味あるけど‥‥アヤカシって死んだら跡形も無く消えちゃうんですよ。だから、標本自体無理」
「‥‥そもそも標本に出来たところで、虫でない以上は貴方の研究には役立たんだろうな」
 ルーティア(ia8760)、琥龍 蒼羅(ib0214)が立て続けに現実を突きつける。受けて沈む老人の傍ら、その息子が安堵の表情を浮かべている。開拓者が来る前に似たような事を散々説明したらしいのだが、この老人、研究者の性か素人の意見を受け付けようとしない。『アヤカシの専門家』たる開拓者達の意見をあっさり受ける辺りにも、その傾向が伺える。
「捕まえたら捕まえたで、逃げ出して村の方にでも行かれれば悲惨ですよ。他の人が襲われても責任なんか取れないでしょう?」
 桐(ia1102)の言葉は棘が生えてはいるが、事実。アヤカシに限った話ではなく、生き物の捕獲全般にそれは全て掛かる。老人の研究対象である昆虫も然りだ。彼とて、その辺りは判っているからこんな辺鄙な場所に住んでいるのだろうが――
「そういう事ですので、捕獲は諦めて下さい。後、差し出がましいのですが、息子さんと仲直りして下さいね。貴方のご心配をされての事ですし」
 締め括る様な乃木亜(ia1245)の言葉に老人は不思議そうな表情。あろう事か、息子の方まで同じ顔。
「あの‥‥喧嘩なさったとお聞きしましたが‥‥」
「何じゃ、それか。事あるごとにやっておるから、あんたらが気にする事ではないぞ」
 どうやら、大人気無い喧嘩は日常茶飯事らしい。元気ならばそれで良いのかな、と乃木亜。
「えーと‥‥それでですね。代わりといっては何ですが、普通の虫でしたら収集協力しても構いませんよ? その怪我では、暫くは動けないでしょうし」
 流れを切って別の方向に振り向けた沢渡さやか(ia0078)の言葉に、老人が目を輝かせる。凹んでいたと思いきやこの変貌、まるで子供である――と言うか、この人。研究者を名乗ってはいるが、実は単なる虫好きなのではないかと思ってしまう一同だった。

●討伐
 森は自然の宝庫。この自然には生き物も入るわけだが、かの老人が好む虫も当然含まれる。虫の種類はそれこそ無数居るわけだが、その中で大概の人間に嫌悪されるものが居る。『害虫』という人間本意の呼称で括られている彼らだが、その中でも特にこの季節に存在が注目されるもの。ゴキブリ。そしてもう一つが蚊。今の問題はこの後者であった。
「やっぱすげえなあ、夏場の森は。あの爺さんがくれた虫除け、役に立ってんのかコレ?」
 こういった場所で遊んだ経験からの空白期間が一番短いルオウ(ia2445)が、周辺を飛び回る蚊を払いながら素朴な疑問を洩らす。開拓者閣員、首の後ろや手などに老人から貰った虫避けの薬を塗っているのだが、効果が実感出来ないところだ。
『寄っては来ても刺されていないのなら、それなりの効果はあるのでなくて? それより、あのご老人が襲われた場所はまだですの?』
 ルオウの前、先導するように歩く白猫が振り返る。気位の高そうな物言いだが、きちんと答えている辺りは性格か。猫又である彼女――現地の言葉で『銀の風』を意味するズィルバーヴィントという名を持ち雪と呼称されている――に尋ねられ、ルオウは粗末な紙を広げているさやかに顔を向ける。
「そうですね‥‥頂いた地図ではそろそろのようですけど。先程目印も見ましたし」
 さやかの広げる紙には、この森の地図が書かれていた。ただ、これは地図と呼べるのか微妙な出来だ。縮尺も合っているとは言えず、老人自身が設置した各所の目印を基点にした大まかな位置関係が判る程度。ついでに致命的欠陥もある。
『その地図。一度上下反対にしたら、混乱しそうだね‥‥』
 さやかの裾を掴んで歩いている人妖の沙良が溜息を吐く。実はこの地図、東西南北が描かれていないのだ。老人も自分の為だけに作ったのだろう。何処そこにどういう虫が居る、とかいうとりあえずどうでも良い事ばかりが目立って肝心なものが描いていない。
『あの爺の地図より、お前らの耳とか目の方が確実なんじゃねーの? つか、俺の荷物の出番は何時くんだよ』
 最後尾、背に大量の昆虫採集道具を積んだもふらが吐き捨てる。ルーティアが連れて来たチャールズという名の彼が背負っているのは、地図同様に老人から提供された物だ。アヤカシ討伐の時点では邪魔以外の何者でもないので、荷物持ちに適した彼が背負うことになった次第。
 因みに、沙良は麦藁帽子を被っていたりするが、これは自前だ。
「場所柄心眼はちょっと当てになりませんね‥‥すみません」
 別に乃木亜が悪いわけではなく、心眼というもの自体がこういった場所の策敵に適さないだけの話だが、彼女は律儀に謝る。実はこれ、自虐の末での事なので本来の意味での謝罪とは違う。
「陽淵もこれといった反応をする様子も無しか‥‥」
「歌月もですね。まあ、あの子達が役に立つかというとちょっと‥‥」
 蒼羅、桐が木々に遮られた空を見上げ、騎龍達に動きが無いか目を細めている。騎乗者の居ない龍は案山子と大差が無い。あくまで二騎は蜂が空に逃げた際の牽制である。
「‥‥あー‥‥これは耳に残る嫌な音ですね」
 志郎が顔を顰め、耳を押さえている。同時に彼の連れている忍犬の初霜や、乃木亜の連れているミヅチの藍玉が反応を見せた。
「お、何か見付けたか?!」
「見付けたと言うか、あっちが勝手に来たというか‥‥とりあえず、今の耳で虫の羽音はきついですね」
 ルオウに答える志郎の表情は未だ渋面。何故かと言うと、大型蜂の羽音がいきなり耳に入ってきたのである。少々違うが、寝ている時に耳に蚊が入って来た時の気分、と言えば彼の気持ちが判るだろうか。
 志郎の台詞より少し後、他の面子の耳にもその音が聞こえるようになっていた。

 人間の赤子ほどの大きさを持つ蜂。はっきり言って冗談染みた姿だ。幸いなのは一匹である事か。これが本来の蜂のように郡隊で現れた日には、夢に出そうである。先程志朗が不快に感じた羽音、それを周囲に撒き散らしつつその巨大蜂が開拓者の前に降りて来た。
 攻撃的な形状をしている顔の中でも、最も際立っているのがその顎。一部の種を除き、蜂は肉食であり当然顎が発達している。その姿を取ったとなれば、二刀の鎌のようなその顎も頷ける。想像しにくいのであれば、ほぼ同類である蟻の顎を思い浮かべれば良い。
「こうしてみると、結構すげえやばそうな感じじゃねえか、蜂って!!」
 咆哮で呼ぶ間も無く現れてくれた大蜂に対し、即座に斬り掛かるルオウ。常時飛行、単体、地理的に不利――この前提ならば、速攻。が、羽音が加速し昆虫でしかありえない軌道でそれを躱す。
「大きさの割に良く動く――」
 蜂の起動に感心しつつ次手を繰り出す志朗。彼の影が日差しと無関係に動き出し蜂へと伸びていく。蜂の頭ではそれが何であるか認識出来なかったのか、躱す様子も見せずに絡め取られた。目に見えて落ちる速度。その蜂の前に進み出る蒼羅。
「む‥‥虫如きが俺の返しを見切るか‥‥?」
 如きと言うよりもだから、と言った方が正確か。相手の攻撃に自分の攻撃を合わせる返しを狙っていた蒼羅だが、無駄に知能が無い虫にとって『逃げず仕掛けてもこない敵』ほど不気味なものもない。故にあっさりと距離を取られた。
『もふらを戦闘に使うんじゃねえよっ! 怖えよ、この蜂の顔っ!!』
「自分はでかくてかっこいいと思うんだけどなー――てか、文句言わないっ!!」
 嫌々前に進み出てきたチャールズ彼の巨躯に気を取られている隙に、ルーティアは背後に回っていた。間髪入れず放たれた二閃が蜂の腹部を裂き体液を撒き散らす。繋げられた炎を纏った斬撃は、制限されているとは言えど未だ健在である異常軌道により空を切った――が、その先は無かった。静かに進み出た乃木亜の刀が、大上段から振り下ろされる。直撃は避けたものの、最大の武器たる顎の片方が根元から砕け散った。それで動きが一瞬停止したところに、藍玉の放った水柱が直撃、水圧で羽の一部が千切れて飛ぶ。虫の羽は非常に優れた飛行能力を持つが、強度に問題がある上に破損に弱い。その羽が欠けたのである。どうなるかは必然。
「落ちなさい!!」
 かろうじて浮いているだけになった大蜂を、桐から放たれた精霊力の塊が撃ち抜く。胴部を貫いた衝撃で、無事だった羽が吹き飛ぶ。完全に姿勢を崩し墜落する大蜂。だが、地面に落ちる前に眉間に矢が突き立てられる。放った当人――さやかも直撃するとは思っていなかったのだろう、驚いた顔をしている。
「み、見掛け倒し‥‥?」
 そんな中、地面に叩き付けられた大蜂は瘴気を撒き散らしつつ消えていく。一瞬地面に残留した瘴気だが、それも風に散らされ跡形も無く消え去っていった。

 依頼の本題は大した苦労もなく達成してしまった。このまま戻っても良かったが、開拓者達としては老人の為に昆虫採集の協力をするつもりだった。追加報酬の話もあったが、老人の生活を見る限りでは大した額面など期待出来ないだろうからそれは二の次。
「他に同類が居ないかの確認にもなるしな‥‥」
 蒼羅がそう言いつつ森の奥へと消えていく。あのアヤカシが一体とは限らない。余計な手間を省く為、確認の見回りをするという意味合いもあった――とは言え、虫取り網やら虫篭を抱えてでは締まりも何もあったものではないのだが。
「よーし、俺がたくさん摂ってきてやるぜ!! 籠籠‥‥お、これ一番でかいじゃん、もーらいっと。もうちっと小さいのももう一つくらい持ってくとして‥‥」
 続けてルオウがチャールズが背負う荷物から色々取り出し、物凄い勢いで別の方向に掛けて行く。当人曰く『蝉取り名人と言われていた』らしく、その辺りに火がついた様子だ。どんどん遠ざかるその瀬に、雪が溜息一つ。
『仕事の一部とは言え、もう少し落ち着けないものかしら‥‥では皆さん、後程』
 やれやれ、といった風情で後を追う白猫。
「種類を問わないらしいですから、本当に山ほど摂ってきそうな勢いですね。さて、初霜。俺達も行きますよ」
 ルオウの勢いに苦笑しつつ、志郎も忍犬を伴って歩き出す。これで残ったのは女性陣のみ。

「「「「男の子ですねー」」」」

 ――なんとはなしに、同時にそんな感想が漏れた。

●採集
 さて、昆虫採集というのは手数と仕込が重要となる。子供のように飛んでいる虫を只管追い掛けるのは効率として悪すぎる。そしてもう一つ。虫とは木々の間に住まうものばかりではない。その発想に至ったのが二人居た。乃木亜と桐である。
 二人で森を出て老人の小屋に一度顔を出してから、村の方へと向かう。念の為に村の許可を取り、水田の前に立つ少女二人。
「話は聞いてるけどよ‥‥都会の若い女の子二人で虫取りって、あの爺さんも妙な事頼むなあ‥‥てか、そのでかい蛇なんだ?」
 二人の姿を見て、作業をしていた村人の一人が気軽に声を掛けてくる。同情の混じるしみじみとした声色、そして当然の疑問に桐は苦笑、乃木亜は萎縮してしまった。その様に悪いと思ったのか、彼は慌てて付け足す。
「まあ、変な爺さんだけどそれなりに世話になってるしな。協力はするよ。作物の根を傷付けないように気を付けてくれ」
 他の作業をしている者達に声を掛け、採集作業を手伝うように号令を出す。そして、二人と一匹だけの作業かと思いきや、二桁に上る人数での大採集となってしまったが、これは寧ろ好都合だった。
 水田は止水、性質は池沼に近い。ここで得られた獲物はゲンゴロウ、ヤゴ、アカムシなど、ぶっちゃけ見た目が少々アレなモノばかり。尤も、村人はこんなもの日常茶飯事だし、乃木亜と桐にしたところでもっとアレなアヤカシの類も見た事がある。要するに大収穫に喜んだだけ。
「後は川ですかねー‥‥あの地図に川の場所も描いてありましたよね?」
「ありましたね。大まかな位置しか覚えていないですけど‥‥ごめんなさい」
「いや、謝られても‥‥歌月の出番はもうちょっと後かな」
「? あの、龍を虫取りにどうやって‥‥?」
「森の上から風圧と咆哮で吹っ飛ばす」
 ――聞く限り真っ当な手段ではない。森に戻る途中に寄った老人の家で同じ事を言ったところ「頼むから止めてくれ」と言われたので、桐の案は立ち消えとなった。

「こんなもんでいいですかねー‥‥よしっ、ではチャールズ。これからクワガタを採ります」
『オイ、さっき採った中にあったろ。何でまた採るんだよ?!!』
「違います。今度は自分達用です」
 一方。ルーティアとチャールズは採集を終え、何やら別の行動に移ろうとしていた。
『自分用って何だ? お前、そんなに虫好きだったか?』
「自分『達』です。チャールズも含みます。出来るだけ強そうなのを捕まえるように。お互い見付けたら勝負です」
 チャールズ、脳内に『?』が乱舞。主従というより遊び相手としての立場の強い彼だが、時折ルーティアの言動が読めない時がある。だが、疑問を呈している時間は無かった。
「じゃ、そういうことでっ」
 しゅたっと手を上げ、超高速で再び木々の間に消えていくルーティア。
『ちょ、ちょっと待てや?! コラァ??!!』
 説明不足で放り出されたもふら一匹。どーしたものかと考えるものの、このまま何もしないで居た場合それはそれで拙い。それに勝負とやらに負けるのも気に喰わん、とのっそり動き始めた。

 森に龍が降りる。その背に跨った蒼羅は虫篭の中を確認し、頷く。
「‥‥こんなものか。アヤカシもアレ以外は居ないようだし、この辺りで切り上げるか」
「龍に乗って虫取りっていうのも、ある意味凄いですね‥‥お疲れ様です」
 蒼羅の背に聞き覚えのある声が掛けられる。何処に居たのやら、何時の間にか初霜を伴った志朗が近づいて来ていた。
「流石はシノビと言ったところか‥‥何時の間にそこに居た?」
「いや、割に普通に近づいてたんですけどね‥‥」
 職業柄ではなく、志朗自身が周囲に溶け込んでしまう人間で故の弊害だろうか。街中なら良くあることなのだが、よもや森の中でも起きるとはと少々落ち込む志朗。
「其方の収穫はどうだ? こちらは満足いく量が取れたが」
「そうですね。叩き網採集したら、必要以上に集まってしまいまして。やりすぎは問題ですね」
 苦笑する志朗。それに答えるかのように初霜が吼える。どうも不満そうな様子だが、彼が集めた虫の大多数が籠に入らなくて無駄になったのだ。文句の一つも言いたくもなるだろう。その彼らのやり取りの一部に引っ掛かりを感じ、蒼羅は生真面目に尋ねる。
「叩き網採集とは何だ?」
「主に葉の間に居る小型の昆虫を捕まえるやり方ですよ。葉っぱの下に布を広げて、その上で葉を揺すって振るい落とすのですが‥‥ご存じない?」
「昆虫採集の経験は無いからな」
 幼少の環境が違うせいもあるのだろうが、志朗のやった方法はどちらかと言えば専門家が行うものだ。少なくとも、昆虫採集と聞いて咄嗟に出てくる方法ではない。
「ふむ‥‥面白い方法もあるものだな」
 とりあえず、蒼羅は素直に感心していた。

「へっへ〜、採れた採れた。これで爺ちゃん喜ぶぞ〜」
 ほくほく顔で、貸し出された中で一番大きな虫篭を覗き込むルオウ。中に居るわ居るわ、あらん限り捕まえた結果がこれだ。種に偏りは見えるものの、かなりの戦果である。
『木に登ったりうろに潜り込んだりしたわたくしの苦労も忘れないで欲しいですわね‥‥』
 一方でやたら疲労感の漂う雪。白い身体も黒ずみが目立っている。理由は当人が述べた通りだ。
「忘れてないってば。雪の戦果はそっちの小さいのに入ってるから、改めて見てみるか?」
『いいですわ‥‥単体でも見ていて気分の良いものでもないのに、群れているのを見た日にはもうね』
「? 何だそれ?」
 要するに、延々虫を見続けていて嫌になったのだろう、雪は。その辺りをはっきり言われないと察せないルオウは、まだまだ子供という事だろうか。
『ところで。黄に何か塗っていましたけれど、まさかまた採りに来る気ですの?』
「当たり前じゃん」
『‥‥立場上どうかと我ながら思うのですけれど、その時はお一人でどうぞ。わたくしはご遠慮いたします』
「えー」
 不満そうなルオウの言葉を聞き流し、雪は毛づくろい始める。汚れだけではなく毛並み自体も毛羽立ちが出てしまった。元通りになるのは暫く掛かるだろうな、と密かに溜息を吐いた。

 同じく木に蜜を塗り、それなりの戦果を上げて戻るさやかと沙良。少年丸出しの先のルオウと違い、此方は仲の良い姉妹が森に遊びに来たような風情。
「色々採れましたねー」
『さやかがえり好みしなければ、もっとあったのに』
「いえあの‥‥流石にアレとかアレとかはちょっと‥‥」
『アヤカシはもっとアレ。さやかの好みは判らない』
 この辺りはさやかも女性という事か。見た目的にちょっと、という感じの虫を見事に無視し続けていたのだ。しかし――
「でも、沙良だって折角来たのに、私から全然離れなかったじゃないですか。分業すれば、もっと採れましたよ?」
『べ、別に離れなかったわけじゃ‥‥』
 ――さやかべったりでちっとも分業していなかったらしい。沙良としてはさやかが心配だから離れなかっただけなのだが、さやかはそこを判って言っているのやら。
 何にせよ、時に自己を省みないさやかと過保護気味の沙良。ある意味で似た者同士なのだろう。

●賞与
 翌日。集まった昆虫達を見て、老人は喜色満面だった。
「大したもんじゃのう、一日でここまで集めるとは。水生昆虫に目を向けたのも素晴らしいっ」
 とは言え。七人が集めた昆虫の群れ。流石にここまで集中すると少々気持ち悪いのだが、筋金入りの老人はそんな事はお構いなし。
「そういえば、あの娘は何をしておるのじゃ?」
「あー‥‥昨夜から徹夜でクワガタ相撲」
 老人が尋ねたのは、ルーティアとチャールズの事。
『今、台揺らしただろ?!!』
「変な言いがかりは止めてもらえるかなー。ふふん、これで自分の一歩リード!!」
『ふざけんな、もう一度勝負だコラァ!!』
「返り討ちだもんねー!!」
 ‥‥幼児退行を起こしているような気がするが、気にしてはいけない。徹夜でおかしくなっているだけだ。
「まあ、とりあえずこれはわしからの気持ちじゃ。少ないが受け取ってくれ」
「ありがとよ、爺ちゃん。今度一緒に虫捕りとかいこーぜ! 沢山取れる場所あるんだろ?」
「ほう‥‥数でわしに挑むか。わしの足が治ったら返り討ちじゃ!!」
 ‥‥ここでも幼児退行が起きているが、気にしてはいけない。
 何にせよ、平和なものである。