|
■オープニング本文 ●肝試し 恐怖心。 生き物であるなら本能段階で持っているものである。 本来的には苦手なもの危険なものに対する反応であるが、その対象は種族や性別、年齢や生活環境、果ては民族に至るまでそれぞれ違ってくる。 更に、恐怖心を感じた後の反応もまた様々である。 可能な限り逃げるもの。 反撃、排除に転ずるもの。 恐慌状態に陥り、普段では起こさない行動を起こすもの。 意識を手放すもの。 最悪の場合、恐怖のみで命を落とすものまで居る。 これらは人間という生き物にも適用される事だが、彼らは高い知能を持った故に特殊な行動を起こす事もある。 自己、或いは他者の恐怖を意図的に操作、利用する事。 敢て恐怖の対象に向き合い、克服しようとする事。 果ては、恐怖を楽しむという自慰的行為まで。 今回の件に関係するのは、その三つが混ざりあったものである。 肝試し。 好き嫌いや実行の有無、呼び方の違いはあれど、それがどういった行動であるかは大概の人間が知っていると思う。 そして、これを行うのは子供が大多数を占める。彼らの場合は克服や自慰といった発想から行う事が多い。偶に生活共同体において一つの『儀式』『試練』として行う事もある。 子供が行う事だからして、往々にして微笑ましい過程と結果となる事が殆どである。勿論、不幸にも何かしらの事件事故に遭遇する事も有り得るのだが、そうは言っても子供では危機対策を最優先に行動するなどという事はまず無い。 さて問題は、これを大の大人が行った場合である。 普通の大人はわざわざそんな事はしない。そもそもそんな暇は無いし、意識の上で『大人のすることではない』と分っているからだ。 だが偶に、そういった自覚や縛りの無い『大人子供』というイキモノが発生したりする。 彼らの多くは自制心が大きく掛けている。更に道徳性も養われていない。『子供の心を保った大人』などと言えば聞こえは良いが、特殊な環境を背景にしない限りにおいて社会的に矯正されるべき対象である。 「毎年夏になると、何処かのお金持ちか国のお偉い方のご子息かは分りませんが、私が任されている神社周辺を肝試しの場所にしている若者達が居るようなのですよ」 開拓者ギルドを訪れた神職の格好をした老人が、そう口を開いた。 「近くに村がありましてそこの方々がやる事もありますが、彼らはきちんと届けてくれますし神社への敬意も忘れていません。 ですが、今回の件はあまりにも問題がありまして‥‥」 当然ながら、村や神社への届け出無し。扱いなれていない火の持ち込み。塵投棄。深夜の大声。神社への侵入行為。挙句の果てには野外での性行為。 どんな時代でも、考えの足りない者は居るらしい。 「どうやら、何組かの男女の集団で訪れているらしく――まあ、若いですから恋愛の一手段とでも考えているんでしょうが‥‥」 男女がある程度恐怖の中に身を置くと、相互に恋愛感情が生まれるというのはよく聞く話ではある。別にそれ自体は当人達の問題だが―― 「小さな神社ですし、基本訪れるのは村の者だけです。ですが、それでも私や村の者にとっては神聖な場所です。 以前に私と村長でやめるよう願い出たのですが、小金を投げつけられた上に親の威光を笠に着た暴言をぶつけられまして。 ――それに、今後彼らが事故に遭わないとも限りません。 それだけならまだしも、それで村や神社に彼らの報復がきてしまう可能性も‥‥」 神職として、あまり他者を貶めるような事は言いたくないのだろう、老人はそこで口籠った。 「こういった事を開拓者の方々にお願いして良いものか迷ったのですが、私や村の自警団程度では一時的に彼らを追い返すのが限度です。 役人やもっと上に訴えた所で、一つの村に人を割いてくれるほど暇でも無いでしょう」 それに、不敬者がお金や身分のある者の子息とすれば、握り潰される可能性もある。 「彼らも考えが足りないとは言え、親類縁者のある身でしょう。直接的に排除してくれとは言いません。 ――彼らの『肝試し』に乗っかる形で、二度と訪れないよう脅かして頂ければと思うのですが‥‥」 だが、それならば村ぐるみでもどうにかなるのでは? 「以前に一度やりはしたのですが、村で用意出来る程度の脅かしでは通用しませんでした。 開拓者の方々は、何かと不思議な力を行使されると聞きます。どうか、その力をお貸し頂けないでしょうか?」 最後に、自分や村人も可能な限り手伝うと告げ、老人は開拓者ギルドを去った。 「‥‥で? 何で貴方まで居るんです?」 「ギルド紹介したの私ですもの」 「どう見ても、貴方に繋がりのありそうに見えないきちんとした方でしたが?」 「酷いですねー。少し前にお人形の依頼持ち込んだでしょう? あれの製作者さんがあの人です」 「ああ――亡くなられた方の供養に人形を川に流すっていう‥‥」 「報酬は村持ちですけれど、私も一枚噛みますよ?」 「‥‥何で、貴方が言うと何でもかんでも胡散臭く聴こえるんでしょうね」 「日頃の行いでしょうね。 開拓者さんの方で脅かすのに何か道具が必要でしたら、私の店の方からお貸しします。お化粧道具から小道具まで色々揃ってますから、中々に楽しいですよ?」 ――やっぱり楽しんでるのかこの女―― 相変わらず碌でもない質は変わらないようだが――申し出自体は好都合。後は―― 「こんな依頼に手を出してくれる開拓者の方って居るんですかねぇ‥‥」 |
■参加者一覧
白拍子青楼(ia0730)
19歳・女・巫
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
空(ia1704)
33歳・男・砂
細越(ia2522)
16歳・女・サ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
夏目・セレイ(ia4385)
26歳・男・陰
μ(ia4627)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●下準備 逆肝試し決行数日前。 開拓者達は、酔狂にも彼らに無償協力してくれるという女性の店を訪れていた。これがまた広大な土地だったのだが―― 「あら? 其方の方は確か――」 「――何時ぞやはお世話になりました――ええ、色々な意味で」 対面直後、女性と斎 朧(ia3446)の会話がそれ。以前に別件でこの店を訪れた事があるので、その時点で誰が協力者なのか分ってしまっていた。 「どちらかと言えばお世話になったのは此方なのですけどねー。 ‥‥それで、その様子ですと肝試しの件で?」 「うむ。俺のこれと同じようなものがあれば用意してもらいたい」 一行でも飛び抜けた巨漢、王禄丸(ia1236)が自身の顔を示す。そこには―― 「これは見事な被り物――どちらでお買い上げに?」 「ほう、流石にお目が高い様だが、これは俺だけの一品物でな。残念だが何処かで売っているようなものではないのだよ。それから、俺が被るわけではないので、寸法はあやつに合わせてやってくれ」 興味津々といった感じの女性――蔓に、豪快に笑う王禄丸。 ――そもそも、牛の頭骨を再現した被り物などそこらで簡単に売っているような物ではないだろう。お面ならともかく。店内に並ぶ統一性のまるで無い商品群からしても、蔓の観点はどこかずれている。 因みに、寸法合わせを指し示されたのは煙管片手の目付きの悪い金髪の青年。その夏目・セレイ(ia4385)は、少々気だるげに頷いている。 「神域に不敬者とは見逃せませんしね――まあ、その尻馬に乗る俺達もどうかとは思いますが」 「ねー、お姉さん。その村で特別な人形があるって言ってましたよね。あるならいくつか用意してほしいんですけど」 王禄丸とは対照的に、此方は一行では最も小柄。μ(ia4627)と書く名前を持つ少女。因みにこれは『ミュー』と読む。ジルベリア方面での名前――というか単語であろう。 物珍しそうに店内を見回しつつ、商品目録を繰っている蔓に向けてμは元気に声を掛ける。それを受け、蔓は手を留めて笑う。 「神主様が怒らなければいいですけどねー‥‥まあ、良いでしょう。背に腹は代えられないでしょうし。くれぐれも、こんな状態になさらないで下さいね」 蔓が取り出したのは、上下真っ二つの上にぼろぼろになった件の人形。着衣を含めて見事な造りなのだが、そういう人形は状態によっては不気味に見える。 「それも商品なの、お姉さん?」 「元お買い上げ品、ですよ。アヤカシが憑依していた人形――貴方方の同輩の、奮闘の証――それで、他には何かあります?」 「そうだな――実用性は無くて構わんから、落ち武者っぽくなる一式用意して貰えるか? しっかし、相手の尻馬に乗って退散させようたあ、悪だよなあ‥‥ヒヒッ」 妙に満足そうにぼろぼろの人形を眺める蔓に、奇妙な笑いを向ける胡散臭い男。空(ia1704)という名前であるが、それが語る通り笑いも仕草も何処か空虚。相手は商売人であるからして、虚構で固められた姿を悟ってはいるのだろうが――それを表面に出さないのもまた、商売人。 「考えたのは私じゃないですよー、と――随分とまた大掛かりな物を使いますね。これは倉庫の何処かにありましたか。血糊塗料とかは多めに渡しますけど、使い切っても構いませんよ」 「重ね重ね済まないが、人形とそれに似た衣装を貸して頂けると有難い。それから――鏑矢一式もあればお願いしたいのだが‥‥」 「――人形はお貸ししたのを使うとして、鏑矢も別に構いませんが、貴方――乗り気ではなさそうですね?」 華奢な体型の少女が言い淀むのに、蔓は重ねる。余り表情の変化が見られない細越(ia2522)だが、確かに手段が自身の好みで無いのは感じている――だが。 「貴方の言う通りかも知れないな――ただ、今回の場合相手に問題があり過ぎる。神主の望みでもあるし、仕方有るまい」 「ふぅん――まあ、あまり難しく考える事も無いですよ。行動に必要なのは動機と結果――過程を評価するのは、所詮周りです。勿論、過程が余りに的外れであれば問題は産みますけれど、今回の過程は提供されているものですからね」 「そういうものか――?」 細越は自身の弓を見る。彼女は侍であるが、恵まれなかった身体の為、弓術を主とした。これが動機。そして現在、その技術で開拓者として己の場所を得ている。これが結果。確かに弓を選び鍛錬する際周囲に色々言われた気もするが、間違っていなかったと断言出来る。つまりはそういう意味だろう。 「だけど、姐さん。てめえも随分と道楽が過ぎるが――何でまたここまでする? 無償奉仕っていうには、こりゃ金が掛り過ぎてないか?」 「まあ、私にも色々あるのですよ――それに、流通業を営んでいますと、話のネタは幾らあっても困るものではないです。特に、開拓者の方々が見せてくれるものはネタにしなくとも充分価値があるものですし。 ――人が得て満足するものは、お金だけに限らないという事ですよ」 注文が出尽くした辺りで巴 渓(ia1334)が疑問を口にする。ある程度の商才を持っている彼女には、利益の無いこの手の貸し方が不思議でならない。蔓はそれに微笑で答える。言っている事は分らなくもないが、根本的な部分は何も答えていないようにも感じた。 「あのぉ、そろそろ村へ参りませんか? 準備も必要ですしぃ――あ、蔓様。お茶とお菓子の一式を頂きたいのですけれど――」 どこか気の抜けるおっとりした声が、先を促す。発言した白拍子青楼(ia0730)に、蔓は一抱えの木箱を無言で手渡す。その一連の流れを見て、朧の一言。 「で? そのお茶会一式を何に使うおつもりですか?」 村への到着後、一行は即座に準備を開始した。 不敬者は期間を決めて現れているわけではない。極端な話、その日の夜に現れないとも限らないのだ。なので、準備期間は短く待機時間は長く、となる。 幸いにして、彼らの準備は大掛かりな仕掛けを必要とするものではない。村人や神主の協力も得て、準備は到着当日の夜になる前に滞りなく終える事が出来た(約一名、のんびりとお茶会を開いていていたり昼寝をしていたりしてお仕置きされてはいたが) そして、滞在から三日後になり、漸く脅かすべき相手が現れた。 「漸くお出ましか。 あんだけ急いで準備して待ったんだ、存分に怖――って、くっつくなよ」 「こ、怖くなどありませんわっ。ええ、ちょっと暗いだけですし‥‥」 肝試し終了後の後始末役二人、渓と青楼である。当初の後始末役は渓のみだったのだが、青楼が夜の森に怯え悲鳴を上げて若者達に気付かれかねないので、此方に回されたのだ。その怯え方が、逆に若者達に警戒心を与えないとも踏んで。 と言うか―― 「てめえ、それでよく開拓者になれたな‥‥」 「な、なな、何の事ですの? 別にわたくしは‥‥ひう!」 「森の外でもこれだもんなあ――気付かれるから、悲鳴は上げるな」 素なのか演技なのか、よく分らない人である。 ●一つ、呪い人形 今回、開拓者達が相手をするのは、アヤカシでも悪党でもない。ただの人間の若者の集団。 人数は合計六名。男女比は一対一――目的を考えれば当然だろう。その身なりは、村近くの神社を訪れるには明らかに不釣り合いな華美な物であった。 まず男女二人組が動く。肝試しの基本。他の連中は、先発が戻ってくるまで早々は動くまい。動いたら動いたで順々に脅かせば良いだけの事。 そして、今夜限りの怪異が始まった。 夜の山は暗い。月明かりはあるものの、木々に遮られ完全に届くわけも無い。その為、男女は松明を持っているが、場所柄見通しは激しく悪い。 「ね、ねえ‥‥さっきさ――人形飾ってあったわよね‥‥」 「え? あ、ああ‥‥近くの村で使うらしいし上の神社で作っているから、それじゃないかなー‥‥」 既に女の方は及び腰――男の方はまだ余裕があるように見えるが、今までは一度も無かったあからさまに祭られている人形を目にして、言葉に元気が無くなっている。 次の瞬間、彼らの頭の上を細長い何かが鋭い音を立てながら通り過ぎていった。慌てて其方に松明を向けるも、何も無い――恐る恐る互いの顔を見合わせたのと同時に、同じ現象が発生。仕掛けた方からすると笑いを堪えてしまう行動を数度繰り返し、男女は思わず蹲る。 「ちょ――何も起きないって言ってたじゃない!」 「だ、大丈夫だって、猿か何かだよ!」 野生の猿は夜行性ではない。 こういう状況になると、中々立てない。怖いとは思っていても、足が動かない。そして、蹲る彼らの背後で物凄い速さで何かが横切っていた事に気付いてしまった。人形を見た後では、尚更人型には敏感になる。 「‥‥今、何か‥‥服っぽいのも見えたし!」 「気のせいだって猪とかだよ!!」 だから、猪も普通は夜行性でない。 次の瞬間、彼らの身体が硬直する。何事かと恐る恐る見下ろすと、全身に先程の人形によく似たモノが無数に張り付いていた。同時に、周囲の茂みが音を立て少女の押し殺した笑い声――挙句、背後に人形と似たような装束の人影が一つ――松明を向けると、何か赤いモノが滴っている―― 身体が動くようになったのに気付いた瞬間、男女は悲鳴を上げて山道を駆け上がっていった。 「――大した逃げっぷりだな」 「むー、まだもう一つ残ってたのにーっ」 後に残ったのは、μと細越の声。 ●二つ、怒れる牛神様 男女が我に返った時には、既に神社の近くまで辿り着いていた。正直の所、このまま逃げたいが――戻っても居るかも知れない。なら、この先の社に行った方がマシだ。逃げ帰り仲間に馬鹿にされるのもお断りである。 「あら――こんな夜中にご参拝か何かですか?」 と、いきなり前方から声――悲鳴を押し殺して身を固めていると、巫衣に身を包み微笑を浮かべた女性――朧がゆっくりと歩いてきた。 「随分と顔色が宜しくないですけれど、何かありまして? ――ああ。私、先日よりこの先の社に勤めさせて頂いている者です」 この状況で冷静さを保っている人間に遭遇した場合、それに縋るのが人間の常――下であった事を全てぶちまける男女。上手くいきましたかと笑みを深くする朧。 「成程‥‥社でお話を伺ってみますか。私に心当たりはありませんが、神主様なら此方は長いので、何か知っているかも知れませんし」 因みにこれは朧風に言うと (――では、第二の怪異へいらっしゃいませ) という意味である。 途中、男女は社へ通じる階段に以前は無かった石塚があると言った。空が設置したものだが、朧は何も無いですよと一蹴。自分達だけにそれが見えていると誤解した男女は、もはや蒼白。その前にそこかしこに置かれている人形も同じ扱いをしているので、効果は抜群だった。 そして社。待っていたのは、セレイ。 「人形――これですか。これは供養に使うもので動き出すなど有り得ないのですが‥‥」 「――怪異があるなど聴いた覚えも無いですし」 「‥‥この地を護る牛神様と従者様が土地を護っていますし」 詳細は省くが、こんなやり取り。多少落ち付いた男女も、状況に呑まれたままなのは変わらず大人しくそれを聴いていた。 「ふむ――では、彼女と共に山を降りなさい。彼女も神職――頼りになるでしょう」 朧と共に社を出て鳥居を潜る男女。そして、階段を降りようとした際に――ソレは居た。 「あ、あわわわ‥‥う、牛、牛?!」 「い、いやあああああっ?!」 階段をゆっくりと登ってくる牛頭を持つ巨体と、その脇に従う血塗れの武者。今までの経験と先程の話。一度冷静になった頭と心臓が、その時以上の混乱を巻き起こす。牛頭が引き摺る長槍と落ち武者が一歩上る度になる金属音――ゆっくりと、そして定期的に響く。 「――我らの領地に踏み入る貴様らに、呪罰をくれてやろうか」 重く響く牛頭の声――それが、完全に男女の理性を吹き飛ばした。 意味不明な絶叫と共に、神ミへ逆戻りの男女。もはや、朧を放置したままなのにも気付いていない。 「へへっ――面白えなあ。今夜限ってのが惜しいねえ」 「――今宵、貴君らを騙った事、謝罪する。どうかその眠りが安らかである事を」 あくまで楽しんでいる空と、静かに呟く王禄丸。その対象的な両者を見てから、朧は社を振り仰ぐ。 「では――最後の一押しと参りましょうか」 ●三つ、存在しない神職達 社に駆け込む男女。そこは先程よりも明りが絞られ、薄暗い。だが、奥に先程の神職の背を見付け胸を撫で下ろす。 「で、でで、出た! 出た!!」 「た、たす、すけ、ててて」 両名共に言語回路が壊れ始めている。まあ、無理も無いのだが―― 「ほう――我らの牛神様と従者様が現れたと――しかし‥‥それですと、貴方方は」 「わ、悪気は無かったんだ‥‥お、お前も謝れって!!」 「あ‥‥ああ、あんた達が誘ったんじゃないの!」 「おやめなさい二人とも――――それで、確認しておきますが」 ゆらりと後ろを向いたまま立ち上がる。その姿の殆どは、闇に紛れている。声色に何かを感じたが、半泣きで後退りする男女。そこで、ゆらりと振り向き明るい所まで一気に進み出る。 「それは、こんな顔で間違いないのか?!」 そこにあったのは、先程の牛頭とほぼ同じ顔――絶叫と号泣と脱兎―― 「予定と少し違うが‥‥ま、これで詰みだろうな」 逃げ去った二人の末路を想像し、セレイは軽く笑っていた。 もはや声も出ない。気付けば階段の一番下まで走ってきたらしい。周囲に何もないのを確認して一息吐くも、道の先の暗がりに先程の巫女らしい姿を見てぎょっとする。 迷う。神社の神職すら――だが、この巫女とはここまで一緒に来た。だから大丈夫だと藁にも縋る気持ちで腰を上げ―― 「‥‥怪異は聴いた事などありませんよ‥‥」 ゆっくりと進み出て来る巫女―― 「だって」 そこに居たのは―― 「私がその『怪異』なのですからね‥‥」 血に塗れた掌を薄く光らせながら、男女の元に迫る巫女。そこで臨界を迎えたか――男女は意識を失った。 「――おしまい――ですが、揃って失禁とは――相性は宜しいのでは?」 その後、旅人に扮装した渓と青楼が残った四人と接触。戻らない二人を彼らと共に捜索、見付け次第村へと連れて行った。 村で待っていたのは、本来の神主。 曰く 「うちに他の神職を雇う余裕も必要もありません――ただ、昔にあそこで巫女や神職が不敬者に殺害された、という話は聴き及んでますな」 止め。二人は平謝り、残り四人も状況を知り追随――これで、二度と彼らが訪れる事は無いだろう。 そして、開拓者達は神社を去る折に山全体に向け敬意を示す。必要な事とは言え、神域で一騒ぎした者として当然の行為だった。 |