閉鎖社会の女王達
マスター名:小風
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/03 16:49



■オープニング本文

●人間共同体の定義
 人間の共同体にはある程度の結束が不可欠である。
 共同体である以上纏まりが必要なのは当然であるし、それが無ければそもそも共同体として成立しない。こういったものは都市部から遠ざかる程に強固になっていく。逆に都市部の場合、不必要に結束を高めようとすると余計な不和が発生し、その結束を排除する為に一時的に結束する、という面白い現象が起きる。勿論、これは良い悪いの話ではない。その場所がそういった構造で出来上がっているだけの話。
 稀に国家規模で結束を成立させているように見えるものもあるが、裏では調整に東奔西走する者が居たり、または狂信的ともいえる何かで国家全体が同じ方向しか向かないようなイキモノしか居ないだけの話である。但し、これも良い悪いでは判断出来ない。少なくとも、そういったものをそうでないものに拡大したりしなければ、当人達以外には問題は無いからだ。
 こういったものは良い方向性に向かっていれば有益であるのだが、向く方向を誤った時点で無益どころか害悪そのものへと変貌を遂げる。

●消えた命
 その日、受付さんは休日だった。
 開拓者ギルドの受付担当の一人。
成立して日の浅い為に経験値が足りず、需要と供給が不均衡ながらも増加を続けるギルドの業務に追われ、その日は久々の休日だったのだ。
 ここ最近は部屋にすら帰れない日々が続いていた。そういったわけで、朝から部屋の掃除に始まり昼からは久々の買い物や友人宅への冷やかし等に明け暮れた。大人しく部屋で休んでいても良かったのだが、そこはまだ若いだけあり遊ぶのを優先したのだ。
 その帰り道。
 大通りの一角で、何やら人だかりが出来ているのを目の端に留めた。正直なところ、ここで気にしなければ平穏に一日が終わったのだが――腐っても開拓者を相手にしている身。困った事に、面倒事には目端が効くようになってしまっている上に基本流すという行動が取れない。
 実の所、開拓者ギルドの受付をしてなくとも、素でそういう質の持ち主なだけなのだが。
 人の山を適当な謝罪と共に押し退ける潜る。こういう時、小柄な体格は良いのか悪いのか判断に迷う。
 ――人の輪の中に、ぼろぼろになった女の姿があった。

 とりあえず、その場で体格の良い連中数名を張り倒して医者を呼びに行かせた。自身も応急処置程度の事は出来るようにしているので、すぐさま女の身体を慎重に確認する。
 ぼろぼろの衣服は判別し辛いがそもそもあまり質の良いものではない。頭の先から足の先まであらゆる箇所に殴打の跡――骨折は無い様だが、内出血が起きている箇所が無数。手足には縛られていたような跡。口の中を覗くと、殆どの歯が折れているか抜けているかしていた。顔に至っては完全に変形して、体型などでかろうじて若い女性と判別できる程度だ。
(どう見ても拷問を受けた後にしか思えないけど――逃走犯罪者? いや、口がこれじゃまともに喋れないし、正規の拷問屋がやるものじゃないな。娼館絡みのヤ印――無いか。あいつらが商品の外見にこんなに傷付ける筈ないし、捨てるならどっかの投げ込み寺か川だ)
 足の裏や膝を見る。泥や土埃の重なり具合からして、延々歩き這い続けたのか。その足の形からして、都市部の人間ではない。動き回る事を常とする足に見えるからして、恐らくは村社会の人間だろう。
 取り囲んでいる人間から、医者が到着したとの声が上がる。自分が来るまで放置していたくせに偉そうに声を上げるなと不愉快になったが、そういう事を思う自分も嫌になる。更に――
(もう死んじゃったから――お医者さんに余計な手間かけさせたかな)
 ――冷静に、そういう事を思ってるのは最悪の極みだろう。

●非公式調査依頼
 一週間後、受付さんは上司に個室へ呼び出しを受けた。覚えは無い――アレ以外は。
「一週間前の休日に、道で死人を見掛けたな? その件だ」
 ――役人の呼び出しで無い以上、疑われているわけでもないだろう。
「この神楽の都から北に行くと、山岳地帯にぶち当たるだろう。そこのど真ん中辺りにちいさな村があるのだが、死んだ少女はそこの住人らしい」
「――少女、ですか――ん? ギルドで調べたのですか?」
「いや、役人。都や街道の目撃者の証言及び道程の予想を組み合わせて見付けたそうだ。村の連中が言うには『アヤカシが憑いたので村で討伐したが、隙を突いて逃げられた』との事だが――」
「ただの村人がアヤカシを処罰? それに、あれが討伐――?」
 戦闘訓練も受けていない村人如きがアヤカシを倒す? あれは明らかに痛めつけられた痕だ。断じて戦った跡ではない。
「落ち着け、お前の言いたい事は分る。だが、そう言われた以上は役人には手出しは出来ん。
 ――問題は、役人連中が言うには村自体が普通じゃないって此方に話を廻してきた事だ」
「まだアヤカシが絡んでる可能性がある、と?」
「それならマシなんだがな――村代表として、10代前半から後半の二人の若い娘が出てきたらしい。この時点で怪しいが、その少女をアヤカシと断じたのは、その二人らしい――少なくとも一人は、巫女としての能力を持っていた。それは役人も目の前で見せられたらしい」
「でしたら、問題があるように思えませんが――」
「まあな。だが、二人以上におかしいのは村そのものだ。所在地の関係上仕方ないのかもしれないが、異常なまでに他者を嫌う。役人連中は、二度と行きたくないと言っていた。それから、死んだ少女の親だが――どれだけ言われようとも出て来ない。例の二人組によれば、村の掟らしいが――」
「‥‥何か、気に食わないですね」
「同感だ。で、役人連中が言うには若いと言える年齢の女性が一切見当たらない、という事。辺境地の村なら少ない傾向にあるだろうが、それにしたところで全宅訪問しても子供か中年以上の女性しか居ないというのはおかしいだろう」
「例の二人は何と?」
「全員、アヤカシに憑かれたので処分しましたと、さ」
 ――ああ。多分、今自分凄い顔してる。
「それ――私が調査依頼出しても良いですか?」
「‥‥え、ちょ、何言ってる?! ギルドの方で正式に調査は出す、妙な真似は――」
「現状だと、相当後になりますよね? だったら、正式調査以前に役人ではなく開拓者の目と手による調査が必要に思えますが?」
「いや‥‥そりゃそうなんだが‥‥何でお前が依頼主になる必要がある?」
 上司の様子を見る限り、承諾されたと見て良いだろう。なら、もう良い。非公式に近い個人依頼に近い以上は依頼書を作るわけにもいかないだろう。なら、自分の足で探すまでだ。報酬は――こういう話が好きそうな変態女にでも無心しよう。土産話と引き換えとか言っても、アレなら喜んで出す筈だ。
 部屋を出る前に、一度だけ振り向いて質問の答えを投げる。
「だって――私、今物凄くムカついてるんですから」


■参加者一覧
陽(ia0327
26歳・男・陰
シュラハトリア・M(ia0352
10歳・女・陰
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
月城 紗夜(ia0740
18歳・女・陰
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
上杉 莉緒(ia1251
11歳・男・巫
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ


■リプレイ本文

●世界の入口
「‥‥この地図、見る限り、周辺に何もない‥‥」
「地図で見る限り山中に他の村は無し。一番近い村でも山岳地域を抜けねばなりませんか」
「隠れられる場所は多数――山の張り出した位置に村を作っている関係上入れる場所は限られ、見付かる可能性も高いわけですな」
 村の一歩手前で設置した野営地。顔の左半分に凄惨な傷跡を遺す月城 紗夜(ia0740)。黒髪と柔らかな肢体を持つ巫 神威(ia0633)。侍の装いと人相が良いとは言えない大蔵南洋(ia1246)。その三人で地図を囲み唸る。
 因みにこの地図、調査に当たった役人達が既存品に書き加えた物で、それを同行者である受付が借り受けてきた物。
「厳密に調査すれば他の村がある可能性も有りますが‥‥」
 その受付――標という名前の少女は固い表情で呟く。依頼内容にもよるが、ギルドの受付が同行するというのは普通無い。その状況に緊張はあるのだろうが、何か別のものにも見えた。
「昼と夜の二段構えで調査するんだっけか? んじゃ、俺は夜の方で行かせてもらうけど――受付さん、あんたは?」
「私ですか?」
「そそ。何だったら、俺と同行してもらえると有難いんだけどねー。心細くて泣きそうだから、一緒にどう?」
 標に飄々と声を掛けたのは、全身に文字や文様を施している青年。陽(ia0327)という名の彼だが、奇妙な容姿とは反比例して内面は親しみ易い手合いの様である。その独特の物言いに、標も苦笑い。
「‥‥役に立てる事があれば」
 表情から険しさが消えている――陽にそういう意図があったかは不明だが、結果良ければ全て良し、である。
「――本当なら待機してもらいたいところですが‥‥なら、私も夜に。構いませんか?」
「ええ。あー、私歳下ですし依頼主とは言え形式上ですから、普通で良いですよ」
「そう? なら、そうさせてもらうわ」
 同様に手を上げた紗夜の物言いに、標。標の敬語は最早職業病で変え様が無いのだが、年上の女性に敬語を使われるのは気が引けたのだろう。それに、軽く笑って砕けた口調を返す紗夜。
「死人が出てる以上、時間は掛けられん。早々に村に入ろう。標、行商に扮する為の品はこの背嚢か?」
「ええ。提供者は『大した物は入っていないので、いざとなったら背嚢毎捨てて』と」
「そりゃまた太っ腹やね――何ぞ、手当たり次第に詰め込んであるっぽいけど、何入ってるねんコレ?」
「さあ――安い小物類としか」
 限界まで膨れ上がった背嚢を覗き込んで、一ノ瀬・紅竜(ia1011)と琴月・志乃(ia3253)――二人の侍が目を丸くする。確かに安物なのだろうが、量が尋常ではない。その提供者は何を考えているのやら。
「ボクがもう少し修練を積んでいればアヤカシの有無だけでも調べられたのですけど‥‥」
 沈んだ表情とおどおどした口調で悔やむのは、華奢な身体に巫衣を纏った可愛らしい少女――ではなく、実は少年。容姿も服装も装飾も上杉 莉緒(ia1251)という名前まで何もかも少女そのものであるが、これは彼の生い立ちに端を発する。成長に伴い当人的にも大きな悩みであるし、克服努力もしているわけだが――同性の告白を受ける事多々。
「本当にアヤカシだったのか、って気もするけどねぇ。シュラハはもっと別の――」
 此方も莉緒同様に可愛らしい容貌を持つが、正真正銘の少女であるシュラハトリア・M(ia0352)。但し、年齢とはかけ離れた妖艶淫靡さと豊満な肢体を持つ。
 甘い口調で彼女が呟いた言葉は、何かに気付いているような響きだった。

●閉じられた世界
 行商に扮した紅竜と志乃、盲目の旅芸人に扮した紗夜と彼女に従う形のシュラハトリア。四人で村に入り、残りの五人は村周辺の調査と夜間調査の為の休息。
 普通の村であれば多少の僻地や閉鎖性を持った場所でも、一日限りの訪問者が節度を守るのであれば比較的寛容だ。それは村社会も人間の集合体であり、外界から刺激を取り入れなければ破綻するのは必然だからだ。
 その意味で行商役二人は成功していた。場所柄、行商が訪れるような事はまず無い為、物珍しさが強いのだろう。多少の利益は上がったが、これは当然ながら物品提供者に渡さなければならない。
 一段落ついた所で、志乃と紅竜は手元の紙で意思疎通を図る。
『何故、あちらに男連中は誰も近寄らない?』
『分らんなあ。見る限り、皆興味はあるっぽいんやけど』
 村社会は男性社会――まして、ここには若い女性が全く居ない。そこに若い女性――一人は傷跡と目に包帯だが雰囲気は悪くない、もう一人は蟲惑的――誰一人として男性陣が近付かないのは不自然だった。中年以上の女性陣は遠慮がちに近付く事はあるが――
(この人達――何かを、怖がって、いる?)
 包帯の隙間から男性陣女性陣を見た紗夜は心中首を傾げる。自分の容姿が恐れられるのなら、まだ分る。だが、これは自分に向けられたものではない。むしろ――
(長居せずに立ち去れ――みたいな感じ? んー、男の人は近付いてこないしいよいよ当たりかなぁ)
 シュラハトリアには特に男性の視線が集まっている。正確に言えば、胸や腰回り。そういう生温い視線には慣れているが、只管視姦だけされるなら、あからさまな助平の方が遥かにマシである。
 何度か近場の男性に近寄ろうとしたのだが、シュラハトリアがそういった動きを見せると男性のみが消える。
 ふと、その二人の視界に影が差した。顔を上げたそこには――
「村長、こいつらか?」
「見りゃ分るよね」
「このお二方‥‥後はあちらのお二方です」
 巫衣を纏った二人の少女と、壮年男性――差実と阿尾。そして村長。だが、村長はこの二人の身内の筈。その丁寧な物言いは一体――?
 既に視界から男性女性問わず全ての人間が消えていた。

「阿尾だ。この村で巫女をやっている」
「彼女の従姉で差実だよ。この子と違って恰好だけだけど」
 村長の家に案内された四人は、自己紹介を受けていた。力を持つ阿尾――容姿は余り良いとは言えないが、それ以上に言葉や態度からその質が知れた。逆に従姉である差実は、言葉は軽いが陽性で不快を感じさせない。
 暫く話した後、いきなりシュラハトリアが核心部分に突っ込んだ。
「ねぇ、何でこの村には若い女の人が居ないの?」
 ――実の所、これは引っ掛けた男性から聴き出すつもりだったのだが、状況的に誰に聴いても大差無いと尋ねたのだが――
「少し前に村全部の若い女の人がアヤカシに憑かれちゃってねー‥‥阿尾筆頭にして、村人全員でどうにか退治したわけ。なので、見事な女日照り――男衆を喰い物にしないでね」
 あっさり差実の方が暴露した。従妹から睨まれているが、気にした風も無く――挙句にシュラハトリアの方に釘を刺す。確かに女郎上がりと説明はしたが――
 その後、当たり障りの無い会話をして家を出る。阿尾は自身が暮らす社に泊まるかと勧めてきたが、それは断った。それに必要な情報はある程度は得た。長居は無用だろう。

●標の理由
 四人は用心の為に大回りして野営地へ戻った。周辺調査を終えたであろう五人は村内の報告に眉を顰めた。村の異常性、二人の巫女――阿尾よりも、差実の方が引っ掛かる。この村唯一の陽性――こいつは何だ?
 昼間に村を見た限り、不自然な建物は無い。地下室は考えられたが、ああいった扮装をした以上調べようがない。ただ、報告には無かった建物――社。巫女は両親と暮らしている筈。役人に社の存在を隠しておきたかったのは確かだろう。
 そして、周辺調査の五人からその社らしきものの報告はあった。それは――

「昼間も見たけど‥‥祠と言った方が正しいんでないの?」
 陽の呟きに、他の四人も頷く。大人が腰を屈めてどうにか入れる程度の大きさ――奥行はあるようだが、どう見ても人が住む場所ではない。しかし、その入り口から村まで二人分の足跡が往復していた。
「これ、誰の血の跡ですかね‥‥」
 微かに血痕。村人に大きな怪我を負った者は見当たらなかったらしく、そうなるとこれは例の少女か他の誰かか――神威は陰鬱になる。
「昼間は鍵が掛っていた――今は、その二人が居る‥‥あ、あの、どうやって中を?」
「ふむ――村で弾き語りをする方がおられる。それに巫女がどう出るかによって変わってきますな。どちらにせよ、問題は鍵ですが」
 莉緒が呟いた言葉に、南洋が返す。『弾き語りをする方』とは志乃の事で、村社会では有り得ない夜中の弾き語りにどう反応するか――
「――静かに、誰か来ました」
 神威の言葉通り、村の方から村長が慌てた様子で走ってきた。祠の入口にある鈴を鳴らす――暫くすると、巫女二人が祠の入口を開けて姿を現した。
『夜中に何だ? 処理法を考えていたというのに』
『それが‥‥昼間来た行商の一人が、弾き語りをしに戻って――』
『放っとけ』
『んー‥‥役人連中にアヤカシ絡みって言ってある。もしかしたらそいつ、開拓者かもよ?』
 そんなやり取り。確かに差実に主導権があるが、同時に違和感。暫く問答が続いた後、三人は村へ――どういうわけか鍵を閉めずに。
「どーも、気に食わないなー‥‥誘われてるんかね、これ?」
「その可能性はありますが――好機とも言えますな」
「‥‥今を逃すと次があるか疑問ですね。琴月さんが危険な役目をしてくれている以上、無駄には出来ません」
「‥‥で、でも。入るにしても、外に誰か残って無いと‥‥」
 見張りも有るし、最悪の場合残った四人にはギルドへ戻ってもらわなければならない。だが、中に何があるかも不安はある――四人が悩んでいると、最後の一人が腰の短剣を確認し背中を押した。
「私が残ります。これ以上は足手纏いでしょうし、そうなると出来る事はそれくらいですからね」
 ――標は足手纏いと言うが、同行した時点で分っている筈である。開拓者をよく知る彼女であれば、今更言及する事ではない。そもそも、何故知らぬ少女の為にここまでする?
「まあ――私にも色々ありまして。とにかく時間が無いのでしょう、急いで」
「――何かあったら、すぐに知らせてちょ〜だいよ」
 標の表情に何を見たか、陽がそう言って祠の扉を開ける。暗い祠の中、地下に通じる穴があった。

●残した言葉
 祠の穴は、人の手に寄るもの。人が暮らせるような小部屋が複数――一部を除いた部屋に、腐乱した女性の遺体が繋がれていた。遺体の傍らには凶器が多数。血の塊などが付着した松明――使い道の想像などしたくもない。腐乱していて分り難いがどれも顔の損傷が一番酷い。これは標が語った少女と共通する。一つだけ繋がれた形跡はあるが遺体が無い部屋があった――恐らく、これがあの少女のものだろう。
 最奥の部屋は紙が散乱しており、見ると手配書の類。但し相当に古く、手配されていた人間は誰一人生きていないだろう。こんな物を何故貯め込んでいる?
 『処理』というのは、遺体の事だろう。これはアヤカシに憑かれた人間への対処ではない。その線は消えたと見て良いが、これらの行為は何の意味がある?
 その答は――

「あー、戻ってきた。沼気が酷くて、あたしなんか居られたもんじゃないんだけど――流石に開拓者は違うね」
 祠から出た四人を出迎えたのは巫衣。受付はその足元で頭部から流血しつつ昏倒。巫女の手には金属棍――標の頭部に当てられたそれが四人の足を止める。
「人質とは感心しませんな‥‥」
 南洋が太刀の柄に手を伸ばしたまま呟くと、差実は苦笑いを向けてきた。
「そう言わないでよ、阿尾に気付かれたくないでしょ」
「やっぱり鍵を閉めなかったのはわざとですか‥‥」
 違和感の正体はこれか、と神威。差実は開拓者をよく知っている様子――なら、開拓者ギルドが基本単身での行動を認めていないのも知っている筈だ。弾き語りを開拓者と疑った以上、他にも居ると思うのが普通――誘いそのものだった。
「調査があからさま過ぎ、こんな山の中で昼夜誰かが来るなんてまず無いんだよ。まして、昼に帰った人間が態々戻ってきていきなり弾き語りって‥‥」
「あー、ご高説は承るから――その子から離れてくんない?」
「冗談。その時点であたしの負け確定じゃん――それに、感謝が欲しいな。逃げた子居たでしょ? アレ、逃がしたのあたし」
「え‥‥何で‥‥」
 不機嫌に台詞を遮った陽へ、更に被せる差実。逃がしたという意味が分らない莉緒。
「阿尾がトチ狂い出したからね。あの子、顔あんまし良くないっしょ? 修行から戻ったらその劣等感が尚更酷くなって、村の若い女全員アヤカシ認定――その結果は穴の下」
「村人はそれに右倣えだった?」
「我が身可愛さ――反発すれば、自分がアヤカシとして指名されかねない。まして、ここの成り立ちを考えると自己防衛は何より強い。下で手配書見たよね――あれはね、ここの連中のご先祖。ここは、色々な場所から逃げてきた犯罪者や忌避された人間が寄り集まって出来た。あの穴は元々はそいつらが隠れ住んでいた場所。
 そんなのが先祖に居たんじゃ、村を出ても成功出来るわけ無い――少なくとも連中はそう思っている。結果、超閉鎖的な村が出来、阿尾はそこの女王様」
 おどけた様子で差実。確かにそれで筋は通る――だが一つ。
「――貴方の立ち位置は?」
「あたしは伯父から阿尾を任されただけ。修行に行くにも付き合ってやったし――ま、あの子がああいう人間になったのは、あたしがそうしたからなんだけどさ」
「な、何でそんな事――」
 方向性を間違えた教育――莉緒にも覚えがあるものだが、彼の経験したものは間違えてはいても歪んではいなかった。だが――
「‥‥志体持ちの管理の仕方の実験?」
 ――その答えは、斜め上どころか理解の枠外へ。
「意味分らないよね――ま、少しは考えてみてよ、中途半端な超人さん達。ヒトの形をしてなければ、こんな事思い付かなかったんだけどね」
 そう言い捨て、差実は夜の山へ姿を消した。地の利は明らかに向こうにある――追っても追い付けまい。この状況で留まるのは得策ではないし標の怪我も気になる。
 ――差実の最後の言葉が頭の中で響いていた。

 その後、待機組と戻った志乃と合流。状況を説明し、強行軍にはなるが即座に村から離れる事に。志乃は襲われこそしなかったが、全ての村人と巫女に追い立てられたらしく、状況の危険度を既に認識している様子だった。
 標の傷は浅かったが、殴られた場所が問題。陽に背負われた彼女は終始自分で歩くと言い張ったが、彼女に何かあっては困るのである。

●消えた真の女王
 調査報告終了後日、村に捕縛の為の一団が派遣された。そこで彼らが見たのは村中に転がる撲殺死体――中には阿尾のものもあった。
 実行したのは差実だろうが――あの少女は結局何だったのか。自身で開拓者に勝ち目が無いと言っていた以上、只の人間の筈――
 ――閉じられた村と女王は、真の女王を除いてこの世から姿を消した。