一人前の証明
マスター名:こめ子
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/25 22:27



■オープニング本文

「アヤカシが現れるとは、ね‥‥」
 包帯を巻かれ布団に眠る男達の枕元に座る女性は、憎々しげに呟いた。
「嬢、このままでは‥‥品が運べず商いもですが、里の人達も‥‥」
 街の隅に位置するこの商店では町人に物売りをしていたが、人里離れた集落への物売りも生業をしている。
 そんなある日、問題が起こったのはその得意先の一つの里に続く道での事。
 何時もの様に品物を持ちその道を移動していた男達が、アヤカシに襲われたのだ。
「そうね。このまま放置しておけば、里の方に移動しないとも限らないし‥‥」
 と、眉を顰めるも如何すれば良いかと悩むのは一瞬、そこに桶に水を入れて持ってきた少年が部屋へと入ってきて声をかけた。
「お嬢、困っているのですか?」
「‥‥お前が心配する事じゃないよ。子供は向こうに行ってな」
 孤児だった少年を拾ってくれた女主人の憂いた表情を気にしたのだが、まだまだ半人前の少年は気にする事ではないと桶を取り上げられすぐに部屋を追い出されたのだった。
(また、子供子供って‥‥)
 閉じられた襖の向こうから聞えてくる大人達の会話を聞きながら、少年は悔しげに下唇を噛む。
「このままじゃ埒があかないから、ギルドに頼むか」
「それが一番でしょうね」
 妥当な解決策を講じる店の大人達の台詞、そこで少年の頭の中に一つの考えが浮かんだ。
「‥‥よぉし、見てろよ。お嬢にも皆にも、もう僕が子供じゃないって教えてやるんだ!」
 少年は表情を輝かせ小さくしかし力強く一度頷くと、廊下を歩き出したのだった。

 それから数時間後―
 ギルドに一人の女性が飛び込んできた。
 並々ならない雰囲気に何事かと驚くその場の人間の視線を気にする事無く、女性は近くに居た受付員の胸倉を掴み声を荒げる。
「い、急いで、開拓者達をっ!! ああ、もう! 時間がないのよ!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと!! ‥‥ケ、ケホッ」
 まさかこんな場所で襲われると思っていなかった受付員は驚きながらも手を退かそうとするが、その手に込められた力は思ったより強く振り解く事が出来なかった。
「嬢、落ち着いてください!」
「坊主の事を心配するなら、早く開拓者の方々にお願いしないと!」
 女性に遅れギルドに入ってきた男達が二人の間に割り込みその手を剥がしてくれたが、彼等も女性を落ち着かせながらも何処か焦った様子だ。
「坊主が‥‥ウチで働いている子が、アヤカシを退治するって店を飛び出したんだ。子供の足だから、急げばまだ連れ戻せるはず‥‥お願いだよ、あの子をとめておくれ」
「けほっ‥‥確かにすぐにでも開拓者達を向かわせないと大変な事になりますね」
 多少乱暴な女性だが全ては少年を心配する為の行為、受付員は咳き込みながらも依頼として扱う為にすぐに手続きを始めたのであった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
奏音(ia5213
13歳・女・陰
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
氷那(ia5383
22歳・女・シ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250
25歳・男・志
江瑠那(ia9439
25歳・女・巫
ベルトロイド・ロッズ(ia9729
11歳・男・志


■リプレイ本文

●子供の心、親の心
 少年の行動は、確かに無茶で愚かな事だろうと大人達は誰もが思っただろう。
 しかし依頼を聞き集まった開拓者達が少年に対し抱いた感情は、何処か懐かしさを含んでいたのだった。
「やれやれ、まあ‥‥子供だからこその無鉄砲やな。とはいえ、あの年頃ではしゃあないんやけどな」
 内容を聞き開口一番、苦笑いと共に天津疾也(ia0019)は肩を竦める。
「そうね。皆に認めてもらいたいと思う気持ちは私も覚えがある事だし、分からなくも無いわね」
 大人になるには通るべき道なのかもしれない、自嘲気味で氷那(ia5383)は懐かしそうに目を細めた。
「一人でアヤカシ退治か〜、なんかスゲー親近感‥‥」
 そしてルオウ(ia2445)も、少々居心地が悪そうに小さく頷く。
 だからこそ開拓者達は飛び出した少年の命を、この様な事で散らしてはいけないと思うのだ。
「少し伺いたいのですが、少年はどの様な性格で‥‥?」
 向かった場所を確認しながら江瑠那(ia9439)が、依頼者である女性に手短に尋ねた。
 緊張の面持ちだった女性は江瑠那の問いにふと表情を和らげ、困った様に口元を緩める。
「馬鹿って言いそうになるぐらい正直で一生懸命で‥‥見ているこっちも頑張らなくっちゃって思える坊主だよ」
「‥‥そうですか」
 どの様に育って欲しいか、その問いの答えも一言に全て込められていた。
 少年の気持ち――そして、この女性の気持ちもまた開拓者達は理解できるのだ。
「いそいで〜いかないと〜、その子が〜たいへん〜なのですよ〜」
 間延びした口調の奏音(ia5213)は傍から見れば急いでいる様子には思えないのだが、本人は今にも駆け出したい気持ちで一杯になっている。
「子を亡くして悲しむ親の涙なんて‥‥もう見たくない‥‥。だから‥‥全力で助けるよ‥‥」
 子供の足ならばすぐに追えばすぐにでも姿を確認できるだろうが、アヤカシの動きも気になり身柄だけは先に確保しておきたいと白蛇(ia5337)が一足先に動いた。
「可能な限り早く辿り着く! 護衛は任せたぞッ―‥‥!」
 依頼者である女性が深く頭を下げ開拓者達を送り出す中、先に駆け出しすぐに小さくなった仲間の背に天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は力の限り声をかけたのだった。

●目の前の背中
 行き交う者の居ない道を、白い風が駆け抜ける。
 白蛇としては少年がこのまま大人しく町へと戻ってくれるのが一番良いと思っているが、そんな相手だったら一人で飛び出したりはしないだろう。
 彼女がそんな事を考えた時、続く道の先に人影が見えた。
「な、なんだよっ‥‥お嬢の差し金か! 僕は戻らないからな!」
 少年と確認してからの白蛇の動きは素早い。
 駆ける足に力を込め、一気にその距離を詰たかと思った瞬間に少年の前に飛び出し行く手をさえぎったのだった。
 急に現れた白蛇に驚きつつも、邪魔だと少年は声を荒げ退けと言う。
 身柄は確保できた、後はアヤカシのテリトリーではないかを確認し安全なのか確認しなければならない。
「アヤカシを倒したいなら‥‥お腹が空いては‥‥戦にならない‥‥食べて?」
 アヤカシの姿は見えない、少しだけ時間を稼げば仲間達がすぐに来てくれるだろうと懐より携帯食を取り出し差し出す。
 見知らぬ人からの食べ物を受け取って良いものかと少年は考えた様子だったが、何も考えずに飛び出しここまで歩いてくるのに腹が少々減ってはいた。
「う、うん。ありがとう‥‥」
 ここは素直に言葉に甘えた方がいいだろうと考え、少年がおずおずと手を伸ばす。

 その時、少し強い風が吹き雑木林の葉や枝が擦れる音に混じり――低い唸り声が聞こえてきた。

「‥‥、お、オオカミっ?!」
 確かにアヤカシの姿は見えなかった筈だったのだが、近づく少年の臭いを嗅ぎつけ餌を求めて移動してきたのだろうか。
 白蛇は差し出した携帯食を懐に仕舞い、少年を庇う様に少しずつ数を増やすオオカミ達との間に立ち身構えた。
「あ、あぁ‥‥」
 オオカミの濁った光を放つ瞳が、ギョロリと動く。
 少年はアヤカシの纏う雰囲気に悲鳴にもならない声を絞り出すのがやっとの様で、小さく震えて動けない。
 ここは逃がすよりアヤカシの注意を己に引こうと白蛇が考えた時、二人の横を赤い影と共に突風が過ぎ去っていった。
「赤き迫撃の志士、天ヶ瀬――オラァ!」
 怒声と共に紅蓮の炎が二人の前で燃え上がり、間合いを詰めてきていたオオカミが数匹蹴り飛ばされる。
 すぐに追いつく、そう言い仲間を見送った焔騎が合流しアヤカシに挨拶代わりの一撃と共に飛び出てきたのだ。
「少年、名は!」
「は、はい‥‥源次郎‥‥」
 焔騎の派手な登場に、呆気にとられていた少年は驚きながらも素直に名乗る。
「なら、源次郎‥‥見ていろ、『勇気』と『無謀』の差を見せてやる!」
 腰に差した刀をゆっくりと抜き、鋭く磨かれ鈍く日の光を反射させる業物を構え不敵に笑って見せた。
 少年は何か言いたげだったが、吹き飛ばされたオオカミ達が焔騎に襲い掛かってきたのでただ見つめるだけだった。
 始まった戦いの音、それは餌を求め近場を徘徊していた他のアヤカシ達も呼び寄せたらしい。
 雑木林よりまた数匹、オオカミが飛び出し襲い掛かってきた。
「焔騎、任せたぜぃ!」
 追いついたのは焔騎だけではない、ルオウが声を荒げ注意を己へと向け少年からアヤカシを遠ざける。
 だが、数匹が一番弱そうだと判断した少年を的とし雑木林より駆け出してきた。
「危ない!」
 少年の前、ベルトロイド・ロッズ(ia9729)が槍を構え走りこむと素早く足を踏み込み武器を振るう。
 なぎ払われた槍がアヤカシの身を切り、その身を地面へと叩きつけた。
「大丈夫か。あのさ‥‥大人を心配させている様じゃ、間違っても一人前とは言えないんじゃないかな?」
 歳の近そうだから生意気だって思われるだろうけど、ベルトロイドの言葉に少年は口を一本に結び視線を落とした。
 退治すると言っていたのに動けない自分、そんな自分を守るために勇敢にもアヤカシに向かい武器を振るえるベルトロイド。
 少年が彼に抱いた感情は複雑なモノだった。
「貴方を守ってくれたベルトロイドさんを見て、どう思ったかしら? 彼はきちんと自分のやるべき事を分かってる。自分で自分の出来る事を考えた上で、何をするべきかを考えてるのよ」
 そんな少年の肩に手を置き氷那が静かに一言だけ言うと、傍で武器を構える。
 前に出る焔騎とルオウ、集まってくるアヤカシを少しずつ少年から離しながら一匹一匹と確実に仕留め足止めをしながら息の根を止めた。
「おっと、こっから先には進まないで貰らおか」
 二人の腕前は確かだが数が多く、アヤカシの数匹がその間を走り抜けた。
 しかし疾也が弓を構え放った矢が、後方へと向かうアヤカシを貫きその身を消滅させる。
「だめですよ〜、ちかづくアヤカシは〜斬撃符で〜こ〜げきなの〜ですよ〜♪」
 穏やかな口調だが攻撃は確実に、奏音が生み出だした式が鋭い風となり近づいてきた敵を切り裂いた。
 群れでの行動は少々厄介だが、開拓者達の攻撃数撃でオオカミの姿は消えていく。
「無事でよかったです、怪我はないですか?」
「‥‥は、はい」
 しかし、一般人である少年にとっては、ここまで近くで開拓者の戦う様子を見たことなくアヤカシに対する恐怖も消えないままだ。
 身を固くし瞬きすら忘れていそうなそんな少年を心配し、江瑠那が優しく声をかけた。
「大丈夫です。危ないので、動かないでくださいね」
 目の前であがる水柱、驚き身を引いた少年はぎゅっと持ってきた木刀を握りながらも言われた通り開拓者達の邪魔にならないように頷いたのだった。
 ルオウの咆哮が放たれる。
 その声に誘われ、数匹のオオカミが地面を蹴り襲い掛かってきた。
「へっ、その程度‥‥」
 槍の柄で初撃を交わし振り回し二撃目となったアヤカシの体を吹き飛ばす、そして三撃目構えた所に飛び込んできたオオカミの胸を一突きしその動きを止める。
「タマちゃん〜がんばって〜」
 襲い掛かったが避けられたオオカミが着地した場所には、奏音の扱う式が現れアヤカシへと襲い掛かった。
 時折、近くの雑木林よりアヤカシが飛び出してくるも身軽な白蛇と氷那がすぐに動き水柱が立ち振るわれる得物の閃光が走る。
「相手の数が多いと心配したけど、この様子だと大丈夫ね‥‥ベルトロイドさんの心強い護衛だって居るのだから」
 氷那の言葉通り、少年の近くにはベルトロイドが居た。
 彼は身長が低くリーチが短いがそこは持つ武器で補い、そしてその小さな身を軸として利用し槍を奮いアヤカシを少年に近づけさせない。
「己が意志を貫き、護るって事は自分をも護り、他者を救う路だ!」
 紅い光を撒き散らしながら武器を振るった焔騎の声が、戦う音に混じり辺りに木霊したのだった。

●一人前
 数十匹のアヤカシが消えた道は、静けさが戻り心地よい風が吹き抜けていた。
 前衛として戦っていた二人にはオオカミの牙や爪でつけられた掠り傷が数箇所見受けられたが、江瑠那が癒しの力を使い跡形もなく消えてなくなる。
「僕‥‥、何時も皆から子供だからって‥‥だ、だから、役に立ちたくって‥‥認めて貰いたくって‥‥」
 嗚咽と共に少年の口から吐き出されるのは、アヤカシが消えたという安堵感と成長するにつれ抱くようになる複雑な気持ち。
「だ、だからっ! 皆が困っている事を‥‥解決できたら‥‥」
 少年の前で片膝を付き、目線を合わせていた疾也は笑みを浮かべ少年の頭に手を置いた。
「まあ、確かにいつまでも子ども扱いは嫌やな。やけど勝手に行動したらそれは信頼されるわけないんや。坊主も商店の一員なら、信頼されない商いがうまくいくわけないのはわかるやろう? 大事なんは地味でもこつこつやってまずは信頼を勝ち取ること、それで初めて一人前や」
「‥‥う、うん」
 ぎこちなく頷く少年に、疾也はもう大丈夫だとその頭を撫でてから立ち上がる。
「そうね。そして‥‥無茶をするのは、守らなければならない人を守る時でいいんじゃない? その方が男としては格好良いと思うわよ?」
 軽くウインクをし悪戯めいたしぐさと氷那の『女性視点のアドバイス』に、少年は頬を薄く染めた。
「それでも駄目な時は仲間を頼る事だって大事だぞ。俺一人だけでは君を護れはしなかったんだからな‥‥人を頼り人から頼られる、本当の意味での強さを目指して生きるんだ。そうしたら必ず、君の求める『一人前』に辿り着けるさ」
 少年の背をバンバンと叩きながら豪快に笑う焔騎、釣られる様に少年の表情は和らぎ笑みが零れる。
「俺もこの先、何が出来るかまだ判らないけどさ。誰かから頼りにされ信頼される人間になれたらいいな、って思うよ」
「うん、僕も‥‥そう思う」
 守って貰ったベルトロイドからの言葉に力強く頷いたのだった。
 一件落着、ルオウがそんな少年を見てから大きく背伸びをして元気よい声をあげた。
「女の人、スゲー心配していたからさ。早く元気な姿を見せてやろうぜ!」
 しかし、少年はまたぎこちなく表情を固くし何処か怯えた様子も見せた。
「どうしたの〜ですか〜?」
「う、うん‥‥その、お嬢‥‥怒ると物凄く怖いんだ、打つし‥‥」
 心配した奏音の問いに、少年は歳相応のあどけない表情で答える。
「ふふふ‥‥仕方ありませんよ。確りと、嬢に謝りましょう? まず自分のできる範囲のことをやって、でしょう」
 アヤカシを退治すると飛び出した少年なのに保護者の叱りは怖いというのは可笑しいと江瑠那は楽しそうに微笑み、そんな少年を少々羨ましいと思うのだ。
「自業自得‥‥あの人の心も痛んだの‥‥。ちょっとぐらい‥‥痛くても、我慢‥‥」
「うん‥‥そうだね」
 白蛇の言葉は正しい、少年は――源次郎は、開拓者達に救われた事そして学ばせて貰った事を確りと胸に刻み、開拓者達が言う『本当の一人前』を目指す事を固く胸に誓ったのだった。