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■オープニング本文 ネギリス――それは偉大なるアーサー王のもと、豊かに繁栄する国の名。「イギリスじゃないの?」等と言ってはいけない。あくまでもイギリスではなく、ネギリスだ。 なぜなら、空飛ぶ葱が市民権を得ている夢のような国なのだから。 ◆ Q:空飛ぶ葱って何ですか? A:フライングブルーム、つまり空飛ぶ箒というマジックアイテムがありました。それを改造して、見るからに立派な葱へと生まれ変わらせてしまった奇特な人がいたんですね。もちろん空を飛ぶという能力は失われておらず、ついにはフライング葱(通称:葱)と呼ばれるようになってしまいましたとさ。 Q:どうやって飛ぶんですか? 箒と同じでまたがればいいですか? A:それは葱の道に反します。尻に差してください。 Q:‥‥は? A:尻に差してください。抜き差しすればスピードも出ますから。まあ元々が箒なので固くて尻の健康に良くはないんですが、そこは気張ってくださいね☆ ◆ しかし市民権を得ているとはいっても、その使用条件の過酷さゆえに使いこなせる者は限られる。 だがその一方で、血を流し、軟膏を手放せなくなろうとも、葱に乗り続ける剛の者がいることも確かだ。人は彼らのことをこう呼ぶ――ネギリスト、と。 ●葱レース開催! 誰が一番上手に、そして熱く葱を操れるかを競う。もちろんフェアプレーを誓わなければならない。 見事このレースに勝利し、ネギリストの中のネギリストと称されるのは一体誰なのか! ※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
明夜珠 更紗(ia9606)
23歳・女・弓
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
今川誠親(ib1091)
23歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●皆、いろんな意味で勇者だよね 「俺はどんな挑戦でも受ける!!」 拳を握り締め高々と宣言したルオウ(ia2445)。己の背後にパラーリア・ゲラー(ia9712)が迫っているとも知らずに―― 「えいっ☆」 「うぎゃああああああああ!」 無垢なるルオウの尻にフライング葱が突き刺さる。そこには一片の情けもない。 「こんな風にいきなり刺しちゃうと後が大変だから、よーっく注意してね♪ 潤滑油代わりの軟膏とか、滑りをよくするものを先に塗っておくと、お尻の健康にばっちし!」 少女ながら幾度となく葱を乗りこなしてきたパラーリアの解説は、さすが堂に入っている。災難に見舞われたルオウには同情するが、パラーリアに悪気はないし、実演は予想以上に他の参加者の気を引き締めてくれたようだ。 (‥‥白い部分を差しているな。青い部分ではないのか‥‥?) 黒子から手渡された葱をじっと見つめるのは明夜珠 更紗(ia9606)、どうやらどっちを尻に差せばいいのかで迷っているらしい。経験者による実演を目の当たりにしたものの、逆に差せば何か起こるかもしれない、そんな風に考えて。近くに控えていた黒子に視線を送った。 動物的な勘を発動させた黒子は回れ右して逃走を開始。更紗もすかさず追いかける。 「待て、逃げるな実験台一号」 そんな風に言われて待つ輩がどこにいる。尻の生死をかけた全速力の鬼ごっこだ。 「‥‥此れがフライング・ネギ? 太いのですね‥‥」 同じく渡された葱をそっと何度もさするジークリンデ(ib0258)は、今ひとつ使い道をわかっていないようで。しかし黒子から耳打ちされて倒れ伏すルオウを直視すると、みるみるうちに青ざめていく。 「むっ、無理です! 無理ですからっ!」 ぱっと見お嬢様なジークリンデには酷なことかもしれない。だがレース会場に紛れ込んでしまったのが運の尽き。 背中から肩を抱かれて振り向けば、軟膏の入れ物を手にそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべる葛切 カズラ(ia0725)が立っていた。 「塗ってあげようか」 「あ、いえ、その」 「塗ってあげる♪」 てらてらと鈍く光るカズラの指先、そして着物の裾をめくるようにして飛び出ている葱に、ジークリンデが引きつる。黒子によって広げられた黒い布は彼女達を周囲の目から隠した。――こうしてジークリンデは涙目になりながら葱に「乗った」のである。 「その、ほ、本当に飛べるんですか?」 戸惑いながらもコルリス・フェネストラ(ia9657)が質問せざるを得ないのも、また仕方のないこと。 まあ、本物の葱ではなくあくまでもフライング葱だから飛べるのであって、そこらで売ってる普通の葱を差しても飛べやしない。そう‥‥選ばれた葱を差す選ばれた者だけが、空高く飛ぶことができるのだ! というわけで、パラーリアによる実演開始。すんなり飛んだ。 「‥‥‥‥‥‥なんと」 運動不足の解消にと参加を決めた今川誠親(ib1091)が絶句する。危険な部分は黒子作のスカートのようなキュロットのようなもので隠されてはいるが、隠されているからこそ一段と怪しさをかもし出すという逆説的な魅力がそこにあった。 周囲を見渡してみれば驚くことに、今回のレースに集まったのはほとんどが女性である。はしたないなどという以前に、その思い切りの良さを評価したい。 「拙者にもできるのでしょうか、不安になりますね、これは‥‥」 「じゃあやってみればいいじゃねぇか。一緒に馬鹿になろうぜ」 ブスッ。 小気味よい音を立て、誠親の尻から葱が生えた。ヤケを起こし超えてはいけない何かを超えてしまったルオウの仕業であった。 ●葱の磨きは十分か スタートラインという洒落たものはない。春の風にそよぐ草原、そこにただ一列に並べばよい。 観客はいないことにしている。誰かに見てもらうためにネギリストを目指すのではないからだ。己の力を、尻を、葱を、信じられるか。信じようとする己に応えられるか。それだけなのだ。 「葱以外にも差すべきもんがあるやろうにな」 琴月・志乃(ia3253)がつい口に出した言葉を耳にして、黒子達は慌てて人差し指を自分の口元らしき位置へ持っていった。それを言っちゃダメ、ということらしい。言った本人もこの場でそれはないかと頭をかきつつ、更には他に差すようなものなど思いつかず、とりあえず深く考えないことにした。 「ほんなら、始めよか」 ちなみに彼の役目は実況である。黒子の用意した空飛ぶ絨毯にあぐらをかいて座り込む。それが音もなく浮き上がると、彼は袂から白い旗を取り出した。 「よーい‥‥」 まだ軸に巻かれたままの旗をほどきながらも目線は並ぶ挑戦者達へ。 挑戦者一同は、満を持して尻に葱を突き立てる。痛みを覚える者もいたが、それはこれから臨む戦への武者震いへと変わる。 「はじめえええっ!!」 振り下ろされる旗。フライング的な本領を発揮する葱。 「各人一斉にスタート。まずは綺麗に並んでいます」 それはどこの世界の実況か――解説がいないのでそんな風にツッコミを入れてくれる存在はおらず、志乃は口調を元に戻す。 「覚悟の度合いで差が出るかと思いきやそうでもないなぁ。むしろ全員覚悟完了みたいやな‥‥更紗のあれとかあかんのちゃう? ‥‥あ? あれでもマシになったほう?」 更紗の尻付近から後方へたなびく白い褌に目を丸くする志乃だったが、実験台一号は首を左右に振っている。 どこから聞いてきたのか列に並ぶ直前の更紗は、武器を隠すこともない、空気抵抗を極限まで排除し、正々堂々とした高潔な精神と効率を追求する姿として、サラシと褌のみ装着するのが葱レースの正装である、と声高に叫んでいた。そして黒子から羽織と帯を着せられた。真面目に見えてどこかで必要な部品を落としてきてしまったのではないかと思わせるズレっぷりであった。 「お、動きが出てきたようやな。まず前に出てくるのは‥‥カズラ! カズラや!!」 レースは小山の側面に到着したところ。ここで葱を深くまで押し込んで加速したのはカズラだった。細かなコーナリングよりも加速、そしてそれによる軌道を計算した作戦だ。この作戦のために彼女は、短い時間ではあったが思いつく限りのことを試していた。抜き差しの角度や速度による加速及び減速の強弱、それによってかかる負荷、葱を日常使用している者と自分とで尻にかける負担の差など、他にもここでは書けない、彼女でなければ思いついたとしても実行には移さないであろうことまで。 「ふふん、私はヤるわよっ」 黒子が泣くようなことはやらなくてよいです。 「しかし油断は禁物やで‥‥期待を裏切らないのが本命やからな。ほら来たぁっ!」 「なっ!?」 「あたしの葱暦が伊達じゃないってこと、教えてあげるのにゃ!」 背後に迫る威圧感にカズラが肩越しに見やれば、そこには自分の真後ろにぴったりとついてくるパラーリアの不敵な笑みが。前を行く走者を壁にして空気抵抗を減少させている、つまりは幾分体力を温存させることができるのだ。 舌打ちするカズラ。だが今はまだ振り切る時ではない。8の字を描くように小山の周囲を巡る、最初の大きなカーブが迫っていた。ここで加速しすぎて曲がりきれなかったり尻に負担をかけすぎたりしては元も子もないからだ。パラーリアももちろんそこは理解しているだろう、だからこそスリップストリームをこのタイミングで使用した。 「後続はやや固まってる感じか。ジークリンデは着実な走行、更紗はセオリーどおりのインコースを攻めてるが、コルリスと誠親は減速しないよう真っ直ぐ飛ぶので精一杯の様子や。尻がヤバかったら我慢せんと早めに棄権せぇよ、使い物にならなくなっても誰も責任とれへんからなー」 「それは困ります!」 「そーやろそーやろ」 「話しかけないでください、集中できません!」 不安を掘り起こされた誠親と志乃のやり取りに、精神的綱渡り状態のコルリスが一喝する。 これ以上刺激しないようにと少し離れた志乃は、ルオウが後続集団の下――地面に近い側で強引に速度を上げていることに気づいた。 「激しい争いだな‥‥燃える、燃えるぜえええぇっ」 近すぎて草木が顔や腕や足にビシバシ当たっているのだが、その痛みにも決して屈せず。尻に葱さえ差さっていなければ真剣で男らしい表情に惚れる女性もいたかもしれない。尻に葱さえ差さっていなければ。 ふたつの小山の周囲を巡り8の字を描くこのレース。一度目の山間抜けは、スタート直後の順位そのままで全員が通過した。葱へ慣れることを優先した者もいれば、他の参加者の動き方を把握することに努めた者もいる。いずれにせよ、程度の差こそあれ、誰の尻にもまだ余裕はありそうだった。 しかし「抜き差しすればスピードが上がる」と教えられていた彼らだ。意気込み、風を切ってより早く飛ぼうとすればその時こそ、尻への負担は最大となるのである。 「‥‥今夜は仕事になりそうに無いわね」 特にアクロバティックな動きを試みるカズラの尻の負担はすさまじく、今日はじめて葱に乗ったとは到底思えないほど、スピードを出すこともできている。 「にゃにゃ? 諦めてもいいよぉ〜?」 何の仕事かはあえて聞かないものの、明るく告げるパラーリア。当然、カズラが素直に諦めるとは思っていない。 挑発に乗ってあげたカズラと乗せたパラーリアはさらに速度を出しながらもうまくバランスをとりながらカーブを曲がっていく。 「さすがにすごいな‥‥けど、葱を極めんのは俺だぜぃ!!」 続けてルオウも一層の強引さで突撃していく。相変わらずビシバシ当たる草木に、しかし恨み言を一切言わず、「自分は男だから泣かないで頑張る」と三歳児のような論法で己をいさめる。 「待て! ――ぐっ!?」 遅れをとるまいと、葱を取り深く差し込もうとした更紗、その尻を強烈な痛みが襲う。端正な顔立ちが痛みと焦りでゆがんでしまう。 「思ったより痛みがキツイ‥‥。だが私は負けない、真のネギリストだけが見る事の出来る、ネギ・ゾーンを見るまでは!」 「そんなモンどこにあんねん」 志乃がついツッコミを入れてしまうほどのトンデモ思考とて、更紗に葱を極めようという熱い想いがあってこそ。腹に力を入れ、葱を握り締め、更紗は己の想いを推進力へと変える。それによって更なる痛みが尻を襲おうとも、もはや彼女の妨げになどなりはしない。 「こうなれば全力で走り抜けるしかない!」 そんななか、二度目の山間抜け――つまりはラストの直線に備えて気合を込め、尻に刺さる葱の位置を微調整する誠親。これが初仕事だとかそんなことは既に遠く忘却の彼方へと葬り去っていた。 その意気やよし、当たって砕けてもきっと黒子がフォローしてくれる。無言のジークリンデも加速を続けている。黒子作のキュロットもどきが風をはらんでめくれそうになっても気づかない。仮に気づいたとしても問題とはしない。勝負師としての深遠に彼女は到達しようとしていた。 「拙い‥‥飛んでるどころじゃなくなりそう。というか、別の意味でトンじゃいそう」 そんなシリアスモードを叩き割ったのは、やっぱりカズラであった。どこにトンで行きそうなのかは志乃も聞かない。というか聞けない。聞いてしまえばそこで試合終了だからだ。お願いだからとろけそうな顔して言わないでいただきたい。 しかしパラーリアの心に揺らぎを与えることには成功していた。彼女にとってカズラの反応は未知なる世界。好奇心旺盛であることが災いして、彼女の視線が前方からずれた。高速で移動していればこそ、ほんのちょっとのバランスのずれも命取りであり‥‥彼女がそれを思い出した時には遅かった。 「ああーーっとぉ!? パラーリアの体が大きく傾いたああっ!!」 志乃の叫びは彼女にも聞こえているのだろうか。激しい風圧に耐えながら強引に態勢を立て直そうとする。その横を、ルオウ、更紗、ジークリンデ、誠親が順に追い抜いていく。これを志乃が実況したことでカズラも事の急変を察したようで、快感を覚えている場合ではないと集中するポイントを本来の位置に戻す。 六人によるデッドヒート。最後尾となったコルリスの前方でぶつかり合う六つの尻、そして六本の葱。類まれな集中力を発揮している最中のコルリスに見えるのは尻と葱のみ。 ラストの山間抜け、息も絶え絶えに葱を掴む一同はやがて、待ちに待ったゴールテープを視界に認める。 「一続き、一続きや。誰が突出してきてもおかしくない! これは見ものや、俺はゴールテープのすぐ隣でちょっとの差でも見極める、黒子はしっかりテープ持っててや!!」 勝者を確実に実況せんと、志乃も空飛ぶ絨毯を大急ぎで先回りさせ最後の一瞬に備える。 ぐんぐん近づくテープ。この期に及んで止まる時のことを考えている者などひとりもいない。 「来る、来る、来る‥‥っ、来たあああああ! カズラ! 一位はカズラやああああっ!!」 草原へ突撃したカズラはいずこからか血を流しており、まるで包帯のようにテープが彼女の体へ纏わりついている。後にはルオウ、パラーリアと続く。 草木に傷つけられ血と汗とまみれようとも飛び続けた漢と漢女達。 はためく褌。燦然と輝く葱。 完走した彼らはいずれも、ネギリストを名乗るにふさわしい者達であった。 「なんか非常にすごい体験をしたはずなんですが、この胸をしめつけられるような、女性として何か大切なものを失ったような気持ちは一体‥‥」 呟きながらコルリスはじっと手を見る。つい先ほどまで熱くなって葱を抜き差しさせていた手を。そこに垂れる雫。目から流れ落ちる大量の汗はきっと、彼女がとんでもない壁を自らの力で乗り越えたことの証であろう。 あちらでは顔をこれでもかというほど真っ赤にしたジークリンデが、糸の切れた操り人形のように倒れこんでいる。尻に葱を差したままの眠り姫へ、黒子が駆け寄り黒い布をかけ、よっこらせと抱えて救護班の元へ運んでいく。 ああ、葱とはなんと恐ろしい乗り物なのだろう。かくも激しく、乗り手を選ぶ存在でありながら、挑戦者は決して後を絶たない。例え「ママー、あの人たち何やってるのー?」「しっ、見ちゃいけません!」と影で囁かれていようとも、真のネギリストたる彼らにとってはほんの些細なこと。 こうして葱はいつまでも受け継がれていくのだ。誰かさんの眉間にシワが寄ろうとも、太く長く、私たちの心に息づいている。 |