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■オープニング本文 「休憩いただきまーすっ」 「午後も長いから、しっかり休んでくださいねー!」 成人したばかりの女優がロケバスへと向かえば、四方八方からねぎらいの言葉が飛んでくる。仕事熱心で、前向きで、礼儀正しい彼女は今後を有望視されている。ゆっくりと大人の女性の魅力が滲み出てくるようになって、応援してくれるファンも幅広い層に渡り始めている。 今時珍しい黒髪が目印かつチャームポイントである彼女の名は、葛原みちる。清純派も清純派な彼女だが、しかし実のところは、普通の人間ではない。 「あ、来た来た。みちるーっ」 ロケバスのドア付近には新人スタイリスト兼みちるの親友である東雲咲が立っていた。ぶんぶん手を振る咲の横では、同じくみちるの親友であるメイクアップアーティスト見習い、染谷洋子が微笑んでいる。道すがらマネージャーからお昼のお弁当を受け取り、うきうきしながら小走りになっていたみちるだったが、親友達を見つけると大きな目がすぅっと細くなった。 「特定できたの?」 「呼び出しを受けてしまったわ。今日のロケが終了したらわたしとお話がしたいんですって」 目の前まで近づいてきたみちるの質問に、笑顔を崩すことなく洋子は答える。 「今日かぁ‥‥明日も早いんだけどなぁ」 大仰にため息をつく咲。その背中をみちるが軽く叩いて。 「大丈夫、私も早いから」 「何が大丈夫なの、何が」 「起こしてあげましょうか?」 「‥‥それだけは勘弁」 洋子の瞳に怪しい光が灯る。恐れをなした咲はモーニングコールの申し出を丁重に断ると、睡眠不足となるであろう明日を振り払うかのように、拳を強く握り締めた。 深夜とは言いづらくも限りなくそれに近い刻限。純粋なビジネス街に人通りなどほぼ無い。ビルの麓や昼間は賑やかなのだろう通りをぼんやりと照らす頼りない光を辿り、洋子はとある雑居ビルの裏口へと到着した。 「美術さーん?」 暗がりで大声を出すことははばかられ、自然とトーンは落ちている。それでも耳に届く残響に、予測はついているとしても、やはり体が震える。 ザッ、とスニーカーの足音がした。頭上に伸びる非常用の螺旋階段を視界の隅で確認しながら振り向けば、そこには男が立っていた。間違いなく、洋子をこの時刻この場に呼び出した、美術担当の一人だ。しかし不自然に曲がった首、だらしなく開かれた口元から垂れ落ちる唾液、洋子の若く柔らかい体を狙うように蠢く両手の指。そして背中から一対の昆虫の足――ただし明らかに大きすぎて長すぎる――を生やした。 「‥‥お気の毒に。あなたの造るセットの色合い、結構好きでした」 洋子を目指して走り出す男。腰の左右からせり出してきたものが邪魔で足をもつれさせるも、そのまま伸びて立派になったもう一対の昆虫の足が、彼の体を支え、速度を急上昇させて一気に距離を縮めていく。 「あたしはもうちょっと華やかでもいいんじゃないかと思ったけどね!!」 螺旋階段から急降下したのはしなやかな体躯の咲だった。臀部からはトカゲの尻尾、巨大な昆虫と化した男を迎え撃った両手には鋭い爪が生えている。 咲の一撃にのけぞった昆虫はそのまま転倒した。だがタダでは転ばない。口から糸を吐き咲の足を絡めとって、逆に咲の自由を奪う。 糸を手繰り寄せる昆虫は、まるで舌なめずりをしているかのように見える。面白くなさそうに眉をしかめる咲は糸を解こうとするがベタベタと手に張り付くばかりで解ける気配はない。ずるり、ずるり、咲の体は着実に捕食者の口へとひきずられていく。 「見つけたああああっ!」 その雄叫びは先ほど咲が飛び降りたよりも2階分ほど高いところから発せられた。階段の柵へ器用に巻きつけた猿の尻尾で反動をつけ、声の主は風まとう剣を昆虫の背に突き立てる。そこにあったのは血のように赤い、宝石のような玉。昆虫の核。 核にヒビの入った昆虫は一心不乱に体を動かした。背中から彼女、みちるを振り落とすため。 だが尻尾も使って剣を支えるみちるを振り落とすことはできなかった。剣はますます深く刀身を核に埋め、やがて耐え切れなくなった核はバキンッと音を立てて割れた。 ◆ 「獣」、そして「人」。ふたつの異なる属性を内に秘めた、「獣人」という者達がいた。 彼らは人間とは異なる生物、全く別の種であり、普段は人間の姿で人間の世界に溶け込みながらも、獣の姿と獣の力を備えている。 彼らには「ナイトウォーカー」という天敵がいる。本来は「情報」にたゆたうウイルスのような存在で、その「情報」に触れた生命体へ感染しては潜伏し、餌となる獣人を探す。餌を発見したら自らの有利な状況の中で昆虫に似た外見へと実体化し、攻撃を仕掛ける。 この実体化には拳より小さな、コアと呼ばれる宝石のようなものが必須である。実体化したナイトウォーカーの表面のいずこかに必ず現れるのだが、このコアを破壊することができればそのナイトウォーカーは実体化を維持できず、つまり存在を消滅させることができる。とはいえコアは非常に硬く、これを破壊することは容易ではない。 天敵たるナイトウォーカーに対抗すべく、獣の力に磨きをかける獣人は数多くいる。みちる、咲、洋子の3人もまたその例に漏れず、『Last Phantasm』というチームを組み、本業の合間に各地を旅してはナイトウォーカーの脅威に対抗しているのだった。 ◆ 油断するから危険な目にあうのだと洋子から叱られた咲はふてくされていたものの、彼女達は今度の休暇に向かうべき地点を特定する。 ――最近見つかったばかりの、だが年代はかなり古い遺跡。その内部には、長きに渡り遺跡の壁画を宿としていたナイトウォーカーが、数多く闊歩していることだろう。 ※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
久万 玄斎(ia0759)
70歳・男・泰
氷(ia1083)
29歳・男・陰
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
猫宮・千佳(ib0045)
15歳・女・魔
エシェ・レン・ジェネス(ib0056)
12歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ● 「戦うには人目がなく、ええ場所どすなぁ」 遺跡の周りに広がるのはのどかな田園風景である。これから戦いに赴くというのに華御院 鬨(ia0351)がこう言ったのも無理のないこと。だから、 「汚れそうだから魔法少女ルックができないのは残念だけど、遺跡探索は楽しそうにゃ♪」 (うぅ‥‥私もセーラー服を着てこなきゃよかったかなぁ) 「葛原みちるちゃんぢゃ!! サイン貰わねばいかんのうっ」 猫宮・千佳(ib0045)が探索を楽しみにしているのも、エシェ・レン・ジェネス(ib0056)が制服の汚れるのを気にしているのも、久万 玄斎(ia0759)がハンカチをポケットから取り出してみちるにサインしてもらっているのも、無理のないことなのだ。 「なんか浮足立ってない?」 「それだけこの探索が楽しみだってことじゃない? 俺も体動かすのは久しぶりだったような気がするし?」 ジト目でそんな彼らを眺める咲に早切氷(ia1083)がフォローを入れる。だがその氷も、ぐるぐると腕を回してから欠伸をするという体たらく。咲はかっくりと脱力した。 もちろん、本来の目的が忘れられているというわけではない。 「内部の地図‥‥あるかな‥‥?」 「発見されたばかりだし、正規の探索もほとんど進んでいないわ。部屋数や通路といった全体の構造は判明しているけれど、罠の有無みたいな細部はわからないわね」 「ひとまず奥の謁見室っぽい部屋を目指すとして、壁画は厄介っすね」 白蛇(ia5337)と洋子は額がぶつかるほどに顔を突き合わせて、内部の構造を再確認していく。上から覗き込んで以心 伝助(ia9077)も会話に加わる。 「そうね。横から喰いつかれたり、通り過ぎたすぐ後ろから襲いかかられたりしても不思議ではないわ」 「‥‥厄介っすね、本当に」 自分からふった話題であるにもかかわらずげんなりとする伝助だったが、それもまた無理のない話であろう。対策を講じなければいけないのが、そのための時間はあまりにも少ない。洋子が人払いをしたといっても限られた時間のみのことなのだ。 情報に潜むとは厄介な性質だと改めて思い知らされる。 「そういえば‥‥ハムスターって、蛇の好物だね‥‥」 いつの間に移動したのか、思考中の伝助と洋子の頭の間へ、白蛇がにゅっと己の頭を割り込ませた。囁くような途切れ途切れの声を発する彼女に、そして彼女の発言の内容に、伝助と洋子は面食らう。洋子はハムスター獣人、白蛇は蛇獣人であったからだ。 「僕自身は‥‥お肉苦手なんだけど‥‥」 しかし冗談の類であったらしい。すっと離れて遺跡を眺めるほうへとまわった。 そこには遺跡の情報収集に出かけた鬨の姿はなく、代わりに両手をポケットに入れたままフーセンガムを膨らます水鏡 絵梨乃(ia0191)が立っていた。女だてらに戦うことを好む絵梨乃の両目には何が映っているのか。口端は僅かに上がって、笑っているようにも見えた。 ● 集まった者達の中に単体で前衛をはれる者は多くはなく、無理をして戦力を割いても有益ではないと判断された結果、班分けはなしとなった。皆がはなから最も怪しいと睨んでいるのは最奥に位置する謁見室。そこに至るルートは複数あるものの、至りさえすればよいという判断だ。 湿った空気に包まれた石床で足音を響かせないようにするのは至難のわざ。その対処に苦心するよりも、一行は半獣化することで不意打ちに備えた。 陣形を組むことも忘れてはいない。白銀の狼である絵梨乃が前に立ち、白虎である氷がその横で鼻をきかせる。次に女ものの和服から銀の尻尾をのぞかせる狐の鬨が火の玉で前方を照らし、光の届かぬところには白蛇が暗視能力で気を配る。続いて狸の伝助がみちると、猫の千佳がハリネズミのエシェと並び、時折嗅覚や聴覚などの能力を用いては敵の襲来を可能な限り事前に察知しようと心がけており、最後に亀の玄斎を咲が護衛しながら進むという風になっている。 「‥‥護ってくれるならみちるちゃんがよかったのぅ」 「あたしじゃ不満か、ジジイ」 軽口を叩く余裕があるのは良いことだ。必要以上の緊張は焦りを生むばかりで何も為さない。軽口に対する咲の素直な反応は、一行にくすりと笑う余裕を持たせた。戦闘は若いもんに任せると宣言していた玄斎だが、何も戦闘ばかりが対NWに有効な能力ではないというわけだ。 「しかし‥‥出てくるなら、さっさと出てきてもらいたいものだな。でないと、こっちは退屈で仕方がない」 これだけ準備万端で侵入した彼らであるものの、ひとつめの部屋の探索を終えても、何も起こりはしなかった。敵は出ないし、罠もない。いささか拍子抜けしたらしく、絵梨乃は手首足首をコキコキと鳴らしている。 「そう‥‥早く‥‥終わらせたい‥‥。静かに眠ってる古代の遺跡‥‥。この地を‥‥あまり血で汚したくは‥‥ない‥‥」 この部屋の壁にも描かれている壁画。通路で見たものと類似した部分があることから、総じてひとつの何かを表しているのかもしれない。乱したり壊したりはしたくないというのが白蛇の希望だった。 「もしかしたら謁見室に集まってるのかもしれないし、先に進もうぜ。迷ったらこの光が目印な〜」 「はーいっ♪」 鈍い光を発するライトセイバーを振りながら氷は次の通路へと進んでいく。中学に上がったばかりでまだ無邪気さの残るエシェがその後を追いかける。残る者達も後を追うが、それはエシェと同じ意味でではない。 キチキチと関節の鳴る音を絵梨乃が捉えたからだった。 「‥‥十字路どすか」 脇差を構えながら鬨が言う。部屋を出た先は二本の通路が交わる十字路だった。あまり幅の広くない通路、だが交点で戦えばいくらかはましな広さを使える。一方で、通路の先から敵に援軍が来る可能性が高いとも言える。 通路一本一本を塞ぐようにしてこちらを見据え、毛の代わりに刃の生えた前足を今にも振り下ろさんと身構えている、異形の敵。額の触手を揺らしながら徐々に近づいてきているのは気のせいではなさそうだ。 「これは班分けするしかなさそうじゃのぅ」 「一体を押さえている間にもう一体を、ってことですね。私が抑えに回ります! 咲はそっちを!」 「オッケー、みちるっ」 「あたしはみちると一緒に抑えを頑張るのにゃっ」 「じゃあ僕は‥‥援護を‥‥」 絵梨乃は、攻撃力はあれど耐久力に乏しいエシェを護るため、既に飛び出していた。――己の得意分野を熟知している彼らは、相談せずとも己の力を最も発揮できる場を担う。伝助もこの狭い通路と人の数では日本刀は振るえないと、攻律音波の発動に集中することにした。 ● やがて一行は、他の部屋には類を見なかった厚い扉と相対することになった。周囲の通路の伸び方、これまでに歩いてきた距離から考えると、ここが謁見室であることは間違いない。どことなく荘厳な雰囲気が漂っているようにも思えてくるから不思議だ。 玄斎はまじまじと扉を見て、左右上下を見て、通ってきた通路を見て、それから立派な髭を撫でた。 「なぜだかとんでもなく嫌な予感がするのぅ」 「偶然ね。あたしもちょうど嫌な予感がしてたところよ」 杖で扉を小突こうとする玄斎をやんわりと押し止める絵梨乃。 「あ、実は私も」 「あっしも」 ただの偶然ではなかったらしい。俺も私もと手が挙がり、結局全員の胸に嫌な予感が到来していることがわかった。 否、予感などという生易しいものではない。限りなく確信に近い直感だ。 ここに至るまでに行われた戦闘は四回。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれであろう。曲がり角で遭遇した時もあれば、突入以前から危惧していたように壁画から現れ出でた時もある。その戦闘対象は全て、NW。‥‥これだけなら良い、予想の範囲内だ。問題は、本性を表したNWの外見が全て蟻に類似していたこと。 謁見室を調査せずして地上へ戻るなど、まず己自身が許さない。さすがに多少の傷は負っているし、疲労もあるので万全の体制というわけにはいかないが、最善を尽くそうと一行は備えに備えて陣形を整える。 皆が配置についてから一呼吸して。 玄斎が甲羅を震わせた。 「今じゃあっ!!」 覇気に背中を押された氷が扉を殴り開ける。腐食の進んだ扉に大きなダメージを与えるのは褒められたことではないが、全員が感じる予感を払拭するためだ。 小声で呟いて、あるいは心中で、扉に謝罪を述べながら拳や得物を構えなだれ込むと、そこはさすが謁見室というだけあって、通ってきた部屋の倍はありそうな広さだった。扉の脇から奥に向かい、二本で一対の柱が五対ほど、真っ直ぐ等間隔に並んでいる。そして柱の行き着く先には、玉座があったのだろう一段高い壇。そこに座す、さながら女王のような――いや、まさにこの遺跡にすくうNWたちの女王なのだろう。象のように巨大な胴体と長く伸びた下腹部を持つ女王蟻が、居た。 「うにゃ? 他にはいないみたい?」 「集まってこられても面倒だ。さっさと倒そう」 ぐるりと室内を見渡した千佳の横を通り、絵梨乃が前に出る。自慢の脚はすでに強化済みだ。女王も襲来に気づきはしていたようだが、絵梨乃が懐に入り込む素早さにはついていけなかったようで、彼女を潰そうと重そうな腹を叩きつけるも床とぶつかるのみに終わる。女王の腹の付け根には絵梨乃の脚がめり込んでいた。 「せっかくだからオーパーツも探してみたいしな」 「うちもこれから舞台がありますよって」 唯一素早く動く箇所なのか、八本の鎌のような脚を振り回す女王。その鎌に噛み付いたのは氷、斬りつけたのは鬨だった。 氷と絵梨乃の追撃に女王は気を取られる。できた隙を利用して、鬨は幻惑を放った。感覚を鈍らされた女王は怒りもあいまってとにかく鎌を振り回す。しかしそれは単調で細かさのない動き。まだ実戦経験の少ないエシェであっても確実にダメージを与えられるほどの。 「私も髪が痛まないうちに終わらせたいっ」 ウェーブのかかっていたエシェの髪がみるみるうちにストレートへと変貌する。それは彼女がハリネズミであるゆえの変貌であり、複数の房に分かれた彼女の髪はある程度の太さを備えた複数の槍と化した。女王の腹部を貫く槍は鋭く、抜かれる瞬間には体液が飛沫のように噴出していた。 女王は自らに群がる獣人たち、特に絵梨乃とエシェを振り払おうと、ひときわ大きく腹部をうねらせた。ぐん、といったん後方に引いてから、その反動を勢いに足して叩きつける。咲も加わって押さえ込もうとしたが、質量のある腹部に押され、踏ん張る足が徐々に後退してしまう。 「長い間こんなところに篭ってるから、力が有り余っちゃってるんじゃないの!?」 「東雲さん‥‥右に‥‥!」 絞り出すような白蛇の呼びかけに応えた直後、女王の腹部には彼の投げた手裏剣が着弾した。 痛みにのたうつ女王は、苦し紛れか、口から球状の液体を飛ばした。それは後方から応援していた玄斎に向けられていた。 「危ない!!」 じゅぅっという肉の焼ける音と共に焦げくささが臭う。放たれた液体は酸の類だったのだろう。玄斎に覆いかぶさるようにして盾となったみちるの背中は、衣服が溶けて大きな穴ができ、焼け爛れていた。 「みちるちゃん、なんてことを‥‥」 「‥‥大丈夫です。これくらい、すぐに治っちゃいますから‥‥」 顔をゆがませる玄斎に笑ってみせるみちる、しかし額には玉の汗が。 「厄介な攻撃手段を持ってるじゃないか。あれが柱にでも当たってみろ、俺達全員、仲良く下敷きだぜ」 氷のため息は皆の胸の内を代弁していた。この遺跡が潰れたなら女王と心中しなければならない。 「長期戦はこちらに不利だな。早々にコアを潰そう」 コアはとても硬い。その破壊のためには、NWを弱体化、できれば無力化させてからのほうが良い。コアにダメージを与えている間に自分がダメージを受けることを避けるためには。 だが現状はそうも言っていられない。これ以上大きな傷が増えないよう、小さな傷を受けてでも、コアを仕留めようじゃないか。絵梨乃の提案に異を唱える者はなく、一同は女王からいったん距離をとり、態勢を立て直した。 コア探しだ。 伝助の発する音波と白蛇の投げる手裏剣で女王の意識を彼らに向ける。女王が彼らに攻撃しようとする動きを見計らい、鬨が己の身代わりを作って動線に割り込ませ、女王を惑わす。絵梨乃とエシェが女王の正面へ、氷、千佳、咲の三人が女王の後方へ回りこむ。――後方にある壁には壁画が刻まれており、そこに逃げ込まれないようにだ。早くも傷の修復が始まったみちるも前衛に加わろうと走る。 ざっと見てわかるところにそれらしいものはない。ならば、と一同が目星をつけたのは女王の胸部を覆う甲殻だった。戦国時代の鎧のごとく複数枚の甲殻が少しずつ位置をずらして重なり合う部分。体を動かすたびに隙間ができる。 「見えたっす! 赤い色が見えたっすよ!!」 距離を開けたまま視力を強化してコアを探していた伝助は、叫ぶと同時に走り出した。彼の叫びに呼応して一同も攻撃の手を強める。 「止まっちゃダメ、このまま‥‥ッ!」 甲殻の下にあるということは、その甲殻を除かなければコアに攻撃できないということ。エシェは髪を甲殻の隙間に潜り込ませ、内側から剥がそうと試みる。もちろん女王は彼女の行動を止めようとするが、体の前後から脚を攻撃され動きを阻まれ、為しえない。 次に蠢いた腹部は、先ほど貫かれた傷からいまだ体液を垂れ流しつつ、エシェの背中を狙う。が、滑り込んだみちるの剣がそれを振り払う。 「いっけええええええ!!!」 バキン、と甲殻が折れた。剥き出しになったコアは赤黒く、鈍い光を放つ。 甲殻の吹き飛ぶ勢いはすさまじく、その反動でエシェの小さい体も浮いた。受け止めたのは絵梨乃、ちょうどお姫様抱っこと呼ばれる体勢になった。 エシェが下がった空間にはもはや誰もいないと女王は認識していた。だが彼女の考えは甘く、急に姿を現した鬨の爪でコアに傷を作られ、同じく現れた伝助によりその傷へ日本刀が突き立てられる。 「狸は意外と凶暴です。体が小さいからって舐めると怪我しやすよ!」 「蛇だって‥‥負けてないよ」 続けてコアに投げられたのは白蛇の手裏剣。ここまでくれば女王も真になりふり構う余裕などなさそうだが、手裏剣を投げた白蛇が次に取った行動とは、影で女王を縛ることだった。 長くは持たずとも、それは大きな意味を持つ。 「必殺! マジカル♪ クロー!」 「そろそろ観念しなよねっ」 千佳と咲の爪がコアの傷を一層深めると同時に、女王の巨体を上向かせる。抵抗されていては叶わない行動だ。 すかさず巨体に飛び乗ったのは氷、そしてみちる。高攻撃力を誇る武器の柄を両手で握り締め、体重をかけて、コアを刺した。甲殻の折れた音よりもっと鈍い音が彼らの耳と手に響いた。 |