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■オープニング本文 「‥‥なーんかおかしいんだよなぁ」 ぺらぺらと数枚の紙を捲りながら、鹿瀬 柳威(iz0126)は頭を掻いた。 同僚に何がおかしいの、と突っ込まれ、苦笑する。 「いや、これなんだけどさ」 その紙は、最近ギルドに寄せられた報告の数々。のぞき込んだ同僚は眉を顰めた。 「別に普通の報告に見えるけど?真夜中に軋む古い廃屋、夜道を徘徊する影、夜闇に響く叫び声‥‥」 「まぁ、毎年夏になると増える類のモンだよな」 ただ、と柳威はある項目を指した。 「見てみろよ」 同僚は目を丸くした。 そこに重なる報告書、十数枚はあろうか。その全ての事柄が、ある一定の場所で起きていたのだ。 「‥‥夕顔の丘‥‥?」 「ま、単なる通称だった気ィするけど」 夏の夕方になると丘が白い夕顔の花で埋め尽くされることからそう名付けられたらしい。 「他に道がねぇから、麓の町同士を移動する奴らはみんなこの丘を通るみてぇだな」 頂上にぽつんと建てられた廃屋、緑の生い茂る細い道。周りに咲く白い花々。 「俺も行ったことあるんだ、まぁ不気味な場所だな。白い夕顔が死人の顔みてぇに見えんだよ」 小さな身の震えをごまかすように、同僚はもう一度報告書を眺めた。 「‥‥幽霊、本当にでるのかしら」 「いや、俺は違うような気がするぜ?」 え、と同僚が聞き返すと、柳威は不敵な笑みを浮かべた。 「ま、とりあえずだ。この依頼全部まとめて、開拓者に任せよーぜ?」 おもしれぇ結果が出るかもしれねーぞ?――そう言って、柳威はまた笑った。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
慧(ia6088)
20歳・男・シ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
ヴァナルガンド(ib3170)
20歳・女・弓
玉虎(ib3525)
16歳・女・弓
孔王(ib3939)
25歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●敵は何処に 「確かにこれは夕顔の丘、だな」 風雅 哲心(ia0135)は、一面の夕顔に感心したように呟いた。話にきいていた時はもっとつつましいものと想像していたが、見渡す限り、夕顔の蕾が並んでいる。 「‥こんな白くて綺麗な夕顔に包まれた丘なんだから‥悲劇は起きてほしくないな‥」 そう言ってかがみこむと、蕾をじっと見つめているのは、白蛇(ia5337)だ。白い夕顔を踏みにじられたくない思いは誰とて同じだろう。 「とりあえず、廃屋というものを見てみる必要があるでしょう」 幸い、人影もないようですし、と朝比奈 空(ia0086)が視線で先を促す。道は登り道となり、その丘に例の廃墟はあるからだ。 夜になると出る、という噂から、開拓者達は現地を調査する者、町で聞き込みを行う者と二班に別れて行動することにした。 夕刻までに情報を集め、あらかじめ指定しておいた町の食事処で落ち合うとする。 「怪談にしては怪しい点が多い気がする。意外なモノが見付かるかもしれないな‥」 廃屋にたどり着くと、慧(ia6088)が引き戸に手をかけた。鍵もかかっていないそれは、がたついてはいたが、何とか壊れることもなく開けることができた。 廃屋は微妙にかしいでいるものの、雨風だけはしのげる様相であった。 家財もなく、がらんとした昔ながらの土間つきの平屋である。 「手分けして手がかりを探すとするか」 飛び掛ってくるものがいないか警戒していた風雅が、そう提案する。 「ちょっと待ってください」 廃屋に一歩踏み込んで、朝比奈が集中する。その体から微かに光を発しながら、アヤカシの気配をさぐろうと「瘴索結界」を発動した。 その傍らで、「超越聴覚」を発動した慧と白蛇は、廃屋の外と周囲までを一気に捜索範囲に広めて、何か近づくものや潜んでいるものがないかを探った。自らの息まで止めて、丁寧に周囲の音を探る。 「アヤカシはいないようですね」 「隠れているヤツもいない」 「‥‥近づく人もいない‥」 三人がそれぞれ結果を報告すると、風雅が頷いた。廃屋の奥へと足を踏み入れる。 土間と六畳ほどの一間。動物などがいた後もなく、部屋の隅には埃が白く積もっている。土間の端の方は、下の方の板が数枚取れて、外の夕顔の緑が見えている。 床には、埃の上に複数の足跡が交錯している。 「ちいさい‥」 埃のあとにくっきりと残った足跡の一つに白蛇が自分の足をそっと添えてみる。 「埃は土間と部屋をつなぐところに集中して蹴散らされていますね」 「土間は使った形跡ないな」 薪の燃えた様子がないことを風雅が伝えると、朝比奈は土間と部屋の間取りと埃のつもり具合、土間の様子などを手帳に書きとった。正確に仲間に伝えるためだ。 「子供、か?」 火も使わず、ここで何をしていたのか知らないが、夏ならば暖を取る必要もないからよいのかもしれない。 「ちょっと待った」 床を座り込んでじっと見ていた慧が立ち上がる。子供の足跡に混じるいくつかの足袋のあと。慧は部屋の天井板をみて、目を細めた。 「大人もいるな」 すばやい動きで、土間の梁へと飛び乗った。シノビならではの身のこなしで、むき出しの梁の上を危なげなく歩くと、土間の端でふと足を止めた。 「成程」 そこだけ、埃が取り払われ、縄が何度となく通った跡がある。そして、梁の煤がはげて、古いながらも地の木目が見えている。 「おーい、慧、何かあったのか?」 「ああ。今降りる」 声をかけた風雅の横に音もなく降りると、見たものを三人に伝えた。朝比奈がしっかりとそれを書きとめた。 ●ぼくのもの 「幽霊は苦手?」 孔王(ib3939)は、前を歩いている女性の開拓者ヴァナルガンド(ib3170)と玉虎(ib3525)にうきうきとしながら聞いた。美しい女性の開拓者と一緒に町で聞き込みを行うことになり、役得と浮かれている。 「それは私にきいてますか?」 ヴァナルガンドは振り返り、あきれたようにそう言った。 「きみ、私たちじゃなくて、町の人に聞いてよ」 玉虎もにべもなく扱う。 しかし、そんなことでくじける孔王ではなかった。次の瞬間にはすかさず美しい女性をめがけて聞き込みを開始している。 「‥廃墟に出入りしてるのはみたことない。あ、そう。で、お茶でもいかがかな」 もれなくお誘い付きではあるが。 「ある意味、聞き込みの数の成果はあがるんでしょうが、偏りがありますね」 やや呆れながら宿奈 芳純(ia9695)も――こちらは男女の別なく――聞き込みを続けていた。 「昔、あそこで遊んでいた、という方などいないでしょうか」 ヴァナルガンドが茶店前に腰掛けている一人の老婆に話を聞いていた、そのとき。 「こぉら! あんたまた、あのボロ小屋に行ったね!」 小さな茶店の奥から、丸聞こえの女性の声。ボロ小屋、という単語に、ヴァナルガンドのもとに残りの三人が急いで集まってきた。その間も、まだ誰かを叱っている言葉は続いている。 「奥に行ってくる」 探究心のかたまりのような玉虎はぴんと耳をたて、店の奥に入っていった。叱り声がやんだ。玉虎が声をかけたらしい。 すると、店の奥の暖簾をばっと跳ね上げて、子供が半べそで駆け出してきた。勢いよく走り出そうとして、宿奈に真正面からぶつかった。 「危ないですよ」 ぶつかって転がりそうになった子供をそっと支えた。子供は宿奈に助けてもらったが何も言わず、スンと鼻を鳴らしていた。年の頃なら十歳くらいだろうか。母親に怒られていたのはたぶんこの子だろう。 「待ちなさい! 六太!」 六太(ろくた)は、玉虎と共にまろび出てきた母親の声にびくりとしたが、それ以上逃げないと決めたらしい。ただ、宿奈の着物のはじをぎゅっと握り締めていたが。 「これはお見苦しいところを‥」 さすが茶店というだけあって、香りの高い茶に予期せずもてなされることになった開拓者四人。母親は、傍にむくれている六太を座らせて、気恥ずかしそうにしている。 「それで、聞きたいこととはなんでしょう?」 「あ。女将さん、ボロ小屋ってなんだい?」 孔王が単刀直入に聞いた。人あたりのよさは、随一である。 「この町のはずれの丘にあるんです。隣町にいくときには嫌でもその傍を通るのでわかるとは思いますが‥」 ヴァナルガンドが三人に目配せした。当たりらしい。 「――六太君は、そこにいったのですね?」 「また着物を埃だらけにして帰ってきたから、問い詰めたらそう言いまして。あそこには行くなと何度言っても聞かないんですよ」 「ボロ小屋じゃないやい!」 「お黙り!」 「まぁまぁ、落ち着いて」 宿奈が穏やかにそう割ってはいる。親子喧嘩が始まると話が進まない。 「確かに昼間でも遊びに行くのはあまりよくないのでしょうが。なぜそんなに叱るのです?」 「ただの廃墟と申しましても、最近では恐ろしい噂も聞きますし‥肝試しか何か知りませんが、近所の子供達と最近入り浸っているようで。今日なんて夜にうちを抜け出すつもりだったようです」 なにかあったらどうすんだい、と母の怒りはまだ収まらない。 「六太、おまえ肝だめしがしたかったのか?」 「違うやい!」 「じゃ、どうしてだ?」 「‥‥‥‥ひ、秘密!」 孔王は、答えになってない少年の答えに笑ってしまった。もっともらしい言い訳を取り繕うほど大人びてもいない、というわけか。 「よし! じゃあ、秘密は守ってやるよ!」 「仕方がないでしょうね」 「お姉ちゃん達の傍を離れないこと」 「その代わり、秘密は共有しないといけないんですけど」 口々に四人の開拓者に言われてぽかんとしている母と子である。 「六太を借ります。絶対、無事に帰します」 玉虎の耳が自信満々にピンと立っているのをみて、開拓者だ、と今頃母親が気づいた。何か口を挟もうとしたが、六太が大きく、うん!と返事をして玉虎に抱きついた。 「おいおい、抱きつく先が違うんじゃないか?」 孔王がおもしろくなさそうに呟いた。 「これで物的証拠と‥当事者がそろったわけですわね」 朝比奈が手帳に書きとめた内容を読み上げ、美味しそうに食事をほおばる六太に目を落とした。開拓者達八名はそれぞれの報告と情報交換を兼ねて食事をとっていた。日はすでに暮れかかっている。 「子供は六太のほかにも三人ほどいるらしいんだが、連れてくのは見送ったぜ」 「一人いれば状況把握には十分だろうしな」 孔王の判断に風雅も同意した。 「見取り図も、状態も了解しました。‥敵は同じみたいですね」 宿奈が朝比奈の情報を頭の中で反芻しながらごちた。 「行こうか。そろそろ時間だな」 風雅の言葉に開拓者達一同が頷いた。六太はわけがわからないがとりあえず、飯を食べる手を休めて、コクリと頷いた。 ●夕顔は白く ――――いつも夜になると、誰かが来て、俺たちが『秘密の隠れ家』に運んでおいた食料を食べたり、宝物を盗んだりするんだ。 六太が食事の間に語ったのはそれだった。 自分たちが石を宝物として集めて陣地とりをして並べておいたものが、翌日には蹴散らされたり、捨てられたりしたという。そんなことが続くため、原因をつきとめようと夜に草むらに潜んだことがあるらしい。 複数の黒づくめの影が小さな松明をつけて、廃墟に入っていったとのこと。村人が見た噂のいくつかと重なる証言だ。影が入れ替わり立ち代わり出入りするのをみて、六太たちは掴まえようとした――子供ならではの無謀さだ――が、実行に移す前に逆に見つかった。 ガサガサと夕顔を踏みしめて近づいてくる足音に、子供達は悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。子供たちが逃げる背後で、道を歩いてきていた村人が飛び上がって驚いていたらしい。 そのうち、夏の夜ということも手伝って、恐ろしい噂が流れ始めてしまったという。 今また、その廃墟の前の草むらに身を潜めている。六太の傍には、玉虎とヴァナルガンド。丘の麓からゆっくりと松明を持って歩いてくるのは、朝比奈と宿奈だ。 すっかり夜も更けて、仲睦ましい二人のようにゆっくりと歩いてくる。上品な物腰の二人はそのまま廃墟の前を何事もなく通り過ぎようとした。 ――しかし、上等な獲物を見逃す手はなかったようだ。 二人の背後から、羽交い絞めにするように黒い影が襲い掛かる。 きゃあ、と朝比奈が叫ぼうとした口も塞がれる。宿奈も反抗しようとしたが、背中に刀の柄を当てられ、相手が刀を帯びていることを知って大人しくした。 「つかまえたぜ!」 「おい、村人に手をだすなよ」 「絶対ここらあたりじゃみない上モノだ。よそ者だな」 廃墟から、次々と黒尽くめの男達が出てきて、協力して二人を廃墟に運び込む。 (数は九‥いや十か) 「心眼」を発動した風雅が、男達の数を特定した。珠刀の鞘をトン、と地について、開拓者達に伝える。 (出る!) 風雅と孔王が、潜んでいた廃墟の陰から、地を蹴って飛び出した。 「手前ぇらが元凶か。年貢の納め時だ、観念しな!」 「『幽霊さん』には、世にも恐ろしい目に逢って貰うとしますか」 急に入り口で響いた二人の声に、男達が慌てた。だが、闇に刃がきらめいたかと思うと、腕と足を斬られた男が苦悶して転がる。 「何だおまえら!」 「何って‥ただの開拓者ですよ」 宿奈がそういうと、一人の男の前に大きな翼を広げたフクロウがぎょろりと目を光らせて突如現れた。「人魂」による式だ。 「う、うわあああ!」 フクロウに飛び掛られた男は顔をつかまれ、そのまま後ろに倒れる。 「夜目もきかないのか」 朝比奈を掴まえている男のすぐ傍に声だけが落ちてきた。土間の梁から飛び降りた慧だ。 誰何の声を上げるまでもなく、「打貫」による手裏剣が打ち込まれる。呻いて倒れこむ男の手から朝比奈が松明を抜き取った。 「お礼はいたしますわ」 明かりに照らされた横顔が意味深に笑ったかと思うと土間に松明を投げた。その炎を「発」を発動した玉虎の矢が吹き消した。 そして、まるで見えているかのように、部屋の一番奥の男の肩を矢が射抜いた。ヴァナルガンドの「朔月」による強射である。暗闇の中、反撃しようと刀を振り回すが、仲間の悲鳴だけがあがっていく。 「ひ、ひいい、化け物!」 男ががりがりと床板をひっかいて手探りで一枚板を持ち上げたところに、赤く輝く瞳。 「何を‥探してる‥?」 気配を一切消して隠れていた白蛇がすっくと立ち上がる。床下に隠してあった金と銃はすべて移動済みである。 「う、うわあああ!」 「じたばたすんな! 盗賊風情が!」 風雅がお灸とばかりに、柄尻を男の腹部に勢いよく打ち込んだ。 「鬼さんこちら」 「早駆」で足音もなく男の背後をとった孔王に、男が殴りかかろうと振り返ると、朝比奈の「精霊砲」が容赦なく浴びせられる。 ひとり、またひとり。 開拓者達の連携により、盗賊団はうめき声を上げながら、全員が床に転がっていた。 「まったく‥‥、手間かけさせやがって。これだけやりゃあ、おとなしくなるだろ」 孔王と一緒に縄で盗賊十人を縛り上げた風雅が、せいせいしたとばかりに手をはたきながらそういった。 「天井にあった地図は、一緒にギルドにひきわたす‥」 慧が懐から指にはさんで、ぴっと地図を取り出す。天井板のなおし跡と梁にかけた縄から、背が低い『子供』の仕業ではないとすぐに気が付いた。 しかも、梁にかけた縄の跡からは、何度も重いものを吊り下げたことが伺える。 ここで人こそ殺しはしなかったのだろうが、盗みの計画や連絡、隠し場所に利用していたのだろう。 朝比奈と宿奈に引っかかるかどうかは、賭けであったが、村人を把握していることから、この近隣では場所に足がつくのを恐れて盗みを行わなかったに違いない。 どこで悪さを働いたかは、しかるべき処で調べて貰うとして。 真夏の幽霊騒ぎは、盗賊団の隠れ蓑であったということだ。 白い夕顔は優雅に香りを放ちながら、その一部始終を見守っていた。 「正体見たり‥ですね」 朝比奈がお茶の香りをかいで、幸せそうに笑う。 六太を無事送り届けた開拓者達は、廃墟には二度と近づかないように六太に約束させた。 夜も明けたことだし、盗賊どもを引き渡しがてらギルドに報告に行かなければならない。 しかし、夕顔の丘から帰った六太の興奮は冷めやらないようだ。 「やだ! 絶対開拓者になる!」 「何を言ってるんだい! この子は!」 「頑張ればなれるよね、ね! 兄ちゃん、姉ちゃん達!」 「夕顔の花言葉は『はかない恋』でしたが‥」 じたばたと暴れる六太を母親が叱り続けている。 もう一つの花言葉は『逆境を克服する力』‥だなんてことは言わないほうがいいかもしれない。 ずず、と開拓者達は何事もなかったように茶をすする。 ああ、うまい。 「やだ! かっこよくなるんだ! 俺も行くー!」 ギルドに寄るのはもう少し先になりそうだ。 (代筆:みずき のぞみ) |