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■オープニング本文 ●おあしす! 「サンドワーム、ですか?」 突然の来訪者が提示した名前に、一三成は首を傾げた。 「えぇ、馬鹿みたいに巨大な砂蟲でね。見たことあるかしら」 「僅かですが、報告には聞いています」 「あれがオアシスの周囲に縄張りを作っちゃってね。十匹、二十匹と退治したいのよ」 「‥‥」 その女性の提案に、三成は、長くて薄いため息を付いた。 「ちょっと数が多くてね」 女性は、口端を持ち上げて意地悪そうな笑みを浮かべている。黒い肌に白く長い服を纏い、スマートで、それでいて開けた胸元は強調され、何より特徴的であるのは、その細長く尖った耳。 エルフ。 アル=カマル人口のほぼ三割を占めるという人々だ。 「‥‥で、どうする? 報酬額は提示した通り支払われるわ」 氏族からの書簡をトントンと叩く彼女を前に、小さく、解りましたと頷くや、三成の手がすっと取られる。エルフの彼女は、三成の細い掌をきゅっと握り締めた。 「なら契約は成立。私はメリト・ネイト。ご覧の通りベドウィンよ」 ●餓狼と木乃伊、時々砂蟲 「‥‥ここ、か」 鹿瀬 柳威(iz0126)はこつり、と地図の一角を指で叩いた。新大陸の地図である。 一面の砂漠の中に、ぽつりと浮かぶ緑の地。人々は、其処をオアシスと呼ぶ。 「っかし、何でこんなに集まっちまうかね」 地図と、依頼書を見比べる。 「狼に、毒ガスミイラに、サンドワーム‥‥」 それらが一斉に、ひとつのオアシス周辺に発生しているらしい。 確かに、オアシスは砂漠に生きる人々にとって憩いの場。人間が集まる格好の場所である故に、アヤカシもケモノも集まってくるに違いない。 特にサンドワームは、体長六十尺は悠に超す超巨大なケモノである。雷のような地響きを立てながら、砂中をまるで海を泳ぐかのように渡り、人の気配を感じれば飛び出てきて大きな口で丸呑み。一度狙われてしまえば、ほぼ命はないと言っていいだろう。 「まだ被害者が出てないのがすごいですよね」 ひょこりと横から顔を出した知り合いのギルド受付嬢が言った。 そうなのだ。地元の者達は皆、サンドワームの襲来には慣れっこになっている。そのため、彼らの迅速な避難が功を奏し、この件に関しては今だ死傷者なし。 しかし、だからといって油断している暇はない。其処が人々の憩いの場だからこそ、早急な対応が必要なのだ。皆が安心して憩えるように。 「よし、ちょっくら行って見てくるとするかね」 呟くと、柳威は龍を連れて新大陸へと旅立った。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
花脊 義忠(ia0776)
24歳・男・サ
露草(ia1350)
17歳・女・陰
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
赤い花のダイリン(ib5471)
25歳・男・砲
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●危険地域に集うモノ 命あるものは、水がなくては生きてはゆけぬ。 生命は水に集い水を共有し生きてきた。まして、一面砂の乾燥地帯で水が貴重である事は今更言うまでもない。 「だからって、ケモノが占拠しちゃ適わねえよな」 しかもウルジュワーンマミーうじゃうじゃのオマケ付き。 柳威からそんな現地情報を粗方聞いた開拓者達は、討伐行動の開始を明け方に定めていた。各々の相棒に騎龍し現地上空を旋回している。 「はぁ〜 こりゃまたいっぱい集まってるなあ」 甲龍の松風の背から地上を見下ろし、花脊 義忠(ia0776)は思わず独りごちた。水の周りには生命が集う、とは言え、狼の群れと其処に引き寄せられた木乃伊男が混在している様は、見ていてあまり気持ちの良いものではない。 「木乃伊ってぇのか? 滅茶苦茶な数いやがる‥‥」 一体、二体――たくさん。 早々に数えるのは放棄して、黎乃壬弥(ia3249)は持参の天儀酒を一口含んだ。慣れない気候の他儀の戦闘、天儀から持ち込んだ馴染みの酒が壬弥の喉を熱く心地良く焼く。 「‥‥遊び相手に困らないのは結構な事で」 手の甲で口元を拭い、飄々と不敵な言葉を吐く。 壬弥の甲龍・定國と並んで駿龍・リンブドルムを駆っていたオラース・カノーヴァ(ib0141)は静かに、しかし冷静かつ的確に敵の観察に努めていた。 (敵はケモノとアヤカシ‥‥) 数多くの戦争を体験し、多くの敵と命の遣り取りをしてきた男に恐れはない。淡々と開戦の時を待つ。 「ここに巨大ミミズも来るんですって〜?」 新たに加わるだろう巨大ケモノを付け加え、身震いするアーニャ・ベルマン(ia5465)。脳裏に過ぎった、このあり得ない気持ち悪さをどうしてくれようかと不穏な呟きを漏らすと、気心知れた駿龍のアリョーシャがぶるると身震いした。 (強い相手だって事は理解してます。それに、こんなにも数が多くて‥‥) 甲龍・ラゴウの背から覗く金髪の小柄な龍人。御調 昴(ib5479)は押し寄せる不安を懸命に押し退けた。 (でも、折角天儀と道が繋がったんです。これが友好の為の第一歩なら怯んでなんかいられない‥‥) アル=カマルとの外交は始まったばかり。道はまだ遠いけれど、だからこそ自分達も頑張らねばと気を奮い立たせる。 そんな若者の姿を、駿龍・サザーからアルバルク(ib6635)が眺めていた。ほどよく気が抜けた中年男である。 (あー‥‥ついノリで、まためんどくせーとこに紛れちまったなー) ジルベリアから天儀へ、そして今度はアル=カマルへ。新たな儀に流れ流れる毎日は大変刺激的で楽しいのだが、面倒ごとは好きじゃない。 ギルド登録後初めての依頼を砂の儀で迎えた不良中年は、早々に気持ちを切り替えた。なーに、前途ある若い力に託せばいい。要は適当に仕事しよう、である。 「期待してるぜ若者、‥‥俺? 俺みたいなおっさんに期待すんなよ」 アルバルクは赤い花のダイリン(ib5471)に声を掛けた。当のダイリンは炎龍・紅龍登天の背上で吼えている。 ――こんなに暑いとか聞いてねえ!! 「新大陸で、でっかい一花咲かせて‥‥やる前に枯れちまうぞ!?」 主とは反対に存外平気そうな紅龍登天は騒ぐダイリンを大人しく乗せていて。 暑苦しい猿の獣人(脱毛済)の側を涼しげな顔で抜けてゆく一騎。駿龍の天禄を駆る椿鬼 蜜鈴(ib6311)の艶やかな桃色の髪が靡く。頭の両側、髪に映える漆黒は水牛のそれを思わせる捩れた角、彼女は龍の獣人であった。 「さて、天禄。アヤカシ退治じゃ。存分に空を駆けおれ」 生誕から共にあり家族同然に育って来た天禄の首を撫でて、地上を見据える。共存できる生き物もいれば相容れぬモノも存在する――今回は後者だ。 「水場が無うては生きてはゆけぬ故、早う滅してしまおう」 水は命の存続に直結する。厳しい大地を生きる大勢の命に関わる事態に、何か思い出したのか蜜鈴はふと目を眇めた。 昼は灼熱、夜は氷点下、周囲に居るのはケモノとアヤカシ。こんな一面砂だらけの所で遭難しては、たとえ開拓者とてただでは済むまい。 それにこの一面砂地帯をサンドワームを探して放浪するのは余りにも効率が悪い為、開拓者達はアヤカシ退治の傍ら騒ぎに気付いたサンドワームが現れるのを待つ事にした。 「持って来ましたよ〜 適当な布と棒!」 アーニャが取り出したのは赤い布と棒切れが沢山。それぞれ組み合わせて簡単な旗を作り、砂漠上に目印として立てる作戦だ。 「じゃ、うちらはアヤカシ抑えてるんで、よろしくね」 芦屋 璃凛(ia0303)は再び騎龍の人となると、自身の鼻の頭に付いた傷をなでた。甲龍の風絶にごめんと呟いた。 「ごめん、ひどいとこに飛び込ませることになるけど」 目の前に広がる砂漠とオアシス、オアシス周辺に巣食うアヤカシ。 ウルジュワーンマミーは天儀風に言い換えれば毒木乃伊男、ボロボロの包帯を纏った姿の口から紫色の毒霧を吐き出す危険なアヤカシだ。 ざっと見、50〜60体はいるだろうか。激戦地に飛び込めば、毒の呷りは間違いなく被る。風絶は気にするなと言うかのように璃凛に頭を向け一声啼いた。それは兄が妹を思い遣るかのような、優しい声だった。 六名の開拓者と龍が、敵数推定60〜70体の戦地に飛び込んで行く。 残った開拓者達も決して安全とは言えない。何故なら何時地下からサンドワームが現れるか判らないからだ。警戒しつつ手早く旗を砂地に立ててゆく。 「おーい露草、あんま無理すんなよ。日差しだけで逝けるぞこりゃ」 オアシス側、前線に龍を進めた壬弥の気遣いに、露草(ia1350)は穏やかに小首を傾げてみせて、感謝の意を伝えた。 赤い旗がふわふわゆらめいている。 「これは風‥‥大丈夫、続けましょう」 旗のゆらめきの原因を慎重に見極めて、露草は手際よく作業を進めてゆく。 仲間達が今戦っている敵だけの戦闘ではない、この後更に大きな、想像を絶する大きさと聞くケモノを倒さなければならない。猶予はないのだ。 ●蹴散らせ! 一方、ケモノとアヤカシが入り混じるオアシス周辺では―― 「定國、囲まれるなよ? 思う存分かき回してやれ!」 地上のアヤカシに遅れを取る定國ではない、壬弥は全幅の信頼を寄せてウルジュワーンマミーの群れに突っ込んだ。 突如乱入した命あるもの。 新たな獲物の登場に、アヤカシもケモノも色めき立った。我先にと喰らい付こうとするのをすり抜けて、壬弥は敵集団を混乱させてゆく。 ――と、そこへ。義忠の雄叫びが割り込んだ! 「はっはぁっ!てめぇら!てめぇらの(ピー)で(ピー!)してやるからな!嫌だったらかかって来いやぁ!!」 あくまでサムライがスキル『咆哮』を使用しているだけである、念の為。 意味を解っているのかどうか、寧ろ解っていたら怖いが、とにかくウルジュワーンマミーの一部がぞろりと標的を変更し、ゆらゆらと義忠に近付き始める。 あまりな内容の雄叫びに、尻尾をぴん! と立てて固まった昴を見て、蜜鈴が艶笑った。 「あれ、初心な子じゃの。まあ確かに無粋な物言いじゃが‥‥ほれ、参るぞ」 壬弥と義忠に掻き回されて孤立し始めた木乃伊目掛けて、聖なる矢を射放つ。我に返った昴も短銃の射程内から射撃開始、ここに敵を更に混乱させる攻撃が加わった。 「真打がいるのでな、さっさと退場してもらおうか」 身の丈ほどの樫の杖、その頭部に施された龍の装飾に意識を集め、詠唱する。オラースの練力が放出された瞬間、砂漠に似つかわしくない猛吹雪に煽られ周囲一帯の敵が消滅した。 十把一絡げとばかりに攻撃しても、いまだ敵は数多い。 「うちに、対処しきれるかな‥‥この毒木乃伊男の数」 餓狼10頭だけであれば天儀でもよくあるケモノ駆除だが、そこに過酷な天候と次々湧いてくるウルジュワーンマミーが加わると、途端に難易度が上がる。不安はあったが、璃凛は多少の無理無茶をしてでも倒してみせる覚悟で符を構える。 「おうおう、流石によう燃えよるわ」 くすくすと、実に楽しげに蜜鈴は木乃伊に火球を放つ。火達磨になったウルジュワーンマミーが周囲に炎を撒き散らし、火達磨が増えてゆく。 既に狼は戦場に紛れてしまっており、地上は大混乱の体を擁していた。 「そぉりゃぁっ!!チェストォォォォォォッ!!」 相変わらずのハイテンションで野太刀を振るう義忠、飄々としかし後衛陣との連携に留意し動く壬弥、 (銃声に反応するかもしれませんが、サンドワームの移動には雷のような音がするらしいですし‥‥) サンドワーム出現を気遣いつつ援護する昴は、別班が立てた旗が並ぶ方向にちらと目を向けた。 ●真打登場 アヤカシ対応班が粗方の敵を倒した辺りで、準備を終えたサンドワーム対応班も本格的に動き始めた。 「さーって、と。若者のお手並み拝見だぜ」 「おう、ダイリン様に任せとけ! しっかり逃げてくれよ、トウテン!」 アルバルクはあっさり言うと、先陣を紅龍登天駆るダイリンに譲りサザーに騎龍した。紅龍登天の首筋を叩き、頼もしい応えを返すダイリン。 サンドワーム登場までは、アヤカシ討伐に助勢しながら出現の兆しを逸早く察知するべく赤い旗の様子を観察するのが任務だ。紅龍登天にサザーが続き、アルバルクと同じく射撃で援護を担うアーニャのアリョーシャが並んだ。後尾に甲龍、露草の鬼薊が就く。 「これを使う前に出て来ると良いのですが‥‥」 念には念をと用意した焙烙玉を抱え、露草は願いめいて呟いた。 サンドワーム対応班の合流で、アヤカシ班の一同は仕度が整ったのを悟った。 「待たせたな、手伝うぜ!」 一声掛けるや、ダイリンは紅龍登天を砂面すれすれに突っ切らせる。炎龍が描いた一陣の風は、ウルジュワーンマミーの毒霧を爽やかに切り裂いた。 既に餓狼の姿はなく、命なきモノが眷属を増やさんと足掻いているのみだ。 「おねがい!」 無茶かもしれない、だが賭けてみたかった。璃凛は符を構えると、召喚した火炎獣をウルジュワーンマミーが最も密集している辺りに放った。炎を司る獣は一直線に木乃伊共を焼き尽くす。次第に毒霧の濃度も薄くなっていった。 「まだ後があるからな、全力出し切るなよー」 戦闘の終焉を予感しつつ、壬弥が張り切る若者達にもっそり声を掛けた――時。 最初に気付いたのは誰だったろう。 砂地に立てた赤い旗、そのうち最も遠い場所に立てた旗が倒れているのに気付いたのは。 アーニャが叫んだ。 「来ます! サンドワームが近付いてますっ!」 一同は、残り僅かなウルジュワーンマミーとの交戦を一時停止し、巨大なケモノの出現に備えた。全員一斉に龍の高度を上げる。 間髪入れずにサンドワームが地中から姿を現した。 「‥‥世界は、広いですね」 露草は、ぽつりそれだけ呟いた。 ケモノという種の概念から想像できないほど大きな、大きすぎる体躯。ミミズのような見目に強固な鱗、何をも飲み込む巨大な口――これがアヤカシでなく、命あるケモノなのだというのだ。 地上では、僅かに残っていたウルジュワーンマミーがサンドワームに一呑みにされていた。動くものであれば生物アヤカシ関係なく呑み込む巨大な蟲、このケモノからオアシスを奪い返さなければならない! 「行くぜ、松風!」 第二戦だとばかりに義忠が吼えた。紅龍登天と連携して松風がサンドワームの注意を引く、その間に露草は符を構えた。 おぉぉぉぉぉぉぉぉ―――― サンドワームが吼える。 露草から放たれた符は、すぐさま式へと変わり巨大なケモノにしがみ付いた。雷のような、地響きのような咆哮を響かせて抵抗するサンドワーム。動きを完全に止める事はできないが、先程より鈍くなったようだ。 「うわ、ぶっさいく〜〜、天儀のアヤカシのほうが可愛いと思えるくらいです」 動きの鈍ったサンドワームに軽口を叩いて、アーニャが開けっ放しの大口に矢を浴びせ掛けた。アルバルクと昴も口中へ狙いを定め銃を構える。 「っはー。効いてる気がしねえ」 「大きいですから‥‥でも、いつかはきっと倒れます!」 面倒臭えとごちるアルバルクに、昴は自身にも発破を掛けるようにそう言うと、持てる力を振り絞って練力を弾に込めた。 「心配は要らない」 短く応えて淡々と、オラースは大砂蟲の口中目掛けて強烈な雷を落とす。臓器にまで届いたか、サンドワームは苦しげに身を捩る。砂地へ逃れようとすると、その度にアーニャがバーストアローで逃走を阻み、逃げる事を忘れた単細胞の蟲は再び開拓者達の攻撃に晒されるのだ。 「風絶、行くよ」 甲龍から身を乗り出し璃凛がカマイタチを放つ。壬弥と義忠の豪快かつ渋い太刀裁き、拘束から攻撃、仲間回復と援護に忙しい露草。 (戦闘にだけ気を取られる訳にはいきません) 注意深く、露草は辺りを警戒していた。柳威の話ではサンドワームは一体との事だったが、周辺に縄張りを巡らせている他のサンドワームが来ないとは限らない。 「さぁさ、わらわとも遊んでおくれ?」 妖しく艶やかに、蜜鈴は大砂蟲を挑発するように囁いた。天禄を蟲の大口ぎりぎりまで近付かせると、手元から何かを放り投げる。 「わらわの手向けじゃ、ちと強いがよう味わうが良いぞ」 言うや、蜜鈴は弧を描いて零れつつ落ちて行ったヴォトカを追うようにファイヤーボールを放った。火力を増した火球が大砂蟲の口中へと消えてゆく。 一気に開拓者達に畳み込まれたサンドワームは砂上へと伏し、二度と砂中に潜る事はなかった。 「ふむ。之にて一件落着。かの?」 「ですねっ。せっかく初めての場所に来たんです、この後観光しませんかー?」 「とりあえず、仮設ギルドに帰ろうぜ‥‥」 涼しげに笑んでみせた蜜鈴に無邪気に誘う。暑さに辟易していたダイリンは、時間と共に上昇を続ける砂漠の温度に少々お疲れ気味だ。 かくして、依頼を達成した開拓者達は無事に帰還した。 この後、彼らに数多くの出会いと不思議が待ち構えているのは、また別の話である。 (代筆 : 周利 芽乃香) |