廃墟に潜むモノ
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/28 18:50



■オープニング本文

 昨今、空き家や廃屋は珍しくない。誰しも一度は、『誰も住んでいない家屋』を見た事があるだろう。
 どんなに立派な家でも、優秀な大工が建てた建築物でも、住む者が居なければデカい箱と大差ない。
 この街にも、廃墟と化した古い洋館が建っている。いつから使われていないのか、持ち主は誰なのか、住人は誰も知らない。
 秋晴れのある日、その廃屋が取り壊される事になったのだが…。
「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 白昼に響く、中年男性の野太い悲鳴。次いで、大工らしき男性達が一斉に逃げてくる。
 その原因は…巨大な蜘蛛。しかも、中年男性のような頭部の。こんな異形が現れたら、誰だって逃げるに違いない。
 獲物を探すように、人面蜘蛛がゆっくりと視線を巡らせる。その口から糸が吐き出され、1人の青年に絡み付いた。
「な、何だコレ!?」
 悲鳴を上げる間に、糸はどんどん絡み付いていく。手足を振り回して暴れても、無駄な抵抗。全身の自由を奪われ、地面に転がった。
 恐らく、この廃墟は人面蜘蛛の棲家なのだろう。2匹、3匹と、不気味な蜘蛛が姿を現す。色んな意味で、悪夢のような光景である。
 幸か不幸か、人面蜘蛛達は廃墟から離れようとしない。青年が1人捕まってしまったが…被害は最小限で済んだと思うべきだろう。
 とは言え、この蜘蛛達がいつ襲ってくるかは誰にも分からない。大工や住人達は相談の末、ギルドへの依頼を決意した。


■参加者一覧
和奏(ia8807
17歳・男・志
賀 雨鈴(ia9967
18歳・女・弓
黒羽 修羅(ib6561
18歳・男・シ
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
帚木 黒初(ic0064
21歳・男・志
アッシュ=クロスライン(ic0696
19歳・男・弓
霞鏡(ic1166
20歳・男・志
徐 昴明(ic1173
44歳・男・サ
フィッセ(ic1188
16歳・女・巫
ジェイク・クロフォード(ic1292
22歳・男・騎


■リプレイ本文


 澄み渡るような青い空に、太陽がイヤガラセの如く燦々と輝く。秋晴れの空の下、住人達は遠くから廃墟を眺めていた。取り壊し作業中に現れた、巨大な蜘蛛の怪異…その退治が、今から始まるのだ。
「なかなかボロイいな…みんな、二階とか床に注意しとけよ。一応、な」
 廃墟を外から見回し、仲間達に注意を促すアッシュ=クロスライン(ic0696)。ジルベリア造りの2階建てだが、老朽化が激しい。窓は壊れ、壁には穴が目立っている。
「いやはや、こういった廃墟は風情があって良いものですね。壊されてしまうとは、忍びない…」
 残念そうに、帚木 黒初(ic0064)が言葉を漏らす。物を大切に思うのは良い事だが…今回の廃墟は修復するより、建て直した方が手間も工費も少なく済みそうだ。
「そうかぁ? 俺はこういう感じの屋敷見ていると、国を思い出すね。良い思い出はないけど…」
 言いながら、軽く後頭部を掻くジェイク・クロフォード(ic1292)。貧しい地域に生まれた彼にとって、故郷の事は苦い思い出なのかもしれない。
「人面蜘蛛、ですか。うぅ……あんまり凝視したくないアヤカシですね。初依頼なのに、前途多難です…」
 国や地域に関係無く、蜘蛛や昆虫が苦手な女性は多い。しかも人面蜘蛛のアヤカシとなれば、気持ち悪さは倍増。フィッセ(ic1188)が弱音を吐くのも、無理のない事だろう。
 彼女の隣で、エルレーン(ib7455)が同意するように頷いている。
「絶対、気持ち悪いよねぇ……そうだっ! お隣近所にメーワクじゃなかったら、お家ごとバルサ、むぐっ!?」
「ストップよ、エルレーンさん。イイコだから、真面目にお仕事しましょうね?」
 賀 雨鈴(ia9967)が素早くエルレーンの口を塞ぎ、発言を防いだ。恐らく、彼女の発言に何か危険を感じたのだろう。柔らかい笑みを浮かべているが、目が一切笑っていないため威圧感が尋常ではない。
 程良く緊張感が解れる中、不意にアッシュと和奏(ia8807)は廃墟に視線を向けた。紫と黒、2対の瞳が見詰めているのは、二階の辺りである。
「アッシュさん…さっきの気配、アヤカシさんで間違いありませんよね?」
 敵の気配を探っていた和奏が、ゆっくりと口を開く。気配は感知出来るが、それがアヤカシなのか、他の生命体なのか、判別は出来ない。彼の質問に、アッシュが静かに頷いた。
「あぁ。チラッと見えたが…部屋ん中に逃げられた」
 舌打ちと共に、言葉を返す。アッシュは瞳に精霊力を集め、瞬間的に視力を強化したが、逃げる後姿しか見えなかったようだ。
 2人の言葉を聞き、黒羽 修羅(ib6561)は手帳と筆記用具を取り出す。会話するのと大差ない速さで文字を書き上げ、それを仲間達に見せた。
『急いで追い掛けよう。これ以上犠牲者を出さないためにも、確実に退治しないとな』
 綺麗で、力強い文字。言葉を発せない代わりに、彼の気持ちを表現しているように見える。それを汲み取ったのか、言葉なく頷く開拓者達。一階捜索班、二階捜索班、周辺警護班の3手に別れ、行動を起こした。


「ごめんください…って言っても、誰も居ませんよね」
 玄関から入室した和奏が、小声で呟く。一階を担当するのは、和奏、黒初、霞鏡、昴明、フィッセの5人。壊れた家具が光を遮っているのか、中は宵闇のように暗い。
 黒初はカンテラに火を灯し、部屋の奥に向けた。闇の中に浮かんだのは、広間のような室内。予想以上に広く天井も高いため、カンテラの光が隅々まで届かず、大半が暗いままである。
「こう暗くては見通しが利かんな…壁を一部破壊するが、構わんだろうか?」
 言いながら、徐 昴明(ic1173)は斧を握り直した。仲間達から異論が出ない事を確認し、壁伝いに移動。手の感触で壁の状態を確認し、斧を振り下ろした。
 力強い一撃が壁を打ち崩し、人が通れるほどの穴を穿つ。そこから陽光が差し込み、室内が一気に明るくなった。
「さて…出てきて頂きましょう。かくれんぼは終わりですよ」
 部屋の隅に向かって、鋭い視線と言葉を向ける霞鏡(ic1166)。彼の発言に反応するように、部屋の隅で闇が蠢いた。
 周囲の緊張感が高まる中、異形がゆっくりと姿を現す。中年男性のような頭部を持った、2m程度の巨大な蜘蛛。しかも、それが2匹も。
 あまりの不気味さに、フィッセは短い悲鳴を上げた。が、小さな手を強く握り、自身の苦手意識に耐える。初めての依頼とはいえ、その志は人一倍強いようだ。
 そんな彼女の覚悟を嘲笑うように、アヤカシ達が口から糸の塊を吐き出す。狙いは、入口付近に居る4人。咄嗟に、彼等は左右に別れるように跳んで糸を回避した。
「問答無用、ですか。どうやら、ここで倒すしかありませんね…」
 アヤカシを見据えながら、霞鏡は薙刀を振り回す。壁や天井との距離を確認し、兵装をいつもより短く構えた。
「衛家の武官、昴明。推して参る…!」
 注意を引くように大声を上げ、アヤカシに突撃する昴明。迎え撃つように、蜘蛛の1匹が糸玉を吐き出した。
 昴明は斧を薙ぎ、斧頭の面で糸を払い落とす。そのまま手首を返し、刃先を叩き付けるように振り下ろした。力強い一撃が、敵の腹部を深々と斬り裂く。
 追撃するように、霞鏡は素早い踏み込みから薙刀を突き出した。それがアヤカシの脚を貫通し、胴に突き刺さる。薙刀を引き抜くと、瘴気が一気に吹き出した。
 大量の瘴気に紛れるように、2匹目の蜘蛛が素早く移動。床を蹴って軽く跳び、黒初に襲い掛かった。
 それに気付き、黒初は刀を抜いて盾代わりに構える。兵装が敵の攻撃を受け止め、軽い衝撃が両手を奔り抜けた。
「人の顔をした蜘蛛とは、何とも醜悪な…せめてこう、見目麗しい顔であれば…」
「あの…帚木さん? 美形でも、人面蜘蛛はキツいと思いますけど…」
 申し訳無さそうに、小声でツッコミを入れるフィッセ。黒初自身も同じ事を思ったのか、軽く苦笑いを浮かべた。
 彼の横から和奏が素早く距離を詰め、蜘蛛に向かって刀を振り上げる。切先が敵の脚を2本切断すると、周囲に瘴気が舞い、斬り落とされた脚も空気に溶けていった。


 開拓者達が一階に侵入したのと同時刻。修羅、エルレーン、ジェイクは二階のベランダに昇り、窓を開け放った。修羅は仲間達の入室を防ぐように両腕を広げて前に立ち、室内を見渡す。
(死角や物陰に隠しているが…この糸の配置、間違い無く罠だな。だったら…!)
 一階と違い光が充分に差し込んでいるため、感覚を研ぎ澄ませた修羅には、罠の位置が『見えて』いる。両手に苦無を構え、鋭く投げ放った。2つの刃が糸を纏めて斬り裂くと、罠として設置した糸が次々に床に落ちる。
 罠を見抜かれ、部屋の隅からアヤカシがゆっくりと姿を現した。怒りに燃える両眼で、開拓者達を睨みながら。
「で、出たぁ…うぅ、カオ付いてるけど、言葉分かるのかな? こ…こっちこーい!」
 アヤカシを誘導するため、声を掛けるエルレーン。が、敵は言葉を返す代わりに、糸の塊を吐き出した。
 驚きながらも、エルレーンは素早くしゃがんで攻撃を避ける。軽く溜息を吐き、兵装を構えながら突撃した。攻撃を警戒しながら、片手剣を大きく薙ぐ。切先が蜘蛛の腹部を捉え、深々と斬り裂いた。
「いい運動になりそうだけど…とっとと終わらせて、酒でも飲みたいところだよ」
 不敵な笑みを浮かべ、距離を詰めるジェイク。敵と密着する程に接近し、片手剣を振り下ろした。刀身が後脚を1本斬り落とし、瘴気が漏れ出す。
 3人の視線が蜘蛛に集中する中、ジェイクの背後から糸が飛んできた。気付いた時には、もう遅い。糸が絡み付き、全身を縛り上げた。
 ジェイクを攻撃したのは、2匹目のクモ。物陰に隠れ、ずっと攻撃する隙を窺っていたのだろう。不意を突かれ、開拓者達に動揺が奔る。
 それを加速させるように、手負いの蜘蛛が開けっ放しの窓に向かって突進。そのまま、ベランダから外に飛び出した。
「2人共、追うな! 外の連中にも、仕事作ってやらないとね!」
 ジェイクの叫びに、修羅とエルレーンの動きが一瞬止まる。もし彼が叫んでいなかったら、2人はアヤカシを追って外に飛び出していただろう。
 彼等のすべき事は、目の前の敵の撃破。それを再確認し、3人は視線をアヤカシに向けた。
 修羅は新しい苦無を取り出し、走り幅跳びの要領で跳び掛かる。掌打で敵の頭部を揺らし、間髪入れずに逆の腕で斬撃を放った。刃が胴に傷を刻み、瘴気が立ち昇る。
 糸が絡み付いたまま、短銃の引金を引くジェイク。放たれた弾丸が糸を断ち切り、アヤカシの片目を潰した。
 更に、左脚を軸にして回転。全身の糸を振り払いながら、斬撃を放つ。鋭い一撃が、敵の脚を4本纏めて斬り払った。
「『いちげきひっさつ』で、終わっちゃえっ!」
 叫びながら、エルレーンは兵装に精霊力を込める。桜色の燐光を纏った刃を、超高速で奔らせた。神速の刃は、相手に『斬られた』事すら気づかせない。燐光が枝垂桜のように散り乱れる中、敵の体が瘴気に還り、空気に溶けるように消え始めた。


「始まったみたいね。周囲にアヤカシが居ないと良いんだけど…」
 仲間達が廃墟に侵入したのを確認し、弓の弦を鳴らす雨鈴。弦音に耳を傾け、アヤカシの出現に備える。
 その隣では、アッシュが視力を強化して廃墟の様子を観察していた。突然一階の壁に穴が開いたが、昴明が光を取り入れるために放った一撃だろう。
 気を取り直し、周囲を警戒する2人。それから数十秒もしないうちに、二階の窓から手負いのアヤカシが飛び出てきた。
「うげっ…! 蜘蛛に人の顔がついてるって…気持ち悪いな」
 アッシュが嫌悪感を露にする中、超高速の矢がアヤカシの胴を射抜く。そのままバランスを崩し、蜘蛛は地面に落下した。
「その分、迷い無く攻撃できるけどね。醜い敵は、早々に倒してしまいましょう?」
 言いながら、素早く矢を番える雨鈴。さっきの一矢も、彼女が放ったモノである。
 雨鈴の言葉に頷きながら、アッシュは弓を構えた。矢を引く手に全精神を集中させ、練力を込める。
 アヤカシが起き上がるのと、2人の弓撃が放たれるのは、ほぼ同時だった。雨鈴の矢が敵の眉間に突き刺さり、瘴気が吹き出す。
 間髪入れず、アッシュの練力を込めた射撃が敵を頭から水平に貫通。全身を貫かれ、アヤカシは瘴気と化して弾け散った。
 目の前の敵を倒しても、2人は油断しない。再び周囲に注意を向け、警戒を強めた。


「皆さん、近くにアヤカシの気配はありません。その2匹で最後です!」
 フィッセの叫びが、一階に木霊する。この廃墟は全て、彼女の索敵範囲内。だからこそ、アヤカシがどこに居るか断言出来るのだ。
「なら、一気に勝負を決めてみましょうか」
 軽く笑みを浮かべた直後、和奏の姿が視界から消えた。正確には、消えたと錯覚するほどの素早い踏み込み。そこから正確無比な三連突きが放たれ、敵の額、胴、腹に穴を穿った。
 数々の手傷を負い、全身から瘴気を吹き出すアヤカシ。誰の目から見ても、満身創痍である。
 止めを刺すため、黒初は刀を鞘に納めて精霊力を込めた。軽く腰を落とし、高速で刃を抜き放つ。紅い閃光が敵を斬り裂き、紅葉のような燐光が舞う中、全身が瘴気に還り始めた。
 最後の悪あがきとばかりに、蜘蛛は力を振り絞って黒初に跳び掛かる。予想外の行動に反応が一瞬遅れ、鋭い牙が腕に突き刺さった。鮮血が舞うのと同時に、アヤカシの全身が瘴気となって弾け散る。
「痛いのは好きではないので、噛まれたくなかったんですがね…」
 敵の消滅を確認しつつ、苦笑いを浮かべる黒初。その体が、膝から崩れ落ちた。荒い呼吸に、青ざめた顔色…恐らく、アヤカシの毒を喰らったのだろう。
 それに気付いたフィッセが、小走りに駆け寄る。黒初の肩に触れて意識を集中させると、彼の体が微かな光に包まれた。清浄な力が、毒の効力を消していく。
 解毒作業が行われる中、最後のアヤカシは室内の闇に紛れていた。そうやって開拓者達の死角を移動し、屋敷の出口に近付いて行く。
 アヤカシが霞鏡の背後を通ろうとした瞬間、石突が押し出されて敵の頬を強打した。
「それで俺の隙を突いたつもりですか? 甘いですよ」
 そう語る霞鏡は、両目を閉じている。意識を集中させて感覚を研ぎ澄ませた事で、敵の気配に気付いたのだろう。
 追撃するために目を開け、半回転しながら兵装を薙ぎ払う。素早い斬撃が蜘蛛を斬り裂き、瘴気が一気に吹き出した。
 それでも、アヤカシは逃走を諦めない。出口に向かって、猛然と走り出した。
 その進路に、昴明が立ち塞がる。
「霞鏡殿の言う通り。覚悟してもらおうか…出来損ないのアヤカシめ」
 静かに言い放ち、昴明は腰を深く落として斧を構えた。柄を強く握って力を込め、敵を見据える。アヤカシが飛び掛かってきた瞬間、昴明は全力で斧を振り下ろした。
 溜め込んだ力が一気に放たれ、蜘蛛の体を空中で両断。左右に別れた体は一瞬で瘴気と化し、空気に溶けて黒い滴が床を濡らした。


 アヤカシの撃破に成功した開拓者達は、一度合流して再び2手に別れた。エルレーン、黒初、霞鏡、昴明、フィッセは、住人への報告と廃墟周辺の警備に。
 和奏、雨鈴、修羅、アッシュ、ジェイクは、廃墟の中を隅々まで探索していた。目的は、アヤカシの残党確認と、連れ去られた青年の探索。和奏と雨鈴を中心に、気配を探っていく。
 幸いな事に、アヤカシは影も形も気配も無かった。廃墟内の敵は、全て倒したと考えて問題ないだろう。
 あとは青年が見付かれば大団円なのだが…無情にも、真新しい白骨死体が1つ。その傍らには、服の一部や大工道具が転がっていた。
「怖かったろうな。運の悪い…」
「まあ……安らかに眠ってくれや」
 アッシュとジェイクの言葉が、静かな室内に消えていく。悲痛な表情を浮べ、静かに黙祷を捧げる5人。雨鈴と修羅が遺品を回収し、全員で廃墟を後にした。
 数日後。廃墟は無事に解体され、資材の大半は再利用が決まった。残った資材で、その場所に小さい墓が建てられたらしい……。