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■オープニング本文 「失礼。ギルドの依頼窓口は、こちらで宜しいのかしら?」 それは、場違い極まりない光景だった。貴婦人、という言葉が似合う老婦人が、ギルドにやって来たのだから。 戸惑いながらも、窓口担当の職員が椅子へと促す。 「ありがとう。それで依頼料なのですが……これで足ります?」 そう言いながら、貴婦人は手提げ鞄から貨幣を取り出した。その金額は、並ではない。職員が腰を抜かすには十分過ぎる額だ。戸惑いながらも、職員は貨幣と貴婦人を交互に見る。 「あの……少な過ぎましたか?」 貴婦人の言葉に、職員は両手をブンブンと振る。それを見て、彼女は柔らかい笑みを浮かべた。 「それなら良かったですわ。それで、依頼の内容なのですが……」 貴婦人は、そこで一回言葉を切った。数秒の沈黙。その後、意を決したように口を開く。 「私、もう長くはないんです…」 消え入りそうな、儚い微笑み。一瞬、言葉の意味が理解出来なかった。 「驚かせて申し訳ありません。私の体は病に侵されていまして…もう、長くないらしいのです」 ゆっくりと、貴婦人は言葉を続ける。 「運良く、商売が巧くいってお金には困りませんでした。ですが……夫と子供を亡くしてから50年、私はずっと1人。最期の瞬間まで1人なのかと思ったら…悲しくなりまして」 貴婦人の瞳から、大粒の涙が零れる。彼女は長い間、1人で孤独に耐えてきたのだろう。職員は、そっとハンカチを差し出した。 「ありがとう……せめて最期に、楽しい思い出が欲しいの。この依頼、お願いしても良いかしら?」 職員は優しい笑みを浮かべると、依頼書の作成に取り掛かった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
国乃木 めい(ib0352)
80歳・女・巫
平賀 爽(ib6101)
22歳・女・志
ルシフェル=アルトロ(ib6763)
23歳・男・砂
ミカエル=アルトロ(ib6764)
23歳・男・砂
春風 たんぽぽ(ib6888)
16歳・女・魔
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
香緋御前(ib8324)
19歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●『祖母』と『家族』 武天の街外れにある、巨大な邸宅。個人の所有物としては、最大級と言っても過言ではないだろう。開拓者達はその門をくぐり、呼び鈴を鳴らした。 「はいはい、どなたかしら?」 扉の奥から響く、上品な声。暫くして扉が開くと、老婦人が姿を現した。 「お初にお目にかかります、おばあさま。よろしくお願い致しますね」 礼儀正しく挨拶し、平賀 爽(ib6101)は軽く頭を下げた。優しく微笑んではいるが、その表情はどこか悲しそうにも見える。 「たんぽぽだよ! よろしくね、おばあちゃん♪」 春風 たんぽぽ(ib6888)は満面の笑みを浮かべながら老婦人に抱き付いた。これは彼女の得意技らしく、周囲に癒しの空気が放たれている。 「まぁ、可愛いお嬢さん達ね♪」 たんぽぽに癒されたのか、老婦人の表情も柔らかい。 「御婆様、これは妾からのプレゼントじゃ。気に入って貰えると良いがのぅ」 そう言って、香緋御前(ib8324)は赤いサルビアの花束を差し出した。それは、老婦人の好きな花である。 「ジャッダ、これも受け取って貰えないか?」 同様に、『サルビアの刺繍が施された紫の膝掛け』を差し出すミカエル=アルトロ(ib6764)。ジャッダは、アル=カマルの言葉で『祖母』の意味だ。 「綺麗……ありがとう、香緋ちゃんに…ミカエルちゃんかしら?」 二人の贈物を受け取り、老婦人は満面の笑みで礼を述べる。ギルドからの連絡で、依頼に参加した人物の名前と顔を知っていたのだろう。 「ねぇねぇ、ジャッダ。立ち話もアレだし、中に入ろうよ」 老婦人のドレスを軽く引っ張りながら、甘えたような声を出すルシフェル=アルトロ(ib6763)。老婦人はクスクスと小さく笑うと、8人を中に招き入れた。 通された部屋には上品な調度品が並び、花瓶には様々な花が活けられている。 「綺麗なお花……ばば様は、お花を育てるのがお上手で御座いますね」 センス良く飾られた花に、月雲 左京(ib8108)は感心して言葉を紡ぐ。 「そんな、大した事じゃないわよ。さぁ、紅茶でも如何?」 照れたような表情を浮かべながら、老婦人は9人分のカップに紅茶を注ぎ入れた。それを全員に配り、軽く口を付ける。 「美味しい紅茶ですね。茶葉も良いですが、入れ方もお上手です」 老婦人に優しい笑みを向け、国乃木 めい(ib0352)は再び紅茶を口にした。 「お婆様、明日はパンダを見に行くんですよね? 何着て行かれます?」 礼野 真夢紀(ia1144)の言葉に、老婦人は困ったような表情を浮べる。 「ん〜…まだ決めてないのよ。後で真夢紀ちゃんと一緒に選ぼうかしら?」 ニッコリと笑う老婦人。それに釣られたのか、真夢紀は微笑みながら頷いた。 「パンダと言えば、泰国に確認が取れましたよ? 私達でも見れるそうです」 めいの言葉に、老婦人は『まぁ♪』と感嘆の声を漏らし、軽く手を合わせた。その表情は、子供のように無邪気だ。 「良かったのぅ、御婆様。時に……妾とたんぽぽに編み物を教えて貰えぬか?」 紫色の毛糸を手に、モジモジしながら言葉を口にする香緋。たんぽぽは紫とピンクの毛糸を手に、微笑んでいる。 「えぇ、それは構わないけど……夕ご飯の支度もしなきゃ」 「なら、今日は俺が夕飯を作ろうか、ジャッダ?」 苦笑いを浮かべる老婦人を気遣うように、ミカエルが提案する。同様に、左京は小さく手を上げた。 「わたくし、お手伝いさせて頂きます。たんぽぽ、ねね…さ…。…。たんぽぽ様達も、そちらが終わったらお手伝いをお願い致します」 実姉への想いが強すぎるのか、言えずに口を噤む左京。それを理解しているのか、開拓者達は静かに頷く。 「あら、そう? じゃぁ、お願いするわね」 「夕飯も良いけどさ……俺、ジャッダの作ったお菓子が食べたいな♪」 無邪気な笑みを浮かべながら、老婦人に甘えるルシフェル。兄弟と2人きりだったが故に、家族に甘えたいのかもしれない。 「じゃぁ、後で一緒にプリャニキを作りませんか? 紅茶に合うって聞いたんですけど、自分でも作れるようになりたいのです」 真夢紀はそう言って、お菓子を取り出した。それは、ジルベリアの伝統的な菓子である。 そこからは、ゆったりとした時間が流れた。 香緋とたんぽぽは、老婦人と共に毛糸で髪飾りを編む。その奥では、ミカエルと左京が夕飯の支度を始めていた。 「おばあちゃん、私の作った髪飾りはおばあちゃんのほど上手じゃないけど…交換してくれる?」 老婦人は笑顔でそれに応えると、真夢紀と共にお菓子作りを始める。たんぽぽと香緋は夕飯作りに参加し、めいとルシフェルは微笑みながらそれを眺めている。 (…あ。おばあさまの目尻の皺、可愛らしいなぁ…) そんな事を考えながら、爽は筆を走らせる。皆が笑っている時を狙って、似顔絵を描いているのだ。 こうして、笑顔に包まれながら夜は更けていった。 ●パンダを求めて 次の日。快晴の天気の中、9人は泰国のパンダ研究所に来ていた。老婦人が自家用の飛行船を所有していて、開拓者達の度肝を抜いたが。 「パンダ、みんなで見れると良いね♪」 研究所の門の前で、楽しそうに鼻歌を歌うたんぽぽ。既に研究所に話は通っており、もう暫くすれば係員がパンダを連れて来る予定だ。 「みんなの準備が長過ぎて、俺待ちくたびれちゃったよぉ〜」 疲れた表情で、地面に腰を下ろすルシフェル。彼とミカエルは、女性陣の準備が終わるまで一時間近く待たされたのだ。そのせいで、出港が遅れたのは言うまでも無い。 「仕方なかろう、ルシフェル。女性の準備は時間がかかるのじゃ」 「おいおい、コウヒ。お兄ちゃんを呼び流しにしたら駄目だろ?」 不敵な笑みを浮かべる香緋に、悪戯っ子のような笑みを返すルシフェル。彼の言葉に、香緋は頬を赤く染めた。 「う…うるさい! お主なぞ、ルシフェルで十分じゃ!」 照れながらも反論する香緋。もしかしたら、『兄』と呼ぶのが照れ臭いのかもしれない。 が、ハタから見たら子供のケンカにしか見えない。口論を続ける2人に、ミカエルは軽く溜息を吐いた。 「ルー、こんな所で喧嘩をするな。コウヒも、な」 叱られた子供のように、シュンと元気を無くす2人。その様子を見ていた老婦人は、軽く笑みを零した。 「お婆様、あれあれ!」 興奮気味な真夢紀の言葉に、全員の視線が集まる。数人の係員に連れられ、2頭のパンダが門外まで歩いて来た。更に、パンダの赤ん坊が係員の腕に抱かれている。 「これが……パンダ!」 子供のように目を輝かせる老婦人。長年の夢が叶って、幸せそうだ。 「ふわもこ、で…御座います!!」 同じように、左京も目を輝かせてパンダに見入っている。 (パンダは可愛いけれど……皆様も負けない位、可愛らしいですね) そんな事を考えながら、めいは全員を見渡す。その様子は、本物の祖母のようである。 「あの……撫でたりしても大丈夫ですか!?」 爽の質問に、係員は微笑みながら頷いた。その言葉を聞いて、爽は老婦人を促す。緊張の面持ちで、彼女はパンダに手を伸ばした。そっと触れ、優しく頭を撫でる。その表情が微笑みに変わると、開拓者達もパンダに手を伸ばした。 「ん〜…『むぎゅむぎゅ』したら気持ち良さそう!」 「た、たんぽぽ姉様…少し、苦しいです」 流石に、抱き付くのは許可されないだろう。たんぽぽはパンダの代わりに真夢紀を抱き締めると、彼女の口から小さな悲鳴が零れた。 9人がパンダに夢中になっている最中、老婦人は自身の肘を抱くように身を縮める。 「ジャッダ、寒くないか? 無理するなよ?」 真っ先にそれに気付いたミカエルは、老婦人の肩に優しく手を伸ばした。彼女は微笑みながら、そっと自分の手を重ねる。 「冷えは万病の元ですからね。気を付けなきゃ、駄目ですよ?」 心配そうに、めいは老婦人の背を撫でる。そんな老婦人に、左京は『しろくまんと』をそっと掛けた。 「念のために、コレをお使い下さいませ。もこもこで、暖かいので御座いますよ?」 「まぁ…パンダみたいにモコモコ。ありがとう、左京ちゃん」 礼の言葉と共に、笑みを浮かべる老婦人。左京は笑みを返し、皆は満足するまでパンダと戯れた。 「皆様、良い笑顔です…筆が追い付くと良いのですが」 爽は一足先に遊ぶのを止め、似顔絵に専念する。その枚数が増え、太陽が西に傾いてきた頃、9人は飛行船に乗り込んで帰路へと着いた。 ●突然の…… 「おばあさま…これ、私の描いた似顔絵です。笑顔が素敵過ぎて、何枚も何枚も描いてしまいました」 帰りの飛行船の中、船室に集まってくつろいでいる9人。爽は描き終えた絵をまとめ、紫のリボンを掛けて老婦人に手渡した。 「まぁ…ありがとう、爽ちゃん。見せて貰っても良いかしら?」 「もちろんです! 気に入って貰えると良いですが…」 笑顔の老婦人とは対照的に、爽は不安そうな表情を浮べている。恐らく、絵を見た評価が心配なのだろう。 「みんな、ちょっとおいでなさい?」 リボンを解きながら、老婦人は全員に声を掛ける。彼女の後ろに7人が集まったところで、絵を広げた。直後、全員の口から感嘆の声が零れる。 「これは…夕飯の支度をしている時で御座いますね。お菓子を作っている真夢紀様と、ばば様も描かれています」 左京が指差す絵の中では、皆が笑顔で料理をしていた。 「あぁ。ルーがつまみ食いしてるトコまで、しっかり描けてるな」 ミカエルは意地悪な笑みを浮かべ、ルシフェルに視線を向ける。それに気付いたルシフェルは、拗ねるように指で地面に円を書いた。 「だってぇ……ジャッダのお菓子も、ミカちゃんの料理も、ウマそうだったんだもん」 その様子に、思わず全員が声を出して笑う。 「ちょっと恥ずかしいですが、爽姉様の似顔絵、お上手です♪」 真夢紀の言葉に、爽は照れながらも嬉しそうに微笑んだ。 「こっちは、香緋おねえちゃんと3人で編み物してる時だね♪」 にこやかに編み物をする、たんぽぽと老婦人。悪戦苦闘する香緋。あの時の状況が、絵の中に残っている。 「ほほぅ……妾の尻尾まで、忠実に描かれておるのぅ。なかなかやるな、爽」 素直に賛辞を贈る香緋。そのまま、似顔絵を見ながらの思い出話に花が咲く。 「幸せね…私……」 ポツリと呟いた老婦人の言葉。それに気付いためいが、彼女の顔を覗き込んだ。 「どうしました? 少々、顔色が優れないようですが…」 心配そうに、そっと肩に手を伸ばす。その手が触れた瞬間、老婦人の体が椅子から崩れ落ちた。 「お婆様!? どうしたんですか!?」 「ばば様、目を開けて下さい! ばば様!」 真夢紀と左京が、心配そうな顔で老婦人の体を揺さぶる。香緋は二人を後ろから抱き締め、強引に引き離した。 「落ち着くのじゃ、真夢紀! 左京!」 入れ替わるように、めいが老婦人の状況を診る。ルシフェルは伝声管に駆け寄り、吼えるように叫んだ。 「緊急事態だ! どこでも良いから病院に行ってくれ! 急げ!」 全員が心配そうに見守る中、脈や呼吸を確認するめい。その顔に、焦りと不安が色濃く浮かんでいる。 「めいちゃん…おばあちゃん大丈夫だよね!?」 「大丈夫だって…心配無いって言ってくれよ、メイ!」 たんぽぽとルシフェルの悲痛な叫びが周囲に響く。数秒の沈黙の後、めいはゆっくりと口を開いた。 「……ここまで状態が急変するとは思いませんでした。あとは……彼女の体力と気力次第です」 ●本当の『最期』 重苦しい黒い雨雲が空を覆い、大地に雨を降らせる。それは、さながら老婦人に対する悲しみの涙のようである。 「お婆様が亡くなられた時点で、依頼は終わりです……ここからは『家族』として、お仕事を果たします」 墓石の前で膝を付き、真夢紀は手を合わせた。 老婦人が倒れた後、飛行船は病院に急行した。医師団による治療が施されたが……彼女が目を覚ます事は無かった。老婦人は身寄りが無かったため、開拓者8人の手で葬儀が行われ……今、墓石の下に眠ったところである。 「妾を置いて先に逝くとは……せっかちな御婆様じゃな…」 墓前に花を供え、遠い空を見詰める香緋。その視線の先に、老婦人が居るのかもしれない。 「私…おばあさまの孫になれましたか? ちゃんと……家族で居れましたか?」 涙を浮かべながら、爽は似顔絵の束を墓石に捧げる。雨に塗れて紙がクシャクシャになっていくが、老婦人との思い出は、彼女達の心の中で色褪せる事は無いだろう。 「……いつになるか分からないけど、私が空に行ったら…またむぎゅーってしてあげるね……泣いてないよ? 私は、強いから……」 たんぽぽの頬を、一筋の雫が伝う。それが涙なのか雨なのか…誰にも分からない。 「皆様、泣かないで下さい……彼女は、天命を全うしました。私達が泣いていたら…安心して旅立てませんよ」 線香を供え、めいは真夢紀とたんぽぽの頭を撫でる。我慢の限界を迎えたのか、二人はめいの胸に顔を埋め、声を殺して涙を流した。 女性陣6人から少々離れた場所で、ミカエルとルシフェルは、手にしたサルビアの花を見詰めている。 「俺は心臓が止まっても、心はミカちゃんと同じだから…俺達は、二人で一つだもんね…」 「あぁ。俺はお前で、お前は俺だ。どっちかが死んでも、俺はお前を近くに感じる」 言いながら、二人はサルビアの花を近付ける。 「死ぬってのは、悲しくて怖いものなのか…それもよく分からないんだ……」 「死に恐怖は感じない。ただ……ルー、お前を一人にするのが怖い……」 ずっと一緒に生きてきた2人。だが、いつか『死』が2人を別つ時が来るかもしれない。自分の命が尽きる事より、双子を片割れにしてしまう事が耐えられないのだろう。 「ばば様と過ごした時間は…わたくしたち家族の、一生の思い出で御座います……」 左京は一人呟きながらダイヤモンドリリーの花を供える。その花言葉は『また会う日を楽しみに』である。 もしかしたら、左京だけは分かっていたかもしれない。老婦人が、サルビアが好きな理由を。 赤いサルビアの花言葉は、『良い家庭、家族愛』……。 |