大空の王者
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/08 19:44



■オープニング本文

 飛空船。
 天儀に生まれた者ならば、その名や姿を知らないワケが無いだろう。他国との交流や運搬の要となっており、今や生活には欠かせない物となっている。
 サイズや形状、用途は様々。小型の長距離運搬船もあれば、100人を乗せて飛ぶ超大型豪華客船まで存在する。天儀の開拓の歴史は飛空船と共にある、と言っても過言では無いだろう。
 儀と儀の間を自由に飛び回る飛空船だが、同時に大きな問題も孕んでいる。
『駄目です船長! ヤツ等を引き離せません!』
 伝声管越しに、乗組員の悲痛な声が操舵室に響く。舵を握る初老の船長にも、焦りの色が浮かんでいる。
「ちっ! バケモノ共め! 俺の船を襲って何の得があると言うんだ!」
 叫びなら、船長は舵をきった。この船は、どこにでもあるフツーの中型飛行船である。数人の一般人や商人が同乗している他、泰国への輸出品が1トン強載積されているが、金目の物は無い。
 一見すると狙われる理由が見当たらないが『人が乗っている』というのが最大の理由だ。
 人を喰らい、恐怖を喰らい、それを糧に成長するアヤカシにとって、飛行船は恰好の餌である。無論、飛行船には自衛のための武器が搭載されているし、数隻で船団を編成して外敵に対抗している。が、運の悪い事に、この船は一隻で航行中に大勢のアヤカシに襲撃されたのだ。
 鷲の低級アヤカシとは言え、群れを成して襲われたのでは反撃しきれない。半数近くは撃ち落したものの、火薬や弾薬は切れ、砲座は破壊されてしまった。元々泰国での補給を予定していたため、弾薬が少なかったのも要因である。
 だが、幸運な事も2つある。1つは、乗客も乗組員も致命傷を負っていない、という事。軽傷を負った者は若干居るが、銃座に居た乗組員も一般人も無事である。
 しかし、楽観は出来ない。人命は無事だが、飛行船は徐々に速度が落ちている。このままではアヤカシの餌食になるか、墜落するか、そのどちらかだろう。
 運命を握るのは、2つ目の幸運。それは、開拓者が同乗していた事。
 船長には待機を命じられていたが、この窮地を見過ごすワケにはいかない。開拓者達は顔を見合わせると、甲板への通路を駆け出した。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
日依朶 美織(ib8043
13歳・男・シ


■リプレイ本文

●鋼鉄の翼に想いを乗せて
 衝撃と共に、船が軽く揺れる。恐らく、アヤカシの体当たりを喰らったのだろう。
「船長さんには、後で謝らないといけませんね。待機命令、破ってしまいましたし」
 船内の通路を走りながら、申し訳なさそうな表情を浮べる、日依朶 美織(ib8043)。緊急事態とは言え、言い付けを破った事を気にしているのだろう。
「そうかもしれないが‥‥一般人も居ますし、早々にケリを付けて安全を確保しないと」
 熾弦(ib7860)は前方を見据えたまま、言葉を紡ぐ。その漆黒の瞳には、一片の迷いも無い。
「頼もしい言葉だね。ん〜‥でも残念だよ。きみとは10年‥‥いや、7年早く出会いたかったね」
 言いながら、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は熾弦に笑みを向ける。その笑顔の裏には『危険な影』が見え隠れしそうだ。
「うぅ‥‥やっぱりフランヴェルさんて、ちょっとヤバい人なのかな」
「いつも言ってるよね? 『フラン』でいいよ、子猫ちゃん♪」
 呟くようなリィムナ・ピサレット(ib5201)の声に、超反応を見せるフランヴェル。恐らく、耳が良いワケではなく、リィムナの声に敏感なのだろう。
『おい、聞こえるか!』
 通路を駆ける4人の耳に、船長の声が響く。その出所は通路の上方、天上付近の伝声管である。4人は足を止め、伝声管を見上げた。
『乗客である君達にこんな事を頼むのは気が引けるが‥‥この船を守ってくれ!』
「任せといて! アヤカシは、あたし達がみ〜んな粉砕するよ♪」
 船長の声に、胸を張りながら笑顔で応えるリィムナ。その声が届いているかは定かではないが、熾弦はそれに続く。
「こちらこそ、船の運転はよろしくお願いしますね」
 返事は無い。が、こちらの声が伝わったと思いたい。そう信じて、4人は再び通路を走る。その視界に、甲板への出口が姿を現した。
「行きましょう、皆さん。微力ながら、私も全力で頑張ります!」
 美織の叫びに、全員が無言で頷く。直後、4人は勢い良く外へ飛び出した。

●悪しき翼を刈る者
「まずは対空弾幕! ブリザーストーム、発射ー!」
 甲板に出ると同時に、リィムナは空に向かってアゾットを構える。その先端から吹雪が生まれ、扇状に広がって鷲の半数を飲み込んだ。
 視界を遮る程の猛吹雪に晒されながらも、2体の鷲がそれを突き抜けてリィムナに迫る。
「私の子猫ちゃんを狙うなんて、お仕置きが必要だね」
 不敵な笑みを浮かべながら、フランヴェルが敵との距離を詰める。最小限の動きで鷲の体当たりを避けながら、擦れ違い様に強烈な一撃を叩き込んだ。
 胴に打撃を受け、鷲はリィムナを逸れて行く。が、違う鷲が2匹、フランヴェルに襲いかかる。彼女は咄嗟に腕を交差させて頭部を守ったが、鋭い爪が腕や胴を斬り裂き、赤い線を描いた。
「フランさんから離れなさい!」
 叫びながら、美織は素早く手裏剣を投げ放つ。それが正確に鷲の背に突き刺さると、悲鳴のような鳴き声を上げながら2匹は上空に逃げて行く。
 その隙を狙うように、熾弦は腕を振った。鷲の周囲の空間が歪み、飲み込んでいく。それが全身を捻るような衝撃と化し、2匹の鷲を打った。
 残った無傷の鷲が4匹、一斉に飛び上って急降下。4人全員を頭上から襲う。予想を超えた速度に反応が間に合わず、4人の頬や腕、肩に傷が刻まれた。
「あまり攻撃されると、巫女の身では厳しいな」
 軽く苦笑いを浮かべ、一人呟く熾弦。それを嘲笑うかの如く、鷲は翼を広げて距離を空ける。
「チャンス! 永遠に眠らせちゃうよ!」
 甲板の端に向かって移動し、リィムナは眠りの呪文を唱えた。それが鷲1匹の意識を、深い眠りへと誘う。睡眠状態に陥った鷲は、そのまま落下していく。甲板ではなく、地面に向かって。
 フランヴェルは大きく息を吸い、野獣のような雄叫びを上げた。その声に注意を惹かれたのか、散らばっていた鷲の内5匹が彼女に殺到する。
 不退転の決意と共に、フランヴェルは自信の肉体を硬化させ、攻撃を紙一重で避けながら鞭を叩き込んだ。直後、鷲の体が黒い塊となって空気に溶け、一部は甲板に黒い染みを描いた。
 ここまでは順調だったが、注意を惹かれた鷲が多過ぎた。左右からの体当たりを避けられず、両脚を踏ん張って耐える。更に、鷲の爪がフランヴェルの肩に深々と突き刺さった。赤い雫が舞い、甲板に降り注ぐ。
「鷲如きが‥‥調子に乗り過ぎです! 消えなさい!」
 怒りの形相で手裏剣を投げ放つ美織。鈍い銀色の光が、手負いの2匹に迫る。切先が胴を深々と斬り裂くと、鷲の体は一瞬で黒い霧となって風と共に消えた。もう1匹は翼を射抜かれ、甲板に落下すると同時に黒い染みと化す。
「全く‥‥無茶し過ぎだ! 致命傷にならなかったのは幸いですが」
 軽く説教しながらも、熾弦は精霊の力を借りて風を起こした。柔らかい風がフランヴェルを包み、癒しの力が全身を駆け巡ると、傷と共に彼女の生命力が回復していく。
「ありがとう、子猫ちゃん。きみの言葉、心に留めておくよ」
 苦笑いを浮かべながら礼を述べるフランヴェル。囮役とは言え、あのまま攻撃を受け続けていたら危険だったかもしれない。
 全員の注意が彼女に集中する最中、鷲がリィムナに向かって突撃した。咄嗟に横に跳んで避けたものの、着地の隙を2匹目が狙う。体当たりが直撃し、リィムナの体が後方に吹き飛ぶ。
 後方。つまりは、甲板の外に向かって。
『リィムナ!』
 超上空の空に、3人の悲痛な叫びが響いた。

●翼無き天使達
『リィムナ!』
 小さな体が、甲板の外へ投げ出される。咄嗟に、リィムナは手を伸ばして船体の縁を掴んだ。10歳とは言え、彼女は志体持ちの開拓者。その身体能力を持ってすれば、片手で船に掴まるのも難しい事ではない。
 だが、船体に掴まれる事と、這い上がれる事は違う。自身を持ち上げる程の力は、まだ無いようだ。リィムナの顔に、焦りの色が浮かぶ。
「大丈夫ですか!? 今、引き上げます!」
 脚に気を集中させ、美織は瞬時に駆けつけてリィムナの手を握った。そのまま足を踏ん張り、腕に力を込める。その瞬間、船体が大きく揺れた。予想もしていなかった振動に、美織のバランスが大きく崩れる。
 そんな彼女の体に、力強い手が添えられた。フランヴェルだ。二人でリィムナの両手を掴むと、力を合わせて一気に引き上げた。甲板の安全な位置に座らせ、フランヴェルは鬼気迫る表情で詰め寄る。
「リィムナ、怪我は無いか!?」
「え? あ、うん。大丈夫だよ!」
 リィムナの笑顔に、二人は胸を撫で下ろした。特に、フランヴェルの目には涙が浮かんでいる。それが一筋の雫となって頬を流れると、彼女はリィムナを強く抱き締めた。
「リィムナ‥良かった‥‥良かった!」
 涙ながらに声を絞りだす。それだけ、彼女が心配だったのだろう。二人の様子に、美織の目にも涙が浮かぶ。
 しかし、アヤカシにはそんな事は関係無い。手負いの鷲が1匹、隙だらけの3人に向かって突撃した。鋭い爪が、鈍い光を放ちながら迫る。
 それが3人に届く直前、鷲の周囲が歪み、捻れた。熾弦の放った、力の歪みだ。衝撃が全身を駆け巡り、体の端から黒い霧となって消えていく。ほんの数秒で、アヤカシは完全に消滅した。
「無事で何よりです。さて、無粋なアヤカシは、そろそろご退場願うとしようか」
 軽く笑みを浮かべ、熾弦は視線を空中の鷲に移す。美織達も、同様に敵を見上げる。残りは3匹。
 リィムナは立ち上がり、再びアゾットを構えた。扇のように広がる吹雪が、敵を一瞬で飲み込む。その内の1匹が、吹雪を抜け出して上空に逃げる。追撃するように、電光が奔って鷲を射抜いた。
 吹雪が止むと同時に、フランヴェルは鞭を振るう。空を裂き、衝撃を伴った鞭撃が連続で鷲を打つ。黒い霧を撒き散らし、鷲は落下しながら消えていった。
「一気に決めよう。美織君、タイミングは合わせます!」
「分かりました! お願いします!」
 軽く顔を見合わせ、二人は狙いを定める。美織は複数の手裏剣を取り出し、一気に投げ放った。ほぼ同時に、熾弦は腕を振る。鋭い弧を描き、手裏剣が鷲を斬り裂く。直後、周囲の空間ごと敵の体が歪んだ。連携攻撃でダメージが限界を超えたのか、捻れた鷲が黒い塊となって空気に溶けていった。
 残るは1匹。自身の不利を感じたのか、体を翻し船体に背を向けた。
「逃がさないよっ! これで、ラスト!」
 鷲が飛び去るのと、リィムナが動いたのは、ほぼ同時だった。彼女の両手から、閃光と共に電撃が奔る。電光は矢の如く宙を飛び、2方向から鷲の体を貫いた。ほんの一瞬だけ硬直した後、脱力しながら落下。その体は、霧のように風の中へ消えていった。

●大空を翔ける翼
 8匹のアヤカシを倒した4人は、その場に腰を下ろした。それが戦闘の疲労なのか、安心して気が抜けたなのか、定かではないが。
「美織、さっきはありがとう♪ それに‥‥フランも♪」
 太陽のような眩しい笑顔で礼を述べるリィムナ。その表情は、見ている者を元気にさせるような、不思議な魅力を放っている。
「礼には及ばないよ、子猫ちゃん。その笑顔だけで、十分さ」
 歯の浮くようなセリフを口にするフランヴェル。実際、彼女は本当にそう思っているのだが。リィムナとほんの少しでも仲良くなれたなら、それが何よりの報酬だろう。
「そうですよ! 無事で良かったです」
 リィムナに負けない、満面の笑みを返す美織。その可憐な表情と仕草は、とても男とは思えない。
「とにかく、皆お疲れ様だったね。フラン君、傷は大丈夫ですか?」
 少々心配そうな表情で、熾弦はフランヴェルの全身を眺めた。重傷では無いが、傷が多いため見ていて痛々しい。
「あぁ、お陰で問題無いよ。さて‥船室に戻って、コーヒーブレイクといこうか」
 彼女は立ち上がり、腕や腰を回して無事をアピールする。今は、準備して来たコーヒーを皆で飲むのを楽しみにしているようだ。
「あたしの分は砂糖とミルクいっぱい入れてね!」
 元気良く跳びあがるリィムナ。苦味の強いコーヒーを甘くして飲もうとする辺り、普通の10歳児のようで微笑ましい。
「じゃぁ、私は調理場を借りてお菓子でも作りますね。お料理にはちょっと自信があるんですよ」
「それは楽しみですね。期待させて貰うよ?」
 軽く手を合わせて微笑む美織の肩を、熾弦が優しく叩く。そのまま、4人は甲板から船室へと戻って行った。
 アヤカシが居なくなった事で、飛行船は無事に空の旅を続行。4人がコーヒーとお菓子を楽しんでいるうちに、無事に目的地へと到達した。