『赤い雨』の降った街
マスター名:香月丈流
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/23 23:18



■オープニング本文

 その日、此隅の街は異様な雰囲気に包まれていた。恐怖と不安が渦を巻き、時折悲鳴が響く。噂が噂を呼び、不安が不安を煽り、誰もが冷静さを失いつつあった。
 騒ぎの原因は、人通りの少ない裏道。そこに、大勢の同心達と野次馬が集まっている。
「…洒落になってないな。長い事同心やってるが、こんな現場は初めてだ」
 中年の同心男性が、苦笑いを浮かべながら周囲を見渡す。地面に、板塀に、木戸に、辺り一面に撒き散らされた赤い液体。鉄錆のような匂いのするソレは…人の血液。文字通り『血の雨が降ったような』惨劇になっている。
 そして…血の海に転がっている、首の無い骸。着流しを着ている事から男性なのが分かるが……全身の水分を全て失ったのか、不自然な程に干乾びている。
 何故彼が殺されたのか、ここで何が起きたのか、だれにも分からない。ハッキリしているのは、1つだけ。『人間業じゃない』という事だけである。
「俺さ…昨日の夜、見ちゃったんだよ。でっかいハサミを持った、小さい人影を」
「それ、あたしも見た! ジルベリアのドレスを着た、人形みたいな子でしょ!?」
「じゃぁ、アレかい? 惨劇の犯人は、そのハサミ少女だって事かしら」
 こうして、噂は広まっていく。不安と恐怖を乗せて、次から次へと…。


■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
アルクトゥルス(ib0016
20歳・女・騎
ソウェル ノイラート(ib5397
24歳・女・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
イデア・シュウ(ib9551
20歳・女・騎
ジェラルド・李(ic0119
20歳・男・サ
理心(ic0180
28歳・男・陰
結咲(ic0181
12歳・女・武
多由羅(ic0271
20歳・女・サ
白崎 鼎(ic0426
25歳・女・魔


■リプレイ本文


 惨殺死体が発見されてから数時間。昼を過ぎても、住人達の混乱は治まる気配が見えずにいた。家に引きこもる者、取り乱して泣き叫ぶ者、興味本位でアヤカシを捜そうとする者まで、様々である。
 同心達が街を見回る中、10人の開拓者も手分けして街中を歩き回っていた。目的は、現場と戦場の下見と、一般人への注意喚起である。
「…お化け退治を見てしまったら、逆にお化けになってしまう。…絶対に、家から出ないこと。……いい?」
 子供達と目線の高さを合わせ、優しく微笑みながら語り掛ける白崎 鼎(ic0426)。彼女の言葉に納得したのか、少年少女達が静かに頷く。
「おんしでも、斯様に笑うのじゃな。ちと意外じゃったが、良い表情をしておったぞ」
 軽く笑みを浮かべながら、煙管を指で回す椿鬼 蜜鈴(ib6311)。子供が大好きな事に加え、苦手な男性が居ない事で、鼎の雰囲気と表情が柔らかくなったのだろう。
 手を振りながら駆けて行く子供達の背を、2人は静かに見守っていた。
 注意をするのは、子供だけではない。老若男女問わず、住人全てが対象である。入念な警告と街の下見が終わった頃、太陽は西に沈み始めていた。


 夜の帳が下りる中、街の空地に設置した篝籠に赤々とした火が灯る。これは、ソウェル ノイラート(ib5397)の提案で、同心達が準備した物だ。
「視界は確保出来たね。誘導は、キミ達に任せたよ」
 篝火が周囲を照らす中、ソウェルは囮班に視線を向けた。今回のアヤカシが出現した場所は、狭い裏路地。民家と住人への被害を考え、広くて人の居ない空地に誘い出す事になったのだ。
 とは言え、10人で行動したら対応が遅れる可能性がある。安全も考慮し、囮役は3人に決定した。
「…期待はするな。お前達は、迎撃と奇襲の準備をして待っていろ…」
 溜息混じりに言葉を吐きながら、ジェラルド・李(ic0119)は提灯に火を移す。狭い裏路地で行動するため、巨大な長巻は背に回して忍刀を腰から下げた。
「了解だ。誘導が成功したら、私は死力を尽くすさ」
 ジェラルドの言葉に、アルクトゥルス(ib0016)が力強く頷く。騎士として、戦好きとして、戦闘で手を抜く事は絶対にしないだろう。
 結咲(ic0181)は準備を終えると、小走りに理心(ic0180)の元へ駆け寄った。
「理心。行って、くる、ね」
 抑揚の無い言葉と共に、無機質な表情でジッと見上げる。
 理心はその様子を横目でチラッと見たが、すぐに視線を外した。
「…他の奴等の邪魔だけはすんなよ」
 素気ない返答だったが、それでも結咲に不満は無い。小さく頷くと、空き地の入り口へ移動して行った。
「お2人共、行きましょうか。ソウェル様、合図はお願いします」
 イデア・シュウ(ib9551)の言葉に、ソウェル、ジェラルド、結咲の3人が頷く。囮は3人だが、ソウェルが『戦闘開始の合図』をする事も住人に説明していた。彼女が空に向かって狼煙銃を射ち放つと、激しい閃光と銃声が街中に広がった。
「イデア様、結咲様、李様…ご武運をお祈りします」
 空地から街に向かう3人の背を眺めながら、多由羅(ic0271)が静かに呟く。刀を握る手が小刻みに揺れているが、それが緊張や恐怖なのか、武者震いなのか、誰にも分からない。
「さて…俺達も準備を整えようか。試してみたい罠もあるし…ね」
 残ったメンバーに向かって、竜哉(ia8037)が声を掛ける。戦闘での立ち位置、互いの行動確認、罠の設置…アヤカシを待つ間、7人がやるべき事は少なく無い。早速、迎撃準備が始まった。


 静かな夜道に響く、乾いた足音。囮役3人は周囲を警戒しながら歩いていたが、アヤカシは発見出来ず、時刻は宵の口から夜更けになろうとしていた。
 唐突に、何の前触れも無く、闇の奥から甲高い金属音が響く。
「今…変な音がしませんでしたか?」
 聞き間違いでない事を確認するように、イデアが問い掛ける。仲間達が答えるより早く、瘴気を含んだ風が吹き抜けた。
 次いで、約10m先に姿を現す異形。ジルベリア人形のように可憐な少女だが、身の丈程もあるハサミを携えているのは『不気味』としか形容出来ない。
「おにさん、こちら。てのなる、ほうへ」
 結咲は呟くように歌いながら、軽く手を叩く。彼女の歌声が届いたか分からないが、アヤカシはハサミを両手で持って左右に開いた。
「掛かったか……退くぞ」
 ジェラルドの言葉が終わるのと同時に、アヤカシは地面を蹴る。血濡れたハサミが迫る中、イデアの盾とジェラルドの忍刀がそれを受け止めた。結咲はスライディングでイデアの股下を抜けと、敵の懐に潜り込んで霊剣を突き出す。
 アヤカシは大きく跳び退いて攻撃避けると、ハサミを構え直した。直後、イデアが踵を返して走り出す。この狭い通路では、囮役同士で衝突する可能性が高い。それを避けるために、彼女は早めに離脱したのだ。後を追うように、結咲とジェラルドも駆け出す。
 予想外の行動に面食らいながらも、ハサミを閉じて走り出すアヤカシ。開拓者達は時々後ろを振り返りながら、敵との距離を一定に保って空地へと急いだ。幸いな事に、アヤカシが走りながら攻撃してくる様子は無い。


 走る事、数分。眼前に、篝火の灯りが見えてきた。空地に走り込むと同時に、イデアは入口周辺に身を潜める。ジェラルドと結咲が待伏せ班と合流したのを確認すると、イデアは松明を空に向けて投げ放った。
 間髪入れず、アヤカシも空地に踏み込む。その瞬間を狙い、竜哉は入口に設置した黒い縄を引っ張った。予想外の罠に脚を取られ、アヤカシが盛大に転ぶ。
「どんな武器も『立って使う』から怖いんだよ。倒れている状態なら、大した威力は出せやしない」
 言いながら縄を投げ捨て、兵装を構える竜哉。その間にアヤカシは体勢を立て直したが、『彼女』にとっては充分な足止めとなった。
「一意専心!」
 裂帛の叫びと共に、多由羅が敵の頭上から強襲。闇を斬り裂くように、剣閃が奔った。イデアが投げた松明は、多由羅への合図だったのだ。
 咄嗟に、アヤカシはハサミを頭上に構える。斬撃は受け止めたものの、動きの止まった敵は恰好の的でしかない。
「脚と鋏が邪魔じゃのう…少しは大人しゅうしおれ」
 蜜鈴は歌うように詠唱すると、掌で地面を叩いた。精霊力が大地に干渉し、アヤカシの足元から蔦を伸ばして全身に絡み付く。
 多由羅は仲間達の邪魔にならないよう、後衛の射線上から飛び退いた。
「久々に『コレ』の出番かな。悪いけど、遠慮しないよ?」
 ほぼ同時に、ソウェルは二挺拳銃を撃ち放つ。弾丸がアヤカシの腕とハサミに直撃し、瘴気が漏れ出した。
「さて…楽しい時間を過ごそうか。綺麗で可愛い君…どんな風に壊れるのか、楽しみだなぁ」
 普段は無愛想で不機嫌な理心だが、少女の姿をしたアヤカシを目の当りにして、恍惚とした表情を浮べている。黒い符を2枚投げ放つと、それが禍々しい黒い刃の式と化し、敵の両腕を深々と斬り裂いた。
「…迸る雷よ…唸り、走れ」
 間髪入れず、短剣を逆手に握りながら詠唱の言葉を口にする鼎。2筋の雷撃が伸び、アヤカシのハサミを直撃。電撃が全身を駆け抜けた。
 更に、アルクトゥスが地面を蹴って距離を詰める。手にした剣を鋭く薙ぎ、敵を斬り裂いた。
 怒涛の連続攻撃を喰らいながらも、アヤカシは不気味に笑っている。全身に力を込めて蔦を千切ると、両手でハサミの持ち手を握った。閉じた刃先が細かく振動し、周囲に耳障りな音が響く。
 圧倒的な不快感に、開拓者達の表情が歪んだ。軽く眉をひそめている者から、歯を食いしばる者まで様々ではあるが、精神的負担になっている事に変わりは無い。
 アルクトゥスは大量のオーラを生み出して身中に収束させると、自身の戦闘能力を高めた。竜哉は盾を握り直し、敵に向かって大きく踏み込む。
「雨は嫌いじゃないが、血腥いのはお呼びじゃないんだ…!」
 気合の言葉と共に、ハサミ目掛けて盾を叩き付けた。その威力でハサミが弾かれ、異音が途切れる。
 追撃するように、蜜鈴の雷鎚が奔った。2筋の雷光がアヤカシの両腕を射抜き、穴を穿つ。
 が、アヤカシはそれでも得物を離そうとしない。穴の開いた腕でハサミを握り直すと、回転しながら全力で薙いだ。刃の届く範囲には、竜哉、アルクトゥス、イデア、多由羅が居る。
 仲間を守るために、竜哉は斬撃の前に飛び出した。盾を構えてオーラの障壁を構築し、攻撃を受け止める。金属音と共に衝撃が全身を駆け巡ったが、斬撃は何とか防いだ。
 と、思ったのも束の間。アヤカシは両腕に力を込め、大地を踏みしめた。その威力で、竜哉の体が後方に押し飛ばされる。そのまま、アヤカシの円周攻撃が周囲の開拓者達を襲った。
 アルクトゥスは後方に跳び退いて直撃を避けたが、白銀の頭髪が数本、宙に舞う。
 そんな中、イデアと多由羅は動こうとしない。混濁した瞳が、アヤカシを見詰めている。どうやら、さっきの異音が2人の精神を蝕んでいたようだ。
 無防備な彼女達を、敵の刃が斬り裂く。傷口から鮮血が舞い、大地を濡らした。
「刀で斬られるのは勘弁して欲しいけど…鋏で切られるとか、考えただけでもゾッとするね」
 苦笑いを浮かべながら、弾丸に練力を込めるソウェル。挟み切られなかった分、傷は深くないが…見ているだけで痛々しい。狙いを定めて銃撃を放つと、弾丸が螺旋状に高速回転。アヤカシの腕と脚を貫通し、小さな穴を穿つ。
 イデアは自身の傷口に目を向けると、手で軽く触れた。
「この強さ…ゾクゾクするじゃないですかっ…!」
 流れる鮮血に、歓喜の声を上げる。彼女が求めているのは『強者』。アヤカシの強さを実感し、武者震いしているようだ。その感情が、精神の異常を振り払う。隣に居る多由羅も、瞳に光が戻り始めた。
「まだまだ若輩の身ではありますが…この多由羅、アヤカシに見せる背は持ち合わせておりません!」
 最強を目指す多由羅にとって、負ける事と逃げる事は許されない。負傷が彼女の闘志に火を点け、正気を取り戻したのだろう。
 2人は兵装を構え、同時に大きく踏み込む。咄嗟に、アヤカシはハサミを盾代わりに構えたが、渇望を宿した剣と、信念を込めた刀が交差。双刃が防御を弾き飛ばし、アヤカシに『×』字の傷を刻み込んだ。
 溢れ出す瘴気を吹き飛ばすように、ジェラルドが一気に打ち掛かる。敵との距離を詰めて兵装を振り上げると、裂帛の気合を込めて振り下ろした。切先がアヤカシを縦に斬り裂き、瘴気が噴き出す。
 結咲は軽やかな動きから地面を蹴って跳び上がり、理心の肩を足場にして更に跳躍した。
「敵、なら、容赦、しない、よ…!」
 アヤカシの注意は、地上の仲間達に向いている。兵装に精霊力を纏わせると、上空から斬撃を浴びせた。刀身が瘴気を割り、アヤカシを捉える。
 足場にされた理心は、意外な事に笑みを浮かべていた。その瞳は、混濁に染まっている。彼も、アヤカシの音波で正気を失っているようだ。
 前衛達の隙間を縫うように、雷撃が敵に殺到する。雷の矢がアヤカシのハサミと肩に突き刺さり、ダメージが全身を駆け巡った。
 戦況を見る限り、優位に立っているのは開拓者達である。この機を逃すワケにはいかない。
 竜哉は盾に聖なる精霊の力を宿らせると、敵に打撃を仕掛けた。当然、アヤカシは攻撃を防ぐためにハサミを構えるが、それは想定内。互いの武器が接触した瞬間、精霊力が瘴気を浄化し、ハサミの片刃を塩にして砕いた。
 流石のアヤカシも、驚愕して一瞬動きが止まる。そこを狙い、アルクトゥスは敵の右側から左奥へと斬り抜けた。
 間を置かず、流れるような斬撃を放つイデア。アルクトゥスとは逆に左側から右奥に斬り抜け、アヤカシの脇腹を深々と斬り裂いた。
「お前等、下がれ…!」
 ジェラルドの叫びに、前衛の5人が後方に跳び退く。直後、ジェラルドの斬撃が地面を割り、衝撃がアヤカシに収束して上空に弾き飛ばした。
 それを追うように、多由羅は地面を蹴って跳躍。アヤカシよりも若干高い位置まで跳び上がり、太刀を上段に構えた。
 ほぼ同時に、結咲は剣を構えて天に舞う。アヤカシの正面から振り下ろされる刀撃と、背後から斬り上げる剣撃。2つの斬撃が空中で重なり、敵を深々と斬り裂いた。
 瘴気を撒き散らしながら、アヤカシは無様に落下。地面に激突して土埃が舞い上がる中、多由羅と結咲は大地に降り立った。
 直後。土埃の奥から、アヤカシがハサミを突き出す。標的となったのは、結咲。着地して無防備な彼女に、刃が迫る。
 それが届くより早く、近くに居たジェラルドが結咲を突き飛ばした。予想外の衝撃で地面を転がり、敵の攻撃が空を切る。そのまま、アヤカシは後衛に向かって駆け出した。土埃が視界を邪魔したせいで、前衛の反応が一瞬遅れる。
 駆け寄って来るアヤカシを迎撃するように、ソウェルは練力を込めて銃撃を放った。鋭い螺旋が敵の眉間と脚を貫通し、瘴気が漏れ出す。
「…純白の聖なる光、闇のみを射抜かん」
 鼎の詠唱が聖なる矢を生み出し、白い軌跡を描きながら飛来。追撃の2矢が、敵の両腕に深々と突き刺さった。
 それでも、アヤカシは止まる事を知らない。満身創痍になりながらも、蜜鈴に向かってハサミを突き出した。
 敵の攻撃に臆する事無く、蜜鈴は前に踏み込む。刃が頬を掠めて赤い線を描いたが、それを一切気にせず、彼女は両手の兵装を握り直した。
「わらわを狙うたか…じゃが、只で殺られてやるほど甘くは無いぞ?」
 不敵に笑いながら、2本の短刀を敵に突き立てる。更に、密着状態から雷鎚を放ち、胸部に大きな穴を穿った。強烈な攻撃に、アヤカシが口から大量の瘴気を吐き出す。
 弱っている敵に向かって、そっと右手を伸ばす理心。愛おしそうに頬を撫でながら、空いた手で符を構えた。
「残念極まりないが……楽しかった時間も、終わりだな。俺の愛で…壊してあげよう…」
 愛執する、女性の姿をしたアヤカシが至近距離に居る。その事実が、彼の意識を正気に戻したようだ。愛憎と哀愁を込め、不気味に蠢く黒い霧の式を呼び出す。それが敵を飲み込み、防御をすり抜けて肉体と精神を砕いていった。
 断末魔も無く、瘴気も残さず、全てが無に帰す。こうして…赤い雨を降らせた元凶は、この世から消え去った。
 ソウェルは狼煙銃を構えると、空に向かって2連続で射ち上げる。これは『戦闘終了の合図』だ。平和と安全を告げる銃声は、街の隅々まで響き渡った。