氷結の魂
マスター名:久冬
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/12 00:33



■オープニング本文

 石鏡のとある農村にて――
「ヘックション!」
 ある朝、村に住む少年はくしゃみとともに目が覚めた。
 ――今朝はやけに冷えるな。
 昨夜は暑くて寝苦しかったというのに。
 少年は違和感を覚えつつ、水くみ用の手桶を持って外へ出る。
「ううー、さむっ」
 肩を震わせ、腕をさする。
 吐く息が白い。真夏だというのに体の芯に染み入るような寒さだ。
「こりゃあ、さすがに変だ」
 異常を感じた他の村人たちもぞくぞくと外へ出てきた。
「どうなってんだ、この寒さは」
「冬が来ちまったみたいだ」
「畑の作物は大丈夫なのか?」 
 皆、口々に不安の声を漏らす。
 夏場は作物の成長期である。夏場の温度や日照時間でその年の収穫の善し悪しが決まる、重要な時期だ。この異常な寒さが続けば作物は枯れてしまう。
「おいっ! あれを見ろ!」
 一人の男が声を上げた。
 村人たちは男の指差した方に目を向ける。
 空中を、青白い光がふわふわ漂っている。
「ひ、人魂か?」
 人魂のようなモノが近づくにつれて寒さが増す。
 これは冷気を発するアヤカシ、『氷魂』だ。
「寒さの原因はコイツか‥‥」
「大変だ! たくさんいるぞ!」
 あたりを見回すと、無数の氷魂が漂っている。氷魂が触れた木や建物がゆっくりと薄い氷に覆われていく。
「このままじゃ村が凍りついちまう‥‥」
 村人たちはギルドに向けてアヤカシ退治を依頼した。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
斑鳩(ia1002
19歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
衛島 雫(ia1241
23歳・女・サ
水津(ia2177
17歳・女・ジ
スロット(ia3531
24歳・男・砂
鳥養 つぐみ(ia4000
10歳・女・陰


■リプレイ本文

●冷寒の村

「‥‥あれが目的の村だな」
 牛の頭蓋骨を模した仮面の志士、王禄丸(ia1236)が前方に村を確認した。
「もうすぐだな。先を急ごう」
 一行は村へと歩みを進める。
 あたりは段々と寒くなり、冷たい風が流れはじめていた。村のすぐそばまで着いた頃にはもう真冬並みの温度となっていた。
「‥‥風葉、肩出てるけど大丈夫?」
 双剣をたずさえた少年、天河 ふしぎ(ia1037)は鴇ノ宮 風葉(ia0799)の体を気遣っていた。
「うぅー、あんまり大丈夫じゃないかも‥‥」
 風葉は寒そうに肩を震わせる。
「うっわ! さっむー!! マジで寒いぞ、この村ー!」
 一足先に村のなかに入った赤毛のサムライ、スロット(ia3531)はどことなく楽しそうな声を上げている。
「ス、スロットさんは元気ですね‥‥」
 水津(ia2177)は寒いからなのか、恥ずかしがり屋だからなのか、母親である衛島 雫(ia1241)にぴったりと寄り添っていた。
「しかし、話には聞いていたが、本当に寒いな‥‥」
 雫は白い息を吐く。
 今が夏だとはとても思えない。
「やはり、防寒具を持ってきて正解だったな」
 おかっぱ頭をした陰陽師の少女、鳥養 つぐみ(ia4000)は持ってきた防寒具を身につける。
「私も寒いのは苦手です」
 艶のある、泰国の民族衣装を身に纏った斑鳩(ia1002)も用意しておいた毛皮の外套を羽織った。
「あ〜! 斑鳩の外套あったかそうね! アタシも入れて〜」
 斑鳩の外套のなかに潜り込もうとする風葉。
「きゃう!? ま、まって風葉さん! だめ、そこ触っちゃ‥‥」
「ちょ、風葉っ!?」
 ふしぎは外套のなかに潜り込んだ風葉を斑鳩から引きはがす。
「もうっ、だめだろ‥‥ほら、寒いんなら僕の上着貸してあげるから」
 ふしぎは自分の上着を脱いで風葉の肩に掛けてあげた。
「ありがと‥‥あったかい。でも、これじゃ天河が寒くならない?」
「全然平気だよ! 僕は鍛えてるからねっ!」
 ふしぎは寒さにまったく動じず、強く胸を張った。


●氷魂退治

 一行は村の入り口付近にある広場に差し掛かった。
「――っと、お出迎えだぜ」
 スロットが足を止めて身構える。
 広場にある井戸の周りを青白い光が四つ、浮遊していた。
「あれが氷魂か‥‥幽霊なら斬ったことがあるが、こいつらはどうかな」
 雫は刀に手をかけ、無軌道に浮遊する氷魂を見据える。
「アヤカシの力、どれほどのものか確かめておかねばなるまい」
 王禄丸が槍をたずさえて前に出た。
 仮面の奥で眼光が燦めく。
 ふらふらと接近してきた氷魂に向け、腰にかまえた槍を、体の捻りとともに繰り出した。
 突き込んだ槍の一撃を受けた氷魂が四散する。
「ふむ」
 手応えはあった。
「武器攻撃は通用するようだ。が――」
 槍の切っ先に目を向ける。薄い氷が張り付いていた。氷魂の凍結能力だ。
「あまり長く触れさせるの危険だな。ならば――」
 王禄丸は胸前で直立させた槍の切っ先に念を込める。赤い光が槍を包む。
 炎魂縛武――槍頭に渦状の火焔を纏わせて、氷魂たちをなぎ払う。横薙ぎに払われる槍の軌跡を赤い火の粉が彩った。
 炎を当てられた氷魂たちが散り散りに舞う。
「よし。援護を頼む!」
「おっけー!」
 後方から援護するスロットの射る矢が氷魂を貫く。
「っしゃ! 二点! 三点!」
 撃ち抜かれた氷魂は地面に落ち、霧となって消え去った。


 広場の氷魂を撃退した開拓者たちは、持参していた薪を積み上げた。
「まさか夏に焚き火をすることになるとはな‥‥へきしっ」
 薪を積んでいたつぐみが小さなくしゃみをする。
「寒いのは嫌だけど、これはこれで貴重な体験かもですねー」
 と、斑鳩。
「そ、それじゃ点火しますね‥‥」
 水津が積み上がった薪に火種の術で火を点ける。
「うふふふ‥‥さあ燃えろ、熱く燃えろ! この世界に誇り高く燃えさかれ!!」
 燃え上がる焚き火を見て興奮する水津。赤く力強い炎が周囲の温度を少し上げた。
「ここからは二手に分かれて行動ね。えーと、アタシと一緒に来るのは‥‥」
 風葉、スロット、つぐみ、ふしぎは村の西側を回る。
「われわれはこっちだな」
 王禄丸、雫、水津、斑鳩の四人は東側から回る。
「なにかあったらこの場に戻るようにしよう。皆、油断はするな」
 開拓者たちは二手に分かれて行動を開始した。


 東班はさらに分かれて行動していた。
 水津と雫の二人がアヤカシを探索しながら歩いている。
 ほどなくして二人は四つ辻で氷魂の群れと行き遭った。
「水津!」
 雫は阿見を抜くと水津に呼びかけた。水津が刀身に向けて火種を発生させる。
「――これなら!」
 熱を帯びた刀をかまえて跳躍。
 氷魂を一刀に伏せる。
「お母様! 危ない!」
 水津が叫ぶ。
 雫のすぐそばに寄っていた別の氷魂から青白い直線の光が放たれた。
 とっさにガードでその光を受ける雫。冷気によってガードが薄い氷に覆われていく。ほかの氷魂たちも雫を取り囲むような形で寄り集まってくる。
「――!?」
 突如火の粉が上がり、氷魂たちが離れていく。
 水津が直接火種を撃ち込んだのだ。
「フフフ‥‥私のお母様に冷気を浴びせるなんて、いい度胸です」
 水津は火種を連発させて冷気を受ける。
「青い冷気――これは焔の魔女への挑戦ですね?」
 氷魂の冷気を受けながら、水津は笑みを浮かべた。
「いいでしょう、受けて立ってやりますよ!」
 闘気が、燃え上がる。
 水津は練力を震わせ、周囲に複数の火種を発生させた。
「あははははは! 燃焼! 灼熱! 炎威激甚ですっ!!」
 感情を昂ぶらせた水津は、次々と火種を生み出す。
「よし、反撃だ」
 雫は火種で赤熱化させた刀を振るう。
 焔にまかれた辻でアヤカシたちは次々と打ち倒されていった。


 王禄丸、斑鳩の二人は農具倉庫や家畜小屋のある地域を歩いていた。
「王禄丸さん‥‥この通路の奥になにかいますよ」
 斑鳩がアヤカシの瘴気を感じ取った。 
 ここに来るまでの間も斑鳩の瘴索結界で瘴気の位置を捕捉し、隠れていた氷魂を確実に仕留めてきたのだ。
「ここか‥‥」
 王禄丸は斑鳩の指摘した通路へ向かう。
 細い通路である。
 壁沿いには家畜用の干し草が積まれてある。
「――!」
 突如、農具倉庫の陰から氷魂が飛び出してきた。
「クッ」
 王禄丸はとっさに槍の柄で氷魂を受け止める。
 氷魂は王禄丸の槍に付いたまま、冷気を発しはじめた。
 牛面に霜が張る。
「チィ――」
 王禄丸は攻撃に出られないでいた。干し草がそばにあるため、うかつに炎を使えないのだ。
「王禄丸さん!」
 後方にいた斑鳩が、神楽舞を舞う。
 力強くしなやかな動き。流麗な斑鳩の舞が王禄丸の力を上げる。
 舞の激励を受けた王禄丸は、貼り付いていた氷魂を振り払うと、槍をかまえ、渾身の一突きで仕留めた。


 こちらは西側の班。
 彼らもすでに二組に分かれて行動していた。
 スロット、つぐみの二人は、つぐみがつくった小鳥型の式を先行させて、アヤカシの居場所を探りながら歩く。
「なあなあ! この寒さなら雨降ったら雪になるんじゃねー!? そしたら雪合戦しようぜ! 夏の雪合戦!」
 快活に笑うスロット。
「‥‥ハッ、しまった!」
 スロットは突然、なにかに気付いたように立ち止まった。
「どうした!? アヤカシか!」
「いや、せっかく雨が降っても、気候的に雪にならないで、雹かあられになっちまうことに気が付いた!」
「‥‥‥‥そうか」
 つぐみは毛糸の首巻きに顔をうずめて軽いため息を吐いた。
「‥‥んー、なんかこのへん、ほかよりも寒くねー?」
 寒さを感じ取ったスロットが立ち止まって腕をさする。
「そうだな。どこかにアヤカシが隠れているのかもしれん」
 つぐみは式を屋根の上にとまらせる。
 小鳥――式の目は術者の目と呪的に連結している。式を通してつぐみのなかに周囲の情報が流れ込んでくる。
「‥‥いたぞ。あの小屋の後ろだ」
 二人は示された小屋に回り込む。
 裏手には三匹の氷魂が浮遊していた。
「あいつら、俺たちには気付いてないみたいだなー」
「うむ、そのようだ」
「だったら先手を取れるな。ソッコーで飛び込んで一気に殲滅しようぜ」
「よし、それでいこう」
 二人は呼吸を合わせたあと、氷魂たちの前に出る。
 まずはつぐみが呪縛符を放つ。符からは黒い影のような手が生み出され、浮遊している氷魂を絡め取る。
 そして間髪入れずに白鞘を持ったスロットが斬り込む。
「スマァァァッシュ!」
 強烈な一撃が氷魂を打ち砕く。
「まだまだァッ!」
 身を翻し、一撃。二撃。
 二人の速攻の前に氷魂は散っていった。


「うぅー、さむさむ‥‥天河ー、アタシ家のなかにいてもいいー?」
「駄目駄目。家のなかにいたらアヤカシやっつけられないんだからなっ」
 こちらは風葉とふしぎの二人。
 ふしぎは風葉をたしなめながらアヤカシを探していた。
「そうね‥‥ここはスイカちゃんのためにがんばるか‥‥って、わぉ!」
 風葉は前方の荷車に山積みにされたスイカを発見した。
「見てみて! ウワサをすればスイカの山よ!」
 荷車へ駆け寄る風葉。
「ん〜、これは上玉ね!」
 ふしぎはこの間にも心眼であたりの気配を探っていた。
 ――なにか、おかしな気配がする。
 囲まれている?
「風葉――」
 ふしぎの呼びかけに風葉も気が付いた。
「囲まれてるわね‥‥」
 どこに隠れていたのか、二人を取り囲むように氷魂の群れが集まってきていた。
 ふしぎは双剣を抜き、胸の前で交叉させる。
 肩に掛かった髪が、熱気でふわりと浮き上がる。
「炎精招来――」
 激昂なる炎の意志。交叉させた双剣が、炎の輝きに包まれてゆく。
「燃え尽きろっ!」
 一躍。
 集まってきた氷魂の群れに飛び込む。
 二振りの炎剣が冷気をなぎ払い、氷魂を砕く。
 ――こいつらを風葉には近づけさせない。絶対にっ。
 ふしぎは風葉を狙う氷魂を優先して倒していく。炎の双剣をすり抜けた冷気が彼の腕を襲ったが、その痛みにはかまわずに剣を振るった。
「これでっ!」
 残っていた最後の一匹を斬り捨てた。
「‥‥ふぅ。風葉、怪我はない?」
「おかげさまで‥‥ってアンタ」
 風葉はふしぎの腕が浮腫んでいるのに気が付いた。
「凍傷になってるじゃない」
「こんなの霜焼けみたいなもんだよ」
「はいはい。ヤセガマンしないの。ほら、見せてみ」
 風葉は浮腫んだふしぎの腕に手を当てる。
「神風恩寵――」
 やわらかな風がふしぎの腕を包み、凍傷を優しく癒していった。


●冷え冷えスイカ

 アヤカシの殲滅を確認した開拓者一行は村長宅の縁側に座っていた。
 村を覆っていた寒さはかき消え、あたりには夏の暑さが戻ってきていた。
「お、待ちに待ったスイカ様が来たぜ!」
 村人が用意してくれた盆の上には扇切りのスイカが並べられている。
「いやっほー! いただきまーす!」
 熟れたスイカに齧り付く風葉。 
「んー、あまーい。つめたーい。このちょっと凍りかけたところが最高ね!」
 種を取り終えた斑鳩は塩を振りかけていた。
「あー塩、俺にもー。やっぱこれがないとなー」
「はい。この塩味が甘味を引き立てるんですよねー」
 スロットに塩を渡してスイカを堪能する。
「西瓜を食べるのは、やはり暑い夏に限るな」
 つぐみも冷たいスイカに齧り付く。
「‥‥ふふ、できた、できました‥‥」
 水津は苦労してすべての種を取り除いていた。
「完璧です‥‥この赤い果肉‥‥まるで焔のよう‥‥かぷり」
 そのとなりには、仮面を脱いだ王禄丸が座っている。
「王禄丸はスイカ食べないのか?」
「いや、スイカは好きなんだが、種が苦手でな」
 雫の問いに王禄丸が答える。
「まったく、子供なんだから‥‥」
 ふわりと笑う雫。 
「ほら、種取っておいたから」
「これはありがたい」
 王禄丸は雫が種を取ってくれたスイカを囓る。
「善哉善哉。このスイカなら十コくらい余裕でいけるわね」
「風葉、そんなに食べるとお腹こわすよ‥‥」
 村長にお湯を借りてお茶を沸かしていたふしぎが戻ってくる。
「これくらい平気よ。ほら、天河もこっちきて食べなさいよ」
「うん」
 風葉のとなりに座るふしぎ。そのふしぎに向けて、風葉はスイカの切り身を差し出した。
「ほらほら、あ〜ん」
「え? 風葉‥‥いいの?」
 とまどうふしぎ。
「いいからいいから、あ〜ん」
「あ、あ〜ん」
「‥‥なーんてね!」
 ふしぎの口に届く直前で切り返されるスイカ。おあずけをくらうふしぎ。
「ひ、ひどいよ風葉っ、ひどすぎるぅ!」 
 夏の暮れ。
 穏やかな午後のひとときであった。



      了