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■オープニング本文 石鏡の都、安雲。 隣国、理穴において繁殖をはじめた負の森、それにともないアヤカシの動きが活発化しているとの情報を受けた双子の国王は、理穴への援軍の派遣を検討していた。 安雲の老軍師は自軍の編成表に目を通していた。 「ふむ‥‥新兵のなかにはアヤカシとの戦闘未経験の者がいるのか‥‥」 老軍師は資料を見ながらひとりつぶやく。 石鏡の中央は辺境の地と比べればずいぶんと平和だ。入隊したばかりの若い兵士にはアヤカシとの戦闘機会もないのだろう。 「いくら訓練をつんでいるとはいえ、アヤカシの強さを知らねば戦力として心許ないな」 ため息を吐く軍師。 そこへ使いの兵士がやってきた。 「南の平原にて小鬼の群れを確認しました。小鬼は真っ直ぐに都へ向かってきています」 「数は」 「三十から四十。すぐに討伐隊を編成します」 「――いや、ちょっとまて」 老軍師は出て行こうとする兵士を止める。 「この討伐隊、新兵のみで編成しようと思う」 「新兵に、ですか」 「うむ。よい実戦機会だ。それに都には開拓者がいるだろう。アヤカシと戦い慣れている彼らに同行してもらおう。指揮を任せてもよいかもしれんな」 老軍師は新兵のみの討伐隊編成と、同行する開拓者の手配を命令した。 |
■参加者一覧
舞 冥華(ia0216)
10歳・女・砲
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
天寿院 源三(ia0866)
17歳・女・志
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
辟田 脩次朗(ia2472)
15歳・男・志
凛々子(ia3299)
21歳・女・サ
伎助(ia3980)
19歳・男・泰
金津(ia5115)
17歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●戦地 正午。日は昇りきり、空は高く澄んでいる。 開拓者たちは石鏡の新兵隊を率いて、小鬼の群れが通る地点へと到着していた。 「まだ小鬼は来ていないみたいですね」 辟田 脩次朗(ia2472)は草原の遥か向こうを見据える。天気もよく、静かな草原は遠くまで見渡せる。アヤカシの群れが来たらすぐにわかるだろう。 「いまのうちに準備を整えておこう」 空ろに、されど優美さを宿した瞳の拳士、伎助(ia3980)は周辺の地図と部隊表を広げた。 「小鬼といえども数は多いですからね。どんな陣でゆきましょうか」 淡紅の花を腰に設えた女志士、天寿院 源三(ia0866)も地図を覗く。 「新兵だからなぁ、あまり奇策を組んでも手に負えないだろう」 朱の煙管を片手に鬼灯 仄(ia1257)がいう。 「剣盾を全面に守りの陣で、小鬼の突撃をしのぎながら戦うのが定石だな」 「そうだね。弓兵は先制射撃のあとに下がらせて‥‥双翼に槍兵を」 伎助は地図上に石を並べて陣形を探る。 「わたくしたち巫女は回復と支援を」 涼やかな金髪をシニヨンでまとめた巫女、ヘラルディア(ia0397)が申し出る。 「うん、任せるよ。巫女と陰陽師を後衛中央に配置して‥‥陣形はこんなところかな」 伎助はパチリと扇を鳴らす。 「冷静に戦えば勝てる戦なんだがな。新兵たちはどんなようすだ? 城を出るときは結構勇ましいこといってたヤツもいたが」 仄がヘラルディアに訊ねる。 「それが‥‥やっぱり緊張しているみたいです」 「しゃあねえ。ちょっと激を飛ばしてやるか」 「おーい。そんながちがちで疲れないのか? まるでおじぞーさんだぞ」 銀髪の少女、舞 冥華(ia0216)が、緊張した面持ちの新兵をつついている。 「アヤカシがこわいのか? 怪我しても冥華がなおしてやるからへーきだぞ?」 冥華に頬をぺしぺし叩かれても兵士はろくに動かない。 新兵隊からは出城時の意気揚々とした勢いが消えていた。戦地に着いて怖れを実感しているのだろう。 「恐怖を乗り越えねば、なにも掴めぬぞ‥‥」 端然とした物腰のサムライ、凛々子(ia3299)も新兵たちのようすを案じている。 「初陣‥‥ですからね、緊張するのも無理はないでしょう。でもコレさえあればっ‥‥」 金津(ia5115)はふところからアヤシゲな丸薬を取り出した。 「この薬を飲めばたちどころに緊張がほぐれて前向きになれますよっ! いまなら定価千文のところを特別に五百文でっ‥‥」 「おいおい、兵士にアヤシイ薬飲ますなよ。出陣前に腹壊したら大事だ」 金津が兵士相手に商売を始めたところに仄と脩次朗がやってきた。 「相手はアヤカシ――人とその恐怖を糧にする者です。蛮勇に逸るのも、恐れるのも相手の利となります。恐れず、冷静に戦うのが最善です」 と、脩次朗がいう。 仄は新兵たちの顔を見回す。 「ったく、本当に緊張してるな‥‥ヒヨッコならヒヨッコらしく騒いでくれてたほうがまだ安心できるぜ‥‥」 と、煙管の灰を落として、 「よし! 全員立って一列に並べ!」 仄は兵士を一列に並ばせて前に立った。 「全員腹の底から大声出してみろ」 きょとんとする新兵たちに向けて仄は話を続ける。 「奇声でも怒声でも、石鏡最強でも好きな女の名前でも、なんでもいいから大声で叫ぶんだよ。そうすりゃ、変な緊張も怖いって気持ちも吹き飛ぶ」 仄はひとりひとりの目を見て話す。 「両足で地面を踏みしめて、腹に気合い入れて、おもいっきり叫べ!」 仄に鼓舞されて兵士たちは大きく息を吸い込んだ。 大空に響く声。 恋人、家族、国。 彼らの信ずるもの。守るべきもの。 兵士たちは思い思いの言葉を叫び、吼え猛る。 「‥‥な、なにごとだい? この絶叫大会は‥‥」 声を聞いた伎助がやってくる。 「これで緊張をほぐすみたいだ‥‥」 凛々子が答える。その横では冥華と金津が耳を押さえてうずくまっていた。 ひととおり叫び終えた兵士たち。気合いにより、まとわりついていた緊張と恐怖は打ち払われ、皆それぞれ憑物が落ちたように快い顔になっていた。 「‥‥よーし。すっきりしたか? 大事なのは気合いだ。実戦でびびってたら出せるはずの力も出ないからな。怖いとか、死ぬとか考える暇があるなら、美味い酒とか女の事でも考えてろ」 仄はそういって笑った。 ●初陣 「あれは‥‥」 ヘラルディアは地平線の彼方に巻き上がる砂埃を確認した。 群れを成して行軍する、小鬼だ。 「皆さん、来ましたよ!」 小鬼の群れはまっすぐこちらに向かってくる。 兵士たちは伎助の指示に従い、きびきびとした動きでそれぞれの配置につく。 「弓隊、前列へ!」 弓隊が整列して前に出る。 「まだちょっと緊張してますねっ?」 金津は兵士の背中を軽く叩く。 「皆さん、頑張って生き残って下さいねっ? 死んだら香典代が勿体無いですっ」 冗談なのか本気なのかわからない金津の言葉だったが、兵士たちの心はほぐれたようだ。 「心配ないよ、君たちは勝つ。まずは自信をつけることだ」 兵士たちに声を掛ける伎助。 「心を落ち着けて、訓練どおりに狙って射る‥‥それだけだよ」 小鬼の群れはどんどん近づいてくる。 金津が右手をあげる、それに応じて兵士たちは弦に矢をつがえた。 「まだですよっ‥‥しっかり引きつけて‥‥」 金津は慎重に射程距離を測る。 「撃っ!」 合図とともに一斉に矢を射る。黒き矢の雨が小鬼に降り注いだ。 「もう一度っ!」 ふたたび一斉射撃。 矢傷を受けた小鬼たちは、いったん動きを止めたものの、またすぐに進行を開始した。 「弓隊下がれ!」 ここで弓隊が後方へ下がり、剣盾隊が前へ出る。 剣盾隊は新兵のなかでも体力自慢の連中だ。 「こんじょーだ。こんじょーでがんばれ」 「わたくしたちのこと‥‥しっかり守って下さいね」 冥華とヘラルディアは、神楽舞を舞って兵士たちを支援する。 小鬼の群れはもはや目前にまで迫っていた。 地を鳴らす足音。醜き容貌。おぞましき息づかい。 人ならざるモノ――。 「くぅっ!」 兵士たちの前へ躍り出る小鬼、兵士はその振り下ろされた棍棒を大盾で受け止める。棍棒の衝撃が盾を伝って体の奥へ響く。 小鬼たちは盾隊に圧力を与えながら、両翼の槍隊への攻撃も開始していた。 すでに数名の兵士が棍棒の餌食になっている。 仄は援護射撃をしながら、重傷者の救出を試みる。 「動けるヤツは援護しろ! 誰一人死なせはしねぇ!」 仄は倒れた兵士を担ぎ上げて後衛の巫女のもとへ運ぶ。 「あなたは死にません! わたくしたちが治してみせます!」 ヘラルディアは怪我で錯乱した兵士の手を握って落ち着かせる。冥華と協力し合いながら、運び込まれる兵士を神風恩寵で治療していった。 脩次朗の部隊も側面の防御と、群れからはぐれた小鬼の撃退で手一杯だ。迫る小鬼を篭手払で追い返す。 前衛の盾隊も小鬼の勢いにたじろぎはじめていた。 初めて対するアヤカシのすがた。人を喰らう魔の眼光。 押し殺していた恐怖がふたたび沸き上がる。 そのとき―― 颯爽と駆け抜ける一陣の風。鞘走りの音。 風とともに小鬼の首が胴から落ちる。 天寿院の白刃が小鬼を斬ったのだ。 天寿院は鉢巻をなびかせて隊を振り返る。 「怖いかも知れません。ですが貴方方の心にある武器を忘れないで下さい」 押し寄せる小鬼の群れ。天寿院は刀をかまえて小鬼に向合う。 快刀なる掛け声とともに凛々子が一躍する。 「冷静に、そして勇敢に! この戦いから武を見いだせ!」 小鬼を斬り払いながら、天寿院に並ぶ。 「凛々子様、合わせます! どうぞ!」 「うむ!」 凛々子は重心を低く保ち、小鬼の群れに斬り込む。彼女の阿見は小鬼の首をはね、袈裟を斬る。 あとを続く天寿院は凛々子の背後に迫る小鬼をすり抜けざまに斬り捨てる。 二人の勇姿に、兵士たちの志気は燃え上がる。 「ここで‥‥退くわけにはいかないな!」 兵士たちは自らを奮い立たせ、一歩前へ出る。 新兵隊は崩れかけていた陣形を立て直し、いまだ防戦ではあるものの、少しずつ小鬼を押し返していた。 伎助は部隊の被害状況、戦える兵士の数を確認する。 「隊が押し返している、いまが勝機だね――」 ふわり、と軽やかに剣盾隊の壁を飛び越えて前面に立つ。 「両翼! 小鬼を中央へ!」 伝令を受けた両翼槍隊が小鬼を取り囲むように中央へ追い込む。 それを確認した伎助は剣盾隊に命令を出す。 「前列突撃!」 声を上げる伎助とともに、剣盾隊は盾を打ち鳴らして小鬼の群れへ突撃を開始した。 乱戦のさなか、天寿院と凛々子は背を合わせる。数えきれぬ小鬼を斬り捨てた二人は大量の返り血を浴び、息は上がっていた。 「少し、斬り疲れてきたか‥‥?」 「まだまだ、拙者たちがここで退くわけにはいきません」 そんな二人の耳に突撃の雄叫びが聞こえてくる。 「どうやら、来たようだな」 「はい。ここが最後の踏ん張りどころです!」 突撃の雄叫びを背に、二人はふたたび剣を振るった。 ●勝利 この突撃で小鬼の群れは完全に崩れた。 勢いに乗った突撃。兵士たちは勇猛果敢に戦い、群れを一気に殲滅へ追いやった。 おびただしい小鬼の死体は土くれとなり風に消えていった。 戦闘終了後、ヘラルディアと冥華は怪我人の手当に勤しんでいた。 「う‥‥こ、こは‥‥? 僕は‥‥死んだのか?」 重傷を負って意識を失っていた兵士が目を覚ました。 「いいえ。貴方はちゃんと生きていますよ」 ヘラルディアはにっこり笑って、兵士の額に手を置く。そのあたたかさが心地よい。 「――僕は生きている‥‥」 「ちょっと死にかけてたけどな。冥華たちがなおしてやったんだ。かんしゃしろ」 兵士は体をおこしてあたりを見回す。戦友たちは皆無事だったようだ。 「僕たちは勝ったのか?」 「うん。君たちは勝ったんだよ」 伎助が答える。 「死にかけた――ってのも、ま、ひとつの経験さ。君たちは生き残った。それは誇っていいことだよ」 「そうだぞ。はじめてなのにがんばった」 冥華が兵士の頭をなでる。 「この一戦で武人の顔になったぞ」 凛々子も兵を称える。 兵士の間に、勝利の実感が湧いてきたのだろう。その顔に安堵と、そして自信の色が浮かんだ。 「あ、でも、あまり増長してはいけませんよ?」 「そうです。日々の精進が大切ですから。訓練は欠かさぬように」 天寿院と脩次朗が念を押す。 「それより皆さんっ、体の怪我は術で治りますが、心の怪我の具合はどうですかっ?」 金津が兵士たちにチラシを配っている。 「心的外傷鬱屈障害に悩む方はボクが相談に乗ってあげますよっ。いまなら特別に一時間五百文で‥‥」 仄は煙管に輪を吹かせて空を見上げた。 空に舞う鷹のすがたを見る。 「‥‥ヒヨッコが鷹になる日が楽しみだ」 初陣を勝利で飾った新兵隊は石鏡への凱旋を果たしたのだった。 了 |