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■オープニング本文 石鏡の農村にて。 この日、村には数台の荷馬車が停車していた。村で収穫された穀物を商人たちが買い取りに来ているのだ。 「今年は豊作だったみたいだねぇ」 毎年この村から穀物を仕入れている商人は、今年の出来合いに満足しているようすだ。 村人から穀物を買い取った商人は、荷馬車を率いて都へと向かった。 村から都までは街道が整備されている。この街道上ならば盗賊などに襲われる危険も比較的低い。 「ん?」 なにかを感じ取った商人は荷馬車を止めた。 「はて、こんなところに沼などあったかな?」 街道上に大きな沼が現われていた。去年通ったときにはこんなものはなかったはずだ。商人は馬車を降りて沼の淵まで足をはこぶ。 それは沼、というよりも泥だった。大きな泥沼なのだ。 「まいったな‥‥」 商人は困り果ててしまった。 迂回しようにも、片方は山でもう片方は森だ。整備のされていない道を行くのはさすがに危険だ。 「どうしたものか」 商人は棒きれで泥沼をつついてみる。泥は幸いにも浅いようだ。 「これならば馬車でも渡れるか‥‥」 商人が戻ろうとしたとき――。 足元でざわざわと音がする。とたんに足がなにかに引っ張られた。 「な、なんだ?」 商人が足元に目を遣ると、足首に泥状の触手が絡まっている。触手はまるで意思があるかのように商人を泥沼へ引き込もうとした。 「た、助けてくれ!」 商人の声を聞いた仲間が駆けつけ、なんとか泥から身を引きはがした。 どうやらこの泥のなかにアヤカシが棲み着いているようだ。商人たちはいったん村へ戻り、ギルドへアヤカシの退治を依頼した。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
ジンベエ(ia3656)
26歳・男・サ
箕祭 晄(ia5324)
21歳・男・砲
夜魅(ia5378)
16歳・女・シ
忠義(ia5430)
29歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●開拓者たち 街道上に突如広がるのは、茶色く濁った泥沼だった。 「これが泥沼かぁ。想像より大きそうだぜぇ」 ふんふんとうなずきつつ周囲を眺めるのは、金髪銀眼の弓術師、箕祭 晄(ia5324)だ。 「泥のなかに隠れているとすると、うかつに踏み込めませんね」 穏和な物腰のシノビの少女、夜魅(ia5378)は冷静な目で泥沼の水面を観察する。 「ここは泥を埋め立て、足場を確保しておくのがいいな」 白い死装束を身に纏い般若面をつけたサムライ、ジンベエ(ia3656)がいう。 「元は街道なのだしな。後のために整備は必要か」 真率な態度の女志士、皇 りょう(ia1673)もうなずく。 「相手は毒を持っているらしいからな、気をつけねば」 そういったのは、牛髑髏を模した面、白装束と対比をなすような暗色外衣を纏う志士、王禄丸(ia1236)だ。 「しかしジンベエ、泥仕事なんてしたらせっかくの白装束がよごれちまうな」 晄がいう。 「クカカカ。なに、泥侍に扮するのも野趣鄙びて良いものだ。一つ派手に汚れてみせよう」 と、ジンベエは面の下で笑った。 「あ、忠義さんたちが来ましたよ」 夜魅が道具調達班を見つけた。 「農具借りてきましたぜ‥‥って、うわ、思ったより沼の領域広いんだな」 赤毛頭に両前の背広を着崩した不良執事、忠義(ia5430)が沼を見ていう。 「これを全部埋め立てるのか〜、手にマメができちゃいそうね〜」 鋤を持つ手も艶麗なのは、戯女すがたの陰陽師、葛切 カズラ(ia0725)だ。 「さて、それでは始めましょうか」 短めに編んだお下げを肩に垂らして、鈴木 透子(ia5664)は田下駄に履き替え、準備を整える。 「透子さん、その袋はなんですか?」 夜魅が透子に訊ねる。 「生石灰ですよ。農家の人に借りてきたんです。アヤカシを逃がさないように池の周囲に撒いて結界張っておこうと思って」 透子は石灰の入った袋を担ぐ。 開拓者たちは泥中に潜むアヤカシを警戒しつつ、沼の埋め立てを開始した。 ●泥底のアヤカシ 「得物を鋤に持ち替えて、一仕事といくか」 王禄丸が土を掘り起こし沼に被せる。 「この広さとなるとすこし骨だがな‥‥力を使うか」 ジンベエは両腕に練力を流し、筋力を増強させる。腕の筋肉は隆々と盛り上がり、太く固くなった。 「これで掘りやすくなった」 勢いよく鋤を振るい、ザクザクと小気味の良い音を鳴らして大量の土を掘り返す。 力自慢の大男二人のおかげで泥沼は順調に埋め立てられていった。 「‥‥ふぅ」 りょうは鋤を置いて、額の汗を拭う。ふと王禄丸とジンベエに目を向けると、二人とも疲れを知らぬ凄まじい勢いで泥沼を埋めて立てていた。 「それにしても、王禄丸殿もジンベエ殿も立ち振る舞いは立派な御仁なのに、如何なる理由があってあのような格好をしているのであろうか‥‥」 生真面目な性格のりょうにとっては当然の疑問だった。 二人の開拓者としての資質はともかく、その様相はあまりにも妖しすぎる。 「‥‥もしやあれが都の最先端“ふぁっしょん”なのであろうか? 仮面をつけるが流行っていたりするのか?」 そばにいた夜魅に訊ねる。 「うーん、さすがに都でも、ああいう格好の方は‥‥いや、でもときどき見かけるかな‥‥」 「やはりそうか。私もすこし都の趣向に慣れておかねばな‥‥仮面でもあつらえてみるか」 「いや、たぶんあの人たちは都でもひときわ特殊な格好ですよ」 「都でモテたいなら、私みたいな格好をすればいいのよ」 と、長襦袢の肩をはだけたカズラがいう。 「私の着物、貸してあげようか?」 「い、いや、ありがたいが、カズラ殿の着物は私には目を引きすぎるというか、扇情的すぎるというか‥‥」 どぎまぎしつつ答えるりょう。 「そう? 似合うと思うけどなあ。殿方がいっぱい言い寄ってくるわよ」 「い、いっぱい?」 「入れ食いよ」 「むぅ〜」 なにやら想像しただけで真っ赤になってしまうりょうであった。 「! いましたよ! アヤカシです!」 夜魅は沼の面がぷくぷくと泡立っているのを発見する。とたんに、泥のなかから素速く触手が伸びてきた。 「――ぬ」 ジンベエは伸びてきた触手を鋤で払い、そのまま腰の刀に手をかける。 抜きと同時に触手を斬り払い、泥中のアヤカシに刃を振り下ろす。 重たい泥が飛び散る。 ジンベエの刃を受けたアヤカシはふたたび泥底へ潜り、移動していく。 「ふむ‥‥柔らかい手応えだが、耐久力は高いようだな」 ジンベエは水面を見据え、粘泥の行く手を探る。 ざ、ざ、ざ。 泥中を這いずる音が近づく。 「こっちへ来た‥‥」 透子が身構える。 キィ――。 鼠の鳴くような声がして、泥水が撥ねた。 粘泥はちょうど生石灰を撒いておいた場所へ足を踏み入れたのだ。泥水に反応して高熱を発する石灰地帯。熱に耐えきれなくなった粘泥が水面へすがたを現した。 「出やがりましたね――」 忠義が水面の粘泥へ向けて風魔手裏剣を打ち込む。手裏剣は粘泥の体内に深く喰い込んだ。 「いきますよ!」 透子が放つ陰陽符からちいさな竜巻が発生する。 「斬撃符!」 風の刃は粘泥を浮き上がらせ、八つ裂きにする。 水面に落ちた粘泥はふたたび泥底へ潜っていく。 「また隠れやがった‥‥」 忠義は手裏剣をかまえながら泥沼を見る。 「攻撃、効いてるんスかね? 相手が泥だと反応がわからねーです」 「いちおう、効いてるみたいだけど‥‥」 開拓者たちはおとり役を中心に、泥沼へ入っていく。 「‥‥」 りょうは静かに心を研ぎ澄まし、泥中の気配を探る。 「――!」 濁った水の奥に、わずかな気配の揺らぎを察する。背後を向き、刀をかまえた瞬間に泥中から浮き上がる触手の塊。 りょうに向けて泥状の触手が伸びる。 「甘いッ――」 触手を斬り払い、刀身に練力を込める。 珠刀の刃を、仄かに蒼き輝きが包む。 「いざ、我に武神の加護やあらん!」 精霊剣の一太刀が泥を断ち切る。だが、粘泥は裂けた体のまま泥底へ身を隠そうとした。 「逃がさんよ」 ジンベエは刀をかまえたまま、咆吼を放つ。泥中の粘泥は雄叫びに反応してジンベエへと飛びかかっていく。 「空中に出たらこっちのものです!」 冷静にアヤカシの動きを追っていた夜魅が手裏剣を打ち込む。 後方でようすを覗っていた晄も機会を逃さずに、滞空中の粘泥へ矢を放つ。 鷹の目はその動きをとらえて離さない。 放たれた矢は見事に空中の粘泥を貫いた。 「我が矢は必殺必中、避けることあたはず、ってね」 粘泥の体はそのまま空中で四散した。 「――触手です!」 透子が叫ぶ。 おとり班の反対側、後衛のそばの泥沼のなかからおびただしい数の泥触手が涌き出てくる。 「くっ」 夜魅は泥の触手に打たれて後方へ下がる。 「不意打ちかぁ、小狡いわね!」 カズラは素速く破魂符を放ち、式を召喚する。 呼び出されしは、妖しく光る一つ目に、黒紫の触手をたたえた異形の式。 式の触手は絡み合い一本の太い腕となり、水面下のアヤカシに向けて振り下ろされる。 「もぐら叩き♪ もぐら叩き♪」 衝撃を受けた粘泥は触手を伸ばしたまま逃げようとする。 カズラは追撃するように呪縛符を放つ。式から伸びた無数の触手が粘泥へ向かう。 素速く伸びた式の触手は泥の触手と絡まり合う。 「捕獲かんりょー」 カズラは妖しく微笑む。 式の触手はしっかりと粘泥を組み捕え、沼上に止めている。 「泥と触手‥‥エロい雰囲気だけど、あなたたちには全然色気がないわね〜」 「よーしカズラ、そいつそのまま押さえててくれよ!」 晄は弦を引き絞り、矢を放つ。即なる閃光が泥を射貫き、そのあとを続く透子の斬撃符の刃が泥の体を八つ裂きに散らした。 「‥‥‥‥」 王禄丸は濁った水面を揺らす不穏な動きに目を留める。 「‥‥いるな」 槍を大上段にかまえ、先端を下へ向ける。 「気をつけろ、そいつは刃が効き難い」 ジンベエがいう。 「ならば精霊の加護を受けるのみ――」 王禄丸が念を込めると、槍頭に青白い光の波がうねりだす。 精霊剣――青く光る刃を泥中のアヤカシに突き入れる。 「手応えあり‥‥!」 王禄丸はそのまま槍をえぐるように突き上げる。泥の飛沫が散り広がり、槍に刺さっていた粘泥が空中高く放り上げられる。 間髪入れずに忠義が打つ手裏剣が粘泥をとらえる。 「まだ終わらんよ!」 王禄丸は粘泥が落ちてきたところにふたたび精霊剣の一撃を、今度は上段から振り下ろす。 輝く刃を受けた泥は無惨に弾け、沼の底へ沈み込んだまま二度と浮き上がらなかった。 「これで、全部のようだな」 開拓者たちはアヤカシの殲滅を確認したようだ。 「ふぅ、これで安心して埋め立て作業できますね」 夜魅は手裏剣をおさめて鋤に持ちかえる。 「はっはっは、みんな泥だらけだなぁ。これじゃあさっきのアヤカシと大差ねぇぞ」 と、朗らかに笑うのは晄だった。 「晄殿は一歩も沼に入らなかったものな。だが‥‥」 はいこれ、とりょうは晄に鋤を渡す。 「ここからは一緒に泥仕事だ」 「“泥ぷれい”ね」 と、カズラは笑った。 ●温泉 開拓者たちは泥沼の埋め立てを続け、夕刻には街道の舗装を完了していた。 「これくらいでいいだろう」 ジンベエは埋めた土を踏みしめて感触をたしかめる。 泥沼は埋め立てられ、街道は元通りに通行できるようになっていた。 「んー、つかれたぁ〜。アヤカシ退治より疲れたかも〜」 カズラはやわらかく伸びをする。 「すっかり汚れちまいましたね。はやく温泉でさっぱりしてーです」 脱いだ上着を肩に掛けて、忠義は汗を拭った。 「そうそう、温泉ね。村の人に頼んで、一本つけてもらおうかしら」 「酒なら俺も付き合おう」 ジンベエもカズラに賛同する。 「温泉か‥‥たしか混浴だったな。私は夜中にこっそり‥‥」 「なにいってるのよ、りょう。泥はいますぐ綺麗にしないと。ほら私が背中流してあげるから、一緒に入るわよ」 「え? あ、ちょ、ああっ――」 カズラはりょうの腕を引っ張りながら村へと帰っていった。 浴場にて。 「結構ひろいわね〜」 泥を流し、しっとり濡れた珠肌を露わにしてカズラが温泉場に入る。 「と、殿方がいるではないか‥‥」 りょうは手拭いで前を隠しながら、おずおずと浴場へ入る。 「‥‥あの二人、温泉でも面をつけてるんですね」 透子が先に入っていた男たちを見る。 ジンベエは面をつけたまま、王禄丸は牛髑髏のかわりに眼目模様の覆面をつけていた。 温泉に浸かる二人のすがたはなんとも奇妙にうつる。 「王禄丸さんの目玉は‥‥いつもより怖いかも」 「お、来たね。お湯熱いから気をつけてなぁ」 と、女性陣の前で余裕の顔をしつつも、内心どきまぎしているのは晄だ。 「‥‥なんで温泉入るのにこんなドキドキしないといけないんでしょう‥‥」 夜魅はシノビの技巧を駆使して湯気に身を隠している。 「だったら、男を男だと思わなきゃいいのよ。あれは可愛いぬいぐるみ」 と、カズラは湯に浸かり男性陣のほうへ向かう。 「‥‥ぬいぐるみ、ですか」 「いやいや‥‥」 顔を見合わせる夜魅とりょう。 しかしついに腹を決めたか、女性陣も皆湯船に入った。 一度湯に浸かり、肩をほぐして一息ついてみると互いの裸も慣れたもの。だんだんと気恥ずかしさも薄まって、皆で杯を交わすようになっていた。 「土仕事で汗をかき、地にまみれ、風呂で疲れを流す。労働とはかくたるべきものだな」 「湯に浸かりながらの酒はまた格別、心身の汚れを落とすにこれ以上はなかろうよ」 夕焼けを愛でつつ、酒を飲む開拓者たち。 「ふう‥‥夕に浸かる湯もいいものだな」 「そうですねぇ」 夕日を浴びたかほろ酔いか、りょうと夜魅はほんのり頬を染めている。 「そろそろ皆さんのお背中を流して差し上げましょうか」 カズラがいう。 「いいんですかい? そりゃ光栄だなぁ」 「あー! 俺も!」 酔いのまわった晄と忠義が湯船から上がる。 「いいわよ〜、二人まとめて‥‥ちょうど試してみたかったのよね〜。式と石けんを使ったぬるぬる触手責め‥‥」 後半部のつぶやきは二人の耳には届かなかったようだ。 「うん、いい感じ」 透子は網に入れた卵を見てにっこり微笑む。今夜のおかずだ。 温泉にて、ゆるりと心身を休める開拓者たちであった。 了 |