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■オープニング本文 五行の首都、結陣。この都の郊外に大きな四つ辻がある。 夕ぐれ、サムライが従者を一人つれてこの四つ辻へ向かっていた。 赤い夕日も朽ちかけ、空は青黒く、あたりはだんだんと闇が濃くなっていく。そんな黄昏時にサムライと従者は四つ辻に差し掛かった。 「む――」 サムライが足をとめる。 夕闇のさなか、四つ辻の中央に大きな影が立っていた。 影の主は黒い鎧に身を包み、抜き身の大刀をたずさえている。その鎧武者はただ静かに立っているだけだったが、全身からは禍々しい瘴気が発せられていた。 兜の下に覗くのは鬼の凶相。 「人では、ないようだな」 サムライは腰の刀を抜いてかまえる。 じりじりと慎重に鬼との間合いを詰めてゆく。 鬼は仁王立ちのまま微動だにしない。 「‥‥‥‥」 あと一歩、 踏み込めば。 一陣の風が辻を吹き抜けた。 「――!?」 瞬間、サムライは後ろへ身を反らす。鬼の大刀が喉元を掠っていた。 「速いっ!」 サムライは体勢を立て直し、鬼へ向かおうとする、が。 すでに鬼はサムライの死角へ踏み込み、大刀を高くかまえていた。 ――殺られた。 死を悟ったサムライの最後の言葉は発せられず、その体は振り下ろされた鬼の凶刃に真っ二つとなった。 「うわぁああ!」 悲鳴をあげて逃げ出す従者。 ほどなくしてギルドへ四つ辻に出没する鬼退治の依頼が入った。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
天宮 涼音(ia0079)
16歳・女・陰
朱璃阿(ia0464)
24歳・女・陰
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●四つ辻 五行の首都、結陣。 依頼を引きうけた開拓者たちは、まだ日の明るいうちに鬼が出現するという四つ辻へ向かっていた。 開拓者たちの前に件の辻が見えてくる。 「けっこう大きな辻ね‥‥」 冷ややかな銀髪に黒装束の陰陽師、天宮 涼音(ia0079)が辻の前で立ち止まる。 ここは結陣の中央街からはかなり離れた場所だ。 広い四つ辻の周辺には寂れた民家が点在しているのみで、あとは荒れた草むらがあるばかり。人の往来はほとんどなかった。 「五行の首都とはいえ、このあたりまで来るとさすがに閑散としているな」 深黒染めの長着袴に白羽織、ゆるりと煙管を吹かすのは流浪のサムライ、篠田 紅雪(ia0704)だ。 「アヤカシ騒ぎがあったところですからね‥‥みんな通行を避けているのでしょう」 しなやかな金髪を額の鉢金で留めた、フェルル=グライフ(ia4572)は周囲のようすを確かめる。 「ふむ。四つ辻に出るアヤカシかいな。これがほんとの辻斬りやな」 と、冗談めかして語るのは、青の詰襟服を着こなし、丸型眼鏡から覗く碧眼が印象に残る天津疾也(ia0019)だ。 「しかし‥‥人間の辻斬りより、ずっと恐ろしそうだがのう」 小柄ではあるが、その物腰にはどこか高貴な威厳を感じさせる少女、輝夜(ia1150)は四つ辻の中央付近に打ち捨てられていた刀に近寄る。 「‥‥‥‥」 刀のそばには血の染み付いた布きれが落ちていた。 「殺されたサムライの衣服かの。身体は――アヤカシに喰われたか‥‥」 「‥‥無常なものだ」 紅雪は僅かに憂いを帯びた表情で煙をくゆらした。 ほどなくして、周囲の聞き込みをしていた面々が戻ってきた。 「なにかわかりましたか?」 フェルルが訊ねる。 「この付近は民家も少ないし、当時の目撃者もあまりいない。得られた情報はかなり少ないですが‥‥」 長い前髪で目元を覆い、神秘的な雰囲気を醸し出しているのは陰陽師の青嵐(ia0508)だ。 「アヤカシは戦用の鎧で身を包んでいるから、歩くとガシャガシャした鎧の擦れる音が聞こえたとか」 青嵐は自らに模した人形を使い、腹話術で会話をしている。 「やっぱり夕刻に現われるみたいね」 妖一文字の黒扇を片手にたずさえ、豊艶な肢体を布面積の少ない衣装で扇情的に飾る朱璃阿(ia0464)がいった。 「‥‥夕刻だと視界が心配です‥‥もう日が落ちるのも速いし‥‥」 人見知り気味におどおどと話すのは、蝶の彩挿す着物に藍の袴をきりりと絞めた二刀流の剣士、那木 照日(ia0623)だ。 「なに、明かりやったら心配せんでもええで。ちゃあんと松明も用意してきてるからな」 疾也は荷物袋から松明を取り出す。 「いまのうちにコイツを設置しとこう」 開拓者たちは事前に用意しておいた木材と金属の皿を利用して三脚の篝火を作りはじめる。 「四つ辻全体を照らせるように、辻の隅と、中央にも設置しておいたほうがいいですね」 フェルルは出来上がった篝火を分けて設置する。 「さて‥‥あとは日暮れを待つのみやな」 疾也は四つ辻の片隅に立っている木の根元に腰をおろした。 「明るいうちに出てきてくれたら楽なんやけど‥‥そうはならんやろうし」 「そうですね」 と、青嵐もとなりに腰掛ける。 「しかし、鬼が単騎でこのような場所に現われるのも妙な話ですね」 「まあ‥‥狩り場に選ばれたってことなんやろう。この辺は人通りも少ないからまだええけど、食料もとめて中心街に向かわれたら困るしな。ここで仕留めとかんと」 いいながら疾也は弓の具合を確かめる。 「私はすこし仮眠するわ」 朱璃阿は荷物袋を枕代わりにごろりと横になった。 「朱璃阿、寝てしまうのですか?」 青嵐が訊ねる。 「夕闇に目を慣らすためですよ‥‥」 「なるほど」 青嵐は人形とともに頷いた。 ●剣鬼 午後の太陽はだんだんと傾き、空が緋色に染まってゆく。 夕日は朽ち、影は惚けて輪郭を沈め、闇の色がじわりと染み出す。 逢魔が時。 昼と夜とが融け合う時刻。 開拓者たちは篝火に火を灯し、アヤカシの出現を待った。 遠くのほうから鎧の擦れる音が近づいてくる。 「‥‥‥‥来たわね」 涼音は夕闇にまぎれるような黒色の鎧を纏った剣鬼の姿を確認した。 剣鬼は四つ辻の中央付近まで来ると、開拓者たちを見据え大刀をかまえた。 「お手並み拝見といくかの」 輝夜は槍をかまえ、ゆっくりと間合いを詰めていく。 篝火に照らされて赤く光る鬼の顔。 瞬刻、 炎が揺らめき。 剣鬼の上体が素速く動いた。 「むっ――!」 輝夜は上段から振り下ろされた剣鬼の大刀を槍の柄で受け止める。 刃を受止めた上体から地面へ向けて重い衝撃が走った。 「速い――それに重い!」 輝夜は大刀を押し返すと、腰を低く、防御重視にかまえをとった。 その輝夜の両脇から照日と紅雪が駆け出す。 紅雪は剣鬼が大刀を持つ右腕を狙っていた。 力をため込み、剣鬼の右側面、腕の関節へ向けて斬り下ろす。 「――!」 剣鬼は身を屈め、鎧の肩当てで紅雪の剣を受ける。 そのまま反撃に転じ、横薙ぎに大刀を払う。 刀は唸りを生じ、紅雪の首もとに迫った。 「――くぅっ」 紅雪はとっさに刀を盾として剣鬼の一撃を受ける。ビリビリとした振動が腕を通り抜けた。 「なるほど、な‥‥」 紅雪はいったん身を退いて体勢を立て直す。 「この剣圧‥‥並みのサムライでは敵わないわけだ」 紅雪は刀をかまえ、ふたたび剣鬼の間合いへ入る。 「鬼さんこちら‥‥手の鳴るほうへ‥‥」 照日は鬼を挑発しながら攻め入る隙を探す。 狙うのは軸足だ。 剣鬼が大振りに刀をかまえた瞬間――。 「いまだ‥‥!」 照日は身を低くして素速く剣鬼の懐へ潜り込む。 軸足を狙って刀を振るうが、剣鬼は腰を捻って致命傷を避ける。続く二撃目も後ろに退いて躱されてしまった。 「大きいわりに‥‥すばしっこい‥‥!」 「だったら、動きを封じてしまえばいいのよ‥‥」 朱璃阿がいう。彼女は危険を承知で剣鬼の背後に回り込んでいた。 「かの敵を縛り固めよ、呪縛符!」 軽やかな舞とともに符を放つ。 符からは蝶の羽が生えた、朱璃阿にそっくりなすがたをした小さな式が召喚された。 裸身の式は剣鬼の手足にまとわりつき、その動きを鈍らせる。 「これで! 弱点狙い撃ちや!」 疾也は剣鬼の纏う鎧の隙間を狙って矢を放つ。 葛流――精霊力によって発現した幻の葛を纏った矢が、正確に剣鬼の体へ撃ち込まれる。 疾也の射撃に続いて涼音が符を放つ。 「斬撃符!」 黒い燕型の式が剣鬼に向かって突貫する。式の広げた翼は鋭い刃状で剣鬼の体を容赦なく切り裂く。 連係攻撃を受けた剣鬼は怒りに体を震わせて、狙いを後衛に向けた。 「おっと」 輝夜は剣鬼の行く手に立ちふさがる。 「我をそう簡単に抜けるとは思わぬことじゃの」 剣鬼は侵攻を邪魔する輝夜に向けて凶刃を掲げた。 怒りに満ちた殺気が周囲の空気を振動させている。 「本気の一撃か‥‥じゃが、ここで退くわけにはいかんのでな!」 不退転の決意。 「我が不動のかまえ、崩せるものなら崩してみるが良い」 輝夜は退かず、鬼の凶刃を真っ向から受け止める。 高い金属音。 槍と刀の間に散る火花。 輝夜は剣鬼の強烈な一撃にかろうじて耐える。しかし重い衝撃は防ぎきれず防御の姿勢は崩れかけていた。 「ほれほれ、しつこい相手は嫌われるんやで、さっさと退場しいや!」 疾也が後方から援護射撃を行なう。 「助太刀します!」 フェルルは全身の力を両手の一刀へ注ぎ込み、剣鬼の肩口から鳩尾へ深く斬り下ろす。 「手応えありです!」 フェルルの両断剣が決まる。剣鬼の肩当ては砕け、鎧の一部が引き裂かれる。 追撃する紅雪の剣閃が鬼の右肩をとらえた。 さしもの剣鬼もこの攻撃を受けて後退する。 「‥‥逃げるつもりですか‥‥?」 青嵐は剣鬼の動きに不審な点を感じた。 剣鬼の刃は開拓者たちを狙っていない。 「まさか‥‥」 大刀を水平に払って――。 「篝火が!」 刃の風圧で中央に設置してあった篝火が掻き消される。すでに剣鬼を呪縛していた式の効果は切れていた。剣鬼は素速く跳躍して四つ辻の隅へ移動し、立ててあった篝火も斬り壊した。 日は完全に落ちている。 後衛側の篝火は残っているものの、視界は一気に悪くなった。 「目くらましのつもりですかっ! あなたの居場所は瘴気が語っています!」 フェルルは自らを囮として咆哮を放ち、剣鬼を引きつける。 ――がちゃり。 「! 後ろ!」 暗闇のなかで鎧の音を聞き逃さず、剣鬼の居場所を悟ったフェルルは、ぎりぎりで斬線を見切って身を躱した。 照日と輝夜も連携して咆哮を放ち、剣鬼の動きを誘導する。 前衛が剣鬼を引きつけている間に朱璃阿は篝火を立て直していた。ふたたび四つ辻が明るくなる。 「そこね! 呪縛符、鉄鎖蛇!」 剣鬼のすがたを確認した涼音が符を放つ。剣鬼の足元に鎖状の式が絡み付いた。 「このまま一気にたたみ掛けますよっ!」 青嵐は斬撃符を抜き取って剣鬼に放つ。 巻き起こる旋風に煽られて青嵐の長い前髪がふわりと浮き上がる。微かに見えるのは金色の左眼――。 「風姫、風の刀法その一、大祓えの一文字!」 鋭い風の刃は一直線に辻を駆け抜け、剣鬼を真正面からとらえる。鎧を貫いた裂傷から瘴気が吹き出す。 紅雪は地面を強く蹴って跳躍する。 「‥‥‥‥滅べ」 剣鬼の額に渾身の一撃を打ち込んだ。 よろめく剣鬼、その懐に潜り込んでいた照日は二刀をかまえる。 「肆連撃・爻‥‥!」 舞の如き動きから繰り出される四連の刃が剣鬼を切り刻む。 剣鬼の体がゆっくりと傾いた。巨体は地に倒れると、黒い煙と化して風に溶けてゆく。 「終わった、か――」 アヤカシの死を確認した紅雪は刀を鞘に収める。 「可哀想に‥‥」 照日は煙に消えてゆく剣鬼に哀れみの視線を送る。 剣鬼が消えたあとには空っぽの鎧が残されていた。 ●弔い 戦いのあと。 開拓者たちは四つ辻の脇に剣鬼に殺されたサムライの墓を立ててやった。 「‥‥せめてもの弔いじゃの」 刀と衣服の切れ端を埋めて花を添える。 「汝を斬った鬼は私達が倒しました‥‥安らかに眠ってください‥‥」 朱璃阿は墓の前でサムライのために祈りを捧げる。 夜の四つ辻で、弔いの火があかあかと燃えていた。 了 |