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■オープニング本文 開拓者が集い様々な人間模様の織りなされる活気に満ちた街、神楽。 父一人娘一人の仲睦まじい親子も、そこに住んでいた。 幼い頃に母を病でなくした娘は、たった一人で自分を慈しみ育んてくれた父のことが大好きだった。 父は開拓者を生業としていて、時折依頼を受けて遠くに出かけてしまうが、その度に娘にお土産を携えて帰ってきた。 娘は幼心に、お土産よりも父が無事に帰ってくることが何よりも嬉しいと思っていた。 「ユン、父さんは人が大好きだ。だから、困ってる人を放っておけなくてな。人より丈夫な体を持っていたから、開拓者になったんだよ」 夕焼け野原の帰り道、歩き疲れた娘を肩に乗せて沈む夕日を眺めながら呟いた父の言葉。 それはそのまま、娘の目標になった。 「おとぅさん、ユンも開拓者になるのよ! そして、おとぅさんと一緒に困ってる人たちを助けるの」 そうしたらいつも一緒にいられるね、と言えば父親も嬉しそうに「そうだなあ」と笑ってくれた。 小さな娘だったユンが開拓者を目指し始めたのは、十歳になった春だった。 その数ヶ月後。 アヤカシ退治の依頼を請け負って出かけた父が、行方不明になったと報された。 一月待って、半年待って、一年経った。 父の生存を仲間の開拓者たちは絶望視していたが、ユンだけは諦めなかった。 「おとぅさんは、きっと生きてるの」 自分に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返す。 「きっと、帰れない事情があるの。だから‥‥ユンがお迎えに行くのよ!」 わずか十一歳の少女は、固く誓って開拓者ギルドの門を叩いた。 「おとぅさんを探しに行く旅に出たいの。一緒に行ってくれる人を探してますなの」 辿々しい文字で書かれた依頼書は、幼いながらもしっかり調べられたのだろうきちんとした文書になっていた。 一年前に討伐依頼が出され、ユンの父が向かった村が最初の目的地である。 過去の依頼を調べたギルド係員が、難しい顔をしながらユンに問いかける。 「一年前、北面のイリマ村に君のお父さんが行ってるね。ただ、このイリマ村に出没するアヤカシは討伐されてないみたいだ」 係員が言うには、討伐対象のアヤカシは人に憑依して内側から喰らう下級アヤカシで、討伐報告は受けていないものの被害が無くなったから依頼自体が取り下げられているとのことだ。 「取り下げられているとは言え、アヤカシは倒されていないし君のお父さんがそこに居ると言う情報は無い。それでも行くのかい?」 そう問われても、ユンは力強く迷いの無い瞳で頷く。 「千里の道も一歩からって言うの。少しでも手がかりがつかめるかも知れないなら、ユンは行きますなの」 だからよろしくお願いします、と深く頭を下げられては係員も断れるはずが無かった。 |
■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
平野 拾(ia3527)
19歳・女・志
神楽坂 紫翠(ia5370)
25歳・男・弓
ロックオン・スナイパー(ia5405)
27歳・男・弓
木下 鈴菜(ia7615)
17歳・女・弓
一心(ia8409)
20歳・男・弓
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●イリマ村までの道中 開拓者ギルドでユンと対面した一行は、それぞれ挨拶を済ませて早速精霊門を通過し北面は仁生からイリマ村へと出立した。 「足手まといにならないように、頑張ります。よろしくお願い致しますなの」 緊張を隠せない様子で一礼したユンに、自分の背を追って開拓者への道を歩んでいる娘を重ねて嵩山 薫(ia1747)は少女に対して強い親近感を抱いた。 健気にも過酷になるだろう旅路を行くことを決めたユンを助け、必ず父親を見つけてあげようと思うのは必然であった。 「貴女の行く先がどんなものかわからないけど、貴女が進むと望む道は私が護ってみせる。それだけは絶対よ」 母性に満ちた微笑を浮かべ、力強く護ると告げる薫の言葉を漏れ聞いて、隣を歩くロックオン・スナイパー(ia5405)が感涙に咽ぶ。 「うぅっ! ユンたんはいい子だなああ! 薫ママンも素敵、カッコいい! 大丈夫この俺、ロックオン様が皆を護っちゃうからな!」 非常にテンションの高いロックオンに、薫が若干呆れ気味に笑いながら肩を竦める。 「期待してるわ、ナンパは控えめで頑張ってね」 「はうっ! 酷いや薫ママン、ナンパじゃないよ! 女性には優しく、丁寧に。これこそが俺のモットーなのさ、ねー鈴菜ちゃん♪」 ドサクサに紛れて、斜め後ろを歩いていた木下 鈴菜(ia7615)に話を振る。 「は、はい。打ち合わせどおりに、護ります」 なんだか頓珍漢な返答が帰ってくるが、どうやら鈴菜自身も若干緊張しているようだ。 それを見て取ったロックオンが、緊張を解すという名目で親しげに話しかけあわよくば肩に腕を回したりし始めるのを、薫はいっそ感心するとばかりの表情で見るのだった。 「支倉さん、この木の実は食べられます。けどこの木の樹液に触れるとかぶれますので、注意してください」 たった一人の父親が消息を絶って心細いだろうユンを思いやりつつ、開拓者を目指す彼女のために高遠・竣嶽(ia0295)は旅の最中の食糧及び水の確保についてあれこれ教える。 「はいなの。えと、お水はお魚やイモリのいる小川や泉が良くて、食べ物もお水も余裕を持って集めるのは良いけど持ち切れないのはダメなのね」 真剣にあれこれをしっかり覚えようとするユンに、神楽坂 紫翠(ia5370)も補足を入れる。 「そうですね。特にユンさんは巫女さんですし、余り大量に持てないでしょう。仲間同士分担して持つのも良いですよ」 それぞれ自分の膂力に見合った荷物を持っているのを見てユンは頷く。 自分の能力以上のことをしようとすれば無理が出る、いつか父親にいわれたことを思い出してこれがそうなのだと納得したのだった。 志体持ちとは言え、駆け出しとすら言えない幼い娘に強行軍を強いるわけには行かないため、ユンの様子を伺いながらの旅路になった。 それでも周囲に迷惑をかけまいとユンが頑張った甲斐があり、大きな予定の遅れは無かった。 野営1日目は、ユンが振り分けられた1班が火の番と見張りをすることになっていた。 同じく3班も見張り当番だが、後で交代するために現在仮眠を取っている。 日が落ちて夜が更けると、途端に心細くなったのだろう。 不安げなユンを元気づけるために年が近いために同じ班に振り分けられた拾(ia3527)がグッと拳を握って励ます。 「だいじょぶですっ!必ず、おとうさんは見つかりますっ!」 拾の父親も、開拓者をしておりユンの父親と同じく現在消息不明だそうだ。 似た境遇のユンに親近感と自分を相通じるものを感じ取った拾は、ユンの父親を探し出すことが出来れば自分の父もいつか見つけ出せるかもしれないと一縷の希望を重ねているようだ。 その様子を、焚き火に木の枝をくべながら一心(ia8409)が微笑ましげに薄く笑む。 「拾殿とユン殿のお父上はどんな方だったのですか? 自分は両親のことを覚えていないので、是非聞かせてください」 水を向けられた二人は、はたと顔を見合わせる。 「支倉さんからどうぞですっ! おとうさんはどんなかたなのですか?」 拾からも問われてユンは、始めおずおずと‥‥しかしすぐに大好きな父親について語ることに夢中になる。 「おとぅさんは、開拓者で巫女なのよ。だからユンも巫女になりたいの、怪我した人を痛いの痛いのとんでけーってしてあげるのよ」 父親の大きな手、背中、優しい笑顔、開拓者の顔。 語られるその言葉全てが父への憧憬が込められていて、一心も拾も‥‥寝付けなくて聞くともなしに聞いていた霧咲 水奏(ia9145)もどれほどユンが父親を慕っているか、尊敬しているかを察することが出来た。 水奏は明日に備えて体を休めながら、今回の依頼で少しでも有力な情報を得られれば良いと願わずにはいられなかった。 「ひろいのおとうさんもかいたくしゃで、とてもかっこいいのですよっ」 ユンに触発された拾も「自慢の父親談義」に参戦し、互いにどんな風に父親が凄くて格好良いかを幼い言葉で語っては、相手の言葉に共感してうんうんと頷きあう。 自分を拾い育ててくれた師匠は母親的な存在だが、父親的存在はいなかったため一心は年若い二人の少女の語り合いを興味深く聞いては相槌を打つのだった。 順調に進んだ旅路の3日目。 時折休憩は入れているとは言え、初めての長旅の疲れが出始めたユンを気遣いながら一行は進んでいく。 弱音を吐かずに頑張って歩く様を見守りながら、薫やロックオンが荷物を持ったり背負ったりして上げたいと思わずにはいられない。 しかし、それをしてしまってはユンが開拓者として成長する助けにならないので、涙を飲んで我慢するしかなかった。 山道を歩いている途中、不意に竣嶽が樹が生い茂る方へ厳しい視線を向ける。 それとほぼ同時に開拓者達も、近づいてくるケモノの気配を感じ身構える。 訳が判らず不安げなユンを庇うように、水奏が「ケモノです。こちらに向ってきております」と耳打ちした。 それぞれが武器を構え迎え撃つ体勢を整えると同時に、こちらに敵意を露にしたケモノが姿を見せた。 「まって、倒しちゃダメなの!」 ユンが切りかかろうとする薫、拾、竣嶽を止める。 「ユンたん、やらなきゃこっちがやられるぜ」 ロックオンの言葉に鈴菜も頷くが、ユンは「違うの」と訴える。 「あのケモノさんは、この山の生態系の頂点なの。倒しちゃったら、生態系が崩れちゃうの」 もしケモノを倒してしまえば、天敵のいなくなった山で弱い動物が淘汰されること無く増え続ける。 山の植物を食い尽くし、枯れてしまうだろうことを危惧しているのだと、一同は理解する。 「判りました。では、追い払うか逃げるかしましょう」 一心が牽制のためにケモノに向けて矢を放ち呟けば、構えた武器を下ろさないまでも全員が頷く。 「ユンさん、荷物を貸してください。走りますので、その間預かります」 紫翠がユンの荷物を受け取り、合図があればいつでも走り出せるよう準備して置くよう指示して矢を番える。 「少し叩くわよ、それで逃げれば良し。無理ならこっちが逃げましょう。深追いはしてこないはず」 「では、私は右を。拾さんは左をお願いします」 「はいっ」 薫、竣嶽、拾が打ち合わせどおりにケモノに肉薄し、手加減した攻撃を加えて相手に面食らわせる。 「今だ、走れ!」 一心の号令に、後衛で矢を番えていたロックオン、紫翠、水奏、鈴菜、ユンが一斉に走り出す。 「追って、来ぬように!」 水奏が少し遅れて走り出した前衛を援護するべく、追いすがろうとするケモノの足元に矢を放つ。 「うきゃっ!」 それに倣おうとした鈴菜が、何もない場所でつまづいてこけかける。 「おっと、大丈夫か鈴菜ちゃん」 すかさず腕をひいて助けたのは、こういう場面を見逃さないロックオンである。 「ユンさん、もう少し走りますが。頑張ってくださいね」 「はい、なの! だいじょう、ぶ!」 紫翠の言葉に、息を切らしながらもユンは頷き懸命に走った。 四半刻ほど駆けてから漸くケモノが追ってこないことを確認し一息ついたのだった。 ●情報収集 ケモノをやり過ごした後の道中は恙無く、次の日に無事全員でイリマ村に到着した。 依頼を終えたわけではないが、目的地に到着しホッと一息つくユンを見て無事に送り届けることが出来た安堵が広がった。 村人に宿の場所を尋ね、逗留先を決めた一行は早速情報収集に乗り出した。 ユンは拾、一心とともに父親についての聞き込みをする。 上手く言葉に出来ずに戸惑い口ごもる度に、一心や拾がその心や意図を汲んで注釈を入れてくれる。 「あの、一年前にこの村にアヤカシを倒しに来た開拓者の人のこと、聞きたいですなの」 村長から聞いた、詳しい話を知っていると言う村人にユンが問いかける。 「あぁ、あの開拓者さんたちな。5人でやってきて、頼もしかったよ」 「その開拓者の中に、ユン殿‥‥この子の父上がいらっしゃったんです」 一心の補足に村人は「なるほど! いや、あの時は助かったよ」とニコニコ笑ってユンの頭を撫でてくれる。 「かいたくしゃさんたちは、どこにたいざいしたんですかっ?」 「村には宿が一つっきゃねえでな。おめさんがたが逗留する宿に泊まってたよ」 拾の言葉にも村人は丁寧に答えてくれる、アヤカシ退治に来た開拓者の関係者だと言う話は強い親近感を与えたようだ。 その後、一心、拾、ユンが交互にたずねる質問にも、村人は一つずつ思い出しながら答えてくれた。 「‥‥そういえば、アヤカシに憑かれた与平を追って行った開拓者の中に、お嬢ちゃんに似た巫女の男の人がいたなぁ」 「っ! く、詳しく教えてくださいなの」 ユンは周囲によく言われるほどに父親に面差しが似ているので、その男が巫女と言うのならば恐らくそれは父親に相違ない。 拾も掴みかけたユンの父親の情報に、固唾を呑んで村人を見つめる。 「山中に分け入ってしばらくした後に、一旦村に戻ってきてな。与平の遺体がある場所を示して、荼毘に付すよう言付けて自分は再び仲間を助けに行ってしもうた。それきり開拓者達は帰ってこなかったが、退治したからそのまま帰っていったんじゃなぁ、と」 その言葉を聞いて3人は顔を見合わせて黙り込む。 アヤカシに取り憑かれた与平と言う人物は、肉体を内側から喰らい抜け出したことで亡くなってしまったのだろう。 そのまま仲間を助けに行くと、父親が行ってしまったということは‥‥彼の仲間の体に取り憑いたという可能性が出てくる。 「アヤカシはもういねえよな? 出てこねえよな?」 3人の表情に不安を煽られたらしい村人に慌てて一心が「大丈夫です。そのアヤカシがこの村に現れることはないですよ」と安心させて、情報提供の礼を述べた。 そして、その後も何箇所か聞き込みをして集めた情報を交換するため逗留予定の宿に向った。 アヤカシ調査組の2班、3班は手分けして村人達に話を聞いて回った。 人当たりの良い薫と、女性に声をかけるのは礼儀だと豪語するロックオンがそれぞれ要領よく話を聞いていく。 「つまり、姿かたちについては判らない‥‥最初に取り憑かれたのは与平さんのお嫁さんで、その息子、与平さんと身近な人がどんどん取り憑かれて行ったのね」 聞いた情報を纏めると村人は「そうそう」と頷いて返す。 「あの時は怖かったべー。うちの三軒となりが与平さんとこの家でな、嫁のシノさんが別人のようになってしばらくして死んじまった。したら、その息子がさらにおかしくなって死んで、次に与平さんだ。こりゃアヤカシにちげぇねえと、慌てて開拓者ギルドに依頼さだしたんだべ」 今思い出してもおっかねえ、と身震いする村人とそれを思い出したのか顔を青くして涙ぐむ村娘にロックオンが手を握って慰める。 「もうアヤカシは退治されたんだぜ。それに、お嬢さんは笑ってるほうが魅力的だ」 その言葉に「あらやだ」と顔を赤らめる村娘は恐怖を少し忘れたようで、隣で見ていた鈴菜が「うまいな」とつくづく感心する。 別の場所では、水奏たちが村長に詳しい話を聞いていた。 「取り憑かれた人はどんな風になったんです?」 竣嶽の問いに、当時のことを思い出した村長は難しい顔で語る。 「生肉をな‥‥血の滴る肉を貪り始めて、周りが止めても聞かんのじゃ。人相も別人のように変わって、人に噛み付いたり奇声を上げけたたましく笑ったかと思うと急に泣き叫んで‥‥。気が触れてしまったのかと思ったよ」 その様子を想像して水奏が痛ましい顔をする。 アヤカシに取り憑かれ内部から喰われていく、その肉体的及び精神的苦痛はいかほどのものだろうか想像もつかない。 「その与平さんが遺体で見つかった場所を教えてもらえますか?」 その場所は実際行ってみるべきだと紫翠が問うて、村長から詳しい場所を聞き出す。 「近隣の村や里で同じような被害があったとか、そんな噂を聞いたことはありますか?」 この村での被害がなくなっても、周囲の村にはあるかもしれないと水奏が問うと、村長は「そういえば‥‥」と考え込む。 「孫娘がのぅ、東房に嫁いだんじゃが‥‥。近くの村でうちと似た被害があったと言っておった」 3人は目配せしあうと、代表して竣嶽がその娘が嫁いだと言う村と近隣の村について詳しく聞きだした。 そして3班と2班は合流して与平の遺体があった、恐らく戦闘現場と思われる場所に向った。 周囲をくまなく確認したが、一年前であるし与平の遺体を荼毘に付すときに片付けたのだろう、手がかりや戦闘があった形跡は見つけられなかった。 それぞれ、慰霊碑のように花の供えられた岩に手を合わせ村に戻ると、村長が「与平の遺体を見つけたときに側に落ちていた」と折れた刀を渡してくれた。 ユンの父親の物か確認してもらうべきだとありがたく受け取り、一行は1班の待つ宿へと戻った。 ●父へと続く道 宿で落ち合った一行は、それぞれ村中歩き回り集めた情報を出し合い纏めた。 村長から預かった折れた刀をユンに見せたが、どうやら父親の持っていたものではないらしい。 「おとぅさんは扇と精霊の小刀を持っていたけど、この刀とは形も刃も違うのよ」 どこか安堵を滲ませたユンの言葉に、恐らくこれは父親と同行していた仲間の物だろうということになった。 退治に向った後、一人で戻ってきたのは居合わせた仲間が動けない状態だったのか、もしかしたら仲間の誰かが取り憑かれたのかもしれない。 そして、仲間を助けアヤカシを倒すために再び追っていったのだろう。 「取り敢えず、これで次の目的地は見当ついたわね」 薫の言葉に一行が頷く。 確証はないけれど、同じような被害が出たと言う東房の村に行ってみる価値はある。 そう合意を取った一行は、イリマ村での情報収集を終えた。 ユンは、まだまだ遠いが少しずつでも確実に父親の元に近づいている、そう思うのだった。 |