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■オープニング本文 「さて、困ったことになったもの」 己の根城である一室で脇息にもたれ、丸い眼鏡の凡庸そうな男が呟いた。 傍には墨を湛えた硯と料紙の散乱する文机、周囲‥‥というよりは部屋の中に散乱する書物や巻物の数は膨大なものだ。 その部屋の主の名は諏訪顕実、上忍4家のうち諏訪の一族を統べる人物である。 楼港にて賭仕合が行われることは、速やかに諏訪の流れを汲む里の者たちに知らされた。 慕容王の名で下されたそれは、これを期に北條を併呑せんとする諏訪流強硬派の勢いを削ぐものだった。 当事者以外への手出しは無用、違えれば掟を破った報いを受けることになる。 だが、全ての強硬派の動きを抑制するには至らないのもまた現状。 今回に限らず、過去の賭仕合で互いの代表を暗殺せしめんとする動きは常にあった。 もとより、強硬派の勢いを頭領である顕実が抑え切れなかった故に賭仕合にまで発展した。 「どの世界にも、愚か者はおりまするな。不本意ながら、我が一族にも‥‥」 部下にあたる者たちを抑えきれなかったことより何より、戦闘よりも頭脳を重視する諏訪流にそのような愚か者がいることが顕実は口惜しい。 ふう、とため息を一つ零して顕実は手元の書類に目を落とす。 古来より諏訪氏は情報収集や情報操作を身上とした流派である。 天儀の各地に散ったシノビたちからもたらされる情報は、余すことなく諏訪の耳に入っていると自負してもいた。 今回のことも誰よりも情報を手にしている筈なのだが、少々勝手が違った。 「‥‥慕容王の仰るとおり、妙な動きがいくつか」 書類には犬神の里長であった伊介の、身辺調査の結果が記されている。 一見、細部まで調べ尽くされた漏れのない記述に見えるが、諏訪の頭領として、多くの情報へ俯瞰的に接する事のできる顕実は、いくつか不自然に取り繕われた部分を拾い上げていた。 「これは、漏れか‥‥。否、隠されている」 伊介が最近接触した人物及び、傍に侍る部下や侍女の入れ替わりに怪しい部分がいくつか見られる。 特に、宿に拠点を構える直前に雇い入れたらしい側仕えの女に不自然な点がありすぎる。 伊介の行方がわからなくなった直後に暇願いを出しており、その足取りを追った者が死体で見つかったとある。しかし、精鋭と自負する陰殻の諜報員がそう簡単に遅れを取るはずがない。犬神の者達は朧谷の手先に違いないと息巻くが、彼女が雇い入れられたのは事件前の話だ。 草として埋伏させていたのだとしたら手際が良過ぎるし、辻褄が合わない。 どう考えても疑わしい。 それに加えて伊介の唐突に過ぎる変節、人間の仕業であると断言できない要素が多いのだ。 「そう言えば、先の緑茂の戦でも似たような事例がありましたね‥‥」 人を誑かし、心を操り内部から崩壊させんとした事件に関与していたというアヤカシの名はなんと言ったか。 顕実の脳裏には数多の情報が錯綜し、速やかに整理され組み立てられる。 「伊介が消息を絶つ前に滞在した場所は、根来寺にある宿‥‥。一定期間丸ごと借り上げていたというから、詳しく調べれば或いは‥‥」 情報を得る可能性に行き当たるが、その案はすぐに頓挫する。 賭仕合を前にして、相争う流派の上層である己が動くには様々な意味ではばかりがある。 下手をすれば戦況を左右したということで、制裁を受けることにもなるだろう。 「下手に動いて、痛くもない腹を探られるのは愚の骨頂。‥‥となれば」 顕実はおもむろに文机に向かい、筆に墨をしみこませ料紙になにやら書きつける。 書き付けた料紙は3枚。 2枚は陰殻のシノビならば普通に使う暗号文字、もう1枚は天儀共通の文字。 「いますか」 書き終えた文の墨を乾かし、几帳面に折り畳んで声を出せば先ほどまで誰もいなかったはずの障子戸の向こう側に影が現れる。 「これを慕容王及び北條頭領、李遵殿に。諏訪頭領から、内々の協力要請と伝えなさい。それからこれは、裏の仕事を負う開拓者に依頼を出すように」 そう言って障子戸を小さく開けば向こう側から手甲に包まれた手が差し出される。 頼みます、と告げれば戸の向こう側から「是」というくぐもった声が発せられ、一瞬にして気配が消える。 文を届けに走った配下を見送るでもなく、顕実は再び書類に目を落とす。 手の者が動けないならば、どの流派にも属さない開拓者を使えばいい。 陰殻は余所者には厳しい排他的社会だが、根来寺は唯一対外的に開かれた場所である。 故に開拓者でも上手く立ち回れば情報収集は十分こなせるだろう。 そして、賭仕合に対して二心がないことを示すため、こちらが調べようとする事象についてを慕容王と北條頭領にあらかじめ報せて根回しをする。 賭仕合に水を差すつもりはないという証立てと、集めた情報を提示すると明言しているので掟には抵触しないだろう。 「賢しげなアヤカシか‥‥。人とアヤカシ、どちらの知が勝っているか知らぬけれど‥‥必ずや炙りだしてくれよう」 頭脳で遅れを取るには己の自尊心が許さない、他でもない諏訪の名にかけて。 「ひとまずは、開拓者のお手並み拝見です」 呟いて、顕実は静かに目を閉じた。 |
■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
流星 六三四(ia5521)
24歳・男・シ
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●潜入作戦開始 「ふむ、思ったよりも人出は少ないですね‥‥」 根来寺に到着し宿を目指している大蔵南洋(ia1246)が街道を歩きながら呟く。 観光客向けの土産物屋の店員を呼び止めて、賭け仕合について問うた南洋は帰ってきた答えに言葉を詰まらせる。 「ここではないのですか。北面の、楼港‥‥なるほど。とんだ無駄足だ」 手練同士の戦いを見物できるかもしれないと思ったのに、と落ち込む南洋に店員は苦笑しながら落ち込みなさんなと元気付ける。 「仕方ない。ここまで来たのだから、話のタネになるような友人に勧められた宿の、良い部屋に泊まろう」 気を取り直した南洋を、店員が笑って見送った。 そして、落ち込んだ振りをした南洋は知り合いに勧められたという宿に向かって歩き出すのだった。 新しく旅籠を立ち上げる為に様々な宿を泊まり歩き市場調査をしている、という触れ込みの高遠・竣嶽(ia0295)は宿の番頭と相対していた。 「一番良い部屋に泊まりたいのですが」 「申し訳ありません。現在諸事情で使用できないのです」 使用できないと言われ首をかしげながら「何かあったのですか?」と問うが言葉尻を濁して答えてくれない。 そう簡単に聞き出せるとは思っていない竣嶽も、あっさりと興味を他に移す素振りを見せる。 「では、その次に良い部屋でお願いします。その分もてなしてくださると嬉しいです」 宿の経営についても色々勉強したいので、と続ければ番頭は渋々と頷く。 あまり喋りたくはないが、宿を構える場所が根来寺でないのと上客を逃がす手はないと思ったかどうか。 「では、店のものが部屋へご案内致します」 その言葉に竣嶽は鷹揚に頷いて部屋へと向かった。 斉藤晃(ia3071)は酒の入った瓢箪を道連れにした旅人を装って宿を目指す。 飲んだくれらしく、アチラコチラの店をふらふらと覗いて冷やかしながら目に入った茶店の軒先にある長椅子に腰をおろす。 「ちょっと一休みすっかな。おやじ、酒くれや」 店主はあいよ、と答えて盆に酒を出してくれる。 晃は差し出された酒を旨そうに呷っておかわりを要求し、ついでに小銭を握らせながら晃が問いかける。 「あの宿にとまろうと思ってるんやけど、なんぞ事件があったとか‥‥」 旅人ならではの興味本位、と言う風情に店員はしばし逡巡したが握らされた小銭は明らかに酒代よりも多い。 臨時収入に気をよくした店主は「漏れ聞いた話だから詳しくないんでやすがね」と前置いて耳打ちしてきた。 「ほほう、さよけ」 晃も興味津々と言う風にその話を聞き入って、いちいち驚いたり感心して見せたのだった。 派手な着物を纏ったブラッディ・D(ia6200)は、市女笠を被り遊女を装って宿の暖簾をくぐった。 「姐さま、お部屋を取ってまいります」 高級遊女の付き人を装った志藤 久遠(ia0597)が、荷物を抱えて番頭に歩み寄る。 「いいよ、久遠。私の方が交渉が得意でしょう」 婀娜めいた口調で久遠を押しとどめたDが番頭にツイ、と近寄る。 「中の上くらいの部屋を貸してくれる? ついでに、客を取るのもお目こぼししてくれるかい?」 もちろん、宿代に色はつけるからさぁ。と化粧で装った顔で甘い笑みを向ける。 最初のうちは難しい顔をしていた番頭だったが、宿の従業員ならお安くしとくからと言われて鼻の下を伸ばしながら了承した。 「姐さま、お仕事用にもう一部屋お借りしないと」 「ああ、そうだね。ねぇ、旦那さん。そういうわけだから二間続きの部屋にして」 すでにDの色香に篭絡している番頭は、二つ返事で請け負ったのだった。 部屋に通された久遠は荷物を置いて、化粧道具や衣装を並べ始める。 「ブラッディ殿‥‥」 呼びかけた久遠の唇にDが指を押し当て「その呼び方はだめ」と笑う。 「久遠は俺‥‥じゃない、私の世話係でしょ。そういう態度と呼び方はダメ」 「すみません‥‥。あの、お化粧なおししましょうか」 その言葉に、Dは嬉しそうに頷く。 「うん、髪も結い直して。気の進まない仕事をする前に、久遠にいっぱい触ってもらっとこう」 女の武器を行使しようとするDの気が少しでも軽くなるように、久遠は精一杯の笑顔を向けて接することを心がけた。 「顕実様に活躍を見せて、諏訪の中で成り上がる好機!」 そんな野心も意欲も旺盛な流星 六三四(ia5521)が宿に訪れて開口一番に宿の従業員達に明言したのは己が開拓者ギルドからの依頼でやってきたと言うものだった。 余りの直球に、一同が唖然とするのも構わず「ま、一つ一つ!」と持参した高級和菓子を配って回る。 胡散臭いものを見る視線に気づいているのかいないのか、脇の甘そうな‥‥ぶっちゃけ使えなさそうな人物に見える。 実際宿の者は、六三四はズッコケ調査員だと判断したようであからさまな渋面で「宿代は払って下さい。従業員の仕事を邪魔しない事と、宿泊客に迷惑をかけないことが条件です」と念を押された上で滞在を許された。 宿代に見合った部屋に案内され、用意された座椅子に腰を落ち着けた六三四は手帳を取り出してメモを取り始める。 「お菓子を受け取らなかった奴はいない、と。結構てごわいやね」 正面突破のようなやり方が通用するとは思っていない。 自分が目立って警戒されることによって、他の仲間が確実に情報が得られるならば良いと六三四はにやりと笑う。 自分は旅の詩人だと言う典雅な風貌をした詐欺マン(ia6851)は、宿の受付係に食って掛かっていた。 「なぜ賭け仕合を見れぬのじゃ! なんと、楼港とな!? ‥‥はぁ、詩のネタになると思ったに。まあよい、代わりに宿と面白いネタを所望する」 従業員も困った様子で答えているが、面倒事に巻き込まれたくないとばかりに仲居に詐欺マンを部屋へ案内するよう指図した。 「ほう、仲居殿。案内がてら、まろは詩のネタになりそうなオモシロフシギ話を所望するぞ」 去っていく典雅な詩人を「やれやれ」と見送って番頭は順番待ちをしている客人に向き直る。 「おまたせいたしました。お泊りで?」 旅装束の男は、頷く。 「俺も、賭け仕合を見に来たんだけどねぇ。ついさっきそこの店で勘違いを指摘されてね。いや、恥ずかしいね」 どこも似たような人がいるもんだ、と笑って記帳するのは九法 慧介(ia2194)である。 先程の詐欺マンは結構長時間番頭に食って掛かっていたので、宿に入るには少し遅めの時間である。 「最近そういうお客様が結構多いですよ」 慰めるような言葉に乾いた笑いを返して慧介は、部屋を指定する。 「普通の部屋がいいんだけど、やっぱり気分だけは豪華に行きたいんだ。窓から豪華な部屋が見えるところとかあるかい?」 番頭にそれなら桂の間が良いでしょうと言われ「じゃあそこで」と首肯した。 そうやって、情報収集の依頼を受けた開拓者たちは概ね首尾よく宿に潜り込むことに成功した。 ●潜む者を炙り出せ! 「そのようにして従業員を教育するんですか。では配置換えなども?」 宿を営むことへの情報収集に余念がない竣嶽は、大真面目に従業員に話を聞く。 時折気になった部分を突っ込んでは、この場合はどうだ、こっちはこうだなどの情報を引き出して行く。 「そういえば。最近、上級仲居のミギナの仕事が悪くて、そろそろ配置換えされそうだね」 ふと、仲居の一人が口を滑らせる。 「こら、そういうことはお客様の前でいっちゃダメだろ」 同僚に窘められて焦る仲居に竣嶽は、聞かなかったことにしますと笑う。 そこに、同じ階に宿泊している南洋が通りがかる。 廊下で話し込んでいたため、仲居が慌てて脇に避けて頭を下げる。 「いや、邪魔をして申し訳ない」 済まなそうに通りすぎようとしたとき、竣嶽が手にした紙がはらりと落ち南洋の足元に落ちたので自然とそれを拾い上げる。 「あ、すみません」 差し出さされた紙を受け取り礼を言うと、いやなにと返される。 「しかし、ここは良い宿ですね。次は一番良い部屋にぜひ泊まりたい」 酒も料理もうまいと上機嫌の南洋に、同じ階ゆえ接客係となる仲居達は「恐れ入ります」と頭を下げる。 「ちょっとした勘違いでしたが、来た甲斐があった」 「ほう、どんな勘違いで?」 同じ階に逗留していると言う気安さから竣嶽が問うと、南洋は恥ずかしげに頭を掻きながら己の勘違いの顛末を話す。 仲居たちもその話は聞いているのだろう、笑いながら合いの手まで入れてくる。 盛り上がる会話の端々を、二人の客が心に留めているのに気づかないまま‥‥。 「仕事も良いけど息抜きでもしたら?楽しませてあげるから」 艶っぽい笑みで休憩中の従業員を客に取ったDが別室で体を張った情報収集をしている間、久遠も出来る限り情報を得ようと仲居達に話しかける。 「あの、姐さまが迷惑をおかけしておりませんでしょうか」 宿で客を取れば、男は喜ぶが女はいい顔をしない。 それを心配する素振りで仲居に問えば、思いのほか親しげに接して貰えた。 「大丈夫よ、貴方のご主人様よりも前にお大尽のお付きで来た側女が最悪でさ! 良人がいる人にまで手を出して、顰蹙だったのよ。そりゃ人とは思えないくらい綺麗だったけどさ!」 妬心も混じった仲居の口はよく滑り、思いのほか情報を得ることができた。 褥では口が軽くなると殊の外調子の良さそうな男を寝所に引き込んだDは、ちょっとうんざりした風情で男に問う。 「一階の方が騒がしいけど、何かあったの?」 聞けば、開拓者ギルドからの依頼で情報収集に来たと言う男が色々聞いて回っているらしいと言われる。 「厄介なことにならないでしょうね」 しなだれかかってくるDに男は気を良くして、己の知っていることをあれこれ口に出す。 「ちょっと前に宿を貸しきっていたお大尽がゴタゴタ起こしたからな。お大尽に興味はなかったが、側女の女が綺麗でなあ。あんたもいい女だが、あっちはゾクッと来るほど妖艶でな。トウタがころっと参っちまって、今も仕事が手に付かないくらい御執心さ」 「へえ、私よりいい女ってのは、聞き捨てならないね」 演技とはいえ内心うんざりしながらも、得た情報の分だけ働くべくDは男の首に腕を回した。 「気をつけろや」 「おっと、失礼しつれい!」 酒瓶片手にフラっと歩く晃に手帳になにやら書き込みながら歩いていた六三四がぶつかる。 謝る六三四に晃は鷹揚に頷いて酒を呷りながら廊下を歩いていく。 途中、仲居に「歩き飲みはおやめ下さい」と窘められて。 「酒かぁ、いいなあ。俺も仕事じゃなければ‥‥!」 六三四は風呂にいくかー、と手帳を懐にしまって反対方向に歩いていく。 あまりに自然で、あっという間だったため居合わせたものは誰一人気付かなかった。 ぶつかった拍子に、二人が折りたたまれた料紙を交換していたことなど。 そして、それぞれ誰もいない場所でそれに目を通して、次の相手へと回ることも。 その料紙にはこう書かれていた。 ――竣嶽より、上級仲居ミギナに怪しい変化ありとのこと、注意されたし。 ――Dより、上客向け配膳係トウタが操られている疑惑あり、要注意。 人知れず、それを受渡された詐欺マンは、日がとっぷりくれてから行動を開始する。 「まろは、夜型人間じゃ。夜の方が良い詩が浮かぶのじゃ」 そう言ってうろちょろしながら、珍しい置物や家具に目をつけ従業員を捕まえ話を聞く。 夜なので静かにと、注意されたが大声を出したりはしていないと押し通し真夜中の散歩と洒落こんでいる。 これも三日目となれば、従業員達も諦め気味で見送る。 詐欺マンは即興で詩を詠みながらそぞろ歩き目的の人物を見つけた。 ほぼ同時刻、窓から伊介が滞在したと言う部屋に怪しい影を見た慧介もそれを追ってそっと部屋を抜け出した。 仲間から回ってきた情報とは別に、慧介自身従業員から伊介の側に侍っていた女について聞いていたため夜ごと伊介の部屋を監視していた。 その人影は女で、人目を気にするようにキョロキョロと周囲を見回して裏口から外へと出て行った。 慧介はそれを追おうとして、単独で動くのはいかがなものかと逡巡する。 夜も更けた時刻、人気がないとは言え仲間の部屋を訪ねるのもまずいと思う慧介の背中とポンと叩いたのは、相変わらず酒入り瓢箪を担いでいる晃だった。 詐欺マンは、人目を避けるように移動している男を追いながらそれが件のトウタであることを確認する。 尾行する詐欺マンの隣には、怪しい人影を見咎めて窓から飛び出て来たと言う久遠と彼女の背中に張り付くように抱きついているDがいる。 呼子笛を使わずとも仲間は来ているようだった。 トウタは裏口付近で出てきたミギナと合流して、宿の裏道を歩き始める。 しばらくして、裏口から出てきた晃、慧介も三人と合流し後を追う。 「あの二人、刃物を持っておる」 「命を絶って証拠隠滅か、笑えない」 詐欺マンとDの言葉に、一同はその前に捕獲してしまうことにした。 「あの先にゃ、ちょいと深い池があるそうだ」 従業員から聞いたと言う晃に、急がないとまずいですねと久遠が答える。 歩みの早い二人を、急ぎ足で追いかけた5人は池の側で揉める声音を耳にする。 池の側には、追いかけていたミギナとトウタ‥‥そして、二人を押しとどめようとしている六三四、竣嶽、南洋の姿があった。 どうやら、三人は予め先回りしていたようだ。 「おとなしく縄にかかれば、手荒な真似はせん」 刀を構えた南洋の言葉が耳に入っているのかいないのか。 茫洋とした目つきの二人は、周囲を取り巻くように布陣した開拓者一行を見回し、互いに目を合わせ頷いた。 「やばい、二人を抑えろ!」 おもむろに取り出した刃物を、開拓者でなく己に向けて突き刺そうと動くのに六三四が早駆けで飛びかかりミギナを押さえ込む。 トウタの方も詐欺マンと竣嶽が手を伸ばしたが、すんでで間に合わなかった‥‥。 「ぐ‥‥ごふっ‥‥こ、よう‥‥き、‥‥さま」 事切れる寸前、最期に漏らされたトウタの言葉を耳にした開拓者一行は、顔を見合わせる。 「こようきさま‥‥って、狐妖姫のことかえ」 「ビンゴだね。ミギナを引渡そう」 当て身で気を失わせて、自決しないよう猿轡をかませ縛り上げたミギナを見下ろして慧介が呟いた。 ●暴かれた片鱗 次の日、開拓者一行は怪しまれないようそれぞれ宿を引き払った。 トウタの死体が池の畔で見つかったことで宿はドタバタしていて、怪しまれることは無かった。 側に落ちていたミギナの着物から、心中を図ったらしいと推測され池をさらってミギナの死体を探しているようだ。 だが、既に開拓者達がミギナを顕実のもとに身柄を引渡した後だった。 「吐きましたか」 「是。自我は取り戻しておりませんが、誘導尋問が効きました」 書物に目を落としたまま顕実が唇を引き上げる。 「開拓者もなかなかやりますね。さて、次なる目的地は楼港です」 |