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■オープニング本文 開拓者が集う都、神楽の都。 ギルド内部では今日も今日とて雑多な依頼の山でごった返している。 やれ「逃げ出したペットを探してくれ」との依頼から「強力なアヤカシを退治してくれ」といったような依頼まで。 ひっきりなしに襲い来る有象無象の依頼の嵐に、しかし受付のカウンターに立つ少女は臆する風もなく流麗な事務対応でそれらを捌いてゆく。流石は王朝直属の組織たるギルドの職員である。 さて、そんなギルドで何か興味を引く依頼はないものかと張り紙を物色していたあなた。 その後ろを、一人の男性ギルド職員が早足で通り過ぎようとして、つと立ち止まる。 気配を感じ、何とはなしに振り返ったあなたに、職員は人懐っこい笑顔を浮かべて語りかけた。 「ご依頼をお探しのようで。よかったらお世話致しましょうか?」 依頼なら壁の張り紙にこれでもか、とばかりに掲示してあるのにわざわざ話しかけて来た理由が分からなかったが、特に断る理由もなかったので話を聞くことにする。依頼内容の文字を追うのにも少し疲れ始めてきたところである。 「えーとですね、ホラこれ。人々に害を成すヤツらの討伐の依頼です」 手に持っていた依頼書を見せながら言う。 アヤカシ討伐の依頼か。と、あなたは思うが―― 「迅足の刃暮。コイツは開拓者くずれのシノビなワケです。それなりに手練れなワケです」 なるほど。 わざわざ依頼を振ってきた理由が解った。 討伐する相手は、アヤカシではなく、人間。 いくら悪人とはいえ、討伐――つまり殺さなければならないのなら、誰もが敬遠したくなる依頼だ。 戦いに慣れた開拓者とて、やはりアヤカシを相手にする場合とでは、討伐する際の心持ちが全く違ってくる。 かといって、面と向かって依頼を紹介された上で断るのでは臆したような格好になってしまう。 「注意しなければならない事はですね、この男、逃げ足がとても速くてですね、討伐側の戦力が多くて敵わないと見ると、戦う前からささッ、と逃げ出したりするワケです」 まだ返答してもいないのに、かなり具体的な説明まで始める職員。 「つまりですね、逃げられないよう上手く相手を誘い出しつつ、しかも気取られないように退路を絶って、確実に仕留めるような戦い方が求められるワケです」 罠に嵌ったような気分になりながら、軽い溜め息をつく。 やれやれ、どうしたものか。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
夜魅(ia5378)
16歳・女・シ
鷹碕 渉(ia9100)
14歳・男・サ
鞘(ia9215)
19歳・女・弓
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
小星(ib2034)
15歳・男・陰
天笠 涼裡(ib3033)
18歳・女・シ
牧羊犬(ib3162)
21歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●囮班 森を横切る街道を、商人の風体をした一行が歩いている。 数は3人。いずれも若者である。 「志体持ちの野党か‥‥‥‥‥‥‥厄介なものだな」 その一行の内の一人、サムライの鷹碕 渉(ia9100)が呟いた。相手も剣を手にする者である以上、斬る事自体に迷いは無い。悪人であるなら尚更である。 しかし、今回の相手は志体を持つ人間。人としての知恵や経験を備え、習性を知る今回の相手は、或いはアヤカシを相手にするよりも厄介かもしれない。 「まあ志体持ちというなら、こっちだって同じさ。万一戦いになったとして、こちらも滅多な事では遅れは取ったりはしないよ。渉ほどの剣腕の持ち主なら尚更ね」 陰陽師の五十君 晴臣(ib1730)が気さくに声を掛ける。この3人の中では最年長となる彼らしい、落ち着いた物腰である。 「ただ問題は‥‥」 「ええ、相手がこちらの誘いにうまく乗ってくれるかどうか、ですね」 そう言葉を継いだのは、シノビの夜魅(ia5378)。 相手は臆病とも言えるほど慎重な性格であると聞いている。そして、『迅速』の異名を取る程の逃げ足の速さ。 「私もシノビである以上、足には自信があります。しかし、相手も志体持ちのシノビなら相手の脚力が勝る可能性は高いでしょう」 冷静な分析を下す。自身の力量を過信せず、かといって過小評価もしないこの性格が、彼女の強さのひとつでもある。 森の街道の道程も、既に半ばに差し掛かっていた。 ●後詰め班 その一行から遅れる事300メートル程の場所で、3つの人影が森の木々に隠れながら移動している。 前方の3人が襲撃されたら、相手の退路を断つと共に、取り囲む役である。 「開拓者くずれ、か。開拓者は仕事さえ選ばなければ食いっぱぐれることは殆どないと思うんだけど」 辺りの気配に気を配りながら、弓術師の鞘(ia9215)が、ぼやくように言う。 「悪いことしちゃダメですよねー」 そんなぼやきに、シノビの天笠 涼裡(ib3033)が答える。どこか気だるげな、間延びした口調は性格によるものらしい。 「まぁ何事にも馴染めない人間はいるってことかな」 才能を持っていても、いや、或いは才能を持っているからこそなのか、普通の社会に馴染めない。そんな人間はいつの時代も居るものなのだろう。 「如何な才を持ち合わせようと、賊は賊。力を持たぬ弱き者を獲物とする様な卑劣な輩は、義の下に許す訳には参りませぬ‥‥」 強い意志を込めた声でそう言い放ったのは、泰拳士の秋桜(ia2482)。 3人の中でも最も背が低く、なぜか女中の服を着用――といった容姿でありながら、不思議な信頼感を漂わせている。 涼裡と鞘は同意を示す頷きを返し、再び遠く前方の囮班3名に視線を向けた。 間もなく、襲撃が予想される地点の内のひとつに差し掛かろうとしている。 ●先行班 一方、囮班の更に前方では、2人の斥候役が先行していた。 「臆病な動物を追うのは牧羊犬の仕事だが‥‥鼠を追うのは初めてだ」 木々の影で気配を殺して周囲を伺いながら、犬の神威人であるシノビの牧羊犬(ib3162)が、独りごちるようにいう。 その背後で、同じく気配を殺していた陰陽師、小星(ib2034)の足元に、一匹の野ねずみが這ってきた。 「かかりました。この先の襲撃予想地点に2人。さっき斥候役が2人戻ってきたから、合計4人ですね」 野ねずみの式を通して得た敵の情報を、牧羊犬に伝える。更に、野ねずみの式が後方の囮班へ警戒を伝える為に走り出した。 さて、これで準備は整った。 あとは、作戦の成功に全力を注ぐのみである―― ●作戦開始 「‥‥! 最近噂の盗賊っ? やめてください!」 街道に声が響いた。 森の影からぞろぞろと現れた男たちの一人に手首を掴まれた、夜魅の声である。 「へへッ! 女の細腕でほどけるモンかよ」 手首を掴んでいる男は余裕の表情である。背丈は夜魅よりも頭ひとつ分以上高い。 「身体つきは貧相だが、ツラは中々のモンだ。結構な高値で売れそうだぜ」 別の男が動けない夜魅を見ながら、下卑た言葉を浴びせかける。 一方、へっぴり腰で逃げ出そうとした渉の前を、更に別の男が立ち塞がった。 風体からして、この男が一団の頭と見える。 「お坊ちゃん、女の子を置いて逃げ出すたあ、関心できねえなあ?」 童顔の渉を完全に見くびっているらしい。 その男の前に、晴臣がずい、と進み出た。 「盗賊風情にくれてやる品はないよ、あんた名の有る盗賊なのかい?」 「ほう。お前は中々度胸があるみてえだな。だが俺様の名を聞いて驚け。この俺が、かの悪名高い『迅速の刃暮』様だ!」 声も高らかに宣言する男の背後で、その取り巻きらしき線の細い手下が、 「いよッ! 親分!」 などと囃し立てた。 「そうか、あんたが刃暮か。ならば尚の事、品は渡せないね」 晴臣が懐から符を3枚取り出す。 それらは白い尾長の隼へと変化し、賊達に襲いかかった。 「なにッ!?」 晴臣の式たる白い隼は激しく羽ばたきながら足の爪で掴みかかり、刃暮らの動きを阻害する。 奥では、先刻の取り乱した様子とは打って変わり氷のように表情の消えた夜魅が、自らの腕を掴んでいた手下の手を逆に捻り上げている。 「では‥‥反撃といきましょうか」 ●急転 「この野郎ッ!」 男の一人が、術を発動させている晴臣に向かって突進した。しかし晴臣はもう一方の手でもう一枚符を取り出し、向かってくる男に振るった。 符が鎌を備えたイタチに変化し、男を斬り刻む。 「うおおおッ!!」 刃暮を名乗った男が腰の刀を抜き、眼前の渉に斬りかかる。人を斬る事に慣れた、速く鋭い斬撃だった。 が、それも虚しく空を切る。 渉の刀が、刃暮の喉笛をあっさりと刺し貫いていた。一切の無駄、そして容赦も迷いも感じさせない、流麗にして冷徹な刺突『直閃』であった。 夜魅もまた、捻り上げた手下の首に苦無『慚』をあてがい、躊躇いも無く引く。 あと一人―― 残っていた最後の一人、線の細い手下が逃げ出そうと走りだしたその時、3人は誤算に気付く。 こいつ――疾い!? ●刃暮 (志体も持たない出来損ないだが、捨て駒程度の役には立つもんだ) ほくそ笑みつつ、刃暮は『早駆け』を用いて疾走していた。 確かに襲撃時点では刃暮もこれが罠だとは気付いていなかった。 故にまんまと引っかかってしまったわけだが、念の為、事前に『ちょっとしたおふざけ』と称して手下に刃暮であると名乗るよう仕向けておいたのが功を奏した。 こんな口車で乗せられるような低脳だ。死んだ所で誰も困らない。 そう。俺は他のクズどもとは違う。志体を持っている優れた人間であるにもかかわらず、他人に犬のように尻尾を振ってじゃれあっている開拓者共とも違う。 利用できるものは利用する。 何にも縛られず生きる俺は、自由だ。 そんな事を考えながら、風をも追い越さんばかりの速度で走る『迅速の刃暮』。 その目前に突如巨大な岩が落下し、行く手を遮った。 「うおッ!?」 小星の式『岩首』によって一瞬、速度を緩めた刃暮に、『早駆け』を用いた牧羊犬が飛び掛かる。 「くそッ! この牝犬が!」 飛びつかれ、もがきながら喚く刃暮。その手には既に刃が抜き放たれ、牧羊犬の体に幾つかの傷が走っていた。 ――牝犬? はは、違いない。 牧羊犬はそれでも、一歩も怯まなかった。刃暮にしがみついたまま、呼子笛を吹き鳴らす。 刃暮がようやく牧羊犬を引き剥がした、その次の瞬間――その両足に、矢が突き立った。 鞘の放った『即射』、それに次ぐ『瞬速の矢』である。 囮班から更に後方にあった後詰め班と、いま先行班が刃暮を足止めしている場所までは、かなりの距離が開いていたはずだった。 本来なら、追いつくまでに逃走を許してしまったかもしれない。 しかし、事前に刃暮の風体について情報を仕入れていた為、この線の細い男が本当の刃暮である事に唯一気付いていた彼女は、いち早くこの場所で『埋伏り』を用いて刃暮を待ち伏せていたのだ。 相手を弓術士と見て間合いを詰めようとする刃暮。流石は志体持ちと言うべきか、両足を矢で貫かれているにも関わらず驚くべき速度だった。 しかしそこへ『早駆け』で割って入り、『刹手裏剣』による『打貫』を打ち込む涼裡。 本来なら難なく回避し、反撃すら返していたであろう刃暮だったが、間髪入れずに襲い来る連携に窮したのか、躱し切れない。 飛来する涼裡の『刹手裏剣』を、なんとか自らの苦無で弾いた刃暮に、大きな隙が生じた。 そこへ『瞬脚』を用いた超高速で間合いを詰める秋桜。 その突進の勢いをそのままに、最速、最大火力の三連撃『泰練気法・弐』を刃暮に叩き込んだ。 精緻なる三連撃が刃暮の急所を捉え、彼はその場に崩れ落ちた。 ●終幕 笛の音を頼りに、囮班の3人が駆けつけた時には、刃暮は既に虫の息だった。これではもう、街に連れ帰るまで保たないだろう。 息苦しさから生じる喘ぎ声。 その目には、もはや生気が宿っておらず、意識が在るのかさえわからない。 「因果応報、というものですよ。やりすぎでしたね」 刃暮を見下ろし、夜魅が静かに告げた。そこには、蔑みも憐れみも含まれてはいない。 それが、自由と呼ぶものの代償――その為に仲間を捨て駒にし、見殺しにした結果、たった独りで戦う羽目になったのだから。 もはや苦しみの内に死を待つだけの刃暮に、小星が静かに歩み寄った。 腰の刀を抜く。 「同じ人間を討つことに苦さを感じないわけじゃない‥‥だが同じ開拓者だからこそ、これ以上野放しにはできない」 刀を地面と垂直になるよう下に向け、心臓を刺し貫く。 介錯という名の慈悲を与えらた刃暮は、一瞬だけ生気の宿らぬ目を剥いた後、やがて苦しむのを止めた。 ●エピローグ 既に陽が傾いている。 斜陽の赤に包まれた森の街道の片隅に、粗末ながらもまだ新しい墓が並んだ。 小星と涼裡が作ったものだった。 「こういう仕事、割り切ってやり過ぎると殺生に淡白になっちゃいそうなんでー」 作り終えて、涼裡は仲間たちに言う。相も変わらず気だるげな口調だが、そこには微かな憂いが含まれているのが分かる。 秋桜と晴臣が、近くで摘んできたのだろう花を一輪ずつ、それらの墓前に手向けて、手を合わせた。 その様子を静かに見ていた渉。彼にも何か思うところがあったのだろう。じっと墓を見つめてから、眼を閉じる。自らの胸の中に去来した何かに納得し、それを受け入れるかのように。 魅夜もまた、黙ってその様子を見守っている。 牧羊犬は、時折そのスレンダーな後ろ足を伸ばして耳の後ろを掻きながら、躰のあちこちに付けられた手当済みの傷を静かに舐めていた。 依頼はひとまず成功といえた。しかしそれを歓喜をもって迎える者は居ない。 解っていても。 覚悟していたとしても。 こんな気持ちになる事は、避けられないものなのだろう。 人は、アヤカシとは異なるモノだ。 何処か遠くの茜空で、カラスが鳴いている。 木々の合間を縫った先に見える山々の間に、間もなく夕陽が沈もうとしていた。 |