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■オープニング本文 剣を振るっていた。 ただひたすらに、剣を振るっていた。 焼け落ちる家々。 馬の嘶き。 人々の悲鳴。 血の匂い。 血の匂い。 ここは戦場だ。戦場なのだ。 だから、向かってくる者は、斃さなければならない。 物陰から、少年が農具を槍に見立てて突進してくるのが見えた。 剣を跳ね上げざまに農具の先を払い、返す刃で袈裟斬りにする。 断末魔の悲鳴と共に、少年は即座に物言わぬ骸へと変わる。 もはや体が憶えている剣技だった。目を瞑っていてさえ、相手を斬れる。 何度も何度も反復し、長い修練の時を経て体に覚え込ませてきたのだ。 ――なんの為に? 決まっている。 騎士の剣は、弱き者の為にある。 その誇りと正義は、弱き者を守る為に。 ならばたった今、弱き者を屠った剣は、誰が為の剣だろう。 ――信じていた。 騎士たる者の誇りは此処にあるのだと。 自らの誇りと正義に殉じ、剣を振るっているのだと。 そう、信じていた。 ふと目を落とす。 剣を握る手が、赤黒く染まっていた。 それが自分の手であると認識するのに、数秒。 男は絶叫した。 ◆ ――目を覚ます。 窓から差し込む朝の光が、酒瓶やら洗っていない皿で雑然と散らかった部屋を照らし出している。 体は汗でぐっしょりとしていた。 (またあの時の夢か――) あれはもう、もう何年前の事になるだろう。 思い出せない。 時間の感覚が、現実と乖離してしまったのも、あの時のからだ。 (あの事件――) 不意に、吐き気を覚える。 そのままベッドから飛び降り、洗面台に向かって走り、そこで吐いた。 肉体が、『それ』を思い出すことを拒否している。 頭もひどく痛むが、それがあの時の事を思い出そうとしたせいなのか、それとも昨夜の酒のせいなのかは分からなかった。 目の前の鏡に映る、自分の顔。 一切手入れしていないボサボサの茶髪に無精髭。 眼は虚ろ、廃人の眼だ。 ふらふらとした足取りで洗面所を離れる。テーブルに近づき、その上の酒瓶を掴んだ。中身はまだ3分の1ほど残っている。 彼はコルク栓を前歯で咥えて外し、それを部屋に吐き捨てる。そのまま、ぐい、と瓶の中の酒を呷った。 ――俺は何故生きている? 常に頭の中を這い回っている疑問。 しかし、さっそく訪れた甘い酔いの感覚が、すぐにその言葉を薄めていった。 ◆ 「この部屋で間違いないわね?」 女が傍らの男に尋ねた。 赤毛の女で、高級そうな外套を身に纏っている。 「ご苦労様。貴方は外で待っていて」 傍らの男にそう告げた後、一人でドアに近づいた。 ドアをノックする。 しばらくしても、中から返事は聞こえてこなかった。 女は迷わずドアを開けた。 室内では、男が窓際に腰掛け、酒を呷っていた。 「何だ‥‥お前」 気だるげな声と虚ろな視線が女に投げかけられた。 「ひどい部屋ね」 女は平然と言い放い放ちながら、部屋へ足を踏み入れる。 「かつての騎士様の部屋とも思えない」 「何だ、お前」 男の声が、先程より少しだけ覇気を帯びたようだった。 「3年前のあの作戦で、軍を追放されたそうね。それで自暴自棄になっているのかしら?」 「出て行け‥‥」 立ち上がり、男はゆっくりと女の方へ足を進めた。 体中から、剣呑な気配が滲み出ている。 不意に、女の腕が動いた。 男の方に、まっすぐ手を伸ばしている。 その手に、銃が握られていた。片手で扱うタイプのものだ。 「最近は物騒だから、こういうモノも持ち歩いているの。私は剣は使えないけれど、これがあれば指先一本で貴方を殺すことだってできるわ」 男が足を止めた。しかし、自身に向けられた銃口に怯えたり狼狽している様子はない。 「それがどうした? 撃ちたければ撃つがいい」 酒に酔ってはいた様だが、男の虚ろな目に僅かな正気が残っているように見えた。 「そうね。こんなモノ、貴方に向けても無意味だわ」 女が銃を降ろす。 「何故なら、貴方にはもう――何も無い。名誉も、思想も、命すら置いてきてしまったのでしょう? 3年前の、あの村に」 「‥‥」 男は沈黙していた。 「貴方にやって貰いたい仕事があるの。協力してくれないかしら。あなたにもう一度、生きる理由を与えてあげる」 「俺は‥‥」 男の手が震えている。 彼はあの事件以後、剣を握る事が出来なくなっていた。人を斬る感覚を、記憶と肉体が拒絶するのだ。 「俺はもう剣は振るえない。賜った剣も、全て売った。俺はもう‥‥」 「知っているわ。剣が振るえないなら、引鉄を引けばいい」 女は目の前にあったテーブルの上に、手に持っていた銃をゴトリ、と置いた。 「貴方があの過去を清算したいと望んでいるなら、私に協力しなさい。どうせこの部屋で酒に溺れながら無為に死を待ってるだけの命だもの。もう一度、何かの目的の為に使ってみるのも悪く無いのではなくて?」 「お前は一体、何者だ。軍の関係者か?」 「ミレディ・フォーンという者よ。軍の人間ではないけれど、商売上、無関係ではないわね」 ミレディ、というその名に、男は聞き覚えがあった。 「ミレディ‥‥『フォーン商会』の‥‥元締めか」 「あら、まさかご存知だとは思わなかったわ」 フォーン商会。剣や銃器といった武器を中心に開発、販売を行い、主に軍に卸している企業である。 つまり、このミレディという女は武器商人という事になる。 「商人のお前が、何故こんな事をする?」 「言っておくけれど、私はあの事件とは無関係よ。私にとって、これはあくまでビジネスなの。貴方が動くことで、私の会社に利益が生まれる」 「俺を利用する気か」 「協力よ。お互いにとって利益になるなら手を結ぶ。これもビジネスの基本よ」 そういって、女は入り口のドアへ向かって踵を返した。 「2日後にもう一度来るわ。それまでに答えを決めておいて頂戴。そこで色良い返事を貰えなければ、以後二度とあなたに干渉しない。いいかしら?」 「‥‥いいだろう」 「それでは、失礼」 女がドアから出て行く。 男はしばらく部屋の中で立ち尽くしていた。 やがて部屋の中央にあるテーブルへ向かって歩き出した。 「過去の、精算か」 テーブルの上の銃を手に取る。 手は震えていなかった。 ◆ ――半年後。 街や軍の間で奇妙な噂が流れ始める。 西方で起こる少数部族の反乱が、にわかに勢いづいているらしい。 それまで各地まとまりなく、無謀とも言えるゲリラ戦を繰り返していた反乱勢力に、戦術的な統制が見られ始めたと言うのだ。 この事態に軍は、開拓者ギルドに討伐を依頼するが、驚くべき事に、彼らは一人として帰ってこなかった。 軍は再び開拓者ギルドに依頼を行う事にした。 討伐作戦に参加した開拓者8名が失踪した地域へ赴き、彼らの生死を確かめる事。 また、可能であれば、反乱分子がここ最近、かつてない戦力を得始めている原因を調査する事。 それが、あなたが軍の士官から説明された依頼の内容だった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
氷(ia1083)
29歳・男・陰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
鴇閃(ia9235)
21歳・男・シ
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
久悠(ib2432)
28歳・女・弓
煤暮 三ッ七(ib3747)
30歳・男・騎 |
■リプレイ本文 なだらかな台地のあちこちに農作物を収蔵する為のサイロ、村の中心にはゆっくりと回転する大きな風車が見える。 農作業に従事する人々。 木の柵に囲まれた中で、悠々と草を食べる家畜。 レンガ造りの工房で各々の作業する職人たち。 適度な活気と、長閑さに満ちている。一見して、ここに住む人々が帝国に叛意を抱いているようには見えない。 実際、この土地で暮らす人々の多くには剣呑な雰囲気は感じられず、外部から訪れた人間に対する態度も柔らかい。 「この辺りでは、俺達みたいな天儀人ってやっぱり珍しいですよね?」 菊池 志郎(ia5584)がそう尋ねた相手は、自分たちが泊まった宿の女主人である。 彼女はそうでもないよ、と答えながら食事を運んで来る。 辺境にあるとはいえ、この村周辺で産出する豊富な資源の取引を求め、各地から訪れた商人が逗留する事は珍しくはないらしい。 実際、彼らの他にも数人、商人と思われる人間がこの宿に宿泊しているようだった。 「帝国の統治下に入ってからは以前にも増してアンタらみたいな商人との交流が増えた。おかげでアタシらなんかは少しだけ生活が良くなったけどね。ただ‥‥」 そこで、女主人は表情に憂いを浮かべて言葉を途切れさせた。 「ただ‥‥?」 菊池の護衛(を装った)、柊沢 霞澄(ia0067)が女主人の次の言葉を促すように訊ねる。 半分はジルベリア人の血が流れている彼女にとって、帝国支配がもたらす各地への影響は依頼の件を抜きにしても気になるところだろう。 「ただ、ここに住む人の中にゃ帝国に未だに統治されるのを認めないって人も多いよ。何しろ、先祖代々自分たちの手で守ってきた土地だからね」 実際の所、帝国に恭順した結果、それまでの伝統や生活を手放すことを余儀なくされた部族は少なくない。もっと実際的な問題として、生活が苦しくなった者も。 より大きなものの支配を受け入れる事が、必ずしもそこに住む人々に歓迎されるわけではないのだ。 「だから、帝国との諍いはしょっちゅう起きてるよ。この間だって大きな衝突があったみたいだしね」 柊沢と同じく菊池の護衛兼商人見習い(を装った)久悠(ib2432)が、密かに眼を光らせる。 「こっちに行ったらまずいっていうのありますか? 襲われたら怖いし」 すかさず、菊池が女主人に尋ねた。 「そうだねえ‥‥。この集落の東側の谷。あの辺には行かない方がいいと思うよ。その大きな衝突が起こったってのがそこさ」 ◆ 菊池らから情報を得て、煤暮 三ッ七(ib3747)は、最近大きな衝突があったという、集落の東側の谷を調査していた。 周囲を見渡してみる。谷の周囲はまばらに不揃いな岩場が並び、更にその奥は木々に囲まれている。 伏兵が身を伏せる場所には事欠かないだろう。 (成程、こりゃ複数に弓でも持たせて待ち伏せされりゃ、ひとたまりもねぇな) 傭兵として数多の戦場を渡ってきた三ッ七の経験が、即座にこの場所の戦術的有利性を看破していた。 とはいえ、よっぽどの指揮がなければそう上手く活用もできまい。 相手に伏兵を悟られずに居るのは勿論、攻撃開始のタイミング、退路の封鎖、退却する相手への追撃。 洗練された戦術理論と、何より豊富な作戦遂行経験が必要になる。 (地方の部族の戦い方にしちゃ上等過ぎるな。確かこういう戦い方を得意とする騎士がジルベリアに居たような気がするが――) ジルベリアの騎士。苦い記憶が三ッ七の脳裏をふいによぎる。 「チッ――‥‥」 舌打ちをしつつ、ふと目を落とすと、近くの岩に、小さな窪みが幾つも穿たれているのに気付いた。 「こりゃあ‥‥」 「それは銃創だな」 その言葉と共に突如三ッ七の背後に現れたのはシノビの鴇閃(ia9235)。 「うおッ! びびった! アンタか。思わず叩ッ斬っちまうトコだったじゃねぇか」 「ああ、これは失礼。それより、この岩の小さな窪み‥‥これはおそらく、銃創‥‥銃によって穿たれた穴だと思う」 「たしか失踪した奴らは銃なんて使わねぇよな?」 鴇閃は頷く。 「自分は首都からこの地までの道中、失踪者達の足取りを追ってみたのだが、彼らの足跡はこの谷で反乱勢力と衝突して以後、完全に途絶えている」 途絶えている――つまり、反乱勢力に捕まった、といった情報は無い、という事である。 「残念だけど、多分みんな、死んでるね」 そう言いつながら現れたのは氷(ia1083)だった。 「流石にアヤカシ調査って名目じゃ集落に入れて貰えなかったんで、集落の周辺を調べてたんだけど‥‥」 「何か見つかったのか?」 三ッ七が尋ねると、氷は相も変わらず眠そうな様子で答える。 「墓地を見つけたよ。集落の外に設けられた墓だったから、たぶん罪人か、あるいは敵対勢力の者を葬る為の墓地だと思うんだけど‥‥」 氷の話だと、ろくに手入れもされていないその墓地の中に丁度8つ、まだ作られて間もないと思われる墓があったという。 墓標には各人の遺品と思われる物品が備えられていた。 「ふむ。それらの遺品、失踪者各人の人物像に符号するな」 鴇閃が顎に手を当てて呟いた。 「志体持ちがなにも出来ずに全滅したってのも無理がある話だよなぁ、とは思ってたけど‥‥」 「ああ、この谷に追い込まれて、遠距離から数にモノを言わせてしこたま狙撃されりゃ、正直俺でもやべぇな」 谷の地面や周辺の岩肌からは、相当数の銃創が見て取れた。 つまりは、それだけの銃と、その使い手が用意されたという訳だ。 たとえ戦場でもあってもそうは見ない、異常とも言える数だった。 ◆ 集落内では、柊沢、菊池、久悠の3人が集落内の鍛冶屋を訪れていた。 久悠の持つ、折れた弓を修理を求めて、という体で武器に関する情報収集を行う為である。 「弓もこれからの時代は廃れてくるのかもしれないですね」 持ち込んだ弓を直してもらいがてら、久悠が鍛冶屋の男に話しかける。 久悠の目線の先には整備中かと思われる『銃』が置いてある。 「うん? ああ、あんた弓術師なんだよな。そう心配し過ぎる事もねえよ。まだまだ飛距離だとか即射性なんかじゃ弓の方が上だろうから、弓が戦場から消えるのはまだまだ先の事だろうよ」 「そうでしょうか」 「ああ。ただ、その『銃』ってのは弓より扱いが簡単なんだと。弓は矢を放って的に当てるのに最低でも半年くらいの修練が必要なんだが、銃ってやつは手順を覚えるだけで誰でも使える。おまけに、弓と違って弦を引くための腕力も要らない。帝国じゃ、これから先、主力と成りうるとかでコイツの製造と、その高度な扱いに長けた人材の養成を本格的に始めようとしてるって話だ」 「お詳しいのですね」 「まあな。最近この辺じゃそいつを扱う機会が多くなってきたからな――ホラよ、出来た」 そういってから、鍛冶屋の男は修理の終わった弓を久悠によこした。 「あ、ありがとうございます」 もうちょっと突っ込んだ話を聞きたかったが、思いのほか早く弓が直ってしまった。 鍛冶工房を出てから、もう少しハデに壊しておけば良かった、とボソリと漏らした久悠に、 「あれ以上壊したら買い換えた方がマシと言われかねないので、まあ仕方ないですよ」 と柊沢が苦笑しながら答える。 そんな2人の傍らで、菊池はここで得た情報を冷静に分析していた。 あの鍛冶屋の男は事の背後事情についてそれ程詳しい様でもないし、余りしつこく嗅ぎ回るのも却って危険だろう。 だが重要な情報は得られた。 この辺りの銃の流通量はやはり不自然に過ぎる。 銃の流通の増加と発展によって利を得るのは――? ◆ 「治療を施して貰った上にベッドまで用意して頂き、誠に感謝する」 ベッドの上でハイネル(ia9965)が傍らの者にそう告げる。 彼は自ら傷をこしらえる事と自らの身分を偽る事で、反乱分子のアジトへの潜入に成功していた。 集落内にしつらえられた石造りの建物内に運ばれ、治療を受けている所である。 「いいさ。アンタ、先のヴァイツァウの乱にも辺境伯側で参加した騎士だろう? だったら俺達と志は同じだ」 「なんと‥‥ではあなた方も帝国に」 彼の傍らのバンダナの男は頷き、語り出す。 帝国は統治と引換に安寧と繁栄を約束したが、未だそれが達せられていない事。 そして、こうした状況に立ち上がった者達は、絶えず帝国の弾圧を受け続けている事。 「くそ、帝国の奴等め‥‥」 必要と有らば、理性によって己の感情を完全に制御できるのは、このハイネルという男の特質である。 同情を示す表層の下に、冷えた鉄のように冷徹かつ合理的な思考が走っている。 彼らの言い分の全てが嘘ではないだろうが、一方的な見方から生ずる誤解や誇張も多分に含まれるだろう。 重要なのは、それらを冷静により分け、客観的価値を持つ情報を得ることだ。 と、その時、ドアが開いて数人の男が入ってきた。 彼らの最後尾について入って来たのは、バロン(ia6062)である。 「こちらは、我々の蜂起を知り、様子を見に参られた方だ。西方での蜂起に関わられているらしい。つまりは同志だ」 バンダナとマントの男の内の一人が、バロンを指して紹介する。 バロンが部屋内の一同に軽く会釈をした。 無論、ハイネルとは顔見知りだが、そのことはお互いに億尾にも出さない。 バロンを連れてきた男が、自分たちの活動を男に説明しようとしたその時、隣の部屋から、怒号が響いた。 ◆ 「いつまでこんな事を続ける気だ!」 机を挟んで、二人の男が向かい合っている。 両方共この土地に住む者であるようだが、片方はこの建物内に居る他の男達のようなバンダナを着用していない。 どうやら激しく言い争いをしている様だった。 「こんな事をしたって、この土地で暮らす者達をいたずらに危険に晒すだけじゃないのか! ここはもう帝国領なんだぞ!」 「俺達は奴らに尻尾を振った覚えはない。お前のような一部の腰抜け共が命惜しさに魂を差し出しただけだろう」 「部族の事を考えての事だ! 帝国だって奴隷になれと言われているわけじゃない! なぜそこまで反発する?」 「我々に支配など必要ない。だが奴らは自分たちの統治を押し付け、税として我々の富を奪ってゆく」 「だからといってこうやって抵抗を続ける事になんの意味がある? たかだか数百人で帝国が倒せるとでも思うのか?」 「帝国も一枚岩ではない。隙あらば事を起こそうとしている連中なんざいくらでもいるさ。村にも、街にも、ギルドにも、帝国のお偉い方の中にすらな。帝国は広大な領土を拡大する余り、そういった連中を燻し切れないでいる。俺達がそうである様にだ」 「再び戦乱でも起こるとでもいうのか? あのヴァイツァウの乱のような」 「さあな。だがたとえ一時的にでも国が混乱すれば、奴らも俺達に構っているヒマなどなくなる。そうなれば俺達はまた以前のように自由にやっていけるハズだ」 「そう上手く行くものか! 帝国が本気になれば、俺達は皆殺しにされるぞ!」 「俺達には『狼』が居る。彼の力を見ただろう? 彼の言う通り闘う事で、開拓者8人を始末できたんだ。彼と、彼がもたらす『銃』があれば、俺達でも十分帝国と戦える」 「あの不気味な男を信用するのか! 奴は元ジルベリアの騎士だったというぞ」 「しかし祖国を憎んでいる。それは側に居ればよく解る。彼と共に戦えば、俺達は負けはしない!」 ◆ 隣室から聞こえてくる激しい論争に、ハイネルら一同の意識が傾いている。 「‥‥我々の中にも、あのように帝国に誇りを差し出し、屈する者達も多い。恥ずかしながら」 一同の意識を呼び戻すかのように、バロンの傍らに居た男が言った。 「誇りよりも糧を必要とする者が居るのも当然の事。気に召されるな。しかし『狼』というのは?」 バロンが此処ぞとばかりに男に探りを入れる。下手に聞き出そうとすれば怪しまれかねない所、状況的に自然な流れで聞けるとは運が良かった。 「我々のボスだ。本名は知らないが俺達はそう呼んでいる。ただ群れて戦う事しか知らなかった我らに、『戦い方』と『強力な牙』を与えてくれた人だ」 (成程、その男が彼らの指導者か) バロンが心中で首肯する。 もはや英雄視されるまでに彼らの心を掌握している事から、余程の手腕であると見て取れる。 もし戦う事になるとすれば、恐ろしい相手になるだろう―― ◆ 数日後―― 集落周辺を廻っていた8人がこの地を去った後も、彼らの身元を特に疑う者はいなかった。 元々、支配からの解放という目的の元に行動する彼らにしてみれば、自分たちの行動に相手に悟られて困るような裏の狙いがあるわけではない。 ただ一部の者達を除いて。 ジルベリア帝国、首都ジェレゾにある宿のとある一室。 「数日前、軍がギルドを通じて派遣した鼠が貴方の集落を嗅ぎ回ったそうね」 赤毛の女が、眼前の男に問いかける。 「‥‥そのようだな」 問われた男はテーブルの上に足を乗せながら椅子に座り、酒杯を仰いでいた。 無精髭に、茶色の長髪。その髪を後ろに束ねている以外は、半年前にあの荒れた部屋で対面した時とたいして変わりが無い。 しかし―― 「一部の鼠は、まんまと貴方の『群』に紛れ込んで情報を持ち帰ったとか」 「‥‥らしいな」 「――それで、どうしてまんまと逃がしちゃったのかしら? 『狼』さん?」 赤毛の女の声色に怒気は含まれていなかったが、『狼』に対して説明を迫る、ある種の威圧感は感じ取れた。 「始末しても良かったが――放っておいても問題無いと判断したのでな。最初の8人全員を始末したのも別に情報を隠したかったからじゃない。元々こうなる予定だったんだ。今回の件で帝国軍が本格的に動いてくれるなら、その方がお前にとっても都合がいいんじゃないか?」 「あの集落と、我が社との繋がりを勘ぐられるような事にならなければね」 皮肉交じりの言葉の後、ふう、と呆れを含んだ溜息をひとつ吐く。 「‥‥全く。半年前は廃人のようだった貴方が、よくこうまで『戻れた』ものだわ」 「餌を与えたのはお前だろう。俺は所詮、鎖に繋がれた飼い犬に過ぎない。餌が与えられる限り、飼い主には従うさ」 「あれだけの『群』を従えておいてよく言うわ」 赤毛の女には目的があり、その為に『狼』を飼う。狼は『群』を率いて走る。 ――何の為に? 「俺もまた、彼らが必要とするものを与えているに過ぎん。俺の求める獲物が姿を現すまでは、彼らに出来る限りの力を貸すさ」 「貴方の獲物が見つかった、その先は?」 「そこから先は――」 と、男はそこで、彼は手元の酒杯を飲み干す。 「――彼ら自身の責任だ」 |