紅菫 打上花火の恋
マスター名:呉羽
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/26 00:36



■オープニング本文


「今まで僕は、自分が差別されても他人を差別しないでおこうと誓ってきました」
 ある日、1人の男が開拓者ギルドを訪れた。
「男も女も、老いも若きも、少々足が遅いとか、料理が出来ない奥さんだとか、そんな事で差別するのは愚かな事です。人は皆、誰しも長所と短所を持って生まれ、育ちます。ある人にとって短所だと思える事も、別のある人にとっては長所だと思える事だったりするでしょう」
 男は、静かに語り出す。物静かで優しげな雰囲気を醸し出した、人当たりの良さそうな笑顔と多少気弱に見える表情。まぁ、客観的に見ても、十人並み以上の顔立ちである事は間違いないと思わせた。
「それでも、自分に自信がなく日々辛い思いをする人も多いと思います。僕は、そんな人達の助けに‥‥少しでも助けになるよう、介助している者です。名は、鈴音と申します」
 名は体を表すと言う。一見繊細そうな笑みの中にほんのりとした自信を匂わせた男の名は、姿絵から出てきた役者のような姿形に見えなくもないこの男に、似合っているとも言えた。
「今度、河原で花火大会があるそうですね。打上花火が夜空を鮮やかに彩るあの景色を思うと、僕も胸が高鳴ります。今年は、足をお辛くしたご年配の奥様を河原にお連れしようと思っているのですが‥‥」
 男の話は、なかなか本題に移らない。去年はお爺さんを背負って行ったとか、幼い娘さん達を沢山連れて行ったら予想以上に迷子が増えてしまったとか、世間話なのか自慢話なのか何だかよく分からない話がしばらく続いた。
「あの‥‥とりあえず、鈴音さんのお仕事については分かりました」
「仕事ではありません。報酬は頂いていませんから」
「いえ、まぁ‥‥そうですか。とりあえず、依頼の事についてお伺いしたいのですが‥‥」
 開拓者ギルドは、受付員相手に世間話をする為の場所ではない。確かに近所の年配の方々の中には、それを楽しみに通う者も居るだろうが、男の後ろには依頼を頼むべく待っている人々も座っていたし、受付員としては、1人に対して多くの時間を割くわけには行かない。
「‥‥そう、ですね‥‥」
 促されて、男は急に口を閉ざした。しばしの沈黙が降りる。
「‥‥いえ、話さなければなりませんね‥‥。ただ‥‥何と言うか‥‥」
 重くなってしまった口を、男は何とか動かした。それでも視線は一箇所に定まらず、動揺している事が見て取れる。
「その‥‥信じて頂きたいのですが‥‥僕は、人を差別した事はありません‥‥。人の外見を作り出す、皆が言う美醜など、考えた事もありません。所詮、美醜など、皮が作り出した幻です。年齢を重ねる毎に変わって行く皮の動きなどに皆、惑わされ過ぎ」
「はい、信じますよ。ですからお話して下さい」
 必死で訴える男が多少面倒になった受付員だったが、これは仕事である。穏やかに頷いた。
「‥‥実は‥‥」
「実は?」
「‥‥」
「お話して下さらないと、解決には結びつきませんよ?」
「‥‥貴方は‥‥」
 彷徨っていた目が、ようやく受付員をしっかり見つめる。
「‥‥男に、懸想された事はありますか‥‥?」


 ある所に、紅菫横丁という場所があった。
 かつては菫横丁と呼ばれていたが、『紅菫』と名乗る者達が長屋を個別に借りて住み着いた事から、何時しか紅菫横丁と呼ばれるようになったのである。
 紅菫。一言で言えば、『女装集団』である。但し、ただの女装集団ではない。その多くが着物の下でも隠しきれないほどの筋肉を誇っているにも関わらず、常識ある娘ならば着ないような着物を着ているのである。派手すぎる色と柄、膝丈の着物の裾。厚化粧もばっちりだが、厚化粧で何とかなるような程度のいかつい顔ならば、紅菫が皆に敬遠される事はまだ、少なかっただろう。その上、心は乙女なのである。本人達曰く。よって、彼らを『彼』とか『男』とか言ってはいけない。ウラワカキヲトメなのであるからして。
 当然、心が『乙女』であるから、『彼女達』の恋愛対象は男である。一応、心が『乙女』であっても恋愛対象は女の子、という事例も無いわけではないが、今の所紅菫達の間では確認されていない。そして、心が『乙女』だからと言って、皆が皆女装するわけでもないのだが、紅菫達は共同生命体として女装を自主的に行っていた。『彼女達』の多くは、女の子の憧れの仕事‥‥例えば花屋さんだとか、お茶屋さんの看板娘だとか、三味線の先生だとか、針子さんだとか、奥さんだとか、そういう職業に就きたいと思っている。だが現実は厳しい。とても厳しい。世知辛い世の中である。というわけで仕方なく、土工をしたり、舟頭をしたり、駕籠屋をしたりする者も多かった。仕事の時は女物の着物なんて着れないから、休みの日は日頃の鬱憤を晴らすように更に派手な格好になる。
 そんなわけで『女装集団紅菫』は、密かに団員を増やしつつ今日も横丁で生活していた。


「僕は‥‥告白されるまで、自分は差別などしない人間だと思っていました‥‥。でも、違った。差別する人間だったなんてと本当に衝撃的で、しばらく食事が喉に通らない有様でした‥‥」
 男に告白された事が衝撃だったのではなくそっちなのかと受付員は思ったが、敢えて言わないでおく。
「その人は、『紅菫のお涼』と名乗りました。僕はあまりの恐ろしさにその場を逃げてしまったのですが、やはりきちんと断らなければならないと思っています‥‥。ですが‥‥僕1人では‥‥恐ろしくて」
「‥‥その気持ちは分かります」
「もし、断った事で逆上されてしまったら‥‥。そして家まで押しかけられたら‥‥。更に、仲間まで連れてきて周囲の破壊行動に及んでしまったら‥‥。もう、恐ろしくて恐ろしくて‥‥。いえ、差別がいけない事は分かっているのです。あの人も、好きで‥‥その、心が女性な‥‥わけでは無いと思うのですが‥‥」
 紅菫の存在を、鈴音は知っているようだった。だからこそ『彼女達』が集団である事も知っており、恐ろしさ倍増なのだろう。
「このような些細な事を開拓者の方々にお願いするのは筋違いだと思います。ですが、僕1人ではどうにも出来ません。直にやってくる河原での花火大会までには、何とか解決したい。どうか‥‥『紅菫のお涼』さんが僕の事を諦めてくれるよう、何とかして貰えないでしょうか」


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
水津(ia2177
17歳・女・ジ
斉藤晃(ia3071
40歳・男・サ
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
藍 玉星(ib1488
18歳・女・泰
亜弥丸(ib3313
18歳・男・陰


■リプレイ本文

 恋には色んな形があるものよ。そんな事、私だって知ってるけど。
 でもそれでも。
 どうしても引っかかってしまうのは、何でかしらね。


「はい‥‥? 僕の恋人、ですか‥‥?」
 その日、開拓者達は鈴音の家にやって来ていた。勿論、人目を避けてこっそりと忍び入っている。
「まぁ恋人と言っても、お涼を騙すための嘘なんだけどな」
 水鏡 絵梨乃(ia0191)があっさり言うと、鈴音は驚いたように他の皆を見回した。
「恋人出来たて噂流そ思ぉてね。流してもえぇ?」
 その目が、上目遣いで尋ねてくる亜弥丸(ib3313)の目と合う。
「それは僕のほうとしても光栄ですが、本当に良いんですか? 恋人さんとかいらっしゃるんでしょう?」
 鈴音の不安げな視線を受けて、絵梨乃はう〜んと首を傾げた。
「ん、多分。大丈夫」
「あたし達は友達役アルね。あちこちで噂を流すアル」
 藍 玉星(ib1488)が簡単に作戦を説明する後方では、水津(ia2177)とアーシャ・エルダー(ib0054)がひっそりと3人を見守っていた。否。
(鈴音さんが良い男にほいほいと付いて行って‥‥)
(もしかして鈴音さんって、そういう人に好かれるタイプ‥‥?)
(‥‥イイ! すごくイイ!)
(あぁ、どきどきする‥‥!)
 かなり熱い視線で見守っていた。その視線が向ける世界は、どのような生物だって素の状態ではありえない熱い世界である。それはもう、炎のように。そう、水津は火の虜である。彼女の目には、きっとこの世は灼熱の如き熱い世界に見えているに違いない。
「‥‥じゃなかった。そんなのは絶対阻止、するですよ‥‥」
 はたと我に返って呟いた水津の言葉を受け、アーシャも目を瞬かせる。
「そ、そうですね。依頼期間中は、ばっちり護らないと!」
 少し残念ですけど。という言葉は互いの胸に仕舞っておく。
「おう? 何や、今流行りの男の娘みたいや」
 少し遅れて斉藤晃(ia3071)が玄関から入ってきた。
「はい? 男の娘って何ですか?」
「せやから」
 一通り『男の娘』について説明を聞いた鈴音は首を傾げる。
「女性のように見える男性、ですか‥‥。その、紅菫の人達は女性に見える、という事は殆ど無いそうですが‥‥」
「ほんま、こうゆうの好きやなぁ」
 ぐびぐび酒を飲みながら、晃は水津へと頷いて見せた。ただの酔っ払いかもしれない。
 と言う訳で、皆は各々行動を開始する。


「えーと‥‥イカ、とうもろこし、水‥‥」
 河原での花火大会当日の朝。水津は沢山の荷物を背負い抱え河原まで歩いてきた。
 彼女の役目は、祭りの屋台を出す側に回り噂を流すことだ。露台の傍に七輪を置き火種を使って火を付け、網の上にイカを置く。まずは焼きイカ屋さんから始めるのだ。次に焼きとうもろこし屋、昼過ぎには氷屋をやる予定である。ころころと商品と店の位置を変えるのは、同じ店がずっと鈴音達について語っているよりも複数の店で噂が流れていると思われたほうが良いと言う事と‥‥。
「おう、姉ちゃん。ここに店出す許可は取ってんのかい?」
「は、はい‥‥取りに行く予定です‥‥」
 こういう場を取り仕切る『取り締まり役な人達』を上手くかわして逃げる為なのである。
「‥‥変装しなくちゃ‥‥ですね」
 去って行った男を見送りつつ、水津はいそいそと出店準備に取り掛かった。
「あ、イカ二つ頂戴ー」
 昼前の河原に出ている屋台はさほど多くなかった。だが既に場所取りなどで茣蓙を敷いている者がちらほらと見える。開店してしばらくの後に、そう言った人達がイカを買いにやってきた。
「有難う御座います。あ、そういえば聞きましたか?」
 串に刺したイカ2本にタレをかけつつ、水津は何気ない風に話しかける。
「あそこに住んでる鈴音さんって人が、凄腕の泰拳士さんと付き合いだしたそうですよ」
「へぇ〜?」
「あぁ、鈴音って、あの鈴音の事かな? 何、あいつとうとう男と付き合い出したのか?」
「はい?」
 思わず素で、水津は客に疑問符を投げかけた。
「紅菫の誰かに告白されたって話だろ?」
「や、あ、え、そうなんです?」
 既に鈴音がお涼に告白された事は、周囲に広まってしまっているらしい。
「いえ、私が聞いたのは‥‥女性の凄腕の泰拳士さんで‥‥。随分えらい相手を見つけてきたものですよね?」
「女なだけいいんじゃないの?」
「そ、そうですよね‥‥」
 2人の客はあっさりと行ってしまった。
 その後も水津は様々な客にこの噂話をしたのだが、鈴音が紅菫に告白されたという噂は随分浸透しているようだ。逆に客側から得られる情報もあって、水津は首を傾げた。
「これは‥‥どう、しましょうね‥‥?」
 氷霊結を使って氷を作りつつ、水津はしばし考える。


 昼下がりの蕎麦屋に、絵梨乃とアーシャ、鈴音がやってきていた。
「まずは、おめでとうございます、2人共!」
 アーシャが花束を差し出す。前もって花屋で用意した物だ。勿論花屋でも友人に恋人が出来たと話して噂を広げる作戦終了済である。アーシャは鈴音の友人役をしていた。
「それで、ね、ね。教えて下さいよ〜。2人の馴れ初めっ。あ、私うどん下さいー」
「あぁ‥‥そうだな。実はボクの一目惚れなんだけど‥‥」
「えーっ。意外ーっ。鈴音さんからだと思ってました」
「彼を見る度にいつも声を掛けようと思っていたんだけど、勇気が出せなくてね‥‥。すれ違ってばかりいたよ」
「すれ違いの恋っ‥‥ステキですねっ」
「でも、ある日気付いたんだ。こんな自分じゃダメだ。思い切って告白してみよう、って」
「きゃーっ。遂にその時がっ!?」
 2人の会話にやや付いていけていない風の鈴音がただ微笑んでいる中、アーシャは身を捩ったり大声を出したりして、店中の注目を浴びている。それが目的だからいいのだが。
「それで先日、いつも鈴音を見る場所に行ってみたら‥‥」
「みたら‥‥?!」
「逆に声を掛けられてね‥‥。で、まさかの事が起こって‥‥」
「勿体ぶらないで早く教えて下さいよ〜」
「う、うん‥‥。だから、その‥‥。鈴音のほうから、ね。ボクに告白してきて‥‥」
「やだー、鈴音さん! 男前ですねっ!」
「え‥‥? そう、かな?」
 些かぎこちない鈴音だったが、しっかりと態度だけは絵梨乃の恋人風を装っており、手を繋いでいた。
「勿論ボクは喜んでその告白を受けて今に至る‥‥という所かな」
「素敵ですね〜。まさしく運命的ですっ」
「だよね。ボクもそう‥‥思ってる」
 ふと交差する眼差しに、アーシャは両手をぎゅっと胸の前で握る。
「でも、うちだって負けてませんから! 私と夫だってらぶらぶのいちゃいちゃなんですからねっ」
 そしてうっかり対抗していた。
「ボク達も、アーシャの家みたいになれると嬉しいな」
「ふふふ〜。頑張って下さい! 私、全力で応援してますから!」
 アーシャの声援を受け、偽りの恋人達はしっかりと頷く。


「せやから〜、絵梨乃ちゃんの彼氏がここら辺に住んでて〜、確か鈴音っちゅーんやったかな〜? あ、氷水4つね。」
 一方、亜弥丸と玉星は横丁に入り蕎麦屋に向かって歩いていた。丁度通りに氷水売りが居たので、亜弥丸が氷水を注文する。てっきり玉星の分もかと思いきや、
「あ‥‥あたしのは無いアルか?」
「え?」
 全部1人で食べた。
「それで、どんな彼氏アルか?」
 仕方なく一つ注文してもぐもぐ食べつつ話題を振ると、ふと亜弥丸が蕎麦屋から出てきた3人を見かけて手を振った。
「あは〜、あそこにおった〜!! 絵梨乃ちゃんー!」
 気付いて手を振り返され、2人は3人へと近付く。
「で、この人が鈴音さんか〜?」
「うん。鈴音。こっちはボクの友達で亜弥丸と玉星。それでこちらは鈴音の友達のアーシャ」
「初めまして〜」
「もうすんごい話聞いちゃいましたよ! 2人の馴れ初めの話!」
「えぇー?! ほんま? うちも聞きたい!」
「あたしも聞きたいアル」
「又話すのか‥‥。ちょっと照れるけど‥‥」
「絵梨乃の王子様は見た目も素敵アル。どんな馴れ初めだったネ?」
 同じ話を再度歩きながら話した3人と別れ、2人は再び氷水屋の傍を通った。
「あ。氷水3つね」
「まだ食べるアルか!」
「だって羨ましいやないの。あ〜あ。うちも素敵な彼氏欲しいわぁ」
 紅菫達とは同族としてこの依頼、若干気が引けている亜弥丸である。本音か演技か分からない事を言いつつも、ヤケ食いのように氷水を食べていた。
「絵梨乃は良い人を見つけたアルなぁ」
 水だけ飲みながら、玉星も応じる。
「あんな夢みたいな出会い、あたしも体験してみたいアル‥‥」
「どっかに素敵な男落ちてないやろか‥‥」
「ぎゃー!」
 やや大声で会話しつつものんびりしていた2人の耳に、不意に野太い悲鳴が聞こえてきた。はっと我に返り、2人は声の聞こえてきた方角へと走り出す。その方角は、先ほど3人が歩いて行った河原へ向かう道だ。となると、その悲鳴は鈴音かもしれない。
「何かあったん?!」
 路地を曲がった所で2人が目にしたものとは。


 先に言っておこう。
 どんなに厚化粧が正視に堪えない姿であっても。筋肉隆々の骨太体型であっても。やけに上も横も体格が良くても。そんな体に派手派手しい着物を着ていたとしても。『彼女達』は一応、一般人である。そんな一般人の皆さんを。
「おっといけねぇ、殺っちまったぜ!」
 殺ってはいけない。ダメ。ゼッタイ。
「な‥‥なにすんのよ、あんたぁ‥‥」
「仕方ねぇ。証拠隠滅や」
 人力車を押して走ってきた晃は、少し前を行く絵梨乃と鈴音に近付こうとしていたど派手で体格の良い、どこからどう見ても『男です』という姿の人物を、思いっきり轢いていた。轢き逃げアタックを食らわしていた。軽く数m吹っ飛んでごろごろと激しく往来を転がって行ったその人物を見た往来の皆さんは、『あ、これは死んだな』と誰もが思った。だがその女にしてはでかい死体っぽいものは、ややあってからゆっくりと上半身だけ起こす。おぉ、と、往来の皆さんが2、3歩退いた。
「しょう‥‥こって‥‥」
 ひょい。ぽいっ。
 晃は、轢いた人物を人力車に押し込みそのまま通り過ぎて行った。
「今のは‥‥」
 思わずそれを見送ってしまった絵梨乃達だったが、鈴音が軽く首を振るのを見て小さく口を開く。
「‥‥知り合い?」
「いえ‥‥。でもあの姿、紅菫の人では‥‥」
「‥‥どないしたん? 何や、連れ去ってもたけど‥‥」
 連れ去り現場だけは目撃した2人が合流し、5人は首を傾げた。
 とにかく話をしながら河原へと向かった5人だったがテングの面を付けて現れた、まぁ5人から見ればどう見ても晃だろうと思われる男が、今度はくるくると回転しながら目の前を飛んで行った。
 その先で、建物の陰に潜んでいたらしい派手な衣装のどでかい『女』に激突している。建物の陰なので一体何があったのか見えないが、余り見ないほうが良いだろうと思われる音だけが聞こえてきた。
「‥‥もしかして、お涼を応援してるねーさん達が潜んでるアルか?」
 恐らくそうであろう。逞しい肉体に華美過ぎる着物を着た者達はそうは居ない。そして晃の攻撃を受けてすぐさま復活できるような一般人も有り得ないだろう。つまり複数人で絵梨乃達を見張っていた事になり。
「流行に流されるだけのガチムチなど邪道!」
 その後も行く先々から聞こえる晃とその他の音を聞かなかった事にして、皆は河原へと急いだ。


「あ、皆さん〜」
 既に時刻は夕暮れも近い。河原は花火を見る為に集まった人達で溢れていた。
 皆の姿を認めた水津がぱたぱたと走ってきて、焼きとうもろこしを差し出す。
「あの、お涼さんなんですが‥‥」
「あの人がお涼ちゃん? うち、ちょっと話してくるわ」
 水津が指した人物は、何故か彼女の屋台でとうもろこしを焼いていた。何でも、祭りの屋台を一軒ずつ手助けして回っているらしい。よって女装はしていない。
「鈴音。自分の口で『ごめんなさい』して貰うアルね。自分で言わなければ何も解決しないアル」
「そうですよ。男なら、それくらい白黒つけましょう!」
 皆がぞろぞろついて行ったからだろう。鈴音は勇気を振り絞って言う決意をしたようだ。その腕にぴったりとくっつきながら絵梨乃も歩く。
「お涼さん、でしたね」
 近付けば丁度お涼は客にとうもろこしを渡している所だった。客受けのしそうな眩しい笑顔を見せている。女装しなければ実に好青年であろうにと思わせる笑みだ。
「来たね、鈴音」
 だが鈴音の姿を認め、彼はにやりと笑う。思わず2歩下がった鈴音を、後ろに居たアーシャががっしり受け止めた。
「‥‥先日の告白の返事ですが‥‥。僕にはやはり、無理です。貴方が女性になんて到底見えませんし‥‥」
「水津ちゃん。ちょっと焼くの変わって貰っていい?」
「は、はい」
 心配そうにお涼を見た水津がそのまま七輪の前へと移動する。
「じゃあ、あんたにとっての『女性』っていうのはどれくらいの範囲なんだろうね。私だってこんなだから偏見は持ちたくない。でもね、鈴音。私にだって許し難いものもある」
「‥‥何の話?」
 絵梨乃が、そっと亜弥丸に近付き尋ねた。亜弥丸は小さく首を振る。
「‥‥少し、複雑な話やったみたい」
「どんな風に?」
「それは‥‥」
「あんたが色んな行事の度に一定以上の年齢の女の世話しているのは知ってるけどね。その中の何人に粉掛けたか、こっちは調べが付いてるんだよ」
「そんな‥‥! 僕はいつでも真剣です」
「本当にそう? その内の何人があんたの親切と恋心とやらに惑わされて貢いだのかね。まぁ他はいいよ。でも今年は絶対に許さない」
「あ、貴方にそんな事を言われる筋合いは」
「私の母さんに手を出す真似は絶対にね」
 一瞬の沈黙が降りた。
「‥‥鈴音。本当に、お涼の母親を騙して貢がせようとしていたのか?」
「ちっ‥‥違います! 僕は誰に対してもいつでも真剣です!」
「その気持ちは分からないでもないけど‥‥」
 絵梨乃の言葉に、鈴音は目を泳がせる。
「ちょっと調べたほうがえぇみたいやねぇ」
 じりじりと間合いを詰めていく女性陣(心は女性も含む)に、鈴音は耐え切れずに逃げ出した。
 それを追う者あり、追わない者あり、後日調べる事もあっただろうが、今は玉星がお涼に近付く。
「鈴音の事、全く愛していなかったアルか?」
「さぁ‥‥どうかな」
「お涼の事を丸ごと愛してくれる人が何処かに居る筈ネ。‥‥行ってくるといいアル」
 そして、その背を押し出した。


「焔の魔女の血が騒ぎます‥‥」
 夜。花火が打ち上がり始めた。
「あ、これ下さい、これも、これも」
 食べ物屋台全制覇を目指すアーシャは別として、皆で花火を見上げた。
「美しく儚い恋っちゅーのは、空に咲いては散る花火と一緒やね‥‥」
 恋という物は、打ち上がっては散っていく夢のようなものなのだろうか。
 それがどのような形であっても。