|
■オープニング本文 ● ちりりんちりりんと風鈴が鳴る。 「や、小夏ちゃん。毎日暑いねぇ」 店の裏で七輪を洗っていた娘は、声を掛けられて顔を上げた。 「遼さん‥‥! あ、今日もおろし蕎麦ですか? ちょっと待って下さいね」 「あ〜、いいよいいよ。今混んでるし、後からで」 男は軽く手を振って笑い、竹製の長椅子に腰掛ける。 「じゃあ、お茶だけでも淹れますね」 「それより店の中手伝ってあげて。看板娘が動かないと。ね?」 「じゃあ、暑いですからお二階で涼んで‥‥」 「気にしないで。ここで七輪洗ってるから」 太陽のように眩しい笑顔で言われれば、娘はもうそれ以上何も言えなかった。 店内では、彼女の母親が忙しく厨房で働いている。盆を持って出来上がった蕎麦を載せていくと、店内から注文の声が上がった。それに応えながら、娘は裏口のほうへ目をやる。 開いたままの裏口の向こうでタライに洗い物を入れて懸命に洗っている、その姿を目に焼き付けて、彼女は店内へ向かって微笑んだ。 いつから好きになったんだろう。 蕎麦屋の2階からぼんやり下を見ながら、小夏は思い起こす。 初めて会ったのは4年前だった。父親が病に倒れ、母親と2人で蕎麦屋を切り盛りしなければならなくなった頃だ。自分はまだ13歳で、父親に言われて織物問屋で奉公していた。結局奉公は辞めて蕎麦屋の手伝いを始めたが、慣れない仕事に戸惑うばかり。5歳年上の兄が以前は手伝っていたが、その兄も父親が亡くなる少し前にやりたい事があると出て行ってしまい、突然残された女2人、必死で働くしかなかった。 その日は、いつもより客の入りが良く、混雑していた。面倒な客というのは何処にでも居るものだが、その日は立て続けだった。言い掛かりをつけられて営業妨害されていた時、蕎麦を食べていた客の1人が立ち上がったのだ。 「やめなよ、お客さん。せっかく美味しい蕎麦食べてるのにさ。不味くなるだろう?」 そう言うと、店の外で2人の男を伸した。 それだけでも、13歳だった小夏が憧れを感じるには充分だったが、その後もちょくちょくやって来ては話相手をしてくれた。時には店を手伝ってくれ、飼っている犬の世話もしてくれた。 最初は、母親を好きで通ってくれているのかと思ったものだ。だが横丁内で他の店を手伝ったりしているのも見て、単純に人の世話が好きな人なのだなと思った。強くて、優しくて、笑顔が本当に楽しそうで、誰にでも好かれそうな人。父親よりも大柄で格好良い、素敵な人。 「‥‥もうすぐ花火、かぁ‥‥」 団扇でゆっくり扇ぎながら、小夏は壁にもたれかかった。 2年前の夏。河原の花火大会に連れて行ってくれた。浴衣も帯も簪も選んでくれて、迷子にならないように手を繋いでくれて。嬉しくて、嬉しくて、その夜はなかなか寝付けなかった。 大好きと告白したかった。けれども10歳以上の歳の差がある事は知っていたし、13歳の頃から知られているから、きっと妹のように思われているのだろうと分かっていた。それでもどうしても言いたくて、決して教えてくれない自宅の場所を突き止めようとして。 半年前に、近所に引っ越して来ていた事を知った。 この周辺に住まう者ならば、子供でも知っている。 その場所の名は。 ● 「あたしは紅菫横丁に暮らしているんですけどね」 仕事に行った先で三味線を弾いた後、芸者は話し始めた。 「いえね。お客さんが開拓者ギルドに勤めてるって聞いたものだから、ちょっとお願いしたいんですよ」 「何だい?」 「同じ横丁にね。小さい頃から知ってる女の子が居るんですよ。それはもう、可愛い子でね。あの子が結婚する時には、絶対にあたしが三味線弾いて余興してやろうって思ってるんですよ。勿論タダでね。‥‥ずっと見てきましたから、あの子がこの4年間、恋と共に成長してきたことも知ってましてね。恋は女を綺麗にし、成長させる。でも、人の恋路にあれこれ言うのは無粋じゃないですか。ずっと見守ってきたんですけど‥‥」 言いながら、芸者は寂しそうに笑う。 「まさか、相手がねぇ‥‥『紅菫』だとは‥‥。半年前に横丁に引っ越してきて、それで分かったんですよ。その男が、『紅菫』だ、って。女の格好してるだけじゃない。心も女なんて言ってる連中ですからね。いや、あたしはいいんですよ? 面白い連中は好きですしね。でも、あの子が哀れでねぇ‥‥」 「つまり‥‥4年間想った相手が、女装趣味の男で、心も女だった、というわけか。相手もよく騙しとおしたものだ」 「あいつも悪気は無いと思うんですよ。ほんと、妹みたいに思ってたんでしょうねぇ‥‥。そうと分かって相手を嫌いになるような子だったら、あたしだってこんなに心を痛めませんよ。恋なんて、冷めるときは簡単に冷めるけど、いつまでも諦めきれないこともありますからねぇ‥‥しかも理屈じゃない」 自然と三味線に触れながら、芸者はギルド員を見つめた。 「この恋が実るように‥‥なんてこと、無理だってあたしも分かってますよ。だからせめて、あの子の心を慰めてやりたい。開拓者の皆さんが色々心を砕いてくれれば、あの子も少しは気が晴れるだろう。それくらいしか、あたしがしてやれる事は無いんです」 「分かったよ。依頼を出しておこう。それで‥‥その娘さんと、相手の男の名前は何と言うんだったかな?」 問われて、芸者は嬉しそうに微笑んだ。 「あの子の名は、小夏。横丁で蕎麦屋をやってる秋菜って女の子供ですよ。男は、横丁で暮らしながら今は日雇いで仕事していて、遼‥‥いや、横丁ではこう名乗ってましたね」 撥を三味線に当てながら、芸者はその名を呟く。 「涼。お涼、と」 |
■参加者一覧
ユリゼ(ib1147)
22歳・女・魔
志宝(ib1898)
12歳・男・志
ライディン・L・C(ib3557)
20歳・男・シ
エーディット・メイヤー(ib3831)
24歳・女・魔 |
■リプレイ本文 恋には色んな形があるもの。そんな事は、私だって知っているけど。 でもそれでも。 ひっそりと灯る線香花火のように、ずっと咲いていたいの。 ● リリリンと小さな鈴の音が、駆ける度に周囲の喧騒に押し流されて行く。けれども、この耳にはいつまでも残っている。 「待っ‥‥て」 「あ、ごめんね。急ぎ過ぎた?」 小さな声も、その人には届いた。顔を上げると、ふわりと包み込むように微笑んでくれる。 「いえ‥‥鼻緒が切れてしまって‥‥」 「あ、本当。今、結んであげる」 その人は長椅子を探して私の手を引いてくれた。今度はゆっくりと歩いて行って、私を座らせてくれる。 「これくらいならすぐ直るわ。待ってて」 優しい微笑みが、私の心に小さな棘を突き刺す。 有難う、優しくしてくれて。こんな風に大事に扱ってくれて。 でも、私。 「ふふふ〜。お2人とも素材が良いのでお化粧のし甲斐があるのです〜」 紅菫横丁。その一画にある長屋の中で依頼人である芸者が住まう部屋に、皆はお邪魔していた。仕事前の芸者が自分も化粧しながら、志宝(ib1898)をじっくりと頭の先から爪先まで眺める。何となく身の危険を感じて、志宝はライディン・L・C(ib3557)の傍へ逃げた。 「うん、分かってる。俺が美形とか可愛いとかと縁が無い事は分かってるッ」 「そんな事ありませんよ〜。派手に原色を使った花魁風で行ってみましょう〜♪」 「あぁ、やってやるさ‥‥。どーんと来い!」 開拓者たる者、女装の一つや二つや三つくらいはきっとやっているに違いない。依頼とか余興とか色々そんな場はあるわけで。又それを喜んでお手伝いしたり見物する人も居るわけで。 「志宝さんは、ちょっと色合いを押さえて、見栄えのする簪や櫛で可愛らしいお姫様風で行って見ましょうか〜♪」 と、ここにもその代表の1人が居る。その名はエーディット・メイヤー(ib3831)。 「ユリゼ(ib1147)さんのお手伝いはどうしましょうか〜? お化粧のお手伝いしますよ〜♪」 「うん、ありがと」 隣の部屋ではユリゼが男物の浴衣の袖に手を通していた。彼女は手馴れた手付きで髪を整え帯を締める。 「堂に入ってますね〜」 「そう?」 やがて出来上がったユリゼの男装を、エーディットが嬉しそうに褒めた。その後方では、男2人がとっても重装備になっている。 「‥‥鬘、重いんですけど‥‥!」 「男の子ですから我慢してくださいね〜♪」 「男の子にだって我慢できない時もある‥‥!」 ライディンの花魁風は、花魁と言うに相応しい厚化粧になっている。これはきっとアヤカシと思われても可笑しくないに違いないと彼は思った。一方の志宝は、非常に鬘が重い事になっているものの全体的に愛らしい雰囲気を醸し出している。むしろ頭が重すぎて少し前かがみになっていた。 「では皆さん。行ってらっしゃいですよ〜」 ひらひらと笑顔のエーディットに見送られ、3人はそれぞれの目的地へと向かって出て行った。 ● 見送ったエーディットは、その足でまず蕎麦屋へと向かった。 「すみません〜。もりそばください〜」 まだかなり昼前である。静かな店内で小夏が盆を持って近付いてきた。 「小夏さんですよね〜? 私、ご近所さんに頼まれて恋のお手伝いに来たエーディットと言います〜。精一杯やらせて貰うですよ〜」 「え‥‥?」 「小夏さんは気にしないで下さい〜。お節介かもしれませんけど、心配している人も居るのです〜」 「あ‥‥」 思い当たったようだ。小夏は軽く目を伏せた。 「‥‥ごめんなさい‥‥。見ず知らずの人にまでご迷惑お掛けして‥‥」 「気にしないでくださいね〜。あ。おそば美味しいです〜♪」 嬉しそうなエーディットにつられたのか、小夏の顔にも笑みが浮かんだ。 「お蕎麦を食べたら、何処かに移動してお話聞いてもいいですか〜?」 エーディットの申し出を受け、小夏は2階へと彼女を案内した。食後の冷たいお茶を飲みつつ、エーディットはまったりと窓の外を見下ろす。 「あ。あの裏の長屋が『紅菫』さん達の住まいなのですね〜」 その場所からも長屋の屋根は見えた。 「はい‥‥」 「小夏さんのお父さんはどんな方だったのです〜?」 唐突に尋ねられたが、小夏は思い出の中の父を語る。痩せて背だけ高い父だったが自分には大きく見えていた事。寡黙だったが自分には優しい父であった事。父の打つ蕎麦が一番美味しかった事。父親の面影を遼に重ねているのかもしれないとエーディットは思ったが、若いうちに父を失ったからこそ追い求める影もあるのだろう。それでも恋には違いない。 「では〜、ズバリ聞きますね〜。恋のほうは、どうですか〜?」 「貴女は、恋はしているんですか?」 「私ですか〜?」 少し考えて、エーディットは微笑む。 「しているかもしれませんし、していないかもしれません〜」 余り答えになっていなかった。 「私は‥‥少し、悩んでいます。諦めたほうがいいのかなって」 「どんな方向と決めても応援しますね〜」 エーディットの言葉に、小夏も笑みを零す。 ● 「‥‥って、あの蕎麦屋俺らがこないだ騒いだとこじゃん」 小夏が以前行った蕎麦屋で働いている娘だと知ったライディンは、さすがにそこで遼と接触する事を避けた。 となれば、『紅菫』達が住まう長屋に出向く事になるが‥‥。 「うわ‥‥。すごい光景‥‥」 自分達も相当に目立つ格好だったが、思わず志宝が呟いた。 真夏だから日中は家の中も暑く涼みに外に出ているのだろう。玄関傍の日陰で座っているのは、うっかりすっぴんで赤色の浴衣(膝丈改造済)を着ている『娘』である。2人と目が合い、両者共に一瞬固まった。 「あ‥‥あら。新しい子〜?」 「いえ、違います!」 反射的にそう答えた志宝だったが、立ち上がった『娘』に気圧されて半歩下がる。いや、ここで下がっては男ではない! 「遼‥‥お涼さんに会いに来ました」 「あぁ、あの子なら河原よ。祭りの準備に行ってるわ」 「分かりました。有難う御座います」 素早く身を翻し、軽く着物の裾を踏みつつ志宝は河原へと向かい。 ライディンは、自分の女装など部屋からぞろぞろ出てきた『娘達』に比べれば霞んで見えると実感したのであった。 「あの‥‥すみません。この着物の裾に、名前書いて頂けませんか?」 「溜息が出るくらい綺麗です‥‥宜しかったらお名前を‥‥」 「あたしが先よ!」 河原で2人は女性達に囲まれたが、とりあえず脱出して遼を探す。女装しているならばすぐ分かるはずだと思ったが、昼過ぎの河原は人が多くないにも関わらず、それらしき人物は見当たらなかった。 「うわ〜。凄い格好。よくやるわね〜」 むしろ、その格好が幸いしたのか男から話しかけられる。 「いやぁ、ちょっと依頼で‥‥。お兄さん、ここにお涼さんって人来ているって聞いたんだけど知らない?」 「私」 「え‥‥? でも、女装していると聞いたのですけれど」 「女物の着物で屋台の設置なんてやれるわけないじゃない」 楽しそうに笑って遼は2人を手招きした。どうやら手伝えと言っているらしいが、重装備では無理である。 仕方なく2人は遼の仕事が終わるのを待ったが、いつまで経っても移動しては他の仕事を続けるので終わらない。 「あの〜、そろそろ人の恋路にお節介する、無粋な話を聞いてくれません?」 ライディンに言われて彼は頷いた。だが手は止めない。 「ギルドの依頼になる位の状況なんで、俺達もお節介だけど仲間も小夏ちゃんに接触しててね」 「そう。依頼出したのは小夏ちゃん〜?」 「いいえ、違います。余り時間も無いので単刀直入に言いますね。今、遼さんは小夏さんの『乙女心』を意図せず弄んでしまってるんですよ?」 志宝の言葉に、彼は顔を上げた。 「あなたの善意が、悪いけど彼女を悩ませる原因となってる。それ自体は悪いとは言えないけど‥‥今の状況は、変えてあげて欲しいと思う」 「デートのお誘いを、して欲しいんです」 「貴方とデートは悪くないかもね」 「僕じゃないです!」 「そう。残念」 軽く笑う男に、ずいと志宝が前に出る。 「彼女に、言って貰えませんか。貴方が本当は‥‥『お涼さん』だって事。でもせっかくのお祭りですから、楽しんで欲しいとも思っています。最後に、自分の事を告白して貰えませんか?」 「『お涼』で説明するほうが効果的かなとは思うけど‥‥そこは、任せるよ」 「分かった」 男はあっさりと提案を受け入れ、屋台用の露台を組み立てながら振り返った。 「で? あんた達は、何でそんな格好なわけ?」 ● 「初めまして小夏さん。ユリゼと言います。どうぞお見知りおきを」 忙しい昼食時も終わった午後。男装したユリゼが蕎麦屋を訪れた。 「‥‥なんてね。こういうのたまに喜んでくれる女の子が居るの。あなたはどうなのかな?」 「は、はぁ‥‥」 小夏は盆を持ったまま、目を瞬かせる。爽やかに挨拶したユリゼは、そのまま店内へと入り込んだ。 「実は、告白の応援を頼まれたの」 「あ。もしかして、朝にいらっしゃった方と同じ‥‥?」 「エーディットさんの事ならそうよ。少し、いい?」 問われて小夏は彼女も2階へと案内する。部屋の隅に蚊帳があるその部屋でユリゼは小夏が広げた浴衣を眺めた。 「へぇ‥‥。男性で一式見繕えるセンスって凄いな‥‥。普通出来ないものよ。女の子の気持ちや好みが良く分かってるのね」 「そうですね。とても素敵な人です」 嬉しそうに話す小夏を見て、ユリゼは少し胸が痛んだ。彼女に、真実を告げなければならない。 「あなたは告白する気があるの? 彼に」 「迷惑だろうなって思ってはいるんです」 決着を付けたいわけではない。告白すればこの関係も終わってしまうかもしれない。そう思いながらこの半年ずっと悩んでいた。そう、彼女は告げる。 「じゃあ‥‥彼を他の人達が連れてきてくれるから、それまでご一緒願えますか?」 すいと立ち上がり、ユリゼは片手を差し伸べた。 「可憐なお嬢さん?」 呆然とする娘へと微笑みかけ、ユリゼは彼女の手を引く。 店を出て商店街に入り、ユリゼはすぐに化粧品を売っている店へと入った。器に入った紅を渡して微笑む。 「どれがいいと思う?」 小指で薄っすらと取って唇に付けてあげ、手鏡を覗き込んだ。心なしか頬を染めた娘に、ユリゼは他の紅も取って見せる。幾つかを試し塗りさせて貰った後にひとつ選び、二人は河原へと向かった。 夕刻を過ぎ夜色が濃くなった空の下、河原は明かりに包まれ賑やかだ。屋台が出揃い人々が行き交う中を、ユリゼは小夏の手を引いて歩いた。少し小走りになる度に、簪につけた鈴がリリリンと鳴る。途中で鼻緒が切れた彼女の草履を直してあげ、そして2人は見つけた。 雑踏の中、実に目立つ衣装の2人を後ろに置いて立つ、1人の男の姿を。 ● 簪の角度を直され背中を押された小夏は、そっと囁いたユリゼへと一瞬振り返った。 「彼も秘めたものがある‥‥。伝える代わりに、知ってあげて?」 「‥‥ユリゼさん。私‥‥」 「さぁ、行ってあげて」 言葉に押され、小夏は歩き始める。 「頑張って下さいね〜」 河原に数本だけ生えている木の陰から、エーディットも見守っていた。 「あ。俺達の事は気にせずに」 目を向けられ、ライディンが手を振る。そのまま歩き始めた遼と小夏から少し離れて、志宝とライディンもついて行ったが。 「あの‥‥この小袖にお名前を‥‥」 「どこの劇場で演目をなさっておられるのですか‥‥?」 「えぇい、あたしが先だ言うとるだろーが!」 またもや女性達に囲まれた。 それを見て、遼が少し早足で歩き始める。慌てて小走りでついて行った小夏へと振り返り、遼はその体をお姫様抱っこで抱き上げた。 「‥‥きゃ〜、素敵ですね〜」 「‥‥騙したと怒るかな‥‥悲しむかな‥‥」 木の傍に行って、ユリゼも呟く。 「小夏さんは強そうな子みたいですし〜。きっと元気に立ち直るです〜」 「そうね。元気になってくれたら、私も嬉しい」 「それに、諦めずに思い続けるかもしれませんし〜♪」 楽しそうなエーディットに、ユリゼも思わず微笑した。 「‥‥案外、俺ら人って、お節介の掛け合いで‥‥生きてるもんなのかもね」 「‥‥そうですね‥‥。僕達でも何か、ぼろぼろですけども‥‥」 そのまま足早に去って行く2人を、女性集団の網から何とか逃れた男2人が追いかける。仕事だから、当然見届けねばなるまい。決して野次馬ではない。 2人の男女は屋台を抜け、少し離れた場所で止まった。遼が屋台で売っている切った西瓜を小夏に渡し、2人は始まったばかりの打上花火を見上げる。何か会話はしているようだったが、少し離れた場所からでは花火の音にかき消されよく聞こえない。 「花火、綺麗ですね」 志宝も空を見上げた。少しばかり曇った空に、赤色の花火が丁度打ち上がる。 「そうだね。男2人で見るものでは‥‥余り無いかもしれないけど」 「本当にそうですよね。‥‥木の所の女性陣は、ここまで降りてきてくれないのでしょうか‥‥。お祭りを全員で楽しめると良いのですけども」 「楽しみたいよね。‥‥お節介のお節介でここに来た俺達だけど。こういう横の繋がり、思いやり。大事だよな」 「大事ですよね」 ライディンが、女性陣に向かって大きく手を振った。見守るだけのつもりだった2人がそれに応じてやって来る。 そうして見守り隊の4人は、2人から付かず離れずの距離で屋台の食べ物を買い、花火を楽しんで過ごした。 ● 祭りが終わった後の河原は、屋台の露台だけ残して後は静かなものだった。 「線香花火、しませんか?」 どこか泣きそうな顔で、小夏は4人にそう告げる。遼は既にその場を離れていた。 「勿論ですよ〜。う〜んと、楽しみましょう〜」 明るくエーディットが声を掛ける。 「そうですね。あ、僕が蝋燭に火を点けますから」 「着物燃やすなよ〜」 「ほんと、危ないですよね、この着物は‥‥」 「‥‥彼は‥‥彼女なりに、あなたを大切にしてたと思う」 5本の線香花火に火が灯った。小さな光が小さな音を立ててほんのりと辺りを照らす。 「‥‥私、知ってました」 ぽとんと一つの火種が地面に落ちた。 「だって私、横丁で育ってるんですよ? あの長屋に住んでいる人が『紅菫』だって事くらい、分かってます‥‥」 「小夏ちゃん‥‥」 「それでも言いたかった。‥‥だから、有難う御座います。皆さんが動いて下さったから、私も‥‥言えました」 「そっか‥‥」 全ての火が無くなる前に、皆は次々と花火に火を点けて行く。 「ね‥‥。もう一度、デートしてくれる? 今度は美味しい物、一緒に食べましょ。お嬢さん」 「そうですね。今度は‥‥皆さんで、蕎麦屋に食べに来てくれると嬉しいです」 「食べに行きます」 「勿論」 「楽しみですね〜」 皆の笑みは優しかった。 小さな花火大会は、穏やかな時間を伴ってささやかに続けられる。 |