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■オープニング本文 ●些細な日常のお話 私はヨーシア・リーリス。広く一般大衆が楽しめるような読み物を書く事を主な生業としている、旅人である。 さて。そんな私が今回皆さんにお話するのは、本当に些細な、よくある、日常の物語。例えば、井戸の周りで集まって洗濯しながら最近の出来事を語るような。例えば、買い物に出かけてうっかり財布を忘れてしまうような。例えば、家を一歩外に出たら、犬に足を踏まれてしまった、みたいな。そんな、些細な日常の物語。 皆さんは、開拓者をご存知だろうか。 名前だけ聞いた事がある、見た事がある、依頼を出した事がある、それぞれの事情によって様々な関係があったり無かったりするだろうが、志体を持つという事は、それだけでも選ばれた人々なのである。その腕力たるや、大木を根っこから引き抜いて投げたり、その体力たるや、1日中走っても疲れなかったり、その精神力たるや、10人総出でくすぐってもへっちゃらだったり、するのだ。そんな選ばれた彼らは、日々西へ東へ北へ南へと奔走している。その多くは人々を助ける為であり、我々は最早彼らの存在無くして平和な日常を送る事は叶わないのである。 だが、特別な彼らであっても、日常という物は存在する。日常あってこその戦場なのだ。 最も、『依頼の一部が日常の一部』という開拓者達も居る。 今回はそんな、開拓者達の日常の物語。 ● ヨーシアが町で真っ先に開拓者ギルドを訪れたのは、依頼を出す為ではなかった。 「あ、この依頼いいですね。あ、こっちもいいですね」 日常生活の中で困っている人々からの依頼を探す為である。それが解決しなくては日常生活もまともに送れない! という深刻なものは候補から外し、『出来ればお願いしたいなぁ』とか『是非皆さんで楽しみましょう』とか『こういう噂を聞いて』とか、依頼とも言えない、報酬が出ないようなものも含めてひとつひとつ依頼文を見ていく。 「‥‥あ、これ面白そうですね」 その中から一つの依頼を選び、ヨーシアは受付まで足を運んだ。 「すみません、これ下さい」 「‥‥紙が欲しいのでしたら商店街でお買い求め下さい」 「いえ、本当に『下さい』なのですよ。この依頼について、開拓者を募りたいと思います。それでまず、依頼人の方とお話したいのですが‥‥」 「おっしゃっている意味がよく‥‥」 「えーとですね。つまり、取材をさせて欲しいんです」 「取材」 「私、ヨーシア・リーリスと申します。読み物書き屋をやっておりまして、この依頼について是非、解決に至るまでを書かせて頂きたいな、って。ですけれど、依頼人の方からの許可が出なければさすがにそれは出来ません。それでまず、許可を取る為にお話したいのです」 「ですが、依頼の中には実に繊細な事情、感情をお持ちで余り触れられたくないと言った内容もありますし‥‥」 「ですから、繊細な事情の無い依頼を選んできました」 改めてヨーシアが広げた依頼文を眺め、受付員は曖昧に頷く。 「大っぴらに分かりました、とは申せませんが‥‥ギルドに依頼として上がっている以上、開拓者の力を借りたいという点は事実です。では、依頼人の方とよくお話をされて、それからと言う事で‥‥」 「分かりました。ご協力感謝します」 ● ヨーシアが開拓者達に提示した依頼。 それは、とある山々のふもとにある、小さな村での事である。 決して、開拓者でなければ出来ない、という依頼ではない。所謂日常的な、どこにでもありそうな出来事の一部に過ぎない。 「え‥‥記事、ですか? はぁ、構いませんが‥‥」 その日ヨーシアは依頼人の家を訪ねた。依頼人は玄関を入ってすぐの小さな部屋に座り、訪ねたヨーシアにその部屋から話かける。 「どうぞ、上がって下さい。ちょっと動けないので‥‥」 「腰痛めたんでしたっけ。大変ですよね〜」 ちっとも大変だと思っていない風にヨーシアは軽く言った。それからここ数日掃除されていない部屋に両膝で前進しながら入る。そして部屋では床に座った。 と言うのも。 「元六さんでしたよね。ジルベリアで夏はともかく冬に板張りの部屋で過ごすのは寒いですよ。ベッド使わずに床の上に布団を敷くから冷えて腰を痛めるんです。まぁ、痛めてから言っても仕方ないですけど」 「お気遣い感謝します。本当にお恥ずかしい限りですが‥‥ちょっと村の柵を直していただけで腰を痛めてしまって‥‥」 ジルベリアにありながら、その家が天儀風の内装になっていたからである。と言っても畳は無い。土間と部屋の間に段差があり、そこで靴を脱ぐ事。家の中が板張りになっていて家主が床に座る生活を送っている事くらいが他の家と違う所か。 「この村で歳若い者は私1人です。私は数年前にこの辺りで行き倒れになっている所を村の人達に助けてもらって‥‥」 「今時、『村の傍で行き倒れ』なんてあるんですねぇ‥‥。物語の中だけの事かと」 「お恥ずかしい‥‥」 「それで、この村はご老体が多いから、って事でしたよね。貴方が提案した天儀での『夏祭り』を毎年村人たちが楽しみにしていて‥‥」 「はい。皆さんご年配の方ばかりで、若者は皆都会へ行っています。呼ぼうにも、こんな山に囲まれた小さな村には誰も帰ってきてくれません。道も不便で‥‥。でも、皆さん本当に夏祭りを楽しみにしていて下さっているので‥‥今年も必ずやり遂げたいのです。余り考えたくない事ですが、来年の夏祭りまで皆さん全員が生きているという保証もありません。‥‥開拓者の方々は天儀の方も多いと聞きます。ならば夏祭りも様々な物をご存知のはず。ジルベリアの短い夏の最後に開く、小さな夏祭りではありますが‥‥どうか、宜しくお願い致します」 |
■参加者一覧 / 井伊 貴政(ia0213) / 真亡・雫(ia0432) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 深山 千草(ia0889) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 喪越(ia1670) / 黎阿(ia5303) / 由他郎(ia5334) / 菊池 志郎(ia5584) / ブラッディ・D(ia6200) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 未楡(ib0349) / キオルティス(ib0457) / グリムバルド(ib0608) / 琉宇(ib1119) / 蓮 神音(ib2662) / 殺魅(ib4183) |
■リプレイ本文 ● 『ジルベリアの良民である皆さんにとって、夏祭りとはどんなものでしょうか。勿論河に飛び込んで泳ぐ楽しみもありますよね。その後に焚き火に当たりながら酒を飲む事の楽しさ。それから踊ったり歌ったり騒いだり‥‥。花売り達が作った花輪が売れに売れる祭りもあったりで、とても賑やかなものです。 さて、ここに一つの村があります。とても山奥の小さな小さな村には、何と若者は一人しか居ません。後はご老人達ばかり。村の将来が危ぶまれますが、だからこそ明るさを保ちたい。そんな若者の願いから、毎年小さな祭りが開かれていた村でした。でも今年は残念な事に、若者は大怪我を負って祭りをする事が出来なくなってしまいました。しかも何とその祭り。天儀風だと言うのです。 そこで、ここに開拓者達が立ち上がりました。推定人数21人くらいの、栄えある開拓者達ですが、一緒にお祭りを楽しむ事があっても、いいですよね』 山を越えて細い道を抜けた先に、小さな村があった。 龍が充分に降り立てるような場所が確保できないと聞いていた為、明王院 浄炎(ib0347)は荷車を借りて道を進んでいる。傍を明王院 未楡(ib0349)が支えるように歩き、荷車の上にはちょんと礼野 真夢紀(ia1144)が座っていた。 「あれが件の村か‥‥」 涼しくなってきたとは言え、ジルベリアも夏である。汗を拭いながら浄炎は行く手を見つめた。 「御年配の方々が楽しいひと時を恙無く過ごせるように‥‥そして、日々健やかに御家族が遊びに来てくれる日を楽しみに待てるように、してあげたいですよね」 満載になっているのは殆どが木材。他には天儀から持って来た材料などである。 「夏祭り、有名になったら見に来てくれるかもしれませんね」 もぐもぐとお握りを食べながら、真夢希も頷いた。 「そうだな。近隣との交流の手助けが出来ればよかったが‥‥如何せん時間も足りぬか」 「一度に多くを望んでも仕方ありませんわ」 「うむ。次に繋がるように、だな」 小さな村の周囲には小さな畑。その殆どはこれからの季節食す野菜で埋まっている。荒れ果てているという事は無さそうで、それについては安堵できたが。 「これは‥‥酷いですね」 身軽な格好で村に入った菊池 志郎(ia5584)は、呆然と一軒屋を見上げていた。修繕が必要な家などが無いか元六に尋ねた所、何軒か雨漏りしている話を聞く事が出来たのだが、雨漏りどころでは無い家が一軒あったのだ。山を裏に建っている家に、折れた大木が突っ込んだという風になっている。 「これは‥‥こっそり直すのは難しいでしょうか」 思案していると、突っ込んでいる木が大きく揺れた。 「おー、何や。居るんやったら手伝ぉてくれへん?」 「分かりました」 大木を肩に乗せていたジルベール(ia9952)に近付き、司郎は先のほうを持ち上げる。それを脇にどかすと、家には実に巨大な穴が開いた。 「‥‥どないしよか、これ」 「余り志体持ちである俺達があれこれやってしまうと、後日依頼人さんが無理を言われないとも限りません。彼がそれに答えようと無理をして又具合が悪くなっても大変ですし‥‥。でも、放っておくわけには行きませんね」 「横風吹き晒したら敵わんしなぁ」 言いながら、ジルベールは先ほどの大木を切り始めた。以前破壊され尽した家を建て直した程度の腕前を持つジルベールなら、この程度の大穴くらい大した事では無いのだろうが、だからと言って穴を埋める為の本格的な作業に取り掛かるわけにも行かない。他にもやらねばならぬ事はあるのだし‥‥。 「よっしゃ。こうなったらついでや。全部見てきちゃる」 「え? あれ、ジルベールさん?」 どう見ても『玄人の仕業』であれば村人達も納得するだろう。徹底的に直していけば、逆に長持ちして後日修繕する場所も少なくなるはず。そうすれば元六への負担も減るわけで。 「あ、ちょっと待って下さい。俺も行きますよ。屋根も直すつもりなんでしょう?」 「ジルベリアの冬は厳しいんや。きちんと、してやらんとな」 「俺、高い所得意ですから。色々やりますよ」 そうして2人が調べた結果、修繕が必要な家屋は5軒あると分かった。 「櫓や屋台を作るついでだ。俺も力仕事は手伝おう」 浄炎達が運んできた荷車から木材を下ろしながら、琥龍 蒼羅(ib0214)は頷く。 「祭りも大事ですけど、やはり素敵な思い出にして貰う為に精一杯やる事が大事ですよね。日々の生活に困るようでは来た意味もありませんし」 真亡・雫(ia0432)も木材を運んでいた。 「とにかく、作業しやすいようにあちこちバラけて置くか。俺も自信あるのは力仕事くらいしか無ぇしな。足りなきゃ運べばいいだけだろ」 グリムバルド(ib0608)も言い、早速切り始める。 櫓や縁台作り、そして家などの修繕。それらを担当する者達は自然と各々の場所に分かれ、作業をし始めた。 ● 「‥‥」 ぐつぐつぐつぐつ‥‥。 夕方近くになって、からす(ia6525)は鍋を作っていた。作業する皆の為の炊き出しである。夏とは言え山の中にあるこの村は充分に涼しい。特に朝夕は冷え込み始めると聞いたので、彼女はあらかじめ具を持ってきていた。菜っぱに豚肉、豆腐に椎茸。豆腐は腐るのも早いので水を入れ替えつつ運んできている。それに天儀酒と昆布。昆布でダシを取って酒を入れれば煮汁が完成する。後は具を入れるだけで‥‥。 「おやぁ‥‥そりゃあ何だい?」 開拓者達がやって来て一気に賑やかになった村である。始めは驚いたように家から出てこなかった村人達であったが、慣れて来たのか来た理由を聞いたのか、夕方近くになってから彼らの前にやってきて話をするようになった。 「天儀の鍋です。後で振る舞いましょう」 お年寄り相手には敬語を使うからすに、お婆さんは自分の得意料理の話をする。それを頷きながら聞きつつ、鍋は完成した。 「ふむ。鳥のパイ包みですか‥‥。少し、失礼」 大き目の手袋を嵌めて鍋の取っ手を掴み、彼女はひょいとそれを石で囲った場所へと置く。その一般人から見れば驚くような怪力ぶりに、お婆さんは目を丸くした。 「あれあれ‥‥。うちの孫よりも小さな娘さんだというのに‥‥」 「志体持ちなので‥‥。それよりもこの味付け、口に合うといいのですが」 「あぁ、随分あっさりしているねぇ。これが天儀の味という奴かい?」 「えぇ、お婆様。健康にも良いと思いますよ。からすさんはお疲れ様。私も健康食を持ってきました」 くるみ餅を包んで持って来た未楡が、テーブルの上にそれを置いて包みを開く。 「うむ。では、皆を呼ぼうか」 頷いたからすが、武天の呼子笛を取り出した。吹くと甲高い音が村中に響き渡る。 「へぃ、アミーゴ。こりゃ美味しそうじゃないの。いっただきま」 音が鳴る前に何かを察知したのか、素早く喪越(ia1670)が横走りでやってきた。餅に手をやったが、その甲をぴしゃりと叩かれる。 「おぉう。骨が折れた。骨が折れたよセニョリータ」 「骨、あるんですね〜」 箱を裏返して色付けしていた石動 神音(ib2662)は匂いに釣られてやって来ていた。 「モチのロンよ。骨がなきゃべろんべろんになっちまうっしょ」 「あははっ。その動き面白いですね〜」 くねくねと波のように体を動かして見せた喪越を見て、神音が拍手する。 「はい、お握りもどうぞ」 米を持参して作ったお握りを、深山 千草(ia0889)が盆に載せて運んできた。たちまち集まった者達が手を伸ばしてそれを平らげる。一緒に夕食をと望んだ村人達の配置には最大限に配慮して、火から近い場所に椅子を運んだ。自分で食べるのも大変そうな人には、未楡が寄り添って手ずから食べさせる。 「これ‥‥手拭風に染めてみたんですけど、どうでしょう?」 綿製の布を草木染めで染めてきたアルーシュ・リトナ(ib0119)が、そっとそれを皆に配った。 「ふふ‥‥グリム。似合いますよ」 「そうか?」 受け取ったグリムバルドが捻り鉢巻風に結ぶ。 「お揃いの品‥‥記念になると良いのですけれど」 「私も団扇を揃えてみたの。村の方全員分。天儀風のお祭りと言えば‥‥団扇も、よね?」 「昼間はいいよな。夜はちっと寒いケドよ」 キオルティス(ib0457)がぱたぱたと扇いだものの、すぐに懐へと片付けていた。 「では、お酒も用意しましょうね。桑の実のお酒を用意しましたから」 「ふむ。酒は長寿の源。万病に効くと言うな」 「あ、そうそう。どなたか氷霊結をお使いの方いないかしら? 氷をお願いしたいの」 「はい。私、使えます」 もぎゅもぎゅと頬張りながら食べていた真夢紀が手を上げる。そしておもむろに、手回し式かき氷削り器を取り出した。 「これでぎゅぎゅっと細かくすると食べやすくて良いかもしれないのです」 「食材を冷やしておきたいんだけど‥‥そうね。明日暑かったら、使ってもいいかも」 「皆さんはどんな屋台を出す予定なんです? 自分は食べるの専用かもですが‥‥」 皆の様子をぼうっと眺めながら、和奏(ia8807)が尋ねる。 「あぁ、それは‥‥」 『それは当日のお楽しみ、と言う事で、開拓者達は力の限り戦い続けました。主に、木材と。 そうして祭りの日の朝がやって来たのです』 ● ジルベールが提案した縁台には背もたれがついていた。やや角度を寝かせて背を預けやすいようにしておく。 出来上がったそれを雫が運んで広場に置いたり通りに面した場所に置いたりした。 「で、どんくらいまで組めばいいんだ、コレ‥‥」 櫓の骨組みを作ったグリムバルドは首を傾げていたが、何となく出来上がる。若干傾いているような気もするが。 「この高さでいいでしょうか?」 「もう少し右じゃねェ?」 手作り提灯を和奏が道のあちこちに吊るしていた。地面に細い木材を挿し、そこから吊るすのだ。キオルティスも一緒に作ったが、手には灯篭を持っていた。木製の骨組みに紙を張り、中に蝋燭を入れたものである。風などに煽られて紙や骨組みに火が点かぬよう、皿に入れた蝋燭を使い、更に灯篭自体の大きさを大きくする。そうなると個数を作れないのが問題だが、それもせっせと広場に吊るした。ジルベールも一緒に作ったのだが、彼は家修繕に忙しい。 櫓には浄炎が作った藁床に茣蓙を被せて畳風に見せかけたものが上に置かれた。そこに、琉宇(ib1119)が作った太鼓を乗せる。樽に羊皮紙を張ったもので、穴や隙間には木屑を詰めたものだ。 屋台も完成し、準備は終わった。後は屋台で料理を出し催し物を始めるだけである。 「で? 何でアタシがこんな医者みたいな真似を‥‥」 そこに、2人の娘がやって来た。 「あちー‥‥だるー‥‥。あ、日陰発見」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)とブラッディ・D(ia6200)である。2人はとりあえずテントを日陰に設置し、休憩所代わりとした。地面にも布を敷き、祭りの間具合が悪かった人を休ませる場所を作る。祭りともあれば、普段と違う症状が出る人も出てくるだろう。どちらかと言えば設置に乗り気なのはブラッディのほうで、風葉のほうは。 「あー、もー、めんどいー」 「はいはい」 テントの中でごろごろしていた。それをブラッディが嬉しそうに団扇で扇ぐ。 「あー、月ぃ。かき氷買って来て。抹茶」 「ん、抹茶か。りょーかい」 ぱたぱたと出て行ったブラッディは、数分後に戻ってきた。 「風葉。かき氷無かった!」 「かーきーごーおーりー」 「心太ならあったから、心太でいーよな?」 「かーきーごーおーりー」 「はい、あーん」 「あーん」 「すまんが、腰が痛ぅなってのぅ‥‥。ちょっと見ても‥‥」 らぶらぶな雰囲気を出している二人のテントに、お婆さんが入ってくる。 「‥‥おや。トコロテンというやつだね? それ、美味しいのかい?」 しかしお婆さんは2人のらぶい空気など全く気にしなかった。 そんな心太屋台は、井伊 貴政(ia0213)と千草が切り盛りしていた。歯が弱くても食べられると、前もって用意して作ってきたのだ。 「ねぇ、黒蜜、お砂糖水に餡子と果物を用意したのだけど、じゃむもいいかしら?」 「そうですねぇ。蜜と合わせて酢で選んで‥‥じゃむ、どこかにありましたか?」 「村の方が少し譲って下さったの」 「それはありがたいですねぇ。村の人達にとってはそちらのほうがいいかもしれません」 複数の味を用意して置いたところ、村人達にもなかなか好評だった。 「白玉入り冷やしぜんざいできました〜」 「ありがとう。これは美味しそうだなぁ」 少し離れた隣の屋台から、真夢紀が器を持ってくる。 「小母様が、簡単なハーブ料理も作ったから後から食べに来て下さい、って」 「それは嬉しいですね。頂きます」 「神音も貰いにいくね〜」 色塗りが終わった木箱を持ちながら、神音は昼間の広場にそれを置いた。その前に、ちょこんと座る。 「は〜い、右に行くおじいさまに左をいくおばあさま。開拓者の人達も、よってらっしゃい見てらっしゃい〜」 ぺちぺちと扇でその箱を叩くと、何事かと数人の村人たちが寄って来た。 「とある町のとある万屋に、一人の娘がおりました〜」 ぺちぺち。箱の横を叩く。 「‥‥ところがある日、破落戸がやって来たのです〜」 「へぇ〜」 「天儀も泥棒が蔓延しているのかい? 物騒だねぇ‥‥」 「そーいや、隣村の鶏屋が‥‥」 井戸端会議みたいな雑談が始まってしまったが、それに応じながらも神音は面白可笑しく話をした。天儀の文化の事も盛り込みつつ、尋ねられれば答えたりしながらのんびり話を進める。 「それで、神音ちゃんはお嫁さんにはならないの?」 「えっ‥‥」 「こんな可愛い子なんだから貰い手が無いって事は無いだろ」 「神音は‥‥おヨメさんにしてくれる人の事は決めているのです‥‥!」 「おぉ〜」 なんて話しに何時の間にかなっていたが。 一方で、キオルティスも村人達の話し相手になっていた。灯篭の下で三味線を持ち、それを弾いて回る。天儀でよく聞くような音階を使って奏でると、皆不思議そうに彼を見やった。 「祭囃子、始めるよ〜」 櫓の上に乗った琉宇が、撥を大きく振り上げる。どん、と、音がひとつした。和太鼓のような重量感はない。だが皆は櫓を見上げる。 「あれは何だい?」 「あぁ、あれかい? 即製の和太鼓って奴さね。この三味線もいい音しただろ? まぁ、座りなよ」 傍に置かれてあった縁台に村人を座らせ、穏やかに談笑しながらキオルティスも一緒に太鼓の演奏を聞いた。 櫓の縁には、アルーシュが腰を掛けている。太鼓に合わせるようにしてハープを奏でるその音は、何やら不思議な和を感じさせた。 「大分、賑やかになってきましたね」 「そうだな」 のんびり屋台に玩具を並べていた和奏が、蒼羅の訪問を受けて商品を見せる。心太売りを手伝おうと考えていた蒼羅だったが、とりあえず人は足りているようだったのでこちらに来たのだ。 「そうだ。からすが確か、茶をやっているはずだ。後から飲みに行くといい」 「有難う御座います。のんびりぶらぶらと、後からあちこち回ってみますよ」 やがて日は頂点まで昇り、徐々に西へと傾き始めた。 ● 「‥‥ゆた」 「‥‥何だ」 「女を待たせない位の甲斐性はあるのかしらって思ってたんだけど」 「‥‥待ったか」 「あの空を見上げなさい!」 びしいっと黎阿(ia5303)が指した西の空には、太陽がかなり接近していた。つまり昼も大分過ぎていた。 「山に入る許可を貰ったから、入っていた。‥‥獣肉、果実‥‥森の恵みを分けて貰ってい」 「よく分かったわ。つまり迷子になったのね」 「‥‥いや、加工をしていた」 「よぉ〜く、分かったわ。じゃ、時間も無いし行きましょ」 由他郎(ia5334)の腕に自分の腕を絡め、ぐいぐいと黎阿は男を引っ張っていく。まずは屋台へと行き。 「これ、使ってくれ」 「あ、お肉ですか〜。いいですね。晩御飯にしましょうか〜」 「あら、新鮮な果物ね。心太に入れてみるわ。食べていく?」 貴政に肉を、千草に果物を渡した。 「茶を飲んでいくがいい」 途中の茶席には数人のお爺さんと、一人の蒼羅が座っている。皆、からすが淹れた緑茶を飲んでいた。お爺さん達は苦さに顔を顰めていたが、そこへからすが羊羹を差し出している。 「いらっしゃい。何か見ます?」 和奏がやっている玩具屋台も顔を出した。 「皆がのんびり楽しんでいるのを見るのは楽しいですね。何時か、お孫さんとか来たら、こういう玩具も喜ばれると思うんですけど」 明王院夫妻がやっている屋台には様々な飲料が置かれている。だが浄炎は席を外していた。 「元六さんが村で唯1人の若い方でしょう? 体調管理には充分気を付けなくてはと言って」 櫓の上に置いた茣蓙を、後日寝床として流用できるよう、元六の家まで世話をしに行ったのだと言う。その半分以上の時間を力仕事に費やしていたその男は、元六の家の屋根を直していた。 「あれ。お2人一緒に行動ですか?」 一軒の家から、雫が出てくる。片手でお婆さんと手を繋ぎ、ゆっくり歩いていた。 「ここに寝たきりの人おんねん。手伝ってくれへん?」 隣の家からはジルベールの声が飛んでくる。中に入って体を起こすのを手伝い、ジルベールの背にもたれ掛けさせる。それをおんぶして、ジルベールは広場へと行った。 「何か食べたいもんあったら俺が取って来るで。遠慮なく言うてや」 背に向けてそう声を掛けると、お爺さんは何度か頷く。肩の辺りに冷たい雫が零れた。 「あ、心太えぇかな。どない思う?」 気付かなかったフリをして、ジルベールは屋台へと向かう。 「あぁ、ジルベールさん。こっちです」 志郎が手を振った。救護用テントの出入り口部分を大きく開け、その傍に縁台が置かれてある。そこに座っている村人も居た。ブラッディが相変わらず風葉を宥めながら、村人達の具合を見てもらっている。 「さぁて最後のオオトリ、花火デコだ!」 広場に立てられた柱の間に縄を通しておいた喪越が、縄からさかさまに吊るした花火に火をつけていく。あらかじめ天儀で売れ残っていた安物を手に入れてきた。何本か湿気ていて火が点かなかったが、まるで滝のように広場に花火が花開く。 「わぁ、凄いですね〜」 花火に合わせて、琉宇がどんどんと太鼓を打つ。神音が拍手をし、キオルティスが三味線を。アルーシュがハープを。黎阿が舞を舞った。広場に居る者たちは皆、その共演を眺め、終わり行く夏と祭りの終演を思った。 「お疲れ。楽しかったな」 終わりが近付き、村人達は皆家へと帰って行く。それを見送るアルーシュの視界に、愛しい相手が映った。笑顔で寄って来るグリムバルドに微笑み、アルーシュはそっと手を伸ばす。 「降ろして‥‥下さいますか?」 「どうぞ。いらっしゃい?」 両手を広げて歓迎の意を示した男に、アルーシュは櫓の縁から飛び込んだ。 「見ててくれた? ゆた」 「‥‥あぁ。お疲れさん」 舞い終えた黎阿は、由他郎の傍に駆け寄ってくる。その所作さえも無駄なく美しいと思う。隣に座った女に、男はお猪口を渡し酒を注いだ。 「お疲れ」 注ぎ返そうとした手を止め、男は首を振る。 「俺はいい。余り得意じゃない‥‥。知ってるだろう」 何処に居ても空を仰げば月は美しく、酒を交わすのに相応しい夜を感じる事が出来る。 月を共に見る相手は、誰でもいい。心通う相手ならば。 ● 『祭りが終わる時は、いつも物悲しいものだと天儀の人達は言います。終わる事に風情があるのだと言います。 それでも何時かは終わるもの。祭りも終わり、一晩をそこで明かした開拓者達は、片づけを全て終えて村を去って行きました。後には彼らが残したもの。依頼人の為の茣蓙。きちんと修繕された家屋。残った食材で村人達の為に作った軽食。そして、心。 来年を無事に迎える事が出来ると限らない村人の中にもきっと、この楽しかった思い出を糧に、来年もと頑張る人が居た事でしょう。 開拓者達の些細な日常。 それはきっと、私達のように当たり前のような些細な日常を暮らす者達と同じようでありながら、人に寄り添って自然と助け、私たちの心に何か残す。 そんな、日々なのでしょう。 筆者 ヨーシア・リーリス』 |