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■オープニング本文 ● 紅菫横丁。元は菫横丁と呼ばれていた場所であるが、『紅菫』と名乗る女装集団者達が住みついた事で、いつしか『紅菫横丁』と呼ばれるようになった経緯がある。殆どの『紅菫』達は女装などは到底似合わぬ顔つきや体格を持ち、されど心は『乙女』と自称しており、良識ある女性ならばまず着用しないだろうと思われる派手で裾の短い着物を着ていた。現在『彼女達』は8名住んでいるが、横丁の住民は勿論他にも居る。 様々な人々が集まれば、ご近所付き合い等での悩みもあるだろう。又、ご近所の外に対しての悩みもあるだろう。家庭の事、仕事の事、友人、恋人、むしろ恋人欲しい、勉強や修行の事、金銭的な事、それから自分自身の事。明るく楽しそうに振舞っても、誰しも小さなことから大きなことまで多種多様な悩み事は抱えているものである。 というわけで紅菫横丁から、悩み事相談のお話。 ● 横丁には実は、『元締』と自ら名乗る初老の男が1人住んでいた。 そもそも『紅菫』達が長屋に住まう事を許し他の住民たちとの関係の折衝役にあたったのも、その男である。元締は掃除が大好きな男で、横丁の道を朝から箒で掃き、一軒一軒挨拶しながら軽く訪問しては話を聞く役目を担っていた。 「実は、先生の事なのですが‥‥」 その日、彼が学生の住む部屋を訪れると、学生は真剣な表情で話を切り出した。学生は普段は学問所に通って勉強しており、室内には本や紙がきちんと重ねて置かれている。 「その‥‥先生は、多少髪が残念な感じで‥‥それを非常に苦と感じておられまして‥‥」 「ふむ。たしかに髪を結わえる時に少ないと大変ではあるな」 と、初老だが髪の毛がふさふさある元締は、尤もらしく頷いた。 「以前、髪を強制的に抜くべく新しいからくりを作っていらっしゃって‥‥。それは開拓者の方々によって阻止されたのですが、更に他人の髪に対しての妬みが増幅してしまったらしく‥‥。全く懲りておられないと言いますか、新たな強制脱毛の何かを造ろうと躍起になっておられまして‥‥」 「逆境が人を情熱的に変える、典型的な例だろう」 「このままでは、先生が牢に入る事に‥‥。そして牢に入っても恐らく、先生は益々憎悪を燃え上がらせるばかりだと思うのです。懲らしめるだけでは先生は死ぬまで恨み続けるでしょう。そういう人という気がします。ですから、何かその思いを別の方向へ転換させて差し上げたいと言いますか‥‥。恨みを捨てて、心変わりしていただきたいのです」 「その男が作っているという何かについても、対処する必要があるな」 「はい。使ってしまってからでは遅いですから。元締、何とかなりますでしょうか?」 ● 蕎麦屋は、秋菜と小夏という親子で切り盛りされていた。 小夏は先日開拓者達に助けられて、4年間想い続けて来た男に告白したばかりである。 「小夏ちゃ〜ん!」 蕎麦屋の2階で涼んでいた小夏は、表から飛んで来た声に窓の外を見下ろした。 「あ‥‥遼‥‥お涼さん」 見下ろせば、常時変わらぬ眩しい笑顔が飛び込んできた。夏のような明るさがまだ胸に痛い。 「店、入っていい?」 「どうぞ」 慌てて店へと降りると、男はもう椅子に腰掛けている。 「小夏ちゃんにお涼と呼ばれるのはちょっと嫌だな。遼でいいよ」 「でも、遼さんは‥‥『紅菫』の人だから」 この目の前の男が女装している姿を小夏は見た事が無い。心も女であるらしいと開拓者から聞いたが、確かに喋りの端々に女言葉が出る事があるもののそれだけだ。好きですと告白して、妹みたいに大事な子だけれども恋愛は出来ないからと言われた。友達で居ようとも言われずに数日が経過して、そしてこの男は告白前と何一つ変わらない。態度に全く出さない事がずるいと小夏は思った。 「そんな些細な事は気にしないでいいから。それより今日は、ちょっとお願いがあってね」 「お願いですか?」 こちらから頼む事はあっても頼まれた事は無い。好きな男から頼まれれば聞かぬわけにもいかない。 「この前ほら、女装に男装にとしてたでしょ。開拓者が。あれ見て思ったんだけど、小夏ちゃんの友達の琴音ちゃん。男恐怖症の」 「あ、はい。お兄さんの鈴音さんがこの前、向かいのお婆さんを騙したとかで‥‥でも証拠が無いって‥‥。琴音、かなり塞ぎこんでます」 「鈴音は、中年以上の女性を騙す詐欺男。顔がいいから尚更悪い。それに兄愛が強すぎて逆に衝撃を受けた妹の琴音ちゃん。顔は可愛いのに男を毛嫌いして、今回の事で尚更拍車がかかったと思うんだけど‥‥ちょっと原因が私にもあるから何とかしてあげたいなって思ってね。そこで、男装」 「男装‥‥」 「女の子が男の格好をして優しく慰めてあげれば彼女も落ち着くかなって思うけど‥‥駄目かな?」 ふんわりと包み込むような優しい微笑が、小夏の脳裏に浮かんだ。確かに男装の女性はとても柔らかく、どこか安堵する面もある。 「駄目、では無いと思いますけど‥‥でも逆に怒ったりとかしないでしょうか」 「小夏ちゃんがやってみるのはどう?」 「私は無理ですっ! 琴音に馬鹿にされると思いますし‥‥」 「何処から見ても女の子に見える女装の男と、どっちが彼女の心を癒せるのかしらね‥‥。まぁ、女装の男のほうは‥‥鈴音を上の人達が裁けないなら私達、でね。元締に言っておく‥‥そういえば、秋菜さんは?」 「母は今日は出かけています」 「そう」 ● 墓場に1人、女性が立っていた。 「今日は命日だったかな‥‥?」 横手から声を掛けられ、紺の着物を着ていたその女性は振り返る。 「‥‥元締」 「小夏には言っておらんのだろう?」 「えぇ‥‥」 小さな墓を見下ろし、2人は囁くように会話した。 「でもようやく‥‥見つける事が出来た。この機会を逃したくはありません」 「やめておけ。恨みは‥‥新たな恨みを呼ぶぞ」 ●横丁住人一覧 紅菫 女装集団。長屋に住んでいるが全員1人暮らし。現在8名。名が判明しているのは於菊とお涼の2人 芸者 フリーの芸者。あちこちに出かける事が多い 花屋 植物の花のほうを仕入れて売っている 朝、摘みに出かける事が多い そこそこのお歳のお姉さん 草履屋 主に自宅に居る。時々寺社近くで売っている。 氷水屋 白玉入り氷水売り。通りで売る事が多く家には夜しか居ない 学生 日中は学問所や先生の所に行っている。最初の悩みを話した人物 花火職人 最近引っ越してきた。河原の花火大会も終わって家でぐうたらしている 貸し本屋 店を構えている。絵姿売りもしている。店員は2名 蕎麦屋 店を構えている。店員は秋菜と小夏の2名 犬が居る |
■参加者一覧 / 貉(ia0585) / 巴 渓(ia1334) / 秋桜(ia2482) / 斉藤晃(ia3071) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / 琉宇(ib1119) / ユリゼ(ib1147) / 藍 玉星(ib1488) / 志宝(ib1898) / 月見里 神楽(ib3178) / 亜弥丸(ib3313) / ライディン・L・C(ib3557) / 色 愛(ib3722) / エーディット・メイヤー(ib3831) / オルガ(ib4220) / 成伏 御伽(ib4221) |
■リプレイ本文 ● 誰しも、悩みは抱えているものである。大なり小なり違えども『悩み』そのものに差はない。本人とって大問題であるなら、それは大問題な悩みなのである。 というわけで、とある場所にとある長屋がありました。 「くくく‥‥今日こそは完成させて見せるのだ‥‥!」 その長屋の一室に、『先生』という肩書きを持つ人が住んでいました。彼は学問所で学問を教える傍ら、趣味の『からくり作り』についても教えていました。 「‥‥よし、後はこの液を‥‥」 趣味なくらいなので、自宅でもからくりを作っていました。とにかく色んな物を作るのが大好きな先生だと近所でも評判で、部屋のあちらこちらにからくりが転がっています。しかし今作っている物はからくりではありませんでした。とある『薬』です。これが完成すれば、彼の人生はもっと愉快なものになるに間違い無い、というものでした。 「この試作品が出来れば、奴の頭も‥‥くくく‥‥」 「おーう。はいるぜー」 がらがらり。突如、彼一人の世界に侵入者が現れた。 「ん? ここが『先生』の家かい? 何だ、金でも持ってるかと思って来てみりゃ、大した事ないな。‥‥そうか、あれか。からくり作るのに金注いだんかね」 「なっ‥‥何者だね、君は!」 「ん〜? 貉(ia0585)だ」 「股間天狗の鬼切ツッコミじゃ!」 その背後から、天狗の仮面に褌一丁だけの姿で男が飛び込んできた。奉行所に見つかったら恐らく捕まるであろう格好である。 「お前、ツッコミじゃなくてボケだろ」 「緑のアレが食べたいのぅ、たぬぽん♪」 「たぬぽんじゃねぇよ」 「花火を持って来たなりよっ!」 斉藤晃(ia3071)の後ろからは、平野 譲治(ia5226)が満面の笑みを浮かべて入ってきた。 「皆で横丁祭りなりよっ! んっ!」 ぐっと、譲治は花火を先生に差し出す。思わず受け取ってしまう先生。 「終わったら、後から遊ぶなりよ〜っ」 渡すだけ渡して、彼は去って行った‥‥。 「‥‥なっ‥‥何なんだ‥‥?」 「にゃ‥‥お邪魔します」 譲治とすれ違うようにして、戸口の所からそっと月見里 神楽(ib3178)が中を覗き込んだ。 「あぁ、すみませんねぇ、先生。その子達、うちの店員でね‥‥」 着物の袖をまくってハリセンを持ち、ねじり鉢巻を頭に巻いた色 愛(ib3722)がゆっくり入ってくる。 「いらん。わしは何もいらんぞ!」 「まぁまぁ、聞くだけはタダってねぇ」 そのまま軒先に回って座ってしまった。 「よいしょ、っと‥‥。こんにちは〜」 そこへ、琉宇(ib1119)がやって来た。但し一人ではない。 「のらもふらさまが居たから連れて来たよ」 「いらん! 呼んではおらん!」 「ハーイ、店長。送れてすまないアルネ」 そこへ、秋桜(ia2482)が堂々と入ってきた。堂々と、凄い髪型で入ってきた。得体の知れない、強いて言うならば敢えて良い風に言うならば『桃色』の髪。どうやらかもじであるらしいのだが、ぼわぼわの髪型になっていた。何かが爆発したような髪型だった。 「おう。邪魔するぜ」 人も増えた室内に巴 渓(ia1334)も窮屈そうに入ってくる。 「お前達‥‥多勢で押しかけよって‥‥何のつもりだ!」 「まぁまぁ落ち着いて。お茶は如何か?」 てくてくと入ってきたからす(ia6525)が、ずいと畳の上に上がってお茶をたて始めた。 「‥‥一体‥‥何なんだ‥‥?」 狭い長屋の一室である。人で埋まった室内を見回しながら、先生は呆然と呟いた。 「じゃ、先生は何の先生なのさ」 最後に、ライディン・L・C(ib3557)が入ってきた。 そうして総勢9名の開拓者が、先生の家に集まったのである。 これだけの人数に囲まれれば、最早彼に逃げ場所は無い。 ● からすが出した茶を全員が飲み干した後で、逃げ場の無い先生は部屋の中央に座って身を縮めていた。 「ともかく、男が過ぎ去った過去に未練がましいのは赦せん」 どすっと畳の上に座り、渓が最初に切り出す。 「あまつさえ、人様に迷惑を掛けようと画策するとはな」 「なっ‥‥迷惑ではないぞ。これで、この世の男達の憂さも解消されようと言うもの!」 「ハゲが気になるなら、ちょんまげにでもすりゃいいじゃねぇか」 貉がのんびりと言う。 「貴様‥‥わしを馬鹿にしておるのかぁ!」 町人風に結ってはあるものの、それもまぁ何とか寄せ集めたという感じである。 「妬みもそこまで来るとむしろ感心したくなるもんだよな」 「髪が残念?」 茶道具の片づけを終えたからすが、先生に向き直った。 「いや、こう考えるのだ。『今がいめーじちぇんじの時だ』と」 「‥‥何だと?」 「良いか。無理に結う必要も無い。周囲を刈上げる、短く揃えて整える、いっそ坊主にする」 「坊主など話にならん!」 「少なくなってしまった髪を戻すには何十年もかかる。そして老いるほどそれは難しくなる。既に分かっているはずだ」 「わしはまだ若い!」 「だが年々歳はとる。抗いきれんものだ。思い切ってやるといい。楽になる」 「そうそう。ハゲでもいいじゃん。俺は好きだよ」 ライディンが言葉を継ぐ。 「ハゲではなーい!」 「あぁ、うんうん。ハゲじゃないんだよな。ちょっと後退してるだけだよね。大体さ。言う程みんな、あんたの事なんて見ちゃいないし、馬鹿にもしてないよ」 なんて慰めのような事を言いながら、内心ちょっと八つ当たりが含まれているかもしれなかった。以前の毛根絡みの事件で。 「それに、その努力で救われる同志も居るかもしれないから、頑張るなら応援ぐらいするケドさ。でも生徒に見られて恥ずかしいのは、頭じゃなくてその妬みと行為。違う?」 「そうだ。ハゲが悪いんじゃない。そのハゲを受け入れず、みっともなく隠そうとする姿が悪い」 更に追い討ちをかけるように、渓が指摘した。 「えぇい、どいつもこいつも‥‥煩いわ!」 「あんたは、心のハゲだ」 「こっ‥‥心のハゲ‥‥!?」 その言葉は、明らかに先生の意表を突いた様だ。 「そうだ。己のあるがままを堂々と受け入れろ。逆転の発想をしろ! からすが言うように、今が自分を変える時だ。ハゲもまた、天然自然、己の大切な一部、個性だ」 「たっ‥‥大切な‥‥」 「それを忘れ、一方的な劣等感から己のみならず他人まで巻き添えにするなど、愚の骨頂!」 「えぇい、煩い煩い!」 どうやらこの男は、自分が悪いと指摘を受けると逆切れするようである。発想の転換自体に興味はあるようだが、責められれば途端、態度を硬化させる。 こういう男に対してどういう態度を取るのがいいのかと言うと‥‥。 「人間さんが毛がないのはまだマシだと思うのです。神楽みたいな毛むくじゃら獣人で耳としっぽがある場合は、かなり深刻な事になるのです」 言われて先生は神楽を見た。‥‥別に、毛むくじゃらではない。と言いたそうな顔になった。 「んと、おじいさん。想像してみて下さい。神楽が坊主頭で、ふわふわの毛がついていない耳がにょきっと生えている所を‥‥」 「そんな女子は大層可哀想だ」 「毛の無いしっぽが揺れているところも‥‥」 「しっぽはどうでも良い」 「つまりですね。毛が無ければ、足せばいいと思うのです!」 ぽんと両手の掌を合わせ、神楽はにこっと笑う。 「ほら、そこにもふらさまもいらっしゃいますし、もふらさまの毛を分けて貰うとか、毛生え薬を作るとか」 「毛生え薬が成功しておれば、苦労せんわ!」 「やっぱり、毛生えの研究はしていたんだ」 神楽に指されたもふらさまを縁側に配置しつつ、琉宇も隣に座った。 「もふらさまって、毛を刈ってもすぐにもふもふになるんだよね。だから毎日刈るのが大変だって言う人も居るみたい。もし出来るなら、脱毛薬が毛刈りに使えないかな、って」 「ほほぅ」 「でももふらさまは、やっぱりまた、もふもふになるんだ。流石は神様って感じなんだけれど、ふと思ったんだよね。このもふらさまを研究することで、毛生えの仕組みが分かったりしないかな」 「しかし‥‥」 言いながら、先生はもふらさまを見た。もふらさまはそ知らぬ顔で背を向けて庭を見ている。 「多分それは、先生こそが研究できるものなんじゃないかな」 ふむと考え込んだ先生に、愛が『店員達』に目配せして見せた。 「ささ、そんなお悩みの先生に、お立会い、お立会い」 縁側をぱぱんと叩き、愛は何やら怪しげな物を取り出す。器に入っているのだが、中には緑色の液体が入っていた。 「ここに取り出しますは、遠き遠国、果て又由緒ある薬屋か。入手経路は不明なれど、裏の裏を掻い潜って我が手元に参りましたるこの薬! 何と、秘伝の毛生え薬ときたもんだ。これの効能たるや凄いもの。ここに居ります助手の秋桜の頭をはい、見て頂きましょう。この生えぶり! どうだい、見事なもんじゃないですか!」 「‥‥得体の知れない色をしているのだが‥‥」 「気にしちゃいけないアルね」 かくかくと首を揺らしながら秋桜が近付いてくる。 「これをちょいと頭に塗れば、十日後にはボウボウのかもじ要らずってねぇ!」 「動いちゃだめアル。動くと変な所ふさふさナルネ」 がしっと秋桜が先生の頭を固定した。首を固定すると圧迫死してしまうので、耳の辺りを両手で押さえる。 「な、何をする!」 暴れる先生だったが、貉がひょいひょいとやって来て、脚もしっかり固定した。その後方では晃が得体の知れない動きをしている。全員纏めると一層挙動不審な店員達だった。 そうして先生の頭は、実にいい感じの緑色になった。 「これにジルベリアの獣耳カチューシャを改良して付ければ、おじいさんがモテモテの時代が来ると思うのです!」 そんな先生に、神楽が笑顔を向ける。 「髪が少ない事の、何が可笑しいというのかね」 茶を静かに飲んでいたからすが、再度一言そう言った。 ● 「小夏ちゃん、元気だった?」 一方の横丁蕎麦屋。暖簾を潜ってきたユリゼ(ib1147)が、小夏に声を掛けた。 「話、聞いたわ。気晴らしの依頼なら何時でも歓迎よ?」 「ふふふ〜。お手伝いに来たのですよ〜」 頭にぽふと手を置いたユリゼの横にはエーディット・メイヤー(ib3831)が立っている。 「有難う御座います‥‥」 「気にしないで。お友達の為に男装ねぇ‥‥。良いんじゃない? 何時もと違う自分を見つけるつもりでやってみたら良いわ」 「‥‥はい? 私がですか?」 「貴女が楽しんで一緒に居てくれたら、それだけで彼女の気も紛れると思うのよ」 「そそそんな、私には無理です! やってみた事も無いですし、そういうのは似合う人が」 「及ばずながら、私もジルベリア海賊風に男装して行きますね〜」 及び腰の小夏の隣で、エーディットがほんわり言った。 「野生的で粗暴な、悪い事を教える大人、というキャラで行ってみます〜」 と、更にエーディットはのんびり言った。 そんな姿が似合うとは到底思えない姿である。 「ほら、エーディットさんも言ってるじゃない。一緒に男装すれば怖くないわよ」 「は、はぁ‥‥」 と言う訳で、2人は小夏を男装させた。姿は横丁ではほぼ見られない、異国風。虹色に輝く美しい外套を貸し、目元をきりっと化粧して髪を後ろで一つに結んだ。貴公子風という事らしい。戸惑う小夏に、ユリゼは女性をエスコートする方法を教える。 そうして3人は琴音の家にやって来た。 「‥‥何なの、あんた達」 「‥‥落ち込んでるんじゃないかと思って」 「大きなお世話よ」 そのままバタンと戸を閉めようとしたその隙間に手を掛けて、ユリゼが微笑んだ。 「あら、あなた可愛いのに見る目ないのね」 「ちょっと‥‥!」 戸がぎしぎし言ったが、 「お邪魔するぜ〜」 笑顔でエーディットがその隙間から室内へと入った。まだも戸を閉めようと真っ赤になって頑張っている琴音の背後に回り、後ろから抱き寄せる。 「ぎゃああああ」 「お前に、新たな世界を教えてやるぜ」 「ひぃやあああ」 耳元で囁くと、琴音はじたばたもがいた。小夏は呆然とそれを見ている。 「ちょっと小夏! あんた、助けなさいよ!」 「‥‥ほら、小夏ちゃん」 ユリゼにそっと背を押され、小夏は1歩前に出た。 「‥‥その‥‥」 「何よ!」 小夏の脳裏に、眩しい笑顔が浮かぶ。小さくひとつ頷いて、彼女は更に2歩前に出た。 「遊びに来たんだよ。琴音、泣いてるんじゃないかな、って思って。‥‥何でも言って? 愚痴でもいいから。愚痴を、聞きに来たんだから」 きっとあの人ならそう言うはずだ。 「こんな素敵な彼を袖にするつもり? なら私が彼にデートして貰おうかな?」 「あっ‥‥あんた達、ちょっと可笑しいんじゃないの!? っていうか、後ろのあんたもいい加減離してよね!」 真っ赤になりながらまだもがいている琴音に、エーディットはそっと自作の本を差し出した。思わず受け取った琴音は、数頁開いてぽろりとその本を落とす。 「なっ‥‥何なの‥‥この本‥‥」 「エーディットさん‥‥」 それを拾い上げたユリゼが思わず苦笑した。そこへ、 「はいっ!」 がらりと戸を勢い良く開いた譲治が、花火を皆に渡しにやって来る。 「夕方から横丁祭りやるなりよっ!」 そう言い残し去って行った。 「これ、恋愛本ですよね? どちらが女性なんですか?」 受け取った花火を横に置き、小夏が本を眺め素で尋ねる。 「俺の物になれば、もっと素敵な事を教えてやる」 口調だけは格好よく、しかし手には別の本を持ちながら、エーディットはそう答えた。 ● 「あの‥‥すみません」 派手ではないが若さを引き立たせるに充分な着物を着、簪や帯には豪奢な飾りがついた格好で、志宝(ib1898)が鈴音に声を掛けた。 「やっと、2人きりでお会いできましたね。以前この河原に来た時にお見かけして‥‥その日以来忘れられなくて」 志宝の言葉に、鈴音は立ち上がる。 「わが弟ながら躾甲斐があるわ‥‥」 彼を女装させたのは亜弥丸(ib3313)であった。化粧までばっちり施して、清楚なお金持ちのお嬢様に見えるようにしてみる。更に女らしさの振る舞いも徹底して教えた。そんな教育の甲斐もあってか、俄かではあるが志宝の立ち振る舞いは女性に見えた。 「‥‥君、いくつ?」 「あ、何歳に見えます?」 素直に歳を言いかけたが、逆に問い返す。 「成人前に見えるね。僕は‥‥余り若い子には興味なくて」 「見かけだけですよ」 実は12歳なのだが、そもそも鈴音はある程度の年齢以上の人を騙す詐欺師である。少しでも若く見えないようにしなくてはならない。 「私も若く見られて損ばかりしています。あの‥‥少しだけ、お付き合いして頂けませんか?」 教わった通りに上目遣いで見上げると、仕方ないという風に鈴音は手を差し出した。どうやら手を引いてくれるらしい。だが志宝としてもその手を取るという行為は実に仕方ないわけで。 仕方ない2人は、そのまま商店街へと出向いた。 「‥‥どうアルか?」 そんな2人を、尾行している者達が居た。 「ん〜‥‥今の所、熱さが足りへんね」 藍 玉星(ib1488)と亜弥丸、そして絵姿描きである。貸本屋で紹介して貰って連れて来た絵姿描きだが、存外尾行行為について来た。 志宝と鈴音が商店街に着いて買い物を始める。そこへ、 「んむっ!」 譲治が花火を皆に渡して去って行った。 「あ。これ頂けますか?」 生地の良い財布を取り出し、金のある事を強調しつつ志宝は鼈甲の簪を手に取る。実は金が無いので亜弥丸から借りてきたのだが、利子付きで借りているのかは不明だ。 店を何軒か回った後、2人は甘味処へ入って行った。それを監視していた3人はしっかり頷く。そして絵姿描きは店内へと入っていった。やがて店内から出てきた3人は、2人の絵姿を描く為に河原へと出かける。 「‥‥微妙やね‥‥」 「‥‥微妙アルな‥‥」 物陰から見守る亜弥丸と玉星は、鈴音が思っていたよりも食いついてこない様をじりじりと見守っていた。結局線だけ描き終えた絵姿描きがまた後日完成品をと去って行き、鈴音も志宝と別れて行ってしまう。 「どないやったん?」 「‥‥それがですね。鈴音さんは元々武家の出なのですが家が没落してお金が無いとかで‥‥」 「それが詐欺の手口やの! 同情してどないするん」 「あ、やっぱりそうなんですか。凄く真剣だからつい‥‥」 「絵が出来てからが勝負アル。これからは女か男か分からず口説くのも悩むような生活を送ればいいアルね」 ● 日が暮れ始め、河原に人が集まりだした。横丁祭りと題した花火会を見る為である。 「ま、数日待てばいい感じになるだろ」 緑色頭の先生も皆に連れられて来ていた。貉がのんびりと言い、からすは皆の為に茶を出す。その近くで琉宇が連れて来た野良もふらさまは、花火の音が迷惑そうにそっぽを向いていた。 「人生オワテルー!」 河原の遠くのほうでは、晃が夕陽に向かって叫んでいる。 「小夏ちゃん。どうだった?」 ライディンは、多少気がかりにしていた小夏の傍で腰を下ろしていた。 「想像以上に楽しかったです。変装って、何だか自分じゃないみたいで晴れ晴れとしますね。あ、この本読みますか?」 「それ?」 と尋ねてから、ライディンは何となく危険を察知してその手を止める。 「ん〜‥‥やめとく。又今度なっ」 そこから少し離れた場所では、 「百合物もありますよ〜」 「えぇ? 女同士の恋愛物なんて何が楽しいわけ?」 「あら。男の人は皆、子犬だって思いなさいな。それよりも、女同士の友情も素敵よ」 「理想と現実は違うもの。知らぬ間に本来の兄君を見ようとして居なかったのでは? 今一度兄君と向き合い話しをされては‥‥」 「変な頭の人に言われたくないわ」 「‥‥あれ?」 エーディットと琴音の傍に、愛と秋桜が座っていた。秋桜は男装しているが髪型が得体の知れない状態のままである。 「くるくる〜、どかーんなのだっ」 譲治は火薬を上に投げて火輪で爆発させるという危険行為を行っていた。一応打上花火のつもりである。その行為は数人によって止められていたが。 「皆、ご苦労じゃったな」 そこへ、元締がやって来た。皆から報告を聞きつつ先生の緑色の頭を撫でたりもふらさまを撫でたりからすの頭を撫でようとして目が合って止めたりしつつ、一人一人の間を回って行く。 「とりあえず、先生は大人しくはなったぜ。あれは褒めて伸ばすタイプだな。何か企みそうになったら、違う方向に褒めて伸ばしてやるといい。まだ何か、困り事があったら頼ってくれ」 渓の言葉に、元締はふむと頷いた。 「困り事‥‥というわけでは無いのだがな。心配事なら山積みだ。例えば‥‥女手一つで娘を育てた母親が、殺された息子の仇討ちをしようと考えておる‥‥とかな」 「では、こう言うと良い。『人を呪わば穴二つ。恨みは連鎖し当事者が死んでも終わらぬ。それは横丁全てにかかるやもしれぬ。罪ある者は、いつか必ず罰を受ける。自ら進んで罪を被るものではない』とな」 からすがお茶を差し出しながら静かに告げる。 「『罰』‥‥のぅ‥‥」 その茶をゆっくりと飲みながら、元締は夕刻の河を眺めた。 |