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■オープニング本文 ● 「ご主人様」 いつもと同じ笑顔を携え、彼女は両手にのせたアクセサリーを、そっと差し出す。 「頂いてばかりですもの。私からも何か‥‥と思って。気に入って頂けると嬉しいんですけれど」 若葉を模した耳飾り。彼女が同じ物を付けていた場面を見た事が無いから、恐らく新しく買ったのだろう。 「私、本当に‥‥この2ヶ月間、楽しかったです。ご主人様とあちこち出かける事が出来て。お茶やお菓子も美味しかったですし、もっとあちこち‥‥そうですね。天儀などにも行って見たかったですけれど」 言いながら、彼女はそっと腕に触れた。そこには彼女が『主人』と呼ぶ人からの贈り物が、綺麗な色を湛えて輝いている。 「『友人』‥‥。ご主人様にとって、私は友人だと。そう、おっしゃいましたよね。でも私、慰めあったり励ましあったりそんな関係は要らないんです。私にとって必要なのは、何時でも‥‥」 窓の外を眺めながら言い掛け、そして、彼女は振り返り笑う。 「ご主人様。もうすぐ、次の戦いを始めますけれども」 いつもと同じ笑顔で。彼女は笑う。 「きっと、勝って下さいね」 ● 通称『白緑の町』と呼ばれるその町では、2ヶ月に1回闘技会が行われている。『白薔薇の戦』と名付けられたその大会は、過去に10回開催された。そして今、11回大会が始まろうとしている。 2ヶ月に1回の祭りは大賑わいで町外から戦いを見に来る者も多く、特に冬が寒いジルベリアでは冬の外での闘技祭りは不人気の為、今回が今年最後とばかりに多くの観光客で溢れ返っていた。残暑などとうに忘れて朝晩めっきり涼しくなってしまったこの地では、今が一番出かけるに良い頃合なのだろう。 「今回参加しようと思うんだが‥‥。前回、志体を持った者が複数参加したって?」 「らしいねぇ。そんなのが出てきちゃあ、俺達が勝てる見込みはねぇけどなぁ」 優勝者には2ヶ月間、町長館を自由に出入りする事が可能で食住を提供される。それに付属して町長自身が景品の一部であり、過去9回に渡って男性が優勝者であった。だが前回、初の女性優勝者がその座につく。しかも開拓者であり、館に住み着く事無く出歩いていた為‥‥町長も又、彼女と共に町を離れる事が増えた。 「もうあれだ。志体持ってる奴は参戦不可にしたらどうだい?」 「そうは言ってもなぁ‥‥。ニーナ様が主催をやっている以上、俺達が勝手に決めるわけにもいかないよなぁ」 「ニーナ様は格闘好きだからな。そりゃあ志体持ち同士の戦いは迫力あるだろうよ。けどそうやって毎回志体持ちに優勝持っていかれるような祭りじゃ、直に廃れるだろ」 「意外と志体持ちだらけになって盛り上がったりしてなぁ」 「おいおい。それじゃ今回参加する俺はどうなるんだよ」 「9回大会にしときゃよかったのにな。あいつ、結構弱いんだぜ、ほんとは」 「らしいなぁ‥‥。損したなぁ‥‥」 「‥‥まぁどちらにしても、このまま町長がこんな生活を続ければ、何れ支持を失うだろうな」 盛り上がっていた酒場は、一人の男の言葉に一瞬静まり返った。 「はは‥‥そりゃ今はあちこち出歩いてるけどさ。次の大会が終われば優勝者と2人で又、屋敷生活だろ」 「そうそう。ほら、町長って結構荷も重いしさ。ニーナ様はまだまだ若い娘さんなんだから、ふらっと遊びに行きたくなる事だってあっても仕方ないよ。うちの娘なんてそりゃもう」 「あの領主様の娘さんなんだ。間違いなんて起こらないさ」 再び盛り上がり始めた酒場だったが、そこに微かな影が潜んでいる。 きっと、大丈夫。群青の町のようにはならない。今まで大丈夫だったのだから、これからも大丈夫。 そんな思いが‥‥端々から漏れる。 ● 「は‥‥又、お出かけ、ですか?」 「えぇ。応対はいつも通りにして頂戴」 「しかしせめて護衛なりを‥‥」 「要らないわ。どうせ誰も、『私』だと分からないもの」 「しかし‥‥」 「貴方は側近でしょ。私の言う事を黙って聞いていればそれでいいの」 娘の言葉に、側近は押し黙った。 白緑の町での祭りは‥‥既に、始まっている。 ●白薔薇の戦 過去大会優勝者名簿(参加当時の記録) 1回 ルスラン・ローゼン 26歳 白緑の町在住 2回 ピョート・レーピン 22歳 白緑の町 3回 グスタフ・サドワ 19歳 白緑の町 4回 イヴァン・ユーズニー24歳 寒椿の町 5回 アラン・デネーキン 29歳 白緑の町 6回 パヴェル・ベロワ 28歳 寒椿の町 7回 ミハイル・ブラッコ 28歳 群青の町 8回 カロル・フェレ 16歳 領外 9回 タラス・アンドレフ 23歳 白緑の町 10回 フレイ・ベルマン 24歳 領外 |
■参加者一覧
黒鳶丸(ia0499)
30歳・男・サ
フレイ(ia6688)
24歳・女・サ
神咲 輪(ia8063)
21歳・女・シ
アルセニー・タナカ(ib0106)
26歳・男・陰
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ごく綺麗に整備された町並みと故郷を比べ、シルビア・ランツォーネ(ib4445)は小さな憧憬をかすかな吐息と共に呟いた。 「‥‥なかなか良い町ね」 それは素直な感想で、いずれ故郷もこんな風になれば良いな、と思う。けれどもその一方で、ただ居るだけで何となく肌がざわざわする陰鬱な感覚は、縁遠いものであれば良いと願う。 そうは言ってもシルビアがこの町を訪れたのは、白薔薇の戦での腕試しに過ぎない。けれど、前回の優勝者フレイ(ia6688)はそうではなくて。 薔薇の花弁の下に幾重にも隠された、ニーナの心がどこにあるのか。手渡された若葉の耳飾りに本当に込められた願いは何なのか。例え彼女が本当に友人を望んで居なくとも、フレイは友人としてニーナの力になりたいと願ってしまったのだから。 (‥‥それがわかるまでは負けられないわ!) ギュッ、と耳飾りを握り締めるフレイの傍には、アルセニー・タナカ(ib0106)がいて、辺りに目を光らせている。傍目にはお付としてフレイに不便がないように――だがそれ以上にアルセニーが気にしているのはフレイ自身の安全だ。 過去、白薔薇の戦において連続優勝を果たした者は居ない。どころか過去の優勝者の殆どは行方不明で、再び薔薇の君に返り咲いた者も居ない。となれば前回優勝者のフレイの身に何か起こらない方がむしろおかしい。 だから不審な者が近付かないように。予選で、幾度か主が呼ばれて行けば、共に試合に向かって一時たりとも目を離さぬように。 フレイの姿を見てある程度は予想していただろうが、今回の白薔薇の戦にも志体持ちが参加している事が知れると、参加者の反応は大きく分かれた。やってられるかと逃げ出す者、それも見越して準備してきたのだからと闘志を奮い立たせるもの。中には、志体持ち同士で潰し合ってくれれば良いのに、と恨めしげに対戦表を睨みつける者もいる。 ちら、とそちらを見て肩を竦めた後、神咲 輪(ia8063)はぐるりと会場を眺め渡した。このどこかにニーナがいるのだろうか。それとも彼女の元に辿り着くにはやはり、大会に勝ち抜き、最低でも本戦に進まなければならないのだろうか。 キュッ、と胸元で小さく手を握る。本当はシノビなのだから調査したり、過去に居た開拓者のようにこっそり忍び込んだり――と言うことも考えた。けれどもまずは正面から、と思ったのはニーナに惹かれ、見極めてみたい、と思ったからだ。 その為にもきっと、この大会に勝ち抜かなければならないのだろう。そうすればきっと、欲しい物に一歩近づけるのではないだろうか。 だから輪は静かに自分の番を待つ。すでに祭は始まっている。 ◆ まったく、とくゆらせた紫煙の行く先を追うともなく見つめながら、黒鳶丸(ia0499)はぼやいた。親が居て、子供が居る。ただそれだけの単純な構図がこれほどに歪むのは、金のせいなのか、あるいは権力に狂わされたからなのか。 前回、本戦まで勝ち抜いた彼のことは、知られていないようで知られている。参加者の中にはだから、今回も勝ちはないなと諦めて、黒鳶丸にお屋敷はどうだったと尋ねる者も居た。 「ま、飯は旨かったな」 そんな者には最低限、差し障りのない所だけをぽんと投げておいて、今回も彼は順当に予選を勝ち抜いていく。それは当然ながらフレイも同じで、だがどこか楽しむようだった前回とは違い、やり過ぎないよう手加減しながらも、真剣な表情をしていた。 張り詰めたような、とでも言えば良いのか。そんな主の横顔を見つめつつ、客席に怪しい動きがないか人魂も飛ばして、アルセニーは慎重に慎重を重ね、フレイに万が一の事がないように気を配る。差し入れをしたいという者があれば主が手を付ける前に毒見をし、休憩となれば市場から食材を調達してきてスタミナ料理に腕をふるう。 フレイはそんなアルセニーに、1度だけ口を開いて何か言いかけ、そして何も言わないまま彼の好きなようにさせた。そしてアルセニーのスタミナ料理を残らず平らげ、次の対戦へと向かった。 そんなフレイとは対照的に、アレーナ・オレアリス(ib0405)こそ、心底この戦いを楽しんでいるようだった。もとより白薔薇を名乗る彼女にとって、同じく白薔薇の名を冠する祭は心惹かれるもの。聞けば色々な話も錯綜し、薔薇の花弁の向こうにきな臭いものが見え隠れしないでもないが、今この時ばかりは祭を楽しみたいものだ、と現れる対戦者を相手に剣技を披露する。 とはいえそれも相手が一般人だから出来る技だ。志体持ち相手では油断出来ませんわね、と微笑む彼女が志体持ちであることもあっという間に会場に知れ渡り、対戦の合間に白緑の町について尋ねようと住民や目立つ旅人に声をかけると、ああ、と声が上がるようになった。 どんな町で、美味しいものは何なのか。町長のニーナはどんな人柄なのか。なぜ知りたいのかと聞かれれば『なぜって、ニーナ嬢も賞品なのでしょう?』と微笑むだけで済む。 そうして華やかな気配を振りまいてアレーナが町をそぞろ歩くのとはまた別に、輪も『試合の合間の息抜き』を装って、時間を見ては祭の雑踏の中に紛れ込んだ。幸いと言うべきなのか、残念ながらと言うべきなのか、今のところ彼女の耳には、怪しい事柄も、あるいは気にかかる事柄すら入っては来ない。 ぼんやりと、賑やかな空気を楽しむような彼女はどうやらまだ、志体持ちとはばれていないらしい。多分、彼女が徹底的に逃げに徹して最後の最後に勝負をかけているからだろう。それでも相手によっては、一般人にしては身が軽すぎると感じたかもしれないが。 対照的に、初戦から志体持ちの実力を(結果として)見せつけたシルビアは、色んな意味で対戦相手の腰を砕きつつ、勝ち街道を爆走していた。 「べ、別に、あんたの攻撃なんて怖くともなんともないんだからねッ!」 対戦相手の男にそうツンデレるシルビアに、ツンデレられた男の動きが止まる。攻撃も防御もとにかく力押しで攻める彼女が志体持ちなのは、初戦でいきなり対戦相手が吹っ飛ばされたので判っているのだし。 だが立ち止まっていても試合は終わらないし、案外いけるんじゃ、と向かっていった参加者は全力で受けようとしたシルビアに逆に吹っ飛ばされ、あっさりと試合は終了した。シルビアとしても、ちょっと不味いと言うことは判るのだが、試合に入ると反射的に全力になってしまうのだ。 そんなこんなで試合は進み、ついに志体持ち同士が予選でやりあう事になった。何しろ試合に参加している志体持ちは5人だ。そして町長の屋敷に招かれてニーナの前に実力を示す事が出来るのは4人だけ。 「お屋敷の皆はええ人で、屋敷付きの料理人はんの飯は旨い‥‥とくりゃ、今度こそ優勝目指させてもらうで。誰や知らんけど、悪いなぁ」 「仕方ないわ、ね。初めまして、お手柔らかに」 故に、予選で行われるたった1組の志体持ち同士の対戦をする事になったのは、輪と黒鳶丸だった。あくまで仲間とは無関係を貫き通す黒鳶丸の言葉に、こくり、と輪も頷いて合わせる。 身軽さだけが身上を貫くつもりではあったが、相手が志体持ちでは本気を出さざるを得ない。輪は対戦開始と同時に木葉隠を使い、とにかく時間を稼ぐ事に専念した。 逃げ回り、戦いを長引かせれば自然、人の緊張感は緩む。それは志体持ちでも同じ事であり、そして輪に勝機があるとしたら多分そこだけだ。 けれどもここで時間を取られるのは、黒鳶丸にとっては不利になる。彼としては相手が志体持ちであろうと、叶う限り短期決戦で決着をつけ、ニーナや会場の観客に己の実力を示しておきたい所、と強力で筋力を上げ、剣気を纏う。 そんな互いの思惑を重ねてぶつかり合った志体持ち同士の決闘は、一般人同士の決闘を見慣れた人々からすれば常軌を逸した展開となり、結局黒鳶丸が僅かに見せた隙を狙い、飛び込んだ輪を逆に制して決着した。 そうして結局、事前の予想通り四強に出そろったのは全員が全員志体持ち、という事になり。この結果に、破れた参加者のみならず、見守っていた観客からも何やら落胆の息が聞こえたようだが、結果は変わらない。 本戦に勝ち残った4人は10回目の大会と同じく、町長の屋敷に招かれる事になった。寸前、ふ、と視線を巡らせると観客の中に黒衣の少女の姿が見えた気がして、やっぱり、とフレイは口中で呟く。きっと彼女も、ミルヴィアーナもこの会場で、白薔薇の戦の行方を見守っていると思っていたから。 現薔薇の君であるフレイが勝ち残ったのだ、ニーナが出迎えてくれるかもしれないとも思ったが、以前と同様、4人は食堂へと通され、使用人達に見張られるように夕食を摂る。そうして案内された客間もまた、以前と同じものだ。 明日には本戦が始まる。それが待ち遠しいような、何か取り返しのつかない事を始めようとしているかのような、不思議な感覚を味わいながら、4人は寝台に潜り込んだ。 ◆ 主が消えていったお屋敷の門前から少し離れた所で、アルセニーは祈るような気持ちで白緑の壁を見つめていた。果たしてこの壁の向こうでフレイが無事で居るのか、と思うと焦燥に駆られるのだ。 本戦が終われば一度は必ず帰ってくると、彼女は自分に約束した。だから瘴気回収と人魂を交互に使うアルセニーを置き、輪は1人、白緑の町の中に居る。 白薔薇の戦はまだ終わったわけではないが、本戦はお屋敷の中だけで行われる。となれば庶民にとっては、予選が終わった時点で祭が終了したも同然だ。 最終戦、志体持ち同士の激しい戦いを繰り広げた輪の姿に、辺りからはどよめきともざわめきともつかない声が聞こえてくる。けれども一見すればおっとりとしたお嬢さんといった風情の輪は、変わらず超越聴覚で辺りに耳を澄ませ、そぞろ歩きを楽しむフリで町の中を歩き回った。 そんな輪に興味を持った町の男が声をかけてくる。 「あんた、残念だったな」 「仕方ないわ。本戦に進めるのは4人だけだもの」 「ニーナ様は強い者がお好きだからな。今頃、本戦の枠を5人にすれば良かった、と思ってるかもしれないぜ」 そうかしら、と輪は小首を傾げて屋敷の方を振り返った。できれば彼女に近付き、見極め、彼女を取り巻く物語の核となるものを知りたかったのだけれど。 彼女には何だか、似た匂いを感じる。それは輪自身でもあり、輪の親族のものでもあった。 もう一度、彼女に近付く機会はあるだろうか。それとも今度こそ、シノビとしてあの屋敷に忍び込んでみようか。 そう、考えを巡らせる輪の眼差しの先の屋敷では、まさに本戦が始まろうとしている。4人が朝食をとり終えた頃にドレスに身を包んで現れたニーナは、まずは型通りの挨拶を述べて貴族らしい礼をした後、初めてフレイを振り返り、いつも通りに微笑んだ。 対戦は、まずはアレーナとシルビアが。では早速始めましょうか、と微笑んだアレーナをチラリと見て、うーん、とシルビアは考える。 一般人相手では本戦まで勝ち残れたシルビアだけれど、ここに残っているのは全員が彼女と同じ志体持ち。となれば自分自身の実力を鑑みるに、優勝するのはかなり厳しいものがありそうだが――作戦と言っても彼女に思いつくのは予選と同じ、力押し、ただ一点。 ゆえにシルビアは合図と同時に、スマッシュを乗せて獲物を叩きつけた。だがアレーナも油断はしていない。受け止め、弾き返すやシルビアとの距離を一気に詰め、あっという間に勝負は決した。 続いて、黒鳶丸とフレイの対戦。ニーナの表情は変わらない。彼女は、フレイの懐に若葉の耳飾りがある事を承知しているのだろうか。そう思いながら予選で見た黒衣の少女に胸の中で呟く――私もこの笑顔の意味が知りたいの、と。 だから負けられないと、フレイは黒鳶丸を睨んだ。黒鳶丸も気合は十分のようだ。そうして、ニーナの前で互いの武器を手に向かい合い、合図と同時に床を蹴る。先の対戦とは違い、激しい火花散る戦いが始まった。 刃と刃の噛み合う鈍い音、幾合にも渡る立会い。だがその対決はじきにフレイの勝利で終わった――以前と同じ様に。ぇ、と小さくもれたのは、一体誰の声だっただろう。 「‥‥強さを追求する身としては絶対勝てると言いきれん己が力量が哀しいわ」 大きく肩で息をしながら、黒鳶丸は苦い笑みを浮かべ、同じく荒い息を吐くフレイにそう言った。だがこれは彼にとって予定通りの結末だ。もしフレイと本戦で当たる事があれば、彼は負けよう、と決めていた。 誰も2連覇した事のない白薔薇の戦。行方不明の過去の薔薇の君達。となればもし、フレイが2連覇する事になれば一体ニーナは、そして周囲はどんな反応を見せるのか――それを見てみたかった。 ちら、とニーナを振り返るが、彼女の表情に変化はないように見える。だが誰かがフレイの勝利に驚いた。それだけで十分だ。 その日は各自、与えられた客間で休んだり、思い思いに屋敷の中を見て回り、翌日はついにアレーナとフレイの対戦だった。 「白薔薇と謳われる者として、必ず優勝してみせましてよ」 「それなら私は真紅の薔薇、大輪を咲かせましょう」 微笑むアレーナの言葉に、負けじとフレイがそう宣言した瞬間、ひゅっ、と息を吸い込む音がした。それは革命の色だ。かつて、革命を叫びこの地で荒れ狂った者達が、その旗印として掲げた薔薇。 だが。それが誰の物だったのか、解らぬまま最後の戦いは始まる。それは、家臣達がよほど「中断して庭で仕切り直しては」と主に進言しようかと思う程、激しい戦いとなった。 アレーナが引けば、フレイが絶叫を上げて突っ込む。かと思えば僅かに見えたフレイの隙に、アレーナが飛び込んでいく。幾度も体が入れ替わり、刃が交わり、耳が痛くなるような剣戟が広間中に響き渡った。もしかして彼女達の目には、ここがニーナの屋敷だという事すら見えて居ないかもしれない。そう思わせるほどの。 長く続いたように思えた戦いは、けれども実際に計ってみればそれ程ではなかっただろう。ギィン! と一際高い金属音が響き渡ったかと思うと、アレーナの手から獲物が弾き飛ばされ、くるりと回ってニーナの足元に突き刺さった。 家臣達が蒼白になった。けれどもニーナ自身は微笑んでいた――いつものように微笑んでいた、けれども。 ◆ 「気のせいでしょうか」 「どうしたの?」 不意に、アルセニーの呟いた言葉に輪が歌うように返した。それにアルセニーは軽く首を振り、心配そうに白緑の壁を見上げる。何とかフレイの無事を確かめようと、彼は何度も人魂で屋敷の中を探っていて。 少し迷い、辺りに人影がないのを確かめて、アルセニーは小さく輪に告げる。 「フレイ様の勝ちが決まった瞬間、ニーナ様は‥‥」 アルセニーは小さく小さく呟いた。それに、そう、と輪は頷いたのだった。 (代筆:蓮華水無月) |