BR 知己がため
マスター名:呉羽
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/12 03:06



■オープニング本文


「‥‥『かつてあった遺跡の町』か‥‥」
 寒椿の町。その奥にある町長館は、淡い青と白に彩られた、優しい風合いの建物である。その内装もシンプルな装飾と色合いで統一されていたが、見かけにそぐわない複雑な造りの建物が連なる場所だ。比較的大き目の中庭には小さな塔があり、昼下がりにはそこで絵を描く事が町長の目下の日課である。
「それも『紫の宝珠』」
「研究者のジョイットは、現在旅に出ているとの事です」
「恐らく何か‥‥掴んだのだろうね」
 絵筆を動かしながら、穏やかに町長は言った。
「そこに繋がったなら納得も行く。開拓者ギルドには、引き続き調査をお願いして貰えるかな」
「心得ました」
「直に、次の『薔薇の君』も決まる。先代にも接触を」
「しかし、開拓者が負けるような事があるでしょうか」
「彼女は望まないはずだ。例外をね」
 手を止め、イチルは塔の方角を眺める。
「もしその例外が2度も起こったなら‥‥彼女が何もしていないと言う事だ。逆に起こりえなかったならば、必ず行動を起こしている」
「‥‥いかがなさるおつもりでしょうか」
「結果は、大会が終われば出る。それからでも遅くはない。問題は‥‥」
 絵筆を置き、イチルは立ち上がった。側近が、静かに頭を垂れる。そちらを見る事無く塔を眺めたまま、イチルは呟く。
「‥‥父上だ」


 開拓者達の報告を受けてパヴェルについて引き続きの調査を願うという依頼が、イチルの名でギルドに出された。そこには追記として、『父上のご様子も芳しくない。もし手が空くなら様子を見に行って欲しい』という内容の事が記されている。医師の見立てではこの冬まで命があるかどうかも難しい状態で、薬も効き目が無いらしい。イチル自身も殊更に状態が悪化してからは見舞いに行っておらず、現状がどうなっているのか把握はしていないようだ。
 一方で、ミルヴィアーナからも依頼が届いた。その内容は、『お母様の様子を見てきて欲しい』である。但しこの依頼はごく内密に届けられ、特定の人物にしか伝わらぬようとあらかじめ念が押されたものであった。彼女自身が信用する者にしか、母親が療養している場所は教えないのだと言う。依頼書にも場所は一切記されていない。理由は、『母親の身を案じて』との事である。
 以前、開拓者が複数の町人に人魂を飛ばして後を追わせたが、特にこれと言った情報は得られなかった。開拓者達が過去にあった『革命』についてほんのりと調べているようだという情報をイチルも得ていたようだが、それについては『ほどほどにね』と言うだけに留まっている。過去の薔薇の君達の殆どは現在居場所も分かって居ない。幾ら独身者ばかりだと言っても、皆が皆、誰一人として居場所を特定出来ない、町人達が知らないなどと言う事が、在り得るのだろうか。そもそも何故、彼らは皆、姿を消してしまったのだろうか。本当に、誰にも何も言わずに? 唯一居場所が特定できるのは、9回目大会優勝者、タラスのみである。些細な事かもしれないが、開拓者の中にはこの事が気になっている者も居た。
 6回大会以降は、優勝者以外の参加者達の名前や住所なども名簿として残っている。因みに、

6回 パヴェル・ベロワ  28歳 寒椿の町
7回 ミハイル・ブラッコ 28歳 群青の町
8回 カロル・フェレ   16歳 領外
9回 タラス・アンドレフ 23歳 白緑の町

 である。前回の10回大会優勝者は開拓者であったから別として、彼ら4人については大会参加時点での職業なども記されてあった。パヴェルは『兵士』。ミハイルは『傭兵』。カロルは『料理人』。タラスは『商人』と書かれてある。白緑の町在住優勝者以外の自宅は特定出来ていないが、6回大会以降に関して言うならば、職業などの事も考えると現状居場所が特定出来ないと言うのもまだ分かる。問題は、5回大会以前だ。大会が催されているお膝元在住の優勝者達が4名。だが誰もその居場所が分からないと言う。名前、住所、年齢以外の詳細も不明だ。
「‥‥ローゼン‥‥ルスラン・ローゼンという名の人は、ここに住んでいないですよ」
 1回大会優勝者に限っては住所を偽っている。そこに住むのは歳若い夫婦だった。もしかしたら名前も偽っているかもしれないが。2回優勝者ピョートは3回大会前に自宅に帰っているのが目撃されていたが、その後の足取は不明。3回優勝者グスタフは身寄りも無く日雇い暮らしで住所がよく変わっていた。5回優勝者アランは6回大会前に住所を引き払っている。
 些細な事かもしれない。些細な事かもしれないが‥‥。
 彼らは一体、何処に行ってしまったのだろうか?


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
黒鳶丸(ia0499
30歳・男・サ
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
レートフェティ(ib0123
19歳・女・吟
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔


■リプレイ本文

 寒椿の町の入口でフレイ(ia6688)と別れ、秋霜夜(ia0979)と神咲 六花(ia8361)は町長の屋敷でイチルと対面した。庭先もティーテーブルに座り、それで、とイチルは促す。

「僕にお願い、と言っていたね」
「はい。ご領主の主治医さんに会いに行きたいんです」

 霜夜が告げた言葉に、主治医? と彼は軽く目を開いて確かめる。はい、と霜夜は大きく頷いた。
 イチルの依頼は領主の容態を確かめてくることだ。だが先日来、何度開拓者が領主を訪ねても執事に面会を断られている。となれば霜夜が行っても空振りの可能性は高いだろう。
 ならば、領主の主治医に会うことが出来たならば、容態を聞くことも出来るのではないか。

「イチルさんもご幼少の頃は、その先生にお世話になってませんか?」
「そうだね‥‥君も、主治医に会いたいのかな」
「いや、僕は調べたい場所があるんだ」

 ちら、と視線を向けたイチルに、六花は緩く首を振った。それにイチルは肩を竦め、じゃあまずは主治医だね、と筆記具を持ってこさせた。顔を会わせて最初に、以前イチルの大切な人の事を不用意に詮索してしまった非を詫びた六花に、イチルは気にしてないと笑ったきりだ。
 視線を巡らせれば小さな青い塔。それは先ほど霜夜と共に死者の冥福を祈った場所――町の由来たる椿の名を持つイチルの母の供養塔。

「椿か薔薇‥‥。この地の人たちには、椿と薔薇は似て見えるのかな?」
「どうだろうね‥‥さぁ、紹介状だ」
「ありがとうございます!」
「さて、君の希望は?」
「僕は、閉鎖された鉱山を調べたいと思っているんだ」
「鉱山を‥‥?」
「おや〜、これは偶然ですね〜」

 六花の希望を聞き、軽く首をかしげたイチルの言葉に、ディディエ ベルトラン(ib3404)の声が重なった。ちょうど彼の方も、鉱山の件で話を聞こうとやってきた所なのだ。
 なぜ? とイチルは開拓者達に問いかける。それに六花は「宝珠の採れる遺跡は鉱山の1つとされていたのかと思って」と言い、ディディエは「まずは以前の調査の報告を」微笑んだ。
 そうしていつも通りの独特の口調で報告を終えた後、そこで伺いたいのですが〜、と言葉を続ける。

「鉱山は領主様が管理することになっているとのお話でしたが〜、今も変わりはありませんでしょうか? 御病気になられて政務から遠ざかられた現在でも」
「そうなるね」
「なるほど〜、では何かあった際には報告の義務があるということになりますねぇ」
「そうなるかな。『何か』があればね」

 ディディエの言葉にイチルはクスリと笑い、地図は描けないけれど、と幾つかの廃鉱山を教えてくれた。出来れば職人ギルドの責任者も知りたい、と申し出たが、それは父上でなければ解らないな、と笑顔が返る。
 そうして、これ以上話せる事はない、と首を振ったイチルに礼を言い、3人の来客が帰っていった後、黒鳶丸(ia0499)がやってきた。

「領主はんへの紹介状を頼みに来たんや」
「そう」
「イチルはんのおかん…母君は天儀出身やったんやってなぁ。向こうでもイチルて珍しい名前やねん。で、こないだ同じ名前の人と縁が有ってな‥‥」
「‥‥」

 イチルがふと口を閉ざした。だが黒鳶丸は「依頼見かけたんも縁かなぁて思って」と飄々と続ける。それは査察官を装った前回との印象を変える為でもあり、本音でもあった。案外、彼が知っている女性と目の前の青年は、不思議な縁で繋がっているのかもしれない――と。
 だがあくまでイチルは母の事は知らないと言い、黒鳶丸に紹介状を手渡した。それを受け取り、彼は礼を言って屋敷を出る。これを活かせるかどうか、後は黒鳶丸次第だ。





 群青の町の屋敷の庭で、カンタータ(ia0489)とレートフェティ(ib0123)はミルヴィアーナと会っていた。彼女の母が療養している場所を聞く為だ。

「ご連絡有難うございますー」
「こんにちわ、ミリー。また来たわ」

 そう言った2人の開拓者に黒いヴェールの向こうから視線を投げてくるミルヴィアーナに、常と変わった様子は見えない。だが、やってきたのが彼女達2人である、ということに忌避を感じている様でもない。
 だからお茶を飲みながら、カンタータは「早速ですけれど」と話を切り出した。

「お母様の事ですが‥‥ボクはご病気というのは建前で、事情があって軟禁されているのかなーと思ったりしてるのですが。様子の確認は勿論なのですが、ミルヴィアーナさんの近況お伝えするなりお渡しする品があれば預かりますよー」
「別にないわ」
「ミリー‥‥お母様に会いに行った事は?」
「ないわ」

 ふる、と首を振った少女にレートフェティは、そう、と細く息を吐く。もし本当に病としても、転地療養が必要となるとよほどの事だ。流行病か心の病か、或いは病と偽ってこの町から離れたかった――或いは離された。
 その母に会いたくないはずはないだろう。会いたくなければわざわざ、母の様子を見に行って欲しい、だが信頼出来る者にしか場所を明かさない、などと言いはすまい。
 ならばきっと、そこにはミルヴィアーナが会いに行ってはいけないと思うだけの理由があるはずで。

「‥‥身を案じてという事なら、訪問する時も気をつけないとね」
「ミルヴィアーナさん、何か心当たりがあればお聞かせ願いたいのですが」
「解らないわ。‥‥何も解らないから、解る人にしか教えたくないの」

 誰を信じて良いか解らないから、信じて良いと解った人にしか教えたくない。そうしてミルヴィアーナは2人に母の居場所を、母が居ると聞かされている場所を告げ。寂しそうな声色で小さく言った――『私は梅にはなれないわ』と。





 さて、そのミルヴィアーナの母であるが、彼女は案外ニーナの母に殺されかけたのかもしれない、とハッド(ib0295)は考えていた。ミルヴィアーナを生む前にも彼女は命を狙われている。その後ニーナの母は離縁されたが、完全にその手が及ばなくなった訳ではないのかもしれない。
 となればミルヴィアーナが周囲から嫌われようとしているのはその為であるとも考えられるし。さらにニーナが奔放すぎる振る舞いを繰り返すのも、母の行為の贖罪とも考えられる。

(ただ、復讐の線も捨てきれぬの。血は業ゆえの)

 きょろ、と白緑の町を人を捜して歩きながら、ハッドは微かな笑みを浮かべる。誰からも好人物と思われていた人が、心の奥底に狂気を飼っている事など珍しくない。ニーナは嫉妬に駆られて愛人を殺し、離縁された母の娘――ならばその復讐の念は果たして、どこへ向かっているのか。
 それを知る手がかりがあるとしたら、誰も彼もが行方知れずの中でただ1人現在の位置が判る人物――9回目の薔薇の君タラスだろう。だからハッドは今日はジェレゾから来た新聞記者を装い、彼の居場所を探していた。
 10回目の戦で屋敷を追い出された彼は、未だにその事を恨みに思っているという。酒に酔わせておだてあげれば、愚痴の1つも出てくるだろう。案外他の薔薇の君の事も知っているやも知れない。
 そのハッドとはまた別に、フレイもまた過去の優勝者を知る者を探し回っていた。イチルの依頼はパヴェルを探す事だから、まずは寒椿の町で。
 わざわざ白薔薇の戦に合わせるように調査依頼を出したのはまるで、開拓者達を何かから遠ざけようとしているかのようだ、とフレイは思う。何とか無事に勝ち抜いた白薔薇の戦以後、ニーナは気分が優れないと出て来ない。
 それでもこの調査に携わり、ニーナを知る事で、彼女の真の友達になれるのだとフレイは信じていて。そのせいもあるだろうか、イチルにいまいち心を許す事が出来ない、と感じるのは。

「ニーナに2ヶ月ついていた者として、友人としてお話を聞きに行きたいんだけど‥‥」

 なぜパヴェルの知り合いを捜すのかと聞かれ、そう答えると町の人々は奇妙な顔になる。現薔薇の君がなぜ過去の薔薇の君を気にするのか、というわけだ。
 そんな人々にフレイは尋ねる。

「‥‥やっぱり、男が薔薇の君になって彼女と一緒に暮らすのって、そういう相手だと思われかねないわよね?」
「まぁね」

 白緑の町で見つけた人物は、フレイの言葉に苦笑した。民とも気さくに話すと人気がある一方で、フレイ以外の薔薇の君の時は屋敷に閉じこもりっぱなし。お屋敷の中で若い男女が何をしているのか――というわけだ。
 だがあのご領主の娘さんだから。そんな言葉で信頼を塗り固め、手を振って去った町の男を見送って、フレイは再び別の人物に声をかける。パヴェルや他の薔薇の君と親しかった人はいないか。ニーナの事をよく知る人物はいないか――フレイの知らないニーナの事を。





 案の定、領主館を訪ねた開拓者達は執事によって面会を拒否された。

「イチルはんが、母親について知りたければ領主はんに、言うててん。容態も芳しくない聞くし、領主はんかて子供の事は心配してるやろ。主人に心配させたまんまでええんか?」
「ですが今は旦那様のお身体の方が大事ですから」

 そう、きっぱりと首を振って門扉を閉められ、黒鳶丸は今にも舌打ちをしそうな顔になった。霜夜は「仕方ないです」とほんの少し肩を落とし、まずは腹ごしらえ、と屋敷の入り口の見える場所でお弁当を広げる。うまくすれば屋敷から出てきた使用人を捕まえられるかも知れないし。
 領主館のある丘からは、点在する三つの町は見て取れた。だが色まではさすがに判別出来ず、あの尖塔は群青の町だろうか、いや白緑の町では、と話しているうち、持ってきたお弁当はすっかり平らげてしまう。
 主治医の住所は聞いていた。あんまり待っても来ないようなら直接訪ねた方が、と2人が考え始めた頃、丘の道をしんどそうに登ってくる人影が見える。いかにも重たそうな鞄を提げているあれが主治医だろうかと、2人は顔を見合わせ駆け寄った。
 驚き顔の老人に領主屋敷に行く医者かと聞くと、目を白黒させながら用心顔で小さく頷く。そうして霜夜が懐から取り出したイチルの署名入りの紹介状を見ると、ふ、と眉を小さく潜めた。

「先生、ご領主さんはお子様達にも秘密にするほどお悪いのです?」
「イチルはんもえらい心配しとるんや。俺らに様子を見てきて欲しいって頼むくらいにな」
「それでも町長の仕事は投げ出さん、か」

 2人の言葉に小さく呟いた後、主治医は強い眼差しで「患者の事は教えられない」と首を振った。ならばせめて、何か必要な薬でもあれば用意してもらうから、と尋ねても「うちの診療所にもあるし、館の執事が用意している」と拒否する。
 だが果たしてその薬は適切に与えられているのだろうか? 黒鳶丸はそう疑ったが、薬を見るのは鞄を奪い取りでもしない限り難しそうだ。
 そうこうするうちに主治医は逃げるように領主館の門を潜ろうとする。その背中に、先生、と霜夜が声をかけた。

「先生はミルヴィアーナさんの母君も診られましたか?」
「‥‥それが領主様とどんな関係があるのかね」
「いえ。イチルさんが、薬や身体に良い食べ物を贈られる時にアドバイスできると嬉しいので、教えて下さいませんか?」

 にこっ、と笑った霜夜に主治医は小さく息を吐き、もう2年も前の事だからな、と言い捨てて門を潜っていった。2年前と言えばミルヴィアーナの母親が転地療養に出た頃だ。それ以来診ていないらしい。
 ため息を吐き、帰り際に何か覗けないかと診療所の方を通ると、心を休めるハーブが幾つか植えられているのが見えた。これも領主に煎じられているのだろうか。





 結局の所、カンタータとレートフェティはミルヴィアーナの母に会うことは出来なかった。彼女達がミルヴィアーナに嘘を教えられたのではない。確かにミルヴィアーナの母はそこに居たのだが、今はもう居ないのだ、と訪ねていった先の小奇麗な館の使用人に気の毒そうに首を振られたのだ。

「そんな‥‥」
「どこに行ったのかは教えてもらえませんか? ボク達はミルヴィアーナさんに頼まれて来たんです」
「申し訳ございません‥‥どなたにも、殊にお嬢様がお尋ねになられた場合には、決してお教えしてはならないと旦那様が」

 旦那様、と言うのは領主の事だろう。父親が、娘には決して母親の居場所を知らせるな、と命じる。それは奇妙な気もしたが、お嬢様が奥様にお会いになってショックを受けてはいけないと仰って、と告げられるとそう言うものかとも思う。
 だが、会えばショックを受けるような状態、というのはますます深刻だ。その辺りは教えてもらえないのかとダメ元で尋ねたが、使用人はますます気の毒そうに目を細めながら首を振った。
 やむなく、見舞いにと携えてきた花を彼女に言づて、館を出る。だが諦め切れず、せめて暮らしぶりでも解ればと辺りを訪ねて回っていたら、ふと館の中から話し声が聞こえた。
 まさか、と耳を済ませれば確かに聞こえる。1人は先ほどの使用人で、もう1人は小さくて良く聞こえないがどうやら、女性の声のようだ。瞬きした後、顔を見合わせ頷きあって、2人はさらにじっと耳を澄ませた。
 しばらくそうしていたものの、どうにも言葉を聞き取る事が出来ない。やがて声も途切れて、使用人が話し相手を促し、館の中へと戻っていった気配がした。
 少なくともここには誰かが居るのだ。あの使用人が仕える誰かが。





「‥‥というわけで〜。イチルさんに教えて頂いた鉱山の中には、宝珠やそれらしきものを採掘していた。と言う場所はなかったですね〜」
「研究者を見た人は幾らか居たけれど、すぐに居なくなってしまったらしいね」

 仲間達と合流すると、ディディエと六花はそれぞれの調査を報告した。『革命』についてはやはり禁忌の事だ、誰も語りたがらない。だが宝珠に冠しては僅かながら口は軽く、だが結局の所、どこかで聞いたことはあるけれども、という噂話以上の情報は出てこなかった。
 なぜたかだか数十年の間に、こうも情報が散逸してしまったのか。その理由を想像すれば、鉱山を統括していると言う領主の存在が怪しく思えるのだが――革命だけならば解るが、宝珠に関してはなぜ隠されなければならなかったのか。
 六花の中には、革命の一端に関係していたからでは、という予想がある。だがそれを裏付ける情報はなかなか出てこない。
 頷きながら聞いていたハッドが、そうそう、とタラスの事を口にした。

「余り詳しい事は解らなかったがの。1度だけこんな会話をしたらしいの」

 母上が居なくて寂しいかいニーナ。私にはご主人様がいらっしゃいますわ。それに――みんな奪われたんですもの。
 イチルの母はニーナの母に殺され、その咎で母は離縁された。ミルヴィアーナの母は遠くへ療養に行ってしまった。残されたのは互いに母の違う兄妹と病床の父。
 薔薇の蔦のように入り組んだ事情のどこかに、真実は絡め取られているはずだ。だが調べれば調べるほど、この蔦は踏み入った者を傷つけるようだった。

(代筆:蓮華 水無月)