信蔵くんが行く
マスター名:呉羽
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/18 14:01



■オープニング本文


 ある屋敷に一人の少年が居ました。
 少年は特に不自由なく暮らし、すくすくと14歳にまで育ちました。
 今日も少年は朝から美味しいご飯を頂いています。常日頃から美容と健康と勇猛果敢さを気にしているお母さんの影響で、今朝のご飯も玄米入りの白米です。ちなみに、玄米1合白米1合の割合で炊き上げるととても美味しいそうです。
「やっぱり鰹は美味しいねぇ。旬だねぇ」
 少年は笑顔満開で朝からご機嫌でした。
「そろそろ夜のおかずに鰻が食べたいな。ね、小富」
「左様でございますね、お館様」
「ねぇ、小富。その言い方やめてよ。これまで通り太郎でいいってば」
「そうはおっしゃいましても、お父上がお母上と喧嘩別れなさって家を出られた以上、竹田家の当主は信蔵様であられますので」
「パパはいいよねぇ。決断力があってさ。でもママもママだと思うんだ。先祖代々の豆腐屋である竹田家を、掃除屋さんにしちゃうんだもん。酷いよねぇ」
 そのお屋敷の門には『竹田』と書いてありました。竹田の豆腐や油揚げはバカでかくて美味しいと、昔から評判が良かったのです。それなのにお母さんがお父さんの反対を押し切って、この世を綺麗にお掃除しちゃおうという掃除屋さんを開業してしまったのでした。お母さんが怖くていつも畳と敷居の間線の上で縮こまっていたお父さんでしたが、唯一の趣味である『卯の花料理作り』が忘れられず、『竹田の豆腐屋』の看板を文字通り背負って家を飛び出してしまったのでした。
 お母さんはお母さんで、仕事が忙しく余り屋敷に帰ってきません。たまに帰ってきても『勉強はちゃんとやってるのか。もし次の試験で酷い点数取ったら、この箒で○×△』とか、『体の鍛錬はちゃんとやってるのか。もし次の試験で酷い点数取ったら、数十年掃除していない床下の掃除が○×△』とか言うので、少年は怖くて仕方ありません。元々良い所の出であるはずのお母さんの格好が、まるで遊女上がりのようにだらしなく着物を着崩していて、その姿で大股で歩き回っていたりとか、そもそも少年よりも身長が高くて何だかがっしりしてたりとか、煙管で殴られたら部屋の隅まで飛んで行った事があったりとか、それはそれはもう怖いお母さんなのです。顔は綺麗なのに。
 そんな風に、余り家庭環境に恵まれていない少年でしたが、一つだけ嬉しかった事がありました。それは、両親共々少年の幼少時から忙しくしていた為、代わりに教育係や世話係のおばさんと、お兄さん達が付いていてくれたことです。おばさんは優しく、少年はその愛情をたくさん受けて、怖いお母さんに対する恐怖を何とか抑えて来れました。お兄さん達の殆どは、両親の仕事の手伝いをしていましたが、合間を見て少年に勉強を教えてくれたり、剣術を教えてくれたり、歌や踊りを教えてくれたり、一緒に遊んでくれたりしました。
 そうして、少年は真っ直ぐに育ったのです。
 育ったのですが、血がもたらす呪縛というのは恐ろしいものです。
「こぉら〜! しんぞ〜! 寺小屋いくぞ〜!」
 突然、垣根を揺するような声が聞こえてきました。実際に垣根を揺すっていました。
「ひゃああああ!」
 少年は座布団から飛び上がりました。正座したまま飛び上がりました。
「どどどどうしようにげなきゃにげなくちゃぁあでも学校いかなくちゃあどうするどうすればどうするとも」
「お館様。お茶を飲むかご飯を食べるか逃げるかどれか一つにして下さい」
 右手に渋めの茶が入った湯呑茶碗、左手に白米玄米等分入茶碗を持ったまま、少年は部屋の中をぐるぐる走り回っています。
「だだだって、小富。殺される! 今日こそ僕は殺されるよ!?」
「殺されません。お館様は頑丈さが取り得でございましょう」
 日常茶飯時過ぎて慣れきってしまっている教育係の一人、小富は、少年が持っている茶碗を受け取り、ご飯をよそいました。
「そ、それは取り得だけども‥‥!」
「ならば今日こそは、決死の覚悟で挑んでみてはいかがです? 赤のお召し物をご用意致しますので」
「う、うん‥‥」
「ぐぉらああ! しんぞ〜! 早ぅ出てこんか〜い!」
 部屋から実に良く見える位置の垣根が、壊されんばかりに揺れています。少年は、震えながら黙って膳を部屋の端っこに運びました。垣根が出来るだけ見えない遠い場所でした。
「あぁ〜‥‥何でもう‥‥僕ばっかり‥‥」
 少年は小さく愚痴をぐちぐち言いながら、急に細くなってしまったように感じる喉へ、無理矢理朝食を押し込みました。


「坊ちゃんには、何人かの学友がおられましてな」
 その日の夕方。開拓者ギルドに小富がやって来ていた。顔馴染みの受付員の終業時間を狙ってやって来て、土産にどぶろくを差し出す。
「皆、同じ年か坊ちゃんより年下で‥‥商家武家問わず、学問所でも賑やかになさっているようなのですが、ご両親の影響か、坊ちゃんは些か人が苦手で」
「太郎さんなら私も会いましたよ、この前。屈託なく挨拶してくれましたが‥‥」
「特定の型に嵌る人が苦手なのですよ。例えば、気が強い人、乱暴な人、人を引っ張っていく人、喧嘩っ早い人」
「まぁ、得意な人は余り居ないと思いますが‥‥」
「特に、坊ちゃんが苦手としているのは‥‥永尾家のご息女、景子様。坊ちゃんよりも1歳年下なのですが、とにかく剣の腕は立つわ、才女だわ、その上、坊ちゃんに決闘を申し込んだりなど‥‥。決闘と申してもただの喧嘩なのですが、坊ちゃんは打たれ強いだけで、本来戦いを回避する方ですからな。今日も、赤の衣を着て戦いの場に挑んでいただいたのですが‥‥」
「‥‥回避する方法を伝授なさらないとは、意外と鬼ですね、小富殿」
「やはり男たるもの、真っ向勝負するのが筋というものでしょう」
 ずずと茶を飲みながら、小富は事も無げに言ってみせた。
「案の定の逃げ腰で、竹刀で打ち据えられ笑い物にされてしまったと。竹田家は武家ではございませんから、剣の腕で負けるのはまだ宜しいのですが‥‥いい加減、坊ちゃんにはご当主としての自覚をお持ちになり、受けた決闘も背水の陣で挑んで頂きたいものと。そこで‥‥」
「いや、小富殿。気の(弱‥‥じゃない)優しい太郎さんにそれはちょっと‥‥」
「各地で大活躍中の開拓者の方々に、多少のお力添えを頂きたいと。過酷な日々を乗り越えて来られた方々に心身共に鍛えていただければ、少しは覚悟も出来ることでしょう」
「覚悟というのは、その、負ける‥‥?」
「逃げるばかりでは、この世の中渡り歩けませんからな」
 そして、小富は依頼の報酬を受付員に渡し、静かに席を立った。


■参加者一覧
ジェシュファ・ロッズ(ia9087
11歳・男・魔
日御碕・かがり(ia9519
18歳・女・志
ベルトロイド・ロッズ(ia9729
11歳・男・志
ザザ・デュブルデュー(ib0034
26歳・女・騎
羽流矢(ib0428
19歳・男・シ
藍 玉星(ib1488
18歳・女・泰
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
鷺那(ib3479
28歳・男・巫


■リプレイ本文


 その日、信蔵はビビッていた。開拓者ギルドからやってきた8人を前にして。
「たっ、竹田信蔵です‥‥。気安く太郎と呼んでくださ、ぃ」
 自己紹介をしたはいいが、声も目も手も震えている。
「はじめまして。私はかがりって言うの。よろしくね」
 日御碕・かがり(ia9519)が、にこっと微笑み挨拶した。目線は殆ど同じである。信蔵は心なしか頬を染めた。
「よっす、初めまして。俺、羽流矢(ib0428)って言うんだ宜しくな」
 羽流矢は屈託の無い笑みを浮かべる。そのまま肩をぽむぽむした。
「えーと、太郎、太郎君、信蔵、信蔵君。どれがいい? 俺は信蔵が一番しっくりしそうなんだけど」
「はぁ‥‥好きなように呼んで頂ければ‥‥」
「そんな気負うなよ。な?」
「鷺那(ib3479)言います‥‥よろしゅう」
 髪を若い娘風に結い上げ白い着物を着た鷺那は、一見女性に見える。声に若干の違和感を覚えるが。
「ザザ・デュブルデュー(ib0034)だ、よろしく」
「決闘ね〜。どうしたものかな?」
 ジェシュファ・ロッズ(ia9087)は、のんびりと言っている。
「信蔵くんが、どうしたいかだと思うけどね〜」
「うん。これからどうなるかは判らないけど、あんたの意向に沿う様にするからさ。どうするか決めて欲しいんだ」
 ジェシュファの双子の兄、ベルトロイド・ロッズ(ia9729)も頷いた。
「戦いを回避するのも悪いことじゃ無いアルが、この先、逃げることの出来ない戦いも在る筈ネ」
 藍 玉星(ib1488)は、小富からおやつにと貰った煎餅を早速食べていた。食べながら、尤もな事を言った。
「それは剣術勝負とは違うかも知れないのコト。でも、立ち向かう心は、同じアルから」
「はぁ‥‥」
 だが今の信蔵の心には響かなかったらしい。
「初めまして〜、私ディディエと申します」
 最後にディディエ ベルトラン(ib3404)が、のほんと挨拶した。さりげなく手を取り一方的に握手を交わす。
「私たちのことは、家庭教師のようなものと思って頂ければ宜しいかと。私達が参ったからといいまして、今後寺小屋に通わなくて済むようになるといったことは御座いませんので、お間違えになりませぬよう御願いさせて頂きますです」
「えーと‥‥。じゃあ、何しに来たの?」
 信蔵は、ある程度以上歳の離れた年上のお兄さんには慣れている。気安く問うた。
「それは、これから色々とお話を」
 ディディエは細い目をにっこりと笑ませて、何度も頷いた。


 一先ず屋敷内で冷茶を飲みながら、皆は縁側で信蔵と並んだ。数名はここを離れているので幾分落ち着きを取り戻したような信蔵だったが、それでも戸惑った様子である。
「僕は‥‥正直、決闘とか嫌なんです。その、こういうのってイジメじゃないかと思ってるんですけど、九郎くらいしか味方してくれなくて‥‥」
「同じ組の伊瀬九郎だっけ?」
「はい」
「そうだね〜。気に喰わなければ近寄らなければいいのにね〜」
 ジェシュファはお茶を味わいながら、他人事のように言った。
「ですよね!?」
「でも、きちんと意思を伝えないと駄目かも〜」
「嫌だとは言ってるんですよ?」
「私は、決闘とかは別にしなくてもいいんじゃないかなって思ってるから」
 かがりがにっこり微笑む。
「ですよね。野蛮ですよね」
「でもお話聞いたけど、この家のお兄さん達と剣の稽古はしてるんだよね? 良かったらちょっと見せてくれないかな?」
「えっ‥‥あ、はい」
 何で決闘しなくていいのに剣の太刀筋なんだと内心信蔵は思っただろうが、少し年上の可愛いお姉さんに微笑まれて、否とは言えなかったようだ。庭に下りてかがりも竹刀を構え、一礼の後に打ち合う。
「あ。結構素早いんだ」
 ばりばりと海苔巻煎餅を食べながら、羽流矢が感心したように言った。
「足の運びがいまいちアルね」
 同じように隣でばりばりと海老煎餅を食べながら、玉星は頷いている。
「は〜‥‥。本当に開拓者の人達って強いんですね。僕じゃ全く‥‥」
「信蔵君。しばらく一緒に稽古しませんか?」
 かがりの微笑みは優しい。思わず信蔵は2度頷いた。
「無闇に剣を振るうのが良いとは思わない。だけどどうせやるなら上手くなった方がいいよね? せっかくやるんだから楽しくやりましょう」
「は、はい!」
「よぉ〜し、そーと決まったら、九郎誘ってこよう。怖い女の子じゃなくて気の合う友達同士なら気楽だろ?」
 張り切った様子で羽流矢が裏口に向かう。
「あんたがどうするか決めたらそれを出来るように動くよ。決闘をするのか、しないのか」
 ベルトロイドが問うた。
「したくないよ。争うよりもそれを回避したほうが得策じゃない?」
「じゃあ、相手にはっきりとあんたの意向を伝えるよ」
「えぇ? そんな事したら、あの女、ますます凶暴になるって言うか‥‥」
「凶暴なんだ。大変だね〜」
 ジェシュファは水羊羹を食べていた。甘さ控えめだ。
「信蔵が自分で言うと怒るなら、他人が言わないと駄目なんだと思う。いつまでも平行線は良くないよ」
「言ってあの女、変わるかなぁ‥‥」
「自分が変わらないと相手も変わらないアル」
「そうかなぁ‥‥」
「あたしを景子と思って打ってくるアル。まずは怯えずに立てるよになる事から始めてみるネ」
「あの女はもっと背が高」
「打ってくるアル!」


 そうして、信蔵の剣術修行が始まった。友達の九郎も一緒に修行させられている。修行は主に、学問所の無い日や早く終わる日の午後に行われた。
「ではまず、こう構えて‥‥。それから‥‥。基本の型は綺麗ね。筋はいいと思う」
「ほ、本当ですか?」
「うん。じゃあ、次は‥‥」
「あの、かがりさん‥‥」
「なぁに?」
「近いです」
 褒めて育てよ。少なくともかがりの褒め言葉は非常に効果があった。
「俺が教えられそうなのは回避かな〜」
 羽流矢は身軽に縁側から降りて、竹刀を握る。
「最初はゆっくりと互いに刀を振るって、太刀筋を見るのが怖くないようにするんだ。例の相手の事は考えんなよ」
「でもあの女の振りが速くて」
「そんなもん、慣れだよ慣れ」
「手数が多いタイプなのかな」
 ベルトロイドも竹刀を持っていた。景子に決闘しないと言うにしても、早々に言って学問所で怖い目に遭うのが嫌なので、せめて前日にして欲しいと信蔵が頼んだからだ。なので彼も信蔵の修行に参加していた。
「多分、多いんだと思う。身軽だし」
「俺も力よりは手数勝負なんだ。仮想敵としてはいいかもしれない」
「あの、九郎はどう?」
 友達の事が気になるらしい。問われてベルトロイドは頷いた。
「悪くないと思う」
「切磋琢磨なのですねぇ」
「へぇ〜。これ、秘伝の味なんだ〜。どういう成分なの?」
 縁側で見物しているのはディディエ。ジェシュファは部屋で小富に壷を見せて貰っていた。
「今は美味しい漬け方を研究しておりましてな‥‥。紫蘇はあそこの‥‥」
「あぁ〜、隠れた名産地だよね〜」
 何時の間にか料理研究の話で盛り上がっていた。
「ジェシュ。小富さんの仕事の邪魔するなよ!」
「いやいや楽しいのでどうぞお構いなく」
 先に小富に言われてしまい、大丈夫かな‥‥と心配そうにベルトロイドは室内を覗き込む。
「ところで信蔵様。休憩がてら、少しお話しませんか?」
 その日の修行が終わった夕刻。縁側でのんびりとディディエが声を掛けた。
「学問はお好きですか〜?」
「嫌いじゃないよ」
「では、寺小屋は楽しいでしょうか?」
「ん〜‥‥イジメる奴等が居なければ」
「良い学友とは巡り合えましたか〜?」
「九郎はイイ奴だよ。他にも何人か居るけど‥‥みんな、あの女に怯えててさ。昔は芦賀が権力握ってたんだけど、威張りすぎて今は見離されてるの」
 景子はそんな芦賀を庇い、陰口を叩いているのを聞くと烈火の如く怒ると言う。陰口叩くくらいなら喧嘩で勝負しろと言うのだ。
「徹底して争いを避けるという姿勢は間違っていないのですが〜。女性に対して手を上げるような男は碌なものではありませんから〜」
「うん、そうだね」
「この際、好きなだけぶたせてあげてはいかがです? その上で、『自分は女性を打つ拳も剣も持ち合わせていない』と仰られては」
「えぇ? 僕、痛いの嫌なんだけど‥‥。それに」
「それに?」
「‥‥あいつ、ずっと悔しい思いをしてきてるんだよ。女に産まれて」


 永尾家。立派な門構えの邸宅にザザ達はやってきていた。
「今回、信蔵殿を鍛える為に開拓者が動いている。その目的の一つはさし当たっては決闘の事なんだがね」
 ザザが話を切り出すと、景子は真っ直ぐに来訪者達を見つめる。
「しかし不公平だから、希望するならあたしがきっちり稽古をつけよう。こちらの藍殿との立会いを見物するのも色々と身につくだろうし」
「このような私事で皆さんのお手を煩わせてしまった事、大変申し訳なく存じます」
 折り目正しく正座したまま景子はお辞儀した。
「ですが私の事はどうぞお構いなく。竹田の嫡男を立派な男にして頂ければ、竹田家としても本懐でしょう」
「私らは景子はんの味方おす。気を楽にしはって?」
 鷺那が柔らかく微笑みかける。
「何か、事情があるんやね? 景子はんは、何で決闘したがるんやろか。その理由、自分で分かってはるんえ?」
「軟弱な男をこの世から失くす為です」
「それは信蔵殿だけでは無いだろう? 彼に拘る理由があるのでは無いかと思っているんだが‥‥」
「御座います」
 思うより素直に告白した。
「竹田家は元は武家。武家株を売り払い豆腐屋を始めたと聞いております。母御は勇猛果敢な方。私が兄と家督を巡って争う事を勧めた方です。我が永尾家は代々男にしか相続権がありません。どのような凡庸な男であっても」
 家の為に戦おうと決めた景子は、同じく弟を次期跡取りにと考えていた竹田家の事情を不安に思っていた。弟は優秀だと周囲から褒めそびやかされ、父親もその気で居たのだ。幼少時より共に信蔵と学んでいた景子は、信蔵は凡愚などではないと思っていた。
「才を、隠しているだけなのです。なのに」
「父親は確か、母親に追い出されたとか‥‥」
「豆腐屋を開いてる聞いたあるネ」
「父親が居なければ弟殿が跡継ぎという事も無いのでは?」
「才を見せねば、同じ事が繰り返されます」
「決闘で才を見せる‥‥。そう思うてはるん?」
「はい」
「景子はん。何で素直にならへんの?」
 鷺那が膝を進める。
「言いはったらええ。決闘やなく、言葉で」
「何時か立ち向かうであろうと、思っておりますので」
「ほんとにそれだけアルか? 他の理由、隠しているアル?」
「愛情の裏返し‥‥。つまり信蔵はんが好き‥‥そう、思うんよ」
 鷺那の問いは覿面だった。さっと頬が赤くなる。
「そのような事は‥‥」
「これだけは覚えておいてくれやす。いつか素直にならへんと‥‥悲しい思いをするんは自分どすえ?」
「元より私は武家の娘。商家の息子とどうこうとは」
「好いた惚れたが基礎にあるならきちんと勝負して貰いたいというのがあたしの考えだが、竹田家は元武家なのだろう? 今はともあれ、障害はさほどではないかもしれない」
「いえ、あの‥‥」
「好きな子イジメにも見えるアルね」
「いえ、ですから‥‥」
「可愛くお洒落して会うんもええと思うんよ? 精一杯お手伝いしますえ?」
「そ、それだけはどうか勘弁を‥‥」


 決闘の日当日。
 皆が見守る中、それはいつもの河原ではなく、竹田家の庭で行われる事となった。
「決闘でなくて、試合でいいんじゃね?」
 羽流矢が言い、数人の学友を含めた皆で勝負の行方を見守る。玉星がおやつにと小籠包や壽桃を用意した。本当は父親の豆腐屋で色々買ってきて食べさせてやりたかったのだが、近所では無い所へ行ってしまったらしく見つける事が出来なかったのだ。
 だが、数日の訓練の間に信蔵は皆と打ち解け、決闘前夜には羽流矢やベルトロイドと風呂に入った。結局信蔵が決闘を受けると決意したので、ベルトロイドは景子の所には行っていない。やれ、筋肉なかなかつかないな〜とか、俺よか筋肉ついてそうだし、やるだけやったんだから自信にとか、え? 13歳だったの!? とか色々会話もした。
 そうして、赤色の防具を着た信蔵が緊張の面持ちで立つ中、景子がやってきた。
「待たせたな、太郎」
「‥‥は?」
 それは誰しも目を疑う格好である。真っ白な切腹裃姿だったからだ。
「素直にならへんと‥‥後悔するえ?」
 事情を聞いていた鷺那がくすと笑い、その髪に持っていた簪を挿した。
「うわ〜。気迫が違うね〜」
 ジェシュファののんびりした言い様に、信蔵は2歩下がる。
「決闘とか考えないで、お互い学んだ事を出す機会って考えてみるの。ね?」
 後方からかがりに励まされ、信蔵はそれ以上下がらずに景子を睨みつけた。
「皆に特訓して貰ったんだ‥‥。今日は、逃げないからな!」
「その意気だ。私も手加減はしない」
「て、手加減くらいしろよ!」
 幼馴染同士。信蔵は景子の事を凶暴だ何だと嫌っているようでいて、だが景子の事を分かっているようでもある。『男たる者絶対に引かないという強い気持ちで相手に立ち向かわねばならない時が必ずくる』と教えたディディエは、二人の遣り取りを目を笑ませて見守っていた。
「互いに素直になれば、簡単な事なのかもしれませんねぇ」
「勝っても負けても祝杯だからな!」
 ベルトロイドの声も受けて、二人は竹刀を構える。小富の合図の後、二人は同時に踏み込んだ。
 勝負は、十数秒でついた。最後には容赦なく地面に投げつけられた信蔵が、喉元に竹刀を突きつけられる。
「私は‥‥お前に、立派な跡取りになって欲しいと思っているんだ。逃げるなよ、太郎!」
「それがこの決闘とどんな関係があるんだよ‥‥」
「男を見せろ。皆を従える事が出来るだけの、男の器量を見せろ。その一端を今日やっと見る事が出来た。私は‥‥」
 ちらとザザ、鷺那、玉星が居る辺りを見て、景子は頬を赤く染めた。
「その為に‥‥決闘を申し込んだんだ」
「はぁ?!」
「決闘の結果、出たね〜。じゃあ今日は、薬膳料理は終わりかな〜」
 疲労回復にとジェシュファが作っていた料理は、味は二の次である。言われてほっとしたように信蔵は振り返った。
「お疲れ様でした」
「良くやったアル」
「ちゃんと一太刀受けて避けたじゃん。偉かったよ、信蔵。じゃ、宴会の用意しような〜」
「はい!」
「そういえば信蔵は酒飲めるのか? 俺はウワバミって言われてるみたいなんだけど」
 わやわやと囲まれた信蔵は嬉しそうだ。学友達はどこか遠巻きにそれを眺めていたが、友達の九郎はうんうんと頷いていた。
「みんなも来いよ! 一緒に飲もうぜ」
 誘われてわらわらと部屋に入っていくのを、景子は遠巻きに見つめている。
「良い勝負だったよ、景子殿」
「ザザさん‥‥」
「恋心の片鱗くらいは、伝わったやろか。今度はもう少し素直にならへんと」
「有難う御座いました。本当に」
 深く礼をした景子を、二人はそっと労わった。