『罪狩人』ツミカリビト
マスター名:呉羽
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2010/07/25 21:39



■オープニング本文

「暑いですわねぇ‥‥」
 真夏を思わせる太陽がぎらぎらと照りつける、ある日の昼下がり。某開拓者ギルドの外で、長椅子に一人の娘が座っていた。娘と言っても、背丈は5尺にも届かない。傍に居る男が傘を差して日除けにしていたが、傘は上から黒く塗られていた。
「‥‥角度が間違ってますわ」
 片手に傘、もう片手に団扇を持って娘を仰いでいた男は、娘に言われて団扇を仰ぐ角度を変える。
「違いますわ‥‥。貴方、わたくしに仕えてもう何年になるのかしら‥‥?」
「も、申し訳ございません、勝子様!」
「ヨモツヒラサカ」
「ぐぎゃおあああああ」
「その名で呼ぶなと言っているでしょう? わたくしは玲光院麗。麗様、もしくは麗ちゃんとお呼びなさいとあれほど」
 男からの返事はない。
「‥‥冗談ですわ、靖田」
「‥‥はっ! 今、私は何を苦しんで‥‥!?」
「そんな事よりも、きちんと扇ぎなさい。涼風をあます所なくわたくしに向けるのです」
「はっ」
 再び団扇扇ぎが始まったそんな主従の所へ、かなり焦った表情の男が二人、駆け寄ってきた。
「あ、貴女は開拓者の方ですな!?」
「いえ、わたくしは」
「どうか、頼みが! お頼みがあります! このままでは我ら一同、あの鬼女に殺される!」
「あらあら。アヤカシ退治かしら?」
 娘はやさしげな声を彼らに掛ける。その双眸の奥が楽しそうな色を湛えて光った。
「恐らく、アヤカシの力を借りているのだろうと我ら一同、言っております。どうか、お力添えを!」
「宜しくてよ。詳しい話を順序立てて簡潔におっしゃい」
「は、はい。実は‥‥」


 彼らは、とある地域の民であった。
 その辺りは東西南北それぞれに村を配し、その中央に社を奉っている。かつて、その社には大きな館があった。誰からも慕われ、その占術は必ず当たると評判の、美しい巫女が館に住んでいた。彼女はある領主の娘であったらしいが、領主の家では代々女にだけ巫女の血が引き継がれると言う。そうして巫女となった娘は生家を離れ神に仕えるべく社に住まうらしい。彼女はまるで生神のように祀り上げられ、慕われていたのだが‥‥。
「7年前の事です。突然、不吉な占が出ました。北の村長一家が急死するという占です。それ自体は‥‥良き事、悪しき事、どちらも出るのが占というものですから、良かったのですが‥‥それ以降、あの女は不吉な事しか言わなくなりました。そして、その不吉な詠みは必ず当たるのです!」
「あら。今までも当たってきたのだから、不吉だろうと当たるのは当然でしょう?」
「吉凶を出すのが巫女というもの。だがあの女はこの7年間、ずっと吉なる詠みをしていない。我らはあの女が出す悪しき詠みに日々恐れ慄いています。詠みが出たら最後。必ず変える事は出来ない‥‥! それは、呪いです。我々4村の者たちは、あの鬼が掛けた呪縛に掛かり、必ず呪い殺される‥‥一人残らず!」
「あらあら」
 娘の双眸は徐々に熱を失っていた。つまらぬ思い込みだと言わんばかりに。
「そして、つい先日の事‥‥。遂に、あの鬼は、最悪の呪いを我らに掛けました‥‥。近いうちに、この4村が全滅するという呪いです! このままでは、我々はあの悪逆非道の鬼に殺されるのを待つのみ‥‥。もう我らもこのまま怯えているわけには行きません。生き残る為に、必ず! 諸悪の権化、あの鬼女を成敗すべし! ですがアヤカシがあの館に巣食っているならば、我らでは太刀打ちできません。どうか、お力添えを!」
「‥‥もしかして、その鬼という娘は‥‥。かつて、『星詠みの娘』と呼ばれていなかったかしら‥‥?」
「は、はい! 確かに7年前までは『星詠みの巫女』と呼んでおりました」
「そう‥‥」
 娘は薄っすらと笑いながら、誰にも聞こえないような声で呟く。『懐かしいわね』と。
「ようござんす。わたくしが、確かめて差し上げますわ。アヤカシなど、わたくしの手に掛かればちょちょいのぱっぱっですのよ!」
「おぉ‥‥なにやら分かりませぬが、かなりのお力の持ち主‥‥!」
「でもまずは、報酬の話が先ですわね。如何ですの?」
「はい。4村の者たちで何とかかき集めまして‥‥」
 袋を開けて中身を取り出した男達の動作を横目で見、娘は笑った。
「あら。たったのそれだけですの? 話になりませんわね!」
「こ、これでも我ら精一杯の金でございまして‥‥何卒、何卒‥‥!」
 男達はすがりついたが、娘はそ知らぬフリで歩き出す。
「どうか、お願いでございます、開拓者の方!」
「わたくし、開拓者ではございませんの」
 娘は少し歩いた先で振り返った。
「でも、開拓者の中にはその程度の金でも雇われてくれる者がいるかもしれませんわね。頼んでみては如何かしら?」
「え‥‥え?」
 男達は慌てて開拓者ギルドを見直す。
「それから、わたくしの名は玲光院麗。通称『姫百合』と呼ばれる者ですわ。よぉく憶えておく事ですわね」
 従者を従え去って行く娘を、男達は呆然と見送った。そして、自分達が誰に頼みごとをしようとしていたのかを知り、震え始める。
「な‥‥何で、『鬼百合』がここに居るんだ‥‥!」
「い、いや、あの『夜叉百合』が断った事こそは吉運だと考えるんだ‥‥! 開拓者ギルドで頼もう。急がねば‥‥!」
 そして、彼らは慌ててギルドの中に駆け込んだ。
 先ほど娘にしたのと同じ話をした後に、一つだけ、付け加える。
『先に現地に向かった娘が居るかもしれない。その娘は味方さえも巻き込んで暴れまわるような娘である。もしもそのような所業を行っていたなら、止めて欲しい』と。

●現地概要
 東西南北に村を配し、中央に社がある林がある。社の奥に館があり、村人達は社ごと館も燃やす計画を立てている。その後は新しく小さな社だけ建てるつもりらしい。
 北から小川が流れており、北村の脇を通って社のある林の北側で2方向に分かれる。川は西村、東村の傍を通ってそのまま南へ流れている。南村の傍は川は通っていない。橋は、それぞれ村の傍に掛かっているが、東村、西村の傍の橋は簡素な木の板のようなもので、人力でどかす事が容易に出来る。北村の傍の橋はしっかりとした木製の橋で、牛車も通れる。

 東西南北全ての村を徒歩で廻ると半日強程度掛かる。

 社の奥から廊下が伸びて館へと続いている。館は入ってすぐに左右に廊下が折れ、そのまま真っ直ぐ続いている。廊下に挟まれている間に6畳間が3つあり、廊下が再び繋がった先に6畳2間がある。そこが巫女の部屋であり、『星詠み』もそこで行っている。
 尚、『星詠み』とは、水盤に水を張り星を映してその映り方で吉凶の様々を占うものであるが、泉や池などでも行い、又、彼女は夢見と言われる、夢の内容で吉兆を占う事も行う。

 厨房、風呂、便所などは傍にそれぞれ別棟として建てられている。又、巫女の部屋から見える中庭には笹が飾ってある。


■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043
23歳・男・陰
陽(ia0327
26歳・男・陰
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
羅轟(ia1687
25歳・男・サ
ベルンスト(ib0001
36歳・男・魔
不知火 虎鉄(ib0935
18歳・男・シ


■リプレイ本文

 罪を狩るは、人の心。
 罪から逃れんが為の、弱き心。


 未だ雨は降り止まぬ。こうも湿り気があっては火も上手く点かぬかもしれぬと村人達は不安げに話していた。
「なるほど。巫女に取り憑いた、凶事を現実化するアヤカシですか」
 まずはじっくり村人達の話を聞き、檄征 令琳(ia0043)が頷く。
「そして、村の全滅を予言されたと言う事ですね? それでは心配で、夜も眠れなかった事でしょう。私達が来たからには、もう安心です。今夜から、枕を高くして眠れますよ」
 にっこりと穏やかな令琳の微笑みに、村人達は目に見えて安堵の色を示す。
「その、火をつける作戦だけど少し待ってもらいたいね」
 村人達が用意した炊いた芋を摘みながら、陽(ia0327)が言った。
「いや、その鬼百合さんとやらが来るんだろう? 真っ先に火を点ければ如何にもな目印だ。鬼百合さんとの交渉次第になると思うから、こっちの合図に合わせて点けてくれたほうが有り難いかな〜って」
「巫女‥‥アヤカシ場合‥‥火中戦‥‥辛い‥‥。鬼百合‥‥館内‥‥居る‥‥怒って‥‥暴れる‥‥」
 羅轟(ia1687)の言葉は兜の下で聞き取りづらい。
「そうですね。確認してからのほうがいいと思いますよ〜」
 カンタータ(ia0489)もフードの下でそう告げる。如何にも怪しい二人だ。村人達が訝しんでいるので、カンタータはちらとフードを外しすぐに被り直した。
「少しコンプレックスがありまして、余りお見せしたくないのですよ」
「はぁ‥‥こんぷれっくす‥‥でしょうか」
「劣等感の事だな。不知火 虎鉄(ib0935)だ。自分としては、事の発端を知りたいと思っている。7年間、不吉な占いで縛られ続けられた気持ちは相当のものだと思う。今回の詠みの前の7年間も、不吉なのだけが当たるのは甚だ疑問だ」
「やはり、アヤカシの仕業なのでしょうか‥‥」
「その可能性は低くは無いな」
 ベルンスト(ib0001)の言葉に、村人達は顔を見合わせた。
 作戦の場には10人ほどの村人達が集まっている。こうして観察していると、彼らが必ずしも巫女とかつて慕っていた娘を憎悪し亡き者にしたいと積極的に思っているわけでは無い事が分かった。アヤカシであれば『自分達は間違っていない』と村人達の正当化を後押しするものになり、罪の意識を薄れさせる事が出来る。それをベルンストは見抜いていた。
 だが同時に虎鉄にも見えている。アヤカシであればいい。自分達の所為ではないから。けれどももし、彼女がまだ人であるならば‥‥。そんな罪の意識も又、彼らが抱いている事に。
「さて。ではとりあえず、作戦の相談を始めましょうか〜」
 カンタータの言葉に、皆は作りたての簡易周辺地図を広げ、表向きの作戦会議に入った。


 村人達の依頼を6人の開拓者が引き受けた。表向きは、かつて巫女と呼ばれた鬼女を倒す為。実際は、巫女の命を救う為。彼らは当初知らなかったのだが、明王院 千覚から『姉からこういう話が』と聞き、社に乗り込み巫女を救い出す為に動いている開拓者達が他にも居ると知った。紫焔 遊羽も動き、互いの情報交換を密かに行う事になる。
「まず、東西の木の橋を外して置いておきます」
 カンタータが主に話した作戦に従い、皆は作業に取り掛かった。
「作業にあたれる人員は46名、警備個所は絞って人数を多めに配置する方が効果的ですよねー? 噂の鬼百合さんの抑止にも動かないといけませんし」
「どういう意味なんだ?」
 ただ掛けてあるだけの橋とは言え、重い。男達が何人も時間をかけてようやく運んだ。小雨の合間の作業とは言え蒸し暑さに汗が止まらない。
「経路を制限して、鬼百合さんが北か南からしか来れないようにするのですよ」
「なるほどなぁ〜」
「あとはお手伝いしますので、南村と社の境界に土塁を積みましょう〜。じゃないと延焼するかもです」
 社の周囲は小さな林。それを囲むように広がるのは田畑だ。緑の稲が揺れるこの季節、万が一燃えては彼らのこの冬の生活に関わってくる。村人達は開拓者の指示通り土嚢を積んで行った。
「ところであんた、暑くないのかい?」
「‥‥侍‥‥真夏‥‥鎧兜‥‥装着‥‥我‥‥同じ‥‥」
 心なしか羅轟の兜の下から聞こえる声が多少弱弱しく聞こえる気もするが、きっと気のせいだろう。その体躯に合った力強さでどんどん運んでは積み上げていく。
「それより‥‥」
 一先ず作業を終えた夕刻時。村人達が用意した夕食の場で、羅轟はいつもの調子で告げた。
「星詠み‥‥的中‥‥どれほど‥‥知らぬが‥‥貴殿ら‥‥覚悟‥‥良いか‥‥?」
「覚悟でございますか? それは、皆様がお越し下さいましたから鬼に金棒で」
「もう‥‥怒り‥‥矛先‥‥なる者‥‥此度で‥‥失う」
「は?」
「独自に調査させて貰った。どうやら、鬼女は今回死ぬ事になるらしい。自分でそう詠んだという話を聞いた」
 茶漬けを食べながら、ベルンストが言葉を継ぐ。
「ついでに‥‥村‥‥全滅‥‥鬼百合‥‥暴れて‥‥成る‥‥かも」
「そうですねー。死んだと聞いて大暴れする可能性はありますよねー」
 今度はカンタータが言葉を継いだ。
「な、何ゆえ鬼百合が、鬼女が死んで暴れると‥‥」
「鬼百合‥‥接触‥‥興味‥‥引き‥‥不味い‥‥方向に」
「まぁまぁ。そう悪戯に皆さんを心配させても仕方ありませんよ。全て我々に任せて、安心なさって下さい。あ、この枕、ソバ枕ですか? いいですねぇ」
 にこにこしながら令琳が話題を変える。陽はとっくに食事を終え、その辺にごろんと横になっていた。
「実は‥‥一緒に作業もした上で気になっていたんだが‥‥」
 村の女性達が茶碗を下げていくのを見ながら、虎鉄は声を掛ける。
「本当はアヤカシであって欲しくない、そう思っているのか?」
「それは‥‥長年、村を見守ってくださった巫女様ですから‥‥」
 困ったように、女性の1人が言った。
「今も恐ればかり感じますけど、いよいよとなると昔の事も思い出しますよ。7年前、この子が生まれた時にも祝福して下さってね」
 女性の傍に居た少女がぺこりと虎鉄にお辞儀する。
「あの頃は巫女様も幸せそうでね‥‥」
「村長の死を予言してから始まったと聞いた。教えてくれないか。これまでの事を」
 頷き女性は話し始める。
 その女性の娘の生誕を祝福する前、巫女は生まれる娘が将来、力のある巫女になるだろうと予言した。それは当時にしてみれば吉事である。その後、北方で戦が起こるという詠みを出し、村人達が数人その戦いに参加して帰らぬ人となった。その戦いは結果勝利した為、凶事だと人々は思っていない。そしてその後、村長の死を詠んだ。そこからは大小問わず吉事を詠まなくなったのだ。
「成程。鬼女が死んでも、その娘が次の巫女になればいいわけか」
 予言が無くなった後の事は村人達の責任だろうと考えていたベルンストだったが、次代が居るからこそ村人達は決断したのだろうと理解した。全滅の詠みなど出す不吉な巫女は、もう必要ないというわけだ。
「だが貴女は娘が巫女となるのを望んでいない、と?」
「今の巫女様の事を見て、誰がそれを望むと言うんです?」
 娘をしっかりと抱き、母親は去って行った。村人達はそうとも知らず、離れた場所で酒に酔い笑っている。
 そして、夜が明けた。


 川を下って下流に逃げるかもしれないと、村人達を東西の川の下流に6人ずつ配置した。更に残りを14人ずつを南北に配置する。そこに開拓者達も分かれて就いた。鬼百合は先にこの地に入っていなかったようで、待ち構える作戦である。社襲撃に介入されると厄介だと陽は言ったが、社襲撃の間に田畑を荒らされてはもっと厄介だと村人達は思っているらしく、進んで経路の封鎖に協力した。
「ん‥‥? あれが姫百合さんですかね〜?」
 南側に待機していたカンタータが、人魂を通じてその姿を見る。背が低い娘と、お付きがぞろぞろと合計5名ほど付き従っていた。
「そこのお嬢さ〜ん」
 真っ先に陽が走って行って、声を掛ける。その後を、のしのしと羅轟がついて行った。
「いやぁ〜、会えて良かった。先に会えて良かったよ」
「‥‥我‥‥名は‥‥羅轟。‥‥貴殿は?」
 5名は全員武装している。2人を見て構えた。
「あ〜、羅轟さんはちょっとこんなんだけど、根は良い人なのっ。ちょっといかついだけだよ」
「貴方がた、開拓者ですわね?」
「あぁ、俺は陽。いや村人の依頼を受けたんだけど、自分達は巫女を助ける気でいるんだ。でもお嬢さん達と争う気は無くって、むしろ協力を仰ぎたいって言うか」
「わたくしは、玲光院麗ですわ」
「お。雅な名前だねぇ〜」
「麗殿‥‥目的‥‥聞かせ‥‥願いたい」
「勿論、私の知っている『星詠みの娘』であるか、確かめに来ましたのよ」
「違えば‥‥如何‥‥する」
「その時になってみないと」
「麗ちゃん。開拓者に貸しを作るってのも悪くないと思うんだけど。どう?」
「あらあら。そうですわね。私の手下が増えるのは大いに結構な事ですわ」
 そうして一先ず穏便に、彼らは麗一行を連れて戻った。


 じっくりと説得する為と村人達を遠ざけ、彼らは社が見える小屋に入る。あらかじめ綺麗に掃除されたその中に椅子を置いて茶を淹れ持て成した。
「御噂はお聞きしていましたが、このように可憐なお嬢様とは思いもよりませんでした」
 片膝をつき、令琳が笑みを零す。
「まさに、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花というのは、玲光院麗様の為にある言葉ですね」
「まぁまぁ。お上手です事」
「そこの方。麗様は角度が違うと申しておりますよ」
 従者が団扇で扇ぐのを注意し、素早く懐から扇子を取り出し絶妙な角度で扇ぎ始めた。
「おほほほほ。なかなか出来た男ですわね」
「恐れ入ります」
 笑顔で応じながら、何故こんな事になったのかと令琳は内心首を傾げる。自分はこんなキャラじゃなかったはずなのだが。
「麗ちゃん。お茶菓子もあるよ」
「遠慮なく頂きますわ」
「‥‥」
 そんな光景を、ベルンストは冷めた目で見ている。
「アヤカシ‥‥出た‥‥状況‥‥作る‥‥周り‥‥被害‥‥出ない‥‥式‥‥使役‥‥できない‥‥か」
「出来ますわよ。それより貴方、顔が良いのだから隠すと勿体無いですわよ」
 と、兜に向かって麗は言い、立ち上がった。
「よぅござんす。協力して差し上げますわ。詳細かつ簡潔に、策を述べなさい」


 社を襲撃する準備は整った。
 カンタータと村人達がせっせと火矢を用意する向こう側で、何故か数名の開拓者達がせっせと麗の世話をしている。させられている、と言ったほうが正しいか。
 やがて夜が来て、皆は社を取り囲んだ。この社の中には、既に巫女を救うべく別の者たちが入り込んでいるはずである。
「姫百合」
 その傍にそっと立ち、虎鉄が声を掛けた。
「真の目的があるのでは? もし何かをしようとしているのならば、協力したい。出来るならばついて行って‥‥」
「私は確かめたいだけですわ。本人なのか、詠みの真意は何なのか」
「村人を脅すのに、巫女さんが死んだら姫百合さんが怒って村を全滅させるかも〜とは言いましたけど」
 カンタータの言葉には頷く。
「えぇ。本物であるならばそうしますわ」
「大事な方なのだろうか?」
「私、先代の頃から知っておりますの。あの血筋を絶やしてはなりませんわ」
「では、供を」
「ついて来れるならばそうなさい」
「私も供を致しましょう。如何なる時も扇ぐ者が必要でしょうから」
 麗の傍に令琳も立った。
 アヤカシが中に居るか確認する、と麗と共に数人が社内に乗り込んだ。合図が出るまで火をつけないようにと陽が村人達を押し留め、ベルンストは何時でも魔法を掛けられるように社を眺める。陰陽師達がこっそり式を出してアヤカシと見せかけ、『アヤカシは居た』として村人達をその場所から引き離す作戦も立てていた。カンタータは火矢の最終的な確認をする。
 しばらく時が流れた。不意に令琳の人魂が社の外を一瞬飛びまわり、それへと迷わずベルンストがホーリーアローを撃ち込んだ。慌てて人魂は社内へと逃げて行ったが、
「アヤカシが出た。外に飛び出して攻撃してくる可能性がある。下がれ」
 村人達に指示を出す。言われて彼らは慌てて遠のいた。
「お‥‥。お〜い、誰か居るのか〜!」
 やがて、社から数名出てくる。その姿を認めて陽がわざと大声で呼んだ。すぐに手を大きく振る仕草が返って来て、やがて彼らの前に7人の人物が姿を見せる。皆、笠を被っていた。
「驚いたよ。こんな所で他の人に会うとは思っていなかった」
「何をしに来てたんです〜?」
 しばらくしてから、社内に入った麗と3人も出てくる。村人達はどういう事だと顔を見合わせていた。
「我々はアヤカシ討伐の依頼を受けて来た。巫女の傍付きの1人が、巫女はアヤカシに喰われたと命からがら逃げてきて」
「そ、それは本当ですか!」
 村人達が駆け寄ってきて、口を開いた男に口々に問いかける。
「えぇ。そういう事のようです。私達も驚きましたよ」
 令琳が、巫女の遺品として手鏡を渡した。自分達が中に入った後にはほぼ全てが終わっていて、拍子抜けしましたと告げる。
「火は‥‥点けないんで宜しいので‥‥?」
「点ける‥‥か‥‥? 誰も‥‥居ない‥‥社‥‥」
「いや、いえいえ。で、では後日取り壊して再建を‥‥」
 アヤカシ討伐に来たという7人は、残党駆逐の為と森に探索しに行ってしまった。村人達は何となくすっきりしないような顔で、彼らが残して行った遺品などを眺めている。だが誰もそれに手を触れようとしなかった。
「さて、私も用が済みましたわ。とっとと帰りますわね」
「姫百合。その‥‥」
「この世は常に理不尽なものですのよ、虎鉄。理不尽が罷り通るから、こちらも理不尽を罷り通り越せるのですわ。一つ言っておきますわね、凡人な村人の皆さん」
 麗に声を掛けられ、村人達は硬直する。
「『詠みは決して覆らない』。詠んだ巫女は『死に』、もう二度とそれを覆す詠みは生まれない。貴方がたの滅亡を阻止する詠みは、もう二度と」
 言い残し去って行く麗を、村人達は呆然と見送った。


 翌日、社内に村人達と共にカンタータも同行して入った。
 次々と出てくる生活していた跡を運び出して火にくべ焼いて行く。村人達は誰もが無口で、そんな彼らを令琳が慰めた。
 その一方で、虎鉄は塞ぎ込んでいる女性を訪ねる。将来巫女になると言われた7歳の娘が、昨晩から見当たらないのだと。必死に探しても見当たらないのだ。巫女と共に逝ってしまったのだろうかと彼女は泣いていた。
「とりあえずひと段落。報酬も無事貰えて良かったなぁ」
 陽が雨の上がった空を仰ぎ、ふと森を見つめる人に気付いた。
「おやぁ? どうかしたか?」
「‥‥いや、別に」
 見つけられてベルンストは踵を返す。
「誰か‥‥居た‥‥か」
 その背に羅轟も声を掛けたが、彼はもう振り返らなかった。