|
■オープニング本文 ● 燃え盛る炎が、辺りを包み込んでいた。 『お逃げ下さい、巫女様!』 傍周りの者たちが必死の形相で叫んでいる。 『貴女達は逃げなさい。逃げ延びて‥‥必ず』 私はそう答える。炎に包まれた梁が私の前に落下した。床から火の粉が吹き上がる。 『巫女様!』 『分かっていたのです。私は、今日、ここで死ぬ、と』 ● 開拓者ギルドのある通りへ曲がろうとした娘が、慌てて身を隠した。ギルドから2人の男が出てきて町の外へと向かっていく。 「しまった‥‥こんな所までっ‥‥」 娘は唇を噛んだ。 「でも‥‥もう、他をあたる余裕はっ‥‥!」 辺りを見回し、娘は意を決して物陰から飛び出す。丁度、ギルド内へと入ろうとしていた開拓者の姿が視界に入った。 「お願いがっ‥‥どうか、お願いがあります‥‥!」 その袖にしがみ付き、娘は必死の形相で開拓者に向かって何度も『お願いが』と言い続ける。興奮状態の娘を一先ず開拓者達は宥め、ギルド内へ入るようにと告げたが、彼女は首を振った。出来れば公にして欲しくない依頼があるのだと言う。 「開拓者様の口は堅いと見込んで、どうかお願い致します。あの方を‥‥救って差し上げて下さい‥‥!」 そうして娘は、人目につかぬギルド内の部屋へ案内され、ようやくそこで、話をし始めた。 「『星詠みの巫女様』が幽閉されて、もう‥‥6年以上になります」 娘の話は、こういう内容だった。 東西南北に4つの村を配し、中央に社を抱くその土地では、長い間『巫女様』を大層祀り上げていた。あらゆる吉兆を占い、その殆どが当たってきたとあって、村人達は彼女を現人神であるかのように慕い、敬っていた。 だが7年前のある日から、突然彼女は吉事を占えなくなった。彼女が視えるのは凶事ばかり。最初はその内容を今まで通り告げていたのだが、人々は次第にそれを恐れ、6年前より、社の奥にある館から一歩も外に出てはならぬと村人達に掟を突きつけられた。彼女は文句も言わずにそれに従い、館内で働き、彼女の世話をする者たちが時折外であった出来事を話すと、楽しそうにその日の出来事話を聞いていた。 しかし。 「つい先日の‥‥7月7日の事です。巫女様は‥‥恐ろしい凶事を詠んでしまわれました‥‥。4村が悉く蹂躙され、跡形もない程に破壊され‥‥滅びるという、今までにない規模の凶事でした。巫女様は長い間、凶事が出ても外に漏らす事なくいらっしゃったのですが、余りの事に‥‥私は館を飛び出し4村の村長にその内容を告げました。一刻の猶予もならぬ。逃げるべきだ、と。しかし‥‥それは間違いでした。村人達は恐怖し、そしてその矛先を巫女様へ向け‥‥」 娘は自分の着物を掴み、震えながら下を向く。 「その命を亡き者にしようと企んだのです‥‥! 私の愚かな行為が、このような結果を招きそして‥‥そして、それを止めるべく私は各地を廻って協力者を募ろうと考えました。ですがその私の元に、つい昨日、文が一通‥‥。巫女様が、新たな詠みをなされたと。その詠みで、巫女様ははっきりおっしゃったのだと。『私は、7月半ばに命を天へ捧げる事になるでしょう。お別れです。今まで皆、有難う』と」 娘は激しく首を横に振った。 「そんな事‥‥それはきっと、私が、私の所為で、そのような未来が決まってしまわれたのです‥‥! 私が言わなければ、少なくとも巫女様は死なずに済んだはず‥‥!」 「でも、村は全滅したかもしれない」 開拓者の一人の言葉に、娘は再び頭を垂れる。涙が零れていた。 「巫女様が死ねば、必ず村は滅びます! どちらにせよ同じ事‥‥けれども私は、私は‥‥このままこの未来を許容する事など出来ません! どうか、巫女様を。あの方をお助け下さい! その為には、私は何でも致します。この命など惜しくはありません。もう、村人達があの方をかつてのように慕ってくれる事などないでしょう。ですからせめて。せめて、あの方を館から救い出し、どこかに落ち延びさせて差し上げたい。もう、凶事など視なくても済むように。あの方が巫女として縛り付けられる事のないように。幸せに‥‥なって頂きたいのです。積み重なる不幸が、あの方の力を変えた。不幸な力なら、もう使わなければよろしいのです! でも、私達の説得では決して動いてくださらぬでしょう。自分の運命を甘受しようとなさるでしょう。」 そして、娘は座布団を降り、床に膝をついた。そのまま土下座し、必死に叫ぶ。 「お願いです、どうか‥‥あの方を、救って差し上げてください!」 その体勢のまま、彼女はそう叫び続けた。 ●現地概要 東西南北に村を配し、中央に社がある林がある。社の奥に館があり、村人達は社ごと館も燃やす計画を立てている。その後は新しく小さな社だけ建てるつもりらしい。 北から小川が流れており、北村の脇を通って社のある林の北側で2方向に分かれる。川は西村、東村の傍を通ってそのまま南へ流れている。南村の傍は川は通っていない。橋は、それぞれ村の傍に掛かっているが、東村、西村の傍の橋は簡素な木の板のようなもので、人力でどかす事が容易に出来る。北村の傍の橋はしっかりとした木製の橋で、牛車も通れる。 東西南北全ての村を徒歩で廻ると半日強程度掛かる。 社の奥から廊下が伸びて館へと続いている。館は入ってすぐに左右に廊下が折れ、そのまま真っ直ぐ続いている。廊下に挟まれている間に6畳間が3つあり、廊下が再び繋がった先に6畳2間がある。そこが巫女の部屋であり、『星詠み』もそこで行っている。 尚、『星詠み』とは、水盤に水を張り星を映してその映り方で吉凶の様々を占うものであるが、泉や池などでも行い、又、彼女は夢見と言われる、夢の内容で吉兆を占う事も行う。 厨房、風呂、便所などは傍にそれぞれ別棟として建てられている。又、巫女の部屋から見える中庭には笹が飾ってある。 |
■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058)
21歳・男・志
黒鳶丸(ia0499)
30歳・男・サ
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
ユリゼ(ib1147)
22歳・女・魔
カルル(ib2269)
12歳・男・巫 |
■リプレイ本文 詠む人の心は、罪の色。 罪から逃れんが為の、弱き色。 ● 東西の橋が下ろされ、村人達が汗を流しながら小雨の中働く姿を、彼らは遠くから眺めていた。 「強度は‥‥大丈夫でしょうか」 柄土 仁一郎(ia0058)が持っている木板を、シャンテ・ラインハルト(ib0069)が不安げに見つめる。東西から誰かが来る事は無いだろうと村人達に思い込ませて、こちらから前もって橋の代わりとなるような物を持参し川を渡る。そう述べたものの、全員渡る前に折れてしまわないかと心配なのだ。 「いざとなったら泳いで渡ろうか。釣りで川に入る事はよくあるし、水には慣れている」 「大雨でえらい増水してるけど、流されて社前に到着したら儲けもんやな」 仁一郎の言葉に、黒鳶丸(ia0499)が笑みを見せる。 「意外と深い川ですね。‥‥仁一郎。流され過ぎるかもしれないから、泳ぐのは最後の手段にしてね?」 川を南へと沿って下りながら、巫 神威(ia0633)が恋人にそう忠告? した。 川辺は高い草に覆われ、背の高い仁一郎や黒鳶丸は川向こうからでも見えてしまうが、他の者達は上手く隠れて歩けそうだ。 「この辺りがいいんじゃない?」 社から近くも遠くもない距離で、ユリゼ(ib1147)が対岸を見据えながら言った。 「あ。めだかさん〜」 木板をそっと下ろして対岸に掛けている間、カルル(ib2269)は川を眺めている。実際は増水した水の急な流れで水はかなり濁っている。 「川の堰が切れて流れ込む事がなければいいけど」 「そうですね‥‥」 洪水で運悪く一つの村が水没する。そんな事は無い話ではない。だがこの辺りの川は大河ではないし、4村全てが滅ぶに至るような大洪水が起こるようには思えなかった。 そして、彼らは川の流れる音と夜陰に乗じて社へと到着した。 ● 依頼人である巫女の傍仕えの者から、前もって神威は一筆を貰っていた。ユリゼは出てくる前に、彼女から話を聞いている。 「例えば、7年前の凶事、6年前から始まった幽閉。その時に巫女さんは誰かと出会ってない? それから、『巫女が居なくなれば村も滅びる』と言ったのはどうして?」 6年前に幽閉を突きつけたのは村長達で、その前後に社外の者と会っては居ない。そして7年前。当時はいつもの吉凶の一つだと思われていたはずだと言う事。当時の村長一家が亡くなるという詠みで、村人達はそれを伝染病だとして誰も居なくなったその家を封鎖し、その後他の者に移る事は無かったはずだと言う事。だがその日以来凶事しか詠めなくなった事。 「巫女様が死ねば、新たな詠みをする事は出来なくなります。即ち、全滅の具体的な内容の詠みが出るかもしれないのに、対処出来るかもしれないのに、全てが闇に葬られるのです」 「つまり、巫女さんは同じ凶事に対して詠む事が一度じゃないのね?」 「はい。巫女様は夢で視る事もあります」 7年前に凶事しか詠めなくなる前、確かに巫女は幸せそうだったと彼女は語った。吉事が視れなくなったからか、この7年間、ずっと苦しそうではあると。 「そう。でも貴女も苦しんできたのよね? 命は惜しくないなんて思わないで。その後の巫女さんを誰が支えるの? 大変なんだから」 ユリゼの言葉に、涙を流しながら彼女は頷いた。 話を聞いている間に、明王院 月与が情報を持って来た。実妹から、村人達の依頼を受けて巫女討伐に出かけている開拓者達が居るという話だ。だが実際は、巫女の命を救うべく色々村人達を騙し騙し行っているらしい。上手く整合性を取って水面下で協力できればという話だった。 皆に異論は無い。巫女を脱出させる際は村人達と鉢合わせする可能性もあったから、その辺りの調整をという方向で話は進んだ。 そうして一行は社に到着し、玄関口で一筆を見せて奥の館内へと入り込んでいる。音を立てる廊下を奥まで進めば、そこが巫女の居室だった。 ● 「巫女さん、はじめまして。カルルでっす」 満面の笑みで、カルルが真っ先に挨拶をした。行灯に蓋を落として灯りの加減を最低にまで落とした薄暗い部屋で、藍色の着物を着た娘が、その笑顔と明るい声に引き寄せられたように顔を上げる。 「僕ね。ジルベリアが故郷なの。巫女さんのお名前、聞いてもい〜い?」 「‥‥誰?」 「カルルだよ。んとね、ジルベリアは北のほうにある国なの」 「先触れのない不躾な来訪すまんな」 「むぎゅ」 カルルの頭を押して、黒鳶丸が軽く手を振りながら簡単に挨拶をした。 「吉凶を詠む巫女はんおるて聞いて。一丁俺の吉凶もみてもらえへんやろか」 びくりと一瞬体を震わせた女性の姿に、慌てて仁一郎が前に出る。 「いや、俺達は開拓者だ。興味本位で来たわけじゃない。出来れば包囲前に脱出をと思って、その手助けに来ている」 「私の事は結構です。未だこの社内に留まる傍仕えの者達の脱出の手助けをして頂ければ」 「はい。それは、先ほどお願いして来ました」 お辞儀しながら神威も室内へと入った。そのまま端に正座する。 「何の為に未来を視るようになったのか、思い出して下さい。今をどう生きるか、それを決める一つの手段に過ぎないものだったんじゃないんですか?」 「‥‥視たくて視たわけじゃないわ」 巫女の声は、暗く澱むように低かった。 「そう言う事もあるわよね」 ユリゼが声を掛けた所で社内の者が茶を持ってきて、置いて去って行く。ありがとね〜と無邪気にカルルが挨拶し、シャンテが巫女の分も含めた湯飲み茶碗を皆の前に置いて回った。 「お話したくない事だと‥‥思います。私にも‥‥恐れている事、絶望している事がありますから。でも‥‥それでも、私はお尋ねしたいです‥‥。7年前までは、吉事も見えていたと聞きました。でもそれが変わってしまったと。何かの‥‥介入でしょうか」 そっと巫女の傍にお茶を置き、囁くようにシャンテは呟く。 「貴女様が死んでしまえば、それも永遠の闇に消えます」 「何故なのかは、私が一番良く知っているわ。全ては、私の罪。だから消えるは道理」 「罪‥‥?」 「吉は自分の進む道への太鼓判、凶事の占は逆夢の御使いやて思やええねん。凶事しか詠めんようなったから言うてそれが罪やなんて」 「放っておいて下さい、私の事は。ここは直に囲まれ私は死ぬ事になります。巻き込まれない内に、帰って下さい」 ● 巫女の態度は頑なだった。気絶させて無理矢理連れて脱出するという手も考えていたが、それは最終手段だ。ぎりぎりまで皆は交渉しようと粘る。 「今夜が決行、だそうだ」 翌朝、月与からの連絡で、村人側の開拓者達が動く日時が分かった。こちらからの脱出方法は伝えてある。巫女にも伝えた。だが彼女は皆を無視する態度を取り続けた。 「あ。笹があるよ〜。笹の花が咲いてるってコトはあるのかな〜? 巫女さんは七夕って知ってる?」 庭に下りたカルルが、笹の葉をつんつん触りながら巫女へと振り返る。 「短冊に願い事書くと叶うんだって。今度、お祭りしよっ」 「‥‥叶うかしら」 「巫女さんは、何か願い事あるの〜? 僕、書くよ〜」 「今年の七夕は終わってしまったわ。来年‥‥貴方に楽しい七夕祭りがあるといいわね」 巫女は穏やかに笑った。カルルは縁側へと座り、先ほど握ってきたお結びを盆ごと巫女のほうへと差し出す。 「何か食べよ〜。僕もお腹すいちゃった。一緒に食べよ? それでね。僕、巫女さんの子供の頃ってどんなことしてたのかな〜って気になってたの。僕はね。ジルベリアは雪とか氷がいっぱいなんだよ。ずーっと向こうまで雪だけの原っぱとか、氷だけの海とかあるの。それでさむ〜い夜に、お空が七色に光ってきらきらしたり、あ。夏になると、ラベンダー畑が綺麗なんだよ〜。ずーっと向こうまで紫色なのっ」 楽しそうに話す子供に、巫女は目を細めた。そして、そっと小さな握り飯を手に取る。 「素敵な所なのね」 「うんっ。巫女さんは、感動したり楽しかったりってどんな事〜?」 「4歳の時‥‥初めて星詠みを詠んだ時は、嬉しかったわ。ずっと、星が好きだったの。どの季節の星も、瞬くと何かを優しく語りかけてくれるようで」 「うん。うんっ」 「水に浮かぶ星は、歌を歌って居るようだったわ。大好きだった。風にそよぐ声が聞こえるようで」 「素敵な話ね」 障子の向こうで話を聞いていたユリゼが、庭に置いてあった水盤を眺めながら言った。 「これに未来を映すのね。好きだから、映して視れるのね」 「‥‥」 「貴女を助けたいって泣いて頼んだ子が、私達を此処へ向かわせたの。貴女は、貴女の思いがあってこういう形で抗ったり護ろうとしたりしてるのかもしれない。でも、出会って縁が出来た以上‥‥私は嫌よ。何もしないで見殺しにするのは。‥‥縁が、変えて行くの。以前も、そうだったんじゃないの?」 「行きたい、場所があるの」 巫女はゆっくり立ち上がった。廊下側に座って静かに笛を吹いていたシャンテが襖を開け、巫女を支える。 「‥‥どこへ?」 そして、優しく囁いた。 「どこに居るのかしら。‥‥天か、地獄か‥‥。どちらでもいいわ。罪深き私でも、一目会えるならば」 「‥‥! 恋人‥‥なのです、ね?」 確認すると巫女は頷く。 「恋人とまでは言えなかったわ」 「死んで、黄泉の世界へ旅立ち恋人に会いたいと言うのですね?」 襖の向こうで、神威が問うた。 「恋人に先立たれた気持ち‥‥私にも分かります。そんな事になったらと思うと‥‥。でも、それでも、どうか今を生きる自分を視て下さい。一緒に生きてくれている人を、視て下さい。未来は現在の先にあるものだから。貴女にはちゃんと今と向き合って、生きて欲しいんです。不確定な未来の自分に添うのではなく、未来を視て決めるんじゃなく、今の自分で考えて」 「貴女は、自分の所為で愛する人が亡くなったら、どう思うのかしら」 それへと真っ直ぐに目を返して、巫女は囁く。 「それでも、未来を目指して真っ直ぐに生きようと思うのかしら。だとしたら、貴女は強い人ね。とても強い。‥‥私には、無理だった」 縁側へと座った巫女を近すぎず遠すぎず囲むようにして皆も座る。 「巫女が次代も決めずに特定の人を愛し、そしてその傍に居たいと望む事。それは力を失う元として法度だったの。それでも私は幸せだったし、力を失う事も無かったわ。でも7年前‥‥」 この周囲より北方で戦いがあると言う詠みが出た。戦いが長引けばこの村にも影響が出る。やがて上からの指示も出て村人達の何人かがその戦いに出かけた。その中には、彼女の愛する男も居た。結果、彼らの何人かは失われたが戦いは勝利に終わり、村も褒美を貰う事が出来た。 「死んだ中におったんやな。恋人が」 「『戦いに参加すれば戦いは必ず勝利する。村は褒美も貰えて安堵される』。そんな詠みを出さなければ、あの人は失われなかった。私が、殺した」 「未来が見えるという事は、一種の警告なのだろう。このままではこうなる、というな。だが吉事であってもそれが誰に取ってかと言うと立場によって異なる。だから俺達に出来る事は、少しでもマシな未来になるよう精一杯あがく事だ。少なくとも、開拓者は大半が、その精神で動いている。悪い運命は変える為にある」 だから貴女も変えてみないか、と仁一郎は言うつもりだった。この7年の間、自分の所為でと時間を止め続けた巫女に。 貴女の所為ではないというのは簡単だ。詠みは凶事を映さなかった。 「吉凶詠むんは難しいねんな‥‥。見方一つで、『戦いに参加すれば戦いは勝利するが、何人もの村人が死に至る』と言う詠みに変わったかもしれへん。けど、悪い事が起きる言うてそのまんまにしとくんは阿呆や。えぇ事やからって胡坐掻いて待ってるだけ言うんも可笑しな話や。凶事が変わらんかったら吉事も寝て待てばくるわけちゃうやろ。‥‥今までの自分を否定して生きるんはきっつい。けど」 黒鳶丸がすとんと傍に座り、笑う。 「死ぬんは簡単や。ここで巫女としての自分は死んで、1から生まれ直して生きよ。な?」 ● 巫女としてではなく、1人の人として。そう皆が言う中で、神威は星詠みの巫女である事を捨てなくていいと言った。彼女自身も、力を失う事無く生きる以上、自分とは切り離せないものだと告げた。だが脱出する事には同意した。ただ一つの条件と共に。 「‥‥これは、誘拐だと思うんだが‥‥」 それは、次代の巫女と共に脱出をすると言う事。自分が居なくなれば7歳になる村人の娘を次の巫女にするのは目に見えている。そうすれば悲劇は繰り返されるだろう。夕刻、庭で遊んでいたカルルがその少女を見つけた。度々この社に入り込んでいたらしい。巫女はその少女を大事にしていたし、少女も慕っているようだった。 「私が逃げるのは、彼女の為です」 「それでいいと思うわ。誘拐に‥‥なっちゃうのは、困る所だけど‥‥」 夜になると村人たちが社を取り囲んだ。巫女に帽子やローブを着せ、7人目の開拓者とする。少女のほうは、黒鳶丸が自分の羽織の中に隠した。 間も無くして騒がしくなって、3人の開拓者と背の低い娘が現れた。騒がしいのは、娘が辺り構わず術を放って破壊活動を行ったからで、それ以上やると下敷きになりますから! とか言われながらやって来た。 「玲光院麗ですわ。こちらはお付の者達」 「‥‥森様‥‥!」 巫女の声に、背の低い娘は皆を見回す。 「麗ですわ。助けに参りましたのよ」 「『巫女はアヤカシに喰われた』事にして、我々7人がそれを退治した事にする。その手筈は」 「えぇ、聞いています。ですが、そちらの少女は‥‥?」 開拓者に問われ、皆は説明をした。 「つまり‥‥そうする事で、彼女の母親は‥‥」 「余計な事を言うものではありませんわよ」 別の開拓者へと、麗がぴしゃりと言う。 「そんな事は皆、百も承知ですわ。問題があったら、後日何とかしますわよ」 遺品となるものを幾つか持って、彼らは外へと出た。外で待っていた他の開拓者達と村人達に巫女は死んだ事。残党を探す為にこれから森へ行く事などを告げる。 そうして、彼らは難なくその場を切り抜け去って行った。 ● 「何処かの村で一先ず落ち着きましょう。それから、これから先どうやって暮らすか考えてみませんか?」 森を抜け街道沿いの団子屋に入り、皆はこれからの生活について相談した。依頼人には伝えてあったから、大慌てでやってきて感動の再会を果たす。 「そうだね〜。あ。僕はこの事、日記に書くねっ。いい?」 カルルに問われて巫女は微笑む。 「あんたの凶事、のっかったんや。このまま放ってなんて行かへん」 「あぁ。何処か見つからない場所を探すつもりだ」 皆が巫女達に言う中、ユリゼは森を見つめているシャンテに気付いた。 「もしかして、追っ手が来てる?」 「いえ‥‥」 首を振り、シャンテはそれでも森を見つめる。その唇が、小さく動いた。 父様? と。 |