美闘 その名は紅菫
マスター名:呉羽
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/03 21:16



■オープニング本文

 その店は、商店が並ぶ一角にあった。と言っても、賑やかな表通りではない。どこか胡散臭い香りのする通りに、その店は構えられていた。
「あぁら、ひっそりと建てればいいものを、こんなに仰仰しくしちゃって‥‥。変わらないわねぇ、ザクロさん」
「随分な言いようだねぇ。その名であたしを呼んで、裏の川に浮かばなかった奴は居ないわよ、次郎さん」
「んまぁ! あたしをその名で呼んで、表のドブ川に浮かばない奴なんて居なくってよ!」
「ふぅん。じゃあ何かい? あたしと一勝負しようってのかい? いい度胸じゃないか。子供の頃に花札でさんざん打ち負かしてやった事、喧嘩じゃあたしに叶わなかった事、忘れたわけじゃあないだろうね?」
「きぃーっ! 許さない、許しませんわよ! この熟れ過ぎて枯れかけたザクロが!」
 店内には、とりあえず二人しか居なかった。但し、店外と店奥には数人の見物人が居た。
「きぃー、って言ったよ、あの人‥‥。あんな事言う人、初めて見たよ‥‥」
 奥の暖簾の隙間から、こっそり店員が二人覗き見している。
「それよりも、あの人の格好‥‥」
「あれはああいう集団だから、気にするな」
 慣れた様子で店員が頷いた。
『ああいう集団であの格好』。それは、一応客としてやってきたこの人物の事である。
「あぁん? あたしに喧嘩売ろうって言うのかい? 熟れて枯れるで結構。あたしは立派に母親の役目も果たしたんだよ。子供を産めば、誰だって熟れて枯れるさ。それは誇りでもある。あんたに産めるのかい? 子供が」
「ひっ‥‥酷いっ‥‥!」
 と、『ああいう集団であの格好』な客は、床に突っ伏した。
「依頼を持って来た幼馴染のあたしに向かってその言い草‥‥! あんまりじゃない!」
「客なら客らしく、店員に喧嘩売るんじゃないよ。大体さ。女装するならするで結構。でも何だって裾をばっさり切っちまうのさ。可笑しいだろ?」
「これがあたし達のスタイルなのよ〜、放っておいて!」
 客は、女装していた。明らかにそうと分かる姿である。身の丈は6尺はありそうだ。その重量は20貫など余裕で超えて22、3貫はあるだろう。華やかな桃色の、季節外れで品の無い桜模様の入った振袖を着ているが、肘上まで袖を捲り上げるとちらと見える上腕二頭筋が眩しい。そして残念な事に、その着物の裾は膝下辺りで裁断されていた。そんな格好で表を出回られては非常に迷惑であるが、客の名誉を重んじて言うならば、『彼女』だって自分の図体もろもろの事は人に言われずとも気にしているのだ。
「ところで次郎」
「次郎じゃないわよっ! 今のあたしは『於菊』!」
「平凡な名前ねぇ。もうちょっとこう、『於竜』とか『雄海』とかにしたほうが良かったんじゃないの?」
「2番目の字! あたしが一生見たくない字を出さないで頂戴!」
「まぁいいわ。それより用件は何?」
「えぇ、貴女なら持ってると思って来たのよ。ぜひ、貸してくださらない? ここ、『掃除屋』よね?」
「ただの箒ならその辺で買えば?」
「あたし、聞いたのよ」
 ずずいと於菊は身を乗り出した。どう見ても濃い目の化粧姿に、応対していた社長は、心中1歩後退する。回避できない喧嘩沙汰では一歩も退く気のない女社長であったが、幼馴染の厚化粧を長時間間近で見つめ続ける自信は無かった。
「貴女の店に‥‥ある、って」
「だから何が」
「決まってるじゃない。乙女の永遠の夢、よ」
「‥‥だから、何が」
「最先端の脱毛器」
「‥‥」
「‥‥」
「は?」
「だって掃除屋でしょ。痛くも痒くも無い、夢のような脱毛器があるって聞いてきたのよ! 天儀剃刀じゃあ翌日にはもう‥‥だし、鑷子は痛いじゃない? もしも永久に生えてこないような、夢のような脱毛器があったなら‥‥。それを商品化しないのは可笑しいわよ! あたし達にだってそれを使う権利が」
「‥‥その話、どこで聞いたわけ?」
「あら。あたし達の住む辺りでは有名よ?」
「『紅菫』の拠点辺り、ね‥‥」
「ねぇ、天堂さん。お願い。それを貸してくれない?」
 於菊を至近距離で見る事に耐えかねて、この店の社長、即ち『掃除屋びぅていころしあむ』の社長、天堂は、店内の端へと目を反らした。
「‥‥ねぇ次郎」
「次郎じゃないッ」
「その商品、実は今、手元にないのよ。だから少し待ってくれる? 入荷したら知らせるわ」
「本当!?」
 於菊は天堂の手を持ってぶんぶん振る。がくがくと天堂の体が揺れた。
「あたしを鞭打ち症にさせる気か!」
「ごめんごめん。嬉しくって。じゃあ、頼んだわよ、天堂家のお夏ちゃん」
 ひらひらと手を振り、嬉しそうに於菊は店の外に出て行った。
 後に残された天堂は、軽く溜息をつく。


 ギルドに張り出された依頼の一つに、こうある。
『依頼壱 脱毛器及びそれに準ずる物の捜索及び作成及び情報収集。
 依頼弐 上記の物体を使用の際は、痛み痒みを殆ど感じないと言う。但し何事にも個人差があると思われるので被験者を募りたい。
 依頼参 通称『紅菫』が根城とする町内にこの噂が広まっている。噂の根本の出所を探し、真相を確かめよ。

 尚、『紅菫』は女装集団である。屈強な男が多い。精神的に損害を被っても当方では一切関知しない。
 依頼人 掃除屋びぅていころしあむ 天堂』


■参加者一覧
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
朱麓(ia8390
23歳・女・泰
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
岩宿 太郎(ib0852
30歳・男・志
藍 玉星(ib1488
18歳・女・泰
アリス・スプルーアンス(ib3054
15歳・女・吟
ライディン・L・C(ib3557
20歳・男・シ


■リプレイ本文

 紅菫横丁の一角を、朱麓(ia8390)が訪ねていた。
「‥‥何ここ、化け物横町? とりあえず塩まいとこうか、塩」
 開口一番朱麓が言ったのも無理はない。実際に塩を撒いたとしても、
「ぎゃー! 何すんのよ、あんた!」
 たとえそれが本来の依頼主に直撃したとしても。
「当たって溶けるかと思ったんだけどねぇ」
「あら? 朱麓さん?」
 丁度運よくなのか運悪くなのか、横丁に面した通りを嵩山 薫(ia1747)が通りすがった。
「薫姉さんじゃないか」
 声を掛けられた朱麓が簡単に状況を説明する。塩まみれの於菊が後方でむきーっ! と怒っていたが、『主役達が説明をしている間は場の空気を読んで攻撃を止める敵役の皆さん』の慣例に則って、一通りの説明が終わるのを待っていた。
「美しくありたいと思う気持ちは誰もが一緒よね。分かるわ」
 菫が深く頷き、於菊へと向き直る。同じ女として分かるわ、と言おうとして、改めて『凄まじい格好』である事を認識した。何と言うかゴツかった。朱麓だって体格は良いほうだと思うのだが、豊満だとかそういう部類の物では無い。だが薫はそこで、『女装している』とは思わなかった。ちょっと見た目で損をしている可哀想な娘、だと把握した。
「とにかく、『脱毛器』の噂について聞いてみたいわ」
「あのね。塩って日焼けが酷いのよ!」
「それも分かるわ。夏の海は危険よね」
「洗えばいいじゃないか!」
「投げた相手がよく言うわね!」
 ともあれ、『娘達』の半数は出かけていたが、残りの面々から話を聞く事は出来た。だが、誰が最初にその噂を言い出したのかを、誰も思い出せないで居る。仕方なく2人はそのまま近所の学生の部屋を訪ねた。
「あら? 留守みたい」
「日中だからねぇ。又、夜にでも来てみようか。じゃ、次!」
 ぎらりと朱麓の目が輝く。その目は、『氷水』の文字に釘付けだった。
「って、又あんた達なのっ!」
「あたしらの行く先に、あんたが居るのさね!」
「あんたなんて、氷に塩入れて食べればいいんだわ!」
 於菊が既に氷水を入れた器を持っている。その横で白玉入氷水を早速食べ終えた朱麓が、
「‥‥あ、抹茶金時を後4杯追加で。それから白玉入りを出せるだけ全部お願い」
「いや、お客さん。うちに抹茶金時なんて高級なもんは‥‥」
 売人を困らせていた。薫も味の殆ど無い冷たいだけの氷水を頂きながら、噂について尋ねる。
「脱毛器ねぇ‥‥。カラクリの類なら、先生に聞いたほうがいいんじゃないですかね?」
「先生? どちらに居るのかしら」
「横丁の先生って言ったら、学問所通ってる人しか居ないですよ」
 学生の事であった。
 というわけで、2人は氷水屋の傍で通り行く人々から噂を集めつつ、早々に売り物を空にして売上に貢献した。


「開拓者ギルドでいらいというものをやらないとご飯が食べられない‥‥ですよね?」
 遡る事数時間前。アリス・スプルーアンス(ib3054)は、初めて開拓者ギルドを訪れていた。社会勉強の為にと親から旅に出された箱入り娘である。おっとりとした娘が最初に選んだ依頼がコレであった。
「俺も行こう」
 王禄丸(ia1236)の目の前で、アリスは転びそうになっている。この娘を放置しておくのは心配であった。貸本屋に行くというので、護衛宜しくついて行く。王禄丸の巨体は、普段つけている牛面を外しても充分に人目を引いた。とりあえず、貸本屋の暖簾を潜ろうとして頭を壁にぶつける事は回避したが、店内の屋根に頭が当たっている。
「えーっと‥‥素晴らしい脱毛器‥‥とやらを探しているのですが‥‥。ところで脱毛器ってどのようなものでしょうか?」
 店員に、アリスはそう尋ねた。
「はぁ?」
「毛抜きだ毛抜き」
 用意された椅子に狭そうに腰掛け、王禄丸が後方からフォローした。
「ああ、毛を抜くんですか。お坊さんみたいな頭にするのでしょうか?」
「頭をいちいち毛抜きで抜いてたら時間かかるだろ。天儀剃刀を使う手もあるが、今回のは腕や脚目的だな」
「え‥‥脚や腕ですか? アリス、毛は生えていないと思いますが‥‥」
「いや、アリスの事は聞いてない」
 別の店員が番茶を盆の上に載せて運んできて置いて去ろうとする。その前で、アリスは首を傾げた。そのまま、ワンピースの肩紐を外そうとした。
「ななな何してるんですかっ!」
 王禄丸より先に店員が突っ込んだ。全力で突っ込んだ。
「え? 服を脱いだらダメなんですか? ちゃんと下着は着てますよ? なんか大きなお店で売っていた、紐で結ぶ下着なんですけど‥‥」
 その名を、人は褌と呼ぶ。
「天儀は暑いから、布地が少ないのでしょうか‥‥」
「そうかもな」
 夏に不向きな羽織まで着た格好で、王禄丸が番茶をすすっている。
「すまない、店員。この娘はジルベリアから出てきたばかりで多少感覚がズレている」
 そして、店員のジルベリア人に対する見解を新たな物に塗り替えた。
「とりあえず、脱毛器に関する本なども含めた噂でもいい。何か無いかな」
「毛生え薬に関する研究本ならあったと思いますが‥‥」
「毛生え‥‥ですか? 腕や脚に使ったら、どれくらい伸びるのでしょうか。編み込みが出来るようになるのでしょうか」
「いえ‥‥本来は頭に使うべきものかと‥‥」
「アリス。毛生えはいい。脱毛のほうの情報を」
 店の外から聞こえてくる話も超越聴覚を使用して集めつつ、すぐに脱線しそうなアリスの話を、王禄丸は軌道修正し続けた。


「ジルベリアに芸者という文化を根付かせたくて。少しお話をさせていただけませんか?」
 輝けんばかりの聖職者スマイルで、エルディン・バウアー(ib0066)が芸者を口説いていた。否、美しさを褒め称えていた。
「さすが天儀のお嬢さん。お肌が綺麗ですね」
 素早くその手を取ろうとして、三味線で思い切り殴られる。
「ちょっとあんた。あたしの商売道具で殴らせるなんて、何してくれるんだい!」
「いえ、決して他意は」
 だが、褒められ慣れしている芸者には、全くエルディンスマイルパワーは通用しなかった。
「ただ、天儀人の肌の肌理細やかさに何か秘訣があるのでは無いでしょうかと」
「エルディン、何してるアル」
 足早に進む芸者が寺社の石畳を通り過ぎた所で、エルディンは藍 玉星(ib1488)に声を掛けられた。
「何って‥‥。貴女こそ、何故草履を売っているんですか?」
 玉星は草履売りをしていた。彼女がここに至るまでの経緯は話せば長くなる事ながら、つまりは、
「草履屋の手伝いアルね。色々手伝ったら、思い出してくれるかもしれないとの事アル」
 情報交換という名の元に、体よく草履屋に利用されているのである。勿論本人は、何処から情報が入るか分からないからこれも仕事の内と理解していた。
「それで、芸者は脱毛していたアルか?」
「それが‥‥手をきちんと見せて頂けなくて」
「草履屋は今の所、掃除屋、びうてぃころしあむ、天堂、脱毛、永久という言葉について、知らないと言うアルね。‥‥あ、いらっしゃいませアル」
 箱に入れた草履を、やって来た一人の男が見下ろしている。それへと声を掛けると、綺麗な着物に身を包んだ男は、青色の鼻緒がついた草履を選んだ。試し履きするのを玉星はじっくり観察し。
「今の男‥‥。役者でしょうか。随分綺麗な立ち姿でしたが」
「‥‥王子アル」
「はい? 何かおっしゃいました?」
「何でも無いアル。‥‥ちょっと、話聞いてくるアル! 店番頼むアル」
「私は芸者の後を‥‥って、私が草履売りって可笑しいでしょう?! 玉星殿ー!」
 男の体に女の心が宿った人は、女以上に『乙女』と言う。いつか王子様に会う日の為に美しい女心を手に入れると密かに燃えていた玉星だったが、今は美しい男を前にして、まさしく王子に会った心持ちでその人を追いかけて‥‥、
「ちょっと聞かせて欲しいアル。その‥‥脱毛しているように見えたアルね‥‥」
 居たかは定かでは無いが、しっかり聞くべき事を尋ねた。
「あぁこれ? えぇ、『早乙女屋』でね‥‥」
 男は玉星に微笑みかけながら、『夢の脱毛』について語り始める。


「あ。この花可愛いね。俺、キンギョソウとか好きなんだけど」
 女の子憧れ垂涎職業らんきんぐ上位に入るらしい花屋にて、ライディン・L・C(ib3557)は店員に声を掛けていた。
「そいつは秋にならないとね。ツユクサなんてどうだい?」
 店員は程よく年輪を重ねた女性だった。可愛い女の子が店員だなんて、都合の良い話はそうは無いものだ。
「じゃあ、『奇跡的な脱毛効果を及ぼす植物』なんて無いかな? ほら。やけどや切り傷に効く葉っぱとかあるし、漢方もほとんど植物じゃない?」
「あぁ知ってるよ。『早乙女屋』で売ってるヤツだろ? この前、『乙女』が自慢して行ったよ」
「その話、詳しく」
 一通り話を聞いた後、ライディンは蕎麦屋へと向かった。夜になる前に一度、皆で情報交換を行う為である。
「とりあえず、もりそばもう一杯!」
 時間よりも早めかな、という時間に着いたライディンは、客と同じ席について蕎麦を食べている岩宿 太郎(ib0852)を見た。
「‥‥何杯目だ?」
 その卓の上に置かれたザルを見ながら、ライディンは近付く。
「あ、お姉さん。俺もザルソバひとつ」
「おぉ。ライディンさんじゃないか。いや、今はこのお侍さんに話を聞いている所なんだけど。まぁ一杯。あ、俺は酒はいいって言うか、そばと酒のちゃんぽんは」
「じゃ、俺が頂きます」
 サムライに酒を勧められ、ライディンが有り難く頂いた。
「10杯目とか、凄いな。そろそろ腹からソバが逆流するんじゃ」
「腹がもつかもたないかと言われると、むしろ大破しそうだ! 沈没したら後は頼む!」
「分かった。後は任せろ。‥‥あ。この酒美味いっすね〜。いや、実はね。こいつとは知り合いなんですけど、『早乙女屋』って店を探してまして‥‥あ、そうです。そうそう。『乙女』っていう看板息子の居る‥‥え? 役者?」
「て、店員さーん! もりそばもういっ」
「やめとけ。太るぞ」
 太郎の前に、朱麓が立った。
「白玉食べ過ぎたか‥‥。あたし、また太ったかなぁ‥‥」
 余り膨らんでいない腹を擦りながら、隣の卓に座る。
「ちょっと食べすぎかもしれないけど、太ってないわよ」
「またまたぁ〜。薫姉は世辞が上手いなぁ」
「では、太郎殿の11杯目のもりそばは、私が頂きましょう」
「横取り酷いよエルディンさん!」
「もりそば‥‥? 森の傍が11はいです? はい、って何でしょうか?」
「はい、と言うのはアレだな。肯定文だ」
「11回のはい? 沢山頷くのでしょうか? 首が疲れるかもしれません」
「いい体操になるかもしれないアル。もう少し詰めてくれないと座れないアルね」
 広くない蕎麦屋は、8人の開拓者達でぎゅうぎゅうになった。でかい人達が多いというのも原因だが。
 サムライからも情報を得たライディンが、先に『早乙女屋』の話を始めた。『早乙女屋』というのは雑貨屋であるらしいが、変わりダネを売ってもいるらしい。裏通りにあり目立たない事から、芸名『乙女』という名の息子が、新商品を宣伝して回る事があるらしかった。
「新商品‥‥! てくにかるな匂いがプンプンするぜ!」
「『乙女』ならあたしも会ったアル。脱毛用の薬と言ったアルね」
「俺も街中を行く人達の話を拾って纏めてみた」
 王禄丸は、アリスと共に『早乙女屋』の位置を突き止めていた。どうやら夕方から開く店らしい。
 という訳で、皆は再び二手に分かれた。


「ついに、ねんがんの、なんこうを、てにいれたぞ!」
「あぁ、残念です。冷やして引っこ抜くと思っていたのですが。トリモチまで用意していたのに」
「トリモチ! 何の拷問だ!」
「残念アル。せっかく、蝋を用意したアルのに」
「何の拷問っ!?」
「しまった! 俺、何も用意してないっ! 何か買ってくるっ」
「やめてー!」
 何て事を早乙女屋に行って買ってきた4人が繰り広げている間に、もう一方の4人は、学生の元を訪れていた。
「脱毛用のカラクリ人形ですか? 面白い事を聞きますね」
「そういう物を作っていると言う噂を聞いたわ」
「確かに私の師はカラクリ人形を作成しますが、私にはとても」
「嘘を吐くな」
 この1日で情報を耳に入れ続けた王禄丸は、纏めた内容を皆に話している。朱麓が、木刀の柄で床を突いた。ちょっぴり床がへこんだ。
「脅しているわけじゃないさね。ただ、そういう物を欲しがっている連中が居る。商品になれば儲け物じゃないかい?」
「カラクリの新たな可能性を模索していると聞いたわ。立派な志だと思うの。良かったら、話して貰えない?」
 薫の微笑みに、学生は軽く溜息をつく。
「実は‥‥」
「はむはむはむ‥‥はむはむはむ‥‥天儀では夏でも氷があるのですね‥‥素晴らしいです〜‥‥あっ」
「そう言う感想は隅のほうで言うんだ、アリス」
「頭が、きーんっ、となりましたです‥‥」
「実は?」
「‥‥師は、その‥‥」
「師匠がどうしたんだい?」
「‥‥その‥‥頭が‥‥非常に残念でして‥‥」
「それは運命もあるわね。本人の努力だけでは如何ともし難いものよ」
「‥‥髪ふさふさな人を逆恨みしておりまして‥‥カラクリでこっそり、毛を抜いてハゲを増やそう作戦を‥‥」
 恐縮したように、学生は告げた。
 4人はその足で学生の師匠の元へと出かけ、意気揚揚とカラクリ作りに勤しんでいた師匠の野望を阻止する事に成功する。
 そうして夜中になって、4人は天堂の店へとやって来た。そこで、軟膏を買った4人が実験を繰り広げているはずだからである。
「毎朝のヒゲ剃りめんどいっては言ったけどねっ! でも、ふさふさたくわえたダンディズムがいいと思うんだっ」
「玉星さん、トリモチ無いですか! トリモチは!」
「太郎で全部使ったアル〜」
「いや、実験体は一人で良くないかっ?! 軟膏使っても痛いって事がよく分かったよなっ?!」
「いーえ、分かりませんね。個人差があるものと思われます」
「あ。店長が出してくれたアル」
 床の上で既に屍となっている太郎と、両脚に緑色の軟膏を塗られて逃げ回っているライディンと、それに襲い掛かろうとしているエルディンと玉星と、奥の方で苦笑している天堂が、店内に居た。
「用途は違ったようだけど‥‥。一応、カラクリも貰って来たわ。使い物になるか、分からないけれどね。
 薫が、師匠から奪っ‥‥貰ったカラクリを、天堂に提出する。店内の4人(1人は瀕死)は、まだわぁわぁ言っていた。
「使えるかどうかは、紅菫達が判断するわよ。有難う、助かったわ」
 天堂から報酬を貰い、8人(1人は瀕死)は、店を後にするのだった。