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■オープニング本文 その坂道は、鬱蒼とした森の中にあった。陽射しの強い夏の最中にあって、その先を見通す事も出来ぬ暗がりがその先に続く。 「‥‥暑いですねぇ、勝‥‥いえ、麗様」 「暑い? あら。貴方には見えませんのね」 その坂道の下に立ち、片手で紅色の傘を。もう片手で団扇を持ち扇いでいた男に向かって、見た目10代に見えない事もない若作りの娘‥‥のように見える女が、坂を見つめた。 「は‥‥見える、とは?」 「この先にあるのは黄泉比良坂。あの世とこの世を繋ぐ坂なのですわ」 「私には何の変哲もない、ただの山道に見えますが‥‥」 「真っ直ぐな山道があって? さ、参りましょう。この先に、門がありますのよ」 「あのぅ、麗様。この先は本当に‥‥?」 「えぇ。男神が女神を連れ帰ろうとして失敗した、黄泉の国がありますわ。そしてその先に‥‥」 「先に‥‥?」 「『地獄』が」 麗は、坂道へと足を一歩踏み入れた。付き添いの男は、さくさくと歩いていく女について行けず、呆然と立ち尽くす。 「靖田。早くいらしゃい」 「し、しかし‥‥」 「あら。私の蘭を切り取ったその時の度胸はどうしましたの? この位、どうと言う事は無いでしょう?」 「そそそその切は誠に申し訳」 「鏡」 恐縮して小さくなる男の傍に、背の高い女が1人立った。長槍を背負っている。 「さぁ、取り返しに行きますわよ。私の大切な‥‥半身を」 「心得ました」 そして、二人の女は坂をゆっくりと上って行った。 そこは、向かい合うようにして二つの石が並ぶ場所だった。茂みの中に隠れるように、まるでそこを隠すようにして置かれている。だがその石は屈強な男の背丈ほどの大きさがあり、隠そうにも隠しきれていない。そしてその石の間で山道は途絶えていた。 「鏡。私、感謝しておりますのよ。あの日、私はこちらの世界にやって来た。この『門』を潜って」 「はい。憶えております。私を召抱えて下さいました」 「人は、世界の『門』を潜った瞬間、違う人になってしまうのかしら。前の世界では私、これほどの力は持っておりませんでしたのよ」 「では麗様にこの世の水が合ったので御座いましょう」 「えぇ、そうですわね。さぁ‥‥開きなさい。『扉』よ。『地獄の門』よ!」 二人の女の前で、無いはずの道の向こうが一瞬光を帯びた。光は群れを成すようにして集い、一瞬の後に双つの石の向こう側に、真紅の鳥居が姿を現した。 否、それは鳥居ではない。鳥居と形は似ているが限りなく禍々しく、その空間の向こうは闇に埋もれている。 「さぁ、行きましょう。どうせなら、地獄で宴会もしてみたいわね」 「はい、腕が鳴ります。数多の敵を打ち倒し、見事この鎧を赤く染めてみせましょう」 「あらあら。最初から勢い付いていては、宴会の時には疲れてしまいますわよ」 「ところで麗様。宴会をなさるのでしたら、余興を行う者や共に楽しむ者が必要なのでは‥‥?」 闇の中に入ろうとした麗は、鏡へと振り返った。そして、にやりと笑う。 「‥‥大丈夫ですわ。私も、さすがの地獄を二人っきりで進めるとは思っていませんもの。『冒険者』をとっくに召喚済みですのよ‥‥?」 「冒険者‥‥?」 「あら。違いますわね。そう、こちらの世界では‥‥『開拓者』でしたかしら」 ふふと嗤い、麗は闇の中に手を差し入れた。 「さぁ、楽しい『花見』に致しましょう? 人が散り咲く赤い花びらが舞う地で、ひと時の愉悦を」 貴方は何故、ここに居るのだろう。 そういえば、何時から此処に居るのだろう。 この世界に産まれ、この世界に育ち、この世界で生き続けた。 そして気付けば、貴方は『此処』に居る。 緋い、血の色に似た花が舞う、その場所は、 『地獄』。 ※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧 / 桔梗(ia0439) / 黒鳶丸(ia0499) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 譲治(ia5226) / ペケ(ia5365) / 菊池 志郎(ia5584) / 藍 舞(ia6207) / からす(ia6525) / 以心 伝助(ia9077) / ジェシュファ・ロッズ(ia9087) / 明夜珠 更紗(ia9606) / ベルトロイド・ロッズ(ia9729) / アーシャ・エルダー(ib0054) / アグネス・ユーリ(ib0058) / エルディン・バウアー(ib0066) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リディエール(ib0241) / ハッド(ib0295) / 琉宇(ib1119) / ユリゼ(ib1147) / 无(ib1198) / 蓮 神音(ib2662) / 野分 楓(ib3425) / 壱千(ib3725) |
■リプレイ本文 ● 「おーほっほっほっ。皆、お揃いですわね!」 麗がよく響く声で笑った。 「はい。地獄に行くのでしたら、回復役は必須だと昔本で読みましたですの。まゆでも少しはお役にたてるかと」 おはぎを山ほど詰め込んだ重箱を背中に背負い、礼野 真夢紀が頷いている。 「宴会用の料理の材料を下拵えして持って来たんだけど、荷車ない〜?」 「あら。それは重要な問題ですわね」 麗が言った先で、荷車がどすんと空から降ってきた。野分 楓は早速荷物を積み込む。 「‥‥少し、持つよ」 溢れそうな荷物の一部を、桔梗が背負った。 「うん? 地獄ピクニック? 相変わらず逞しいわねぇ冒険者って。そういうとこ、大好きよ」 「冒険者か‥‥。懐かしい呼び名だな」 アグネス・ユーリの楽しそうな声に、琥龍 蒼羅も遠くを見るように呟く。 「冒険者‥‥」 以心 伝助は小さく首を振った。聞き覚えがある言葉の気がするのに、思い出せない。だがそれは明夜珠 更紗も同じだ。 ここに居る者たちの記憶は、まちまちだった。前世なのか、或いはこの場所をかつて渡って彼らの世界にやって来た旅人か、何にせよ、微かに残る記憶が、或いは何処からか聞こえる声が、彼らの背中を押す。 尤も、ここに居る者たちの中には、この向こうにあるかもしれない世界に居た事さえない者達も居た。 「それにしても、ここは‥‥。俺、いつの間に死んでしまったのでしょうか?」 賽の河原を眺めながら、菊池 志郎は首を傾げた。川向こうから知っている誰かがおいでおいでしているのかな、と目を凝らして探してみる。 「渡し賃は六文でしたよね?」 そんな彼らから少し離れた場所に、舟が止まっていた。鬼啼里 鎮璃が近付き船頭に銭を渡す。 「成程、これがあの‥‥。存外勉強値やな」 黒鳶丸も渡して乗り込んだ。 「よし!」 平野 譲治は、無限に転がる石の中に、旗を差し込んでいる。『平野譲治参上!』と書かれていた。 「何やってるの、譲治くん。先行っちゃうよ〜」 「通った記念なりっ!」 ジェシュファ・ロッズに呼ばれてついて行こうとした譲治は、荷車と舟との間でにらめっこしている楓を発見した。 「おいらも手伝うなり。お料理運び隊っ」 「ありがと。でも舟に荷車乗らないのよね‥‥。舟、変型しないかなぁ」 「アレじゃない? こう、蹴ればいいのよ!」 「ちょっと‥‥無茶、かも」 別の舟の前でああだこうだやっていると、その隣に无が立つ。何かしてくれるのかと皆が注目する中で。 「ところで、この渡し賃の六文だが、例えば昔は四文だったが時代の流れで値上げを余儀なくされた‥‥などと言う事は?」 船頭に質問をしまくっていた。ついでに、無料目指して値下げ交渉まで始めている。 「あ。財布忘れた」 河を渡れないと焦った藍 舞も、无に加勢した。 結局、何艘かが河原に停まり、皆は別れてそれに乗り込んだ。一人遅れてやってきたペケが、同じく最後に来た舟に飛び乗る。 「あれれ? この舟は他と違ってすっごく安いですね〜♪」 その舟は、ペケ一人だけであった。船頭は渡し賃を貰うと、ペケに櫂を渡して降りてしまう。 「ん? まぁ、安いんですから、自分で漕げって事ですよね。仕方ないですね〜」 上機嫌でペケは一人、せっせと櫂を動かした。 だが‥‥。 「あれ? あれれ? あれれれ?」 どう見ても他と色も材質も違う、見るからにそうと分かる泥舟は、少しだけ進んでから沈み始める。 「あれぇ〜?」 そうして、最も深い場所で舟は完全に水底へと沈んだ。 皆の舟の後ろを、ゆらゆらと褌が一枚だけ流れて行く。 ●灼熱原(26人) 「暑い‥‥」 舟が降りた河原で、皆は一度立ち止まった。 目の前に広がるは、灼熱の炎。河原に居ても熱気が彼らを包み込もうとする。 「むしろ熱いのかな、これは」 ベルトロイド・ロッズは早々に熱さに耐えかね、その道を行く事を断念しようとした。 「ベルトー、しっかり。僕だって寝ちゃいたいくらい熱いよ」 「ジェシュくんが脱落したら、案内役が一人減っちゃうよ。頑張って! でも‥‥」 琉宇も汗だくになりながら励ましつつ、辺りを見回す。 「地獄めぐりって、温泉のことじゃないの?」 「成程。この炎を使って湯を沸騰させ、温泉郷を開くということも可能、と‥‥」 无は手帳にメモしている。麗と鏡を美人の案内人と思い雑談しながら歩いていたのだが、あまりの暑さに麗が爆発しそうになった事もあって、氷柱を使って冷気を取っている。 「天然の温泉よの」 ハッドはのんびり言った。 (ヒヒヒ‥‥。久しぶりに魂回収のチャンスよの‥‥) 彼の名は、バアル三世。実はデヴィルの王である。暇つぶしにジンルイどもを地獄巡りさせて魂を奪おう大作戦決行中であった。よって、彼にはこの灼熱の炎など全く熱くも何とも。 「熱っ!」 バアル様は、うっかり足を踏み外して炎に包まれた。 「しっかりして下さいー」 真夢紀がおはぎを背負ったまま、ハッドに神風を送り込む。 「そるふの実とか富士の水とか、天儀にもあれば良かったですのに」 彼女は呟きながら、暑さで倒れそうな人々を介抱して行った。意外と暑さに弱い者は多かったのだ。一方、黒焦げになったバアル様は、隅のほうで鬼達を叱り付けている。もう少し火力を弱めろ馬鹿者とか言っていたが、鬼達は残念ながら彼の支配化に無かった為、逆に追い掛け回されていた。 「女が黄泉路を一人歩きなんて、危ないでしょ? うちもご一緒いたしましょう」 舞は見知らぬ女の子を助けて何処かへ行こうとしていたが、 「フラグっ♪ フラグっ♪」 炎の中に旗を立てようとしていた譲治と遭遇した。むしろ譲治も燃えていた。 「あぶないっ」 その体を、ベルトロイドが体当たりして炎の中から弾き出す。同時に彼の体が火を噴いた。舞が手を繋いでいた少女は見る見るうちに巨大化し、黒い体に蝙蝠の羽を生やした鬼へと変化する。 「ベルトーっ」 「熱いっ‥‥けどっ‥‥俺は、皆を護るんだ‥‥!」 続々と近付いてきた黒鬼を前に、ベルトロイドは槍を構えた。槍に炎が乗り移り、噴き上がる。 「‥‥背後から音も無く襲われる不気味さに、今回は貴方達が恐怖する番よ」 鬼達の背後に回った舞が、手甲を鬼に打ち付けた。 「忍者‥‥無双っ」 舞の体が翻り、鬼達の首をどうやってか次々と刎ねて行く。ベルトロイドは、眼前に立ちはだかった巨大な鬼へと、真紅に染まった槍を突き刺した。銀の髪が炎の中で煌いた。 数十秒後。 「ベルトー‥‥」 焼け野原の中に、二つの体が倒れていた。ベルトロイドの体には、ジェシュファがすがりついている。譲治もおいおい泣いていた。 「涙を流されるくらいなら、白ける位が丁度良い! 死に際すらも三文喜劇、そんなうちはこう言おう! 『うちに構わずやっちまいな!!』と!」 「ふむ」 泣いていなかったが、舞の最期は、からすが看取る。 そうして、彼らはようやく次の場所へと辿り着いた。 ●氷雪針原(23人) 「さっきのとこは煙草の火に不自由せんでえぇな思うたけど、ここは火傷冷やすにゃ丁度えぇな」 辺り一面真っ白の雪景色を眺め、黒蔦丸は呟いた。呟いて一歩進んで、ずぼっと雪の中に嵌った。 「大丈夫ですか?」 それを鎮璃が助け出す。背中には水瓶を背負っていた。三途の河の水を汲んできたのである。理由は、『美味しいかもしれないから』。 「それでバウアーさん、次はどちらに?」 「以前はこのようなもの、ありませんでしたからね‥‥さて、どちらでしょうか」 エルディン・バウアーは周囲を見回した。 所々吹雪が吹く中、皆は進んだ。灼熱原もそうだったが、自然と皆は数人単位に散って動いていた。 「‥‥この風景、どこかで見たような、そうでもないような」 伝助は吹雪の中、少しずつ何かを思い出している。襲い掛かってきた鬼を切伏せ、更紗が後方から矢を射る。更紗にとってその戦闘スタイルは、懐かしいと感じるものだった。 「そうね、どこかで‥‥」 「姐さん、危ないっす!」 伝助が更紗を庇って刀を振るう。 「姐‥‥さん?」 そんな風に伝助に呼ばれた事はないはずだ。だが余りにしっくり来る。 戸惑いながらも進む二人から少し離れた所では、无が火輪で暖気を取りつつ調査していた。 「それにしても。コレが本物の地獄絵図ね」 あまりの寒さに倒れてしまった鏡を置いていく麗を見ながら、アグネスが呟く。 「生きながらにして通ってるのだから、地獄と呼んでいいのかは知らないが‥‥」 その隣でからすも頷いた。 「まぁ、地獄としか言いようが無いのか。‥‥で、壱千殿。その道は違うと思うが」 「あぁ。どこで骨休めしようかと思って休憩所を探していた」 2人とも落ち着いた風情で話しているが、そこへもわらわらと鬼がやって来る。 「骨となって休む場所ならば幾らでもありそうだが」 「わーっ。皆、どいてーっ!」 つるつるした氷の上を、楓と荷車が滑って通り過ぎて行った。その後を、食糧を抱えた桔梗がつーっと滑って行く。 「あのままでは、食糧が台無しになるな。最後の楽しみが奪われるのは残念だ」 壱千も氷の上に乗り、後を追った。そんな彼らを巨大な影が覆う。 「受けて貰おう‥‥龍の牙を」 滑り続けていた3人の前に、蒼羅が落ちてきた。落ちながら、弓を浅く構える。その目が巨大な鬼の額に光る目をしっかりと捉えた。鬼が腕を振るえばまともに飛ばされそうな位置で、蒼羅は矢を放った。相当な至近距離である。弓術師の接射の模倣のつもりだった。見事矢は鬼の目に刺さり、蒼羅は荷車の前に降りる。 「助かったよ、ありがとう!」 「ここは俺が何とかする。先に行け」 刀を抜き、蒼羅は鬼を睨み付けた。 一方、離れた所で一人、石動 神音は倒れていた。 (神音、何か悪い事したのかなー?) 皆と逸れ、何故か懐に入っていたマッチを一本ずつ擦り、暖を取ろうとしていたのだが、擦るたびに浮かぶのは、暖かい食事や部屋、そして死んだ両親の幻だった。 (神音‥‥死んじゃうのかな‥‥) 雪の中に埋もれながら、神音は涙を流す。その涙はたちまち寒風に吹かれて凍りついた。 (これが‥‥最後‥‥) もう周囲の景色さえ良く見えない。それでも震える手で、最後のマッチを擦った。刹那、彼女の目の前に、長身で端正な顔立ちの青年が浮かぶ。 (センセー‥‥) その幻へと微笑みかけ手を差し伸べた神音だったが、青年の傍に立っている数人の村の若い女性に、気付いた。女性達は青年にしがみつき、きゃーきゃー言っているように見える‥‥。 「‥‥神音が死んじゃったら、センセーあの人達と!? うー、こんなとこで死んでられないよー!」 がばっ。雪の中から、神音は復活した。 ●血の丘(22人内1人遅れ) 「赤い花も悪くないっすけど、地上に戻ったら別の花も見に行きやせんか?」 真紅の花が咲き乱れる丘の上で、伝助が更紗へと振り返った。 「‥‥いいね。今の季節ならば‥‥朝顔かな」 穏やかに微笑んだ更紗の視界に、黒い影が入る。 「おや。可愛い小動物が沢山飛んできましたね」 離れた所では、鎮璃が空を眺めていた。 「あれ、可愛いですかね?」 忍刀を志郎が抜いたのは、どう見ても禍々しい物体だったからである。 「己の血で染めるより敵のそれで染めて刈れってな」 花の上で、黒蔦丸も刀を抜いた。 「‥‥伝助、あれ‥‥!」 「インプっす!」 灰色の空は瞬く間に黒に塗り替えられた。不気味な顔をした赤子くらいの大きさの蝙蝠のような物が、次々と彼らに襲い掛かる。 「慈愛の神セーラよ、再び我に力を貸したまえ!」 エルディンの声が朗々と響き渡った。地獄の中であっても、神にその声は届くのだ。大群を聖なる光が襲い、黒い空に穴を開けた。 「あぁ、これを唱える事が出来る日が再びやって来るとは」 落涙するエルディンの傍で、アーシャ・エルダーが剣を振るう。 「デビルが相手だと言うのに、嬉しいのは何ででしょうね! この空気、何だか懐かしいです」 赤い花が飛び散り、彼らの周りで花を咲かせていく。 ようやく大群を蹴散らした頃には、丘の上は赤と黒に覆われていた。 「伝助‥‥」 その中には、伝助の姿もあった。更紗を必死で護って倒れた男の手を取り、更紗は瞑目する。 そんな死闘が繰り広げられた丘の下では、无がせっせと赤い花をスケッチしていた。少し離れていた所で花に触れていたユリゼが、立ち上がって遠くを見つめる。 その先に、7つの塔が薄っすらと見えた。 黄昏、太陰、明時、光陰 その譜は奏でるだろう麗しく弱きものを その器は謳うだろう世にも儚き歓びを 全てが揃いしとき 鎮魂歌が始まる‥‥。 ●七塔獄(21人中1人遅れ) たまたま触れた塔は、向日葵に似た色をしていた。 様々な、口惜しさが蘇る。でも来て良かったと、ユリゼは塔を見上げた。 聞こえる歌は、良く知った歌だ。懐かしい人の声にも似ている。 「地獄を『懐かしい』と思うのも不思議なものですね」 その隣に、リディエールが立った。苦笑する彼女に、ユリゼは頷く。 「そうね」 「歌とは人を惑わすものではなく、人に勇気を、立ち上がる力を与えるもの。未だこの地に囚われ、前に進めないでいるのなら‥‥」 「中に、入るの? 此処とはちょっと雰囲気違うけど、以前は随分地獄で歌ったもんだわ。沢山の折紐持って、ね」 近付いてきたアグネスが、アンクレット・ベルをしゃらりと鳴らした。 「誰か先客が歌ってるのかな」 琉宇もリュートを持って近付いてきた。 「歌、慣れてない、けど‥‥一緒に」 食糧を抱えた桔梗も、そっと呟く。 7つの塔の間は巨大な迷路である。一緒に入ったわけでもないのに、5人は塔の前に立っていた。どうやって迷路を抜けたのかは憶えていない。そう、例えるならば『呼ばれた』。 迷路の中では、他の者達が抜けるのに四苦八苦していた。 案内役の1人ジェシュファは、迷路のパターン、傷、模様でルートをしっかり覚え、そこから抜ける道を導き出した。ついて行った者達も共に迷路を抜け出す。楓は荷車で壁を突き破って最短ルートを目論んだ。途中で引っかかった所で、上空から麗が降りてくる。 「あー! ずるい!」 「あらあら。気合が足りないですわね。ほら、からすも飛んでますのに。からすだけに。おほほほほ」 「からすだからな」 隣でからすもふよふよ飛んでいた。更に後方で壱千も強制飛行されていたが、蛇行している。 「あいつの為にも、必ずこの迷路を抜け出してみせる!」 離れた所では、更紗が熱血モードに入っていた。 「待って下さいー」 その後を、てけてけと真夢紀が追いかけている。 「そろそろ‥‥本気を出しましょうか‥‥。そこをどくといいわ」 麗が微笑み、楓はかなり後ろへ下がった。小さな麗の体が少しずつ膨れるように大きくなっていくのを、彼らは見た。 「それにしても‥‥七つの塔攻略とは懐かしいですね。石を集め回ったのは良い思い出です。あの時は、パリ中が応援してくれたような気‥‥え?」 懐かしさに胸が一杯のエルディンも、見た。自分の方へと真っ直ぐに飛んでくる何かの魔法を。そしてその奥に居る、誰か。 「ぎゃぁーーーっ! フランカ殿に殺され‥‥」 逃げた。必死で逃げたが到底回避不可能である。エルディンは魔法の直撃を受け、星になった。 一方、その前に力尽きている者も居た。超越聴覚で歌を脳髄に叩き込むような感覚で聞きながら迷路を歩いていた志郎は、方向感覚さえ危ぶまれ、遂には目を回してその場に倒れこんだ。鎮璃は、誰も居ない端っこを1人でうろうろしている。 「フランカ‥‥? うーん‥‥知らない名前のはずだけど‥‥誰かが、花見に誘った人じゃないかって‥‥」 「あら。知っているの? それは、姉の名前よ」 言って、麗‥‥いや、尖った長い耳を持つ黒髪の娘は、楓の荷台の上にふわりと座った。 「私はフェデリカ。宜しくね」 一方、赤色の塔に、5人は入り込んでいた。 「先に歌っておいたのです‥‥?」 「えぇ。丘を見た時に気付いたの。『魔曲』を先に歌っておけば、効果を期待しつつ後で皆で歌えるでしょ?」 「はい。私達の歌声で、楽で、舞で‥‥」 ユリゼとリディエールが、先に立って歩く。 「ここね」 途中の階の重い扉を、ユリゼはゆっくり開いた。開いて、懐かしい水盤の傍に座っている女性を見つけた。楓達が見た、フェデリカとよく似た面差しの。 「やっぱり、貴女が歌っていたのね。‥‥これは『惑わしの歌』だって言っていたわ」 「何故、いつまでも此処に? 貴女が私達に教えた歌は、魔を滅ぼす歌。もう、ここから解き放たれても良いではありませんか」 「私は悪魔となったエルフですから、地獄から解き放たれる事はありませんよ。この魂が完全に滅するまでは」 女性は立ち上がり、ふと琉宇へと目をやった。視線を感じて、琉宇は一歩前に出る。 「あなたと僕とで交互に一旋律ずつ奏でるカノンの競争。やってみない?」 「構いませんよ」 「うん。じゃあ、僕から始めるね」 リュートを構えた琉宇に対して、女性はヴァイオリンを構えた。一呼吸置いて、琉宇は最初の一音を出す。1小節置いて、女性のヴァイオリンが音を奏で始めた。追い、追われるカノンの調べが、塔の中に木霊する。まるで、2人の奏でる音を追い合奏を作り上げるかのように。 最後の一音が綺麗に重なって終わった。 「‥‥どうだった?」 見ていた3人へと振り返り、琉宇は尋ねた。 「綺麗だったわよ」 「どっちが魅惑的だったと思う?」 「1つの音が4つ重なれば、それは4倍以上の効果を発揮すると私は思いますよ」 女性がそう言った。 「出来れば、そう言った音を大事にしてあげて下さい」 「合奏が素晴らしい事は分かっているよ。でも、競争だからね」 「音に優劣はありません」 端から争う気はないようだ。琉宇が首を傾げると、女性はヴァイオリンを彼に渡した。 「どうして、『惑わしの歌』なんて歌っていたの?」 音に合わせてしゃらしゃらと踊っていたアグネスが、その遣り取りを見て尋ねる。 「この先に行かせたくないから?」 「‥‥抜けた先で、もう会えない人の姿を見る事も‥‥出来る? ここが、黄泉の国なら‥‥」 「妨害をしたのは、妹が居たからですよ。そして、死者の魂は一部を除いてここには居ません」 「‥‥ここは、『何』?」 桔梗の真っ直ぐな目に、女性は頷いた。 「ここは‥‥」 ●伏魔殿(18人中1人遅れ) 17人は、巨大な屋敷の前に立っていた。 「桜か‥‥風流やな」 屋敷までの道の脇には、ずらりと桜の樹が並んでいる。舞い降りる花びらは、誰かの涙のようだ。 その樹の脇で、ひっそりと咲く桔梗の花を見つけて、桔梗は微笑んだ。 「待ちくたびれぞよ」 宴会場に相応しい場所を探して園内を歩くと、すぐに大きな広場に出た。周囲には四季折々の木々や花々がある。それら全てが花開いているのは不思議な光景だ。だがその広場の中央に、ハッドが立っていた。 「散ったジンルイたちも復活するがよかろ」 バッと赤い本を開き、ハッドは何やらぶつぶつ言い始める。表紙には『ばあるの絵本』と書かれていた。 「勿論、御代は頂くがの」 本が輝き、一瞬の後に広場には死んだと思われた者達が立っていた。再会を喜ぶ皆から離れた所で、ハッドの体が小さくなる。 「まっ、魔力切れだにょ〜!」 わんこの着ぐるみ姿になってしまったハッドが、ぱたぱたと背中の羽を動かして皆の輪へと入って行く。 「じゃ、料理作るよー!」 何より頑丈な荷台から、楓が次々と荷物を降ろして料理を作り始めた。 彼女のメニューは5品。鶏のポワレ、パリ風ブイヤベース、蜂蜜クレープ(シャンゼリゼ風)、チキンのグリル悪魔風ソース(程よい辛さ)、チキンのグリル地獄風ソース(超激辛)。 「じゃあ俺は、ロシア料理かな。余り手の込んだものは作れないけど‥‥」 復活したベルトロイドも、譲治が運んできた材料を貰って作り始める。 「如何にも不吉な形してるけど、ここに釜もあるし、僕はガルショークを作ろうかな。あ、ペリメニもいいよね」 ガルショークは壷焼のスープ。ペリメニは水餃子だ。 「ピロシキは俺が作るよ」 「ボルシチは‥‥あ。この草も入れてみよっかな〜?」 「ジェシュ! 変な物入れたら腹壊すから」 「腹痛だけで済めばいいな」 无は早々に飲み始めていた。転がっている酒を見ながら、蒼羅は自分の目的物を探している。 「どうかしましたか?」 「いや‥‥俺は酒にはかなり強い方だが、酒より茶のほうが好みなんだ。探しているんだが‥‥」 「では、私がお淹れしますね」 リディエールがポットを用意し、香草茶を入れた。 「はぁ‥‥はぁ‥‥、お、追いつきました‥‥!」 殆どの料理が出来上がる寸前に、神音が走ってきて芝生の上に転がる。 「も‥‥もう駄目‥‥。水‥‥」 「あ、三途の河の水なら‥‥」 いそいそと、鎮璃が水瓶から湯呑茶碗に水を入れて、差し出した。決して毒見とか人身御供ではない。そんなつもりではない。その隣では、やっと重箱を下ろせた真夢紀が、ぼたもちを差し出していた。 「お盆も近いので、沢山作りましたですの。食べて下さいですの」 「有難う‥‥。うん、美味しい。美味しいです‥‥!」 「水を先に飲んだほうが‥‥」 「あはは、いきなり溺れ死んだ気がしますが、気が付いたらもう宴会に参加できちゃったので、ヒック、結果おーらいですね〜♪」 ペケは、食事の前に出来上がっていた。三途の河を流れた褌を明らかに可笑しな形に結んでいたが、酔っ払いだから仕方ない。 そして、皆の前にずらりと食事が並んだ。屋敷の天辺に旗を立てていた譲治が、真っ先に料理を頂く。 「ほふ〜」 ジェシュファの作ったボルシチも幸せそうに食べた後、楓の挑戦料理に目を向けた。 「お、お料理がっ、お料理が怒ったなり〜」 地獄風ソースを食べてじたばた泣きながらもがいている。 「あ〜、この味! この料理、とっても懐かしいです〜」 デビルに囲まれてフラグ立てて『ご飯残しておいて下さいね!』と叫びながら突撃するつもりだったアーシャも、何故かそれが叶わず何事もなかったかのように料理を堪能していた。 「ほんと、美味しい。ここまで頑張った甲斐があったわね〜」 「エルディンさんも、早く食べましょうよ! 美味しいですよ!」 「えぇ。料理をじっくり堪能したいですが‥‥フェデリカ殿の視線が気になります」 「私は、姉の魂と体を貰いに来ただけよ?」 「相変わらず悪魔のような物言いですね」 「皆、お疲れ。お茶は如何かな?」 少し離れた所では、からすが茶席を設けていた。 「頂きます。あぁ、お茶が美味しい‥‥。生きているっていいですね」 志郎が心の底から幸せそうにお茶をすする。 「あ、そこのお姉さん、もう一杯」 舞は酒注ぎしつつ酔い潰れた人の介抱を担当していた。むしろ、飲めや騒げやの宴を演出して、『これぞまさに地獄絵図ね』とか呟きたかったのかもしれない。 蒼羅は初めて食べるノルマン料理を堪能し、壱千もその隣でもぐもぐ口を動かした。 酔いも回って腹も膨れた所で琉宇が、リュートを取り出す。賽の河原から順番にイメージした6楽章形式のバレエ曲を作って披露したのだ。勿論、塔でのカノンも盛り込んだ。 「姐さん。楽器、奏でてくれやせんか」 ごろりと芝生の上に寝転がった伝助が、更紗を見上げる。更紗はオカリナを取り出し口に当てた。かつて、彼女が愛用していた楽器だ。現実世界では楽器を奏でる事など出来ないも同然のはずだった。だが、真っ直ぐな美しい音色が、辺りに流れていく。その音を聞き、伝助は笑顔を向けた。 「己がおるとこが、己の居場所‥‥」 宴の場所から少し離れた桜の木の下で、黒蔦丸は皆の騒ぎを眺めていた。騒ぎを肴に酒と煙草を楽しむつもりで、ここに場所を陣取ったのだ。 「地獄とて、住めば都にしたるわい‥‥てな」 笑いながら、彼は同じように離れた場所に立っていたユリゼへ目をやる。彼女は桜とアーモンドの木が隣り合わせになった場所で、木にもたれかかってそれを見上げていた。花の向こうに広がるのは灰色の空だったはずなのに、やけに青く見える。だが、見上げていた目が、ふと何かを視界に捉えた。 「‥‥あれ‥‥ローラン‥‥?」 何気なく立ち上がったアーシャも、その姿を見る。薔薇の花が咲いていたから、或いはそうでは無いかと思っていた。 「あ、そうだ。エリザベートさんは元気ですよ。確か、この前結婚式があったって‥‥あれ? これ、いつの記憶だろ‥‥?」 「今日は、一言礼に。君たちがあの頃戦ってくれたおかげで、私は愛する人とここで暮らす事が出来るようになった。そして、エリザの事も感謝している」 「ほんと、散々でしたけど‥‥」 金髪の男に、アーシャは頷いて見せる。 「今はとても懐かしいです。さ、一緒にお花見しませんか?」 |