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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●石鏡 堂内に満たされた薄緑色の薄光は、時折粉雪の様な光の残滓を舞い散らせていた。 「‥‥」 簡素な白一色の装束を身に纏う神主が、音もなく祓い棒を床に置いた。 「終わりましたよ、皆さん」 6人に声をかけたと同時、室内を満たしていた光は残滓諸共消え去った。 「‥‥何か見えたの?」 ゆっくりと身体を起こす6人のうち、期待と不安の入り混じる複雑な表情で小さな影が見上げるが、神主はゆっくりとかぶりを振った。 「本当に何かされたのですか? 術視、瘴気探索、共に何も見えませんよ」 「‥‥やっぱり‥‥」 それは自身で確認した答えと同じだった。だが確かにあのアヤカシは言った『我が一部は呼吸と共にすでに貴様等の身体に入っている』と。 「‥‥きっと、何か、あるはずなの」 少女は胸の前でぎゅっと握った拳に目を落す。 「そんなに思い詰めないでください。そもそも、亜螺架の言葉が嘘だって言う可能性もあるんですよ?」 自責するように呟く小さな少女に、出来るだけ優しく労る様に龍の少年が声をかける。 「そうですよ! もしかしたら、ただ単に言葉で動揺を誘う作戦なのかもしれませんっ!」 小さな少女の反対隣りの少女もまた、元気づける様に快活な声を上げた。 「うんうん! 彼奴がどんな技を使ったのかはよくわからないけど、使ったとしても僕たちなら絶対抵抗できるっ! こんな失敗する奴なんて大したことないよ! 次こそはきっと倒してやるんだからなっ!」 笑顔を取り戻さぬ少女を痛んでか、快活な少年もまた精一杯の言葉で励ます。 「失敗ねぇ‥‥これが失敗だってぇのかねぇ‥‥」 と、軋む節々を庇いながら最後に置き上がった最年長者が、首の後ろをも揉むように摩る。 「しかし、この感覚以外は何も変わった所はない‥‥レダ殿の様に操られる事も」 あの邂逅に立ち会った7人すべてが唯一訴える症状。それが時折、首の後ろに小さな火花が散る様な不快な感覚を感じるというものだった。 「確かに今は何ともねぇが‥‥あいつに会った時、どうなるか。あー、想像するのも嫌だな」 「もし奴が何か不可思議な術を使おうとも、気合で打ち破ればいいだけの事。この程度の痛み、何するものぞ!」 「気合って、お前なぁ‥‥」 グッと拳を握る妙齢の女性を前に、最年長者は苦笑いを浮かべるしかなかった。 ●レア 空が望める様に設けられた5畳ほどの一室には、簡素なベッドと机だけが置かれていた。 「レダ、変わった事はないか?」 「ありがと。何ともないわ」 窓からふわりと吹き込んだ冷気に美しく波打つ赤髪を揺らし、レダはこくんと一度頷いた。 一年もの間、意思とは無関係に動かされていたレダの身体は至る所に損傷を負っている。この簡素なベッドから起き上がり、歩けるようになるまでにはもう少しかかるだろう。 「そうか」 黎明は上半身だけを起こし覇気なく横たわる最愛の人にそう小さく答えるのがやっとだった。 「冷えるから窓を閉めよう」 「うんん、開けておいて。今は風が気持ちいいから」 立ち上がった黎明にレダは透き通る程に白くなった頬を上げ、小さく微笑んだ。 「わかった」 「黎明‥‥ごめん。私が無茶したばっかりに迷惑ばっかりかけて‥‥」 椅子に戻った黎明に、レダは脚の上で組んだ手を見下ろしながら呟く。 「いや、レダのせいじゃない。そんなに気に――」 「黎明、レダ。情報――いや、仕事です!」 と、二人だけの静寂は突然破られた。ノックも無しに開け放たれたドアから入ってきたのは嘉田であった。 「ここは病室だぞ。静かに――」 「そんな事よりこれを!」 黎明の苦言を制し、嘉田は手にしていた書状と小さな鍵を差し出した。 「‥‥こ、これは?」 「とにかく読んでみてください」 いつも冷静な嘉田がこれほど慌てるのだ。余程の事なのだろうと黎明はレダにも見える様に書状を広げた。 事務的な文章が記されるその内容は二人を驚愕に追いやるに十分だった。 「霊綱‥‥これが亜螺架を‥‥」 書状を持つ手を僅かに震わせながら黎明が呟く。 「すぐに開拓者達に知らせます。冥越に乗り込むには我々だけでは危険すぎる」 「‥‥ダメだ」 「な‥‥黎明?」 踵を返し部屋を出ようとした嘉田を黎明が言葉で止めた。 「この一件‥‥亜螺架の件だけは崑崙で解決する。あいつ等には数えきれない迷惑をかけた。これ以上‥‥危険に巻き込む訳にはいかな――」 ダンっ! 「おいおいそりゃねぇだろ? ここまで巻き込んどいて俺たちゃ蚊帳の外かよ。そんな都合のいい話がまかり通るとでも思ってんのか?」 蝶番が破壊されんばかりに開かれたドアから、次々と部屋へと踏み入ってくる者達。 「黎明が何と言おうと僕はついていくんだからなっ! 絶対絶対‥‥あの人の仇を‥‥うんん、それだけじゃない、セレイナも、崑崙のクルー達の仇も‥‥必ず取って見せるんだからなっ!」 「水臭い‥‥というのは少し違うかもしれませんが、もう僕達も当事者の一人です。貴方一人に全て押しつけて、ただ待っているなんてできませんよ。僕はもう逃げたくないんです」 「‥‥黎明さんには色々と言いたいことがあるけれど‥‥今はいいの。‥‥でもきっと全部が終わったら‥‥遠慮なく言わせてもらうの。その時は覚悟なの‥‥!」 「何が何やら未だ混乱ばかりだが、私も供をさせてもらうぞ。ここで白旗を上げることは容易いが、一度やると決めた事を投げ出しては我が家の名が廃るというものだからな!」 「私も、もう自分一人が囮になるとか犠牲になるとか言いません。皆で、ここに集まった皆で解決しましょうっ! そして、必ずあいつを倒しましょうっ! 力を合わせればきっとできます! だって私達は――空賊団『新生・崑崙』なんですからっ!」 六者六様。皆それぞれ思う所があるのだろう様々な表情で黎明を見つめる。ただ一つだけ、瞳の奥に灯った決意の炎だけは同じだった。 「お、お前達‥‥」 入口に立つ6人の決意の強さに、黎明はしばし声もなく固まった。 「黎明。この仕事は残念ながら現存戦力だけでの攻略は難しいです。クルーの増員が必要になりますが‥‥私に戦力、士気共に申し分ないクルーのあてがあるのですが‥‥雇いますか?」 と、そんな黎明に嘉田はいつもの落ち着いた声にどこか悪戯な色を滲ませ問いかける。 「さすが参謀はよくわかってるじゃねぇか。なぁ船長さんよ」 「どーんと泥船に乗ったつもりで任せてよっ!」 「‥‥沈みゆく船に同船する気はないの」 「それを言うなら大船ですよね‥‥」 「え‥‥? あ、泥船っ! 気付きませんでした‥‥」 「黎明殿、我等が力、使ってくだされ。なに損はさせぬ。必ずな」 なんとも締りの無い会話を交わしながらも次々と差し出される手。 「お前達いいのか‥‥? ‥‥いや、すまない。もう一度力を貸してくれ。あいつを倒す為に‥‥!」 差し出された六つの手に自分の手を添え、黎明は6人に深く深く首を垂れたのだった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
水月(ia2566)
10歳・女・吟
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●廃都上空 明と暗が交わる宵にも似た色が空一面を覆い、太陽すらどこか寒々しくもある。 「面舵いっぱい!」 宵色の空を睨みつけながら、黎明は伝声管に向って叫んだ。 「問答無用ですか‥‥!」 宵色の空を闇色に塗り替える無数の羽音。御調 昴(ib5479)は風銃の照準を羽音に向け次々と引き金を引く。 廃都の上空に差し掛かったレアの元に飛来した無数のから姿のアヤカシ。当初は無用な戦闘は回避しようとレアを巧みに操舵し攻撃を掻い潜っていたのだが。 「増える一方だよ!」 天河 ふしぎ(ia1037)が血色の刀身を閃かせ、黒い翼を斬り落とした。 いくらレアが最新鋭の飛空船であっても所詮は飛空船。カラスと同等の運動性能を有するアヤカシの機動性に太刀打できる術もなく、徐々に白亜の船体に群がる黒翼は数を増していた。 「こんな所で時間を費やしている暇はないのですっ‥‥!」 船縁にとまろうとした烏を趙 彩虹(ia8292)の神速の拳が打ち抜いた。 久方ぶりに訪れた『異質』を前に、片目しかない烏達は文字通り目の色を真っ赤に変えレア目掛け次々と飛来する。 「数は多くない、全部倒してしまおう!」 飛来する数に回避を諦めたのか、黎明は自らの二挺銃を抜き放ち烏へ向けるが。 「‥‥」 いつも以上にきつく口を結んだ水月(ia2566)が、黎明の服の裾を引っ張り二度三度とかぶりを振った。 「隠密行動をしたいのは分かる。でもな水月。ここを越えない事には――」 慰める様にかけられた声にもかぶりを振り、水月は両手に下げられた小さな鈴へと視線を落す。そして、何をするのかと訝しむ黎明を置いて、掲げた鈴を――振った。 「――」 昼間でさえ薄暗い空に、場違いなほど澄んだ鈴鳴が響き渡った。幾度となく打ち鳴らされる鈴の音は空の宵色に溶けて広がっていく。 「‥‥」 しゃらんと最後の一鳴りを響かせ鈴が止んだ。それと同じくしてレアを取り巻いていた黒い羽音もぴたりと止まった。 「眠らせたのか‥‥なるほどね。いや、助かったよ。これで目的地まで一直線だ。行くぞ皆!」 「黎明さん、待ってください!」 「うん?」 進路を元に戻そうと伝声管に触れた黎明を昴が止める。 「皆さん、手伝ってください! このアヤカシを地上に落とします!」 と、昴は甲板上で眠りについたアヤカシを拾い上げると船縁から投げ捨てた。 「え?」 止めを指すでもなくただ船の外へ次々とアヤカシを捨てていく昴の所業を他の者達は呆然と見つめる。 「情報では街を支配するアヤカシは随分と縄張り意識が強いそうです。であれば、他のアヤカシが縄張りに入れば‥‥」 「そうか! 同士討ちだ!」 「すごいです昴様! そんな手を思いつくなんて!」 「い、いえ、これは僕だけで考えた訳じゃなくて‥‥」 いきなりの賞賛の嵐に、昴はどうしていいのか分からずただ顔を伏せ、黙々とアヤカシを投げ捨てる。 「そうと決まれば早く捨てよう! 起きちゃったら大変だし!」 「そうですね!」 と、昴に倣い他の一行も甲板で眠る烏に向い駆けだした。 一方船内では――。 「‥‥なるほど、事の顛末は理解した」 宝珠制御室に脇に置かれた机を囲む嘉田、そして、皇 りょう(ia1673)、黎乃壬弥(ia3249)の両名。 「しっかしよぉ、『だいじょうーぶ、この情報はあってるからがんばってねー』で、お前ぇらもよく動くな‥‥」 「確かに理解はしたが納得のいくものではないな。これではまるで‥‥」 「ええ、『捨て駒』ですね」 語尾を濁したりょうの気遣いに微笑みながらも、嘉田は自嘲気味に続けた。 「‥‥そこまで承知で、何でこんな事やってんだ?」 「そうですね。それが王朝公認の空賊の仕事だから、ですかね」 「仕事か‥‥しかし、空賊という人種は自由を尊ぶと聞き及んでいるのだが‥‥」 「自由と無法は紙一重。私達はできれば無法に足を踏み入れたくないだけです」 「どっちも変わらねぇ気がするがな」 「それは人それぞれ受け止め方があるでしょうね」 腑に落ちないとばかりに顔に皺を寄せる壬弥に嘉田は困った様に微笑んだ。 「‥‥しかし、王朝はこの情報を一体どこで知り得たのだろうか?」 このままいけば哲学のぶつかり合いになると思ったのか、りょうはさっと話題を変えた。 「まったくな。前に聞いた時には知らねぇの一点張りだったくせによ」 「きっと、『時』がきたと踏んだんでしょう」 「時、と?」 「はい。亜螺架の正体は――少し複雑な事になりましたが、判明させました。正体が分かれば対応のしようもある」 「おいおい、そんじゃ俺達は実験台かよ」 「ええ、ですから『捨て駒』と先程も」 がっくりと肩を落としながらも言葉の端に怒りを滲ませる壬弥に、嘉田は顔色を変えずに答える。 「王朝にとって崑崙は所詮賊。生きようが死のうがどうという事はないと言う事か‥‥」 これにはりょうも怒りを隠せないのか、机の下に握った拳を戦慄かせる。 「共倒れにでもなれば儲けもの、と思っているのかもしれませんね。ま、思惑通りに行かせるつもりはありませんが」 そんな二人の怒りを予想していたのか、嘉田は普段なら決して見せない不敵な笑みを浮かべた。 「‥‥悪ぃ顔してやがんな、ったく。ま、俺もそんな気はさらさらないけどな」 「うむ。亜螺架には悪いが、王朝に一泡吹かす贄になってもらおうか」 嘉田の笑みに合わせる様に二人も口元を吊り上げた。と同時、地上から怒りに狂った咆哮が船内にまで響き渡った。 ●天守跡 「それにしてもここまでの道案内の正確さ、黎乃殿は冥越に所縁ある身であったか」 「ん? ああ、まぁ昔に、ちょっとだけな」 りょうの賞賛に壬弥ははぐらかす様に答える。 烏の攻撃をいなし、レアは街の中央である城の上空に差し掛かっていた。街の中央に建てられていた荘厳であったであろう天守は見る影もない。瓦はくすみひび割れ、元の場所に止まっている枚数の方が少ないだろう。更に天守そのものも半ばから崩れ、かろうじて物見台が城主の在り処であった名残を見せていた。 「うわ‥‥大乱戦だ」 ふしぎが船縁から下を見下ろすと、そこには先程放り投げた烏に群がる小鬼の軍団。そして、その後方に一際大きな体躯をした鬼の姿が見える。 「どうやら作戦はうまく言ったみたいですね!」 「はい、でもそれも時間を稼いだだけに過ぎません。急ぎましょう!」 「‥‥」 一行の中で真っ先に船縁に手をかけたのは水月。朋友と同化し薄暗い衣の上にくっきりと光翼が見て取れる。水月はそのまま船縁によじ登ると背から伸びた光翼をふわりと羽ばたかせ身を躍らせた。 「僕達も行こうっ! 空賊のやり方を見せてやるっ!」 水月に続きふしぎも垂れ下がったロープを掴み身を躍らせた。 二人に続き続々と天守へ降下する中、彩虹が。 「それじゃ黎明様。後はお任せします! 必ず‥‥霊網を手に入れてきますねっ!」 「ああ、こちらこそ頼むよ。‥‥無事で戻ってきてくれ」 黎明に向け声をかけ最後に飛び降りる。その後、レアは再び上昇を開始し一旦街を離脱した。 ●宝物庫 天守より侵入した一行は城内を進む。城内はかなり崩落が進んではいたがどこも人一人通れる程には瓦礫が退かされ、それほど苦労無く最下階まで到達することができた。もちろんそれも細心の注意と警戒を張り巡らせ、踏めば鳴く床すら音を立てることなく通過した一行のスキルのなせる技であったのだろう、おかげで道中でアヤカシと出くわすという最悪の展開も免れた。 カチリ――。 甲高い音と共に錠が外れる音にびくりと肩を竦ませながらも、ふしぎは首だけ後ろを振り向いた。 「それじゃ‥‥開くよ」 5人の首肯を確認し、ふしぎは重厚な鉄扉の取っ手に手をかける。扉は鉄が軋む音を響かせながらも観音開きに開いていく。 「‥‥」 肌に纏わりつく様な冷気とはまた違った凛とした空気が足元に感じられる。 水月は底冷えから来る震えなのか、一度身震いし闇の中に目を凝らした。 「‥‥反応はないようだな。中は無人だ」 そんな水月の肩越しに中の様子を伺ったりょうが囁く。中は静謐を宿す闇。 「私は外で見張りをしておこう。入口がここだけで、更に塞がれては目も当てられぬからな」 「で、では僕も残ります。りょうさんお一人では囲まれた時に大変でしょうから‥‥」 「‥‥そうか、助かる」 闇に背を向けたりょう向け申し訳なさそうに呟く昴に、りょうは姉の様な優しげな笑顔を向けた。 「ほんじゃま、ここは二人に任せて、王朝がわざわざ指定する程のお宝を拝みに行きますか」 まるで気の知れた友人に会いに行くような口ぶりの壬弥に残る3人は静かに頷き、ゆっくりと地下へと足を踏み入れた。 ●地下室 部屋に満たされた埃と黴の匂いが長らく人が踏み入っていない事を物語っていた。 「ここが宝物庫、ですか‥‥。なんだかよくわからない物が色々ありますね‥‥」 埃の層に足跡を刻みながら、彩虹は薄暗い室内をゆっくりと進む。首を左右に振ればさすが宝物庫だと言うだけあって様々な葛籠や書、武具らしき物などが山積みにされていた。 「この中に亜螺架を倒す為の伝説級の武器が‥‥!」 山と積まれた葛籠を物色しながら、ふしぎは久々に感じる宝の匂いにどこか酔ったように呟く。 「しかしまぁ、よく盗賊にも荒らされずに残ってたもんだ」 感心しながら山積みの葛籠を見渡す壬弥は、片時もその手を休めずそこらに転がるあれやこれやをちゃっかりと大風呂敷に回収していた。 「霊綱‥‥一体どこにあるんでしょう? これかな? うーん、これも気になるかも?」 と、まるで壬弥を倣う様に彩虹も直感で感じた品々を手当たり次第袋に詰め込んでいく。 「これだけあったら、さすがに探すのは手間だな‥‥そもそも名前以外どんなもんなのかもわからねぇんだしよ」 「網っていうくらいだから、やっぱり投網みたいな‥‥? い、いや、名前になんか騙されないんだぞっ! 網と名がついても実は剣かもしれないしっ!」 「剣ですかぁ、できれば爪手甲とかの方が私は嬉しいですねっ!」 「そ、そんな事無いんだぞ! 悪を切り裂くのは剣と相場が――」 「悪を砕く拳もかっこいいと思うんですっ!」 「おいおい、わざわざ宝がお前等の趣味に合わせてくれるわきゃねぇだろ‥‥」 宝物庫という非日常的現場の空気がそうさせるのか、気持ちの抑えがどこか緩んでいるのか、二人は自らの想像する獲物を求め次々と葛籠の蓋を引っぺがして行く。 「ったく、ん? 水月の嬢ちゃん‥‥?」 と、そんな二人に呆れながら首を振ると、そこにじっと佇む水月が。 「‥‥」 暗い空間に浮かびあがる白髪がどこか神秘的ですらある水月は、ゆっくりと片手を上げると。 りん――。 手にした鈴が静謐の空間に凛とした音を沁み渡たらせた。 「‥‥」 音が闇に溶けたと同時、水月はゆっくりと目を開き部屋の奥を指差した。そこには一際大きな葛籠が一つ。これでもかという存在感を醸し出していた。 「あれに入っているんですねっ! 伝説の爪!」 「ついに伝説の剣が僕の手に‥‥!」 と、真っ先に食いついた二人は指示された葛籠に一直線。競う様に蓋に手をかけ一気に開け放った。 『えっと‥‥鎖?』 異口同音。完全にはもった二人の感想の通り葛籠の中に入っていたのは、1mほどの真っ白な鎖であった。 「なんだこりゃ、ただの鎖じゃねぇか。これが霊綱だってか?」 呆然とする二人の肩越しから葛籠を覗き込んだ壬弥が、水月に問いかける。 「‥‥精霊さんの声が教えてくれたの」 見つめる瞳に水月は肯定の意で首を二度振り、今日初めて言葉を口にした。 「これが霊綱‥‥剣じゃないんだ‥‥」 「爪でもありませんね‥‥むぅ‥‥」 「ともかくこれで最低限の目的は果たせたって――」 項垂れる二人の肩をポンとたたいた壬弥が慰めかけようとした、その時。入口から風鳴りと共に銃声が響いた。 ●一階 「くっ、数が多い!」 風の悲鳴が辺りに木霊すと同時に小鬼の一匹が瘴気に還る。 「ここは死守する! しかしこのままでは‥‥!」 棍棒を振りかざし飛びかかってくる小鬼を一薙ぎで斬り払うも、りょうの顔に余裕の色はない。 最初の一匹を発見し駆逐したまではよかった。しかし、小鬼特有の情報網でもあるのか倒れた一匹に続き宝物庫がある地下階段付近へどんどんと集まってくる。 「どうしたの――って、ええっ!?」 「ちっ‥‥すっかり囲まれてやんな」 「来たか! 目的の物は!」 「‥‥」 振り返ったりょうに水月が力強く頷く。 「そうか! よし、ここは私達で押さえる! 皆、先に行け!」 「こんな大軍二人では! 私も――」 宝物庫から上階への階段へ続く通路を死守するりょうと昴に自分も加勢すると彩虹が駆け付けるが。 「気にせずに行ってください! 僕達の陣はそう易々と破られはしません!」 昴が手だけで最高を制した。二人は瓦礫や倒壊壁などを巧みに利用し、前にりょう後ろに昴の連携は見事なまでに敵の侵攻を防いでいた。 「‥‥行くぞお前ぇら!」 「で、でも!」 「別に残して行きゃしねぇよ! 俺達は先行して退路を確保する!」 「そ、そうですねっ! 皇様、御調様、しばらくの間お願いします!」 「‥‥見捨てたりは、絶対しないの!」 ● 狭い城内という立地を最大限に生かした撤退劇。りょうと昴が殿となり数で押してくる鬼の軍団をいなし続ける。先行する4人は上階へと駆け上がり――。 「立ちふさがるなら容赦はしませんっ!」 「うらぁぁ! 邪魔すんじゃねぇ!」 待ち受けていた小鬼の小隊を、彩虹の地を這う様な回し蹴りが纏めて転ばせ、壬弥の一閃が暴風と化し蹴散らす。 「‥‥登られないように階段を落すの!」 それと同時に水月は下階の二人に声をかけた。 「三階は無人だよ! 皆早く!」 上階からはふしぎが顔を覗かせ、状況を伝える。 それぞれに課せられた役目を確実に果たし上へ上へと突き進む6人の前に、無慈悲に迫る鬼達の凶手はあと一歩の所で届かない。鬼達が住居とする為、瓦礫を除けていたことも幸いし一行はまさに疾風となり天守を目指す。 「見えた! 天守だ!」 差し込んだ光がそこを崩れた天守だと伝える。ふしぎは全力で駆けながら皆に聞こえる様に声を上げた。 「くっ! ついに親玉か!」 落とされた階段の代わりに小鬼達は仲間を踏み台に上階へと続く道を作り、一行へと迫ってくる。そしてついに小鬼達の群れの後ろに一際巨大な体躯をした鬼の姿が。 「ここであんなのとまともにやれば‥‥」 「‥‥城が崩れるの。大丈夫、眠らせます!」 殿の二人の背にぴたりと張り付く水月が、小さな鈴を掲げた。 「嬢ちゃん行け!」 天守へと辿り着き天へと登るか、それとも鬼の波にのまれこの地で朽ちるか。 壬弥は脱出の望みを託し彩虹の背を押した。 「はいっ! 黎明様、任務完了ですっ! 気付いてっ!」 壬弥の力を借り天守へと躍り出た彩虹は、祈りと共に狼煙銃を天へと向けた。 |