振々諸国漫遊記−朱藩−
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/28 18:59



■オープニング本文

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 先日、見事に街の悪を退治した振々様とその御一行。

 はてさて、今日はどのような騒動が彼等を待っているのでしょうか。

●兼歩
「ふふ〜ん♪」
 上機嫌に鼻歌など鳴らしながら、街の通りを闊歩する振々。
「上機嫌だな‥‥こっちの気も知らないで」
 事件を解決した事より、振々の我儘に辟易したように黒髪の男が溜息をついた。
「えっ、ボクは楽しかったよ?」
 逆に緑の瞳を人懐っこそうに緩める青年は驚く。
 二人は平和を取り戻した?兼歩をまるで我が町かの如く歩く振々の後を、付かず離れず歩いていた。
「あっしも面白かったでやすよ。好きな物語の登場人物になりきるのは新鮮な体験でやした」
「あ、うんうんっボクも! ビシッとバシッとかっこよく事件も解決できたしねっ!」
 二人の更に後ろ、赤髪を靡かせる男に青年は嬉しそうに何度も首を縦に振った。
「まろの変装のおかげでおじゃるな」
「まぁ、あれは衝撃的やったけどな、それで解決したかは甚だ疑問やけど‥‥」
 三人の更に更に後ろ、対照的な二人が続く。左右に家屋にも並ぶほどの巨漢。そしてもう一人は、長身ぞろいの一行にあって最も小柄な少女であった。

 そんな、一見珍妙な一行が街を練り歩いていた、その時。

「ねぇ、お姉さん!」
 一人の少年が声をかけてきた。
「お姉さん達って、この間悪い人をやっつけた人達でしょ!」
「ほう! その通――もがもがっ!?」
 うっかり秘密を口走りそうになる振々は青年に取り押さえられ後ろに回されると、黒髪の男にチョップ&巨漢のお尻ペンペンで沈黙。
「ぼく、何の話かな? 私達はただの旅の一行よ?」
 そんな秘密の情事?を少年の視線から隠す様に割り込んだ白髪の女性が、柔らかな笑みで問いかけた。
「おいら見たんだ! あの悪い人達をビッしバッしやっつける所を!」
「見たって‥‥あの騒動を?」
「うんっ!」
 屈託なく微笑む少年に女性は隠し通すのも無駄だと悟ったのか、すっと立ち上がると。
「‥‥そう、見ちゃったのいね。なら仕方ないわね。でもこの事は内緒にね? 喋っちゃうと悪い人が貴方を狙うかもしれないから」
 半分脅しの半分冗談で少年に話しかける女性。
「えっ! う、うん! 絶対言わないよっ!」
 少年は両手で口元を押さえ、何度も何度もかぶりを振った。
「そう、いい子ね」
「人間にしてはできた子でおじゃるな。飴ちゃんをあげるでおじゃる」
「‥‥まだそのネタ引っ張るんか‥‥」
 女性に加え、巨漢と少女に囲まれた少年は褒められた事に気を良くしたのか、飴が嬉しかったのか再びにこりと満面の笑みを浮かべた。
「それじゃ、私達はまた旅に出るから。くれぐれも内緒にね」
 素直な反応に、女性は思わず太陽の匂いがする少年の頭を二度三度と撫でつける。
「行こう。見られた以上、この街に止まるのはあまり得策じゃない。もし身分がばれたら、色々まずいからな」
 黒髪の男の言葉に一行はこくりと頷き、再び歩き出す。

『あっ!』

 と、しばらく進んだ所で、背後から大声が上がった。
「違うんだ、待って!」
 声に一行が振り向くと先程別れた少年が懸命に駆けよってくる。
「うん? まだなにかありやすか?」
 はぁはぁと息を切らす少年に水筒の蓋をあけて手渡しながら赤髪の男が問いかけた。
「うぐうぐ――ぷはぁ! えっと、父ちゃんが‥‥父ちゃんが帰ってこないんだ」
 差し出された水を一気に飲み干した少年は、必死で訴えかける。
「父ちゃんが帰ってこない? 一体どう――」
「む! 事件のにお――」
 男が事情を聞こうと話しかけるより早く反応した振々は、再び三人がかりの制裁により沈黙。
「ハハ‥‥。で、どういうことでやすか? 父ちゃんは何処に行ったんでやす?」
「えっと‥‥母ちゃんは『てんきん』に『てんきん』になったって」
「‥‥‥‥‥‥何のダジャレや」
 少女がうんざりと聞き流す中。
「あ、違った! えっと、『でかせぎ』ってところに行って‥‥あれ? てんきんででかせぎ? でかせぎでてんきん?」
「あー、よぉわからんけど、どっかに出稼ぎに行ったんやろ?」
「えっと、多分そう!」
「多分て‥‥」
 どこか的を得ない会話に、少女は再びうんざりと肩を落した。
「『てんきん』っていうのが街の名前だとしたら‥‥点禁。確か朱藩と武天の境にある山間の街だよ」
 緑の瞳の青年が記憶の中から街の名前を探り出す。
「ほう、よく知っておじゃるな」
「これでも元旅芸人だもんっ。地理にはちょっと自信があるんだよっ」
 素直に関心を示す巨漢に、青年は少し照れながらも自慢げな笑みを浮かべた。
「ふむ‥‥どうにもきな臭い匂いがするのじゃ! 次の目的地はきまった! 『でかせぎ』じゃ!」
 高らかに宣誓する振々に、少年を含めた7人総出でツッコミが入った事は言うまでもない。


 ここは朱藩と武天の境にある街『点禁』。
 周りを山々に囲まれた、特徴と言える特徴もない長閑な山間の街である。

「採掘量が落ちているそうだな」
「へぇ‥‥そういわれましてもですねぇ。人が足らんのですよ人が」
「そんなもの、いくらでも攫ってくればいいだろう」
「そうは言いましてもねぇ。あんまり大々的にやると目をつけられるんでさぁ」
「目などすでにつかられているだろう。お前達山賊が何を言う」
「へへ、こりゃ手厳しいお言葉」
「とにかく採掘量を増やせ。人などいくらでも攫ってくればいい。誰に目をつけられようが、私の街に入れば全てもみ消してやる」
「へへへ、それじゃまた『外』から集めますかね」


「おらぁ! さぼってんじゃねぇ!!」
「うぐぁ‥‥!」
 ビシッと革が肉を打つ音が山間に木霊す。
「とっととはたらかねぇか! 今月分にはまだまだ足りねぇんだからよ!!」
「ぐあ‥‥えぐっ‥‥」
 何度も何度も振り下ろされる鞭に対抗する手段は、身体を丸めて耐える事しか知らない。
「お前等の代わりなんかいくらでもいるんだ! 死にたくなけりゃ、さっさと働け!!」
 次第に強さを増す鞭。ビシバシと山間に木霊す乾いた音も次第に大きくなってきた。そんな時。

 ゴーンゴーン‥‥。

「ちっ‥‥昼か。おい! いいか、昼飯が終わったら朝の倍は働いてもらうからな!」
 腹の虫が鳴ったのか鞭を振り下ろす男はさっさと職場を放棄して引き上げていく。
「‥‥うぐ」
 痛めつけられた身体は思いの外重い。
 昼飯を告げる鐘が鳴る間だの少しの時間しか当たらない太陽を見上げ、男は置いてきた息子の名を呟いた。
「克太‥‥」


 かろうじて月明かりが暗闇を照らす。
「さぁ、これを飲んで」
「うぅ‥‥先生ぇ‥‥おら達はどうなっちまうだ?」
「‥‥今はしっかりと身体を休めて。さぁ――」
「うぅ‥‥かえりてぇよ‥‥」
 苦い味しかしない薬蕩を文句も言わず飲み干す男達は、口をそろえてそう言う。

「‥‥誰か‥‥誰かこの地獄を‥‥止めて」
 身体を横たえる事しか休む手立てがない男達を眺め、汚れた白衣に身を包む女性は小さく絞りだす様に呟いた。


■参加者一覧
音有・兵真(ia0221
21歳・男・泰
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
夜刀神・しずめ(ib5200
11歳・女・シ
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
鬼麻呂(ib8000
26歳・男・サ
渥美 アキヒロ(ib9454
19歳・男・ジ


■リプレイ本文

●点禁
 まるで大道芸人でも訪れたのか、然したる娯楽のない山間の住民達は、羨望と好奇の目で通りを行く一行を眺めている。
「おいは見せもんじゃなか。しっしっ」
 まるで人でも殺せそうな勢いで手を振る鬼麻呂(ib8000)は、うんざりと野次馬達を見下ろした。
「相変わらず目立つな。見せものになりたくなければ、もう少し落ち着いた格好をだな‥‥」
 と、愚痴をこぼす音有・兵真(ia0221)だが、すでに半分諦めモード。
 それもそのはず――。
「ゼッケイカナなのじゃ!」
 鬼麻呂の肩に鎮座する振々が至極満足気に野次馬達に手を振っているのだ。
「目立つ目立たんはどうでもよか。このセンスばわからんおはんの眼は節穴たい」
「む? 振もわからぬのじゃが?」
 と、振々は最早芸術家としての威厳さえ感じる鬼麻呂の、短く縮れパンチの利いた頭をペしペしとたたく。
「はぁ、お忍び旅がこれか‥‥」
 ため息をつく兵真であるが、強引にやめさせることはしない。なぜなら――。
「これもカモフラージュでごわす」
 と鬼麻呂の言。
「ごわすじゃ!」
 そして、振々があっさりとその提案を受け入れたからなのだ。
「もう好きにしろ‥‥」
 諦め顔の兵真を放って、鬼麻呂と振々は街道に高らかな笑い声を響かせた。

●森
 山間の縫うように走る細い山道は、崖と森に覆われ、もし見知らぬ者が足を踏み入れれば――。
「おうおう! 昼間っからいちゃつきやがって、俺達も仲間に入れてくれよなぁ!」
 頬に大きな傷がある大男が子分を引き連れ、これでもかと凄味を効かされる。

「本当に現れた」
「現れてもらわなければ、え、演技が無駄になる」
「えー! あれ演技だったの? すごく可愛かったのに!」
「と、当然でしょう! それに別に可愛くしたつもりはないっ!」
「そんなことないよっ! ほら、その泰国風の赤いドレスとかすごく似合ってるよ!」
「こ、これは作戦の為に仕方なくだ! あ、あまり肌を出すと日焼けしてしまってだな‥‥」
「おぉ、やっぱり女の子だねっ。お肌に気を使ってるんだ」
「肌に気を使うのは催事の舞の――って、そんな事はどうでもいい!」
「どうでもよくないよ! 肌の白い女の子って、とっても魅力的だもん!」
「‥‥君、それは演技なのか、素なのか‥‥?」
「うーん‥‥ふふっ、どっちだと思う?」
「‥‥どちらにせよ、君が軽薄だとはわかった」
「ひどいっ!?」

「お前らいい度胸じゃねぇか!」
 本来なら絶体絶命なシーンを完全に空気にするカップルに、大男は肩を振るわせる。
「‥‥俺がやろう」
 と、後ろに控えていた傭兵風剣士が獲物を引き抜いた。
「そこのお前、金目の物おを置いていけ、その女もだ。さもなくば、我が愛刀『てく――」

 ごすっ。

「げふんっ!?」
 折角の決め台詞を最後まで言わせてもらえず、もんどりうって倒れ込む傭兵さん。
「もー、そんな危ないもの抜いちゃダメじゃないか」
 渥美 アキヒロ(ib9454)が、一足飛びに傭兵の懐に飛び込んだかと思うと、当て身を当てたのだ。
「ちょっと、暴力は無しって言ってたでしょ」
 折角立てた作戦が台無しと、熾弦(ib7860)は顔を顰める。
「えー、だって刀は危ないでしょ? 君の綺麗な肌に傷でもついたらどうするんだい?」
「‥‥っ!?」
 傭兵を瞬殺し二人は再び和やかなカップルモード?へ。

 その後、業を煮やした山賊達が二人に襲い掛かり、5秒で全滅したのは言うまでもない。

●飯屋
「‥‥」
 机の上には空になった丼が5つ。
 席には冷や汗を掻き、財布をひっくり返す男が一人。
「い、いやぁ、うちの銭っ子達は逃げ足が早いっすねぇ! ハッハッハッ‥‥」
『ほほぉ』
 そんな男を包丁片手に取り囲む筋骨隆々の料理人達。
「ハハハ‥‥えっと、皿洗い何カ月分でやしょ‥‥?」
 退路はないと悟ったのか、素寒貧男『以心 伝助(ia9077)』は食の格闘家達を前に示談交渉に入る。
「‥‥向う三年タダ働き」
「さ、三年っ!? そ、それはとても無理っすっ!?」
「無理だと? 俺達の渾身の逸品を喰らっておいて、無理だと?」
「普通の親子丼っすよ!? それもあんまり旨くな‥‥ハハハ‥‥」
 口は禍の元。料理人たちの殺気はさらに膨らみ、伝助包囲網は着実に狭まりつつあった。

「まぁ、待て。話を聞いてやろうじゃないか」

 そんな折、屈強な食戦士達の間を割って、更に強大なオーラを放つ髭面親父が現れる。
「料理長!?」
 緊張に料理人達の人の波が割る。そして、料理長と呼ばれた親父が伝助の前へと立った。
「なぁ、食い逃げ小僧」
「まだ逃げてないっす!」
 『まだ』の部分を殊更に強調する伝助が胸を張る。
「ははは、面白い奴だ。おい!」
 へこたれない伝助を気に入ったのか、料理長は豪快な笑みを上げると同時に、料理人達に顎で合図を送った。
「へ‥‥?」
 一瞬呆気にとられた伝助の両脇を、料理人達が固める。
「この街にはいい働き口がある。お前をそこに招待してやろう」
 不敵な笑みを浮かべる料理長が見つめる中、伝助は料理人達に店の奥へと引きずられていった。

●花街
 閑静な山間部の街にも、裏の顔がある。花街の店々の先に並ぶ綺麗に着飾った花魁達は、今日も今日とて少しお頭の残念そうな男達の勧誘に躍起になっていた。
「‥‥どういうことや?」
 そんな様子を遊郭らしき建物の屋根から見下ろしていた夜刀神・しずめ(ib5200)。
「あんなアイツ等、昼間は見ぃひんかったで」
 次々と現れては遊郭へと吸い込まれていく男達に、しずめは違和感を覚えた。
「山で仕事しとる人らやろか‥‥いや、それにしては木の匂いがせぇへん‥‥一体何もんや?」
 見れば何かの力仕事をしているとわかる。しかし、山間部に多い林業に従事している者たちとも少し匂いが違った。
「ちょぉ調べてみなあかんか」
 明らかに場違いなしずめを冷やかす花魁達を逆に冷視線でいなし、しずめは男達を追い花街を行く。

「なんやこれ‥‥」
 と、花街の一角に、これでもかと提灯をぶら下げたド派手な建物が目に飛び込んできた。
「斡旋所? 一体何やねん‥‥」
 煌びやかな花街にあっても更に浮いたその看板。そこには、こうあった。
『目指せ、一攫千金! 来たれ、未来の長者達! びば、ごぉるどらっゅ!!』と。
「うわぁ‥‥あからさま過ぎやろ、これ」
 提灯に照らし出された看板に、しずめはゲンナリと脱力したのだった。

●アジト
「姉御! 御足をお洗いいたしやす!」
 傅く山賊が汚れた熾弦の脚を取ろうと両膝を突く。
「い、いや、それ位自分で――」
(ほら、演技演技)
 ぽそっと熾弦の耳元でアキヒロが囁きかける。
「おほん。‥‥そう? それじゃ、お、お願いしようかしら」
 と、熾弦は組んだ足を組みかえると、白い肌の覗く素足を山賊に差し出した。
(さて、どうしようか。この山賊さん達は下っ端みたいだよ)
(とりあえず潜入はできるけれど‥‥何かもう一手欲しい所ね)
 ごつい手で丁寧に足を洗う山賊さん達を見下ろし、二人はひそひそと耳打ち話。
「あ、姉御!?」
「へ? ど、どうしたの?」
 いきなり名を呼ばれ、熾弦はとっさに姉御モードへ切り替えるが声を裏返してしまう。
「ふふふ、ふとももに切り傷ががが!!」
 触っていいものかどうか躊躇いながら山賊は熾弦の太ももを指差した。
「あ、あら、本当」
「すぐに医者を! 鉱山で使ってる医者がいるんでさ!」
「そんなに大した傷じゃ――」
「へぇ、鉱山の医者かぁ」
 慌てて遠慮しようとした熾弦を制すアキヒロ。
(これは利用できるかもね)
(なるほど、確かに)
 と、耳打ちするアキヒロに熾弦は小さく頷くと、
「傷が残ったら厄介ね。少し見てもらおうかしら」
「へい!」
 熾弦はすっと立ち上がると、山賊の一人を連れて歩き出す。
「いってらっしゃいー」
 残った山賊たちが悔しさに悶える中。
「じゃ、君達はボクと行こうか。『お仕事場』までね。あ、もちろん内密にね」
 アキヒロスマイルが残り者たちに炸裂したのだった。

●隠し鉱山
「はぁ‥‥生きてるのが辛いっす‥‥」
 重労働に疲れた体を硬い床に横たえ、伝助は岩山の隙間から覗く月を見上げる。
(何阿呆なことゆぅとんのや)
「っ! この声は‥‥」
 伝助の鋭い聴覚にのみ届く小さな声に、他の労働者に口元を見られないよう体を壁へと向ける。
(以心の兄はん、克太のおっちゃんはどうやらここにおるみたいや)
「‥‥ここに? 確かな情報っすか?」
(確かや。ここに送られる労働者にリストに名前があったわ)
「そんなものどこで見つけたんっすか?」
(企業秘密‥‥と言いたいとこやけど、花街で大々的に募集かけとったわ)
「は、花街? なんでそんな所に」
(うちも応募しようかとおもたけど、そもうちみたいな美少女が鉱山労働とかありえへんし)
「‥‥‥‥ソーッスネ」

●診療所
 街にある小さな診療所では。
「もう大丈夫ですよ」
 白衣に身を包んだ熾弦が甲斐甲斐しくも治療にあたっていた。
「少し頼みます。私は往診に」
 そんな献身的な働きに満足したのか伊介は往診に向かう準備を進める。
「はい、お気を付けて行ってらっしゃいませ――あ、そうだ」
「? どうしました?」
「明日は私も手が空きます。明日はご一緒させてもらえませんか?」
「そんな、そこまでは‥‥私には払える給料が」
「必要ありません。困っている人を放っておけない性分なのです」
 申し訳なさそうに顔を伏せる伊介に、熾弦はにこりと微笑んだ。
「それに、明日は頼りになる『友達』も連れて行きますから」
「友達‥‥?」
「腕は保証しますよ。期待は裏切らない程度に」

●街角
 通りから少し入った薄暗い街角で――。
「‥‥なるほど、明日領主が鉱山に。わかった、引き続き頼む」
 報告を終え去っていく気配から、兵真は隣の巨漢に目をやった。
「振姫は」
「宿で大いびきの真っ最中でごわす」
 と、猪肉の串焼きを一気に頬張る鬼麻呂が答える。
「そうか、引き続き護衛を頼むぞ。‥‥しかしなんだ、せめて隠密行動の時はだな――」
 と、兵真はもう一度、鬼麻呂の姿を見やる。
 カチカチのパーマネントに、虎柄衣装が勢いを添える。さらに腰に巻いた大注連縄が今回のチャームポイント。
 その姿は、おにば――。
「どげんしたと?」
「い、いや、なんでもない」
 ぬうっと覗きこんでくる鬼麻呂に、兵真は何度も頭を振った。
「とにかく、後は現場への潜入方法だが‥‥」
「それに関しては、熾弦からの伝言でごわす。いい方法を見つけたようでごわすな」
 鬼麻呂が差し出した一本の櫛には、小さな文字で『潜入路確保』と記されていた。

●丑三つ時
「――しずめ、行ってくれるか」
「任せとき。それより、うちがおらんで大丈夫か?」
 宿の裏、井戸がある小さな庭に男女の声が。
「まぁ、なんとかする。それよりもこっちの方が重要だ」
「ふむ‥‥考えは一緒のようやな。で、相手は?」
「輿志王――と言いたい所だが流石に無理だな。ギルドあたりに匿名で通すのが妥当か」
「なんや、城に忍び込めゆぅんやったらやるで?」
「‥‥皆どうしてそう、面倒事を起こしたがるんだ」
「おもろいからちゃう?」
「‥‥はぁ」
「あんま気にしとったら――禿げる?」
「‥‥」
「と、ほな。行ってくるで」
「‥‥しくじるなよ」
 兵真の投げかけた言葉に返す者はすでになかった。

●数日後、鉱山
 一段高くなった舞台から『底』を一人の男が見下ろしている。
「へぇ、あれが領主様っすか」
 領主の視察といことで、仕事は一旦中止。
「うん、そうみたいだね」
 全員集合なので、監視役の山賊も当然集まっている。もちろんちゃっかりお頭に就任したアキヒロも。
「本当にここから出られるのか‥‥?」
 そんな二人に隠れるように縮こまる男が恐る恐る声をかけた。
「そんなにビビらなくても大丈夫っすよ。もう粗方段取りは終わりやした」
「だ、段取り?」
「ま、痛快活劇な舞台でも見る感じで、楽しんでもらえたら嬉しいっす」
 安心させるようになのか伝助はまるで童のように無邪気に笑う。
「そうそう、ボク達の晴れ舞台。領主さんにとっては、終幕だけどね」
 一方、無邪気な笑顔の中に冷たさを宿しながら、アキヒロは壇上の領主を見上げる。
「あ、兄貴!? 俺達の雇い主は領主ですぜ!?」
 突然飛び出したアキヒロの爆弾発言に、元お頭騒然。
「うん、問題なしだよ。っと、演説が始まるみたいだね」
 そして、領主の演説が始まった。

『皆のもの、心して聴け! 我が領地に反映をもたらすこの鉱山――』

「くそっ! 俺たちを騙して働かせやがって!」
「あいつの為になんで俺たちが!」
 演説の最中もそこかしこで巻き起こる怨嗟の声。
「おー、嫌われてるっすねぇ」
「そりゃ、こんな重労働&低賃金じゃね」
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
 演説に呆れて肩を落とす二人に、克太の父が恐る恐る声をかける。
「だから心配ないっすよ。そろそろ、太陽が天頂を指すっす」
「うん、太陽が真上に来た時、ボク達の天使が舞い降りてくるから」
「え‥‥?」
 呆ける克太の父をよそに、アキヒロと伝助は互いに顔を合わせると不敵に微笑む。と――。

『そこまでじゃ!』

 声は舞台の正反対から。
 どーんと開け放たれた重厚な門の中央には――。
「おはんらの悪事、おい達がしっかと聞いたでごわす!」
「むー! ごわす! 振のセリフを取るでない!!」
 2mを超える巨漢鬼麻呂と、その方にちまっと乗っかる振々の姿。
「だから目立つなと‥‥」
「もう諦めるべきだね」
 苦労で胃に穴があかないか心配な兵真の肩にぽんと手を置く熾弦だった。

「あ、姉御! と‥‥げっ!?」
 見知った顔を見つけ駆け寄った山賊だったが、その後ろに控える者たちの姿に固まった。百を超える役人達の姿に。
「あ、兄貴! やばいですぜ、逃げねぇと!」
「逃げる必要はないよ?」
「へ?」
「だって、君達は悪いことをしたんだからね。当然、む・く・いを受けないと♪」
「ひぃ!?」
 助けを求めたのにこの返し。山賊達はアキヒロスマイルに戦慄した。

「点禁領主! 輿志王に内密に隠し鉱山を持つとはどういうことか!」
 役人を代表し奉行が領主の悪事を問いただす中――。

「みんな、こっちっす!」
 伝助は労働者達を逃がそうと先導する。
「ほ、本当になんとかなった、のか」
「だから言ったじゃないっすか。大丈夫だって」
 まだ半信半疑の克太の父に、伝助はにかっと笑みを浮かべた。
「さ、混乱に巻き込まれるのも厄介っす。こんな所はさっさと抜け出すっす!」
「ちょぉ待ち!」
 いきなりの退路に立ちふさがった声に伝助以下労働者達は急ブレーキ。
「今やったら金庫はもぬけの殻やで、今まで散々させられた重労働の正当な報酬はきっちりもらわななぁ?」
 不敵に微笑むしずめの提案に、皆揃って回れ右したのは言うまでもない。

 役人悪人入り乱れての大乱闘の中。
「後は任せても大丈夫だろう。正体を知られる前に去るのが得策だな」
 一行は姿を消す。次に待つ『騒動』を目指して――。