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■オープニング本文 前回のリプレイを見る その日、定畳山の頂上にある神社の境内で小さな祭りが催された。 普段はその険しさからそれほど多くない参拝客も、この日ばかりは麓の街から大勢の民が押し寄せていた。 神降の巫女である少女が訪れた民達に優しく語りかける。 今年も平常の年である様に。 争いの無い平穏な年である様に。 憎しみや悲しみの無い暖かな年である様にと。 幼い少女の語彙では難しい説法は行い無い。だけれど、少女が口にする言葉の全てが民達の心には沁み入った。 懸命に願う少女の想い。人々が平和であれと。この地が豊かであれと――。 民達が集った祭りは盛大に執り行われ、皆、子孫繁栄、五穀豊穣を願い大いに楽しんだ。 祭りの終わり、巫女である少女が五穀豊穣、子孫繁栄を夜空の星に願い祈りをささげる。 参加した皆が巫女に倣い、夜空を見上げ祈りをささげた。 この地の平和が永久のものにと――。 祭りも終わり、境内には再び夜の静寂が戻っていた。 巫女の少女は縁側に腰かけ、熱気に溢れた一年で一番の楽しみを思い返す。 「残り物だけどごめんね。でもとっても美味しいんだよ」 そんな少女の傍らには少し大きくなった双子の獣が寄り添っていた。 少女は祭りの出店が残した食べ物を警戒しながらもうまそうに喰らう獣の頭をそっと撫でる。 「今年も無事にお祭りが行えたのも、君達のおかげかな? そうだ、ご褒美は何がいい?」 と、少女は餌を食べ終えた二匹の獣を見下ろす。 「って言っても喋れないもんね。えっと、それじゃ‥‥これで。君達の好きな『歌』だよ」 獣に話しかける自分への自嘲かくすりと微笑んだ巫女の少女が夜空に向い瞳を閉じる。 その喉から紡がれる『歌』に、双子の獣は静かに眼を閉じじっと聞きいた。 ●射鹿 時は現代。 年に一度の祭りを数日後に控える街は、どこかそわそわと落ちつかない雰囲気を醸し出していた。 「いやぁ、あいつ等酒つえぇわ」 薄く紅の乗った銀髪を揺らしす女性がケタケタと笑いながら通りを行く。 「お酒もダメ、お寿司もダメ‥‥うーん、食べ物で落とそう作戦は効果薄そうですね‥‥」 ずれ落ちかけた眼鏡をくいっと戻し、銀髪の青年がむむむと口をへの字に曲げる。 「とりあえず、こちらが手を出さなければ攻撃はしてこなさそうですが‥‥」 少年が立派な龍翼を揺らす。 「かと言って、説得じゃ動いてくれそうにないしなぁ。さてさて、どうしたものか」 ケモノとの邂逅から同じ議題でずっと議論してきたが、全ては堂々巡り。結論らしい結論は未だに出ていない。 赤髪の青年はポリポリと頭を掻く。 「そうだそうだ、こんな方法はどうだ?」 と、銀髪の女性がポンと拳を打った。 「ほむらちゃんが巫女になりゃいい」 「‥‥え?」 いきなりの申し出に穂邑はきょとんと提案主を見上げる。 「神社の巫女ってくらいだから、お偉いさんだろ? なんせ精霊さまの使いだ。なら、地方に飛ばされた左遷領主なんかよりずっと偉いだろ」 銀髪の女性は自慢げに鼻を鳴らす。 穂邑が長らく不在だった神社の巫女となり、ケモノを説き伏せれば全て丸く収まると提案したのだ。 「‥‥それは違うの」 だが、小さな少女が懸命に首を振る。 「‥‥精霊信仰は人それぞれなの。信じて敬う人もいれば、全く気にした無い人もいるの」 どこか物憂げに悲しそうに語る少女。 「ここの領主さんは、きっと後者なの」 「うーん、そう言うもんかぁ」 少女のみならず穂邑もどこか申し訳なさそうに俯いた。その時。 「うん? お前達こんな所で何してるんだ?」 通りですれ違いざまに声をかけてきたのは守備隊の隊長だった。 「あ、隊長さん、こんにちは」 先日知己となった眼鏡の青年がぺこりと頭を下げる。 「こんな所で会うなんて、お仕事ですか?」 「お仕事、か。まぁ、仕事の一環か。これを研いでもらってきた」 と、隊長が一行の前に差し出したのは、研がれたばかりで黒光りする草刈り鎌だった。 「これって‥‥」 それを見せられた翼の少年が言葉を詰まらせた。 自分達が来たおかげで兵士達の職を追いやった。 実際に命令を下したのが領主であっても、まったくの無関係という訳ではない。 「気にするな。では、俺は仕事に戻る」 そんな一行の空気を読み取ったのか、隊長は軽く笑い飛ばす。 「仕事って‥‥」 「ああ、草むしりさ」 そう言うと隊長は自嘲気味に笑い、屋敷に向け踵を返した。 「昼間さぼったからな、こりゃ夜中まで残業だ」 背中越しに開拓者達へ手を振った。 ●領主屋敷 「‥‥何が調査だ! 面倒臭い事などせずさっさと殺せばいいのだ!」 開拓者からの報告書に目を通していた定現が怒りに書類を床にたたきつけた。 「誰か、誰かおらぬか!」 定現は怒りもそのままに襖の向こうに控えているであろう丁稚に怒鳴りつける。 「は、はいっ!」 「遅いぞ、何をしていた!」 恐る恐る襖をあける丁稚に怒鳴りつけた。 「す、すみません!」 「もういい! 貴様の処遇は後で決めてやる! それよりも『地這衆』を呼べ! あのケモノ、何としてでも殺してやる!」 「ひ、ひぃ!」 怒鳴りつけられた丁稚は恐怖のままに部屋を飛び出した。 数刻の後。 『お傍に』 何の物音も無く声だけが部屋に響く。 「来たか」 しかし、定現に恐れる様子は微塵も無い。 『わざわざのお呼立てとは、いかがされましたか』 その声の主は橘家の影。国の有力氏族であれば少なからず所有する闇の力。 今までは政敵の動向を調査させるために使っていたが、今はそれよりも重要な事がある。 「お前達に消してもらいたいケモノがいる」 『ほう、ケモノとはまた珍しい』 「甘く見るなよ。相手は手強い。いくら貴様達が手練とは言え、まともに戦っては勝てんぞ」 『‥‥それほどのケモノですか。しかし、我等は橘の影、我等が命に代えましても――』 「馬鹿ものが! 貴様等の存在を世に知らせる訳にはいかん! 死体も然りだ!」 『‥‥では、如何しろと』 「今、この街では祭りがおこなわれている。祭りの喧騒の最中でもケモノが開拓者を相手にしている時でもいい、その隙を狙って――」 誰の耳にも届かぬ筈の密会は深夜遅くまで続けられる。 中庭で草を踏む音にも気付かずに――。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
コニー・ブルクミュラー(ib6030)
19歳・男・魔
ヘイズ(ib6536)
20歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●射鹿 山間の片田舎である射鹿も、この日だけはそこいらの都市に負けない賑わいを見せていた。 人々は歌い踊り、祭囃子を盛り上げる。 そして、数多くの出店が祭りに更なる華を添える、そんな中‥‥。 「くっ、負けた‥‥!」 「はっはー! 焼そばせーはだぜ!」 口の周りをソースで真黒に染めながら、銀雨(ia2691)は高らかに勝利を宣言。 一方、用意した焼きそばを食いつくされた店の主はがくりと項垂れる。 「つっぎはどれにしようかー」 銀雨は次のターゲットを物色しようと視線を巡らせるが、どの店も自分の店は食い尽くされてなるものかとp鋭い威嚇の視線を放っていた。 「うーん‥‥お?」 と、冷たい視線を避ける様に巡らせた先に、銀雨はある物を発見する。 それは神社へと続く階段下。祭壇に供えられた山盛りの団子だ。 「ちょっ!? あんた一体誰だ!」 「おれ?」 神事のために備えた団子を平らげる人影に気づいた神官の険しい声に、銀雨は口の周りをあんこだらけにしながら鼻高々に答えた。 「おれはこの上にすんでるケモノ退治に来た開拓者さんだ!」 「か、開拓者ぁ!?」 前代未聞の珍事に、普段は冷静な神官も戸惑いを隠せない。 「んっ!?」 「ど、どうした!?」 ばくばくと供え物を口に放り込んでいた銀雨が、突然、苦しそうに蹲った。 「う‥‥こ、この供え物‥‥」 「だ、大丈夫か‥‥?」 「‥‥‥‥美味い! おかわり!」 神主の心配をよそにどどーんと胸を張り茶碗を差し出す銀雨に、その場にいた皆の冷たい視線が突き刺さったのは言うまでも無い。 ●祭り 「‥‥悲しい歌」 出店で調達した三色団子を片手に水月(ia2566)がきょろきょろと辺りを伺う。 「みんな楽しそうなのです、こんな場所にあるでしょうか‥‥」 一方、隣を歩く穂邑は金平糖を口に放り込んだ。 「‥‥まだ歌えそうにないの?」 穂邑だけに聞こえる歌は、人が紡ぐ歌とは似て非なる声で、何故彼女だけに聞こえるのかは依然謎のままだが、その声は次第に鮮明になって来ているという。 「歌えるというか‥‥ただの音楽なのかもしれません」 「ただの音楽‥‥? 歌じゃないの?」 「うーーーーん‥‥。歌の様な気もするのですけれど、そうじゃない様な‥‥はうぅ、ごめんなさい」 「謝らなくてもいいの。穂邑さんは悪くないの」 胸の内のモヤモヤに成す術のない穂邑の背を、水月はぽんぽんと撫でつける。 「歌ではないかもしれないですか‥‥うーん、楽器が奏でる音楽の様なものでしょうか?」 顔が隠れるほど山積みの荷物を抱えた御調 昴(ib5479)が後ろから声をかけて来た。 「‥‥楽器の音色はしたの?」 「楽器‥‥うーーー‥‥あ! 確か太鼓みたいな打楽器の音はしていました!」 昴に問われて色々な楽器を思い浮かべてみれば、脳裏に響いた数ある音の中でも特に大きかったのは太鼓の音だったように思う。 「太鼓、ですか。これは大きなヒントですね」 「太鼓と言えば、祭りなの。もうすぐ始まる祭りに何か関係があるのかな‥‥?」 穂邑に聞こえる歌とケモノとの繋がりを疑う二人には、この明確に聞こえたヒントは非常に意味のあるものだ。 「でも、祭りと悲しそうな歌では対照的な様な気もしないでもないですが‥‥」 「‥‥お祭りは楽しいの。悲しい人は‥‥いるの?」 「あ、でも、お祭りの終わりって、ちょっぴり悲しいかもなのです」 悩む二人に、穂邑はふとした思い付きからぽむと手を打った。 「祭りの終わり‥‥なるほど。それはあり得るかもしれませんね」 「‥‥ケモノさん達に聞いてみるの」 「はいっ!」 ●領主屋敷 「‥‥それで言い訳のつもりか」 「言い訳と言われれば、そうかもしれねぇけどなー。だけど、全部事実だ」 どこか間の抜けた話し方とは裏腹に、ヘイズ(ib6536)の視線は吹雪の様に凛と厳しい。 「悪いけど、簡単に命を捨てる気は無いんでね。それ相応の調査が必要だってのは、前にも云ったよな?」 「‥‥準備か。ならば何時までかかる。悪いが私もそう気が長い方ではないぞ」 しかし、向かい合う領主橘 定現も理穴の政の世界でもまれてきた一種の傑物。ヘイズの釘をさす一言にもまるで動じない。 「何時まで、か。そうだなー。祭りが終わるまで、かな」 「祭りが終わるまで、だな。しかと覚えたぞ。それ以上は待てんからな」 「ああ、もちろん『調査』は終わらせるさ。その後、準備とか色々待ってるけどなー」 口約束に言質を取ろうとした定現からヘイズは逆の意味で言質を取った。 「‥‥減らず口を! だがな、何時までも猶予があると思うなよ!」 「もちろん。俺達はそんなに無能じゃないしな」 返答に激昂する領主をヘイズは真正面から見据える。 「とは言うものの、あんまり時間も無いんで早速『調査』に戻らせてもらうぜ」 「さっさと行け!」 追い出す様に吐き捨てられた定現の言葉に背を押され、ヘイズはさっさと部屋を後にした。 (さってと、どうにも屋敷のあちこちから嫌な『音』が聞こえてくるなー) 定現の部屋の襖を閉めたヘイズは徐に懐に手を伸ばす。 (念の為、念の為。今ここで領主さんに下手に動かれると困るからな) と、ヘイズの懐から一瞬淡い光が迸る。 (何も無ければいいんだけどなー) 去っていくヘイズの服の裾からぽとりと何かが床に落ちた。 ●中庭 「僕のこの手が光って唸るんだぞっ!」 半握りに力を込める左手を天にかざしながら、天河 ふしぎ(ia1037)が中庭を占領せんと勢力を伸ばす雑草軍団の前線司令官を刈り取った。 「はは、頼もしいな。だが、そろそろ休憩の時間だぞ」 雑草軍団を前に猛威を振るうふしぎを楽しくも頼もしくも見つめていた隊長が声をかけた。 「はふぅ‥‥この一杯の為に生きてるんだぞっ」 激戦に疲弊したふしぎの喉を冷水が癒す。 「はは、こんなもんでいいならいくらでも出してやるさ」 「ありがとっ! これで、まだ戦える‥‥!」 隊長が差し出した新しい水筒を受け取り、ふしぎはグッと拳を握る。 「でも、何時までこんな仕事させるんだろう。警備隊の皆の本当の仕事はこんな事じゃないのに」 「なぁに、この仕事も悪くないぞ? 殺生する位ならこっちの方がいい」 「‥‥うん、そうか、そうだよね」 普通なら不満の一つも飛び出そうものだが、隊長はこっちの方がいいと軽く笑い飛ばす。 そんな隊長の朗らかな笑みにふしぎは共感し、そして、この人ならばと本題を切りだした。 「ねぇ、隊長さん、領主さんが欲しがってる宝って何のかな」 「‥‥さぁ、なんだろうな。昔っから神社はケモノが守ってるから、何かあるとは言われてきてるけどな」 「隊長さんでも知らないの?」 「ああ、知らないな」 「じゃ、やっぱり噂が情報源? 僕はてっきり秘密御庭番が調べて――んぐっ!?」 「‥‥どこでそんな話を聞いた」 突然口を押さえられたふしぎに、隊長が耳元で囁きかける。 「べ、別に聞いたわけじゃなくて、その‥‥有力氏族さんって事だから、そう言う人達を使ってるのかなって」 「‥‥」 今までの朗らかな笑顔は何処に失せたのか、隊長は真剣な表情でふしぎを見やる。 「お前達は信頼できそうだから話す。いいか、他言無用だぞ」 その後、隊長の口から語られた情報に、ふしぎの顔が青ざめた。 ●定畳山 『お、また人間来たし』 長い石段を上がってくる数人の影に、口を開いた方のケモノが気付く。 『お帰りなさいませ、ご主人様』 『ご主人様じゃないし! 俺達一匹狼だし!』 『‥‥ぶー。俺達は二匹で一匹』 『うぐっ‥‥! このたまに来るまともなツッコミをどうしてくれよう‥‥!』 「え、えっと、こんにちは‥‥?」 と、二匹がつまらない漫才を繰り広げている間に、開拓者達は門前へと到達する。 コニー・ブルクミュラー(ib6030)は、邪魔していいものか戸惑いながらも、二体の巨大なケモノに声をかけた。 『うん? お前は確か‥‥』 いきなりの漫才公演に若干引き気味のコニーに見覚えがあるのか、ケモノはその顔をじっと見つめる 『‥‥メガネ君』 「コニーと申します!」 無口なほうのケモノの呟きをコニーは即座に修正する。 『んで、そのメガネ君が何の用だし。戦いに来たのか?』 「今日はお二人に伺いたい事があって来ました」 コニーです。とちゃんとつっこんでから本題に入ったコニーが訪れた目的を話し始めた。 コニーは、本当にここに領主の求める『宝』があるのか。もしあるならばそれが本当に価値あるものなのか。 それを守護者であろう二匹のケモノに聞きに来たのだ。 もし、価値の無いものであれば領主に言えば徒労であると言える。価値のあるものならば交渉もできる。 そう思って、一人乗り込んだのだが‥‥。 『うーん、金銭的ってなんだし?』 「‥‥え?」 それがケモノから返ってきた第一声であった。コニーは予期せぬ返答に一瞬呆けてしまう。 『そもそも『宝』って何だし?』 ケモノとして長い歳を生きてきた二匹であるが、その実は獣である。 人間が抱く金銭感覚や価値観など、そもそも理解できるものではなかった。 「そ、それじゃ、ここに宝は無いのですか?」 『だから、宝って何だし?』 『‥‥宝はいうのは大切な物のこと』 と、戸惑うコニーの代わりに答えたのは無口なほうのケモノだった。 『大切な物? ああ、それならあるし』 「えっ、あるんですか!? そ、それは一体何なんですか!」 ようやく掴んだ確証。コニーは堪らずケモノ達に詰め寄る。 『大切な物は約束だし』 「約束‥‥? もしかして、約束が宝なんですか!?」 『そもそも宝って何だし?』 「ですから、貴方達の大切な物です!」 『ふむ』 むむむと根競べを続ける双子とコニーの元に、他の開拓者が訪れた。 ●前門 遥か麓から祭囃子が響いてくる。 それに乗って人々の楽しげな笑い声や話声も。 「手土産です。よかったら食べてください。大丈夫、毒とかは入っていませんから」 双子のケモノに祭りで調達したワッフルセットを差し出しながら、同じ物を口にする昴。 「沢山持ってきましたから水月さんもよかったらどうぞ」 と、そんな光景をじーーーっと見つめていた水月に、昴は別の物を差し出した。 「‥‥おいしいの」 はむはむと懸命に粗食する水月を見て双子達も安全を確認したのか、一度視線を合わせると大きな口で一飲みする。 『おお、うまいし!』 『‥‥うー、わっふるわっふる』 『どういう意味だし!?』 『‥‥‥‥ふっ』 「‥‥中はどうなってるの? ちょっと見てみたいの」 双子がいつもの様につまらない漫才を繰り広げる中、ふと水月が問いかける。 『うん? んーーーー、お前はダメだし』 「‥‥え? な、何で?」 しかし、期待した答えは返ってこなかった。 ケモノは水月の身体をじーっと見つめた後、否と首を振った。 『お前、武器持ってるだろ。だからダメ』 「そ、それなら置いてくの」 『ダメダメ。後出しはブーだし』 追い縋る水月にケモノはゆっくりと首を振った。 「お、それならおれはいいんだな? 武器もってねぇぞ」 と、水月に代わって前に出たのは、手甲こそはめているものの、唯一武器らしい武器を携えていないのが銀雨であった。 『うーん、お前もダメ』 しかし、ケモノの答えは否。 「えー! なんでだよ!」 『お前から戦いたい気をびんびん感じるし』 ケモノは目に見えぬ銀雨の闘気を察知したのか、これまた駄目だと首を振った。 「戦いにまつわる全てを拒絶している‥‥?」 双子が否定した条件、それは戦いの臭い。 コニーには双子の行動原理が徐々に見えてきているかのように分析していく。 「なら、ここから神社を見るくらいならいいですか?」 と、二丁の魔槍砲を地面に置き、昴が問いかける。 『んーーー、まぁ、それ位ならいいし』 ケモノはしばし悩んだ後、身体をすっと横にずらした。 「ありがとうございます。では」 昴に続き、皆が前門の隙間から神社を覗き込む。 神社は朽ちていた。 数百年もの間、手入れもされず野ざらしだった木造建築は無残にも屋根の重みに耐えきれず、崩れ落ちていた。 「これって‥‥」 皆が絶句する。 神社がこの有様であれば、一体ケモノ達は何を護っているのか。 「宝は‥‥無いのかもしれませんね」 と、コニーがぼそりと呟いた。 宝があるとしたら神社の中だろう。だが、この有様では‥‥。 もし、宝が物質的な物で双子にとって価値の無いものならば譲り受け、領主への交渉材料としようとしたコニーであったが、双子達にとっての宝は『約束』であるらしい。 コニーは神社の惨状を見て改めて確信した。 「領主さんに無いとお話したい所ですが‥‥ケモノ達は『ある』と言うでしょう」 先程の堂々巡り。 価値観の合わぬ者が同義の単語を使う。それが混乱を呼ばぬわけがなかった。 「それじゃ‥‥もうどうやっても戦わないといけないという事ですか‥‥?」 「わわっ‥‥! 戦いはよくないのですっ!」 「‥‥私もいやなの、だって‥‥決めたから」 「おれは喧嘩してもいいけど、みんなの意見をそんちょーする。でもやるとなったら容赦なしだ!」 「何か‥‥何か糸口がある筈なんです‥‥!」 両者の主張が交わる点が見いだせず、心の中を混迷が支配していく。 「皆、大丈夫か!」 と、悩む一行の元に階段下から声が。 視線を向けるとそこに居たのは、ふしぎとヘイズだった。 「よ、よかった。まだ大丈夫みたい‥‥」 荒れる息でうまく喋れないふしぎだが、それでもきょとんと自分達を見つめる一行にほっと一息ついた。 「大丈夫か? なんかあったのかー?」 「う、うん。実はちょっと大変な情報を仕入れて‥‥えっと、領主さんが」 「領主さんがどうしたんですか‥‥?」 息荒い二人に銀雨が肩を貸し、昴が水を差し出す。 「次の一手を打った。なー! そこに入るのは判ってる。そろそろ出てきたらどうだ!」 『‥‥ふっようやく気付いたか』 ヘイズが鋭い視線を森へと向けた。 返すのはこの場にいる誰の声とも違う声。 「そこか!」 声の聞こえた方向にすぐさま符を投げつけたふしぎ。 符は像を結び森へと消えた。 「なっ!?」 途端、符と一体化していたふしぎの感覚が遮断される。 『随分と荒い歓迎だな』 それと同時に森から次々と現れる影。 濃い茶色の装束で身体を覆った一団は、明らかに裏に生きる者の気を孕んでいた。 「お前達がそうか。だけどよぉ、いくらんでも早すぎるんじゃねぇか‥‥」 ヘイズがぎりりと歯を噛んだ。 まさかここまで堂々と姿を見せるとは思っていなかった。これでは対策のしようも無いままに相まみえるしかない。 「共闘か、裏切りか」 しかし、ヘイズの思惑は濃茶装束の筆頭の一声で崩れ去る。 「はっきりと答えを出してもらおうか。依頼を受けた開拓者諸君」 そんなヘイズの心の内を読んだのか、筆頭は薄い笑みを浮かべながら一行に答えを迫ったのだった。 |